「いい空気だ……」

 

周囲の清涼とも言える空気を胸一杯に吸い込むと、俺は思ったことを自然に呟いた。

 

人工物とはいえ周辺に生い茂った木々と芝生に囲まれた緑の彩り。

ホログラフとは思えない広大な青空に浮かび上がる、燦々と輝く太陽がその存在を主張するかのように地面に陽射しを照り付かせていた。

通風孔から齎す緩やかな風は紛い物だと嘲笑う者に対し、快適な気分にさせるような緑という名の自然を演出していた。

 

空調だと分かっていても、落ち着くから不思議だ……

 

この儀礼艦エルシオール内部にある、銀河展望公園のような施設を創設してしまうロストテクノロジーと『白き月』の天恵に改めて脱帽してしまう。

 

視線の先には1本の巨大な樹に満開と言っても良い桜の花が公園の中心に咲き誇り、ひらひらと舞い散る花弁が頬を掠める。

 

桜吹雪とまでは行かないが、1本の枝では支えきれない数々の花弁が落ちる様は、かえって美しく感じられるのは何故なのだろうな………

 

 

 

 

 

 

……と、本来ならば、余韻に浸っていてもおかしくは無いはずなのだが。

 

 

 

 

 

「皆さ〜ん! 今日は楽しみましょうね〜!」

「「「お〜!」」」

 

 

 

 

 

「何故だ……」

 

 

 

 

 

そんな人の想像をぶち壊すような歓声をBGMにして、俺はただ茫然と立ち尽くしていた―――

 

 

 

 

 

 

 

Good relation

Taste5 『ナーバスな自然空間』

 

 

 

 

 

 

 

事の始まりは、多分、前日の物資が不足してきたために、補給に立ち寄ったレナ星系・惑星レナミスでエルシオールを駐留させている時のことだと思う。

 

 

多分とか、思うとか中途半端な言い方になってしまうのは仕方ない。

何故なら、ここに来るまでの経緯については、実は俺も確信が持てないからだ。

 

 

 

 

 

ただ、倉庫へ補給の作業を見に行った時に何かが狂い始めていったのは確かだ。

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

広大な空間を囲んでいる灰色の内壁が無機質さを演出し、見渡す限りコンテナが積載されているエルシオールDブロック倉庫内。

クレーンを使って物資の入ったコンテナを搭載しているのを遠目に、俺は倉庫内を移動しながら状況確認を行っていた。

 

「随分と物資があるな?」

「はい。乗組員個人の要望が予想以上に多くて」

隣で確認を取っていた乗組員が俺の質問に答える。

「どれ、ちょっとその明細見せてみろ」

乗組員が持っていた明細を受け取る。

「はぁ……」

それに目を通し終わると、俺は嘆息した。

「どうしましたか、クールダラス副司令?」

「いや……ほとんど不必要な物ばかりだ。相当といっても言いだろう」

 

エンジェル隊だけだと思ったが、全員といって良いほどこの艦に明らかに必要性を感じさせない物を所望リストの中に入れている。

 

「大体、『神殺し』ってなんだ? なんて命知らずな名前なんだ……」

 

購入者の名前を調べて説教をしてやらねばと思いながら、倉庫内を歩いていると。

 

「あれ?」

「ん? どうした?」

「いえ、あれを……」

 

隣に居た乗組員が前方に向かって指差していた。

なんだと思いつつ視線を向けて見ると。

 

「木?」

 

大型のクレーン車で運ぶほどの大木が何本も。

それもコンテナの横に寝そべるようにして地面に置かれていた。

 

「……これって、ほんの少しだけ自然種も混じっているようですね……」

「本当だ……」

近づいて確かめてみると、数本だけ人工物には無い細かな模様と、幹の表面が粗く、ざらざらとした見た目と感触があった。

 

「何故、自然種の物が? しかもこんなに大量に……」

 

ここにある決して人工物ではない、今では貴重と言うには生易しい、絶滅寸前と言える自然の木が一割程度とはいえ、エルシオールに運ばれてきているのが不思議で仕方が無い。

 

「展望公園に使う植林用の木々でしょうか?」

「そうかもしれんが、問題はこれを何処から購入してきたかと言う事だ」

 

自然種ともなればこんな儀礼艦ではなく、『白き月』内部や本星の博物館などに送り込むのが妥当だ。

しかも、これだけの数を購入したとなると莫大な額の予算が出た筈だ。国家予算の何十分の一に相当するだろう。

 

「軍は一体何を考えているんでしょうかね? 植林用ならば人工物でも良いと思いますが……」

「分からん。無人艦との戦いの最中に何が目的でこの艦に……」

 

俺達が考え込んでいると、艦内放送の呼び出し音が鳴った。

 

「クールダラス副司令、ルフト将軍より通信です」

 

「ルフト将軍だと?」

 

何の用件かは知らんがちょうど良い。

この木々の事について聞きたいと思っていた所だ。

 

俺は乗組員に後を任せ、ブリッジへと足を運んだ。

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

ブリッジに来た。来たのは良い。

 

良いのだが……

 

まあ、その、なんだ。

 

開口一番、今の俺が言えるべきことはただ1つだ。

 

 

 

 

 

「何を考えているんだ! 軍(う)上層部(え)の連中はァァァァァ!!!」

 

 

 

 

 

大気を揺るがす咆哮。

魂の叫びが今の俺の心境を的確に、血を吐く思いで表現してくれた。

 

 

 

 

 

「いや〜、素晴しい企画を思いついたもんだ。上層部の方々は」

「まったくですね。私達がこんなに名誉ある企画に参加できるなんて」

「ファーゴの舞踏会並の企画ですよね! あ〜何着て行こうかな〜……」

 

 

 

 

 

しかし、周囲の状況は柳に風と受け流しているのか、ブリッジに居る連中からは浮ついた声しか交錯しない。

各自思い思いで私語を交わしている。

 

俺の叫びなんかどうでもいいみたいだ、こいつら………

 

 

「おい、お前ら―――」

 

負けじと声を張り上げようとしたが。

 

「レスターはどうするんだ? っていうか出ろ!」

「やかましい! 人の話を聞け!」

 

あぁ、もう収拾がつかん………

 

「名誉ある記念式典に出ないなんて非国民のやることだぞ。いいか、お前も出ろよ、レスター」

「何が記念式典なんだか……」

 

テンションの高いタクトの声を無視して、俺は先程のルフト将軍との通信を思い出し、溜息を吐いた。

 

 

通信の内容は、至ってシンプルにして歓迎に値するものであったが、俺にとっては混迷極まるモノだった。

 

説明はこうだ。

トランスバール皇国は、今年で星間国家成立200周年を迎えるという記念すべき年である。

 

『白き月』から寄与されたロストテクノロジーによって、トランスバールが皇国を成立させるきっかけを齎したと言われる天恵(ギフト)の時代。天恵によって後のトランスバール初代皇王率いる艦団が大航海時代を生み出し、128の星を平定することに成功した偉大なる歴史が今もなお語り継がれている。

 

単なる偶然なのかどうなのかは分からないが、これほどまで素晴しく記念すべき年を迎えられる人間は、これ以上無い名誉と幸福を授与されているであろう。かくいう俺も、通信を聞いたときは柄にも無く浮かれ気味だった。

 

 

 

……しかし、問題はここからだ。

 

 

 

その年を迎えるに当たって、トランスバールでは『白き月』と合同して記念式典を行う予定なのだが……

 

 

 

「……なんで、よりによって、エルシオールなんだ?」

 

 

 

そう。

皇国成立200周年を祝う記念式典を、何とエルシオールで行うとの事だった。

 

倉庫に搬入されていた自然種の木は、何でも会場の1つでもある銀河展望公園に改めて植林するものらしい。

 

「何でって、エルシオールが『白き月』の儀礼艦でロストテクノロジーの傑作でもあるからじゃないか」

「そういう問題でもないだろう。俺達は今任務の途中なんだぞ。何故俺達まで参加せねばならないんだ?」

 

各地に散らばる謎の無人艦隊及び強奪船団の鎮圧の任務を帯びている我々が、何故、記念式典に。しかも、準備責任者までやらされるとは………

 

「はぁ……ノリが悪いねぇ、レスターは」

溜息を吐くタクトの表情には、明確なる失望の色が含まれている。

「ノリが悪いとかそう言う問題じゃないだろ。

軍人たる者、自国を脅かす輩が存在するのならば、常に粉骨砕身の信念を持てというルフト先生の教えを忘れたのか?」

そう言うと、俺は司令官でありながら緊張感を失っている親友の目を睨み据えたが。

「その先生が記念式典の内容を伝えてくれたんだけど?」

 

ぐぁ、そうだった。

偉そうに言っておきながら、矛盾を露呈してしまうとは………

 

先生の苦渋の顔を思い浮かべる。

 

後ろめたさもあったのだろうが、将軍の地位に就いていながら記念式典の説明など軍にあるまじき事柄であるだけに、内心呆れ放題だっただろうに………

 

「でも、これほどまで名誉ある式典の準備を任されるなんてのは、本当に運が良いよねぇ……今まで戦闘続きだったから物凄く明るいイベントだよ」

絶句する俺を尻目にタクトは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。小憎たらしい顔だ。

「くっ……」

周囲に目を配るが、もはや誰一人として任務に身を入れているものは居ない。ルフト将軍から聞かされた式典のことで、頭の中が一杯のようだ。

 

「これじゃあ仕事もマトモにならんな……」

「そうだね」

 

何を暢気に言っているんだ、こいつは。

 

俺の呆れながらの呟きに相槌を打ったタクトだが、コイツももはや手遅れなくらい浮ついた笑いを見せている。

 

「よし、分かった!」

 

何が?

 

タクトはにこやかに手を叩くと、司令官とは思えない言動に入った。

 

「クロノ・ドライブに入ったら、仕事止めて式典の準備に入ろう!」

「何ィ!? ちょ―――」

「アルモ、艦内放送よろしく」

「了解しました〜!」

 

多勢に無勢。覆水盆に返らず。『待て』の一言も言うことが出来ず話は膨らみ続ける。

 

「だから、オイ―――」

 

手を伸ばしながらの制止も虚しく、段取りはタクトの思い通りに進行していった―――

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

「弱い……」

 

最近の俺は弱い。

昨日のブリッジでのやり取りを思い浮かべるたびに、何か副司令官としての立場が弱くなってきているような気がする………

 

「そんなこと無いですって。副司令はちゃんとしてますってば。ねぇ、ココ?」

「ええ。マイヤーズ司令より数倍は司令官らしい仕事をしていますから、自信を持ってくださいクールダラス副司令」

俺の意図が伝わったのか、励ましの言葉を掛けてくるアルモとココの2人。

「……ありがとう」

2人の気遣いに思わず涙が出そうになってしまった。

 

………といっても、俺はまだ何も喋ってはいないんだが。まあ、どうでもいいか。

 

俺達は今、3人一緒で廊下を歩いている。

これから向かう先は銀河展望公園。そろそろ作業班が植林を終えている頃だ。

 

「しかし……」

 

面倒な事になったものだ、心からそう思う。

 

何故、俺達が銀河展望公園に向かうのかは、早い話が現場監督任務に就かされたからだ。

 

副司令である俺と通信担当のアルモ、レーダー担当のココの2人のオペレーターを付けることによって、指示が広範囲に亘って行くだろうと予測したタクトの司令官命令に、有無を言わさぬ流れでエルシオールの各所を回る事となった。

 

 

「でも、司令、助けなくていいんですか?」

「なぁに、本人が休みたいと言ってたんだ。ゆっくりと休ませてやるのが親友である俺の務めだ」

アルモの困惑気な顔に向かって、俺は笑みを返した。

「副司令……根に持ってますね……」

邪を混合させたものの、な。

 

あくまでも、総監督としてブリッジから指示に専念すると言っておきながら、遊ぶ気満々だったタクトの想いに応える為に、水月に当て身を入れ、気絶させた後、脱出用ポットに閉じ込め、銀河一周の旅に行かせた。

 

まあ、気が付いたときには監督の任に就くのだから、休憩を兼ねて一石二鳥だろう。

それが、勝手に人を現場監督にして、式典準備に強制参加させた親友へのせめてもの俺からの礼儀だった。

 

「まあまあ、そんな事はもうどうでもいいとして、もうすぐ公園ですよ」

ココの声で我に返ると、慌てて前方に視線をやる。

言葉どおり、そうこうしている内に公園入り口に辿り着いていた。

 

自動扉を潜ると、そこには―――

 

 

「へっ?」

「わぁ……」

「なっ……」

思わず入り口前で立ち止まってしまう。

 

 

緑一面の広間とホログラムでありながら清々しいまでの青空。

燦々と照りつける陽光が、地上を明るみにさせる光景は何時もと変わらない公園の姿。

 

だが、入り口を潜った途端、肌を撫で上げた緩やかな風が運んできた空気が、今まで感じたことの無い未知のものであったことに驚愕を禁じえなかった。

 

例えるのならば、全身に染み渡るような瑞々しさを含んだ清涼な空気、と言えよう。

 

 

「副司令」

「……なんだ」

呆気に取られていた俺を呼んだココの視線の先に目を向けると。

 

「あ、あれは!?」

 

以前カフカフの木という大木があった場所の近くに、雄大に聳え立つ1本の大樹がその存在を公園全体に誇示していた。

 

人工物では成し得ない枝1本1本と、上部に生い茂った緑々の葉1枚1枚が精巧に出来ている姿は、その大樹が自然種の物であることが分かった。

 

「凄い……」

「……ああ、そうだな」

こうして近づいてみると、その存在がさらに際立っているのだから溜息しか吐けない。

 

滅多に見られない天然自然種。

 

最初は国家予算まで費やすほどの価値があるのかと思ったが………

 

 

「―――悪くないな」

「えっ?」

アルモが茫然と俺を見上げてくる。

「いや……この樹のことだ」

アルモを一瞥すると、もう一度自然種の樹を眺める。

 

そう、これほどまで立派ともいえる自然種の樹をこうして間近で見られることは、悪くないどころか、強運とも言えよう。

それも銀河の治安を一手に引き受け、戦闘の日々を過ごしている俺達軍人が、自然の息吹を現実で感じ取る事が出来るのだから………

 

「でも、凄いですよね。まさか自然種を見ることが出来るなんて……」

隣に居るアルモも同じ事を思っていたようだ。瞳を輝かせて樹を見上げている。

「ああ、そうだな」

相槌を打ちながら、思わず彼女を見つめてしまう。

 

―――意外と年頃の少女らしい一面があるんだな……

 

ショートカットに切りそろえられたパープルの髪と少し吊り上がり気味の唇は活発そうな印象を与えるというのに、こんな一面があったとは思わなかった………

 

もう一度、樹を見上げる。

 

「もしこの樹に花が咲いたのなら、それは大層優雅な物になるだろうな」

「そうですね……何かロマンチックですよね」

「……もし花々が満開したのならば、人の心も乱れることなく、永遠に咲き誇る事が出来るだろうか?」

「―――えっ?」

 

ふと思う。

前戦役で皇国が被った災厄は甚大なものであった。今、皇国はその傷痕を癒すための復興に励んでいるが、疵は癒えても痕は残る。

 

―――そう考えると、花も同じことではないだろうか?

 

例え花が咲き誇っても、散るのは一瞬。

長い年月を経て育っていった樹が花を咲かせるのが、たった一時というのは何という歯痒さなのだろうか。

 

人間も花も同じく花を咲かせるのはほんの僅かな一時で、散る時は一瞬。

 

 

どちらも長く存在することは許されないのだろうか?

 

俺達軍人は皇国民の命を預かる責任を持っているとしても………

 

 

 

「出来るのだろうか……恒久の平和と煌びやかな人生を想像する事など……」

 

 

 

自然種の樹はただそこに聳え立っているだけで、俺の問いには答えてくれなかった。

 

 

「ふぅ……」

感慨じみてしまったことに気付き、溜息を吐く。いつの間にかココは居なくなっていたようだ。

当たり前か。副司令官あろう者がこんなところで感慨にふけている様では、ほうっておかれても仕方あるまい。

 

「行くか」

 

そろそろ何処かへ移動しようとしたその時。

 

「―――出来ますよ」

「……えっ?」

 

傍らから声が聴こえてきた。

声の方向に視線を向けると、そこに声の主は佇んでいたままだった。

 

「アルモ……まだそこにいたのか?」

「出来ますよ。副司令なら……」

俺の問いに答えず、アルモはこちらを見つめながら独白を続ける。

 

「クールダラス副司令は何時だって一生懸命じゃないですか。前戦役の時もマイヤーズ司令と一緒になって危機を乗り越えてきたじゃないですか」

 

エオニア戦役時の記憶が胸中に去来する。

幾度も危機に曝されながら、エルシオール乗組員、エンジェル隊、タクト、俺達は決して『諦める』と言う言葉を実施することなく、皇国史上最大の危機を救った。

 

俺も知っているつもりのその時の様子を、目の前に居る少女も知っているのは当然の事だった。

 

「副司令なら出来ますよ、皇国を平和にする事は……」

アルモの視線は俺を射抜いたまま。

いつもの明るい彼女とは違う真剣な威圧感に圧されてしまう。

 

「出来る出来ないなんて弱気なこと言う前に、やってみなきゃ分からないじゃないですか」

 

そうですよね、副司令―――

 

最後の言葉は風に乗り、締め括りを飾る。

 

「………………」

 

驚きだった。

彼女の口からそんな言葉が出てくることに。それも俺に対して堂々と言ってきたアルモといういつもとは違う少女に、内心動揺を隠しきれない自分が居る事にも困惑してしまった。

 

 

「―――あっ」

 

不意に。

アルモは言い終えると、徐々にその頬に赤みを差してきた。

 

「あっ、あのこれは、その、あの、す、すいません、クールダラス副司令! あ、あたし……」

 

あたふたと顔の前で手を振るアルモを見ていると、先程まで悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。

 

「ふっ……」

可笑しさが込み上げ、笑ってしまう。

「なっ……わ、笑うことないじゃないですか!?」

「いや、すまんすまん。別にお前の事で笑ったわけじゃない」

顔を紅潮させながら言い寄ってくるアルモを軽くあしらいながら、俺は一言呟いた。

 

「ありがとう、アルモ……」

「……へっ?」

 

それは紛れも無い、俺からの本心―――

 

目を丸くして硬直している彼女に向かってもう一言、言葉を紡いだ。

 

「お前の言葉のおかげで憂鬱な気分が抜けた気がする。改めて礼を言わせて貰う」

そうして頭を下げて、今の俺の心境を伝えた。

頭を上げると、アルモは茫然とした表情で俺を見つめていたが、すぐに笑顔に戻ると。

「……あ、ありがとうございます! あたしなんかに感謝してくれるなんてそんな……」

慌てふためく言動とは裏腹な嬉しそうな笑顔。

「……で、でも、あたしがこんなこと言えたのは、いつも副司令を見ていましたから」

再び紅潮させての言葉に、空気が一変したような気がした。

 

「いつも?」

「はい……」

 

俺達の間を漂う形容出来ない空気。だが、決して居心地が悪いとも言えない雰囲気に何も言えず、俺は立ち竦んでしまう。

 

 

「だって……あたし……」

 

 

ゆっくり、ゆっくり、一言を繋ぐようにして零れ落ちる言葉。

 

 

「ずっと副司令のこと―――」

 

 

決心を込めた表情から紡がれた言葉は―――

 

 

 

 

 

「―――レスターさ〜ん!」

 

 

 

 

 

間延びした天下泰平な空気を齎す声によって遮られた―――

 

 

 

 

 

「ミ、ミルフィー?」

 

やましい事などしていないと言うのに、何故か鼓動が跳ね上がってしまった。

 

振り返ると、後からミルフィーとフォルテ、ちとせの3人が駆け寄ってきた。

 

「あれ? 副司令どのとアルモ。あんたたちも桜の樹を見に来たのかい?」

呆気に取られる俺達を交互に見た後、フォルテは聞きなれない単語を口にした。

「桜……だと?」

「はい。私の故郷の星では旬の名物とも言われる樹なんです」

俺の疑問に答えたちとせが、樹に視線を向ける。

「でも、どうして皆さんがそんなことを知っているんですか?」

 

アルモの疑問は尤もだ。

ここに植えられたのはその桜の樹とは誰も知らない筈では。

 

「あ、それは、あたしが作業班の人達から聞いたんです。ここに植えられたのが桜の樹だって」

樹の近くに居たミルフィーが喜色満面の笑顔で手を振っている。

「それで、珍しさの誘惑に負けたあたしたちがここに来たってワケさ……」

肩を竦めるように言うフォルテの表情からは失望と言ったものは感じられない。

逆に目の前に佇む樹に興味津々と言った所か。

「もうすぐ皆さんも来ると思いますが、肝心のタクトさんが見当たらないのです……」

 

「「ぎくっ!?」」

 

ちとせの素朴な疑問に虚を突かれる俺とアルモ。

 

「? お二人ともどうかなさいましたか?」

「い、いやあ、別に……」

「え、ええ、何でも無いです!」

「はぁ……」

怪訝な表情を向けられるが、今の俺達は答えられる状況ではない。

 

何とか誤魔化そうと、周囲に目を向けたその時。

 

「皆さ〜ん! 見て見て、おっきな樹〜!」

 

ミルフィーが桜の木の下で駆け回るようにして、はしゃいでいる。

まるで浮かれている小動物か子供のようだ。

 

「こらこら、そんなにはしゃいでんじゃないよ。別に樹は逃げやしないんだから」

「でも、ミルフィー先輩、楽しそうですね」

「そりゃあ、滅多に見られない自然種の樹だからね」

たしなめながらもフォルテとちとせの、ミルフィーを見つめる瞳は穏やかなもの。

 

 

―――やれやれ。

 

 

年甲斐も無くあんな天真爛漫な笑顔を向けられてしまえば、悩んでいる事自体が馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

不意に思ってしまう。彼女にはそんな悩みなど無いのだろうか?

 

だが、きっと、彼女のあのような笑顔がある限り、どんな悩みでも吹き飛んでしまうのだろうな。

前戦役の時もそうだった。彼女の持ち前の明るさこそが、皇国軍の力の源になっていたことが………

 

 

「それでは、行くか、アルモ」

「……は、はい」

はしゃぎ続けるミルフィーを一瞥すると、俺は苦笑しながらその場から離れていった。

 

3人に挨拶を交わし、俺達は別の場所へ向かうためにその場を後にした―――

 

 

 

 

 

「―――神様の意地悪」

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

「―――待て待て待て待て待てェェェェェェェェェ!!!!」

「おわっ!? な、なんだよレスター!? いきなり大声出して……」

「何の解決にもなっていないぞ! ってタクト、お前何時からそこに居た!?」

俺の近くにはいつの間にかタクトが居た。

 

それどころか、脱出用ポッドに閉じ込めていたはずでは!?

 

「助けられたのさ! 俺の愛するエンジェル隊のみんなにね」

 

心を読まれた!?

 

ニヒルに笑う奴の表情を見ていると、紛れも無く俺の悪友であることが分かった。

 

 

「いや、そんな事は今どうでもいい!」

 

そもそも何故、俺は今、辺り一面花景色の銀河展望公園に居るんだ!?

 

「それは、あたしが説明しますよ」

ミルフィーが俺の傍に来ていた。

「ミルフィー? というか、お前も読むな!」

「そんな事はどうでもいいですから、あたしの話を聞けばレスターさんの疑問が解決すると思いますよ」

 

いいのか?

 

もはや、頭の中が混乱した状態で正常な判断力を持つことは不可能だと思った俺は、ミルフィーから話を聞く事にした。

 

 

何か、とんでもないことを聞かされるのではないかと言う、漠然とした不安が胸中を襲いながら―――

 

 

 

 

 

See you next again……