「ちょっとまってください!」

「? なんでしょう」

「討ち入るまで二日間も開いていますが…?」

「ああ、それですか… じゃぁ、二日間、どうして開いてしまったのか? 理由をお話しましょう」

 

HI-EXPLOSION 6.5話

「網走番外地・天使変」

 

○二日前の朝

「はぁ……」

 補給物資の確認などの大まかな仕事を、一通り済ませたレスターは自室に戻り、ため息をついた。

「これだけの量を、今から処理するのか…」

 机の上に山積されている書類を見ると、ゲンナリする。

「はぁ……」

 二度目の、ため息。

 これから休暇中、ずっとこの書類の山に向き合わなくてはならないという気の重さもあったが、何よりもレスターの自尊心を傷つけたのは

「結局、タクトのバカが下した命令に従う形になってしまった……」

 ということであった。

 

《…お前どーせ予定なんて無いんだろ? ちょうど良いじゃないか、部屋に籠もって書類整理でもやってろ。これは命令だ、クールダラス副司令!…》

 

 思い返しただけでも腹が立つ、屈辱的なタクトの言葉。

 実際休暇の間に何をしようという予定も計画も無く、仕事を片付けるくらいだとは思っていたが、いざ言われてみると、反発を覚える。

 そして、それを実行してしまう自分自身が情けなくなる。

(シュトーレン中尉には、期待していたんだが…)

 昨日手伝い当番のハズだったフォルテも、体調を崩していて―――

「いやいやいやいやいや!」

 そこまで考えて、レスターはブンブン首を振った。

「あ、あれは…事故だ、事故!」

 頭の中で、あの不意打ちのようなキスシーンがリフレインされた。触れ合った口唇の温かな感触が、未だ鮮明に甦ってくる。

(あれから彼女は、大丈夫だったのだろうか…?)

 フォルテが気を失った後、レスターは彼女の身体を抱きかかえ、医務室へと連れて行った。

 二、三日ゆっくり寝ていれば問題無いとのことだが、レスターはそれを知らない。

 ケーラに「病人相手に何やってたの?」と尋ねられたレスターは、気恥ずかしくなってうやむやに言葉を濁した。

 そしてさっさと医務室を後にし、逃げるように書類を抱えて自室に籠もったものである。

「き、きっと彼女は、熱のせいで頭がボーっとしていたんだ。きっとそうだ!」

 レスターは自らに言い聞かせるように、大声で独り言を言って、作業を開始しようとした。

「よし、始めるか」

 と、イスに腰をおろしたその時、来客を告げるブザーが鳴った。

「……誰だ?」

 レスターはドアの方へと歩み寄った。

―プシュッ。

「あ、おはようございます副司令!」

 ドアが開いた先には、ミルフィーユが立っていた。

「あぁ、桜葉少尉、君か…」

 尋ねながら、レスターは思わずまじまじとミルフィーユの姿を見た。

 彼女がいつもの軍服姿ではなく、ライトグリーンのワンピースに身を包み、頭のカチューシャも外された、見慣れない装いだったからだ。

 左腕には腕時計をして、クリーム色のトートバッグを持っている。いわゆる“よそ行き”の格好であることは明らかであった。

 恐らく、タクトとのデートに向けてのファッションであると見て間違い無い。

「何か用か?」

「今日のお手伝い、私の番なんですけど…」

 五人一回りしたので、今日は最初に戻ってミルフィーユの番である。

「いや、結構だ」

 レスターは掌をミルフィーユの顔の前に出し、言葉を遮った。

「他のメンバーにも伝えてくれ。もう俺の残業の手伝いは要らんとな」

「えっ、いいんですか?」

「ああ。いいんだ」

 レスターは眉をひくつかせながら頷いた。

 どうせ手伝ってもらっても、却って逆効果になることは経験済みである。

「それに、今日から休みだ。俺の手伝いなどするより、ゆっくり休暇を満喫した方が良い」

「はぁ」

「みんなそれぞれ予定があるのだろう? 俺には無いからな。一人で書類の整理でもやっているさ」

「でも…」

 ミルフィーユはやや煮え切らない様子で食い下がる。

 そこでレスターは一言。

「タクトの奴、君と一緒に過ごす休暇の予定を、かなり熱心に考えていたぞ」

「ふぇっ!?」

―かああああぁぁぁぁ……

 ミルフィーユは一瞬驚いた表情を見せると、みるみる内に頬を赤く染めていった。

「タ、タクトさんが…そんなに……?」

「ああ、『好きな女の子と観る映画選びは死活問題なんだぞ!!』とか言ってな、ガイドブックらしきものを食い入るように読んでいた。よほど楽しみらしい」

「そ、そすか……

 ますます顔を赤くさせて、ミルフィーユはうつむいた。声が徐々に小さくなり、最後の方は聞き取れなかった。

 タクトが自分のために一生懸命になってくれているという嬉しさと、それをレスターに知られているという恥ずかしさが、同時に去来したらしい。

 レスターは、はにかんでいるミルフィーユを後押しすべく、命令するような口調で言った。

「君の任務は二つだ。一つは手伝いの免除を他のメンバーに連絡すること。そしてもう一つは、俺のことなど気にせず、タクトと一週間の休暇を満喫することだ、桜葉少尉!」

 そのタクトは、今頃灰になっているのだが。レスター自身の手によって。

「わ、分かりました! 失礼します!」

 ミルフィーユは敬礼し、走るようにしてその場を後にした。

 三歩の間隔でつまずきかけている様子から、照れているのが良く分かった。

「みんなによろしく伝えてくれ」

 レスターは手を振り、初々しいミルフィーユの後姿を見送った。

「ふう…」

 ミルフィーユを見送った後、イスに座り直したレスターの心に、罪悪感が襲って来た。

「きっと、哀しむだろうな、桜葉少尉は…」

 彼女のはにかむ様子を見たら、タクトがデートの計画を練るために、自分に仕事を押しつけたなどとは言えなかった。

 ましてや自分がそれに激怒し、タクトを必殺技で灰にしたなどとはとても。

「俺は、何ということをしてしまったんだ…」

 やがて無垢な天使が迎えるであろう、あまりにも哀しい結末を思うと、レスターの胸は締め付けられるように苦しくなった。

 

「さてと。それはそれとして、仕事だ仕事」

 苦しさを三分で乗り越えたレスターは、書類との格闘を開始した。

○これより少し前のこと。

「マイヤーズ司令、失礼しまーす……って、あれ?」

「ドアが開いてる…入りますよ〜?」

 オペレーターの二人・アルモとココが、報告書を携え、司令官室を訪れていた。

「あれ? マイヤーズ司令いないのかな?」

 二人は部屋に入って辺りを見渡したが、肝心のタクトの姿が無かった。

「ドアが開いてるのに……不用心だね」

「あれ、何これ? ココ、ちょっと見て」

 アルモが床に撒かれていた灰に気付いた。

「何だろこの灰みたいなの」

「これは……」

 ココはしゃがんでその灰をすくった。

 それは、まるで砂のように彼女の手の中からこぼれていった。

「もしかして…」

 ココの眼鏡がキラリと光った。

「ひょっとすると、マイヤーズ司令かも……」

「えぇ!?」

 アルモが仰天した。

「本で読んだことがあるわ。先文明EDENの時代、異形の怪物『オルフェノク』から人類を救うため、勇敢に戦った戦士の話を…」

 ココはぽつぽつと語り出した。

 その戦士とやらはかなりのひねくれ者で、しかも極度の猫舌であったらしい。

「それとこの灰と何の関係が?」

「その戦士…『ファイズ』と呼ばれてたんだけどね…の必殺技『クリムゾン・スマッシュ』は、オルフェノクを一撃で葬り去る威力があって」

 ちなみに、その戦士には似たような姿の『カイザ』とか『デルタ』とか『サイガ』とか『オーガ』とかいう仲間も居たのだとか。

「それで何? 回りくどいこと言わないで早く教えてよ!」

 アルモは焦れてきて、ココをはやした。

「つまりはそれを喰らうと、灰になっちゃうの」

「あ〜なるほど。どうりで部屋にいないわけね」

 アルモはココが告げた結論に、ポンと手を打って納得した。

 何だか言ってることがオカしい。

「でもどうするの? このまま死んでたら、報告書読んでもらえないよ?」

 アルモは積もっている灰を指さした。人ひとり死んでいるというのに慌てもせず、さらに危惧するべき所が間違っている。

「う〜ん、そうだね……あっそうだ!」

 ココは名案が浮かんだらしく、ポケットをゴソゴソと探った。

「あったあった。これだもん」

 ココが取り出したのは、一枚の写真。

「何それ?」

 アルモはそれを手に取って見てみた。

 

―ミルフィーユが熱い鍋を触って、条件反射で耳たぶに手をやっている瞬間―

 

「……こんなんで良いの? てゆーかどうやってこんな写真を入手したの」

「まぁいいじゃないそんなこと」

 アルモの追求を軽く流すと、ココは灰を一ヶ所に集めた。

「よ〜し、あとはこの写真を…」

 灰の山の頂に落とす。

―ヒラヒラヒラ……バシッ!

 写真が灰に落ちる直前、突如として灰の一部が寄り集まり、人間の手を形成して、落ちてきた写真を掴んだ。

「きゃぁ!」

 アルモが驚いて飛び退く。至極当然のリアクションだ。灰からいきなり人間の手が生えてきたら、そりゃ驚くだろう。

―モゾモゾモゾ…

 灰は急速に腕、肩、頭部、胴体、腰と人間の身体を上から順に形作って行く。

「あわわわわわわ…」

 アルモは腰を抜かしていた。目の前で繰り広げられる、ホラー映画さながらの蘇生劇は、我が目を疑う不気味さであった。

「ふぅ〜、助かったよ。ココ」

 やがて完全に再生を終えたその人物は爽やかに前髪を掻き上げると、ココに礼を言った。右手には、しっかりとミルフィーユの写真が握られている。

「どういたしまして、マイヤーズ司令」

 ココは至って落ち着いた様子で、笑顔を浮かべて会釈した。

「え? えっ、何これ!? どーゆーこと!?」

 アルモは状況に着いて行けず、二人に説明を求めた。

 人間が生き返る様子など、映画やTVでなら、特撮やCGで見かけたことはあるが、ついさっきのタクトの再生は、テレビでもスクリーンでもない目の前で行われた、ライブアクションだった。

「ん〜つまり、愛、だよ」

 ココはやや投げやりな言い方で答えた。

「はっはっは、俺は愛する者のためならば、何度でも蘇るのさ!!」

 タクトが得意げに笑う。

「はぁ…」

 アルモは頭上8cmの所に「?」マークを浮かべて、曖昧にうなずいた。

 『愛する者のためならば、何度でも蘇る』。字面だけ見るとなんだかロマンチックな感じがしなくもないが、いざ本当に蘇生されてみると、グロテスクなこと著しい。

「で、何か用かい? 俺はこれから用事があるから、手短に頼むよ」

 先程までの、この世のものとは思えないような出来事が無かったかのように、タクトはにこやかな表情で尋ねた。

 しっかりと、ミルフィーユの写真はポッケにしまっている。

「ええ、この報告書、お願いします。目を通しておいてください」

 ココは書類を手渡した。

「ああ、分かったよ」

「必ず、ご自分で、読んでくださいね。クールダラス副司令に任せずに、絶対に、確実に、ご・自・分・で!!」

 『自分』という部分を強調し、アルモが念を押した。

「? う、うん。分かった」

「絶対ですからね! それじゃ、失礼します」

 しつこく念を押し、アルモとココは司令官室を去って行った。

「じゃあね〜」

 タクトは二人を見送った後、報告書を手にした。

「何だろう? これ」

 表紙を見ようとしたその時。

「タクトさ〜ん!」

「あっ、ミルフィー」

 ほとんど入れ違いに、手を振りながらミルフィーユがやって来た。走ったせいで顔がやや赤くなっており、息も上がっている。

「あっ、ごめん! まだ支度できてないんだ。すぐ済ますから、ちょっと待ってて!」

 タクトはさっきまで死んでいたので、外出の準備をする時間が無かった。

「はい……待って、ま、す…」

 ミルフィーユは立ち止まると膝の上に手を置き、荒い息を整えながら返事をした。

 タクトは机の上に報告書を投げると、部屋の奥へ行き、着替えを始めた。

 報告書の内容が少し気にはなったが、

(まぁいっか、後で軽〜く読んでおけば。どうせそんな大したことは書いてないだろうし。それよりも、ミルフィーとデートだ〜い♪)

 タクトの中での優先順位TOP1は、森羅万象花鳥風月全てを押さえ、『ミルフィーユ』なのである。

 頭の中で、恋人と過ごす楽しい休暇の図が、浮かんでは消えて行く。

 報告書のことは、それきりド忘れしてしまった。

そうしてふたりは、デート初日の日程『映画館巡り』を終え、夕食を食べるために、エルシオールに帰った――

 仲良く腕を組む、一組の男女。

 その男女が恋人同士であることは、エルシオール内では有名なこと。

 楽しそうに語らう二人の表情は、はたから見ても微笑ましい。

 男の方は、アロハシャツにジーンズ姿。女の方は、ライトグリーンのワンピースを着て、トートバッグを左手に提げている。

「いや〜映画楽しかったね、ミルフィー」

「はい、とっても! ありがとうございますタクトさん!」

 夕方、エルシオールの食堂。

 デートから帰ってきたタクトとミルフィーユは、夕食を取るべく、食堂へと足を運んだ。

「……お帰りなさい。ミルフィーさん、タクトさん…」

「あ、バカップルのお帰りね。おーい、こっちこっち!」

 そこには先に、蘭花とヴァニラの二人が来ていた。

「やあ二人とも、ただいま」

「ただいま〜」

 タクトとミルフィーユも、二人と同じテーブルに腰掛けた。

「あれ? フォルテとミントは? 姿が見えないけど」

 タクトはキョロキョロと辺りを見渡して尋ねた。

「…フォルテさんは、体調を崩されて、医務室でお休みになっています……」

 ヴァニラが静かな声で答える。

「え、大丈夫なのかい?」

「…ケーラ先生は、二、三日寝ていれば問題無いとおっしゃっていました…」

「そっか。ミントは?」

「それが、部屋に引き籠もって全く出てこないのよ…映画館の出入口で倒れてた日からずっとね」

 蘭花が眉根を寄せて、心配そうに言った。

「…ミントさんの部屋の近くに行くと、大きな笑い声がします…」

「ふ〜ん。せっかくの休暇だってのに、災難だな、フォルテもミントも」

 タクトは呑気な口調でつぶやいた。

「良く言うわよ!」

―ビシッ

「あいたっ!」

 タクトの額に、蘭花の強烈な中指が炸裂した。

 スイカをも一撃で破砕する、必殺のデコピンである。

「いってぇ〜、何するんだよ蘭花ぁ〜」

 タクトは思わず眦(まなじり)に泪を浮かべ、情けない声を出した。

 あまり手加減が感じられない威力に、額のヒットした箇所が赤くなった。

「何するんだじゃなーい! 二人もそうだけど、もっと災難なのは副司令よ! あんたが仕事さぼったツケを、みーんな背負い込んでるんだから」

 蘭花はきつい口調でそう言うと、テーブルに置いてあった、ボコボコと泡立ちながら赤い湯気を上げている麻婆豆腐に、大量のラー油をかけた。

 乱暴な手つきが、彼女の今の心理を良く表している。

「う゛っ」

「……せめて最低限のお仕事はして下さい…課せられたノルマをこなさずに、他人に押しつけるのは問題です……」

 ヴァニラがたたみかける。じっと目を見つめられて、タクトは何とも言えぬプレッシャーを感じた。

「う゛う゛っ」

「副司令は、頭痛と肩こりに悩まされていました…毎日の残業がこたえたようです……」

 さらにヴァニラはたたみかける。その紅い瞳には、13歳の少女には不釣り合いなほどの迫力があった。

「う゛う゛う゛っ」

 タクトは反論できない。自分が、仕事を全てレスターに押しつけているのは事実だからだ。

「ミ、ミルフィ〜…」

 タクトはすがるようにして、恋人のミルフィーユに加勢を求めた。

 だが頼りの恋人も険しい表情で

「副司令、自分でお仕事ぜ〜んぶやるから、君たちは休暇を満喫してくれって言ったんですよ。感謝しなきゃダメです!」

 タクトを叱責した。

「う゛う゛う゛う゛っ」

 まさに孤立無援の四面楚歌状態。

「自分の休暇を返上して仕事に打ち込むなんて、どっかのバカ司令官も見習って欲しいわね!」

 蘭花のトゲのある言葉がグサグサと突き刺さる。

「…お手伝いも、断られました…私たちのために…ご自分を、犠牲に…」

「ん? お手伝い? 何それ?」

 タクトはヴァニラの発言に食いついた。その思い切り慌てている様子から、話を別方向へ逸らそうという魂胆が見え見えであった。

「私たち、一人ずつみんなで交代して、副司令の残業のお手伝いをしてたんですよ」

 ミルフィーユが答える。

「そうそう。でも、今日からは休暇だから、もう手伝いはいいって」

 蘭花が言葉をつなげた。

 レスターが断った理由とは本当の所、手伝ったら却って逆効果になるからなのだが。

「へぇ、そうなんだ。しっかしレスターの奴め、エンジェル隊に残業手伝ってもらえるなんて羨ましいなぁ〜」

 タクトはへらへらと笑う。

「そう思うならちゃんと仕事しなさいよ!」

―ビシッ

 再び蘭花のデコピンがタクトの額を襲い、喰らった箇所が内出血で紫色になった。

「ぐわああ痛えぇぇ〜!」

 タクトは思わずのたうち回った。

「タクトさんには私がいるじゃないですかぁ〜。私ひとりじゃ不満なんですかぁ〜」

 なぜか涙目になっているミルフィーユ。

「…神の裁きです…」

 そして手を組んで祈っているヴァニラ。

「何するんだ蘭花! 俺がサボったおかげで、レスターは良い思いができたんだぞ。君たちに手伝ってもらえると云う特典が付いてきたんじゃないか」

 タクトは額を押さえて言い訳する。

 デコピンによって脳細胞が破壊されたのか、理屈が無茶苦茶だ。

 蘭花はさらに、

「屁理屈をこねるなぁー! いい? あんたがミルフィーとイチャついてられるのは、副司令が、休暇返上であんたの分まで仕事がんばってるおかげなんだからね! そこんとこ忘れないでよ!!」

 タクトをビシッと指さし、強い口調で言い放った。

「わ、分かった……グスン

 涙を拭いながら、タクトはうなずいた。

「それにしても、君たちが残業を手伝ったってことはさ、かなりはかどったんじゃない?」

 しばらく土産話に華を咲かせた後、タクトは水を飲んでいたコップをテーブルに置き、話題を切り出した。

「「えっ!?」」

 ミルフィーユと蘭花は虚を突かれたように顔を見合わせた。

「「そ、それは〜、その……」」

 二人は曖昧に言葉を濁す。

 タクトは不審に思い、尋ねた。

「ミルフィー?」

「ほぇ!? あ、そ、そのぉ……」

 ミルフィーユは言葉に詰まった。

(言えない……お仕事ほとんどしないまま、お弁当食べてすぐ寝ちゃったなんて言えないよぉ〜)

 それきり黙り、俯いてしまった。

 ミルフィーユの様子を見たタクトは、質問のターゲットを移した。

「蘭花?」

「え!? わ、私!? あ、あれは…えぇ〜っと…」

 蘭花は目を泳がせた。

(言えないわ……肩もみしてたら、クシャミした拍子に肩を外しちゃったなんて、言えるわけないじゃない!)

 そっぽを向いてしまった蘭花からの返答を待つことができず、タクトはヴァニラに尋ねた。

「ヴァニラ?」

「…………」

 ヴァニラはしばらく沈思した。

 優しく頭を撫でてくれた、レスターの大きくて温かい手の感触が思い出される。

 

《…ストイックなのは結構だが、あまり自分を責めるな。自尊心の無い者は、成長することもできんぞ…》

 

 頭を撫でてもらった記憶と、その時の穏やかなレスターの言葉は、ヴァニラの心をも優しく温めた。

「…………」

 恥ずかしそうに視線を下に落とし、そのまま黙り込んでしまった。

「どうしたんだ? みんなだんまりしちゃって」

 タクトは訝しげに言った。

 ほんの軽い気持ちから出た質問が、なぜこれほどまでに彼女たちの心をかき乱したのか。

 今のタクトには遺憾ながら、その疑問に答えを与える明が欠けていた。

 

「そ、それよりもさ!」

 蘭花が突然、話題転換に走った。

 やや声がうわずっている辺り、焦りを感じているのがよく分かる。

「私思うんだけどね…」

「な、なになに蘭花?」

 ミルフィーユもノってきた。どうやら彼女も、手伝いについては言及されたくないようだ。

「?」

 タクトは依然、疑問符を浮かべたままだったが。

(みんなが言いたくないならいっか)

 生来のお気楽性を発揮し、蘭花の話題にノることにした。

「…フォルテさんて、副司令とデキてると思うのよ」

 蘭花の口から出た意外な仮説に、タクトは思わず

「えぇっ、そりゃ本当か蘭花!!」

 バンとテーブルを叩き、身を乗り出して迫った。

「え!? あ、あ〜〜、うん」

 蘭花は驚いて一瞬身を震わせると、恐る恐るうなずいた。

「詳しく聞かせてくれないか?」

 タクトは椅子に座り直し、説明を求めた。

「うん。実はね、この間…」

 タクトの真剣な追求に気圧された蘭花は、フォルテが、何かを話そうとしたミントの呼吸をふさぎ、半殺しにした『てへっ★』事件の一部始終を話した。

「…まぁ、真相を知っているであろうミントから話を訊けない以上、憶測の域を出てないんだけど、フォルテさんのあの慌てようから考えると、恐らく間違いないわ」

「そうなのか。レスターが、フォルテと…」

 タクトは腕を組んで天を仰ぐと、感慨深げにつぶやいた。

(似てるもんな。あの人と、フォルテは……)

 淡い記憶が、脳裏をかすめる。

 学生時代。レスターが唯一心を許した、『特別』な女性。

 フォルテはその女性に、どこか似ている。

 そんな考えが頭の中を巡り、今度はタクトが黙り込んだ。

「副司令、女には興味無しって顔して、案外やるのね〜」

 蘭花が肩を竦めた。

「いや、あいつは…レスターは、根っからの女嫌いってわけじゃないんだ。ただちょっと、色々あって……」

 タクトは蘭花の言葉をやんわりと否定した。

 だが、その視線は彼女にではなく、どこか遠くへ向けられている。ほとんど独り言に近い。

 あの人への追憶。それがレスターを、女性から遠ざけた要因であることは、この銀河でただ一人、タクトしかあずかり知らぬことであった。

「ちょっと、それどーゆーこと?」

 すぐさま蘭花が聞き返した。

 この手の話題には、触角が敏感に反応するタイプなのである。

「ん? あ、いや」

 タクトは何でもないという風に手を振り、言葉を濁したが、

「教えなさいよ。気になるじゃない!」

 先程とは逆に、今度は蘭花が身を乗り出して、タクトに詰め寄った。

「私も聞きたいです〜」

「えぇ〜?」

 ミルフィーユにもせがまれ、タクトは渋面を浮かべながら後頭部を掻いた。

「う〜む。まあ何というか、アレだよ……」

 顎に手をやり、たどたどしく言葉を発する。

「アレって?」

「それは〜、つまり…」

 タクトは左手の人差し指を立て、指先で円を描くように回した。

 頭の中の記憶という情報を、言葉に変換・構築してゆく。

 知らず知らずの内に、表情が真剣味を帯びて行った。

 

『レスター、お前は…』

『絶対、誰にも言うな。言ったら、殺す……!!』

 

 悔恨と憤怒に歪んだあの時のレスターの表情は、今も忘れられない。

「…誰かを、何かを嫌いになるのには、必ずそれなりの理由がある……ってことじゃ、だめかな?」

 しばらく考えた後、タクトは口を開いた。

「?」

 遠回しな言い方に、蘭花は首をかしげる。

「なんですかそれ? よく分かりませんよ〜」

 ミルフィーユが不満げに追求してきた。

「んん〜〜弱ったなぁ。口止めされてるんだよ、あいつから」

 タクトは困ったように頭をガシガシと掻く。

 その様子を見た蘭花は

「…まぁ、どうしても言いたくないなら、別にいいわ」

 サラリと髪を掻き上げると、イスから立ち上がった。

 いつも「レスターは人妻好きだ」とか「眼鏡の女教師が好き」だとかふざけているタクトが、口をつぐんでしまうこと。

 それは恐らく、他人が触れてはならないことなのだろう。

 蘭花は、人の心に強引に踏み込むようなことができる人間ではなかった。

「え? 蘭花は聞きたくないの?」

「う〜ん、なんか興味無くなっちゃった。私、部屋に戻るわ。じゃあね」

 蘭花は食堂を後にした。

「…私も、失礼します…」

 ヴァニラも軽く会釈をして、部屋へと戻っていった。

―その翌日

 ア゛―ア゛―と、カラスがうるさく鳴いている。

 チャルメラと豆腐屋のラッパの音が、遠くで鳴り響いている。

 つい先程まで夕日に紅く染まっていた空も、ダークブルーの夜気に呑み込まれようとしていた。

「タクトさぁ〜ん、ここ何処なんですかぁ〜?」

 ミルフィーユが涙目になり、掴んでいたタクトの腕をギュっと握りしめた。

 タクトは弱気になっている彼女を慰めるべく、明るい声で言った。

「大丈夫だよ……? 平気さ!」

「うわぁ〜ん! 『?』なんてつけないでくださいよ〜」

 この日二人は、『惑星マルローの魁☆森林浴ツアァァァァァーーー!!!』に参加していた。

 しかし、途中で何故かガイドとはぐれ、深い深い樹海に迷い込んでしまったのだ。

「うっ…ぐすっ……ごめんなさい。私の、私の運のせいで…こんなことに…」

 瘧(おこり)のように震え、しゃくり上げながら、ミルフィーユはタクトに謝罪した。

「泣かないでミルフィー。もし君の運が作用してるんなら、今度はラッキーが訪れる番じゃないか。きっと助かるさ!」

 ミルフィーユの眦に溢れ出した涙を親指で拭いながら、タクトは励ます。しかし、彼の胸中には

(ここ、さっきも通らなかったっけ?)

 という、迷子になった時の王道とも言える感覚が去来していた。ミルフィーユを不安がらせてしまうので、口に出しては言わないが。

 そうこうしている内にすっかり暗くなり、二人は立ち往生してしまった。

 かなりの軽装だったので、食べ物などの持ち合わせも皆無だった。

 仕方なくタクトは火をおこし、二人はたき火にあたった。

 だが夜の冷気は、二人の体温を容赦無く奪っていった。

「なんだか、寒くなってきちゃいました…」

 タクトの右隣に座っていたミルフィーユが自分の肩を抱き、寄りかかるようにして体を密着させてきた。

「ミ、ミルフィー!?」

 『寒い』と言うミルフィーユとは対照的に、タクトの体温は上昇した。

「タクトさん、私たち、本当に……」

 ゆらゆらと揺れる炎を瞳に映し、ミルフィーユは呟いた。

 彼女の横顔はたき火の紅い光で照らされ、濃い陰影が形作られている。

「助かるんでしょうか?」

 焦ったタクトは、必死でミルフィーユを励ました。

「だから大丈夫だって。弱気になるなんて、ミルフィーらしくないよ?」

「でも、でも…!」

 暗い樹海に、出口も分からずに閉じ込められ、17歳の少女が不安にならないわけがなかった。

 両手で顔を覆って俯き、瘧のように震える。

 時折嗚咽を漏らし、何度もしゃくり上げるミルフィーユの姿が、タクトの心には痛かった。

「………」

 タクトは優しく彼女の肩に腕を回し、そっと抱き寄せた。

「あ……っ」

 驚いたミルフィーユは条件反射でタクトの顔を見上げる。

「きっと、いや絶対に助かる。俺たちにはまだやりたいこと、やらなきゃならないことがたくさんあるんだ。それをさせずに人生終わらせるほど、神様は嫌なやつじゃないと思う」

「タクトさん……」

「だから泣かないで。幸運の女神がそんな顔してたら、ますます運が逃げちゃうよ? それに何より、見てる俺の方がつらくなっちゃうからね」

 優しく真摯な、タクトの声。

 その声は、どんな時にもミルフィーユを励まし、慰め、元気をくれる、魔法の旋律。

「だからもう泣かないで。な?」

「はい…分かりました。私、もう泣きません!」

「うん、その意気その意気!」

 ミルフィーユの心は、春の陽気に当てられたように、暖かく温もった。

 それからしばらく、タクトとミルフィーユは寄り添っていた。

 たき火は既に消えかかっていたが、もはや今の二人に、暖をとる必要は無かった。

 

 ふと、近くの木から大勢の鳥たちが飛び立った。

―バサバサバサバサッ!

「きゃあ!」

 急に大きな音がして驚いたミルフィーユは、咄嗟にタクトの体に抱きついた。

 服を、縋るようにギュっと掴む。

 タクトは宥めるようにそっと、震える少女を抱きしめた。

「…もう遠くへ行っちゃったよ」

 タクトの呼びかけに、ミルフィーユは顔を上げた。

 そして自分の状況を確認すると、急に顔が火照ってきた。

 黙り込み、俯く。

 そんなミルフィーユの姿につられて、タクトも赤面した。

 木が密集して生い茂り、月明かりも地表には届かなかったが、紅潮した相手の顔は、暗闇でもはっきりと見えた。

 しばしの沈黙。

「タクトさん…」

 消え入りそうな小さい声で、ミルフィーユは恋人の名を呼び、その潤んだ瞳を閉じた。

 自分が、目の前の恋人に何を求められているのか。それを理解した時、タクトの心臓は早鐘のように鳴った。

 ドクンドクンという鼓動の音が、頭の中を満たす。

(良いのか!? 良いのか良いのか本当に良いのか!? ふ、ふふふ雰囲気に流されてないか!?)

 めまぐるしい葛藤。

 そうして。

「ミ、ミルフィー…」

 ゴクリと唾を飲み込み、タクトもそっと、目を閉じる。

 夜に沈んだ樹海の、不気味な程の静寂も、二人の想いを後押ししているかのようだった。

 徐々に、互いの顔が近付いてゆく。

 それはゆっくりと、焦れったい程に長い時間を掛けながら…。

 柔らかい部分同士が、重なる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・直前。

―ガサガサッ!!

 突如沈黙を破った、不審な物音。

「タ、タクトさん! 後ろ!!」

「え?」

ギギェアァー!!

 突如奥の茂みから、悪の秘密結社デストロンの怪人・ジシャクイノシシが飛び出して来た。

『ふふふふ、今日こそ地獄に送ってやるぞ、仮面ライダーV3よ!!』

「何ィ? 俺は風見志郎じゃないぞ。タクト・マイヤーズだ!」

「タクトさん、怖いです…」

 ミルフィーユはタクトの背後に隠れ、おびえている。

『はーっはっはっは! そんな言い訳が通用すると思っているのか?』

「どうやら話の通じる相手じゃなさそうだ。こんなとこで死ぬわけにはいかない! 下がっててミルフィー」

「タクトさん……」

「心配しないで、俺は必ず勝つから。ダイジョーブ!!」

 左手の親指を立てたサインは、勝利の約束。

「約束ですよ。絶対に、二人で一緒に、エルシオールに帰りましょうね!」

「ああ、約束だ!」

『ふふふ、今生の別れは済んだか? 行くぞ!!』

 猛烈な勢いでジシャクイノシシが突進して来た。

「おおっと!?」

 タクトはひらりとそれをかわす。

 猪の突進は直線的なので、引きつけて避ければどうということはない。

 ジシャクイノシシは怒って何度も突進するが、タクトにはかすりもしなかった。

(やつの弱点は、背中か!)

 攻撃をかわす内に、タクトは突進の際にガラ空きになる背中が弱点だと察知した。

「そうと分かれば、行くぜ!!」

 ドラグバイザーに、ココからもらったミルフィーユが熱(以下略)写真を装填する。

【    ファイナルベント    】

 タクトの契約モンスター・ドラグブラッカーが招来し、彼の身体を取り巻くように旋回した。

「はあああぁぁ……とあああーーーーー!!!」

 タクトは地を蹴って跳躍し、ドラグブラッカーと共に黒い炎に包まれながら、必殺技『ドラゴンライダーキック』を見舞った。

『グワアアアーーー!!』

―ドドーーン!

 タクトの強烈な蹴撃を、弱点の背中に喰らったジシャクイノシシの身体は、木っ端微塵に爆ぜて吹き飛んだ。凄いよ大野剣友会!! ………違うか、JAEだ(意味不明)。

 こうして、予定外の出来事で散々な目に遭いながらも、二人はどうにか無事にエルシオールに帰ってこられた。

 

 長時間迷い歩き、さらにジシャクイノシシとの戦闘によって疲労がピークに達していたタクトは、床に着くとすぐに泥のように眠ってしまった。

― 丑三つ時

「……うぅ……クマァ…シロ…クマァァア……いや、クマ…? クマじゃない……も、もず……もずく…だぁ!!」

 タクトは訳の分からない寝言を言いつつ、喜怒哀楽のめまぐるしい変化を、あからさまに顔に出しながら寝ていた。

 彼は一体、どんな夢を見ているのだろうか。

(ここは…どこだ?)

 上も下も右も左も分からない場所に、タクトは居た。空気が絡み付くような感覚で、身体が思い通りに動かない。

 なんとなく、気分もふわふわしていて落ち着かない。

(俺は何処に行くんだろうか…)

 薄暗い水槽の中を彷徨っているかのような夢の世界。

「あぁ〜〜、気持ち良い……」

 感覚に慣れてきて平泳ぎなどしていると、何やら頭部に異物感を覚えた。

(何か、頭がムズムズするな…)

 タクトは頭に手をやってみる。

 すると。

(な、なんだ!? あああ頭につっ、角がはえてるよぉ!?)

 頭のてっぺんに雄々しく一本の角が生えていた。

(これは何かの暗示なのか…。 ただの悪夢なのか…。 例え夢でも…俺がそんな夢を見せられるわけにはいかない…!)

 タクトは全身に出来る限りのエネルギーをため込んだ。

(俺の居場所は…)

「うぉぉぉおおおおおおお!!」

 全身から紫色のエナジーがほとばしる。

(ミルフィーが居るところだぁぁぁああ!!)

 そして、野性を解き放った。

「断夢砲フォーメーション! やぁぁってやるぜ!!!」

 エナジーが角に収束され光線となって、闇を切り裂いた。

 周りの空間がガラスが割れるかのようにヒビが走り、崩壊してゆく。

 タクトは愛の心にて、悪しき空間を断った。

「ふっ…これこそ愛の勝利だ。ざまぁみやがれ」

 夢の世界が崩壊したと同時に、彼は眠りから覚醒した。上体を起こし、勝ち誇った笑みを浮かべる。

「勝利のポ−ズ……決めっ!」

 暗い部屋の中で、一人ポーズをとる姿は、誰がどんな風に見てもバカだとわかる。

 本当にコイツが司令官でよかったのだろうか。そんな疑問すら感じさせる、マヌケな図だった。

「フフフ……ん、なんだありゃ?」

 ふと、余韻に浸っていたタクトの視界に、机の上に置かれた報告書が入ってきた。

「そう言えば…アルモとココが持ってきたんだっけな…二日前くらいに」

 タクトは何となくその時のことを思い返す。

 

(必ず、司令が読んでくださいよ。絶対に! 確実に! アクティブに! ご自分で!!)

 

 アルモにしつこく念を押されたことを思い出した(一部記憶間違いがあるけど)。

「ん〜… レスターにやって貰いたいけど、あんな風に念を押されちゃなぁ…読んでみるか」

 タクトは頭をぼりぼり掻く。角が生えてないことを確認して、なんとなく安心する。

 あまり気が進まないようであった。渋々と報告書を手に取る。

「なになに、レスターの最近の不祥事? アイツは存在自体が不祥事みたいなもんじゃないか。レスターってヤツは、女の子にモテるのにそれを利用しないなんて…」

 ブツブツいいながら、内容を読み始めた。

「…」

 

―ピラ

 

「……」

 

―ピラ

 

「………」

 

―ガサッ!

 

「…………」

 

―ガサガサッ!

 

「………………」

 

―グシャグシャッ!!

 

 

 

「なっ…なんだってぇぇぇええ!!!」

 

 

 

 M○Rよろしく、一人で四人分の驚きをした。あのキバヤシの言葉に何回騙されたことか…。

「ようやくレスターも女の子に興味を持ち始めたか。でもなぁ、やって良いことと悪いことがあるんだぞ…!」

 全身の血が、怒りに沸騰してきた。

「こうなりゃ、この俺が出陣するしかないようだな… エルシオール500の民の(女の子の)ために!」

 暗い部屋の中で、握り拳をつくり再びポーズをとる。どことなく眼が若い頃の天知茂だ。

「しかし、いきなり仕掛けるのはまずいか…」

 いくら、史上まれに見る超ド級のバカであっても、この艦の司令官である。

 いったん怒りを押さえ、冷静になって考える。

「まずは被害者の話を聞いてみるか」

 タクトは、まず報告書の真偽を確かめることにした。

 

―ミルフィーユの部屋

「な、何にも無かったですよぉ〜。ただ、副司令のお仕事の手伝いをしてただけです」

 少々顔が引きつっている。無理に笑顔を作っているのが分かった。

 

―トレーニングルーム

「あ、あの時はさ、あれよ… マッサージしてあげてたの。それでちょっと力が入っちゃってね。あはは…」

 タクトとは目を合わせずに、遠くの方を見て苦笑いをしながら言った。

 

―ミントの部屋の前

「うふ、うふッ…イエハハハハハァアア〜……」

 部屋の前まで来ると、怪しく笑う声が聞こえた。

 恐らく彼女本人の声だろう。

 

―医務室への途中の通路

「訊かない方がいいかもな…ってか、報告書によると『いろいろ教えて貰った』って言ってたらしいしなぁ…」

 心理的にトラウマになっている可能性もあったので、聞こうにも聞けなかった…

 

―司令室

 報告書に同封されていた8mmビデオを再生してみる。

 そこに映っていたのは――

「……蘭花の言ってたことは本当だったのか。と、いうことは…」

 

レスターはフォルテとデキてる。

なのに他のメンバーに手を出した。

俺のミルフィーにまで。

浮気。そして不義密通!!!

 

「本人たちの口からそんなこと言えるわきゃないよな……ゆ、許せん!!」

 奥歯を、音が鳴るほどに噛み締める。

「あの野郎、鼻の穴にドタマ突っ込んで、奥歯ガタガタ言わせたる!!」

 タクトの胆は決まった

 靴音荒く、クジラルームへと向かう。

「あれ、タクトさん。どうかなさったんですか?」

 宇宙クジラのパートナー、クロミエ・クワルクが、タクトの突然の訪問に多少驚いた様子で尋ねた。

 彼の、いつもと変わらぬ微笑みは、タクトから発せられているドス黒いオーラに気付いていないのか。あるいは気付いているのにあえて笑っているのか。真偽のほどは定かでない。

「やぁクロミエ。実はお願いがあるんだ」

「エンジェル隊のみなさんのお気持ちを、宇宙クジラに聞いてみますか?」

「いや、聞かなくてももう知ってる」

「? そうですか…」

 クロミエは首を傾げた。

「動物や植物たちと遊びますか?」

「そうだなぁ……宇宙椿の花を、レスターにお見舞いに持って行ってやろう」

 ククククと含み笑いでタクトが言う。

「お見舞いに、宇宙椿ですか?」

 いよいよクロミエの表情が曇ってきた。

 宇宙椿は、咲いた後花びらが散らずにボトリと花が落ちるため、縁起が悪いとしてお見舞いに持って行ってはいけない花である。

 なぜそんな花を持って行くのか。

 そしてなぜ、今医務室で療養しているフォルテではなく、レスターなのか。

(タクトさんは、宇宙椿が縁起が悪いって、分かっているんだろうか…?)

 思わず腕を組んで考え込んでしまったクロミエに、タクトは明るく言った。

「はっはっはー、冗談だよクロミエ。そんな縁起の悪い花、持って行くわけないじゃないか」

「そ、そうですよね! あはは…」

「で、本題に入ろう」

「はい、何ですか?」

「この間クロミエが宇宙通販で買ってた、『赤穂四十七士なりきり変身セット』一人分貸してくれないかな?」

 『赤穂四十七士なりきり変身セット』。それは、かつて先文明EDENの時代に、あらゆる屈辱、艱難辛苦に耐え、主君の仇を討った伝説の英雄たちが、討ち入りの際に身に付けていた衣装や装備一式を、当時の技術で再現したコスチュームセットである。値段は157,50000GC(税込)。

「ああ、あれですか。申し訳ありません」

 クロミエは顎に手をやり、眉根を寄せて言った。

「えっ、無いの?」

「はい。実は……」

 クロミエの話はこうだった。

 タクトが来る数時間前。整備班のクレータが突然クジラルームへやって来た。

 何か用かと尋ねたら、『赤穂四十七士なりきり変身セット』を貸して欲しいと言われた。

「全部ですか?」

「そう、全部! 整備班のメンバーを総動員するのよ!」

「そんなに大人数で、何をなさるんですか」

 クロミエの問いかけに、クレータは拳を握りしめて答えた。

「目指すは怨敵ケーラ先生、ただ一人にござ〜い!!」

 それからぞろぞろと整備班のクルーがやって来て、クジラルームの中で討ち入りの準備を始めた。

―ドンドンドン!!

『誰だ!?』

『十次郎です!!』

『おお、入れ』

『その、腕の中の子は?』

『橋本さんのお子です』

『橋本? やつは脱落組であろう』

『違います!!』

『!?』

『橋本さんは…お体の具合がはかばかしくなく、一足お先にと……お内儀もろとも、見事に自刃して、果てられました……!!』

『………』

『オギャー! オギャー!!』

『…家の者に育てさせよう。丁度、女の子を欲しがっていたところだ……よしよし』

『〜〜〜〜っ!!』

―ガシッ!

『十次郎、早う支度をせい! 遅れたらどうする?』

『出来てます!!』

 十次郎とは何者か? 橋本さんとは誰なのか? エルシオールのクルーに妻子持ちがいるのか? カミさんと自刃ってあんた!

 その他にも疑問は尽きないが、とりあえずクロミエは、黙って傍観を決め込むことにした。

 その後、医務室へ討ち入った整備班四十七士の内、『音速の剣シルファリオン』を使ったケーラによって、四十六人が返り討ちに遭う。

 そして大石内蔵助クレータと吉良上野介ケーラが壮絶な一騎打ちを繰り広げたりするのだが……それはまた、別のお話である。

 ちなみに、この戦いの発端が『麻雀の負け分』にあることを知る者は、少ない。

「そうなのか。いろいろあるんだな、クレータ班長にも」

「そうみたいです。よく分かりませんけど」

「う〜ん困ったなぁ…あれが無いとなると…」

 何事も、まず形から入るのがタクト流。

 コスチュームが無いと、モチベーションも上がらない。

 タクトはいきなり出鼻をくじかれてしまった。

「あの、よかったらこれを代わりにして下さい」

 思案顔のタクトに、クロミエは別のコスチュームを差し出した。

「おお、これはこれは真っ白な着物で」

「はい、これは『死に装束』という、侍が最期の漢気をみせるための服なんだそうです。コレを着たら、立派な死に華が咲くんだとか」

 何やら微妙に歴史が歪曲されてしまっているようだ。

「ほほぉ、死に華か。よし、これにしよう!」

 親友として、せめてこの真っ白な衣装を着て成敗し、レスターに立派に死に華を咲かせてやる。

 タクトはクロミエから『死に装束』を受け取ると、報告書を作成した張本人、アルモとココの元へと向かった。

「マイヤーズ司令。ついに行かれるのですね」

 出迎えたのは、ココ一人だった。

「報告書、読むのが遅れて本当にすまなかったね」

 しっかり『死に装束』を着込んだタクトは、オペレーター二人に挨拶をしてから行こうと、部屋を訪れていたのであった。

「いえ、気になさらないで下さい。それよりこれを……」

「これは…?」

「アルモからの手紙です」

 幾重にも折り畳まれた、高級そうな白い紙だった。

 広げて読んでみると、そこにはアルモの恨み節が切々と綴られていた。

 

あの日あの時あの場所で

無知で無邪気な私ってば

クールでダラスなあの人に

恋をしていた。あの人に

だけどもうあの人は

嗚呼、愛しき片目のあの人は

もはや遠い異国の空に

もはや何も彼には望むまい

でも心と身体はどうしても

あの人を求めてしまう

それならいっそ

嗚呼、それならいっそ

彼の血脂に曇った刀身で

空虚な世界に別れを告げて

紅く染まった褥の上に

貴方と二人で寝ころんで

貴方と一緒に

嗚呼、貴方と一緒に眠りたい

 

 今時珍しい、筆と墨で書かれていた。

 内容を見る限り、精神的にかなりまいっているのが、良く分かる。

「アルモ……さぞかし辛かったろうに。お前の無念、このタクト・マイヤーズが晴らす…! いざ、怨敵クールダラスの元へ!!」

 タクトはそのまま踵を返し、レスターの部屋へ向かおうとしたが、

「マイヤーズ司令!」

 ココに呼び止められた。

「どうした?」

「これをお持ちになってください」

 ココは一本の太刀を差し出した。

「……アルモの家に、代々伝わる家宝なんだそうです」

 紫色の柄、精密な彫刻が施されている鍔に、血のような朱色の鞘が目を引く。

 

「……」

 ココが無言で、訴えてかけている。

 眼鏡の奥の瞳が、言葉よりも遙かに強い力で語りかけていた。

 

―これで、あの人を斬って下さい―

 

「……」

 タクトも無言で刀を手に取った。

 

―必ず、仕留めてやるからな―

 

 と、心の中でうなずいて。

 そうしてタクトは大いなる勘違いと共に、レスターの部屋へと討ち入ったのである。

「と、まぁこんな感じです」

「は、はぁ…」

「掻い摘んで申し上げますと、灰になった状態から復活し、それからミルフィーさんのデートを満喫していたがために、二日間開いてしまったと言うわけです」

「そ、そうなんですか…」

「それじゃ、このお話しの続きを…」

「お願いします、クロミエさん」

「ハイ、ちとせさん」

 クロミエが新人隊員・烏丸ちとせに語る、エオニア戦役時のから騒ぎエピソードは、まだもう少し続く―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜筆者より〜

♪あ〜か〜い〜あか〜い〜♪ 赤い仮面のV3〜♪ ダーブルターイフーン♪ 命のベ〜ル〜ト〜♪

 というわけで(←どーゆーわけだ?)、今日も元気に解説行くぜ〜。

 ドラグバイザーに、ココからもらったミルフィーユが熱(以下略)写真を装填する。

【    ファイナルベント    】

 タクトの契約モンスター・ドラグブラッカーが招来し、彼の身体を取り巻くように旋回した。

「はあああぁぁ……とあああーーーーー!!!」

 タクトは地を蹴って跳躍し、ドラグブラッカーと共に黒い炎に包まれながら、必殺技『ドラゴンライダーキック』を見舞った。

○これは映画『仮面ライダー龍綺 EPISODE FINAL』(02年、田崎竜太監督)に登場する悪の仮面ライダー、リュウガの必殺技。どんな技なのかは、書いてある通り(笑)

 この『龍綺』は、『クウガ』(00年)から始まった「平成仮面ライダーシリーズ」の、第3作目にして最高傑作。

 鏡の向こう側に我々が住んでいる世界とは別の世界「ミラーワールド」が存在し、そこには“ミラーモンスター”なる怪物が住んでいて、仮面ライダーはそのモンスターと“契約”することによってはじめて超人的なパワーを発揮し、技や武器は“アドベントカード”と呼ばれるカードを“バイザー”という専用機器に装填して使用する、という設定の斬新さ。

 そして『悪の組織』が存在せず、全部で13人存在する仮面ライダーは、最後の1人になるまで闘い合わねばならない宿命を背負っており(勝ち残った者はどんな願いも叶えることができる)、さらにそのバトルロイヤルを、ひとくちに『善』と『悪』ではくくれない、各々の立場、信念という形で描き、それによって勧善懲悪なヒーローものとは一線を画す、人間ドラマの深みを生み出すなど、とにかく『仮面ライダー』という作品の既成概念を根底から破壊した、超が付く程の革新的な作品であった。

 さらに番組を取り巻く環境としても、ヒーローを美形俳優が演じ、世の奥様方のハートを鷲掴みにするいわゆる『イケメンライダー』人気が絶頂に達し(何せ13人だからね)、そしてTV放映が半分程度まで経過したところで、TVより先に映画で最終回をやってしまうという驚愕の企画(それが『仮面ライダー龍綺 EPISODE FINAL』)など、そのブームの加熱ぶりはアニメ『クレヨンしんちゃん』でお笑いネタにされる程であった。

 無論内容としても、正義無き信念のぶつかり合いが織りなすヒーローの群像劇は圧倒的に面白く、特に“映像の刺客”こと石田秀範監督の、トチ狂った演出美学が冴えに冴え渡るラスト3話は圧巻。未見の方は是非とも!

 あ〜なんだか疲れちゃった。他にもいっぱいいろいろパロディネタやった気がするけど、めんどいからいいや。

 

でも、これは外伝なので読まなくても何ら問題ナッシンだぜ!

 

 あ、ちなみに筆者の仮面ライダー初体験は小学生の頃、夏休みに再放送されてた『仮面ライダーV3』。

 だもんだから筆者の中で“仮面ライダー”と言えば藤岡 弘、よりもむしろ宮内 洋なのである。

 ああそうか。だから『超力戦隊オーレンジャー』好きだったんだな、自分。

ヒーロー村田