「上等だ! 所詮俺とお前は、闘うことでしか分かり合えない!」
タクトの言葉をゴングに、二人の対決は幕を開けた。
「うおおおおおおーーー!!」
二人はぶつかり合う様に、一直線に激突する。
「ぬおりゃああぁぁーーー!!」
肉体と肉体がぶつかり合い、骨が軋むような音が、部屋に響き渡った。
HI-EXPLOSION 第7話
「ふらいんぐ・いんざ・すかい」
「オーマーイッ・ボオォォォル!!」
「アンビリーバボォォォ・カッタァァァー!!」
何度か斬撃と拳打の攻防が繰り返された後、二人は再び間合いを取って対峙する。
その時、レスターがタクトに向かい言った。
「此処では狭いな… どうだ、もっと広いところで死合をしようではないか」
この場所は個人の部屋であるため、狭い。
さらに書類が散乱して、足場も悪い状態だった。
岩井のレーズンや、春先のジャケット、さらには鯖のきずしなども転がっている。
「良いだろう。場所は何処にする?」
タクトは一端刀を鞘にしまい、真剣な眼差しでレスターを睨む。
その手には、誰も知らない謎の小袋が握られていた。
レスターはほくそ笑んだ、そして。
「クジラルームの浮島だ!」
タクトをじっと睨み返し、高らかに言い放つ。
二人は謎の小袋をテイクアウトして、決着を付けるためにクジラルームに向かった。
皆さまも『儀礼艦エルシオール』にお越しの際は、ぜひ大事にお持ち帰り下さい。
―約二時間後、クジラルーム
「うふふ♪ とても満足いたしましたわ」
そよ風の吹く、砂浜の上。
青髪の少女が、ゆったりとした歩調で歩いていた。
とても充実した表情で、頭の耳は勢いよく上下に振られている。
静かな波の音が、ゆっくりと時の流れを感じさせた。
「…でも、さすがに3日間も連続で見ると、目がショボショボしてきますわね」
彼女の目は、ヴァニラの目を充血させたくらいに真っ赤になっている。
うっすら涙を浮かべているのに気付き、急いで拭う。
「こんな目じゃ、とてもみなさんに顔向けできませんわね……どうしましょう?」
久しぶりに思考回路を作動させるが、良い考えが浮かばなかった。
何日間も部屋に籠もっていたため、頭の回転が鈍っているようだ。
「ふぅ、本当に困りましたわ…」
ため息をついた、頭の耳はそれに合わせて力が抜けたようにしおれる。
ふと海の遠くに目を向けると、沖の小さな島に陣が構えてあるのが目に入ってきた。
「な、何ですの? あの完璧な布陣は。一体誰があんなものを…?」
その陣に興味を持ったのか、彼女は海に浮かぶ島に向かっていった。
頭の耳を羽ばたかせ、ブラマンシュ家の秘伝の技『空を飛ぶ』で。
―それより約三十分前、沖の小さな島にある陣
「うぬぬ…… 遅い! 一体ヤツは何処で油を売っている!」
レスターが浜辺で岩に座り、海を見つめて苛立っていた。
ガタガタと貧乏揺すりをした後には、地面がえぐられ、小規模なクレーターが形成されていた。
決着を付けるために島に来てみたが、肝心の相手の姿がなかった。
「かれこれ一時間だ… いや、陣を敷くところまで足せば、一時間四十分だ! いくら何でも遅すぎる…」
いきなり押し掛けてきて、殺そうとした本人が未だに来ない。
本当はこんな事をしている場合じゃ無いことを、レスターは分かっていないだろう。
彼の苛立ちは、本日何度目か分からないが、限界点突破をしていた。
「待つのも馬鹿らしくなってきた、俺は帰るぞ!」
誰に言うでもなく、岩から腰を上げて帰ろうとした時。
「♪む〜かしの友は、今飲もうぉ〜♪俺とお前と、第五浪ぉ〜…」
船に乗って、唄いながらタクトがやってきた。
何処かで聴いたことのある歌を、曖昧なままに口ずさんでいるようである。
「おい、コラァ! 貴様どの面下げてきやがった!」
レスターが怒りを露わにしてつっかかってきた。
ドカドカと足音を立てて、タクトに歩み寄る。
いつもの彼らしい冷静さは、微塵も感じられなかった。
「心外だなぁ。時間が経てば、少しはお前の頭が冴えるかなと、気を利かせてやったんじゃないか。逆に感謝して貰いたいものだがな」
タクトの口元が少し笑っていた。表情からするに、彼の思惑通りに事が進んでいるのだろう。
(ヤツの冷静さを失わせればこっちにも勝機はある! いや、この戦い勝たねばならぬのだ…)
レスターは怒りを露わに、言葉を返す。
「どうして、お前何ぞに、感謝しなくちゃならないんだ! 第一何だ、貴様の格好は?」
タクトの服装は、先ほどまでの死に装束ではなかった。
頭にはゴーグル付きの『夜露死苦』と書かれた黄色のヘルメットをかぶっており、上半身は裸。
そのうえには、剣道の胴を着けている。
下半身には、白の道着をきていた。刀は背負うように装備してある。
「なぁに、ちょっとそこで、トカゲ野郎達をぶっ倒して来たのさ」
口元で笑っていただけの顔が大きく変化して、怪しげな笑いになった。
「トカゲ共め、ゲッター線を浴びてドロドロと溶けて逝きやがったぜ」
「そうか…」
そう言うと、レスターは音も立てず、瞬時にタクトの目の前へ移動した。
そして、ボディーに強烈な一撃をかます。
「ぐぉ……」
鎧が、バキバキッと割れる音と共に、タクトの体は、くの字に曲がった。
そのまま5メートル程吹っ飛ぶ。
そして砂煙を巻き上げながら、タクトの身体は地面に不時着した。
咄嗟の事で受け身が取れず、全身に痺れるような痛みが走る。
「うおおぉぉぉーーーっ!!」
追い討ちをかけるべく、レスターが走り出した。
「ちい…! ぬおりゃああぁぁーーー!!」
タクトは体制を立て直すと、抜刀すると同時に地面を蹴り、大きなモーションで刀を振り上げ、一直線にレスターへと突進した。
普段の、のほほんとしたタクトからは想像もできないスピードだ。
「死ねえい!」
レスターの脳天に白刃が迫る。だが彼はひるみもせずに、相手の動きを凝視していた。
「ふんっ!」
レスターは、タクトの刀が握られた手首を、思い切り蹴り上げる。
次の瞬間ヒットした衝撃で、刀がタクトの手から抜けた。刀は、そのまま凄まじい勢いで、レスターが座っていた岩へと突き刺さった。
刀の震える渇いた金属音が、空気を震わせる。
「でぇいや!」
レスターはタクトがひるんだスキを突き、強く踏み込んでサイドキックを放った。
「うおっと!?」
タクトが飛び退き、それをかわす。
「………」
再び距離を取って、相まみえた二人に、静寂が訪れた。
「………」
沈黙の中で、岩に刺さった刀の振動する音だけが、やけに大きく聞こえる。
二人は円を描くように、一定の距離を保ちながら、ゆっくりと歩いた。
その間にタクトは、砕けた鎧と道着を脱ぎ捨てる。その下からは、いつもの軍服が。
レスターもコートを脱ぎ、指をゴキゴキと鳴らした。
二人とも、臨戦態勢は万全である。
刀の振動が次第に小さくなっていった。
音が止む。
「うおおおおおお!」
「ぬああああああ!」
それと同時に、タクトとレスターは半瞬の速さで地を蹴って近付き、一騎打ちを再開した。
先手を取ったのは、タクト。
怒りに任せ、猛烈な勢いで手技を浴びせかける。
「ていていていていていぃぃ!」
正拳、裏拳、上段、中段、下段、手刀に張り手と、目にも止まらぬ連続攻撃がレスターに襲いかかってきた。
だがレスターも負けてはいない。互角のスピードで全ての攻撃をさばきつつ、反撃の機会をうかがう。
「せいせいせいせいせいぃぃぃ!」
腕が、分身しているかのようにブレている。
二人の手技の攻防戦は、一撃一撃が弾丸の如き速度で展開していた。
双方の拳打がぶつかり合い、絶え間なく鈍い音が響き渡る。
そしてレスターの手が、タクトの手を捉えた。
「うぐぐぐぐ…」
「ぐんぬぅ〜…」
痙攣したように震えながら、レスターが掴んだタクトの両手を押し返す。
が、その刹那。
「がああ!!」
タクトが体を後ろに反らしたかと思うと、強烈な頭突きを放ってきた。
くぐもった音と共にレスターの眉間が割れ、鮮血がほとばしる。
「……か…っ」
一瞬、脳漿が大きく揺れた気がした。
ふっと力が抜け、掴んでいた手が離される。
(な…何だ!? 何が起きた……!?)
レスターの思考回路は必死に状況を把握しようと働いたが、そんな暇を与えるほど、敵は優しくなかった。
「ぬありゃあ!」
タクトが追い打ちをかけるべく、疾風のような回し蹴りを放った。
よろめくレスターの頭部に、さらなる重い衝撃が襲う。
「うぐっ……!」
まともに喰らったレスターの身体は、横飛びに倒れた。
さらにタクトは追い討ちをかけるべく、倒れたレスターに跳びかかる。
「死ねぇい!」
「くっ……!」
レスターは頭を振ってどうにか意識を取り戻すと、横になった体勢から渾身の力を込め、タクトの鳩尾に蹴りを見舞った。
思わぬ迎撃に、タクトの身体は押し返されて吹っ飛ぶ。
すかさずレスターは躍り掛かってタクトの身体に組み敷くと、相手の顔面を右の掌で包むように掴んだ。
全開の力で、思い切り締め上げる。
「ぐがああああぁぁぁぁ!!!」
頭蓋骨が歪むような激痛に、タクトは足をバタつかせる。
逃れようと試みるが、もがけばもがくほどレスターの指は深く食い込んでゆく。
爪を立てられ、両のこめかみから出血した。
「フフフフッ……」
タクト押さえつけながら、レスターは氷のような笑みを浮かべた。切れた口唇から、一筋の血流が輝く。
彼の瞳には、その冷ややかな顔つきとは裏腹の、狂気の炎が渦巻いていた。
士官学校時代、タクトはレスターに勝てなかった。
体力測定でも、タクトの成績は、ビリから数えた方が早いぐらいだったし、格闘技大会でも1回戦の開始三秒でTKOされるほどに弱かった。
(そんなヤツがどう足掻いたところで、所詮俺には勝てんのだ…!!)
レスターの脳内では、どのような考えを巡らしても、自らの勝利という結論に行き着いていた。
(負ける気は、しない…!)
トドメを刺すべく力を振り絞ろうとした瞬間、タクトが予想外の反撃に出た。
レスターの突き立てるように真っ直ぐ伸び、頭を掴んでいる右腕を両手で握り返したかと思うと、無茶苦茶に掻きむしった。
「なっ!?」
瞬時に袖が破れ、レスターの下腕にえぐったような無数の切り傷が形成されてゆく。
「ぬお!?」
痛みに、一瞬力が抜ける。
その刹那
「ふんぬ!!」
タクトが上体を起こして、レスターの身体を押し返した。
ダメージを負ったレスターの右腕は、簡単にタクトの顔から外れてしまう。
「ちぃ!」
レスターは後転倒立の要領で後退し、立ち上がった。
タクトも立ち上がると、自分の顔を撫で回すようにさすった。
「ちっくしょう……痛えなぁ、人相が変わったらどうするんだ!!」
「知るか! アッシュ少尉に整形でもしてもらえ!」
レスターは獲物を狩る猛禽のごとく、突撃していく。
「うおお!! やっぱ死ねええええぇぇぇぇい!!!!」
タクトは足を振り上げ、突っ込んでくるレスターの頭部目がけ振り下ろした。かかと落としだ。
レスターは飛び退いてそれをかわすと、お返しとばかりに足払いでタクトを転倒させる。
そして頭蓋を砕かんと足を振り上げたが、タクトが両脚を伸ばしてそれを相殺し、勢いに乗って立ち上がった。
「おおおおおおお!!!」
タクトは吼えると、レスターの顔を目がけてハイキックを放つ。
レスターはそれを左腕でなぎ払うと、タクトの鳩尾へハンマーのような拳打を一発叩き込んだ。
「ぐお!?」
タクトは体勢を崩し、後ずさる。その間にも、ズンズンとレスターが歩み寄る。
「むうう、じえいや!!」
タクトは進行を阻止しようと、竜巻のような連続蹴りをレスターに浴びせかける。
しかし、レスターは攻撃を防ごうとはしなかった。
ただ威圧的にタクトを睨み付け、重々しい足取りで近付いて来る。
蹴りがヒットする度に、骨が軋むような痛みに見舞われたが、それでもレスターの進行は止まらない。
彼の仁王像のような眼光は、タクトの心胆を寒くさせた。
再び鳩尾に一発入る。
「があっ……」
タクトは咳き込みながら後ずさる。レスターはゆっくりとそれを追いかけた。
タクトが後ずさり、強烈な反撃を受けながらもレスターが追いかけ、鳩尾へ一発。
そんな攻防が、幾度となく繰り返された。
鳩尾に重いパンチを何度も喰らい、タクトのダメージは確実に蓄積されていった。
無論、何十発と放たれたタクトの蹴りを、一切防御無しで受け続けたレスターのダメージもまた然りではあったが。
「ふん!」
レスターは八発目の拳打を放つ。
「ぐはぁっ…」
ついにタクトは背中をついて倒れ込んだ。
「う……ゲホッ、グホッ!」
数回咳き込んだ後、赤黒い塊がぶちまけられた。吐血したのだ。
口腔内が、鉄の味で満たされる。
(く、くそぉ……こんな所でやられてたまるか。ミルフィーに手を出しやがった罪、鉄血政策で償わせてやる!!)
「くっ…くくっ……」
タクトは手を突いて何とか立ち上がろうとしたが、次の瞬間
「せい!!」
レスターが、タクトの顔面をサッカーボールのように蹴り飛ばした。
回転しながらタクトの身体は近くの木にぶち当り、手足が、糸の切れた操り人形のように伸びた。
しかし、尚もレスターの攻撃は終わらない。
「まだ、寝るのには早いぞ……!」
レスターは倒れているタクトの肩を掴んで強引に立たせると、もはや瞳に焦点を結ばない親友の顔目がけ、容赦のない鉄拳を何発も叩き込んだ。
耳障りな音が、島の浜辺に響く。
積もり積もったタクトへの怒りと恨みが、レスターのパンチの威力を増大させていた。
やがて血まみれになったタクトの顔が力無くだらりと下がると、レスターは掴んでいた手を離す。
タクトはそのまま、地に崩れ落ちた。
「ふん、バカなヤツめ…」
パンパンと汚れを払うかのように手を叩き、レスター。
「俺には、済まさなきゃならない残業があるんだ…」
返り血に汚れた顔を歪めながら、吐き捨てるように言い、踵を返す。
しかし闘いはまだ、終わっていなかった。
タクトの腕が痙攣するかのように動いたかと思うと、ガシっとレスターの足首を掴む。
「!?」
レスターが驚いてタクトの顔を見やる。
「ふふっ、ありがとうなレスター。しこたま殴ってくれたおかげで、目が覚めたぜ……確かに寝るにはまだ早いよなぁ!!!」
腹の底に響く、低い声。
紅く染まったその形相は、まさに地獄の赤鬼。
「どうあってもお前を抹殺して、ミルフィーとの既成事実を消し去ってやるんだ……!」
タクトの怒りの炎は、未だ闘争本能を呼び起こすのに、十分な温度を保っていた。
「ふん、良いだろう。立て! 今度は極上の睡眠薬を投与してやる!!」
レスターは、足を振ってタクトの手を払うと、挑発的に手招きした。
タクトはよろめきながら立ち上り、ファイティングポーズを取る。
「おいおい。お前の身体はもういやだと言っているぞ?」
タクトの膝は笑っていた。立つのもやっとの状況なのだろう。
「ふふっ…これぞ赤心少林拳『生まれたての子羊の形』だ!!」
恐らく仮面ライダースーパー1は、そんなマヌケな技など使わなかっただろうが、タクトは強がって言い放った。
「タクト。友よ、お前は大野剣友会に踊らされているぞ。目を覚ませ!」
赤心少林拳ってのは、空想上の武術だからね。
「戯言など聞きたくない! タクト・マイヤーズ怒りの鉄拳、受けてみよおぉぉぉーーッ!」
少しのやり取りの後、タクトは宿敵・レスターへと地を蹴って肉迫した。
―そのころ、島近辺の上空
島の近くまで飛んできたミントの目に、二つの影が映った。
影がぶつかるたびに鈍い音が響く。
「ん? どなたかケンカをなさっているみたいですわね…」
島に近付くと、戦っているふたつの影の姿が、次第にハッキリと見えてきた。
「あ、あれは…タクトさん!? それに、副司令まで? 何がどうなっているんですの…二人ともあんな姿になって」
ミントは驚愕のあまり、しばらく呆然とした。
ボロボロの状態になって戦っている、レスターとタクトの姿が、彼女の目に飛び込んできたからだ。
ただのケンカにしては、異常な殺気を感じる。
「このままでは危険ですわ。どうにか止めなければ…」
彼女は二人の争いを止めるべく、島に急いだ。
(何でしょうか…この感じ。誰かに見られているような…)
一瞬島の方から、異様な視線を感じた。
背筋に、冷たい雫が当たった時のような感覚が襲ってくる。
しかし、彼女は首を横に振り、異様な悪寒を振り切った。
「ヴァニラさん、聞こえますか? 応答してくださいまし」
クロノクリスタルで、ヴァニラに連絡を入れる。
しばらくの間を置き、返事が返ってきた。
『……なんでしょうか…? あ…お久しぶりです、ミントさん……お体の具合は…』
ヴァニラの挨拶を、一蹴するかの如く、ミントは用件を伝えた。
「すぐにクジラルームに来て下さいまし!」
ヴァニラの、ゆっくりとした口調が返ってくる。
『……今は医務室を任されているので、手が離せません……』
「ひと二人の命に関わることですのよ! 悠長なことは言っていられない状況ですわ!」
ミントの口調で非常事態であることを察したのか、ヴァニラは分かりましたと言って通信を切った。
あとは戦っている二人を、なるべく現状以上のダメージを与えずに止めるだけである。
(速くしなければ…どうにか間に合って下さいまし…)
今、彼女の頭脳は、その段取りをどうするかで、フルスピードで思考が回転していた。
―沖の島
「ぬあああああ!!!」
今、タクトを支えているもの。それは“怒り”。
小さい頃から全くモテなかった平四郎タクトに、初めてできた恋人・お春ミルフィーユ。
何よりも大切な彼女を、よりによって親友の半兵衛レスターにキズモノにされ(もちろん勘違いなのだが、タクト本人はそれを知らない)、彼は『怒りの王子』と化したのであった。
レスターとの実力差も、その怒りによって埋められていた分が大きい。
「ぅぅううおりゃぁぁああ!!!」
対するレスターにあるのも、“怒り”。
オペレーター二人の勘違いで、自分が何故こんなバカと殴り合わなければならないのだろうか。
そもそも、コイツが蒔いた種の尻ぬぐいを何故に自分がしなければならないのか。
親友と思っていた。いや、こっちが勝手に思いこんでいただけかも知れない。ただの腐れ縁だったのだろう。
たまりに溜まっていた物を一人の人間にぶつけ合う。そこに先にあるのはいったい何なのだろうか?
「ぬん!」
タクトは大きなモーションで振りかぶり、手刀を唐竹に降ろした。
(甘いな、そんな単調な攻撃!)
避けようとしたレスターだったが、なぜかその手刀は、彼の頭頂に炸裂した。
「な……にぃ!?」
鈍い音と共に脳髄が縦方向に揺れ、視界がぐにゃりと歪んだ。
先頃、タクトによって打ち込まれた、無数の蹴打によるダメージの蓄積が、レスターの肉体の反応速度を鈍らせていたのだ。
タクトはその隙を見逃さず、左手で彼の顔を掴むと、陣の向かい際まで疾走し、思い切り岩場に叩き付けた。
放射状に鮮血が飛び散る。
だがそれでも飽きたらず、タクトは力任せに何度も何度もレスターの頭を叩き付けた。
「はっはっはっはははははははははは!!!! ざくろみてーにかち割れろぉぉぉぉぉぉぉおぉおおお!!!!」
それは狂気の光景だった。
恍惚に狂った満面の笑顔で、親友を地獄に送らんとする男。
おそらくこの光景を見かけた者がいたら、止めるより先に目を背けるであろう。
それほどまでに凄惨だった。
「これで終わりにしてやるよ……ふん!!」
―バギャッ!!
ほぼ同時だった。
レスターの頭が、岩盤に叩き付けられる回数の、カウントが三十に達したのと、タクトの顎に、レスターの掌打が突き刺さったのは。
それは喰らった方にとっての不意打ちであり、放った方にとっても、無意識の反撃だった。
固い物が割れる音がして、タクトの身体は大きく反り返る。
「!!!???!?!?!?!」
突然、自分の視線が天上を向いたことに、動揺するタクト。
「すらああああぁぁぁぁ!!」
レスターはタクトの腕を振り解いて立ち上がると、強烈な拳打を相手の顔向けて放った。
訳もわからぬままタクトはその攻撃を喰らい、地面に沈み込む。
一方のレスターも、その場に片膝をついた。
肩を上下させ、荒々しく息を切らす。
「はあ、はあ……ぐっ…」
緊張が解けると同時に、全身に激痛が走った。
特に頭部の痛みが激しく、針の塊が暴れ狂うような感覚が襲ってきて、頭を押さえる。
そしてレスターは力無く立ち上がり、陣の中央に向けて踵を返した。
「俺の、勝ちだな……この、罰当たりが…」
のろのろと陣の方へ歩き出そうとした時。
「うあああああああぁぁぁーーーーーッ!!!」
地鳴りがするほどの怒号を挙げ、またもやタクトは立ち上がった。
だが、既に彼の体力は尽き、まさしく気力のみで復活したのであった。
「これで、ケリをつけるぞ!!」
タクトは口の両端から、血の混じった唾液をボタボタと垂らしながら言い放った。
よろよろと岩に歩み寄り、そこに刺さっていた刀を引き抜く。
「来い…返り討ちにしてやる……!」
レスターも雌雄を決するべく、最後の気力を振り絞った。
もはや両者とも、拳を打ち合う力は残っていない。
次の一撃が、間違いなく最後の攻撃になると、本能が察知していた。
「はああああ!!」
タクトは裂帛の一声を発し、高く跳躍した。
そして空中で刀を構え、高らかに必殺技の名前を叫んだ。
「科学剣っ! 稲妻重力落とおぉぉぉしっ!!」
刀身が青白く光り、周りの空気をビリビリと震わせる。
レスターもそれに対抗すべく、最後の必殺技を発動させた。
眼帯がオレンジ色に光り、そこから二振ほどもある巨剣が姿を現す。
レスターはその剣の柄を掴むと、円を描くように一度回し、上段に構え、技名を叫んだ。
「太陽ぉぉぉ剣っ! オーロラプラズマ返し!!」
タクトは唐竹に、レスターは横一文字に剣を振るった。
「でえええええい!」
「ぬああああああ!」
必殺剣のエネルギーは、想像を絶する凄まじさで、空間全体を震撼させた。
そして極限状態の刃と刃がぶつかり合う、その直前。
「ダァァブルゥ・ウサ耳カッタァァァァーー!!」
蒼い小さな影が飛び出し、二つの必殺剣を受け止め、流麗な動作で鮮やかに斬り払った。
それは流星の如く素早く、美しき舞のようでもあった。
「何をなさっているのですか、お二人とも! お止めになってくださいまし!」
両手に花柄の包丁を持ったミントが、タクトとレスターの間に割って入っていた。
男の勝負をジャマされた二人は、凄まじい剣幕で、ほぼ同時に怒鳴りつける。
「ええい、止めてくれるなミント! 俺はこいつを成敗しなきゃならないんだ! どけえぇぇ!!」
「ええい、止めるなブラマンシュ少尉! この野郎の腐った性根、太陽剣でたたっ斬ってくれん! いざあぁぁ!!」
野獣の咆吼のような爆音を、左右から浴びせられ、ミントの鼓膜は破裂寸前。
思わず彼女は、耳をふさいで小さくなってしまう。
「あ〜もう… 一人ずつ言ってくださらないと、分かりませんわ!」
ミントはフルボリュームで叫び、二人を制すると、タクトの方を見た。
まずはお前からという事だろう。
タクトはレスターを睨み付け、とぎれとぎれの声で言った。
「レスター、の野郎、どうしても、やっちゃ、ならっ、ねえ、こと、を、した。だか、ら、成敗、し、てやる、んだ!」
次にレスターの方を見る。
彼は、タクトに今にも襲い掛からんばかりに言った。
「こいつのせいで、こいつのせいで、こいつのせいでえええええぇぇぇぇ!!!」
ミントはテレパスで、二人の精神状態を探る。
二人の頭の中は『殺』の字で満たされていた。
「ああ、もう訳が分かりませんわ…今の気分をそのまま言っているだけじゃありませんこと?」
呆れた顔をして、ため息をつく。
「どうしてこんな事になっているのかを簡潔明瞭に! ありのまま事実のみを答えて下さいまし! いいですか、分かりましたわね!」
「ああ言ってやるさ! 言ってやるとも!!」
「この際、膿を出すのも良いかもしれんな…」
・
・
・
「まぁ、そんな事でさんざんばら殴りあって、蹴りあったというんですの? まったく、あきれ果ててしまいますわね」
二人の言い分をそれぞれ聞いたミントは、疲れたような表情で、再びため息をつく。
「ミントだって被害者なんだろ。俺がしてることだって理解できるはずだ! さぁ、いざ成敗してくれん!!」
タクトがレスターに斬りかかろうと身構える。
だが、ミントはそれを塞ぐようにして言った。
「理解なんてできませんわよ。第一、タクトさんは勘違いしておられますわ」
ミントの発言に、レスターも深々とうなずく。
「勘違い!? 俺がいつ、何処で、どうやって勘違いしたって言うんだ!」
「最初からですわ」
「『最初』っていつからだ」
「いいでしょう。順番に、筋道を立てて、説明してさしあげますわ。まったく、何て鈍い御方なのでしょう、ミルフィーさんといい勝負ですわ…」
ミントは毒を吐きつつも非常に分かり易く、順番に、筋道を立てて説明した。
・
・
・
「な、なに? じゃあ、レスターの言ってた事は…」
「ええ本当ですとも」
「最初から俺はそう言っていただろうが」
潮風そよぐ、クジラルームの浜辺。
そこには満身創痍の男二人と、ウサ耳の少女が座っていた。
遠くの方に、陣が敷いてあった島が見える。
「わたくしたちが副司令と…そんな事…をしていたなんて、全くのデタラメなのです。濡れ衣もいいところですわ」
ミントの口から真実を告げられ(内容はレスターが言ったのとほとんど同じだが)、タクトの頭は徐々に冷えてきた。
「うむむ。そうとは知らず、すまなかっ…」
タクトは深々と頭を下げようとしたが。
「がはっ…」
全身が悲鳴を上げるような痛みに襲われた。
そのまま砂浜に、うつ伏せに倒れ込む。
「す、すまなかった。レスタァ…」
半分砂まみれになった顔を上げて、謝罪を述べた。
「全くだ。それもこれもあれも全部、タクト! お前の職務怠慢が原因……うぐっ!」
タクトを指さして激昂しかけたレスターも、激痛にうずくまる。
「あ〜あ〜副司令。そんな状態で怒ったりしたら、お身体に触りますわ。待っていてください、先ほどヴァニラさんをお呼びしましたから、ナノマシンで治療してもらいましょう」
ミントはかいがいしく、レスターの顔の血をハンカチで拭った。
高級そうなハンカチを、躊躇なく他人の血で汚す彼女の優しい気遣いに、レスターは柄にもなく目頭を熱くした。
痛みのせいで、少しナーバスになっていたのも手伝ったらしい。
「す、すまないブラマンシュ少尉。そのハンカチは、君の…」
「いいえ、よろしいんですのよこんなもの。それに、わたくしの方こそ、副司令に謝らなくてはいけませんわ…」
過去の失敗を恥じるようにほんのり頬を染めながら、ミントは俯いた。
内面は大人びていても、こういった動作や表情には、まだ少女らしい愛らしさがある。
「いや、君が気にする事じゃない。元凶は、みんなあそこのバカなのだからな」
レスターは倒れているバカをあごで指す。
「うおぉ〜いミント〜。こっちも拭いてくれよぉ〜」
かろうじて言うことを効く左手をぶらぶらと振り、バカが訴えるが。
「タクトさんには罰として、そこでしばらくうずくまっていただきますわ♪」
とてもステキな満面の笑みで、ミントはバカの訴えを取り下げた。
―それから十数分後
「それにしても、ヴァニラさんは遅いですわね…何をしてらっしゃるのでしょう?」
もう呼び出してからかなりの時間が経過しているのにも関わらず、ヴァニラが姿を現す気配はなかった。
何度クロノクリスタルで呼びかけてみても、反応が無い。
「困りましたわ。副司令、歩けますか?」
ミントは心配そうに、レスターに尋ねた。既にバカ(タクト)は眼中に無いらしい。
「何とか、立つ事はできそうだが…あまり、歩けそうにないな…」
先の一騎打ちによるダメージの蓄積は、未だにレスターの身体を苛んでいた。
立ち上がろうと足に力を込めると、ビリビリと痛みが走る。
「ぐぅ…くっ…!」
「ああ、無理なさらないで!」
ミントが慌てて駆け寄り、レスターの身体を支える。
「困りましたわ。わたくしでは肩を貸して歩くなんてできませんし、歩いて医務室に行くのは無理みたいですわね。どうしましょう?」
ミントは右手の人差し指を頬に当てて考え込んだ。
「やはり、このまま待つべきでしょうか?」
「…お〜い…」
すっかり、置いてきぼりになったタクト。
「もう一度、アッシュ少尉に連絡を入れてみてはどうだ?」
レスターの眼中にバカはまったく入らない。
「…ちょっと…」
「でも、今まで何度も通信を入れましたのに…」
ミントも同じふうにバカを放っておく。
「だから聞けって!」
遂にバカがキレる。猫のように全身の毛を逆立てているようにみえた。
立ち上がり、身体に付いた砂をブルブルと周りに飛ばしている。
「もう、咎人が口出ししないでくださいまし!」
「一体なんだと言うんだ!」
二人は同時に、キレているバカの方へ向き直る。
「ヴァニラがいるんだよ! ほら、あそこ!」
そう言ってバカが指さした方向。
「「?」」
レスターとミントは、同時にその方向へ、視線を泳がせる。
すると、そこには……
「……………」
ヴァニラが居た。しかし、いつもとは様子が違う。
首から下の全身が、ロープでグルグル巻きになっていた。まさしく人間版蓑虫。
しかもなぜかちょっとだけ、その表情は嬉しそうに見える。
目の錯覚だったのかも知れないが。
「……ぐるぐる…楽しい……」
どうやら錯覚ではないようである。
彼女の口から出た言葉は、己の今の状況を楽しんでいるかのような言葉だった。
「ヴァ、ヴァニラさん…?」
「…アッシュ少尉?」
「お〜いヴァニラ、こっちだこっち」
「…お待たせしました。ミントさん、副司令…」
しっかりとバカは無視して、ヴァニラは呆気に取られているミントとレスターの元へ、シャクトリムシのような動きで移動してくる。
どうやら蓑虫状態になって身体の自由が効かなくなっていたようだ。
クジラルームに到着するのが遅れたのも、そのためなのだろう。
「うぅ…ヴァニラにまで無視された……俺は一体どうすればいいんだぁ〜〜〜」
彼の心は、砕かれたガラスのようにバラバラになってしまったようであった。
再び砂浜に、ドスンと音を立てて崩れ去る。
「逢いたいよぉ〜みるふぃ〜〜…グスン」
涙を流し、何かブツブツいいながら、いじけている。
しかし、その場にいた誰も彼をいたわろうとはせず、無視していた。
長い時間をかけながらも、なんとか、ヴァニラは彼らの元へ這って来た。
汗をかいた彼女の顔には、砂の粒子がへばり付いている。
「「「………」」」
三人はその様を、ただ呆然と眺めていた。
ヴァニラはレスターの前で止まる。
「……では、治療を開始します……」
ナノマシンペットが、レスターの肩に乗る。
「…………………」
何とも言えない沈黙の時間が流れる。ほんの一瞬の筈なのだが、とても長く感じられた。
その沈黙をヴァニラの一言が破る。
「……治療の前に、縄をほどいていただけますか……?」
彼女は申し訳なさそうに訴えた。
手足が自由にならなければ、ナノマシンを扱うことはできないらしい。
「わ、分かりましたわ」
ミントは縄に手を掛ようとする。が、その手はプルプル震えていた。
その様は、蓑虫に触れようとする、小リスのようであった。小動物と小動物。
(一体なぜ、どうして、ロープでグルグル巻きになっているんですのーーーー!?)
小一時間くらい問い詰めたいという、本能的に沸き上がってくる欲求を、ミントの理性がかろうじて抑制する。
(い、いいいい今は、副司令の治療が最優先ですわ。質問するのは、それからでも遅くありません…!)
そんなことを思いながら、彼女の手が縄に触れた、その瞬間。
上空から、黒い影が彼らめがけて落下してきた。
影が地面に激突した瞬間に、凄まじい爆音と衝撃波が襲う。
「うわあああぁぁぁーーーー!!」
為す術もなく、タクトたちは吹っ飛ばされた。
砂煙が舞い上がって、視界が完全に塞がれる。
そしてどこからか、笑い声が聞こえてきた。
「フフフ……アハハハ………!!」
煙に紛れ、響くその笑い声は、どこか聞き覚えのある声だった。
やがて砂煙が収まり、視界がはっきりしてくる。
タクトは顔を押さえていた腕をどけ、声がする方へ目を向けた。
「あ、あなたは…!?」
つづく
〜筆者より〜
♪戦う君は美しい〜♪あ〜ああ〜♪光戦隊マースクーマーン♪
なんて歌がありますが、今回のタクトとレスターが戦う姿は、醜悪極まりないですな。
♪だるいぞか〜ら〜だぁ〜♪そんなに若くない〜♪
なんだかオカシイね(色んな意味で)
ヒーロー村田&餡蜜堂