謎の無人艦隊と遭遇から、約三週間が経とうとしていた。

エンジェル隊と合流したエルシオールは引き続き、辺境調査および無人艦隊の制圧を行うこととなった―――

 

「これより本艦は、YMn297向けてクロノ・ドライブを開始する」

「了解。クロノ・スペースに移行します」

 

目の前のメイン、サブに拘らず、モニターに映る宇宙空間が広がる、エルシオールAブロックの指揮系統を司るブリッジ。

エルシオール乗組員の制服を着たオペレーター達が席に着き、目の前にあるモニターに向かってレーダーの計測や舵取りなどを行う場所で、先のようなやり取りを交わし、俺は今、進路の手順を含んだ指示を、前方に居る2人に出していた。

 

「ふぅ……」

安全が確保されていることが判り、自然に溜息を吐いてしまう。

背を預けているリクライニングシートが、ぎしっと軋みを上げて反応する。

そろそろ休憩の時間だな、と思っていたその時。

「レスター」

「うん?」

司令官席に着いている、この艦の司令官である黒髪の青年―――タクトが、俺を呼んだ。

「目的地まで、あとどれくらい掛かりそうかな?」

「そうだな……クロノ・ドライブの時間を合わせると、三時間ほどだろう」

 

いつも通りの顔ぶれ、普段通りの会話、珍しくも無い状況。

このままありふれた時間が過ぎていくのだと、信じて疑わない光景。

 

「その間、休憩時間に入るんだよな?」

「ああ。どうせクロノ・ドライブ中は、敵の襲撃の危険も無いし安全だからな」

 

「それじゃあ、この後―――」

 

このやり取りも腐れ縁の親友と、いつも通りのものだと思っていた。

 

そんな光景が、ほんのきっかけで変質してしまうかのように。

手間を掛けて高く積み上げられた積み木が、一瞬で瓦解していくように。

 

 

 

 

 

「恋愛について語らないか?」

 

 

 

 

 

根底から覆すような発言によって、日常は破壊された―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Good relation

Taste3 『硬派な恋愛事情』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………は?」

きっかり10秒ほど固まった後、出た声はたったそれだけであった。

 

「だからさ、レスターと一緒に恋愛について語ってみたくてさ〜」

目の前の珍獣は俺を見ながら、にこやかにそう告げた。

「………………」

唖然と口を開けたまま、親友の顔をじっと凝視する。

 

………うん、間違いない。

こいつはタクト・マイヤーズ、この艦とエンジェル隊の司令官。

決して、敵の偵察用ブローブではない筈だ。

 

「レスター? どうしたんだ?」

「……………タクト」

僅かな逡巡の後、もう一度聞き直す事にした。

「すまんがもう一度言ってくれないか?」

「何を?」

「先程俺に言ってきた内容のことだ」

「ああ。恋愛について語ろうってこと」

やはり聞き間違いではないようだ。

「断る」

にべも無く拒絶してやる。

「おいおい、少しくらいは聞いてくれたって良いじゃないか」

「お断りだ。大体俺がそのような話題を好かんことくらい、お前も知っているだろう」

苦笑いするタクトに、俺は興味無さげに目を背ける。

 

元々、ろくな恋愛すらしたことの無い俺が、そんな話題について行ける訳が無かろう。

 

「本当かな? 本当に興味が無いのかねぇ……」

「……どういう意味だ?」

だが、タクトの何かを含んだような呟きに、俺は再び視線を向けた。

「昔のお前なら興味無さそうだけど、今なら興味が持てるんじゃないかってね」

「……何が言いたい?」

「言わなきゃ解んないかい?」

「だから訊いているんだろうが」

タクトのもったいぶった口調に、俺は苛つきながら言い返す。

だが、奴は、不意にニヤつくと、悪戯そうな笑みを浮かべて俺を見つめてきた。

 

まさか………

 

「だって、ミルフィーのこと、愛称で呼ぶようになったじゃないか」

「またその話か……」

予想していた言葉の内容に、俺はウンザリした口調で嘆息する。

 

タクトの言葉と同時に、数日前の記憶が甦った―――

 

 

あの時は随分と心のガードが甘くなっていたのだろう………

ミルフィーの見舞いに言った後、ブリッジに戻った俺は思わず『愛称』を口にしてしまった。

別に『ミルフィーユ』のことを『ミルフィー』と呼ぶこと自体に不都合など無い。

だが、周りの目からは、長いこと定着してしまった俺のイメージからは考えられない言動であり、その場に居たオペレーター達から質問攻めに遭ってしまったのだ。

アルモとココも例外ではなく、特にアルモからは掴みかかってくるような勢いで、俺とミルフィーの間に何があったのかを質問してきた。

その後、エンジェル隊のメンバーはおろか、エルシオール中にその事が伝わっていったのは言うまでも無い―――

 

………ただ、その後、俺を見るアルモの視線が変わったような気がするが………

 

「いやぁ、人間変われば変わるものだねぇ……」

その呟きに我に返り視線を戻すと、タクトはまるで懐かしいものを見ている瞳を、こちらに投げかけていた。

「あのレスターが女の子と愛称で呼び合うようになるなんて―――」

「ちょっと待て!」

なにやら誇張されている内容に、思わず慌てて遮る。

 

俺がぼうっとしている隙に、こいつは今、さらっ、と何を言った!?

 

「何だよレスター。せっかく良い気分になっていたのに……」

邪魔されたせいか、タクトは不機嫌そうに口を尖らすが、そんなものは構ってられん。

「そんなことはどうでもいい! 誰と誰が愛称で呼び合うようになったって!?」

「……違うの?」

「違うに決まってるだろうが! 大馬鹿者が!」

「うっそ!?」

「本当だ!」

 

何が『うっそ!?』だ、このやろう。

かわい子ぶって驚いた顔をするな気色悪い……

 

「大体、俺にどんな愛称があると思ってるんだお前は?」

呆れた表情を作ると、タクトは何故か嬉しそうに答えた。

「『レスちゃん』とかは?」

「誰が『レスちゃん』だ! そんな気持ち悪い愛称があるか!」

怒鳴り声を上げて抗議する。

 

この歳でそんな愛称で呼ばれたら、発狂するぞ俺は。

 

「ええ〜、いいと思うけどなぁ……」

タクトは心底意外そうに首を傾げると、操縦桿方面に視線を向ける。

「アルモとココは、この愛称可愛いと思うよね?」

「私は良いと思いますよ。可愛くていいじゃないですか」

そこにはいつの間にか俺たちの様子を眺めていた、レーダー担当のオレンジ色の髪を三つ編みにした少女ココが、眼鏡越しの目を微笑ませながら頷いているが。

「う〜ん……あたしは、微妙だと思いますけど……」

ココの隣に座っている通信担当のアルモは、困惑げな表情を浮かべていた。

「ほらみろ。やはりこんな愛称が良いと思うはずが無いだろう」

アルモの反応を見た俺はやんわりと否定的な意見を述べるが。

「それじゃあ一回試してみたら?」

「試すだと?」

何を?

「そう。ミルフィーと愛称で呼び合う場面を」

「どうやって?」

「想像して」

タクトは懲りる様子も無く、にこやかに促してきた。

 

「……………むぅ」

 

その表情に気圧されたわけではないが、愛称で呼び合う場面を想像してしまった。

二人っきりで見つめ合う俺とミルフィー………

 

『レスちゃん』

『ミルフィー』

 

……………………

 

―――背筋を数十匹の毛虫が這いずって来たような気がした。

 

「だぁぁぁぁぁぁぁ!!! やっぱり馴染まん!」

寒気と鳥肌に、身体中を掻き毟りながら絶叫する。

「や、やっぱりそうですよね! 副司令はやっぱり硬派じゃないと!」

俺が悶絶しているのを尻目に、アルモは何故かホッとしたように声を上げた。

「でもアルモ。硬派なのもいいけど、少し親しみやすくした副司令も悪くないんじゃない?」

「う……そ、それも捨てがたいような……」

「それじゃあ皆で、レスターの愛称について語ってみようかぁ!」

タクトの張り切った掛け声に、他の二人も色めき立つ。

 

俺が口を挟まないのを良い事に、何か勝手にどんどん盛り上がっているような……

どうでもいいが恋愛論は何処へ行ったんだ?

 

ブリッジは趣旨が変わっていくどころか、妙なテンションになりつつあった。

「……付き合ってられん」

その雰囲気に頭を抱えた俺は嘆息しながら席を立つ。

「あれ、副司令。何処に行くんですか?」

「休憩に入る。しばらくしたら戻る」

「恋愛論は?」

「知るか」

振り返らずに返事をすると、いやにテンションの高いタクト(ばか)が背後から喚いてくる。

「待て、レスター! これからお前の愛称について―――」

 

そのキチガイじみた絶叫を背に、俺はブリッジを後にした―――

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

「……まったく、何だというんだ」

廊下を歩きながら悪態を吐く。

先程のブリッジでのやりとりを思い出すと、まるであの時の俺は、子供が目を輝かせて喜ぶ新しいおもちゃのような扱いだった。

 

(俺が愛称で呼ぶことがそんなに珍しいのだろうか?)

 

確かに今までの俺の人生の中で、交際はおろか愛称で呼ぶような友人・知人の女性が居た試しは無かった。

それどころか、女と付き合うといった考え自体がなかった。この考えは今でも変わっていない自覚がある。

(しかし―――)

ふと脳裏に花が咲いたような笑顔の少女のことが過ぎる。

 

ミルフィーは今まで俺が見てきた女性の中でも、一段と変わっている少女だ。

あの笑顔とほのぼのとした性格は生来のものなのだろうが、真正面から接してみると自分のペースが乱されるは、調子が狂わされたりするなど、彼女のマイペースな性格自体に苛立つことがある。

だが、彼女の笑顔を見ているうちに、苛立った気分が吹っ飛んでしまうのは何故なのか?

 

(あれが彼女の魅力なのかも知れんな……)

そう思うと、自然と口元に笑みが零れてしまう。

 

彼女はお気楽な思考と性格を持ち、たまに自分勝手な言動を取る。それが良くても悪くてもだ。

でも、そんな彼女だからこそ、今まで俺たちを救ってきたのだから文句は言えんがな―――

 

(―――ん?)

そこまで考えた時、違和感を覚えた。

 

俺はいやに彼女の事に詳しくなったような気がするな………

エルシオールに赴任して以来、俺が話しをする女性といえばアルモとココくらいだった。

彼女らに比べて、ミルフィーと話すようになったのはつい最近のことだというのに………

 

確かにタクトの言ったことは一理あるのかもしれない。

きっかけが例え、相手からの希望とはいえ、この俺が愛称で呼ぶといった言動は驚愕に値するだろう。

さらに言えば、自ら進んで見舞いに行くといった行為自体が、以前の俺からは考えられないことだ。

 

だが、まだ、ぎこちなく彼女と接しているのも、否定は出来なかった………

 

そこまで考えてふと思う。

俺は彼女に対しどう思っているのか?

彼女は俺をどう思っているのか?

 

―――やはり、よく分からんな………

 

(ん?)

考え事をしながら歩いていると、近くから良い匂いがしてくる。

どうやらいつの間にか食堂近くまで歩いてきたようだ。

(そういえば、まだ食事を取っていないな……)

不意にあの時の光景が脳裏を過ぎる。

 

―――あいつと話すようになったのも、食堂での会話がきっかけだったな……

 

彼女の微笑ましい気配りを思い出し感慨に耽ると………

 

「おや、副司令どのじゃないか。偶然だねぇ」

背後から聞き覚えのある声が聴こえてきた。

振り返ると、いつの間にかフォルテとミントの2人が傍に来ていた。

「おう、お前らも食事に来たのか?」

「ええ。それと副司令にも用がございましたの」

「用件? そう言えば、さっきも偶然だとか言ってたな。一体何の用だ?」

怪訝な表情で尋ねると、2人は申し合せたかのごとく笑う。

 

何となく予想が……

 

「実はミルフィーとのことについて、聞きたいことがあってね」

「お前らもか……」

「最近、ミルフィーさんと仲が宜しいようですわね」

予期していた言葉に、俺は深々と嘆息する。

 

まったく、今日は、どいつもこいつも何だというんだ………

 

「そういうわけだからさ、あたしらとちょっと付き合わないかい? たまには交流を深めるのも悪くないだろ?」

「いや、俺は―――」

断ろうとしたが、ブリッジでのタクトとの会話を思い出し、考え込む。

 

そうだ、こいつらに訊いてみるのも良いかもしれん。

エンジェル隊の中でも、話が判りそうな2人。リーダー的存在と参謀的存在の2人。

そうすれば、今の俺の心境の正体が解るかも知れん。

 

「……判った。俺で良ければ同伴しよう」

少しの逡巡の後、そう答えるとミントはにこやかに手を打った。

「それでは行きましょうか。滅多に無い機会は有効に使いませんと」

そうして俺達3人は揃って食堂に入った―――

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

食堂に入り、カウンターでそれぞれメニューを注文した後、俺達は同じ席に着いた。

 

「そう言えば、副司令とご一緒に食事をなさるなんて初めてのことですわね」

俺の隣に座っているミントが、ふと思い出したように口を開いた。

「そうだねぇ。あたしらが一緒に食事を取る男って言ったら、タクトぐらいしか居なかったからね」

「そうなのか?」

「そうだよ。只でさえこの艦は男のクルーが少ないんだ。あたしらが親しい男のクルーって言ったらタクトくらいしか居なかったしね」

向かい側の席に座っているフォルテは、カルボナーラを啜りながら答える。

 

確かに、エルシオールの乗組員の殆どは『白き月』の月の巫女で編成されており、その8割は女性クルーだ。

同じ月の巫女であるエンジェル隊も全員が女性であり、必然的に俺やタクトといった男のクルーは珍しいものとなる。

 

「だが、タクトの他に誰か男のクルーを誘おうとは思わないのか? 例えばクロミエとかもいるだろう」

「クロミエは滅多にクジラルームから出てこないし、あの『ヴァニラちゃん親衛隊』の連中を誘うのもナンだしね」

 

ああ、あのストーカーというより、何かの宗教じみた連中のことか。

 

「では、副司令は私達が声を掛けたら、ご一緒してくれたのですか?」

「む……そうだな……」

ミントの問いかけに言葉が詰まってしまう。

 

慣れたとはいえ、今まで男だけの職場経験が長かった俺には、この艦にはまだまだ馴染まないことが多い。

特に女性クルーとはどう接していいか判らないのが本音だ。

 

「まあ、今はそんなことはどうでもいいよ。あたしらが聞きたいのは別のことだしね」

煩悶の途中、フォルテは皿に向けていた視線を俺に向けてきた。

「そういえば、さっきも俺に訊きたいことがあると言ったな。一体何を聞きたいんだ?」

「さっきも言った通りミルフィーとのことさ」

 

そう言えばそうだった……

 

「最近、ミルフィーと仲が言いみたいじゃないか? 今までの副司令どのを知っているあたしらにとっては、随分珍しいことだと思ってね」

「タクトたちにも同じことを言われたよ……」

ブリッジでのやり取りを思い出し、疲れたように呟くと、フォルテは「ははっ」と苦笑していた。

「だが、お前たちが思っているような関係にはなってないぞ。

あいつとは、つい最近、話し込むようになった程度のことだ」

「あら、それはおかしいですわね」

七色のゼリー詰め合わせを抓んでいたミントが、腑に落ちないと言わんばかりの表情で俺を見つめてきた。

「どういう意味だ?」

尋ねると、ミントは俺の近くに顔を寄せるように囁いてきた。

「私からの目では、お2人とも随分と仲が宜しくなったように見えるのですが」

「気のせいだろ」

「では、あの時、お2人が抱き合っていたのは、私の気のせいだったのでしょうか?」

「ぶっ!?」

その爆弾発言に、口に含んでいたスープを吹き出す。

「うわ、なんだいなんだい!? いきなり吹き出すんじゃないよ!」

「ゲホッ、ゲホッ! す、すまん、フォルテ……」

置いてあったペーパーナフキンでテーブルを拭きながら、隣に居る少女に小声で詰め寄る。

「な、何故、お前がその事を知ってるんだ……!?」

「あら?

では、ミルフィーさんのお部屋の前でのあれは、見間違いではなかったのですわね」

あの時の光景が甦り、顔がカッと熱くなるのが分かった。

「ぐっ……」

嬉しそうに呟くミントに俺は言葉を失う。

 

しまった……何故、俺は自らの秘密を暴露するような発言をしたんだ……

 

「まさか、お2人の仲があそこまで進展なさっているとは思いませんでしたわ」

「ち、違う! あれは―――」

「まあまあ誤魔化さなくても。恥ずかしいのは解りますが」

「だから違うといってるだろう! あれは事故で―――」

「ん? 何をひそひそと話してるんだい?」

テーブルを拭いていたフォルテが何事かと手を止めた。

 

(どうやら聞こえてはいなかったようだな)

 

だが、まだ安心することは出来ない。

何故なら、隣で耳をぴくぴくと動かしている少女の瞳を見れば、一目瞭然だからだ。

 

「いえいえ、大したことではございませんわ。ねぇ、副司令?」

「あ、ああ……」

明らかに大したことを隠した素敵な微笑みに、俺はただ頷くしかなかった。

「? まあ良いけど」

フォルテは怪訝そうな顔をしたが、それ以上は問い詰めることをしなかった。

(ミント……この事はどうか内緒にしておいてくれ……)

俺は小声でミントに囁くと。

(そうですわね……条件次第で承諾しますわ。話はその後で)

 

どんな条件が待っているのか………

ミントは1つウインクをした後、再びゼリーと向かい合った。

 

「ふぅっ……」

「どうしたんだい副司令どの? 顔が赤いようだけど……」

「い、いや、何でもない。気にする必要は無いぞ……」

動揺を悟られぬよう、誤魔化すようにコップの水を煽る。

「副司令……それは醤油差しですわよ」

「ぐぼっ!?」

 

間違った! 

隣にあった醤油指しを掴んでしまったとは………

 

「おいおい、どうしたんだい!? いきなり醤油を飲むなんて……」

「げほっ! ごほっ!」

俺の行動を見かねたフォルテが近くにあったコップを渡してきた。

 

い、いかん、動揺しすぎだ。

これ以上怪しまれないようにしなければ………

 

 

 

―――そうだ!

 

 

 

「げほっ……そ、それより、ちょっと訊きたいことがあったんだが……」

口内に残るしょっぱい味を水で洗い流した後、やや狼狽気味に2人に向き直った。

「ん? なんだい?」

「どう致しましたの?」

俺の不可解な行動と唐突な言葉に、2人は困惑げな表情を向けてきた。

 

無理も無い。

これから尋ねる内容は、彼女達には馬鹿馬鹿しく思われるだろう。

そんなことか、などと一笑に付していた自分が、こんなことを言おうとしているのだから―――

 

「実は―――」

 

変に思われるかもしれない。

 

だが、訊かずにはいられない。

 

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。

 

自分では答えの出せないこの状態に、風穴を開けられるのならば。

 

今までの自分と向き直るためにあえて訊こう、この2人に―――

 

 

 

 

 

「―――好き、というのは、どんな気持ちなのだろうか……?」

 

 

 

 

 

「「………………へ?」」

 

 

 

 

 

言った。普段の自分ならば信じられない相談の内容。

何を考えているのか自分でも驚いている。今までの俺を知っている人間ならば、正気なのかと疑われる発言をしてしまった………

 

 

 

 

 

「………………」

「………………」

 

案の定、隣に居る少女と対面にいる女性は、ぽかんと目と口を開けたまま、俺を見ていた。

 

な、何か無性に恥ずかしくなってきた………

 

やはり俺のような男が尋ねる話題ではなかったのだ。

 

猛烈な後悔に襲われ、慌てて今の発言を取り消そうとしたその時―――

 

 

「やっぱり変わったね、お前さん」

「ええ、本当に……」

「えっ―――?」

興味深そうに、だけど優しげな2人の表情に俺は呆気に取られる。

「やっぱりミルフィーと仲良くなって、何かあったんだろうねぇ……」

「そう考えると、ミルフィーさんのお人柄というものは凄いものですわね。

クールダラス副司令が恋愛に興味を持つようになられるとは」

「い、いや、そう言う訳ではないんだが……」

 

何か勘違いされているような気が………

 

「でも、副司令どの。何でいきなりそんなことを知りたくなったんだい?」

「いや、それは………」

「まあまあフォルテさん、そんなことを聞くのは野暮というものですわ」

「それもそうだね」

俺が言い澱んでいると、ミントとフォルテは顔を見合わせて、意味ありげに笑った。

 

やはり何か勘違いされているような………

 

「副司令どの、好きって言うものは、そんなに考えることじゃないと思うよ」

唐突に、だが、さりげなくフォルテは微笑む。

「時間を掛けて好意を持ったとか、一目惚れっていった感覚もある。

まあ種類は多いんだけどね」

「だが、俺にはその“好き”という感覚自体、良く分からんのだ」

「はぁ……そうですわね……」

ミントは耳をぺたりと伏せながら、考え込んだ表情で呟く。

 

やはり難しいのだろうか……

 

そう思っていると―――

 

「まあ、これはあたしの主観なんだけどね―――」

フォルテは1つ咳払いをすると、遠くを見つめるような瞳で語った。

1人でいるよりも一緒に居たい、傍に居て欲しいと思う時に思い浮かぶ人とか、2人きりで遊びに行きたい相手の顔とかが浮かぶ時、好きということに繋がるんじゃないかい?」

 

そうかもしれない。

誰も好き好んで嫌いな相手とそういうことをしようとは思わない。ならば自分の気に入っている人間のほうがずっと良い。

 

「でも、それだけではまだ足りませんわ」

視線を横に移すと、ミントは穏やかな表情で俺を見ていた。

「好きという感情にもいろいろありますわ。

簡単に申せば、LikeとLoveの2つに分かれます。

Likeはただ単に好きというものだけ。それは親愛の形に似た感情ですわ。

もう1つのLoveは、愛しているというもの。聞こえは良いかも知れませんが、直接、欲求に繋がる感情でもあります」

「ふむ……」

納得と言ったように頷く。

 

理屈だけ聞けば頷けるようなものばかりだ。

人と接するにあたって湧き上がる感情というものが、如何に大切なものかを身に染みて伝わってくる。

 

だが、それでも―――

 

「分からんな」

 

判別はおろか理解出来るような知識も経験も無い。

ましてやそうなるときの感覚というのも想像が付かない。

なので、今の俺にはそうとしか言えなかった。

 

しかし、フォルテはめげる様子もなく、質問をしてきた。

 

「じゃあもしもだよ。どんなことでもいいから、一緒にならなければならないって言う時、この艦の中で異性を1人選ぶとしたら、真っ先に誰が浮かぶ?」

「それは……」

 

その言葉に咄嗟に思い浮かんだのは、彼女の笑顔―――

 

「その娘と一緒になった時、何かしたいなってことはあるかい?」

 

したいこと? それは……

 

「うむ……」

 

特別に何がしたいというわけでもない。

炊事、洗濯、掃除といったことは全て彼女が引き受けるだろう。

俺はただ傍に居てぼうっと眺めるだけ……

 

だが、きっとそれだけでは済まされない。

平穏な日常というものを、彼女と一緒に居て送れる感じがしない。

料理は勿論、家事万能であるはずの彼女は、必ず何らかのドジをするであろう。

そして、お気楽な思考と言動を繰り返すであろう。

俺は黙って見ていられずに、時には助け、時には怒ったりする。

 

でも、彼女の向日葵が咲いたような笑顔を見て、すぐに穏やかな気分になる。そういった毎日を送りそうだ………

 

(あ―――)

 

そうか………そういうことだったのか………

 

最近、心の中を渦巻いていた、モヤモヤした正体不明の感覚が何か、解ったような気がした………

 

 

彼女と一緒に居ると楽しいと思う。

彼女に何かあれば放っておけない。

彼女の笑顔を見れば穏やかな気持ちになれる。

これはそういうものだったのだ―――

 

 

俺は分からなかったのではなく、認めようともしなかったのでもない………

知らなかっただけなのだ、このような類の感情が………

 

好きというものにも色々ある。それがLikeなのかLoveなのか、2つに分かれる。

 

―――ただ、何時までも傍に居たい訳でもないと思う。だからと言って、嫌いというわけでもない。

傍に居れば楽しく、放っておけず、穏やかな気持ちになれるこの感情は、LikeなのかLoveなのか、判別が出来ないのであれば………

 

今の俺がミルフィーに対して抱いている感情、それは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――『妹』……みたいなものか……」

 

そのたった一言に集約されるであろう―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 何か言ったかい?」

「……いや、別に」

自然とぽつりと出た呟きに、フォルテは首を傾げていたが、すぐに口元を緩めた。

「その顔を見ると、どうやら何か分かったみたいだねぇ」

「その顔?」

「ああ。随分とすっきりしたって笑顔(かお)だよ。胸のつかえが取れたんじゃないのかい?」

「そ、それは……」

 

どうやら俺は知らないうちに笑いを浮かべていたようだ。

事実を突きつけられた途端、思わずどもってしまった。

 

「でも、随分と穏やかに微笑(わら)っておられましたわね……やはり、その方の影響でしょうか?」

悪戯っぽく、だが、優しげな瞳を俺に向けて、ミントは問いかけてきた。

そのような瞳を向けられると、自然と心の中が落ち着いてきた。

「ああ……そうかもしれん。きっとそいつのせいだろうな……」

 

そんな風に言われると、決して悪い気はしない。

俺をこんな風にしてしまったのは、きっとあいつのせいだ。

それでもこの穏やかな気持ちは悪いものではない。

俺は自然に口元に笑みを浮かべると、心の中でこの場には居ない彼女に感謝した―――

 

 

 

 

 

「答えは出たかい?」

「ああ。恋愛というものには、まだしっくりこないが、今の気持ちだけははっきりと分かったよ」

「そのようですわね。表情に迷いが無くなっておられますし、もう大丈夫だと思いますわ」

 

俺を見つめる4つの瞳が心からの祝福を送ってくる。

 

「さて、そろそろ戻るとするか。世話になったな、ミント、フォルテ」

席を立ち、トレイを持ち上げながら、彼女達に感謝を送る。

「大したことじゃないさ。あたしらは持論を述べただけで、解決したのはあんた自身さ」

フォルテは軍帽を目深に被り直し、モノクルを整えた。

「私どもの方こそ今日は楽しかったですわ。副司令と一緒に昼食を取ることが出来て」

それに、と付け加えると、ミントは顎に指を当てて微笑んだ。

「滅多に見られない副司令の色々な一面を見られただけでも、得した気分ですわ。

―――それで条件のことはチャラに致します」

 

最後の呟きは周りに聴こえない程度の大きさ。

でも、俺の耳には届いた優しい声音………

 

「―――――――」

フォルテの照れ隠しじみた謙遜と、ミントの粋な計らいに俺は心を打たれる―――

 

柄にも無く嬉しさのあまりはしゃぎ出しそうな心を抑えつけ、そのまま硬直してしまいそうな身体を動かした後。

 

俺は2人の講師に向けて、様々な気持ちを集約させた一言を紡いだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

フォルテとミントの2人と食堂で別れた後、俺はブリッジに向かって廊下を歩いていた。

目的地に着くまで俺は考える。

(“好き”という感情は、なかなか難しいものだな……)

 

一言では言えない、複雑な感情。

欲望にも状況にも左右されることがある、不可思議なバイオリズム。

人間として生を受けたのであれば、避けては通れない壁―――

 

「それもいい……」

以前までの俺ならば苦悩したと思われるこの説も、今ならば充分に受け入れられるものとなった。

まだ分からないこと、知らないことはあるが、俺は迷わずに突き進んで行ける気がする。

 

(ブリッジに着いたら、タクトと恋愛について語り合っても良いかも知れんな……それと―――)

 

 

 

 

 

―――今度、ミルフィーに会うときは、なるべく自然に、温かく接してみよう………

 

 

 

 

 

俺は新たなる日常を迎え、今、新たなる道への一歩を踏み始めた―――

 

 

 

 

 

See you next again……