――ミルフィーやヴァニラを見てると、たまにうらやましくなる。彼女たちの『力』は、ただ純粋に何かを、誰かを『守る力』、『救う力』だ。あたしとは大違いの――
フォルテは時折、夢を見る。それは遠い昔だったようにも、つい最近のことのようにも思える。
ただ確かなのは、いくつかの匂い。
――血と、
――硝煙と、
――倒れている人間から発する腐った匂い。それだけが妙にリアルだ。
そこで少女の姿をした自分は、左手に血がこびり付いて塩辛くなったパンを握りしめている。右手には、鉛の弾を吐き出すしか能のない『銃』とか呼ばれる物体が。
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「………また、昔の夢か…」
これを見た日には、必ず夜中に目が覚める。
そして例外無く、ブルーな気分になる。
「気晴らしに、散歩でもすっかな」
そう言ってひとしきり艦内を回っても、目は冴えていた。脳裏には、まだ先ほどの夢の残像が、まるでスライドのように映し出される。
何度振り払っても追いかけてくる、何度「もう昔とは違う」と自分に言い聞かせても襲われる、忌まわしい過去のジレンマ。
『力』がなければ生きて来られなかった。他人の心配なんてしているヒマは無かった。
――あたしの『力』は、他人を拒絶し、排除し、喰らって、自分が生きるための『壊す力』、『奪う力』だ。そんな自分の『力』が、他人の命を守っているなんて、しっくり来ない――
そんなことを考えながら中央ホールに来てたばこをふかしていた時、副司令が現れた。疲れた表情で―
LEFT EYES・2
エルシオール艦内・深夜のブリッジ。今ここには、二人の人間しか居ない。
レスター・クールダラス―儀礼艦エルシオールの副官―と、フォルテ・シュトーレン―エンジェル隊隊長―。先ほど、中央ホールで顔を合わせた二人はしばらくそこで話した後、フォルテがレスターの手伝いを申し出て、一緒にここへ足を運んだのだった。
「本当に悪いな。助かったよシュトーレン中尉」
「よしなって、こっちが好きでやってるんだからさ」
たまっていた書類が一段落ついたところで、レスターはフォルテに頭を下げた。
大げさな礼に、フォルテは気恥ずかしそうな笑みで答える。
「もし俺を手伝ったせいで、君のコンディションに問題でも出たら…」
「心配し過ぎだよ。それに、エオニア軍の無人艦ごとき、二日酔いしてたって墜とせるさ」
フォルテは軽々とした口調で答えるが、レスターにしてみればいざ戦闘となった時に、自分たちクルーの命を守る唯一の頼りであるエンジェル隊の隊員に艦内の業務を手伝わせるのには抵抗があった。そのせいで疲れが戦闘時に出たりすれば、大きなデメリットになる。
それに、フォルテにはグチを聞いてもらったという個人的な借りもある。男として、女性に借りを作りっぱなしというのも気が引けるのだ。
「いや、こっちは君らに命を守られている身だというのに、こんなことをしてもらって…」
だから精一杯、礼を言う。それが現段階での、レスターがフォルテへの借りを返す最良の手段だった。だったのだが…
しばらくの沈黙の後
「命を、守られている、か……私が…」
フォルテの表情が少し曇った。
再び脳内で、夢のスライドが流れ始める。
――倒れる人、いくつかの匂い、銃を持つ自分―
「? あ、あぁ。君たちの力でな。俺たちは守られてる」
何かNGワードでも口にしてしまったのだろうか。
「『力』ねぇ……」
視線が、細められる。
何か昔のことを、思い出しているように見えた。
「どうした?」
レスターはフォルテに問いかけた。自分は感謝の気持ちから言ったつもりだったので、彼女の憂い顔の理由が分からなかった。
「……あたしの力は、そんな…」
フォルテはうつむき、小声で言った。
「君の、力は?」
レスターが言葉をなぞった時、フォルテははっとしたように
「ん?あぁ、いやいや、何でもないよ」
と手を振ってごまかしたが、レスターは
「聞かせてくれないか?」
真剣な眼差しで再び尋ねてきた。隊長としていつもメンバーをまとめているフォルテが自分の前で見せた、珍しい表情に興味を引かれたのか。
「いいのかい?きっとつまんないよ、こんな話」
フォルテは渋る。
「途中まで聞いたのだから続きが知りたい。それに」
「それに?」
――借りを返すチャンスだ。
「今度は俺の番だ」
「参ったねこりゃぁ…」
フォルテが折れた。苦笑を浮かべてため息をつき、片手を帽子の上に置いた。
「またあっち行く?」
親指でホールの方を指す。
「そうしようか」
レスターはうなずいた。
・
ホール内のソファに腰掛け、フォルテは話を切り出した。
「ミルフィーやヴァニラを見てると、たまにうらやましくなる。あの娘たちの『力』は、純粋に何かを、誰かを『守る力』、『救う力』だ。あたしとは大違いのね…」
「あたしとは大違い」という部分で、フォルテはうつむいた。
フォルテの右隣に座ったレスターは真剣に聞き入りながらも、彼女が再び見せた憂いの表情に、引っかかりを感じた。
「ミルフィーは…蘭花もそうだけど…、自分より他人のこと先に心配するような娘だ。だからあの娘たちの『力』も、誰かを助けて、守るために使われる…根底に『優しさ』がある。他者に向けられる優しさがね…全く、可愛いったらありゃしない」
他のメンバーを語るフォルテの微笑を浮かべた表情からは、慈しむような雰囲気を感じさせた。
「ヴァニラはどんな時も、自分が他人に何をしてやれるか、どうすれば幸福を与えられるかを一生懸命探してる…それこそ、寝る間も惜しむくらいに」
「君とは、どこが違うと言うんだ?」
レスターは疑問を口にした。引っかかりを早く解消したかった。
フォルテの顔から先ほどまでの笑みが消え、やや沈痛な面持ちに変わる。
「あたしにはあんな風に、誰か他の人間のために一生懸命になるなんて到底できない…ガキの頃身についちまった性分でね。スラム育ちだったんだ、あたしは…」
「………」
レスターは言葉に詰まった。
月の聖母シャトヤーンの威光も届かない無法地帯《スラム》、そこでフォルテがどれほど壮絶な生活を強いられて来たのか、レスターには想像もつかなかった。
「あそこで暮らすには、他人の心配なんかしてるヒマは無かったね。倒れてるヤツに手を差し伸べたら、次の瞬間指の2、3本は持ってがれる世界だ。自分と、銃しか…信用できる存在は無かった」
「生きるために、『力』が必要だったと…?」
「そういうことになるね。あたしの『力』は、自分のために『壊す力』、『奪う力』だ。色んなことをやったよ、そして学んだ。銃の撃ち方、ナイフの扱い方に、人の殺し方まで…」
フォルテは右の手の平を顔の前にかざし、遠い目で見つめた。
レスターも彼女の手に見入った。
フォルテの過去――弱者は容赦無く淘汰され、強者に全てを奪い取られ、喰われる世界で、ただ自分だけを信じ、彼女はその手で何度引き金を引き、どれ程の人を傷つけて、『力』を手にしてきたのか――
フォルテは自嘲的な笑みを浮かべ、続ける。
「ハッピートリガーを初めて見て、『これがあなたの紋章機です』って言われた時、何て因果なもんだと思ったよ。壊して、傷つけることしか知らなかったあたしにはピッタリじゃないか、ってね」
フォルテの機体、ハッピートリガー。ビーム砲、電磁砲、粒子砲、ミサイル、レーザー砲等の多数の装備を誇る紋章機で、攻撃力は五機の中で随一を誇る――
「だからあたしが…あたしの『力』が…人の命を守ってるなんて、なんかしっくり来なくてさ…こんな…こんな汚れた手で――」
フォルテは思わず右の拳を握りしめ、額に押しつけた。
「今でも、夢に見るんだ。小さい頃に、初めて人を撃った時の…その度に、こんなあたしが、皇国のために戦ってるなんて信じられなくって…汚れた手のあたしが、こんな場所で、あの娘たちと一緒に笑ってて良いのか、…って、迷うんだ」
声が、震えている。
いつになく、ウェットな気分だった。
(――昔の夢なんて、見たせいか――)
思い返すと、気が滅入る。
早く吐き出して、楽になりたい。
「今日だって、その夢見たせいで夜中に目が覚めて、それで眠れなくなってね」
「シュトーレン中尉、君は…」
「笑っておくれよ。さもしい人間性さね」
「自分の生き方を、後悔してるのか?」
「……え?」
フォルテは思わずレスターの顔を見る。
そこには、険しい表情の、「副司令」が居た。
「だとしたら気に入らんな。今は、『力』のある人間が、できることをしなければならない時だ。皇国の未来を救うためにな。そのために、君の『力』は必要とされている」
「わ、分かってるさ…」
「なら迷うな。後悔もするな。確かに、君の手は汚れているかもしれん。だがその汚れた手で、君はエンジェル隊を引っ張って来たのだろう?」
「……」
「どのようなものであれ、『力』は使い方次第だ。例え壊し、傷つけ、奪うために身に付けた『力』であっても、それを、守り、救うために使う意志があれば良い。問題は、今!その『力』をどう使うかなんだ」
「…使い方次第、か」
「シュトーレン中尉、考えるんだ。君はなぜここにいる? 何のために『力』を使うんだ? それが分からないほど、君は弱くはないはずだろう、どうなんだ」
「……」
フォルテは目を伏せた。遠慮も容赦も無い、ストレートな言葉だった。
考えなければならない。自分がなぜ引き金を引くのか、その理由と意味を。どうして自分はこに居て、『力』を何のために使うのか。
(―そうか…あたしの、今の『力』は…――)
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フォルテの様子を見たレスターは、焦燥にかられていた。
(まずい、「今度は俺の番だ」とか言っておいて、なぜ説教なんぞしてしまったんだ俺は…くそっ!借りを返すどころじゃない)
レスターに、女性に対してかける言葉を選ぶスキルは備わっていなかった。弱音を吐く者に対しては、どうしても硬質な態度に出てしまう。
(あいつなら、タクトなら何と言う…?)
レスターは士官学校以来の親友を思い浮かべた。こういう時には、あの男がうらやましくなる。純粋な善意と言葉を、迷い無く口にできるあいつが――
「そ、それに…君は、俺のグチを聞いてくれた。書類整理も手伝ってくれたし、たっ、たばこもくれた。それは君が……思いやりを持った、優しい人間だということには…ならないか?」
「あたしが?優しいって?」
「そ、そうでなければエンジェル隊のメンバーだって、君については来るまい…」
「……」
「そ、それにだ!君の、君たちの『力』で、我々は…守られている。これは、事実だしな」
レスターは、フォローのつもりで「タクトなら何と言うか」を、精一杯想像して口にした。
普段言い慣れない言葉に、レスターの口はつっかえ気味だった。
(こんな言葉がまともに言えんとは…相当ひねくれてるな、俺は)
「ふふっ」
フォルテの表情に、柔和な笑みが戻った。
「ありがとう、自信出てきた」
「そ…そうか…」
レスターはホッと胸をなで下ろした。借りを返せたとは到底思えないが、余計に落ち込ませるようなマネはしなかったようだ。
「あぁ〜!何か言いたいこと言ったら、眠くなって来ちゃった」
フォルテは大きく伸びをすると、あくびを噛み殺しながら言った。
「ご苦労、シュトーレン中尉」
レスターも自室に戻ろうとした。したのだが…。
「んっ……」
「ん?」
ふと、左肩に何かが乗った。
何だと思って見たら、フォルテが身体を傾けて、レスターの肩を枕代わりにしているのだった。
軍帽が、ストンとレスターの膝の上に落ちた。
「お、おいシュトーレン中尉!?こんな所で…」
「部屋まで行くのめんどい。ここで寝るから、肩貸して」
レスターはフォルテの突飛な発言に動揺した。
「そんな勝手な!」
「副司令…」
「何だ?」
「今日はホント、ありがと」
眠たげな声でも、フォルテの礼には心がこもっていた。
「……礼をしなきゃならないのは、こっちだと言ってるのに」
エアコンは作動している。風邪を引くことはおそらく無い。
レスターは軍帽を拾うと、持ち主の膝の上に置いた。傍らでは、その持ち主・フォルテが静かに寝息を立てている。
文字通り天使のような、あどけない寝顔だった。
(今まで誰にも言えずに、抱え込んできたのか)
エンジェル隊の頼れる隊長・フォルテは、ずっと過去のジレンマに苛まれ続けてきた。
「隊長」という立場は、弱音を吐ける場所を彼女から奪ってきたのだろう。
そのジレンマを今日、レスターが断ち切ってくれた。
(ありがとう副司令。今夜からは、ぐっすり眠れる…)
フォルテはもう一度、心の中でレスターへ感謝した。
レスターは静かに、心の中でつぶやいた。
(どうか、今隣人の見ている夢が、穏やかなものであるように――)
気の利いた言葉はかけられなくとも、このくらいならできる。グチを聞いてくれた、せめてもの恩返しだ。
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しかしそこで、レスターは重要なことに気が付いた。
(ん?待てよ。まさか俺は、いや俺たちは、朝までこのまま……!?)
レスターの長い夜は、まだ終わりそうになかった。
終わり
〜筆者より〜
今回はコミック版『ギャラクシーエンジェル2nd』の第5話「戦う理由」にアイディアを得て、筆者なりの解釈でフォルテの過去にスポットを当ててみた。
今回、修正版を公開させていただくにあたり、筆者の尊敬する脚本家・曾川 昇(あいかわ しょう)氏の名前を挙げさせていただく。
曾川氏の代表作(と、筆者が勝手に思っている)といえば、アニメ『鋼の錬金術師』と『仮面ライダー剣』がある。
この2作はテイストがかなり似ていて、どちらも登場人物が抱える悩みや苦しみ、ジレンマなどの「負」の部分を色濃く描き出す作風が、見る者を引きつける。
筆者の『LEFT EYES』や本作も、そんな曾川氏の作風にかなり影響を受けていると言えよう。キャラクターに焦点を当てて掘り下げるのであれば、深くえぐって「負」の部分まで描きたいと、筆者は考えている。そうすることでそのキャラが持つ、「正」の部分が引き立ち、一層魅力的に映ると思うからだ。
もっとも、明るく楽しいのがウリの『ギャラクシーエンジェル』でそんなことをするのもヤブヘビな気がするが。
最後に
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フォルテさんの寝顔って、すんげーラブリィだと思う(はぁと
あと、「ミントは?」というツッコミは無しの方向でよろしくね☆