○三日前

―エルシオール・司令官室にて。

「おいタクト」

 外回りの点検を済ませたレスターが、タクトのもとへやって来た。

「なんだレスター」

 

HI-EXPLOSION 第5話

accelerate prayer」

 

 タクトは机に座って本を読んでいた。かなり集中しているらしく、レスターの方を見ていない。

(こいつが読書とは…一体何を読んでいるんだ?)

 レスターは表紙を覗いてみた。

 

MSKテキストシリーズ特別編 女の子が喜ぶ映画パーフェクトガイド 初春狸御殿』から『MISSING ACE』まで〜」

 

―バシッ!

 レスターは本を取り上げた。

「あぁっ、何するんだレスター! 返せ!」

 掴みかかろうとするタクトを、顔面を押さえて制する。まるで猿だ。

「昼間っからマジメな表情(カオ)してこんなもの読んでるんじゃない! 俺はお前に訊きたいことがあるんだ」

「こんなものだと!? 俺はなあ、今度の休暇の間に『一緒に映画を観に行こうね』ってミルフィーと約束したんだ。男にとって、好きな女の子と観る映画選びは死活問題なんだぞ!! だから返せぇぇええ!!!」

 黒髪の猿が、キーキーと吠えた。

「知るかそんなこと」

 この翌日から、エルシオールは補給ポイントで一週間の休暇に入る予定であった。

 というのも、その補給ポイントである「惑星マルロー」が観光名所であるために、女性クルーのほぼ全員が休暇を取ることを要請したのである。

 何せクルー全体の80%をしめる大人数の訴えであり、なおかつ司令官が生まれついての女好きでサボリ性であるタクト・マイヤーズだもんだから、却下などするわけが無かった。

 そしてレスターの訊きたいこととは……

 先日、ヴァニラに「漢字の読み方が分からない」と言って渡された生活物資のリストに目を通した所、クルーが私的な理由で経費をムダ使いしていることが明らかになったため、

(もしやタクトの奴も、経費を使い込んでいるのではないか?)

とふみ

(あいつのことだから、それを隠ぺいしているかもしれん)

というわけでレスターは、タクトに探りを入れてみることにしたというわけである。

「俺の質問に答えたら返してやる」

 レスターはニヤリとした。これをダシにしてタクトから聞き出せると思ったからだ。

 こんな時彼が見せるクールな表情を偶然目撃し、TKOされる女性クルーも少なくないと言う。

「何だ、質問て!?」

「お前、俺に何か隠し事をしてないか?」

「え゛」

 タクトは固まった。

――しばしの沈黙。

 

「か、返せぇぇぇーー!!」

 再び躍りかかって来た。

「ふん」

 どげしっ。

「おぐあひゃん」

 レスターの強烈な前蹴りを喰らい、タクトは吹っ飛んで壁に叩き付けられた。

「もう一度訊くぞ、隠し事をしてないか?」

 レスターは冷徹な表情で、同じ質問を繰り返した。彼の言葉には、何とも言えぬ威圧感があった。

「し、知らないなぁ〜」

 レスターの視線に射すくめられ、タクトはこめかみから幾筋も汗を垂らし、口笛を吹いて視線を逸らした。

 ハッキリ言って素人でも分かるくらいあからさまに怪しいのだが、レスターはダメ押しのつもりで一言、

「お前が嘘つく時のクセだよなぁ、そうやって右のつま先立ててカツカツするのは」

タクトの足を指さして言った。

「う゛! そうなのか?」

 逆にタクトが質問した。

「ああそうだとも」

 レスターは力強くうなずいた。

 なるほどタクトは右のつま先を立てて、床をカツカツ打っている。

 レスターにズバリ指摘されたタクトはついに

「はぁ〜…やっぱりお前に嘘はつけないな、レスター」

 ガックリうなだれて観念した。丁寧に猿の反省ポーズまで取っている。さすがは猿。

「当たり前だ。長い付き合いなんだからな」

 レスターは肩をすくめた。

(うむ、口からでまかせも使い方次第か。嘘も方便とは良く言ったものだ)

「よし! 答えたんだからも〜いいだろう、返せこの野郎」

 またもや襲いかかって来た猿(タクト)を軽くいなし、レスターは言った。

「何を隠しているのか具体的に答えろ。それが先だ」

「うぐぐぐ…」

 タクトはしばらく悔しそうに歯ぎしりしていたが、

(さっさと答えて、早く返してもらおう。こんな所で時間をロスしていたら、デートのプランが練れない。そしたらミルフィーの喜ぶ顔も見れないんだ…!)

 長い葛藤の末に悟った。

「実は俺さぁ…」

 そう言ってタクトはゴソゴソとズボンのポケットを探ると、

―ドサッ!

 大きなダンボール箱を机の上に置いた。縦80cm、横50cm、高さ60cmはある。

 …なぜそんな物がポケットに入っていたのか。便宜上、ここでは説明を割愛させていただく。

「すまん! 本当にすまん」

 タクトは顔の前で手を合わせ謝った。

 一方のレスターは唖然としていた。タクトがダンボール箱をポケットから出したことにではない。

 箱の中には、手つかずの書類が隙間無く詰め込まれていたのである。

「お前にあんまり負担かけちゃ悪いと思ってさ、書類の量ごまかしてたんだ。すまなかった。この通りだ」

 すまないと思うなら自分でやれ。もしこの場に第三者が居合わせたとしたら、おそらく10人が10人そう言うだろう。

「お、おま、お前っこここここれは…?」

 レスターの声は震えていた。

 動きが、ゼンマイ仕掛けの人形のようにぎこちない。

「そんなわけでさ」

 タクトは本をレスターの手から取り返し、

「これ頼むわ」

 さも当然のように責任を丸投げした。

 負い目を感じてはいても、自分でやろうとは夢にも思わないらしい。

「なぜ俺が!」

 レスターは当然のリアクションをした。

 ただでさえ最近は残業がはかどっていないのに、この上さらに仕事を押しつけられたのでは、辛抱ができなかった。

「これなら、経費を使い込んでくれていた方がよっぽど気楽だった…」

 レスターは頭を抱えた。彼の探りは、どうやらヤブヘビだったようだ。

「経費の使い込み? 何言ってるんだレスター。司令官である俺がそんなことしてたら、部下に示しがつかないじゃないか」

「そう思うならちゃんと仕事しろ!!」

 レスターの主張は至極もっともである。

「仕事なんかしてたら、ミルフィーに会えないじゃん」

 タクトはあっけらかんと答えた。彼の脳内が「仕事<ミルフィーユ」であることが露見した瞬間だった。

 レスターの額にビキビキっと血管が浮かび上がった。

「仕方ないだろ〜。俺は明日からミルフィーとトゥギャザーでスウィ〜トなバケイションをエンジョイするのだから! そのためには綿密なプラ〜ンがニードされてくるのさ。だから俺はそれをシンキングしなきゃならない。仕事なんかしてるタイムはナッシングなのさぁ!」

 タクトはしまりの無い笑顔で言った。一週間の休暇全てをミルフィーユとのデートに費やすつもりのようだ。

 言葉の節々にちりばめられたアホくさい横文字が、レスターの神経を逆撫でした。

「それに、お前どーせ予定なんて無いんだろ? ちょうど良いじゃないか、部屋に籠もって書類整理でもやってろ。これは命令だ、クールダラス副司令!」

 

《  小人閑居して不善を為す  》

 

 なぜだかそんな言葉が、レスターの脳裏をかすめた。

―プッツン

 レスターの中の何かが音を立てて切れた。切れたのは多分、「堪忍袋の緒」とか呼ばれるやつだろう。

「ふざけるなああああぁぁぁぁーーーーー!!!!」

 ファイズポインターを右足に装着し、コマンドを入力する。

―ピッ、ピッ、ピッ、キュイーン…

【    イクシードチャージ    】

「ふんっ!」

 レスターの体が宙を舞い、それと同時に彼の右足がタクトへ向けて突き出された。

 次の瞬間タクトの眼前に、紅く輝く巨大な光の杭が出現した。

 右足を伸ばした姿勢のまま、それに向かってレスターは勢いよく突っ込む。

「喰らええぇぇーーー!!」

「うわああああぁぁぁ――…」

―ズギャギャギャギャギャガッ!

 レスターの必殺技『クリムゾン・スマッシュ』を喰らったタクトの体は青白い炎を上げながら、灰になって崩れ落ちた。

―その夜。

 深夜のブリッジ。レスターは眼光を炯々とさせながら書類整理をしていた。

 静寂が支配する世界で、キーボードを叩く音だけが、絶え間なく響き渡る。

(ええい! 助っ人が、助っ人が欲しい……)

 レスターの頭の中ではもう合理性がどうとか、役割分担がどうとか、エンジェル隊は戦闘要員だから業務をさせるのはどうとか、そんなことは吹っ飛んでいた。

 これからブリッジにやって来るであろう一人の天使の救いの手を、哀れな隻眼の青年は心の底から欲していた。

(確か今日は…)

 これまでの経過は

 1、ミルフィーユ・桜葉(弁当の総進撃で撃沈) 

 2、蘭花・フランボワーズ(花粉症の恐怖) 

 3、ミント・ブラマンシュ(超高速誤入力) 

 4、ヴァニラ・H(世間知らず過ぎ) 

 いずれも却って作業を阻害する結果となってしまっていたので

(消去法で行けばシュトーレン中尉の番か。た、助かった……)

 レスターは安堵した。

 これより五日前、レスターは偶然深夜のホールでフォルテと会い、残業を手伝ってもらったのだった。

 その時フォルテは無駄口を叩かずテキパキとデータ処理をこなし、しかもスピーディーかつ正確な作業で、彼女が担当した書類はさすがプロフェッショナルの仕事とも言うべき完璧な仕上がりであったから、レスターが期待するのも当然のことだと言えよう。

(シュトーレン中尉ならば、彼女ならば、きっと…)

 フォルテは、レスターが唯一「例外」として認めている女性だった。

 レスターは彼女の助太刀を信じ、ただひたすらキーボードを叩き続けた。

―プシュッ

「よぉ、副司令…」

 ブリッジのドアが開き、そこから発せられた女性の声が、レスターの鼓膜へ飛び込んで来た。

「おぉっ……!」

 レスターは思わず席から立ち上がってフォルテの方を向いた。その時の彼の表情は、恐らく世界一情けない顔だったに違いない。

 フォルテの声は今のレスターにとって、斗いの終わりを告げる教会の鐘の音のような神聖な響きを持ち、彼女の姿はまるで聖母の如き尊い輝きを放って見えた。

「来てくれたか、シュトーレン中尉!」

 レスターはフォルテの元へ駆け寄った。

「悪いね、待たせちゃって」

「いやいや、こっちは手伝ってくれるだけでありがたいんだ。本当にありがとう!」

 レスターはフォルテの手を取り、感謝の意を述べた。目には泪まで浮かべている。

「大げさだねぇ。それにしても、ずいぶんと貯め込んだもんだ」

 フォルテはレスターの背後に陣取っている、山積みの書類をチラリと見やった。

「まったくだ。タクトの奴め、あれだけの量を隠しておいて、全部俺に押しつけやがった。一体俺を何だと思ってる!」

 レスターも同じ方へ顔を向け、怒りを露わにした。

「そうカッカしなさんな。どれ、始めようか…」

 レスターを宥めつつ、フォルテは席に向かって歩き出した。

 

 だが、なぜかその足下はフラフラとしておぼつかない。いつものフォルテらしい、ハキハキとした威勢の良さはなりを潜めていた。

――どうかしたのか?

 レスターが声に出して尋ねようとした時、

「あっ……」

 フォルテの足がもつれ、倒れそうになった。

「おっと!」

 慌ててレスターはフォルテの体を抱き留めた。

 その時フォルテもレスターの体に掴まり、二人は図らずも抱き合うような体勢になった。

 その様はまるで恋愛映画に見る、美男美女がお互いを抱擁し合う場面のようであった。

 軍帽が、勢いに乗って床に落ちた。

「おい、大丈夫か?」

 レスターの呼びかけにフォルテは顔を上げた。見れば彼女の顔は不自然に紅潮し、目も焦点が合っていない。

 レスターは今までフォルテが来てくれたことに浮かれ、彼女の異変にまったく気が付かなかった。

「だ、大丈夫さ…」

 端正な口元を上げ、微笑を浮かべながらフォルテは答えたが、それが無理矢理に作り出された脆い虚像であることは、彼女の弱々しい言動からも容易に窺い知れた。

 当然、レスターにもそれは察しがついた。

「今日は……あたしの、番…だからね。サボるわけには、いかないよ……」

 途切れ途切れに言葉を発し、フォルテはレスターの肩を掴んでいる自らの手に力を込め、自力で立ち上がろうとしたがまたも体勢を崩し、彼の体へ寄り掛かるように倒れてしまった。

「あっ……」

「うぉっ!」

 レスターはその場に踏みとどまり、再びフォルテを抱き留めた。

「ぐっ、くそ…っ! こんな、こんなハズじゃぁ……」

 フォルテは下唇を噛み、悔恨の表情て俯いた。言うことを聞かない自分の体に、憤りを禁じ得ないようだ。

 自責の念が目頭を熱くさせ、フォルテはそれを隠すように、自らの熱を持った額を、レスターの胸に押しつけた。

「体調が優れないのなら無理をするな。そんなになってまで俺を手伝う義理など無いだろう?」

 レスターは努めて穏やかに声をかけた。求めていた救いの手が得られないのは残念ではあったが、それよりも今の彼には、フォルテの体調に対する危惧が先に立っていた。

「副司令……」

 フォルテは上目遣いに、レスターの顔を見た。

「今日は結構だ、シュトーレン中尉」

 言いながら、この時レスターは初めて気付いた。自分の目線が、フォルテより上にあることに。

 いつもメンバーをまとめ、気っ風の良いリーダーとして大きく構えている彼女が、今日に限って小さく見えた。

 今自分の腕に抱かれ、支えられている女性が、エンジェル隊隊長フォルテ・シュトーレンであるという事実が、にわかには信じられなかった。それほどまでに、腕の中の天使は華奢で儚げだった。

「そんな状態ではとても仕事などできまい。もしやったとしても、大して助けにはならんだろう。休んだ方が賢明だ」

 弱っているフォルテに、業務の手伝いなどさせるわけにはいかない。

 エルシオール副官としての合理的思考ではなく、レスター・クールダラス個人としての良心が、そう告げていた。

 優しい言葉を掛けながらじっと見つめてくる、蒼い瞳。

 彼の瞳は片方しかないけれども、そこに込められた想いは、十分に感じ取れる。

 フォルテはおぼつかない視界とクラクラする頭で、必死にレスターの言葉を紡いだ。

『…そんなになってまで俺を手伝う義理など無いだろう?…』

(違う…)

『…休んだ方が賢明だ…』

 レスターの声は、まるでフィルターを掛けたようにくぐもって聞こえた。

(違うんだ副司令! あんたには無くても、あたしには義理がある……あたしは、あんたに借りが……どうしても返したい、借りがあるんだ! そうじゃなきゃ、無理してここまで来るもんか…)

 口を動かしてみても、声にはならなかった。想いだけが、先に立つ。

 フォルテが感じている義理とは、レスターがトラウマを払拭してくれたこと。

 過去のことでウジウジしていた自分を叱り、前へ進ませてくれた恩人に、少しでも報いたい――それがフォルテの想いだった。

 今回の手伝いに関しても、言い出したのは蘭花であったが、フォルテはチャンスだと思った。言葉だけでは無く、具体的にレスターのメリットになる行動で、感謝の意を示せる、ちょうどいい機会だった。

 しかし、いざ自分の番が回って来た日に、運悪く体調を崩した。

 それが悔しくて、無理をして深夜のブリッジにやって来た。

 だがそうした結果、却ってレスターの期待を裏切り、彼の手を煩わせ、余計な心配をかけてしまった。

 ブリッジに来た時のレスターの喜びようを考えれば、どれだけ自分が彼に必要とされ、期待されていたかは想像に難くない。

(それをぬか喜びさせて、心配かけて、それでこんなことまでさせて…)

 ニーズに応えられないということは、プロフェッショナルとして失格だということ。フォルテの今回の行動は、まさしくそれであった。

(これじゃあ立つ瀬無いじゃないか。まったく情けない。何やってんだ! あたしは……)

 フォルテの心は後悔と焦燥と、そして自分自身に対する憤りで満ちていた。

 体重を受け止めているレスターの逞しい胸と、体を抱き留めている彼の豪奢な両腕から伝わる温もりが、自分にはもったいない、身分不相応なものに感じられた。 

 その温かさに甘え、沈みそうになる自分にイライラした。

(恩に報いるどころか、仇で返してるじゃないか! くそぉ…っ!!)

 どうしても今ここで、すぐに感謝を示したかった。

 この気持ちを伝えるには、言葉では足りない。今の自分では行動で示すこともままならない。

 それならば……

「もういい、部屋まで送ろう。いや、医務室の方が良いか…?」

「…いっ、やだ……まだ、待って…」

「なぜそんなに意地を張るんだ、これは義務ではないのだぞ? それにどうせ…」

「副司令!!」

 精一杯声を振り絞って、叫ぶように言った。

「?」

 突然の呼びかけに、レスターは驚いて目を丸くした。

 その刹那、

「んっ……」

 不意に近付いて来た、フォルテの顔。

「!?」

 不意にレスターの口に押し当てられた、温かな感触。

 しばし、刻(とき)が止まった気がした。

 それは、永遠とも一瞬とも感じられる沈黙だった――

 やがて湿った音を立て、口唇が離れた。

 それと同時に、フォルテの気は遠くなっていった。

 視界が徐々にフェードアウトし、闇に浸食されてゆく。

 

あぁ、そうだったのか…

 

 霞んで行く意識の中で、フォルテは悟った。

 

あたしは、副司令のこと…

 

 こんな時になって、ようやっと気が付いた。

 

好きに、なってたんだ…

 

 そう考えれば辻褄が合う、なぜ自分はこんなにも焦っていたのか。

 自分に向かって、普段は言わない弱音を吐いたレスターに、人間臭い魅力を感じた。

 そして自分の弱さを叱ってくれたレスターに、心惹かれた。

 だから、すぐに感謝の気持ちを伝えたかった。

 だから、目前のチャンスに目がくらんで我慢できず、よせば良いのに無理をして、ブリッジへ会いに行った。

 だから、不可抗力とはいえ抱きしめてもらったことに、欣びを感じてしまった。

 だから……キスした。

 

でも、まだ…

 

 フォルテは何もしていない。レスターに想いを伝えることも。そして本来の目的である仕事の手伝いも、何一つ果たせてはいなかった。

 

本当に情けないな、あたしは…せめて、一言だけ…

 

 フォルテは口を開きかけたが意識が朦朧として、声を出す気力も残っていなかった。

 ただ自分の名を繰り返し呼ぶレスターの声が、遠く聞こえるだけだった。

 やがてその声も耳に届かなくなり、フォルテは気を失った。

 未だ膠着状態の拝一刀タクトと、柳生列堂レスター。

(シュトーレン中尉とは、何も無かったとは言い難いな……)

 思い出しながら、レスターは恥ずかしくなって顔を紅潮させた。

 口唇が触れ合ったあの時の感覚が、リアルに甦る。

(だが待てよ…)

 タクトが怒っている理由以外に、新たに二つの疑問が浮かんだ。

(なぜシュトーレン中尉はあんなことを……まさか酒を飲んでいたのか?)

 酔っぱらいの中には、調子に乗って誰彼かまわずキスを迫る「キス魔」がいると言う。

(ありえん話では無い。それに、あの日の彼女は)

 顔が赤く、千鳥足。酔っているように見えなくもなかった。

(それに、次の日からは休暇という状況だったしな。自分の番だということを忘れ、呑んでいたという可能性もある)

 フォルテはほとんど何も言わないまま昏倒してしまったため、レスターは彼女の真意を伺い知ることができなかった。

 結局レスターは、フォルテとの一件を「酔った上での事故」だと断定した。彼女の気持ちは、微塵も伝わらなかったようである。

 そしてもう一つの疑問。

「お前、なぜ『クリムゾン・スマッシュ』を喰らって生きているんだ!? オルフェノクも一撃で葬り去る威力があるのだぞ!? いや、確かに見たぞ…お前が、あれを喰らって灰になる所を…じゃあ生き返ったのか!?」

 そんなものを親友に向けてためらい無くぶっ放した自分の責任を棚に上げ、レスターは目の前にカテゴリーKの如く立ちふさがっているタクトに質問した。

「んなこたぁどうでもいい…! 今俺が望むのは、お前の“死”のみだぁぁぁーー!!」

 おそらく、彼のことをよく知らない人が今のタクトを見て「あいつは争いごとが嫌いなんだ」と言われても、絶対信じないだろう。

 タクトはさらに力を込めて来た。

 真剣白刃取りの要領でタクトの刀を受け止めていた、レスターの合わさった両の掌に痛みが走り、紅い清流が流れ出した。もう限界に近い。

「ぐぐぐ……くそお!!」

 レスターは自分の体を後ろに倒し、タクトのみぞおちに足を当て、巴投げではね飛ばした。

「でえい!!」

「うお!?」

―ガッシャン!

 タクトは本棚に叩き付けられた。

 その衝撃で、ドサドサっと大量の書物が散乱した。

 レスターは素早く距離を取り、立って体勢を立て直した。

 投げ飛ばされたタクトも起き上がり、刀を上段に構え直す。

「やはりお前が怒るような理由は思い当たらんぞ!」

 フォルテとの一件はそれはそれで問題がある気はするが、タクトの恋人がミルフィーユであることを考えると、やはり彼の怒りには結びつかない。

(第一俺は桜葉少尉に何もしていないのだから、その時点で、冤罪を着せられているのでは…?)

「まったく手間のかかるヤツめ。いいだろう、教えてやる。これを聞いて納得して死ぬがいいさ!! ふはははは!!!」

 悪の大幹部みたいな高笑いをした後、タクトは語り出した。

 それがレスターを阿修羅の如く怒らせ、己に災いを呼ぶとも知らずに――

 

 

つづく

 

 

〜筆者より〜

餡蜜堂「やってもうたな…弟よ…」

ヒーロー「………」

餡蜜堂「今までのギャグか一気に相殺されてる気がしなくもないが…なんでぇフォルテになると、こんなに真面目モード全開のシリアスものになってんだ?」

ヒーロー「しょーがなかんべや〜(※群馬弁で「仕方がないだろう」の意)。おめーが最初に言ったんじゃねえか、レスターにあてがうならフォルテはんが最適だと」

餡蜜堂「まぁ、前のがやりすぎだとしたら…コレはヤッテしまっただよぉ〜。ふんがぁー!(崩壊)」

ヒーロー「おめーが何にもしねーから俺一人で書いてたら、こんなんなったんだ! おめーがやったのは、序盤でしつこく引っ張る猿ネタだけじゃねえか」

餡蜜堂「何はともあれ、次はGAの眼鏡っ娘の登場じゃい」

ヒーロー「あ、そうそう。本文の中の『斗い』は『闘い』、『泪』は『涙』、『口唇』は『唇』、『欣び』は『喜び』なのでよろしく。誤字ではなくて、分かっててやりましたから。まぁ、特にどんな意図があるってわけでもないんだけど」

餡蜜堂「『泪』と聴いて、『酒と泪と男と女』が浮かんだあっしはいったい…肴はあぶったイカでイイ〜♪」

ヒーロー「それは八代亜紀の『舟唄』だろぉぉぉがああああぁぁぁーーー!!!」

餡蜜堂「あ、分かってて唄ってたから」

 

 さぁ気を取り直して(?)パロディネタの解説をば。

MSKテキストシリーズ特別編 女の子が喜ぶ映画パーフェクトガイド 初春狸御殿』から『MISSING ACE』まで〜」

 

○『初春狸御殿』に関しては解説がめんどいので割愛。おじいちゃんかおばあちゃんあたりに訊いてみて欲しい。たぶん市川雷蔵とか若尾文子とか水谷良重とか名前出せば分かってくれると思う。

○『MISSING ACE』は映画『仮面ライダー剣(ブレイド) MISSING ACE』(04年、石田秀範監督)からアルファベットのトコだけ取った。筆者はこの劇場版は未見だが、TVシリーズはめちゃハマった。

 この『剣』、どことなく『仮面ライダー龍綺』の焼き直しのような設定(カードを使って技を繰り出す、最後の一体まで闘うバトルファイト等)と、パッとしない前半の展開が響いたのか、同時期に放映されていた『特捜戦隊デカレンジャー』と比べると、あまり話題に上らなかったのが残念だった。

 しかしシリーズ後半、メインライターが『十二国紀』や『鋼の錬金術師』を手がけた曾川 昇(あいかわ しょう)氏に交代してからは、前半のテンションの低さを相殺するかの如く面白くなって来るのだ!! 過酷な運命に立ち向かう仮面ライダー4人のドラマを、力強いシナリオで描ききった彼の功績は非常に大きい(『LEFT EYES・2』でもちょっと書いたが、曾川氏は筆者に多大なる影響を与えた、筆者にとっては尊敬すべき御仁)。

 『仮面ライダー剣』、是非ともビデオやDVDで見て、再評価して欲しい作品である。(……なんだか気が付いたら『剣』のことばっかり書いてるなぁ。

レスターの必殺技『クリムゾン・スマッシュ』

 

○これは『仮面ライダー555』(03年)にて、主役ライダー・ファイズが使う必殺技。どんな技なのかは、本文に書いてある通り(苦笑)

ヒーロー村田