カタカタカタカタ…

カタカタカタカタ…

 ここは儀礼艦エルシオールの副司令、レスター・クールダラスの自室。ドアには他人が侵入できぬよう、ロックがかかっている。

 今彼は、机の上に積まれた未処理の書類整理に追われていた。

 こんな状態が、もう二日間続いている。レスターの目の下には、まるでマンガのような濃くて大きいクマが。

――なぜ、こうなった?――

 その疑念を、もう何度振り払ったか知れない。もしそれを考える事に2秒以上神経を使えば、確実に彼は怒りで我を忘れる。

 例えるならば、今のレスターの精神状態は限界までふくらんだ風船のようだった。針が少しでも触れたら破裂してしまう。「イライラ」と「眠気」が、極限まで達しているのである。

 もしクラシックが流れてきたりしたら速攻で眠りにつくだろうし、誰かがふざけて悪口など言おうものなら、阿修羅の如く怒り出すだろう。

 あぁだがしかし、運命の女神はレスターを良く思っていないらしい。彼の「イライラ風船」を破裂させる、危険な「針」を仕向けるとは――

 

HI-EXPLOSION 第1話

「暁に斬り捨て御免!」

 

 いつの間にかレスターの背後に、エルシオール司令官=タクト・マイヤーズが現れた。

 …いや、だから気付かない内に、いきなりスっと。

 タクトは低い声で、レスターの名を呼んだ。

「おぉい、レスタァァァ…」

「なんだぁあ、タクトォォォォ…」

 お互いを呼び合う二人の声は、いつもとは別人のようだった。怒りと憎悪と殺気がみなぎり、まさに一触即発。

 ついでに言うと、タクトの格好もかなりヘンだった。いつものトランスバール皇国軍の制服ではなく、白地の着流し姿で、腰には一本刀を帯びている。

「タクト、だとぉ〜…今の俺はタクトじゃない。地獄の裁きを任された閻魔大王だ!」

「なに並木平四郎みたいなこと言ってやがる…!」

 タクトの発言は意味不明だった。レスターの発言も意味不明さ加減では負けていないが、とにかく二人ともマトモな精神状態でないことだけは確かだった。

「神妙にしろい! ぐぉめぇ〜ん!!」

 いきなり刀を抜いて斬りかかってきた。なにやら他のキャラクターも二つほど混ざっている。

「うおぉ!?」

 すんでの所でレスターはよける。が、彼がかわしたおかげで、机の上の書類は無惨にも斬撃の餌食となってしまった(未処理のものも含む)。

 バサバサッ――

 紙吹雪が舞った(書類の)。

「しょ、書類がぁぁぁー!! 貴様ァ、自分が何をしたか分かっているのかぁぁ! 許さん…貴様絶対に許さんぞぉぉぉぉー!!」

 レスターの目は怒りの余り血走っている。

「黙れェェー! そのセリフ、そっくりそのままお前に返すぞ! 一分三厘増しでな!」

 利子としてはあまりにも安すぎる額だが、そんなことは今のタクトにとってはどうでもいいらしい。

「覚悟しろよ……残った右目をくり抜いて、完全にメ●ラにしてやる!!」

 ついに放送禁止用語まで飛び出した。

 手にしていた刀を正眼に構える。

「一体俺が何をした!?」

 レスターは体勢を立て直し、タクトと対峙するように身構えると、疑問を口に出した。

 本来ならタクトがいきなり現れた時点でかなりおかしいのだが(ドアにロックかけてたのに…)、今の彼には寝不足によるイライラで、そこまで考える精神的余裕が皆無だった。

「おのれシラを切る気か! よかろう、親友として最後の情けだ。シンキングタイムをやる! さぁ考えろ!!!」

「いきなり部屋に現れて、斬りかかってきておいて、今度は理由を考えろだと!? 勝手なことばかりぬかしやがって! これでその理由とやらが下らなかったら、軍法会議にかけてやるぞ!!」

「よ〜し、んじゃぁシンキングタイム・スタートォォォ!」

 軍法会議にかけられるかどうかはさておき、とりあえずこのまま理由も分からず斬り捨て御免されるのもイヤなので、レスターはここ一週間の記憶を辿ってみることにした。

(あいつがあそこまで怒るのだから、どうせエンジェル隊絡みのことだろう。俺が一体、彼女たちに何をしたと…?)

○一週間前

「今日はミルフィーと一日ピクニックだぁ〜い♪」とか言って、タクトはまたも仕事をサボった。

―その夜。

「あっ、副司令!」

 レスターがいつものように、タクトがサボった分の書類整理をしようと深夜にブリッジに足を運ぶと、そこにピンクの髪に花飾りの付いたカチューシャをした、エンジェル隊隊員ミルフィーユ・桜葉がいた。

「桜葉少尉、君がなぜここに?」

「副司令がいっつも夜遅くまでお仕事で頑張ってるって聞いて、お手伝いに来たんです」

「それは有り難い。だがそんな話、誰から聞いた?」

「フォルテさんからです。それで、メンバーが日替わりで手伝おうということになったんですよ」

 なるほどな、とレスターは思った。

 この前日、中央ホールでレスターはフォルテと会い、書類整理を手伝ってもらったのだった。おそらくその時の話を他のメンバーにもしたのだろう。

 司令官であるタクトは人の心を掴む能力に長け、ゆえにエンジェル隊が高いテンションで戦いに臨めるように、彼女らと信頼関係を結ぶため、コミュニケーションを取る。そして副官であるレスターはそれによって発生する業務の蓄積などのデメリットを排除する。それが二人の役割分担であるが、そのためにレスターがエンジェル隊の手助けを受けることになろうとは、なんとも皮肉なものである。

 戦闘要員のエンジェル隊に艦内の業務を手伝わせるのは抵抗があるが、今はクロノドライブ中でしばらくは戦闘になりそうもないし、

(桜葉少尉なら、断っても「やる」と言って聞かんだろうな)

 なのでレスターは、素直に彼女たちの好意に甘えることにした。

「トップバッターが君というわけか」

「はい。お仕事一緒に頑張りましょう!」

 ミルフィーユはかしこまって敬礼した。その動作が何だかおかしくて、「大げさだな君は」と言いつつ、笑いながらレスターも敬礼を返した。

「でも、男の人と夜中に二人きりなんて、なんだかドキドキしちゃいますね!」

 突然、ミルフィーユが言った。

 限りなく無邪気で純真な笑みだった。

 おそらく彼女、自分の発した言葉に対して責任が持てないタイプ。

「そういうことは軽々しく口にしない方がいいぞ」

 レスターは苦笑を浮かべながらたしなめた。

「えっ、どうしてですか?」

 ミルフィーユは目をしばたたかせた。本気で分かってないらしい。

「世の中の男が、みんなタクトや俺のようなヤツばかりではないということだ」

「なら安心ですね」

「なぜだ?」

「だって今私の前にいるのは、副司令じゃないですか」

「いやぁ、まぁ…そうなんだがな」

 言いながら、レスターは少し気が軽くなってきた。そういえば、ミルフィーユと話し始めてから彼は笑いっぱなしだった。

(彼女のような明るい人物がそばで手伝ってくれれば、この仕事にも張り合いが出るかもしれんな)

 頼れるムードーメーカーのヘルプに、レスターは期待を抱いた。

「はぁぁ〜、何だかお腹空いてきちゃいました〜」

 書類整理開始から約二十分。頭の花がしおれてきた。なんとも分かりやすいシステムである。

「ん、そうか? そう言えば俺も…」

「あ、お夜食ありますよ。今持ってきますね!」

 ミルフィーユは喜々とした表情で飛び跳ねるようにブリッジを出ていった。どうやら彼女、手伝いよりもむしろこちらの方がメインで、タイミングを伺っていたようだ。頭の花も復活している。

「ほう、桜葉少尉の作った夜食か」

 彼女の料理の腕は、タクト曰く「奥さま鑑定団が一口で黙る」ほどだと言う。

「あいつだったら、泣いて喜ぶな…フッ、悪いなタクト」

 レスターはエルシオール司令官であり、ミルフィーユの恋人でもある、今はこの場にいない親友タクト・マイヤーズに向かって言った。

(いつも俺は損な役回りなのだから、少しは良い思いをしても、罰は当たらないだろう)

 少し、良い気分になった。

 数分後。ミルフィーユが戻って来た。

「副司令、持って来ましたよ」

「おお、すまんな桜葉少尉……んん!?」

 レスターは思わず絶句した。

「どうかしました?」

「いや…何というか、それは…」

 ミルフィーユが持っていたのは、およそ70cm四方の、高さ80cmはある、五段重ねの重箱だった。小型の冷蔵庫を抱えているようなものである。

「ず、随分入れ物が大きいな…」

「実はこれ、お弁当の残り物なんですよ。タクトさんが半分くらい食べてくれたんですけど、余った分を別の容器に移し替えたんです。すいません、こんな物で…」

「は、半分でこの量なのか!? いやそれよりも、よくタクトはそれだけの量を食えたな」

「はい! とっても美味しそうに、『ミルフィーの料理は美味しすぎて涙が出てきちゃうよ』なんて言ったりして。でも、半分まで食べたら、タクトさん倒れちゃって…」

 ミルフィーユは頬を赤らめてうれしそうに語ったが、レスターは、タクトの涙に嬉し泣き以外の要素が確実に混ざっているであろうことを直感していた。

(そういえばあいつ、今朝ピクニックがどうとか言っていたな…その時のものか)

 レスターがタクトに抱いた優越感は、徐々に同情へと変わっていった。

「さぁ! しっかり食べてスタミナつけて、お仕事頑張りましょー!」

 ミルフィーユはシートを敷き、いそいそと弁当を広げ始めた。

 深夜のブリッジに、ピクニックのように広げられた弁当。ミスマッチなことこの上ない。

 食べている途中、時折ミルフィーユがこともなげに「はい、あ〜ん」とかしてくるので、レスターは戸惑った。

「さぁて、そろそろ作業再開と行くか」

 しばらくミルフィーユ作の夜食弁当を食べたレスターは、仕事に戻ろうとしたが

「えぇ〜、まだこんなに残ってるじゃないですか」

 ミルフィーユはやや不満げだ。

「いや、もう結構だ。美味かったぞ」

 実際彼の胃袋は限界に近かった。何せ彼女の弁当は味は良いが量が半端ではない。

 重箱の五段目にはちらし寿司がギュウギュウ詰め状態。四段目には鯛の尾頭付きが二匹分。三段目には伊達巻き、昆布巻き、数の子、黒豆にウグイス豆、タコウインナー、酢ダコ、唐揚げ、たまご焼き。二段目にはサラダとサンドイッチ。一段目には様々な具のおにぎり。およそ夜食の弁当と言うには贅沢すぎる。

「ひょっとして美味しくなかったですかぁ〜?」

 さっき「美味かった」とレスターの口から聞いたのに、ミルフィーユは泣きそうな顔になって言った。

「そうは言ってないだろう」

「じゃあどうして残しちゃうんですかぁ〜」

「そ、それはだな…」

 いよいよミルフィーユの目が潤んできた。

 少女の泣き顔(上目遣い)は、男の良心に語りかける効果を持ち、剣や銃よりも強い威力を発揮する、ある意味最強の兵器である。ミルフィーユの場合、そこに打算や媚びが一切介在しない(要するに天然)ために、余計に良心の呵責が重くなる。

 何となく、レスターも食べ続けなければならないような気がしてきた。

(タクトはきっと、この表情に負けたのだな…)

 弁当の残りは少なく見積もっても先ほどあった分の6割強。果たして食べきれるのか。

「も、もう入らん…」

「お粗末さまでした」

 夜食開始から一時間近く。ようやっとレスターはミルフィーユ作の夜食弁当を完食した。

「さて、今度こそ作業再開だ」

「了解です!」

 二人は後かたづけを済まし、作業を再開した。気が付くと夜食を食べていた時間の方が、作業していた時間よりも長い。

(遅れた分を取り戻さねばならんな)

 レスターは意気込んだが、十数分後、彼の身体に異変が起きた。

 いや、異変と書いては語弊があるかもしれない。

(くそっ、まぶたが重い…)

 レスターは強烈な眠気に襲われたのである。満腹になるとやって来る、あの眠気に。

(ええい、食い過ぎたか…。いかん、いかんぞ俺! こんな所で寝るわけには…まだほとんど作業は進んでいないというのに…)

 レスターが葛藤している最中、ミルフィーユの方はというと、幸せそうな表情で眠りについていた。満腹になったら寝るとは、何とも正直なライフスタイルである。

「ムニャムニャ……うわぁすごいですぅ〜タクトさん。ルストハリケーンが出せるなんて…」

 寝言が聞こえる。どうやら彼女の夢の世界では、タクトは光子力エネルギーで動いているらしい。

(くそぉ…寝るな、寝るな、寝るな、寝るな、寝るな、寝る……な…)

 レスターは必死に抵抗を試みたが、「満腹」という強力な援軍を得た睡魔の前に、完全敗北を喫してしまった。

 結局作業はほとんど進まず、できなかった分は翌日に持ち越されることとなってしまった。

(翌日の仕事が増えたぐらいで、俺は桜葉少尉に何もしていない…ならばなぜタクトはあんなに怒っているんだ!?)

 レスターはタクトの怒りの原因を探るべく、もうしばらく記憶を辿ってみた。

(確か次の日は、フランボワーズ少尉だったな。その次はブラマンシュ少尉で……)

 

 

つづく

 

 

〜筆者より〜

 本作は、短編『LEFT EYES・2』の続編として考えていたが(実際続いてるしな)、エンジェル隊五人分のエピソードを一度に入れると長くなりすぎてしまうので、急遽連載ものにした(単に筆者に構成力が無いだけなのだが)。内容が短編の続きの長編って一体……

 今回は、筆者の兄であり、「レスター×フォルテ」のカップリング提唱者でもある(笑)餡蜜堂と共同執筆の形を取った。話の整合性がかなりデタラメなのはそのせい(汗)

 あと、タクトがレスターの部屋に現れた時の格好はTV時代劇『暁に斬る!』で主人公・並木平四郎(北大路欣也)が、悪人のアジトに乗り込む時のもので、

「地獄の裁きを任された閻魔大王だ!」

という台詞も、平四郎が悪人に「何者だ貴様!」と訊かれた時(←毎回必ず訊くんだよね〜)の決め台詞から持ってきた。

「神妙にしろい!」

は銭形平次(とりあえず村上弘明)が悪党をお縄にする時の台詞で、

「ぐぉめぇ〜ん!!(御免!!)」

TV時代劇『斬り捨て御免!』の主人公・花房出雲(はなぶさ いずもと読む。演じたのは中村吉右衛門)が悪人にトドメを刺す時に言うセリフで、額を刀で縦にズバっと斬る。

 うわ〜何だか

「お前絶対17歳ちゃうやろ!」

ってツッコミが聞こえてくる…

 

ヒーロー村田