○六日前

「何だか身体が鈍っちゃったな。よし、蘭花のトコ行って運動しよう!確か三十六の房があるって…」とか言って、タクトはまたまた仕事をサボった。

―その夜。

(ええい!まずい、まずいぞ…)

 レスターは焦燥にかられていた。前日、書類整理を手伝いに来たミルフィーユ作の夜食弁当のおかげで、仕事がほとんど進まなかったのだ。

「どうにか遅れを取り戻さねば…」

 

HI-EXPLOSION 第2話

「指圧の心は母ごころ」

 

「やっほー副司令〜」

 レスターが悶々とした気分を抱えながらブリッジにやって来ると、先に来ていたのか、エンジェル隊隊員蘭花・フランボワーズが手を振って出迎えた。

 紅いチャイナドレス風の軍服に、腰まであるブロンドの長髪。そしてスリットから覗く長い脚が印象的な少女である。

「ほう、今日は君か」

「ええ、そうなんですよ…はぁ〜」

 うなずく蘭花の表情には、怒りの色が浮かんでいた。

「まーったく、面倒くさいったらありゃしない。睡眠不足はお肌の大敵なんですよ! 健康にも良くないし。そ・れ・に!私たちは体張って敵と戦ってるっていうのに、なんで業務の手伝いなんか…」

 蘭花は腕を組み、ブツクサと文句を垂れた。

「むむむ」

 レスターには返す言葉が無かった。蘭花の発言は、彼自身が感じている負い目を、ズバリ突いていたからだ。

「すまん、フランボワーズ少尉。手伝う手伝わないは、君の自由意志だ」

 レスターは頭を下げた。

「本来なら、すべからく俺一人でやるべき仕事だからな。君たちにはゆっくり休んで、ベストなコンディションで戦闘に臨んでもらいたいのだ。俺に強制する資格は無い」

 レスターの言葉に嘘偽りは無い。

 蘭花は、彼の真摯な言葉の響きに動揺したのか

「え!?まっ、まあ決まっちゃったことだし…」

 慌てて引きつった笑みを浮かべた。

「多数決で四対一。民主主義ってヤツに負けまして」

 蘭花は肩をすくめ、ため息をついた。

「そういうわけで、手伝わせていただきます」

 ペコリ。お辞儀を返す。

「そうか、助かる」

 作業開始から数分後。

「っくしゅん! う゛ぅ〜」

 蘭花が突然大きなくさめをした。

「大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。あぁ〜、もう宇宙スギ花粉の季節なんですかね?」

 蘭花はティッシュを取り出して鼻をかみながら、くぐもった声で言った。

 エルシオールでは乗組員が地上と同様の生活を送れるよう、様々な技術でトランスバールの『気候』を再現している。今は春先で、ちょうど花粉症の時期なのだ。

「今年は去年の三十倍は飛ぶらしいぞ」

「えぇ〜、やだなぁ…」

 蘭花は顔をしかめた。

「あぁ、まったくだ」

 レスターも同意した。

――花粉症さえなければ、春先は過ごしやすいのに。

 そんなことを考えながら、二人は作業を再開した。

――この前日、昼下がりのこと。

「つーわけでさ、お互いにグチ言い合ったってわけ」

 ここは憩いの場・ティーラウンジ。エンジェル隊メンバー五人が揃って三時のティータイムを満喫している(タクトは食べ過ぎによる腹痛で医務室にいる)。

 今フォルテは、昨日のレスターとの一件を、他の四人に語っていたのだった。

「へぇ〜、そんなことがあったんですか」

 ミルフィーユは興味津々といった様子で聞いていた。

「それでフォルテさん」

 青色のショートヘアーにウサ耳らしき物を付けた少女、ミント・ブラマンシュが、フォルテに質問を投げかけた。

「なんだいミント」

「副司令の肩、寝心地はいかがでしたの?」

 尋ねるミントの目はからかうように細められ、わざとらしく眉毛が上下している。

「えぇっ! な、何でそれを!?」

 動揺したフォルテの顔はみるみる赤くなって行く。

「ごめんあそばせ。でも、すごく良い夢をご覧になったみたいですわねぇ…」

 ミントは口元を手で隠し、さも上品そうにホホホと笑った。ウサ耳もパタパタ上下している。

「そうか、あんたテレパスで…」

「「なになに、何の話?」」

 置いてけぼりになっていたミルフィーユと蘭花が、声を揃えてミントに尋ねた。

「ええ、実は副司令とお話しになった後フォルテさんは…」

「「フォルテさんは?」」

「言うなあぁぁーーー!!」

 フォルテは電光石火の速度で、ミントの口を右手で塞ぎ、左腕で胴体を掴んで拘束した。

「ムガムガムガァ〜(離してくださいまし〜)!」

 ミントは必死でもがいたが、フォルテの腕力には適わない。

(ちょっとでも外部に漏らしてみろ…機関銃でハチの巣にした後、ヴァニラのナノマシンで生き返らせて、もう一度ハチの巣にしてやる……!)

 フォルテは呪いに近い執念で念じた。

 それをテレパスで感じ取ったミントは、背筋が凍る感触というものを生まれて初めて経験した。

「「で、結局副司令とその後どうしたんですか?」」

 再びハモってミルフィーユと蘭花は質問した。口にした言葉こそ二人とも同じであったが、その表情は大きく異なっていた。

 片やミルフィーユは、本気で分かっていない様子で頭上8cmの所に「?」マークが浮かび、片や蘭花の方はフォルテの異様なまでの恥じらいに、何かを期待しているかのような好奇の表情を浮かべている。

「「教えてくださいよ、フォルテさん!」」

「お、教えることなんて無い! 本当に何も無かったんだって!」

 フォルテは超高速で首を横に振る。

「「本当ですか?」」

「ホ、ホントホント! いやマジで!」

 今度は縦に振る。何とも忙しい。

「あやしいなぁ〜〜」

 蘭花は両手を腰に当て、上半身を斜め前に倒した姿勢で近付き、フォルテの顔をジロジロ覗き込んだ。

「はっはーん、さては……うふふっ、フォルテさんも隅に置けませんねぇ〜」

 ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる。

「勝手に自己完結するんじゃない!」

「でも『寝心地』とか『良い夢』がどうとかミントが言ってましたよ〜」

 そのミントはフォルテに呼吸を遮られているため、顔が自分の髪の毛と同じ青色に変わっていた。

「どうしてそーゆー方向に思考が行くんだいあんたは!?」

「もう、もったいぶらずに教えて教えて教えてぇー!」

 蘭花は駄々っ子のように腕をブンブン振って言った。

「何度も言わせるなって!教えるようなことは何も無い!!」

 フォルテの顔は自分の髪の毛と同じ赤色になり、頭からは湯気がシュワシュワ上がっている。

「う〜ん。私には何が何だか分かんないや。ヴァニラは分かる?」

 ミルフィーユは、隣でケーキを静かに食べている、エンジェル隊最年少の隊員ヴァニラ・H(アッシュ)に尋ねた。

 ヴァニラはケーキを咀嚼(そしゃく)しながら、モゴモゴと一言言い放った。

「…はひハヒフハヒははひふひ…」

 彼女が指さした方向―

「「「えっ、何!?」」」

 その場にいる全員の視線がその先のミントへ集中する。

「・・・・・・・・・」

 そこには真っ青になって蟹のように泡を吹いている、哀れな少女の姿があった。どうやら気付かない内に、フォルテが床に落としていたらしい。

 赤いフォルテの顔と、見事な対比。

「た、大変です!ミントが泡吹いて倒れてます〜 どうしましょう!?」

「やっばーい、ちょっと口を塞ぎ過ぎたかな〜。てへっ★」

 フォルテは内心ホっとしていた。話題が別の方向へ逸れたからだ。

「『てへっ★』じゃないですよフォルテさん! 早くミントを蘇生させないと!」

 蘭花は頭を抱えてキョロキョロ辺りを見渡した(←つまり混乱している)。目はナルトのようなうずまき状態に。

「ミント、ミント! 死んじゃイヤ〜還ってきてぇ〜」

 ミルフィーユは泣き叫びながら、ミントの体を激しく揺さぶった。

蘭花・案「ええーっとこういう時は…『人』って字を三回書いて飲むんだっけ!?」

ミルフィーユ・案「焼いた梅干しを食べさせるんじゃあ?」

ヴァニラ・案「…三回回って『ワン』と鳴く…」

フォルテ・案「首の後ろ叩くんじゃないか?」

 緊張をほぐす方法、風邪に効く食べ物、侮蔑の言葉、鼻血の止め方。どれも間違っている。

 …何も知らない第三者の目には、これは一体どれほど奇妙な光景に映ったのだろうか?

―閑話休題。

「でも、それじゃあタクトは、副司令に全部仕事を押しつけてるってことじゃないですか。おかしいですよそんなの!」

 テーブルをバンと叩き、蘭花が身を乗り出して言った。

「蘭花さん、フォルテさんの話を聞いていなかったんですの?」

 紅茶を優雅に口に運びながら、(さっきまで生死の境を彷徨っていた)ミントが宥めるような口調で返した。

「どういうことよミント?」

 蘭花がミントを睨め付ける。

「タクトさんが仕事をさぼるのは、仕事をする時間をわたくしたちのために割いているから、ということですわ」

「…副司令も、それをご理解なされているようです…」

 ヴァニラもフォルテに加勢した。

「そうそう、適材適所ってやつだね」

「そ、それは…」

 かなり合理的な話ではある。タクトがエンジェル隊メンバーの信頼を得るためにコミュニケーションを取るとなると、通常の業務をさせていたのでは時間が足らな過ぎる。そのために、彼がためた分の仕事はレスターが肩代わりする。十分な大義名分だ。

 だが蘭花は納得が行かない。彼女の性格上、レスターの処遇を合理的だと割り切って肯定するなど、到底無理なことだった。

「うむぅ〜…ねぇミルフィー、あんたどう思う? おかしいわよね、タクトがやってること。自分は仕事サボってばっかで、全部副司令任せなんて」

 分が悪くなって来た蘭花は、親友のミルフィーユに加勢を求めた。

「ふぇ? 私? うぅ〜ん……」

 ミルフィーユは人差し指を頬に当ててしばらく考えていたが

「タクトさんを悪く言うのはやめてよ蘭花!」

 あっさりと結論を出し、フォルテ側に附いた(どういう話なのか理解しているのかは甚だ疑問ではあるが)。

(し、しまった…)

 蘭花は、ミルフィーユがタクトの恋人であるということを忘れていた。

 例え親友であっても、自分の恋人を非難する者に加勢など、どうしてできようか。

 四対一。多数決による結論「タクトは悪くない」。

 蘭花は民主主義に負けた。

(あれから私が『じゃぁ、みんなで副司令の仕事を手伝おう』って提案して、それにみんなが賛成して…)

 作業開始から約一時間。蘭花は、これまでの経緯をぼんやりと回想していた。

 なぜ、蘭花は言い出しっぺであるにも関わらず、自分の番が回って来た時にそれを隠して、文句を言ったのか。それは人情に厚い割に、他者への好意を素直に表せない彼女の気質に起因するもので、つまりは照れ隠しなのであった。

(でも、実際やってみると…)

 人間の集中力は、三十分持続させるのが限界と言われている。蘭花もその例外では無かった。

(やっぱ私、デスクワークは性に合わないみたいね)

 蘭花は頬杖をつき、ため息を漏らした。

 ふと、レスターの方を見やると、何やら肩を手で押さえ、腕を回していた。その表情からは、はたから見ても疲労が色濃く出ている。

「ひょっとして副司令、肩こってます?」

「いや…大したことは無い」

 レスターは大きく息をついて答えた。発した言葉が虚勢であることは、蘭花にもすぐ分かった。

「無理しちゃダメですって。あ、そうだ!肩もんであげますよ。こう見えても上手いんですよ私」

 蘭花は伸びをすると、席から立って、レスターの背後に歩み寄った。

「せっかくだが遠慮させてもらおう。俺としては、作業をしてもらう方が嬉しい」

「いやぁ〜それが、どうも集中力切れちゃったみたいで」

 ポリポリ。蘭花は耳の裏を指でかいて苦笑いした。

 レスターは先ほどまで彼女が座っていた席を見た。自分と比べると、あまりはかどっていない様子だ。

「…お願いしようか」

 能率の上がらない作業をさせるよりは良いか。そうレスターは判断した。

「じゃぁ、行かせてもらいまーす」

 蘭花はレスターの肩に手を置き、指圧を始めた。

―数分後。

「……悪くないな」

「でしょ〜? 昔、通りすがりの按摩さんに教えてもらったんですよ」

「ほう」

「で、その按摩さん、居合い切りも凄く上手で…」

「そうか」

「仕込み杖をいつも持ってて、ロウソクをそれで火の点いたまま真っ二つに斬っちゃうんですよ、スパっと」

「……」

 どんな按摩だ。レスターは心の中でツッコんだ。

「今頃どうしてるんだろうなー、市っつぁん…」

 多分その「市っつぁん」とかいう居合い切りが上手い按摩は、橋の上で労咳持ちの侍と決闘でもしているのだろう。

(あぁ〜いかん。眠くなってきた…)

 蘭花の指圧があまりに心地よいので、レスターは眠気に襲われてきた。

(ここで寝ては昨日の二の舞だ。それだけは避けなければ)

 レスターは同じ失敗を繰り返すのが嫌いな男だった。同じ手は食うかとばかりに蘭花の手を軽く叩き、肩もみを終了するよう訴えようとした。が…

「おおいフランボワーズ少尉。もうこの辺で…」

 

「は…は…ハックション!!

 

 グギッ!

「おぐあっ…」

 一瞬激痛が走り、そこでレスターの意識は途切れた。

ズルズル…あぁごめんなさい副司令。今なんて…あれ?」

 レスターは黙っている。

「どうしたんですか副司令?」

 蘭花が手を離すと

 ―ドタッ

 レスターは突っ伏して倒れた。顔面は青白くなり、腕はまるで暖簾(のれん)のようにブラブラと垂れ下がっていた。

 どうやら蘭花がくさめをした拍子に瞬間的に力が入り、レスターの肩を外してしまったらしい。凄まじい握力である。

「きゃあぁぁー! ふ、副司令! しっかりしてください。副司令ってば!」

 蘭花は慌ててレスターの体を揺すったが反応は無く、ただ肩を外された腕がゆらゆら揺れるだけだった。気絶しているようである。

「やばいやばいどうしよ〜」

 蘭花はしばらく気が動転していたが、

「あっ、そうだ。またくっつければ良いのよ!」

 まだ動転したままだった。

 蘭花はレスターの胴体と腕を、まるでプラモデルでもいじるかのように持ち、

「えぇ〜っと確かここをこうして〜…あのスケベな坊主頭が言ってたのは…ここね! えい!!」

 グギョッ!ミシミシ…バキッ!!

 耳障りな音を立てて、肩をむりやりにはめ込んだ。

「こ、これで良いはずだけど…? 大丈夫ですか〜。もしもーし?」

 蘭花が恐る恐る呼びかけると

「・・・・・・・」

 無言のままレスターは起きあがった。

「よかった、平気だったみたいですね」

「・・・・・・・」

 無言でレスターが千鳥足で歩き始めた。

「え、ちょっと…どこに行く気なんですか?」

「・・・・・・・」

 バタン

 少し歩いてうつ伏せに思いきり倒れた。

「いやあぁぁ〜〜!!」

 深夜のブリッジに、少女の叫び声がこだました。

(肩をもんでもらった後の記憶が途切れている…まさかその間に何かあったのか!? いやしかし…)

「どうだレスター!!考え終わったか!!」

 タクトが白刃を煌めかせ、今にも斬りかからんとする姿勢で言った。

「まだ途中だ!もう少し待ってろ!」

 士官学校以来の親友に刃を向けているエルシオール司令官を制しつつ、引き続きレスターは記憶を辿った。

(その次の日は、たしかブラマンシュ少尉だったな…)

 

 

つづく

 

 

〜筆者より〜

 まずいなぁ。本筋に関係無い部分がかーなり肥大してしまった(フォルテの恥かきのトコ)リミッター外すのは良いが、ちょっとやりすぎだぜ兄者よ…。回想シーンで話が進むのに、その中にさらに回想が入って、時軸がかなりややこしくなってしまった。次回からはもっと筋をスッキリさせなければならんな。

 例によって(?)パロディネタの解説をば。

「確か三十六の房があるって…」

☆これは伝説のクンフー映画(カンフーとか呼ぶ奴は素人)『少林寺三十六房』(78年、ラウ・カーリョン監督)から。主演のリュウ・チャフィは、ゴードン・リューの名で『キル・ビル』(03年・04年、Q・タランティーノ監督)に出演し(Vol.1では殺し屋、Vol.2では武術の達人パイ・メイの役)ハリウッド進出を果たしている。

「…はひハヒフハヒははひふひ…」

☆これはアニメ版GA第3期「恥カキフライあがり過ぎ」より、ヴァニラの台詞をそのまま抜粋(文面は推測で当てたけど)。

「でしょ〜? 昔、通りすがりの按摩さんに教えてもらったんですよ」

「ほう」

「で、その按摩さん、居合い切りも凄く上手で…」

「そうか」

「仕込み杖をいつも持ってて、ロウソクをそれで火の点いたまま真っ二つに斬っちゃうんですよ、スパっと」

☆この按摩は座頭市(勝新太郎の方ね)のこと。

「橋の上で労咳持ちの侍と決闘でもしているのだろう。」

というのは映画『座頭市物語』(62年、三隅研次監督)のクライマックスから。

「あのスケベな坊主頭が言ってたのは…」

☆「スケベな坊主頭」とは念仏の鉄(山崎努)のこと。『必殺仕置人』に登場するキャラで、指の力だけで人間の骨や関節を外す「必殺骨外し」を駆使してターゲットの背骨を折ってあの世に送る。表稼業は骨接ぎ医をしており、「骨外し」はその技術の応用。

…蘭花さん、

「あんた凄い人師匠に持ってますね!しかも二人!!」

 てゆーか、今回も分かりづらいのばっかりですみません。いや、分かる方がおかしいのか…?

 

ヒーロー村田