―――行き交う人々は何処に向かって歩いているのか………

 

耳を澄まさずとも自然に入る雑多な音。

離れた場所からの歓声、談笑、足音、自動車の排気音と看板などからの形容できない電子音、通風による空気から醸し出されるそれらの音は、視界に映る自分の周囲を行き交う人々の流れと高々と林立するビル群などの建造物から発生されていた。

 

人の上に向かって聳え立つ街灯の柱。建造物だけでは味気無い印象を与えるための緩和として、僅かな自然を演出する街路樹。辺り一帯を華美にさせる看板の多様な趣向は、夜になれば派手に光り輝くであろう。

そして、上空には燦々と輝く太陽の光。映像とは思えないほど、全展望型スクリーンから映し出される空一帯はあまりにも克明に。そして自然に映る。

 

平凡な生活を送る者となれば、何ら変哲の無い繁華街の光景。

 

しかし、特に宇宙を行き交い銀河を防衛する任務に就く者にとっては、決してありふれた光景でもなく、滅多に見られるものでもない。

 

平日なのか休日なのかも分からない今日、街中を行き交う人々は皆細かな違いはあれども、生き生きとした活力が漲っているのが分かる。

 

そんなある繁華街の光景を、ガラス越しに見つめる1人の少女………

 

 

「みんな、楽しそう……」

 

 

ミルフィーユ・桜葉は誰に言うのでも無く、感慨深く呟いた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

Good relation

Taste11 『ラブコールはお早めに』

 

 

 

 

 

 

 

 

平和な場所で毎日を送る人間の表情というものは、ここまで生き生きとしているものなのかとミルフィーユは改めて思い知らされる。

 

 

不思議と住む所は皆別々でも、活動する場所は一箇所に集中するというのは人間だけでなく生物の習性なのかも知れない。『自分1人』という安らかな時間と場所を与えられても、孤独という時は平等に訪れ人々を癒しまたは不安に陥れる。生活の糧から始まる毎日を急激な流れとともに生きている人間にとっては、時に孤独も必要不可欠なものとなる。

しかし、人間であるからこそ自分以外の存在と触れ合うことも大切だと思う。人は1人では生きていけないからこそ『人間』という存在意義を証明する確固たる名称があるのだろう。

 

(やっぱり、ひとりぼっちは嫌だよね……)

 

寂しがりやの自分には孤高なる生き方など考えられない。

普段は天真爛漫といってもいいほどの明るさを振舞っていても、根は繊細な心を持つ年頃の少女は、薄く微笑みながら本心から思った。

 

 

「何ボーッとしてるのよ、ミルフィー? 何か珍しいものでもあったの?」

感傷じみた思考を遮ったのは隣に座っている親友の声。

「ううん、なんでもない。ただ何となく、みんな良い顔してるなぁって思って……」

我に返ったミルフィーユは急な呼び声に慌てることも無く、窓から視線を外すことなく声だけで反応する。

「ふぅん。そんなの見てて面白いの?」

「面白いってワケじゃないけど、何か見ていて落ち着くみたいな感じがするの。蘭花もどう?」

問いかけざま窓から視線を離すと、振り返った先には蘭花が何と言えない表情で首を振った。

「アタシは遠慮するわ。せっかく繁華街に遊びに来てるのに、ただボーッと街並みを眺めてるなんて時間がもったいないわよ、ねえ?」

「まあ少しくらいは良いじゃないですか。時間はまだあることですし、ねえアルモ?」

「えっ、う、うん。まあ……」

蘭花に同意を求められたのは、対面の席に座っているアルモとココの2人。

やんわりとした口調で言葉を返すココに対し、アルモはしどろもどろに言葉を紡ぐといった対照的な反応ではあったが。

「でもこうやって、いつまでも喫茶店で休んでるわけにも行かないでしょ? せっかく休日が出来たんだから、色々なお店を探索しないと!」

蘭花は別段気にする様子も無く、テーブルの上に載っているこの街の案内図が掲載されたカタログに視線を移した。隣からではよく見えないが、その横顔は心なしか浮かれている様子がありありと浮かんでいる。向かい側の席の様子を窺おうとしたが、同じことだろうと思ったミルフィーユは視線を再び窓に移し、いつもと違う雰囲気を全身で感じ取っていた。

 

正午ともなれば20人くらいで満席になりそうな店内も、午前中の現在、人入りはまばらであり所々空席が目立つ。レジを含むちらほらと窺える店員も幾分退屈そうにして待機している。演奏が終了するまで途切れることなく店内を流れるクラシック音楽をバックにして、軍服姿ではしゃいでいるのは自分たちだけのようだ。

 

「まず初めに服見ていかない? この先にあるブティックってこの街じゃ一番人気のある店だそうよ」

「この身形でブティックに行くと目立つかもしれませんが、私も久しぶりに新しいのが欲しかったので、良いかも知れませんね」

「そうよ。どうせだったら買った服で着替えればいいことだし!」

 

よくよく考えれば、自分たちを知る者から見れば、この構図は珍しいものに映るかもしれない。

普段であればエンジェル隊の面々と街中を繰り出すことが多かったが、今日に限って蘭花以外のエンジェル隊はおらず、変わってアルモとココのオペレーター2人が喫茶店内の、しかも一緒に円状のテーブル席を囲んでお茶している。

 

そうお目にかかれないこの光景も、傍らで談笑を繰り広げている少女達にとっては些細なことのようだ。

 

「その後は本屋に立ち寄ってもいいでしょうか? 最近出版された文庫本で面白そうな物を見つけたんです」

「ええ〜、文庫本っていわゆる小説のことでしょ? 目が疲れたりとかしないの?」

「眼鏡を掛けていれば多少夜更かししても大丈夫ですよ。蘭花さんも読んでみてはいかがですか?」

 

しかし、それも無理はないと思える。僅かな時間とはいえ普段の忙しない労務から解放された歓喜といった感情は、年頃の少女にとっては有り余るほどのものであることを間近で展開されているのだ。分からないはずはない。

 

 

しかし―――

 

 

(みんな、どうしてるんだろう……)

 

 

窓辺に反射する少女の微笑に影が差し込む。

 

 

現在、ミルフィーユたちはギムソン星系内にある都市衛星の繁華街に来ていた―――

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

エルシオールが思わぬアクシデントによってギムソン星系に数日間駐留することになり、それでもエンジェル隊はいつもどおり訓練をしていた時のこと。

 

「今から繁華街に行きませんか?」

 

蘭花の強引な提案から生じたアクシデントからのココの開口一番により、その場に居たミルフィーユは一瞬硬直してしまった。

 

やや度の過ぎた感のある友達思いの親友の言動に困惑していた彼女にとって、僥倖ともいえる唐突なる発言。ココの普段と変わらぬ微笑ではあったが、瞳だけは冗談の類を言っているのではないと知った時、話は不可避までに進んでいった。

 

自らの不注意から衝突を招いた本人でありながら、いち早くその場から立ち直った蘭花は唐突な提案にも拘らず真っ先に諸手を挙げて賛成の意を表明した。

 

「じゃあ、今すぐにでも行きましょ!」

 

先刻、大急ぎでミルフィーユを医務室へ連れて行こうしていた彼女は何処へ行ったのか。

傍らの戸惑いの視線にも構わず、蘭花とココの2人はなし崩し的に今回の外出を計画してした挙句、繁華街に訪れている現在にまで至っていた。

 

 

 

だからこそ気になって仕方が無いこともある―――

 

 

 

「ねえ、蘭花。大丈夫なの?」

「何が?」

 

ガラスケースからアクセサリーを手にとって眺めていた蘭花が、振り向かずに反応する。

 

喫茶店で寛いで居たしばらくした後、ミルフィーユたち4人は2件先のアクセサリーショップへ立ち寄ることとなった。

 

アクセサリーショップは賃貸用テナントくらいの広さがあり、商品棚となっているガラスケースが立ち並び、ミルフィーユたちの後方には少し離れた場所ではアルモとココが商品の物色をしている。

 

4人の他にも客は居るが、店員以外皆何処にでもあるような私服である。この中ではいつも通りの軍服や制服では自分達は浮くのではないかと思ったが、歩いている途中外ですれ違った者達と同様に一瞥するだけで奇異な視線を感じることは無かった。この星では自分たちのような者はあまり珍しくは無いのだろうか。

そう思ったミルフィーユであったが、今となってはどうでも良かったという雰囲気が流れていたために発することが出来なかった言葉を、その小さな唇から躊躇いがちに紡いだ。

 

「何がって、皆に内緒で遊びに来ちゃって良いのかなって……」

 

そう、今回自分達が外出していることを他の人間は知らないはずだ。エンジェル隊や他の乗組員などを誘える時間すら与えられないほどの迅速な行動を行ったために、余所行きに着替えることも出来なかったが、おかげさまで艦を抜け出すことに成功した。

手続きを行ったというココの話からすれば、今回の外出は秘密裏なものだという。何処まで手続きまで行えたのかは分からないが、もし万が一のことが起きれば誰にも知らせていないというのは何かとまずいのではないか。

 

喫茶店を後にし、アクセサリーショップに辿り着くまでの間、そういった思惑がミルフィーユの中で渦を巻いていた。

 

「はぁ? アンタねぇ……ここまで来ておいて今更何言ってんのよ?」

しかしそのような考えは彼女にとって愚問とも言えるものだったのか。持っていた銀細工のハート型ペンダントを元の場所に戻すと、振り返ったその表情は呆れ顔であった。

「最近ずっと仕事続きでマトモな休暇を貰えなかったのよ? たまに非番の時があったって言ったって、艦の中じゃ退屈なだけだったし……」

蘭花の言うことも分からないわけではない。

銀河を航行している間たとえ休暇を貰えたとしても、あらゆる施設が整っているエルシオールの中で出来ることは制限されてしまう。特に遊びたい盛りである年頃の少女達―――さらにいえばエルシオール乗組員の約8割は女性―――にとっては、苦痛とも言える時間になりうるであろう。

「それは、そうかもしれないけど……」

だからといって簡単に納得が行くようなものではなく、ミルフィーユは表情を曇らせる。

楽観的でお気楽な性格の持ち主である彼女だが、最低限の常識は備えてあり罪悪感が湧き上がり易い少女でもある。

「それに今すぐ艦に戻っても怒られるだけで、どんなペナルティ食らうか分かったもんじゃないわよ?」

「うっ……」

それでも良いの? といった含みのある視線に、ミルフィーユは思わず口篭る。

確かに現在エルシオールがこの星系内で足止めを食らっているとはいえ、仕事が無くなったわけではない。今頃個々の仕事に勤しんでいる乗組員たちを差し置いて、無断でしかも勝手に街を繰り出していたことが発覚すればどんな目に遭うか。想像するだけで身が凍る思いであった。

「それにもうここまで来ちゃったんだからさ、どうせなら最後まで楽しんだ方がお得じゃない?」

「そうですよ、ミルフィーユさん。野暮なことは言いっこ無しですよ?」

2人のやり取りに口を挟む声に振り返ると、たまたま近くに来ていたココが微笑を自分たちに向けていた。

「今までずっと艦の中に閉じこもっていたんですから、たまにはこういった気分転換が必要なんです」

「そうそう、少し無断外出したくらいでバチはあたらないってば。それにバレたんなら、その時はその時よ」

ね? と、笑みを浮かべながら、ココに目で同意を求める蘭花。

「はい。今回の外出については何の心配も要りませんよ。誰にも怒られることがないように、色々な手配をしておきましたから」

そう言うとココはミルフィーユたちの下から離れ、再びアルモの居る所へ戻る。

「それなら、安心なんだけど……」

「そうよ、心配しすぎよ。そんな気分吹き飛ばしちゃうくらい楽しむわよ」

ココがどのようにして手続きを行ったのかは知らないが、一介のオペレーターでありながらエルシオール乗組員の中でも中枢的な役割を担当することがある彼女が断言する限り心配する必要は無いだろう。

「そうだよね……よ〜し、今日は目いっぱい楽しむぞ!」

そう思った瞬間、心なしか気が楽になった感じがしたミルフィーユは、ようやくいつも通りの元気さを取り戻し、表情を輝かせた。

「お、ようやく元気出たわね?」

「うん。もっと沢山の人たちと来れなかったのは残念だけど、せっかく来たんだから楽しまないとね」

「やっぱり副司令が居ないと物足りなかったんでしょ?」

「ええっ!?」

不意打ち気味の発言に、鼓動が跳ね上がるようにして脈を打ち鳴らす。

慌てて口を押さえつつも、驚愕による叫びは既に店内に響き渡っていたのか、何人か近くの客が自分たちに視線を向けていることに気がついた。

「あら? な〜に驚いてんのよ。ビックリするじゃない」

ミルフィーユが狼狽する原因を投げかけた張本人は、確信犯の如く悪戯な笑みを浮かべている。

「どうしたんですか? いきなり大声出して」

「他のお客さんたちも驚いていますよ?」

「べべ、別になんでも……」

そうこうしている間に、何事か駆け寄ってきたアルモとココの不思議そうな顔に向かって、ミルフィーユは羞恥に赤らんだ顔でわたわたと両手を振る。

「ほら。他にも人は居るんだから、いきなり大声出しちゃったら店の迷惑になるでしょ?」

「だ、だってそれは蘭花がいきなり……」

ぬけぬけと言い放つ蘭花を恨みがましい瞳で睨みつけるが、紅潮した顔では幾分迫力に欠けていた。

「いきなりって? ただアタシは『クールダラス副司令と一緒に来たかったんでしょ?』って訊いてみただけなのに―――」

「わーわーっ!! 声大きすぎ!」

「む、もがっ!?」

何やら誇張表現されている発言を遮り、居ても経ってもいられなくなったミルフィーユは慌てふためきながら蘭花の口を塞ぐ。

「あのー……蘭花さんは今なんて」

「な、何でもないんです! 何でも!」

「? ミルフィーユさん、どうしたんですか? 顔が赤いですよ?」

「だから何でもないんですってばァァァァァァ!!」

そんな2人の様子を傍観しているアルモとココの表情は、怪訝さを増していった。

「むごッ! むぐぅぅッ!! むーーー!!!」

収集がつかなくなりそうな展開の中、いつもとは考えられない力で親友に拘束された蘭花のもがく声が空しく店内に木霊した―――

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

エルシオール艦内を歩く彼の姿は、その艦の乗組員であれば決して珍しい光景ではない。

司令官に次ぐ責任者である彼を見かければ、歩いている者であれば立ち止まって姿勢を正し、礼儀正しく挨拶をする。エルシオールだけでなく何処でも常識的なことではあるが、これが艦内における暗黙のルールと化していた。

 

だが、歩きながらキョロキョロと辺りを見回すような、あまりにも挙動不審なそぶりをしている彼を見た者は、普段どおりにすることが出来るのだろうか。

 

(居ない―――)

 

彼は焦っていた。

否、焦る必要は無かったのだが、何故か先へ急ごうと逸る心を抑えきれず、焦ってしまう。

 

(何処へ行った? 何故部屋にも居ないんだ、あいつは!?)

宇宙コンビニには居ない。もしかすれば趣味であるお菓子作りのための材料買出しに出かけたのかと思ったのだが、目論見は外れたようだ。

「ちっ……」

舌打ちを1つ吐くとコンビニを後にする。

店員が目を丸くしていたが、気にかける余裕は無いので思考から追いやっておく。

(っ……こんな時に限って見つからんッ! どうして居ないんだ!)

食堂内を見回ったがやはり見つからない。

焦りはやがて表情となり、眉根を寄せて口をへの字に歪ませて食堂を後にする。食堂に居た何人かが怪訝な視線を向けてくるが、今の彼に構う余裕は無く、心なしか慌しげな足音だけが耳の中に残された。

「くそっ……」

人間冷静さを欠くと適切な判断力を失う。普段クールという印象が持ち味の彼であるが、そんな印象が吹き飛んでしまいそうなほど焦っていることに気付いていようだ。

(ええい、何処だッ! 何処に居るんだ、一体!)

Bブロック内通路を早足で歩きながら、彼―――レスター・クールダラスは心の咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

昨日、女性を避けることに苦心していた日々を過ごしていた矢先、何故彼女は部屋に来ることが出来たのか。その全貌がブリッジで明らかになり、企みの首謀者である(と思われる)悪友を叩きのめすことに成功した。気絶させた後に無断で持ち場を抜け出してきたが、理由は何とでもなる。部屋で仕事をしていたとでも言えばいい、短時間なら休憩が取れるはずだ。

 

そう思いながら艦内を歩き回ること早30分。心の中を焦燥感が覆い尽くしていく。

激務を棚に上げてまで何かを探し回るといった言動は、普段の彼を知る者であれば驚愕したに違いない。さらに今の彼の心を覗き見ることが可能なのならば、もはや別人であると思えるだろう。それほど、彼は変わったのかもしれない。

 

真面目と堅物が服を着て歩いているような彼を、そんな彼を焦らせるたった一つの理由。それは―――

 

 

 

 

 

「あれ? 副司令殿じゃないか。ここに来るなんて珍しいねぇ」

ティーラウンジの扉を潜ると、奥のほうからそういった声が聞こえてきた。

「あら、本当ですわね。何か焦っておられるように見えますが……」

「……何かあったのでしょうか?」

「さあ? 私にはさっぱり……」

何やら自分を指しているような会話が繰り広げられている。発信地は奥。そこにある席から奇異の視線が自分に向けられているのが分かった。

「居ないな……」

あらかた店内を見回すがそれらしき人影が見当たらない。奥の席も念のために確認したが、どうやら今はこの場に来ていないようだ。

(帰るか……)

そうと決まればもうここに用事は無い。甘ったるい匂いが漂う場に長く留まることなど性に合わない。そう思ったレスターは踵を返した。

「待ちなよ。あたしらを見つけておきながら黙って帰る気かい?」

そして驚くほど呆気なく動きを止められることになる。

「……別にお前らに用があるわけじゃない。長居する気も無かったから、声を掛けるだけ無駄だと思っただけだ」

明らかな自分に対する呼び声を無視するわけにはいかず、レスターは振り向きざま理由を述べた。

「副司令殿はそう思っても、あたしらにとっちゃそうでもないのさ」

後ろには何時からそこに居たのか、フォルテが悪戯な笑みを浮かべていた。

「どういう意味だ?」

「さあ? 何だと思う?」

レスターは怪訝な目つきで目の前にいる女性を睨みつけるが、フォルテに飄々としてはぐらかされ何処か釈然としない気分になってしまう。

「要はご一緒しませんかということですわ」

ぐいっと手を引っ張られる感触。視線を向けると、ミントも同じような笑みを浮かべている。

「お、お前、いつの間に……」

「まあまあそんなことはどうでも良いじゃないか。さあ来なって、ほらァ」

「オ、オイ! 俺は―――」

有無を言わさず奥の席へ引っ張られるレスター。体格差があるとはいえ2人がかりで、しかも得体の知れない雰囲気に気圧されるようにして引っ張られた先には、ヴァニラとちとせが目を丸くしてこちらを見ていた。

ミルフィーユと蘭花を除いたエンジェル隊のメンバーは、ただ談笑していただけなのかテーブルの上にあるのは飲み物だけであった。

「ミ、ミント先輩、フォルテ先輩。少々強引なのでは?」

「クールダラス副司令はお困りのようですが……」

「な〜に、心配しなさんなって。ただ少し質問させてもらうだけなんだからさ」

「そうですわ。それに副司令もお暇なようですし」

「ちょ、ちょっと待て! 何、勝手なことを―――」

自分を蚊帳の外に、話だけが独りでに進んでいく状況に耐え切れず、振り切るようにして叫び声を上げる。

「では、お暇ではないと?」

「当たり前だ! こんなところで油売ってる暇など無いんだ、俺は!」

探し物があっただけのことであって暇つぶしをしに来たわけではない。

「とにかく今は大事な用事があって確認しただけだ。じゃあな」

彼女達が何を聞きたいのかは知らないが、無駄に時間を潰すわけには行かないと思っているレスターは、掴まれていた手を振り解くと、捲くし立てるようにしてその場を後にしようとする。

 

しかし、踵を返そうとしたその時。

 

「そうはいかないよ。昨日クジラルームで何があったのか、きちっと本人の口から聞いてみたいんでね」

 

その言葉が耳に入った瞬間、ピタリと動きが止まった。

 

「そうですわ。ミルフィーさんと2人っきりで何をしていたのか、少しくらいは教えて頂きたいものですわね」

「なっ!?」

目的の人物名が挙げられただけで鼓動が跳ね上がるものだったが、ミントの言葉はレスターに衝撃をもたらした。

 

―――今、こいつは何て言った!?

 

「な、ななな、なっな」

「な?」

ヴァニラが不思議そうに眉を顰めるが、言葉が上手く出てこない。

「ん? どうしたんだい。何をそんなに驚いてんだい?」

「せ、先輩方! 副司令の顔が! だんだんと赤くなっていますが!?」

「ご心配には及びませんわ、ちとせさん。多分副司令は、私たちには窺い知れない葛藤に襲われているだけで病気ではありません」

ちとせの慌てようから震えているだけでなく、本当に赤くなっているのかもしれないと思ったが、今のレスターはそれどころではなかった。

 

あの時、ミルフィーユと一緒にクジラルームに行った時。誰にも気付かれないようにしながら移動し、昼食を取ったつもりだった。だが、何処かから自分達の様子を窺う、もしくは見たものが居たのかもしれない。

 

しかし、少なくともあの時、近くから誰かに見られたような覚えは無いし、たとえ遠くから見られたとしても判断はつき難い筈だ。

 

(では、いったい……)

真相を確かめなければならない。そう思ったレスターは混乱している気分を落ち着けるために、深呼吸をする。

すー、はー……すー、はー

「今度は深呼吸をし始めましたわ……」

「挙動不審……」

周りの声を気にせず深呼吸を繰り返すと、荒れ狂うかのように打っていた胸の鼓動が落ち着き、平静さを取り戻したのが分かる。

「な、なあ、お前ら……」

「はい。何でしょうか?」

レスターは1度唾を飲み込むと、真剣な面持ちで口を開いた。

「俺がミルフィーと2人っきりでクジラルームへ行ったというのを何処で聞いた?」

単なるデマであればいいと思った。

噂であればたとえ本当のことであっても誤魔化せる。

「ああ、そのことかい。実はね……」

掌からじわりと汗が滲んでくるのが分かる。フォルテはもったいぶるようにして言葉を切ると、ようやく口を開こうとした瞬間。

 

「―――タクトさんがそう言っておられましたが……」

 

「……はっ?」

 

ヴァニラの言葉に思考が停止する。

 

……『タクト』がそう言った?

 

レスターは思考とともに全身、いわゆる表情から身体全体に至るまで見事に硬直する。

 

「おいおいヴァニラ〜……先に言っちゃ駄目じゃないか」

「申し訳ありません……もしかしたらフォルテさんは言わないのかもしれないと思って……」

「ま、別に気にしちゃいないけど。こういうときのお楽しみは、もっと引っ張らなくちゃねぇ」

「え? お楽しみとは何のことですか?」

「さあ? それはご本人の口から直接聞きませんと」

4人全員の視線が、茫然と突っ立っているレスターに注目される。

その時のレスターは既に硬直から回復しており、思考の再起動は完了していた。

「……タクトの奴は何と言ってた?」

心なしか声がいつもより低く、震えているように感じたが、多分気のせいだと思った。

「そうだねえ……ミルフィーの弁当を一緒に食べてたとか」

「はぁっ!?」

しかし、その言葉の内容に再び声が高くなる。

「後、木陰の下で一緒にお昼寝をしていたとか言っておられましたわ」

「いぃっ!」

「タクトさんは随分と楽しそうに話しておられました。ようやくレスターに春が来たんだと……」

「ええっ!?」

「……他の方々にも教えているようでした」

 

「な……何ィィィィィィ!!!!」

 

今日のヴァニラの一言は、やけにレスターの心を効果的に抉るようだ。

 

「そのまま押し倒したとかも言ってたねぇ?」

「え、ええ!? ほ、本当なのですか、それは!」

「そして濃厚な口付けを交わしたとかも。潮騒の音が奏でる中、素晴らしい光景ですわ……」

「ロマンチック……」

 

―――何やら盛り上がっているが、それは決して本当のことではない! デタラメだ!

 

そう否定しようと思ったが……

 

『クールダラス副司令。クールダラス副司令。マイヤーズ司令がお呼びです。至急ブリッジへお戻り下さい』

 

合図の後、アルモの声ではない別のオペレーターの艦内放送が鳴り響く。

 

「………………」

レスターは黙り込んだまま踵を返す。

「あ、副司令―――」

そして誰かの呼び声にも構わず、真っ先に走り出した。

「ど、どうしたんだい、いきなり!?」

「ラウンジ内は走らない方が―――」

そんな後ろの声を最後に、レスターはティーラウンジを後にした―――

 

 

「な、なあ……副司令殿何か変じゃなかったかい?」

「はい……俯きがちだったのでよく分かりませんでしたが、何か怒っていたような……」

「テレパスで何か凄い思念波が私に伝わってきましたわ……どろどろしているような、何かそのようなものが……」

「恐い……」

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

ひいっ、という悲鳴が聞こえたような気がした。乗組員とすれ違うたびにそんな悲鳴が聞こえてくる。

「ふふふ……」

レスターの周囲には何か禍々しいオーラが漂っているような、そんな雰囲気が包み込んでいるように見える。恐ろしく感じられても無理は無いのかもしれない。

「ふふ……」

頭を垂れている状態なのでよく分からないが、歩きながら含み笑いを漏らす彼の姿は不気味だ。

「ふふふふ……」

だが、止められない。否、正確に言うのであれば、止まらない。

これからやろうとしていることを考えるたびに胸が湧き躍るような気分に苛まれる。

それも残酷なほど。

(さて、どうしてやろうか……)

もはや気絶だけでは済まさない。

奴が直接見たのか、あるいは推測か。どれだけ知っているのかは分からないが、とにかく生かしてはおけなかった。

人の秘密を言いふらしまくった挙句、誇張しまくった罪は万死に値する!

「………………」

そうこうしている間に、ブリッジに辿り着いた。

(さあ、覚悟しろよ……タクト!)

扉が開くと、レスターは飛び込むようにしてブリッジの扉を潜った―――

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

艦内の状況を知ってか知らずか、軌道衛星内の繁華街に居る4人はショッピングを満喫していた。

 

「はぁ……随分お店回りましたね」

片手に小さな紙袋を提げたココが感想を漏らす。

「そう? アタシはまだまだ物足りないわね」

前を歩いていた蘭花がにこやかに振り返る。両手に提げた紙袋の数は3つにも上っているが、まだ物足りないようだ。

 

太陽の位置は既に頂点に達しており、街を歩く4人の影が色濃く描かれている。それを見ただけでも、今の時間がどのくらいかを証明していた。

実に雲1つ無い快晴といえる晴れ晴れとした天気。人々が集まるにぎやかな街並み。

人工太陽といい、通風孔から流れ出る風の勢いといい、自然を演出する効果としては良く出来ている。常に一定しない不規則な自然の動きが上手く調整されていた。

 

だが、とぼとぼと歩いている今のミルフィーユにはどうでもいいことだった………

 

(レスターさん、今頃どうしてるだろうなぁ……)

 

アクセサリーショップで蘭花に不意打ち気味の指摘をされてから、ミルフィーユはずっとそれだけを意識していた。

 

外出する時、している時にも拘らず、彼のことを忘れていたわけではない。ただ正規な手順を踏んでいない外出だったために、考えごとをする余裕すらなかったというのが正確だった。

元々、訓練の時、先日のクジラルームでの出来事が脳裏に焼き付いて離れず、訓練に身が入らなかったせいで蘭花に勘違いされ、成り行きに任せ気の赴くままにした結果、現在に至ったわけである。忘れるような事項であるはずが無い。

 

「はぁ……」

1つ溜息を吐くが、意識した思考は元通りにはならなかった。

 

久しぶりに言葉を伝えることが出来たクジラルームでの一時。その時間の大半は記憶に無いが、自分の伝えられなかった本心を1つでも言えたことは、心底嬉しいと思っていた。それを全てうやむやにするかのようなその後のトラブル。浮ついていた気分はやり場の無い想いとして、少女の心の奥底まで纏わりついたのである。

 

それならば………

 

(こんなことしてる場合じゃなかったよね……)

 

早く戻ってレスターに会いたい。

しかし、このまま買い物に集中できないまま街を探索して良いのか、艦内に戻るとしても良い考えがまとまらない。

結果、手ぶらの状態で時間だけが流れていき、前を歩いている蘭花とココが談笑している最中、ミルフィーユは悩み続けていた。

 

「あの……」

「えっ!? な、何!?」

そんな時、急に後ろから声が掛かり、大げさなほど驚愕したミルフィーユは飛び上がるようにして声を上げる。

「あ、アルモさん……な、何ですか?」

振り返ると、声の主はアルモだった。

「………………」

しかし、アルモはただミルフィーユのほうを見つめたまま黙っている。

「っ……」

その心なしか物悲しそうな顔に思わず口を噤んでしまう。

 

そういえば、今日のアルモはやけに元気が無いことを思い出す。

3人が話しているときも、アクセサリーショップのときも、ずっと1人で塞ぎこむような形で。

ここに来る途中から、現在に至るまで、アルモらしくない暗い雰囲気を引き摺っていた。

 

気がつくと自分たちが立ち止まっていることに気付くが、何故か見詰め合ったまま動けない。

そうこうしている間、アルモは何か言いたそうに口を開閉させていたが。

「あの……ミルフィーユさん……」

「は、はい……?」

ようやく発された声に何故か身構える自分が居る。

「ミルフィーユさんは、その―――」

 

そして、その震える唇から紡がれた言葉は―――

 

 

 

 

 

「―――クールダラス副司令のことが好きなんですか?」

 

「……えっ―――」

 

 

 

 

 

See you next again……