式典準備に追われる日常の最中。

準備作業の手伝いなどをし終え、休憩の時間に入ったあたしたちエンジェル隊が、ティーラウンジで休憩を取ろうとしていた、ある日のこと。

 

 

 

「休業?」

「ええ。ドアの前に張り紙が貼ってありますわ……」

ミントが指し示すドアの中央部分には、確かに貼り紙が貼られていた。

 

 

 

『先日、ティーラウンジ内での不備が発覚した件の対策として、衛生検査を進めさせていただきます。毎度ご贔屓にさせて頂いているお客様には申し訳御座いませんが、誠に勝手ながら、しばらく営業休止させていただきます。 

儀礼艦エルシオール ティーラウンジ担当責任者より』

 

 

 

貼り紙の内容を見たみんなの顔からは、明らかに落胆の色が滲み出ていた。

 

「……なんでいきなり休みになったのかしら?」

「昨日までは大丈夫でしたのに……」

「―――やはり格納庫で起きた事故が原因ではないでしょうか?」

「格納庫での事故がかい? なんでさ?」

「……事故を引き起こした整備班の方々から、アルコール反応が発見されたので、調査した結果……」

「ティーラウンジのメニューから、アルコール反応が出た……そういうことですの?」

「はい……整備班の方々が、ここでメニューを取ったという話からしても……」

 

ひょんなことから、口々に漏れ出る推測の意見。

それもそのはず。あたしたちエンジェル隊にとって、ティーラウンジはエルシオール内でよく利用する憩いの場所でもあるのだから。

 

「………………」

 

でも、あたしには、そんなみんなの会話が遠くからのように聞こえていた………

 

 

まるで議論しているかのようにドアの傍で会話するエンジェル隊を傍目に、あたしは1人ぼうっと立ち尽くす。

 

 

周りの喧騒など耳にも入らない。

外野の目線も気にする余裕は無い。

 

 

なぜなら………今のあたしの心の中は………

 

 

 

 

 

「―――レスターさん……」

 

 

 

 

 

後悔と寂寥の気持ちで一杯だったから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Good relation

Taste8 『殻の中の囀り』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホールでの事故以来、レスターさんとお話できない日々が続いていた。

 

 

 

 

 

お花見が終了した後日から、エルシオール艦内で色々なトラブルが続発していった時、あたしは困惑しながらもある事実を受け止めていた。

 

それは、強運の反動―――凶運が、いつか近いうちにやってくるということ………

 

最初の方は単なる偶然だと思っていつもどおり過ごしていたけど、ある日を境にそれは現実となって目の前で起こった。

 

 

1週間前、ホールでの写真展示を見に行った時、滅多に倒れるはずの無いパネルが倒れたこと。

そして、その近くに居たレスターさんにパネルが直撃した所を目撃した瞬間、予感は確信となっていった。

 

 

 

ホールでの出来事の後、レスターさんの怪我は思ったより酷くは無かったようで、それを聞いたあたしもホッと胸を撫で下ろしたのだけど………

 

 

 

 

 

「副司令ですか? 先程、退室したばかりですけど―――」

 

ブリッジでも―――

 

「副司令さん? 一時間前まではここにいたんだけどねぇ―――」

 

食堂でも―――

 

「副司令ですか? 今日来る予定はありませんよ?」

 

格納庫でも―――

 

 

 

コンビニ、機関室、公園、医務室………そして、自室にも、時間があるうちに探し回った。

でも、あたしが行った先には、何故かレスターさんはそこには居らず、気が付けば会えないまま1週間が過ぎていった―――

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

後日―――

 

「―――あの、失礼します!」

目の前のブリッジへの扉が開くのと同時に、出来るだけ元気良く挨拶をした。

 

数瞬だけあたしに向けて一瞥されるオペレーターの人達の視線。

そんな複数の視線を一身に受け止め、逸る気持ちを抑えながら、あたしはあの人を探した。

 

「あれ、ミルフィー?」

 

その時、あたしの姿を発見した1人の男の人が珍しいものを見るような表情を向けてきた。

 

「あ、タクトさん。お邪魔してます」

「やあ、君がここに来るなんて珍しいね?」

「はい……」

タクトさんとのやり取りの最中にも、あの人の姿を探すことを忘れない。

「……ミルフィー、どうしたの? 何かあった?」

でも、あまりに露骨にキョロキョロしすぎたせいか、タクトさんが怪訝な表情を浮かべる。

「いえ……あの、その……」

何故か躊躇ったせいか。

なんて言ったら良いのか分からず口篭るばかりになってしまった。

 

そんな状態のあたしをジッと見つめていたタクトさんだったけど。

「んん? あっ!?」

ポンッ、と手を打った瞬間、満面の笑みを浮かべた。

「もしかしてミルフィー、レスターに用があるの?」

 

やっぱりバレちゃったみたい。

 

「えっと、実はそうなんです……」

なんとなく気まずいものを覚えながら、あたしは曖昧に頷いた。

「そうなんだ、最近仲良いみたいだからねぇ」

「はい、そうなんですよ! ……でも、最近お話とか出来なくて……」

タクトさんの言葉に一瞬だけ気を良くしたが、すぐさま語尾に力が無くなる。

「ああ……そのことか〜。まあ、あいつも忙しいことは忙しいんだけど……」

「やっぱり、忙しいんでしょうか?」

「いや、今回の場合はそれだけじゃないんだ。ただ何て言ったら良いか……」

タクトさんは苦笑しながら頭をぽりぽりと掻く。

 

でも、その仕草は、何か困っているような、誤魔化してるみたいな何とも言えない雰囲気に見えた。

 

「? タクトさん?」

「っとゴメン、ミルフィー。とにかく今レスターはここには居ない。多分自室に居ると思う」

言い忘れたと言わんばかりの表情でそう言うと、バツ悪げにあたしに謝罪してきた。

「いえ、良いんです。あたしの方こそ、ごめんなさい。お仕事の邪魔しちゃって……」

「そんなこと無いよ。ちょうど退屈だったから、ミルフィーが来てくれて良かったよ。仕事も楽しくなるしね」

「そんなぁ。えへへ……」

 

タクトさんの純粋な心からの気遣い。

 

あたしは心の中が温かくなるのを感じながら、ブリッジを後にしようとした。

 

「それじゃ、タクトさん。失礼しました」

「うん。……あ、ミルフィー!」

 

その時、退室しようとしたあたしの背中に、タクトさんの呼び止める声が掛かる。

 

「はい?」

何事か、そう思いながら振り返ると、そこには優しげに微笑むタクトさんの姿があった。

「……レスターのことなんだけど、恨まないでやってくれ。今のあいつは戸惑ってるだけなんだと思うんだ」

「……えっ」

そして困惑しているあたしに構わず、タクトさんはこう続けた。

「自分の気持ちに整理がついたら、またあいつと会えるさ。だから安心しててくれ」

「はぁ……」

 

どういうことだろ?

 

意味深とも取れる言葉に首を傾げつつも、タクトさん達に会釈すると、あたしはブリッジを後にした。

 

 

 

 

 

しかし、ブリッジから歩いてしばらくしたその時。

 

「あ、ミルフィーユさん!」

「……はい?」

背後からの声に反応し、振り返ると、アルモさんとココさんの2人が駆け寄ってきた。

準備作業が忙しいのか、幾分焦っているように見えた。

「あ、こんにちは。お仕事ご苦労様です」

そんな状態の2人を目の当たりにしたあたしは、当たり障りの無い挨拶をすることにした。

「すいません、あの、ちょっと聞きたいんですけど……」

「は、はい?」

でも、さらに焦った様子で問い詰めてくるアルモさんに、あたしはたじろぎ気味になる。

「……クールダラス副司令、何処に居るかご存知ありませんか?」

「えっ……?」

出てきた言葉は、あたしにあることを思い出させた。

 

そう言えばこの人達、レスターさんと一緒に式典準備作業をしてたような………

 

でも、それならば一緒に居るはずのレスターさんがここに居ないのは不自然に感じる。

そう思いながら、あたしはタクトさんに教えてもらったとおりの場所を教えた。

 

「自室に居るって聞きましたけど……」

「いえ、私たちが行った時には、既に居なかったんです……」

しかし、ココさんは首を横に振る。

「それに私達、最近副司令と会っていないんですよ」

「ええっ!? ココさんたちもですか!?」

「って、ミルフィーユさんも!?」

衝撃の発言に、あたしたちの間は驚愕に包まれる。

 

近くを歩いていた乗組員が何事かと一瞥する視線に気付いたあたしたちは、声を潜めて会話を交わす。

 

「あ、あたし、最近、2人はレスターさんと一緒に仕事してるばっかりだと……」

「わ、私達はもしかしたら、ミルフィーユさんなら知っているとばかり思ってたんですけど……」

「あたしがですか?」

気まずそうに顔を合わせる2人に仕草に、あたしは腑に落ちないものを覚えた。

「何であたしが……」

 

何故、あたしなら、知ってると思ったんだろう………

 

「……だって、ミルフィーユさん、副司令と仲が良かったじゃないですか?」

「レスターさんと、ですか?」

「はい」

 

気のせいか、あたしが聞き返した瞬間、アルモさんの顔が苦しそうに歪んだような気がした。

でも、そう感じたのは一瞬のことで。

 

「ですから、マイヤーズ司令と同じぐらい副司令と親しいミルフィーユさんなら、知ってると思って……」

しっかりとあたしの目を見据えながら、はっきりとした口調でアルモさんは告げた。

 

隣に居たココさんが、アルモ、と呟いていたのは何を意味していたのか………

 

意外な事実を突きつけられたあたしは、困惑しながら返事をすることに。

 

「……えっと、そう言われても、あたしも最近は会ってなくて、探してる途中なんです」

そう言った時、アルモさんは他人目からでも分かるぐらい落ち込んでしまった。

「そうですか……それじゃ、仕方がありませんね。ほら、アルモ……」

代わりに返事をしてきたココさんが、アルモさんを促すと。

「は、はい、それじゃあ、失礼しました……」

「引き止めてしまってすみません」

「あ、いえ。こちらこそ……」

あたしたちは挨拶もそこそこにした後、彼女達はBブロック方面へと歩いていった。

 

誰も居ない廊下に残されたものは、暗い雰囲気の名残とぽつんと取り残されたあたしだけ。

 

様々な思考が頭の中で渦を巻く………

 

「あたし……」

 

何か、悪いこと言ったのかな?

 

閑静な廊下で1人呆然と佇みながら、あたしはそう思った―――

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

「―――それで、悩んでたの?」

「うん……」

蘭花の問いに、あたしは小さく首肯する。

「なるほどね……あんたの性格なら、そう思うかも知れないけど……」

言いながら蘭花は、茶飲みに口を付けてお茶を啜った。

ずずっ、と、静寂な空間に、お茶を啜る音だけが反響する。

 

あたしの性格なら、って、どういうことだろう?

 

なんとなく腑に落ちないものを感じながら、対面の親友を真似るようにしてお茶を啜った。

 

 

結局、なんとなくレスターさんに会うことを止めたあたしは、今、蘭花の部屋に来ていた。

 

蘭花の活発な性格らしい黄色を貴重とした内壁、壁際の三面鏡の下に七色に並立している香水の小瓶や多種類の化粧品の数々。反対側の壁には天井付きの丸いベッドがレースに薄く全貌を現している。

 

その部屋の中央付近にあるテーブルに向かい合わせになるようにして、あたしと蘭花は座って、お茶していた。

 

 

………いや、『お茶していた』っていうのは、語弊がある。

本当はあることを話し合っている最中だった。

 

 

ことっ、と茶飲みが置かれる音の後、蘭花が口を開いた。

 

 

「他の誰かには訊いたりしたの?」

「うん。あちこちに聞きに行ったんだけど、知らないとか、入れ違いになってたとか……」

「連絡入れてみたりしなかったの?」

「それだけじゃなくて、伝言とかもしたんだけど。でも、連絡が取れなくて……」

はぁっ、と、重々しい溜め息を吐いた。

要領を得ない以前の、まるで悪戯のように会うことの出来ない状況に、なんとも言えない無力感がまとわりつくような気がした。

俯いていた顔を上げる。

蘭花は少し考え込むようにして顔に手を当てていた。

 

その姿から目を逸らして、天井を仰ぎながらあたしは一言。

 

「なんでレスターさんに会えないんだろう……」

 

ぽつり、と、吐息のように呟きが部屋全体に霧散していった。

 

 

そう。

相談内容の1つはレスターさんと会えないことについてであり、悩み抜いた挙句、あたしは親友である.蘭花に相談していた。

 

しばらく考え込んでいたあたしたちだったけど………

 

「う〜ん……別に心当たりが無いってワケじゃないけど……」

「えっ!? 蘭花、何か知ってるの?」

唐突な発言に面食らいながらも、あたしは期待の瞳を輝かせて蘭花に向けた。

蘭花は少し考えるようなそぶりをした後、何故か困惑気味の視線を向けてきた。

「……ねえ、ミルフィー?」

「なに?」

「まだ強運の影響残ってるんじゃないの?」

「あっ―――」

その言葉を聴いた瞬間、肝心なことを忘れていたことに気付いてしまった。

 

………そう言えば、あれ以来何も起きていないような気がする。

 

「……どうなんだろ。あるような、ないような……」

 

あたしが持つ『強運』というものは、信じられない運の良さと引き換えに反動も凄い。

ただ、その強運は何時、何処の場所で起きるのか決まっておらず、ある日突然といった感じが強い。

 

例えば、あたしが強くお願いしたとはいえ、公園の木々のいきなりお花が満開して、1日であっという間に全部散ってしまうなんてどう考えてもおかしいと思う。

 

 

けど、あたしの強運がピーク時に達してるときは、何が起きるのか分からない。

それが『強運』なのか『凶運』なのかも………

 

 

「そ、それじゃあ―――」

力無く発した言葉は、困惑の色が滲み出ていた。

「あたしがレスターさんに会えないのも、『強運』のせいなのかなぁ……」

 

―――そんなのイヤだ。

 

まだ、きちんとレスターさんに謝れてないのに。

 

せっかく最近仲良くなれたと思ったのに、これで終わりなんて………

 

 

「ミルフィー」

蘭花は、俯いているあたしの肩にポンッと手を乗せる。

それは落ち込んだ心への慰めの様に、温かなものを感じさせた。

「そんなに落ち込むこと無いわよ。単なる気のせいかもしれないでしょ?」

「でも……」

「まあ、好きな人に会えない寂しさって言うのは分からないでもないけど……」

「うん……せっかく新しく出来たお友達なのに……」

 

 

そう言った途端。

 

 

「……へっ?」

 

 

 

ぴくっ、と乗せられている手が微かに震えたような気がした―――

 

 

 

「……?」

ゆっくりと顔を上げると、目の前には驚いた表情をした蘭花がいた。

 

同時に部屋の空気に変化が生じたような気がする。

 

「ど、どうしたの、蘭花?」

「………………」

詰め寄って尋ねるも、蘭花は答えない。瞠目した表情のまま硬直している。

「ね、ねえ―――」

何も喋らない蘭花に不安を感じたその時。

「―――ホントなの……?」

小さな。でも、はっきりとした蘭花の呟きが耳に入った。

「……蘭花?」

「ホントなの? さっき言ったこと?」

「へっ……?」

今度はしっかりとあたしを見据えながら、問い尋ねてきた。

 

さっき、って、何のことだろう………?

 

「だからさっきの話よ。クールダラス副司令のこと」

「えっ? 会えなくて寂しいなぁって―――」

「そうじゃなくて! アンタ、ホントに副司令のこと、友達だと思ってんの!?」

「あ、うん。今では蘭花と同じぐらいの親友さんみたいな感じかなぁ?」

少し照れくさいものを感じながら、自信持って、はっきりと頷く。

 

以前から思ってたことだから、それは本当のことだと言える。

 

「………………」

でも、蘭花は口と眼をポカンと開けたまま。

簡単に言えば絶句したみたいに、こちらを見据えていた。

「ホントみたいね……友達って言うのは……」

「もう、蘭花ってば、そんなに落ち込まないでよ。蘭花も大切な親友だよ?」

本心からの言葉だったのに、

「い、いや、そうじゃなくて……自覚してないってワケじゃなさそうね……」

最後の方は良く聞き取れない。

蘭花は困惑した表情でぶつぶつと独り言を言い続けてしまった。

 

? なんだろ?

なんか、ちらちら見てきてるけど………

 

「どうしたの? なんかあたし変なこと言っちゃった?」

「……ん、なんでもない。なんかアタシ、勘違いしてたかも……」

「?」

 

なんか、よく分からない………

 

困惑している蘭花の表情を見て、思わず口に出してしまった。

 

「蘭花、アルモさんと同じこと言ってる……」

 

直後―――

 

「えっ―――」

蘭花は弾かれたみたいに顔を上げ、つられるようにしてあたしも驚いてしまった。

「な、何? どうしたの?」

「ミルフィー、今、なんて言ったの!?」

蘭花は瞠目しながら、テーブルを挟んで詰め寄ってくる。

「ら、蘭花?」

「ねえ、本当にアルモがそう言ってきたの!?」

狼狽するあたしに構わず問い詰めるその姿に、おずおずと頷いた。

「そっか……とうとう直接聞いてきたんだ……」

あたしの答えを聞いた後、1人で納得したように何度も頷く蘭花。

その反応を見ていると、裡に潜んでいる疑問が増大してきた。

「ねえ、蘭花。アルモさんが直接あたしに聞いてきたことが、何か―――」

 

関係あるの………?

 

そう言おうとした言葉は最後まで紡がれることはなく。

 

「ミルフィー……ちょっと聞くけど……」

遮るようにして、蘭花は真剣な表情であたしを見据えてきた。

「アルモと話してた時、あの子に変わったところはなかった?」

「えっ、変わったところって―――」

「いいから思い出してみて」

有無を言わさない態度。

けど怒っているわけでもないのに、形容できない威圧感に戸惑ってしまう。

「は、はい……」

しかし、それに関しては、あたし自身気になることでもあったので、蘭花の言うとおりにその時の光景を思い浮かべることにした………

 

焦った様子であたしの元に駆け寄ってきた時。

レスターさんが居る場所を聞いてきた時。

あたしも分からないと言った時。

 

 

そして、真剣な表情で聞いていた時の―――

 

「あっ―――」

 

そうだった………

あの時、ほんの一瞬だけ苦しそうというよりも、辛そうにしていたアルモさんの表情。

何故そんな表情をしていたのか分からない。

 

けど、その原因となった言葉は………

 

「あたしが『レスターさん』って言う度に、アルモさん辛そうにしてた……」

 

思わず、そう、独り言のように呟いた瞬間―――

 

 

―――アルモさん、もしかして………!?

 

 

「アルモ……副司令のこと好きなのよ」

突然の発言に我に返ると、蘭花が薄く微笑みながらこちらを見ていた。

「蘭花、今なんて……」

「エルシオールに着任してから、ずっと気になってたらしいわ。副司令のこと……」

あたしの問い掛けが聞こえないかのように、蘭花は続けた。

 

「でも、副司令と親しいアンタを見ていて、辛かったんでしょうね―――」

 

でも、その顔は何故か哀しそうに見えたのは、あたしの気のせいか………

 

「だから、アンタが名前で呼ぶところを間近で見る度に、辛そうな顔してたんじゃないかしら……」

 

まるでここには居ない誰かに言い聞かせるかのように、蘭花は複雑な気持ちを紡ぎ続けた―――

 

 

 

「ねえ、ミルフィー……副司令のこと、ホントはどう思ってるの―――?」

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

「これで、よしっ、と……」

お弁当の入れたバスケットを持った後、あたしは気合を入れるようにして呟き自室を後にする。

靴が奏でる軽快な音を聴きながら、睡眠不足の頭で思った。

 

―――さっきのタクトさんの話だと、今、居るはずだよね………

 

通信でのやり取りが頭の中で反芻する。

 

あたしはある決意を胸に秘めて、廊下を歩いていた―――

 

 

 

蘭花に相談に乗ってもらったその後、あたしは1人になって考えてみた。

 

 

 

何故、みんなはあたしに様々な質問をしてきたのか?

 

それらがあたしやレスターさんと、どんな関係があるのか?

 

考えればきりがないほどに、逆に疑問が浮かび上がる。

 

 

 

周りの目から見て、あたしはレスターさんのことをどう見ているのか、ということ。

 

 

 

 

 

考え抜いた挙句、出てきた答えは………

 

 

あたしは、本当はレスターさんのことをどう思っているのか、ということだった。

 

 

 

 

 

言うまでもなく、最近はレスターさんとお話どころか会うことさえなかった。

最初の頃は、強運の反作用のせいで会いたくても会えないのだと思っていた。

もしかすれば、ホールの出来事がきっかけであたしを嫌ってしまい、意図的に避けているのではと、嫌な予感が雁首をもたげたこともあった。

 

でも、タクトさんとアルモさんたちとのやり取りで、それは杞憂かもしれない可能性を抱かせてしまった。

 

あの人達からの話から、レスターさんは何か迷っていて、答えが出るまであたしに会わないのではないかと………

 

でも、そんなこと、今のあたしにとってどうでも良いことだった。

 

大事なのは、レスターさんに対する、あたしのこの気持ちだということ。

 

 

以前までのあたしであれば、レスターさんのことを『兄』とか『親友』のような存在だと躊躇うことなく言っていたはずだった。

 

しかし、最初のほうは友達だと答えておきながら。

蘭花に問われたあの時、答えられなかったのは、躊躇ってしまったのは何故なのか。

 

 

レスターさんと一緒に居るときのあたしは、周りから見れば友達同士には見えないようであり、その結果アルモさんを間接的に傷つけたことになっていたのかもしれない。

 

 

 

そう考え始めた時、あたしは自分でも気付かないうちに、レスターさんという人が身近になっていたことに驚いてしまった………

 

 

 

思えば、最近のあたしは無意識のうちに、レスターを探していた。

少しくらい会えなくなっただけでも不安、寂寥感が包み込んでいたから。

お花見のときも、あの人と一緒に参加するのを何よりも楽しみにしていた自分が居た。

だから、自覚の無いうちに、あの樹と種に、願い事をしていたのかもしれなかった。

 

 

 

 

会いたいと思う気持ち。

ずっと一緒に居たいと願う気持ち。

幸せだと感じてしまう気持ち。

 

 

 

 

―――この気持ち全てが何ていうものなのか。あたしは試してみたい………

 

 

そう思った瞬間、あたしは昨晩居てもたってもいられずに徹夜をしてしまうほどお弁当作りに勤しんだ。

徹夜になってしまったのは、レスターさんの好みそうな品を考えているうちに、時間を割いてしまったこともある。

 

だけど、ホールでの一件のお詫びと、いつもお世話になっているお礼として。何より………

 

 

 

 

 

あの人に対するあたしの本当の気持ちは何なのかを、試すための手段として―――

 

 

 

 

 

「あっ……」

やがて目的の場所に辿り着いたことに気付き、立ち止まる。

そして、目の前の扉を見据えて、1つ深呼吸をした。

 

「ふぅ……」

決心はついたはずなのに、いざ目の前にすると緊張してしまう。

誰とでも気兼ねなく接することが出来る、立ち直りが早いという長所があるはずの自分が、こんなに緊張するとは思わなかった。

 

これはいつも通りの遊びに誘うような類のものじゃない。

あたしの本当の気持ちを確かめる、一世一代の大勝負に近い決意。

 

だからこそ気楽になることが出来ない。いつもどおりに接する自信がない。

 

 

 

でも、確かめたい。

久しぶりにお話がしたい。

そして、何より………

 

 

 

―――あの人と一緒に居たい………

 

 

 

想いは決意から決心に変えた―――

 

「すぅ……はぁ……」

あたしはもう一度深呼吸をして、心を落ち着ける。

そして、目の前の扉を見据え、行動に移した。

 

 

 

 

 

「すいません―――」

 

 

 

 

 

この不安げな心の中を照らす、陽光みたいな温かな感覚は何なのか………

 

心地よいとも思える感覚を胸に、目の前の扉が導くように開いた―――

 

 

 

 

 

See you next again……