あの時だ。

 

あの時、私は決意したのだ。

 

そう……、あの時……。

 

 

 

 

Nightmare Prelude 前編

 

 

 

 

「何故です!? 何故なんですか、父上!?」

 

「今は、もうその時でない。」

 

「今だからこそ、やるべきではないのですか? 皇国の充実した今、『白き月』によってもたらされた力を、外に示す絶好の機会なのです!」

 

「愚か者!!! 何度言ったらわかるのだ!!! エオニアよ、もうその機会は永遠に訪れることはない!!!」

 

「何故です!?」

 

皇国暦399年某日、エオニアがまだ13歳のときであった。

 

皇王の宮殿の中には、今日も親子の怒鳴り声の応酬がこだましていた。

父である時の皇王ツェーダーとのここ2ヶ月あまり毎日続いている口論の最中であった。

 

「皇国に平和が訪れておよそ400年、この延々と続いてきた平和を享受している皇国に、再び動乱を招くというのは、いかなる所存か!?」

 

「それは、今こそ『白き月』より享受した天恵の力により、外へと皇国の力を広げて、皇国にかつての超文明EDENに比肩する繁栄をもたらす時、と申し上げているではありませんか! それが、皇国にとって私は最善の方法だと信じています! 繁栄のためには多少の犠牲は止むを得ないと存じます!」

 

「それがそもそもの間違いなのじゃ! そんなことのために、今の平和を犠牲にするということこそが愚か者のすることだといっているのだ! 第一、お前は外、外といっているが、まったく外を見ておらん!」

 

「……!? どういうことですか!?」

 

エオニアは、少し驚いた様子で顔を引きつらせ、後ろへ身を引いた。

ツェーダーは先ほどまでの怒鳴り声ではなく、普段の穏やかな口調で先を続けた。

 

「エオニアよ。お前は、辺境を見たことがあるのか? この皇国の最辺境と呼ばれる星々は、未だ文明の開けていない野蛮な土地だ。まだ、軍はそれらの星々に派遣され、そこに住む人々を啓蒙している。それがいつ終わりになるかなど見当もつかんし、もし終わったとしても、人々はもう、争いごとを好まぬだろう。今、皇国がこのような状態であるのをお前は理解しておきながら、そのような世迷言を述べておるのか?」

 

実際、辺境の地は皇国領とはいえ、トランスバール星系周辺の星系の繁栄とはうって変わり、鬱蒼と茂るジャングルや、果てしなく続く草原を駆けずり回り、獣の皮を剥いで着る物とし、いかがわしい神を祀るといった未開の土地ばかりであった。

およそ、文明とは程遠い生活をそこに住む人々は送っているのである。

 

しかし、エオニアは食い下がらなかった。

 

「そのようなことは十分承知しております! ですが、そんな悠々とのんびりなことをいっていたら、いつか、後悔するような事態になります! 今のうちに皇国外の脅威を取り除いておくことも考えなければならないのではないのですか!?」

 

「…………」

 

「…………」

 

二人は、しばしの間お互いの目を凝視して、身じろぎもせず、沈黙を保った。

 

「…………」

 

「…………」

 

やがて、

 

「……ふぅ……。」

 

ツェーダーは、ため息をついて沈黙を破り、諦めの感情を表しながらこう続けた。

 

「もうよい、エオニアよ。お前には本当に失望した。しばらくの間、この宮殿の出入りと私に会いに来ることを禁じる。そう心得よ。」

 

「なっ……。」

 

父親の予期せぬ言葉に、エオニアは絶句した。

 

「聞こえなかったのか? 今すぐここから立ち去るのだ、エオニアよ。」

 

ツェーダーの声からは、怒りがかすかに感じられた。

 

「……な、何を、何をおっしゃっているのですか、父上?」

 

「早く立ち去れ! お前にいうことは何もない!!」

 

「し、しかし……。」

 

あまりの父親の剣幕に、さすがのエオニアも脇を向き、言葉が詰まる。

それでも言葉を続けようと、前をきっと見据えて口を開こうとした。

 

しかし、ツェーダーはそれを察知し、

 

「立ち去れといっているだろうが!! 場合によっては、お前といえども許さぬ!!!」

 

さらに語気を強めて、エオニアを叱咤した。

 

「ぐっ……。わかりました……。それでは、失礼します……。」

 

これ以上は……、と悟ったエオニアはただただ従うしかなかった。

悔しさに唇を噛みながら、マントをさっと翻し、出口のほうへと足早に向かっていった。

 

 

(……エオニアよ、何故気付かんのだ? 民の心を安らかにすることこそ為政者たる我らの役目。民の心を不安に陥れることは真の為政者の取るべきところにあらず。しばらく頭を冷やし、自分の愚かさに気付き、目を覚ますのだ。)

 

謁見の間から出て行くエオニアの背中を見やりながらツェーダーはそう心の中でつぶやいた。

 

(それに、百年前の皇王が何故、皇国を現在の版図まで広げた後、それ以上に広げることをしなかった真意を理解するのだ。白き月よりの天恵から得た技術を維持するのに最低限必要だった分だけ広げるだけで十分だったからではないか。それ以上は、人の心に驕りを生じさせ、やがては破滅に導くということを、その時の皇王は知っていたのだ。それを理解できない今のお前には、皇国を任せることなぞできたものではない。頼む、エオニアよ、早く気付いてくれ。私とて、いつまでもこの地位にいられるわけではないのだから……。)

 

 

しかし、当のエオニアは、

 

「皇国の発展のために、未来の脅威を除くために、という私の思いを伝えているはずのに、何故分かってくださらないのだ!? しかも、この処分はいくらなんでも不当だ! これでは、謹慎していろといっているのと同じではないか!」

 

といったことを道々でつぶやいていた。

 

「あ、これはエオニア皇子、今日は……。」

 

ある書記官が、エオニアがあまりに急ぎ足で歩いているのを不思議に思い、あいさつのついでに、何か聞いてみようと思い、声をかけた。

 

しかし、

 

「うるさい! 今、お前と話す気など毛頭ない!!」

 

「こ、これは失礼いたしました、皇子。では、また別の機会に……。」

 

この不運な書記官は、何かとても悪いことをしたような気になり、すごすごと退散していった。

道中声をかけてくる者があれば、こんな感じで怒鳴り散らした。

 

宮殿に戻ってからも、エオニアの苛立ちは収まりようもなかった。

 

 

このことは、この親子の間に深い深い亀裂を生み出してしまった。

そして、この亀裂は、永遠に戻ることはなかった。

 

 

 

エオニアの謹慎が始まってから1ヶ月――

 

あれ以来、自分の宮殿の中に独り閉じこもり、エオニアは、満たされぬ思いに鬱屈としていた。

 

(父上は、私の何がいけないというのだ? 父上の言うことでは、皇国の未来は目に見えている。歩みを止めれば、そこですべては終わるのだ。歩き続けることこそ、我々人類の定められし道なんだ! 私は間違ってはいない、間違ってはいないはずだ……。)

 

毎日、考えていることといえば、このことばかりであった。

父親からは何も連絡はなく、周囲も皇王に遠慮しているのであろうか、まったく宮殿に姿を見ることはなくなっていた。

必要な家具以外、ほとんど何もないエオニアの部屋はただ広く、たまに給仕が食事を運んでくるときくらいしか人の訪問のないため、孤独感がじわじわと心へと押し寄せてくる。

 

エオニアは、気を紛らわせようと窓の側まで歩いていき、外をぼんやりと眺めていた。

 

(外は晴れているのに、我が心は黒い霧に包まれている……。光が欲しい、我が心に立ち込める黒い霧を突き抜ける一筋の光が……。)

 

そこまで考えたところで、ふっと息を漏らし、窓を背にした。

 

(何も、外出を禁じられているわけではなかったな……。少しは外でも回ってみるか……。)

 

 

1ヶ月ぶりの外出だった。

やわらかな日差しの下、エオニアは、気の向くままに歩いた。

果てなく続く森、大空を映す湖、心地よい陽気……。

以前なら、この宮殿の周りを囲む豊かな自然の中を歩くだけでも心が和んだものであったが、今のエオニアの心には、その大きな癒しの力も届いていなかった。

立ち込める黒い霧は、それほど強くエオニアの心を支配していた。

 

ふと気付くとエオニアは、皇国軍第1艦隊の訓練所まで来ていた。

 

(……、ずいぶんと遠くまで来てしまったな……。まぁ、特にとがめられる理由もないことだから、ついでに視察にでも入ってみるか……。)

 

自身の意外な遠出に驚きつつも、門に向かって歩いていった。

 

「これは、エオニア皇子。わざわざのご訪問、ありがとうございます。私は、この訓練所の所長であります、マリス・クレーベル中将であります。ろくな準備も出来ず、粗末な歓迎となってしまったこと、お許しください。」

 

通された大きめの部屋で、エオニアはそうあいさつを受けた。

 

「いや、こちらが何の連絡もなく勝手にやってきただけのことだ。案ずることはない。」

 

「もったいないお言葉、ありがとうございます。お詫びというのもなんですが、私がこの場内を案内いたします。」

 

「うむ、それは助かる。それでは頼んだぞ。」

 

クレーベルに連れられて、その部屋から出て行った。

 

「今週は、士官学校より研修生が来て、実際の軍の訓練を行っております。そちらに案内しましょうか?」

 

「そうだな……。未来の皇国を守る者たちの激励にいくというのも悪くはないな。よし、行こう。」

 

エオニアが案内されたのは、屋外訓練場であった。

そこでは、いくつかの集団が規律正しく訓練にいそしんでいた。

 

「あ、あそこにいるのが、研修生の一団です。」

 

「ほぅ、なかなかいい動きをしているではないか。頼もしい限りだ……。」

 

そういったところで、エオニアの目がふと止まった。

エオニアの視線の先には、一人の少女がいた。

少女というには少し大人びていた。

すらっとした長身、腰まで伸びた赤紫がかった白い髪、整った顔立ちの少女は、強い意志の現れである光を宿した瞳を冷たく輝かせ、口元をきっと結んだまま黙々と訓練を行っていた。

その身のこなしは、周りの男たちに遅れをとることなく、見事なものであった。

 

しばし、その少女を見つめているうちに、訓練は終わり、研修生たちは隊列を組んだまま粛々と屋内へと引き上げていった。

 

「あの者の名はなんと言うのだろう……?」

 

エオニアは思わずつぶやいた。

 

「どうされましたか、エオニア皇子?」

 

研修生たちの去っていった方向をいつまでも眺めているエオニアを、クレーベルが、少し不思議そうに尋ねた。

 

「もしや、何か研修生たちが何か不始末をしでかしたでありましょうか!?」

 

「いや、心配することはない。大したことではないのだ。」

 

「そうですか……。それでは、もう少し屋外訓練場を案内しましょうか?」

 

「うむ……、いや、もうよい。」

 

「わかりました。こちらへどうぞ。」

 

2人は屋内へと戻っていった。

その途中、エオニアは歩きながら突然こんなことを口にした。

 

「クレーベル中将、すまないが、あの研修生と話がしてみたい。」

 

「……は? い、今なんとおっしゃられたのですか?」

 

あまりの突飛なエオニアの発言にクレーベルは狼狽した。

 

「ん? ああ、すまん。あの研修生たちの中で少し気になるものがいてな……。できればそのものと少し話がしてみたいのだ。いや、その、なんだ。もし迷惑でなければのことだが……。」

 

あっけにとられているクレーベルを見て、自分の発言のおかしさに気付いたエオニアは、あわててそう付け加えた。

 

皇族は普通、国民、ましてや1人の研修生と話すことはないだろうし、そうしてみたいとはまず思いもしないだろう。

エオニアは、こうしたところがほかの皇族とは違っていた。

国民を大切にしたい気持ちは父親譲りなのかもしれない。

 

「いえ、迷惑だなんて滅相もありません。むしろ大喜びでしょう。皇子のお目に留まるなんて、これ以上名誉なことはありませんでしょう! 私もその会談には賛成いたします。すぐにその者を呼んで参ります。」

 

クレーベルは気の利く男であり、優しい心の持ち主であった。

彼は、エオニアの境遇と心中を理解しており、少しでもエオニアの力になりたかったのである。


「そうか? それはうれしい限りだ。それではよろしく頼む。」

 

 

「シェリー・ブリストルでございます。敬愛すべきエオニア皇子とお話しすることが叶うとは、身に余る栄誉であります。」

 

そういいながら声の主は、エオニアがひとりで待っていた部屋に入ってきた。

しかし、言っていることの割には妙に落ち着いた話し方である。

しかも、その顔には笑顔はなく、毅然とした表情が浮かんでおり、鋭い目がエオニアを見つめていた。

一見すると、エオニアに対してはあまりいい印象をもってないように感じられる。

 

「おお、待っていたぞ。無理を言ってすまないが、どうしてもお前と話をしてみたくてな。」

 

「それで、話とはどういったものでしょうか?」

 

かなり冷たい言い方である。

が、エオニアはあまり気にせず、話を始めた。

 

「お前は何故、皇国軍に志願したのか、それを聞きたかったのだ。」

 

「…………。」

 

シェリーは少し意外に思い、目をかすかに大きく開けたが、

 

「……分かりました。私が皇国軍に志願したのは今の皇国に満足できないからです。」

 

「ほう、それはどう意味でだ?」

 

「現在皇国は、その気にさえなればさらに版図を拡げ、さらなる繁栄を築くことのできる力を持っています。なのに、その力を利用せず、無駄にもてあそんでいる今の皇国が歯痒くて仕方がないのです! 今の支配層のやっていることが我慢ならないのです!」

 

「それで?」

 

「私は、その力を外の世界に示し、皇国にこれ以上ない繁栄をもたらしたいのであります。そのために、その力を操ることのできる地位まで駆け上がって、私の理想を実現させたいのであります!」

 

(ほう、私の目に狂いはなかった。この者ならば、私の思いも分かってくれるに違いない。)

 

そう感じたエオニアはこう答えた。

 

「なるほど。お前の言いたいことは分かった。私の前でここまではっきりと言うとは……。その決意に揺るぎはないということだな?」

 

「もちろんです! 私は皇国の民として、皇国の発展に尽くすのは当然のことだと思いますが?」

 

「ふむ……。私も、そう思っていた。今の皇国は、歩みを止めてしまっている。私は、歩み続けることこそ、国の、いや人類そのものの宿命だと信じている。だから、今の皇国が腹立たしいのだ!」

 

「では、皇子も皇国のもつ力を外に発揮するのがよいとお思いなのですね?」

 

「もちろんだ! 私はいずれ皇位を継ぐことになろう。時が満ちれば、今ある皇国の力を外に示して、あの超文明EDENをも越える繁栄を皇国にもたらすのだ! これ以上、版図を拡げるのをためらう臆病者どもに目に物を言わせてくれる!」

 

こうエオニアが声高らかに叫んだとき、これまでほとんど冷たい表情を崩すことのなかったシェリーの顔が、初めて笑顔を見せた。

 

「ああ、皇族の方々の中にも本当に皇国のことを思っている方がいらっしゃった! 私は幸せ者であります。こうして、私のような者の考えを真剣に聞いて、同じように皇国に真の繁栄をもたらそうと考えていらっしゃるお方に出会えて、本当にこれ以上の幸福はございません!」

 

「ははは。それにしても、私が皇子であることを知っていながら、思っていることを何も包み隠さずにはっきりと述べたのは、お前が初めてだ。」

 

「無礼なこととは承知しておりましたが、どうしても私の思いを理解していただきたかったのであります。今まで誰も私の思いに理解を示そうとはしませんでした。むしろ、それは間違いだといって考えを改めろと強要してくるのです。私はそれが悔しくてたまらなかったのであります。」

 

「その気持ちは私にもよく分かる……。」

 

「その後様子だと、言い方は悪いのですが、やはり、皇子が謹慎になったのも……。」

 

「ああ……、それが原因だ。私だって周囲の分からず屋にはうんざりしているのだ。そうだ!」

 

沈みかけたエオニアの頭の中である考えが浮かんだ。

 

「いったいどうしたのでありますか、皇子?」

 

「お前、私に仕えてはくれないだろうか?」

 

「え……? 私がでございますか?」

 

あまりに意外な提案にさすがのシェリーも驚いた。

 

「私のようなものがおそばにお仕えしても無意味に思われるのですが……。」

 

「いや、そんなことはない。私には、私のことを本当に理解してくれる者が必要なのだ。幸い、シェリー、お前は私と同じような思いを持ち、同じような境遇にいる。お前こそがもっとも私を理解してくれる存在なのだ。ただ……、ただ、私は強要はしたくない。お前には、お前がやりたいことがあるだろう? 私にそれを奪う権利はない。お前さえよければ、のことなのだが。どうであろうか?」

 

「…………」

 

しばらくの沈黙のあと、シェリーは口を開いた。

 

「分かりました。今すぐにというのは、申し訳ありませんが無理であります。ですが、いつかきっと皇子の下に参りましょう。」

 

「ほ、本当か?」

 

「はい! 約束いたします。必ず、必ずや近いうちに皇子のおそばにお仕え申上げます!」

 

 

 

一方、ツェーダーは、日々の職務がこの1ヶ月あまり度を越えて多く、また、エオニアの件で心を痛めていたこともあり、心身ともに限界に達しまい、ついに、病気になってしまった。

さらに悪いことに、侍医からはもうそんなに長くはないという診断結果を受けていた。

 

「陛下……、ここはエオニアに、ご自分の病状についてお知らせしたほうがよいのではありませんか?」

 

病床のツェーダーの脇に座って、こう提案しているのは、弟のジェラールであった。

 

しかし、

 

「ジェラールよ、私の病状についてはエオニアに知らせる必要はない。」

 

「どうしてですか? いくら謹慎の身とはいえ、大切な世継ぎではありませんか。それに、陛下のご様子を理解すれば、反省を促して、考えを改める要因にもなるのではありませんか?」

 

兄の意外な返事に、ジェラールは驚き、早口になり、声も上ずった。

 

「お前は、エオニアについて少し見方が甘いな……。エオニアがそんなことで考えを改めるような者ではないことなど、親である私が一番理解している。このことはあやつ自身の問題だ。自ら誤りを認め、正すことができるまでは、私は断じてあやつに皇位を継がせたりはせん。ジェラール、お前の心配ももっともだ。私はその厚意をありがたくいただいておくが、今しばらくそっとしておいてくれないか?」

 

「しかし……。」

 

何か反論しようと思ったが、ここで言い争っても無意味であり、何より、兄の容態が思わしくないことを理解していたため、

 

「……分かりました。出過ぎたまねをして申し訳ありません。」

 

「分かってくれたか……。感謝する。」

 

「それでは、陛下。私はこれにて失礼します……。」

 

 

 

ところが数日後、事態は急変する。

 

皇王危篤の情報が、エオニアの宮殿を除く本星中に瞬く間に広がった。

当然、これもツェーダーの緘口令である。

 

さすがに、このことには周囲も、

 

「何もここまでしなくても……。」

 

と、眉をひそめたが、皇王の容態を考えると渋々承知せざるを得なかった。

 

 

今、皇王の部屋には、エオニアを除く皇族がそろって皇王の見舞いにやって来ていた。

 

「皆の者……、わざわざこうして来てくれたのはありがたいのだが、ジェラール以外は、少し席を外していてくれないか?」

 

穏やかな声ではあったが、その声には、もう力がこもっていなかった。

 

「陛下……、どうしたというのです? 陛下が人目を避けるなんて珍しいではありませんか?」

 

ジェラールは、兄のいつにもない様子を怪しみ、心配そうに尋ねた。

 

「おそらく、もう私の命はなくなるであろう……。そうなる前に、ジェラール、お前にどうしても頼みたいことがあってな……。これは、極秘のことであるゆえ、私が死ぬまでは、お前だけが知っておいて欲しいことなのだ。済まぬが、皆の者、頼む……。」

 

「……分かりました、陛下。さ、行きましょう、皆さん……。」

 

物分りのよい皇族の一人が、ほかの皇族を促して、部屋から出て行った。

 

「さて、ジェラールよ、さっきも話したのじゃが、これから話すは、あるときが来るまでは決して口外してはならぬ。場合によっては、ずっとお前の心の中にしまっておかねばならぬことになるかもしれぬ……。それを守ってくれるな……?」

 

「はっ、決して約束を違えるようなことは、誓っていたしません。……しかし、私に極秘のこととは、どういったことですか?」

 

「うむ……、それでよい。まず、私の遺言書を渡しておく。私の死後は、そこに書いてあることのみを公表し、実行するのだ。しかし、見ただけでは私の本当に考えていることは伝わらないだろう。このことは、お前だけには知っていてもらわなければならぬから、わざわざ二人にしてもらった。では、そこに書いてあることとその意味を話そう。」

 

「…………。」

 

「そこに書かれていることの第1は、私はお前に皇位を継承させるということだ。」

 

「!? い、一体どういうことですか、それは?」

 

あまりの驚愕な発言に、ジェラールは、自分の耳を疑った。

 

「陛下にはエオニア皇子という世継ぎがいらっしゃるではありませんか?」

 

「前にも、少しばかり口にしたが、今のエオニアは、危険な思想を胸に宿しておる。たまに人をやって様子を見させてきていたのだが、いまだに考えが改まっている様子はまったく見えない、という。このままエオニアが位を継げば、皇国は度重なる戦を行い、人心は乱れ、やがては皇国自体が滅んでしまう。そうならないためにも、お前が、皇位を継いでくれ。」

 

「お言葉ですが、陛下。いくらなんでもそれでは民が納得しないでしょう。正式の皇位継承権第1位をもつのは皇子なのですから……。」

 

「頼む、今、最も信頼の置ける者はお前なのだ。これは、他の者には任せられることではない。それと、あとひとつ書かれていることだが、エオニアには、引き続き皇位継承権第1位を保有させる。」

 

「!? ますますもって意味がわからないのですが……?」

 

皇王のさらに意外な言葉に、ジェラールは困惑した。

 

「お前にエオニアの教育を頼みたいのだ。理不尽かも知れぬが、あれでも我が息子だ。かわいくないはずがない。それに……。」

 

ツェーダーは、ここまで言うと、少し言いづらそうに言葉を詰まらせた。

 

「……分かりました。それは当然のことです。力及ばずとも、最大限努力してみます。」

 

「ただし……、ただし、お前がエオニアは考えを改めないと判断したら、いつでもエオニアを好きなように処分しろ。多分、そのようになるであろう……。」

 

「な、何を言っているんですか。大体、そこまですることもないと思うのですが……? 私も、必ずや皇子を正しい道に戻して見せます!」

 

あまりの言葉に、ジェラールは、必死になって説得しようとする。

 

「……そうなれば、最もよいのだがな……。」

 

ツェーダーは、寂しそうに笑った。

 

「さて、これで私の遺言も終わりじゃ。おお、ひとつ忘れていた。さっき言った『時』とは、エオニアが改心した時、という意味だ。その時までは、今言ったことを周りにもらさないでくれ。」

 

「……分かりました。陛下の遺言、確かに承りました。決して、陛下のご意向に背くことの無いよう、努力していきます。」

 

「うむ、頼んだぞ……。」

 

この夜、ツェーダーは皇族に見取られながら静かに世を去っていった。

 

 

そして翌日――

 

皇王崩御の知らせは矢のような速さで皇国中を駆け巡った。

この知らせに、涙せぬものは一人としていなかった。

無論、エオニアも例外ではなかった。

 

「な、何……? 父上が、なくなられた、だと!?」

 

「はい……。昨晩、他の皇族の方々に見守られながら、ということです。」

 

「なんということだ……。私は……、私は、父上の最期も看取ることを許されなかったのか……。」

 

エオニアは、目に大粒の涙を浮かべた。

この知らせは、エオニアの心を大きく揺さぶった。

 

「それと……、それと、皇位はジェラール様が引き継ぐことになりました。先ほどジェラール様が、遺言に従い皇位を継承すると宣言なさりました。」

 

知らせに来た使いは、エオニアの様子を見て、言っていいものかとためらいながらもこう伝えた。

このことは、エオニアの心に衝撃を与えた。

 

「何……だと……!? 皇位継承建第1位は私のはず……! ち、父上は、そんなに私のことが信用ならないといいたいのか!?」

 

怒りと悔しさの交じり合った声で、宮殿全体に響くほどにエオニアはわめいた。

 

「何故だ!? 何がいけない!? 私の考えの何がいけないというのだ!?」

 

 

 

 

 

あとがき

 

どうも、笹原です。

何をいまさらと思うかもしれませんが、どうしてもGAが始まるきっかけとなったエオニアの反乱を書いてみたかったので、つくってしまいました。

少しぐだぐだと長くなってしまいましたが、その辺はご容赦のほどを……

あと、読んでいただければ分かることと思いますが、とりあえず連作です。

4話形式の予定ですが、読んでいただければ幸いです。

今後とも、よろしくお願いします。

 

2005410日 笹原