○四日前

「ああぁぁ〜、釈迦だ! メッカだ! やらなきゃやられるうぅぅ。こうなったらヴァニラのトコ行って教えを請うてもらうしかないぞえぇぇ!」

 意味不明なことを口走り、タクトは仕事をまたもやさぼっ……

「いいですねぇ〜。私も一緒にこうてみちゃいますぅ〜」

 桜葉少尉、君もか…このバカップルめ。

 

HI-EXPLOSION 第4話

「課外授業 ようこそ…」

 

―その夜。

「くそぉ、なぜ俺がこんな目に遭うんだ!」

 『ダイ・ハード2』のB・ウィルスよろしく泣き言をつぶやきつつ、レスターは例によって、深夜のブリッジで書類整理をしていた。

 先日、ミントが誤入力した大量の書類の訂正が、まだ少ししか済んでいない。さらに本日タクトがサボった分も追加されている。三日に渡るエンジェル隊のヘルプも、結局はマイナスにしかならなかった。

 しかし、レスターは彼女たちに文句を言う気にはなれなかった。

(エンジェル隊のメンバーは、善意で俺を手伝ってくれているんだ。感謝こそすれ、文句を言う筋合いは無い。だが…)

 いくらレスターが合理主義者でも、さすがにここまで来ると泣き言くらい言いたくなるだろう。

「なぜ俺がこんな目に遭うんだ!」

 本日2回目の、泣き言だった。

―カタカタカタカタ……ピタッ。

 ふと、キーボードを叩くレスターの手が止まった。

「……コーヒーでも飲むか」

 レスターは中央ホールへ向かうべく、椅子をクルリと後へ向けた。

 が、その時

 

「………」

「うおぉ!?」

 あまりにビックリして、桂三枝師匠よろしく椅子から転げ落ちそうになった。新婚さんいらっしゃーい(?)

「アッシュ少尉。いたのか…」

「…こんばんは、副司令…」

 エンジェル隊最年少の隊員ヴァニラ・H(アッシュ)がそこに立っていたのだ。

「いつからそこに?」

「…つい先程、2回目の『なぜ俺がこんな目に遭うんだ!』の時に…」

(なぜ回数まで知ってる)

 ヴァニラはかなり前から居たようである。

「…今宵は私の番です。さぁ、私を好きにしてください、副司令…」

 両手を広げながら、どこかの親衛隊が聞いたら確実に暴走するであろう台詞を、ヴァニラは限りなく澄んだ紅い瞳をレスターに向け口にした。

 何か勘違いしているようだ。

「…何から始めますか…?」

「とりあえず、コーヒーでも買ってきてくれ」

「…分かりました…」

…今夜、副司令とオールナイト…

 何かブツブツ言いながら、ヴァニラは部屋を出ていった。

「よし! 続きだ続き」

 気合いを入れ直し、大きく伸びをして再び仕事にもどった。

―約十五分後

「…ただ今もどりました…」

「ん、買ってくるだけにしてはいやに遅かったな。って、何だそれは!?」

 何やら大きなふろしき包みを抱えてヴァニラは戻ってきた。

「…ココさんから頂いてきました…」

「コーヒーはどうした?」

 ヴァニラは少し固まった。

「……」

 そして、荷物を広げ始める。

「…オールナイトなら、大変だろうと言うことで…」

(無視か)

「…音を響かせないように出来る、ロストテクノロジーを…」

 ヴァニラは、何だか豚の貯金箱みたいな形をしている物体を取り出した。

(オペレーターがなんでそんな物を…というか使用意図が分からん)

「そんな物はいらん! 返してこい!」

「…大胆…」

 赤くなった頬を両手で押さえる。やはり、何かを勘違いしているようだった。

「何を勘違いしているがわからんが、君は俺の仕事を手伝いに来てくれたのではないのか? 別に音がどうとかは問題ではないぞ」

 ついに口に出して言った。

「…そうでしたか…」

 やはり、分かっていなかったようだった。

「…では、目覚ましにこれを…」

 何かを取り出し、レスターに差し出した。

「なんだこれは?」

「…アルモさんからの餞別です…」

 『一口覚醒くんV-マキシマム(レッド・パワー)』と書かれた飲み物らしき物を渡す。目を覚ますどころではなく、別の何かが覚醒してしまいそうな雰囲気を漂わせている。

(大丈夫なのか? 見るからに妖しげな…)

ギギェアァー!!

(!?)

 ビンが小刻みに振動した。

「な、何かおかしな音が聞こえたぞ! いや、音なのか!?」

「……副司令…さあ、どうぞ…」

 凛とした瞳でレスターを見つめる。何故だかものすごい威圧感だ。

(こ、これを飲んだら危険だ。くそぉ、こんな所で死んでたまるか! 命あっての物種だからな。ここはどうにか回避しておかねば…)

「い、いや…その、なんだ… 今は目が冴えてるから、後でな」

「…残念…」

 ヴァニラは渋々ドリンクを下げた。

 何が残念だったのかは分からないが、レスターにとって命拾いしたようなものである。

(こんなものを飲んでしまえばどうなることだったか…というより何故に餞別なんだ?)

 アルモがどのような思いで、このような物を渡したのかが分からないが…

 ともかくも今は、仕事をすることが最優先事項なため、作業を再開することにした。

「よし、これで今月分に直せたぞ。次は今度の補給に掛かる費用の計算か…」

 昨日のミントが侵した分を根性で元に戻したレスター。

「さて、あとは今までの繰り越し分に、今日の分か。……まだかなりあるな」

 何時になく今日は仕事がサクサク進んでいる。(というより、本来ならこれがいつも通りなのだが)

「今度の補給で掛かる費用の総額は…と。赤字ギリギリのラインか、参ったなコレは…」

―クイッ

「ん?」

 不意にレスターのコートをヴァニラが引っ張った。

「どうした?」

 レスターが尋ねると、ヴァニラは

「…副司令、この字は、何と読むのですか…?」

と言って書類を差し出し、「兵站需品の決済報告」と書いてある部分を指さした。

「あぁそれか。それは《へいたんじゅひんのけっさいほうこく》と読むんだ」

「………?」

 ヴァニラは首をかしげたままだ。

「…つまり、どういう意味なのでしょうか…?」

「それはな、どれだけ…」

 レスターはとても分かりやすく説明した。

「…というわけだ」

「…へぇ〜…」

 ヴァニラはナノマシンで小さなボタンを作り、何度も叩いた。

 またしばらくして。

―クイッ

「…副司令…」

 再びヴァニラが尋ねてきた。

「おぉまたか。どれ、見せてみろ」

 レスターは書類を手に取った。生活物資のリストだった。

 

『  黄昏素浪人・五十嵐刑部 DVD-BOX其の壱・鉄血篇  27,300GC  』

 

 レスターはしばらく沈黙した。

(誰だ。こんなもの経費で落とそうとしてるのは…)

 しかもその下には『隠密戦隊サムライファイブ DVD-BOX最終巻・公儀失墜篇』とか書いてある。

(おぉ、赤穂浪士の念願が叶うのか…)

 レスターはちょっぴり切なくなりながらも、読み方をヴァニラに教えた。

「これは『たそがれすろうにん・いがらしぎょうぶ』だな。分からないのはここだけか?」

「…はい、ありがとうございました…」

 ヴァニラは席へと戻った。

 またまた。

―クイッ

「…副司令…」

「今度は何だ?」

 レスターは書類を手に取った。また生活物資のリストだった。

 

『  MSKテキストシリーズvol.3587 あなたにも出来る! 満漢全席の作り方  』

 

 すぐさま能天気な笑顔が浮かんできた。

(…これは間違いなく桜葉少尉だな)

「これは《まんかんぜんせき》だ」

「…ありがとうございました…」

 ヴァニラは席へと戻った。

 またもや。

―クイッ

「…副司令…」

「おお。見せてみろ」

 レスターは書類を手に取った。またもや生活物資のリストだった。

 

『  MSKテキストシリーズvol.190 臥薪嘗胆! これであなたも蟷螂拳マスター  』

 

 クンフー関連ならば、思い当たるのは一人だけ。

(キャッチコピーの意図が分からん。というか、故郷の星で習わなかったのかフランボワーズ少尉よ…)

「あ〜、これは《がしんしょうたん》で、こっちは《とうろうけん》だ」

「…すみません、ありがとうございました…」

 深々と頭を下げ、ヴァニラは席へと戻った。

 5回目。

―クイッ

「…副司令…」

「次は何だ?」

 レスターは書類を手に取った。生活物資のリストだということは、おおかた予想はついていた。

 

『  る野獣〜硝煙鎮魂歌〜(著・大藪夏彦)  』

 

 レスターの好きな小説のシリーズの最新作だった。

(おお、最新作が出ていたのか。このシリーズは銃撃戦の描写がリアルでなぁ…。何より、主人公の生き様が男の中の男で…)

 しばし物思いにふけってしまった。

―クイッ。

「………」

 ヴァニラが袖を引っ張り、何かを訴えかける様な目でレスターを見る。

 レスターはハッと我に帰った。

「あ、あぁそうか。読み方だったな。これは『よみがえるやじゅう〜しょうえんのちんこんか〜』だ。作者は…」

「作者名は分かります…」

「そうか(ちなみに《おおやぶなつひこ》と読むのだ)」

 レスターは少し、悔しくなった。

(しかし意外だったな。この艦に俺と同じ趣味の人間がいるとは)

「…ありがとうございました…」

 ヴァニラは礼を言い、席へと戻った。

6th

―クイッ

「…副司令…」

「次は誰だ?」

 レスターの興味はついにそこに移項していた。

 

『  大宝怪龍映画クラシックBOX 総進撃エディション ノ巻  』

 

(こ、これは…)

 先日の記憶が甦った。

 『最後の劇場公開』を見逃したショックは大きかったらしく、あれからミントは引きこもって部屋から出てこないのだという。レスターも、今日彼女と顔を合わせた記憶が無い。

(劇場で観れなかったのが悔しかったのか。しかし、経費で落とすなよ…)

 財閥の令嬢ともあろう者が、ずいぶんとセコいことをするものである。

「やれやれ。それにしてもずいぶん経費のムダ使いが多いな。これでは赤字にもなる。今度から節約せねば…ん?」

 ふと、リストの下の方に目が行った。

「何だこれは……『醜い人形の作り方vol.2 〜手足編〜』?」

―ビュワッ!

 ヴァニラはもの凄いスピードで書類を奪還した。

 その間0,02秒。次元大介の早撃ちよりも速い。

「…もういいです、ありがとうございました…」

「そ、そうか…?」

 軽く会釈をして、ヴァニラは席へと戻った。

(もしや、作ろうとしていたのだろうか? ノーマッ……いやいや、考えるのは止めよう。それより仕事だ、仕事)

 こんな調子の質疑応答が、数分おきに繰り返された。

 それは徐々に、しかし確実に作業ペースを落とし、レスターのイライラを募らせていった。

「…副司令…」

 ヴァニラが申し訳なさそうにまた尋ねてきた。

 度重なる質問に作業ペースを乱され、ウンザリしていたレスターは思わず

「またかアッシュ少尉! もういい加減にしてくれ!! これで何度目だ!? 君が質問する度に、俺の作業は中断されてしまう。これでは進まん!」

 声を荒げてしまった。

 レスターの怒声を受けたヴァニラはビクッっと一瞬おののき、それっきり俯いてしまった。

 紅い瞳が、悲しげに揺らぐ。今にも泣き出してしまいそうだった。

「……も、申し訳ありません…私が、未熟だから……副司令の、足手まといになってしまって…」

 ヴァニラの声は震えている。涙を一生懸命こらえているのがよく分かった。

(ここで泣いたらダメ!……泣いたら、副司令にもっと迷惑が…)

 ヴァニラの必死に葛藤する姿は、レスターの頭を支配していた怒りを、一瞬にして焦燥と後悔に変えた。

(し、しまった)

 レスターは忘れていた。

 ヴァニラ・H(アッシュ)少尉。彼女はエンジェル隊最年少の隊員で、まだ齢(よわい)13歳なのだということを。

(まだ読めない字や分からない言葉もあるだろう。それに…)

 レスターはフォルテの言葉を思い出した。

『ヴァニラはどんな時も、自分が他人に何をしてやれるか、どうすれば幸福を与えられるかを一生懸命探してる…それこそ、寝る間も惜しむくらいに』

 他者のために尽くそうとする精神を持つヴァニラにとって、今回の手伝いには相当やる気を出していたはずだ。

 それだけにレスターの手を煩わせ、却って迷惑をかけてしまう「質問」とは彼女にとっていかに心苦しく、そして勇気の要る行為であったか。

 また、どれだけ自分の無知さを情けなく思い、呪ったことか――

(想像に難くない。それなのに俺は、アッシュ少尉の気持ちも考えず、勝手なことを言ってしまった…)

「謝るのは俺の方だ。すまん、怒鳴ったりして」

 レスターは自省と謝罪の念を込め、ヴァニラの頭を優しく撫でた。

 ヴァニラは驚いたように、レスターの顔を見上げた。

「気が立っていたんだ。悪かった、許してくれ」

 ヴァニラは首を横に振った。

「…いえ、そんな…私が悪いんです。私が、未熟だから…」

 尚も健気に責任を背負い込もうとするヴァニラに、レスターは穏やかに声をかけた。

「ストイックなのは結構だが、あまり自分を責めるな。自尊心の無い者は、成長することもできんぞ」

「…はい…」

 ヴァニラはうなずいた。

「ご苦労だった。もうあがって良いぞ」

「…え…?」

 ヴァニラは怪訝そうな表情をした。

「…私は…まだ…」

「いや。もう休んだ方が良い。それに…」

「?」

「君は、デスクワークには向いていないようだからな」

 レスターは苦笑を浮かべて言った。

「…でも…」

 ヴァニラは食い下がる。まだ何の役にも立てていないという自責の念が、彼女を留めているらしかった。

 そこでレスターは

「ならば、最近頭痛と肩こりがひどくてな。ナノマシンでどうにかならないか?」

 ヴァニラだからこそできる、ヴァニラにしかできないことを要請した。

 ヴァニラの表情が次第に明るくなって行くのが分かった。

――やっと、お役に立てる――!

「…分かりました……ナノマシン!」

 レスターの体を柔らかい光が包んだ。

「…では、私はこれで失礼します…」

 深々と頭を下げた後、名残惜しそうに何度も振り返りながら、ヴァニラはブリッジを出ていった。

 レスターはヴァニラが出ていった後、大きくため息をついた。

「まったく、桜葉少尉といいアッシュ少尉といい、女の泣き顔にはかなわんな…」

 その後、なんとかねばってみたものの、やはりヴァニラとの質疑応答でロスした分が響き、あまりはかどらなかった。

(うむ。アッシュ少尉とも何も無い)

「もうシンキングタイムは終わりだレスター! 覚悟ぉぉぉぉーーー!!!」

 タクトがしびれを切らして斬りかかってきた。

「ぬおぉぁ!!」

―バシッ!

 レスターは頭部に向かって振り下ろされた刀を真剣白刃取りで受け止めた。

 だがタクトは尚もレスターの額を割ろうと、力を込めてきた。

「うぬうぅぅぅ…」

「ぐぬぬぬ…」

―ギリギリギリ…

 膠着状態が続く。

「しばらく考えてみたが、お前が怒るような要素は皆無だったぞ」

「あれだけ考えて身に覚えが無いだと!? いい加減にしろぉ…!」

「まだ四日前までしか思い出せてない」

「じゃあ今思い出せ!」

「この状態でか!?」

「ああそうだ。遅かれ早かれお前は死ぬんだからなぁ! こっちの方が手っ取り早い!」

(くそっ、この状態はいつまで続く… 俺がタクトを捕らえるまでなのか…?)

「ワケのわからねぇ〜コト考えてんじゃねえよ、サッサと逝てまえ!! この不埒者ぉぉぉぉおおおお!!!」

「俺の心を読んでるお前の方が訳が分からんぞ!」

「五月蠅い、黙れこの野郎!!」

 まるで『子連れ狼』の最終回のような状態で、レスターは記憶を辿った。

(何なんだ、コイツの勢いは…次の日は、シュトーレン中尉だったな…しかしこの状況では、少しでも気を抜いたら……確かあの時は…)

 レスターはこんな極限状態であっても、普通に考えられるようになっていた。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

〜筆者より〜

ヴァニラファンや崇拝者の皆様、申し訳ない。ただそれだけです……

ヒーロー村田&餡蜜堂