古来、トラブルの種となるのは、『女』か『子供』だと思っている。

『子供』というのは本来、自分の感情そのままに言動に移す性質がある。性別は問わず、よく言えば正直で素直。悪く言えば我が侭で直情的に過ぎる。極稀に聞き分けの良い子供もいるだろう。

俺のような仕事一筋の人間としては、子供はどうも苦手だ。接し方が分からなければ、仕事でもキツイものがある。そういう時は是非、母性本能の強い女に子供の世話を押し付けたいものだ。

 

……だが、問題はその『女』のことだ。

 

今までの人生で『女』とまともに関わった事など滅多に無い。別に女嫌いというわけでなく、男ばかりの職場にいたせいか、どう接すれば良いのか分からなかっただけのことだ。

分からなかった………過去形にしてみたのは、現在はそうでもないと言えるかも知れない。

今の職場となっているエルシオールに所属する人間の約8割は女性であり、結果として残り2割の男性陣に属する俺は、否が応でも女性に関わる事が多くなる。

そのような職場に長く居れば、人間、自然と為れというものが発生する。ランクアップすると居心地すら良くなるであろう。

 

かくいう俺も、最近はそう思えるようになってきた。

 

それは俺自身が変わったことを意味するが、何が原因でこうなったか漠然とだが分かっている。

 

いや、今はそんなことどうでもいい。

 

何か話が脱線してしまったが、とにかく俺にとってトラブルの種になるのは『女』と『子供』だということだ。

1人ならばまだ良い。それが2人にも3人にもなれば、トラブルの大きさも倍に膨れ上がり、やがてツケは表面化し降りかかってくる。

そしてそのツケを清算する役目を担うのは、ほとんどは『男』だということを、以前親友の口から聞かせたことがある。

 

………しかし、その時は、そのツケとやらを清算する羽目になるような出来事に直面する事になるとは、本人である俺自身夢にも思わなかったが―――

 

 

 

 

 

今回の話は、ある1人の男が“トラブルの種”に関わったことにより、勃発した騒動を元にした物語である―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Good relation

Taste7 『ままならないアンラッキー』

 

 

 

 

 

 

 

 

エルシオールで行われる(予定の)式典へ向けて、艦内は浮ついた気分から徐々に引き締まった雰囲気に変貌しつつある中。

 

「格納庫の様子はどうだ?」

『つい先程、紋章機の修理を行っていたクレーン車が1台故障しました』

「分かった……すぐにその時の状況を報告書にまとめてくれ。対応はクレータ班長の指示に一任する」

 

俺は艦内で多発するトラブルの事後処理に追われていた。

 

「ふうっ……」

「どうでした、副司令?」

廊下で通信を終えた後、隣を歩いていたアルモが尋ねてきた。

「格納庫でクレーン車が故障したそうだ。整備班が事後処理にあたっている」

「また格納庫ですか? これでもう10回くらいあそこでトラブルが発生してるんじゃ……」

 

眉を顰めるアルモの言い分は解らないでもない。

 

戦闘が起きたわけでもないと言うのに、俺がエルシオールに着任してこんなにトラブルが発生した覚えは無い。原因は分からないが、きっかけは花見の後ということだけは分かっていた。

 

2週間前の花見の後、毎日とまでは行かないが、あちこちで事故などのトラブルが相次いで発生していた。

先程の連絡を行った先、格納庫では精密機器による故障や事故などが立て続けに起き、倉庫でも同じようなことが起こるなど重機を扱う場所では危険な出来事が相次いでいる。

 

だが、トラブルはDブロックだけでは済まされず、他のブロックでも大小を問わずに発生していた。

 

食堂でテーブルが割れる、コンビニで商品の棚がいきなりドミノ倒し状に倒れ品物が散乱する、居住エリアの照明が連夜落ちるなどの苦情・要望が殺到し、俺達は本来の軍事的任務と式典準備も含めて多忙な日々を余儀なくされてしまった。

 

辛うじて死傷者は出ていないものの、これだけのトラブルが艦内で起きている以上、何かしら原因があるはずであるが、依然として不明のままであり、対策がとれない状態でもあった。

そんな状況下で出来ることと言えば、トラブル後の事務処理ぐらいのものだったからだ。

 

「でも、何でこんなに艦内で問題が起きるんでしょうか?」

書類の束を抱えたココが眼鏡越しに目を伏せる。

その表情は「もううんざり」といった感じだ。

「今までの強運のツケがまとめて来てるみたいだな」

ココの疑問に、俺は冗談交じりで皮肉気に唇を吊り上げる。

 

 

………だが、この言葉が、後に信じられない出来事に出くわすことに、この時俺は想像すらしなかった。

 

 

「あら?」

その時不意に、ココが声を上げた。

「どうしたの、ココ?」

「何か向こうからざわついた音が聞こえない?」

そう言ってココが指差した方向は、中央ホールがある場所であった。

「そう言えば今日、お花見の時の写真が展示されてたはずじゃなかった?」

「ああ、なるほど。だから乗組員(クルー)が見に行ってるワケなのね」

「おい、お前ら。仕事中見に行くことは禁止だぞ?」

 

このまま話を進ませれば写真を見に行くことが確定事項となってしまう。

 

そう忠告して、諦めさせようとしたのだが……

 

 

 

「副司令も見に行きませんか? ……っていうか行きましょうよ!」

「……なっ!?」

俺の忠告が入らなかったのか、突然アルモが腕を組んできた。

「アルモったら、随分大胆になったわね。やっぱり花見のときに何かあったのね」

「こら、ココ! お前も何やってる!?」

言いながらココも腕を組んできた。

「あ〜!? 何でココも腕組んでるのよ!」

「いいじゃない少しくらい。副司令は誰のものでもないんだし……」

「だからと言って、お前らのものでもない!」

 

なんだこいつら!? いきなり何があった!?

 

引っ張られるようにして歩き出したその時、すぐ傍からカランとした乾いた音が聞こえた。何か落ちたような音だ。

 

音の方向に目を向けると、誰が捨てたのかビールの空き缶が転がっていた。

 

「っ!? お前ら、まさか……」

「はいぃ? どうかしましたか、副司令?」

アルモの呂律が回らない口調に思い当たる節があった。

 

小一時間前、休憩がてらにティーラウンジで軽く注文を取ったのだが、その時飲んだコーヒーがやけに酒臭かったのを覚えている。

 

艦内でのトラブルがティーラウンジにも影響を及ぼしてたとでもいうのか?

 

「どうりであの後から様子がおかしいと思ったんだ……」

絶句するが、もう時すでに遅し。

「お? 見えてきた見えてきた! 結構集まってるわね〜!」

「ほら、副司令。もうすぐホールに着きますよぉ?」

 

目の前にはホールへの入り口が迫ってきていた。

 

「……あぁ」

酒に弱いこいつらはもう止まることは無いだろう。

引っ張られるようにしながら自分の不注意を呪った。

 

だが、これだけは誓っておきたい………

 

 

「着いたらミネラルウォーターを奢らせてくれ―――」

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

「綺麗……」

「本当に。良く写ってるわね」

俺の傍らに居る少女2人が、目の前にある展示を見て溜息を漏らす。

「はぁ……」

そんな2人とは対照的に、俺は呆れ気味な溜息を吐いた。

 

緑豊かな自然の森林を背景とし、その下で談笑する乗組員達。

舞い散る花弁を演出効果とするように、各自思い思いの感情を表情やポーズといった形で表現していた。

 

……写真という媒体となってだが。

 

エルシオールBブロックにある中央ホールは、大人数が収容出来るほどの広大なスペースとなっている。

ホールは元々、休憩場というだけでなく催し物を行う場所でもあり、周辺の壁際にはベンチや自動販売機といったものも立ち並んでいる。

 

そんなホールでは今、花見の時に撮影された数々の写真が、パネルに貼られ展示されていた。

周囲にはどこから集まってきたのかと思うほどの人数が、ざわつきながら写真を眺めていた。

 

戦闘状態ではないとは言え、式典準備に追われているといった緊張感が無いことに、俺は先程から呆れていた。まるで学園祭準備のはしゃぎっぷりだ。

 

「あ、見てココ。これ、あたしたちが写ってるわよ!」

「本当、みんないい顔してるわね」

 

こいつらも例外ではないということか……

 

ホールに着いた後、俺は真っ先に自動販売機でミネラルウォーターを購入し、こいつらに飲ませ、酔いを醒ますことに成功した。

 

……だが、以前の記憶が無いのか平然としていた。

 

 

さっきまでのやり取りを言うべきか言わないべきか………

 

 

「見てココ! これ、あたしたちが写ってるわよ?」

「本当? どれどれ……」

 

 

俺の今の心境お構いなしに、はしゃいでいる少女2名を見ながら。

「暢気なことを……」

本日何回目かも分からない溜息を吐いた。

 

だが、そんなはしゃいでいる2人の姿を見ていると、とても『白き月』の中から輩出されたエリート「月の巫女」の乗組員とは思えない。有体に言うのであれば、年相応の少女達のそれに見えてしまう。

周りを見渡しても同じような光景だ。

 

注意するだけ野暮というものか……

 

「やれやれ……」

 

―――丸くなったものだな、俺も。

 

「? 副司令、今何か仰いましたか?」

「ん? いや、何でもない」

振り返り尋ねてきたココに、俺は首を振る。その仕草を見たココは少し首を傾げながらも、再びアルモと向き合い談笑を始める。

 

少女達の憩いの場。

昔の俺ならば1分、いや、10秒も居たくは無かったはずの場所に、すでに小1時間ほど佇んでいる。

 

何故だろう。

別に居心地の悪さも感じず、平然としている自分に苦笑してしまう。

 

これでは、タクトに変わったと言われても反論出来んな………

 

そう思いながら何となしに写真の数々を眺めていると、1枚のパノラマに目が止まる。

 

「団体写真……か?」

やや躊躇ってしまったが、呟き通り、それは花見の時の団体写真だった。

何時写したのかは分からない。

既にいくつかのグループに分かれている時に、カメラに写る範囲全てをレンズに捉えた光景がパノラマ写真として横長に写っていた。

撮影者はありのままの姿を撮影したかったのだろうか。カメラ目線でポーズをとっている者等1人も居ない。

だが、気になったのはそんなことではない。

 

ほんの写真の端。凝視しなければ分からないような、背景の1つとして認識されてしまうのではないかと言う範囲。

そこに写っている光景に目を奪われてしまったのだ………

 

背後に聳え立つ桜の樹に咲き誇る一輪の花を思わせる笑顔。

普段、無愛想で通していたその男。

戸惑うような、それで居て嬉しげに微笑むその男と手を繋ぐ、『桜』の名を持つ少女がそこに居た―――

 

「ミルフィー……か?」

思わず口篭ってしまう。

別に彼女の名前を間違ったわけではない。彼女を見間違って口篭ったわけでもない。

 

ただ、その写真に写る彼女の笑顔が、今まで見たことも無い微笑みに見えるのだ。

 

彼女の笑顔は何度も見たことはある。

何時も天真爛漫といった表現が似合うほど、喜悦に満ちた笑顔を浮かべている。

 

 

 

―――では、何故……見たことが無いと思うのだろうか?

 

 

膨れ上がる不可解な疑問と感情。

 

 

 

「―――ふ〜ん、良い顔してるじゃない」

「うおっ!?」

悶々とした思考は、近くからの声によって中断された。

「ハ〜イ。こんにちはクールダラス副司令。お仕事はかどってる?」

振り返ると、そこには蘭花が手を上げて微笑んでいた。

「ら、蘭花か……一体どうしたんだ?」

何とか返事が出来たが、突然声を掛けられたせいか、まだ動揺が抜けきれなかった。

「そんなにビックリしなくてもいいでしょ? アタシも写真見に来ただけなんだから……」

そう言うと蘭花は、俺の隣で団体写真に目を向けた。

「でも本当に良い表情(かお)してるわね〜。あの娘(こ)にはピッタリのシチュエーションだわ。そう思わない?」

「……別にあいつの笑った顔など見慣れたものじゃないか」

そっけない、捻くれた言い方になってしまうが仕方が無い。

 

素直に褒めるなど、俺には気恥ずかしくて出来るか。

 

だが、蘭花の悪戯そうな笑みを見た瞬間、嫌な予感が俺を襲った。

「あら〜? アタシは一言も誰のことだなんて、言ってないけど?」

「なっ……」

「副司令は誰のことを言ってたのかしら〜? ねえ、教えてぇ……」

「ば、馬鹿! 変な声出すな! 周りに聞こえたらどうするんだ!?」

たじろぎながら反論するが、効果は無いようだ。

 

ああ、周囲の目が痛い……

 

「良いじゃない、少しくらい。減るもんじゃないんだし」

「だから近づくな! もっと下がってくれ!」

 

なんだと言うんだ、今日は!? 女難の日か!?

 

「もうテレちゃって、意外と可愛いところあるのね?」

ようやく満足がいったのか、蘭花が詰め寄っていた足を止める。だが、悪戯な笑みは浮かべたままだ。

「くっ……ただ、からかいに来ただけだと言うんなら帰るぞ!」

不愉快になった俺は、すでに奥のパネルの方に居たアルモとココを呼ぼうとした。少しばかり顔が熱い。

「ああ、ごめんごめん。そんなつもりじゃないわよ」

「……じゃあ、どんなつもりだったんだ?」

引き止めてきた蘭花に向かって、不機嫌さを隠さずに言う。

「だから、ミルフィーのこと。良い表情してると思わない?」

今度は優しげな笑みで尋ねてきた。

「……ああ。そうかも知れんな」

 

これ以上からかわれては敵わない。

俺は躊躇いがちに素直に頷くことにした。

 

「そうでしょ、そうでしょ! やっぱり副司令は分かってる!」

俺の答えに満足がいったのか、蘭花は満面の笑みを浮かべて何度も頷いていた。

だが、その姿は俺には疑問しか沸き上がらなかった。

「……何故、そんなに嬉しそうなんだ?」

「えっ?」

「自分が褒められたワケでもないのに、何故お前が嬉しそうにする必要がある?」

 

そう、それこそが先程から俺が疑問に思っていたことだった。

 

蘭花は質問の意味が分からなかったのか、きょとんとして俺を見つめてくる。

だが、すぐに相好を崩すと今度は俺が首を傾げるような言葉を発した。

 

「親友だからよ」

「……はっ?」

「ミルフィーがアタシの親友だから嬉しくなるのよ。ちょっと先越されちゃったかもしれないけど……」

少し恥ずかしそうな、それでいて悔しそうな複雑な表情を浮かべながら、蘭花はもう1度写真に視線を移した。

 

訳が分からない……

親友であることと、先を越されたというのがどんな意味を持ってるのか?

 

 

「こんなに幸せそうな表情してるのを見てると、何かアタシまで嬉しくなっちゃうのよ。恋する乙女は凄いわよねえ……」

しみじみと呟く横顔は、本当に優しげな微笑に映えた。

 

 

 

 

………ん?

 

 

 

 

「おい、今なんて言った?」

 

今、何か聞き捨てなら無いことを言わなかったか、こいつは?

 

「え? アタシまで嬉しくなるって……」

「違う、その後だ。何が凄いと言ったんだ?」

蘭花は少し考え込むようにして眉根を寄せていたが。

「ああ! そのことね!」

合点がいったと言わんばかりに、喜々と手を打った。

「この写真のミルフィー。これ、間違い無く恋する乙女の表情よ」

 

 

たっぷり沈黙すること、約5秒―――

 

 

 

「はああああ!?」

 

 

 

ようやく我に返った俺は、思わず絶叫してしまった。

 

声が反響する中央ホール。

 

「っ!? 何よ、いきなり大きな声上げて―――」

「な、何、馬鹿なこと言ってやがるんだ、お前はァ!」

 

ざわざわとした声を上げて、こちらに視線を向ける乗組員達に構わず、俺は目の前の金髪の少女に詰め寄った。

 

「馬鹿なことって何よ!? アタシは本当の事言ったまでよ!」

「それが馬鹿なことだというんだ! あ、あいつが恋をしているなど、あるわけないだろうが!」

白熱する口論。

だが、俺のほうは何故だか分からないが、動揺のあまり呂律が回らない。

「何でそう言い切れるのよ?」

「い、いや、それは……」

強い視線に思わず口篭る。

怯むこちらに構わず、蘭花は写真を指差した。

「よく見なさい。これに写ってるミルフィーの表情。こんな笑顔、今まで見たことある?」

「―――っ!!」

 

弾ける脳と身体。

蘭花の指摘は、先程の不可解な疑問と感情を呼び起こすのに充分な魔力を持っていた。

 

「アタシ、あの娘と長い付き合いだと思ってたけど、こんなに幸せそうに微笑(わら)ってるミルフィー見たこと無いわ……」

写真から目を離さずに、金髪の少女は淡々と語り続ける。

「タクトや他のエンジェル隊の娘達と一緒に居るときも、こんなに楽しそうに笑ってたこと無かった。それがどう言うことか分かる?」

 

 

 

それは………

 

 

 

何も言うことが出来ない、視線を逸らすことも出来ない、立ち尽くすことしか出来ない………

 

いつの間にかこちらに視線を向けている蘭花の表情に気圧されたわけではない。

 

意味が分からないから、馬鹿馬鹿しい問い掛けだから答えられないのでもない。

 

 

 

何か漠然と、でもはっきりと自覚できる何かが心の中で渦巻き、気流となって俺の中で訴え続ける。

 

 

 

 

 

本当は分かっているんじゃないか、と………

 

 

 

 

 

「副司令も分かってるんでしょ? 自分も同じだってこと……」

呆然と佇む俺に向かって、蘭花は優しげに問い掛ける。

「お互い自覚が無いのかもしれないけど、この写真見たら分かったわ。ミルフィーと同じ表情してるって……」

「なっ―――」

 

―――何だと?

 

今の言葉の意味はいやでも理解出来た。出来てしまった。

 

 

 

俺とミルフィーが同じような表情をしている………

 

蘭花は言った。「このミルフィーは恋する乙女の表情」だと。

 

俺は感じ取った。今まで見たことも無いような微笑だと。

 

 

 

 

 

彼女と会う日常を過ごす度に、湧き起こる感覚。

 

だが、花見の時から、それが変化しつつある自分に気付いたのは何時なのだろう。

 

興味無さ気に引き返そうとする俺を引き止める彼女の視線。

 

渋る俺を自己の思いのままに連れて行こうとする彼女の掌。

 

今、そこにある大切な命を優しげに語る彼女の微笑み。

 

 

 

その時の彼女を眺めていた時の、俺の中で湧き起こっていた鼓動を上げていく温かな感覚。

 

 

 

ミルフィーユ・桜葉。

 

ミルフィー。

 

彼女に対する印象が変わって行った瞬間でもあった―――

 

 

 

 

 

そんな彼女の笑顔と俺の笑顔が同じ類だと言うのならば………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミルフィーは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺のことを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――彼女のことが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                        “好き……なのか?”

 

 

 

 

 

 

 

ざわめきも視線も何もかもが感じなくなっていた、時間の分からないその時。

 

 

 

 

 

「―――ああ〜!? こんなところに居た〜」

 

 

 

 

 

時を再起動させたのは、聞き覚えのある間延び声だった―――

 

 

 

 

 

「レスターさ〜ん! 蘭花〜! ここに居たんだ!」

「ミ、ミルフィー!?」

 

ドクン、と鼓動が跳ね上がる。

先程から思い描いていた張本人をいざ目の前に入れると、何か言い知れようも無い緊張感に襲われる。

心なしか顔に血が昇ってきている気がした。

 

入り口から駆け足で(それでもゆっくりな感じだが)近づいてくるミルフィーに、俺は何故か動くことが出来なかった。

「副司令、気を付けて!」

その時、傍から小声で注意を促してくる蘭花。

「気を付けて、って、どういう意味だ?」

唐突な言い草に、俺は小声で尋ね返す。

「今のミルフィーには迂闊に近づかないほうが良いわ……」

「何故だ?」

「なんていうか、その、上手く言えないんだけど。って言うか、言っても信じられないんじゃないかしら……」

「何を言ってるのか、さっぱり分からんぞ」

「何、話してるんですか〜?」

 

そうこうしている内に、ミルフィーが俺達の元に近づいてくる。

 

「え〜っと、桜の花1日で全部散っちゃったでしょ? 簡単に言えば、強運の反動が来てるのよ。ほら、最近艦内でトラブルが多かったじゃない?」

「……何?」

 

………今、なんて言った?

 

「だから、今のあの娘は“凶運”の持ち主なってんの!」

 

 

―――“キョウウン”?

 

 

「あっ―――」

 

カチリと、シグソーパズルの残り1ピースがはまったように。

何かが思い当たった………

 

 

「―――きゃっ!?」

 

 

近くから悲鳴と何かが、がつんと、引っかかった音が聞こえる。

 

 

視線を前へ移すと、金属パネルの凸状の脚立部分に足を引っ掛けたのか、前のめりにそれも派手に転倒するピンク色の髪の少女が居た。

多少の衝撃ではビクともしない重厚な金属で設計されたキャスター付きパネル。

その特徴の通り、人が足を引っ掛けた程度では揺れ動くはずも無いパネル。

「……えっ」

そんなパネルが今、何故か、ゆらゆらと揺れ動き、その振り幅を徐々に大きくさせていき。

 

 

それはスローモーションのような動きで―――

 

 

「あっ―――」

呆気に取られていた俺達の方へと倒れてきた。

 

周りの悲鳴も気のせいか遠くからに聞こえる。

 

「副司令、危ない!」

遠くから聞こえる蘭花の声は決して気のせいなんかじゃない。

 

あいつめ、ちゃっかり1人で逃げたな………

 

転倒の勢いがそんなに凄かったのか、影響の無い場所で寝そべっているミルフィーは呆然とこちらを見ていた。

 

 

「………………」

 

信じられない偶然と驚愕のあまり、動くことすら出来ず、俺はただ我を忘れパネルが倒れてくるのを眺めていた。

 

 

 

ああ、ミルフィー………

 

もし、これが蘭花の言っていた『凶運』のせいだとするのならば。

 

―――今回の騒動は全て君が原因なのか?

 

 

「がっ―――!?」

 

どがんっ、という並外れた音とともに、俺の後頭部に遅れて走る、分厚い鉄板で殴られたような衝撃………

 

 

「ぐっ……」

 

 

うめき声とともに床に突っ伏していく俺の身体。

 

「―――きゃああああ!?」

「うわあ!? ふ、副司令!?」

 

ようやく時間が動き出したような、周囲の悲鳴と混乱した空気の中、だんだんと目の前が闇に覆われ、意識が薄れていく。

 

「レ、レスターさん! 大丈夫ですか!?」

 

悲痛な叫び。

 

最後に見えたものは、焦燥と恐怖と悲観に塗れた表情で俺を呼ぶ、彼女の姿………

 

 

 

そんな彼女を見て、最後に思ったことは………

 

 

 

 

 

“やはり、ろくなものではないな………異性と接するということは………”

 

 

 

 

 

そう心の中で嘆いた―――

 

 

 

 

 

                                                                                                                                                                         See you next again……