カナがエルシオールに暮らすようになってから早1ヶ月の朝。
彼女はいつも通り軍服に身を包み、洗面所で寝ぼけ眼に冷水を当て、寝癖をドライヤーやアイロンで直していた。
そこで自室を後にしたカナが最初に顔を合わせたのはタクト・・・・・・・・と前回初登場のヴァインだった。
「・・・・・・・・・な憑かれました?」
「・・・・・・・・・うん」
カナの妙に的を射た尋ね方と自分の受身体質にさめざめと涙するタクトだった。
『おい、本人が目の前にいる事を忘れて人を寄生虫みたいに言わないでくれ!!』
相変わらず声が伝わらないため、ヴァインは直筆のメッセージで文句を伝えてくる。
「「・・・・・・・・・・・・・」」
二人は誰もそこまでは言ってないのにと思いつつ、寄生虫という言葉に「妙にしっくりくるなぁ」と納得してしまっていた。
「で、確かヴァインさんはシャーティさんに憑いてたんちゃうんですか?」
まず最初に気にするべき点をヴァインのあまりのインパクトに忘れかけていたが、ようやくそっちの方向に話を持ち出すことが叶った。
『ふっ、どういう訳かこのタクト・マイヤーズが一番僕と波長が合っているんでね(だからこそ、後24時間もすればこの男の身体が手に入る・・・・・・ふっふっふ、この僕がヴァル・ファスク再興をあきらめていると持ったら大間違いだ)』
「あの~~、どんだけ独白の部分カッコで囲っても直筆やから全然意味ないんに気づいてます?」
「・・・・・・・・しまっ」
「いやっ!っていうか誰かこれ取って~~~~~!!!」
異世界の住人
最終章
「あらあら、朝早くからにぎやかですわね」
「あ、おはようございますミント・・・・・・・・さん・・・・・・・・・?」
「どうしましたの?」
何がどう違うなんて分からなかった、ただミントに対する漠然とした違和感だけがカナを襲った。
その違和感は不安や恐怖といった負の感情としてカナの本能に危険を知らせている『明らかに危ない』と。
「・・・・・え~と・・・・・ミント・・・・・さん・・・・・・・・ですよね?」
もちろんそんな不安など気のせいである事に越したことはない、だからこそ早々に確かめて「なんや、気のせいか」という日常を送りたかった。
しかし、現実はある意味最悪の形でその願いを引き裂いてくる。
「何を今さら、ひょっとしてあなたの頭に生えているのは銀髪ではなく白髪ですの?更年期障害の方はとっととベットにでも寝込んでてくださいまし」
ゾワッ!
ありえなかった、だからこそ背筋に凍りつくような寒気を感じた。
口調や笑顔は普段どおり、だがその口から発せられる内容は明らかに普段のミントではありえないものだった。
ミントには人をからかって楽しむという一面は確かに存在する、しかし基本的には人との礼儀を重んじ相手が不快になるような事は決して言わない
少なくともこの世界のミントは――――――・・・・・・・・・・・・・
ダッ!!
カナは全力で走った、今のやり取りでミントの正体を確かめるには十分だったからだ。
そして、それを知った以上彼女にはやるべき事があった。
この危機的状況を他のエンジェル隊たちに伝えるためカナはティーラウンジへと駆けていった。
――――――――ティーラウンジ――――――――――――
「た・・・・大変です皆さん!!鬼が・・・・・いや悪魔が・・・・・・・!!!」
ここまで全力疾走で走って、すっかり息を切らしながらティーラウンジ突然現れたカナの言葉にエンジェル隊たちは何が起きているのかさっぱり分からないといった様子で唖然と彼女を見つめていた。
もちろんこれが当然の反応なのだが、カナからすればこの発言に一切比喩の類は含まれていなかった。
「あらカナさん、怖い夢でもご覧になりましたの?」
そこには、さも当然のように優雅に紅茶を片手に他のエンジェル隊と同席していた。
「い~~や~~~~~!!ホラー的展開!!?」
「また何かに怯えてるみたいだけど、今回は何なんだい?」
カナのオーバーリアクションも当初こそ一体何事かと思われていたが、最近ではそういうキャラとみなされてあまり驚かれることはなくなった。
傍から見れば不自然なことこの上ないという事実は変わらないのだが、馴れとは恐ろしいものである。
「(そ・・・そうや、まだこのミントさんがアレとは限らへんし)」
カナはまず自分を落ち着かせることに努める、冷静に考えてみれば幾度となく様々なピンチを潜り抜けてきた(不本意)おかげで培われた自分の足にミントがついて来れるとは思えない。
「先ほども言いましたが、きっとカナさんは怖い夢か何かをご覧になって怯えてるだけですわ。そうですわよね?」
「・・・・・・そうで~す、さすがミントさん・・・・・・・」
だが、そんな甘い考えをミントのたっぷりの威圧感が見事にボロボロに砕いてくれた。
「な~~んだ、そうだったんだ」
「そういう時は甘いものなんかで落ち着くといいそうですよ」
「・・・・・・・・十分な精神状態を保つことも健康には大切なことです・・・・・・・・」
「あんまり心配かけるんじゃないわよ」
「ま、人間最低でも一度は情緒不安定になるもんだよ」
「(うわぁ・・・・・・メッチャ良心が痛む・・・・・・・)」
エンジェル隊とカナはしばらく雑談した後お茶会も解散となり、そこにはカナとミントだけが残っていた。
「――――――で、本物の・・・・・こっちのミントさんはどないしたんですか!?」
「騒がれても面倒ですので口と手足を縛った状態のまま自室らしき部屋に閉じ込めて鍵も掛けてあります、ちゃんと空気穴も作っているので窒息の心配はございませんわ」
慣れた手つきで優雅に紅茶を飲みながら相当物騒なことを言っている。
いくら別人とはいえ、自分と同じ顔の持ち主にここまでひどい仕打ちができるものなのだろうか・・・・・
「・・・・・・・相変わらず容赦の欠片もありませんね・・・・・・・で、ホンマにあなた何しに来たんですか?」
「ふうっ・・・・」
コトッ
ため息を一つついて飲み終わったカップをテーブルに置くとゆっくりカナの方へと視線を移した。
「おほほほほ、わざわざ助けに来た恩人に対してそんな事を言うのは・・・・・・・・・・・」
「この口ですか?」
ムギ――――っ!! ←あらん限りの力でカナの両頬を引っ張ってる。
「この口ですか??」
パチンっ!! ←両頬を左右からビンタしてる。
「この口ですか???」
バチっ!!! ←顔面にスタンガン。
そんな拷問行為を行いながら絶えず満面の笑みのミントだった。
「・・・迎えに来ていただいて・・・・・・・ありがとう・・・・・・ござい・・・・・・ます・・・・・・・」
バタッ!
2番目までの仕打ちならまだしも3番目のスタンガンの電圧が異常に高かったため、立つことができず、目を開けることすらできずにいた。
「ってどうやってここに来たんですか!?」
起き上がらない身体を顔だけをなんとかミントの方に向けてミントがここにいるという問題点に差し掛かる。
本来この世界は通常の移動手段では決して行き来不可能、事故に遭ったカナ以外この世界に来訪者が来ることは普通に考えて不可能なのだ。
「はぁ・・・・・その亀さん並みの頭の回転力でよく考えてくださいまし・・・・・・・・・あるものがあればそんな不可能などどうにでもなりますわ」
「あっ・・・・・・・・・」
思い当たる節がない訳ではなかった。
そもそもカナがこの世界に来なければならなかった理由・・・・・・・・『どんな願いもひとつだけ叶えてくれるロストテクノロジー』を知らずに捨ててしまった。
もちろんそんな理由でこんな事になるのは理不尽この上ないし、カナとしても今さらそんな昔のネタが引っ張り出されるとは思ってもいなかった。
しかし、確かにもしアレが回収されたならばこの世界に来るなど造作もないだろう。
「・・・・・・ありがとうございますミントさん・・・・・・・・」
「いいから、さっさと別れの挨拶でも何でも済ませてきてくださいな・・・・・・」
――――――――ブリッジ――――――――
その後、カナはタクトに頼んでエンジェル隊を召集してもらった。
ちなみにミントはタクトの司令官の権限によって個室のロックを解除してみると、本当に手足と口を縛られたままバッグに詰め込まれていた。
「そんな訳で、あたしは今日限りで帰ることができるそうです。今までありがとうございました」
「ってあんたはそれでいいの!?」
「そうですわ、正直あんな常識から外れた非人徳的(経験談)な方々の世界に帰ってはカナさんの身体がどうなるか分かったものではありませんわ!」
「・・・・・・・・・」 ←否定できない
「カナ自身は・・・どうしたいのかな?」
反対意見を出す蘭花、ミント(善)をさえぎってミルフィーが本人の意思を聞こうとする。
普段は能天気でもこういう時は誰よりも精神的にしっかりしている。
「・・・・・・たしかに向こうで死にかけた事なんてそれこそ数え切れんくらいですよ?それでもあたしは向こうのみんなも好きなんです・・・・・・天然で事態にトドメ刺す人や美男子に節操ない人、ドSの大将や大酒喰らいの破壊神もおれば信仰という名の珍行動をとる人や甘えんぼ体質の復讐鬼もいますし出番の少ない甘党&科学マニアな双子に少女マンガ好きの泣き虫上司なんかもいてます・・・・・・・それでもやっぱりあたしはみんなが大好きなんです!」
その時のカナの表情は本当にみんなの事が好きだという感情が伝わってくる屈託のない笑顔だった。
やたら愚痴っぽい各説明はこんなシーンなので聞かなかったことにした(無言の全会一致)。
「カナがそう思うなら俺たちが止める必要はないよ、この一ヶ月楽しかったよ」
「あたしもです、タクトさんみたいな上司もたまにはいいですね」
こうしてカナは全員へと別れの挨拶を済ませた後、ミント(悪)の待っている格納庫へと向かっていった。
――――――――格納庫――――――――
「もうよろしいんですの?」
タクトの指示もあり、無人の格納庫にはミントが一人だけたたずんでいた。
「はい、わざわざすみませんあの貴重なロストテクノロジーまで使ってもろて・・・・・」
「は?何をおっしゃってますの?ここに来るのにロスとテクノロジーなんて使ってませんわよ」
バツが悪そうに謝るカナに対してミントは『まさか本当に更年期障害に?』とでも言いたげな表情でカナのロストテクノロジー説を否定する。
その後カナは話の合わないミントに自分を助けるために例のロストテクノロジーを使ってくれたのではないのかと考えていたことを話した。
「あぁ、あれですか?アレなら回収されたのは良いもののミルフィーユさんがお菓子の家を作るのに使ってしまってあっさり断念ですわ」
「やりかねませんね、あの人は・・・・・・」
この世界ではいくらミルフィーでもそれはしないだろうという事でも向こうの『ミルフィーユ』ならいくらでも納得できるものだった。
「でもそれやったらどうやって・・・・・・・・」
ゴソゴソ
すると物陰から自分の背丈よりも大きな何かを取り出し始めた。
「このマリブさん特製の“どこだろうとドア”で・・・・・・・・・」
「スト――――――ップっ!!いくらなんでもそれは・・・・・・・・・・」
ドスっ!
ネタ的に危うさを感じたカナの心配を無視して、むしろ邪魔するなと言わんばかりに正拳突きによって強制的に黙らせる。
「おほほほ、だいたい貴重なロストテクノロジーをそんな事のために使う訳ありませんし、使ったとしてもこっちに来てどうやって帰るおつもりで?」
未だミントの正拳突きに悶えながらこのミントの性格を再認識するカナだった。
こうして突然のミントの来訪により元の世界に帰るべく扉を開いた
その先にはかつての見慣れた光景が広がっていた。
――――――――エンジェルルーム(元の世界)―――――――――
「あ~~、カナさん!どこ行ってたんですか?それより見てください、大きいでしょ!?このお菓子の家~~」
「・・・・・開けピリ辛ごま・・・・・」
「キャーー!今月の金銭運絶好調だって~~!」
「いいねぇ~~この新製品の銃!高い金出した甲斐があったよ」
それぞれが1ヶ月もの間行方不明だったカナの帰還に感動のあまり涙を・・・・・・・・・浮べてる者など一人もいなかった。
「え~~と・・・・・ただいま~~・・・・・・」
ひょっとして自分の帰宅に気づいていないのではないだろうか?そんな淡い期待を込めながらとりあえず声を掛けてみる。
「おぉ~~カナ帰ってたのかい!いや~~心配してたんだよ!?」
「それより聞きたい事があるんだけどいい?」
そう言って蘭花がカナの肩を後ろからつかみながらフレンドリーに詰め寄る。
「なんです?」
「美男子に節操ない人っていうのは誰のことなのかなぁ~~・・・カナちゃん?」
ゾクゥッ!!!
一瞬時が止まったようにも思えた、ありえない言葉だった。
あの世界に来ていたミントならまだ分かる、しかしずっとこの世界にいたはずの蘭花が別れの際のさりげない愚痴を知っているのはあまりに不自然だった。
「え・・・・!?な・・・・・なんの事やら・・・・・」
ポンッ カチャッ
「そっか~~・・・じゃあさ、大酒喰らいの破壊神ってのは知らないかい?」
今度はフォルテがカナの肩にゆっくり手を置き優しい口調でこめかみに銃を突きつける。
「ま・・・・全く存じとりません・・・よ・・・・・」
カナには全く分からなかった、何故聞いてないはずの会話がこうも筒抜けになっているのか。
「おや、カナさんのクロノクリスタルスイッチが入れっぱなしになってますが・・・・普段は切っておかないとエネルギーが勿体ないですわよ?」
戸惑っているカナに対しミントはカナのクロノクリスタルに指をさす。
「・・・・・・・・!!!」
そのミントの言葉にようやく気づいた、その答えはひどく単純なものだった。
「(・・・・やられた・・・・・あの時や・・・・・ティーラウンジでミントさんと二人っきりになった時・・・・・・・)」
「さて、カナさんの復帰のお祝いにドSの大将さんという方からぜひお礼がしたいそうで・・・・」
三人の顔は絶えず笑顔のままだが心なしか今のカナには悪魔のように目が赤く光って見えた。
「い・・・・・・・・・・」
「嫌や~~~~~~~~~~~~~!!!」
ギャラクシーエンジェル長編小説
異世界の住人
完
「・・・・・・・って最後までこんなオチ~~~~~~!!?」
次回予告
ちとせ「お~~ほっほっほ、この私こそ『泥棒界にこの人あり』とまで謳われた伝説の大怪盗!ちと~~せ三世~~~♪」
ミルフィーユ「わ~~い、ちとせ三世だ、三世さんあたしどうしても盗んで欲しいものがあるんです!」
ちとせ「いいでしょう!この私に盗めないものなどないのだから!!」
ミルフィーユ「じゃあ私、遺跡が欲しいで~~す♪」
ちとせ「い・・・・・・・遺跡ですか!?」
ミルフィーユ「できないんですか?」
ちとせ「そ・・・・・そんな事ありません!・・・・・・こほんっ」
カナ「まさかそれは・・・・・・・・『良い咳』・・・・・・?」
ちとせ「えっと・・・・・・・・・・・・・・・・てへっ☆」
あとがき
そんな訳で異世界の住人は外伝を除いて終了です。
それなのに次回予告があるのは続編があるからなのですが、今後の展開はアニメオンリーです。
とりあえずは他の逆井さんなど他の作家の皆様に比べれば短いですが私的にはようやくひと段落といった心境です。
どれだけの方が私の作品を読んでくださっているかは分かりませんが頑張ってきたいと思います。