『権力』

 

それは、古代より人々がその力を得ようと数多の争いを繰り広げてきた力。

 

この人々を惹きつけてやまない魔物は、長い長い時間をかけて、こうまで人の心を蝕み、変えていってしまうものなのか……。

 

 

 

 

Nightmare Prelude 前中編

 

 

 

 

皇王ジェラールは、穏やかな人として、人々からそれなりの信頼を得ていた。

即位してからしばらくはその穏やかさでもって、人々の心に平穏を保たせていた。

 

しかし、1年たった頃から徐々に非情で冷酷になり始めてきた。

 

その際たるものが、4年前、皇国暦402年に起きた、『『白き月』占領事件』である。

当時、月の聖母シャトヤーンの指導の下、自治領として独自の政治体系を持っていた『白き月』に、何の前触れもなしに皇国軍が乗り込んできて、あっという間に占領してしまった。

技術面で頼ることは、以前と比較すると格段に少なくなってはきていた。

それでも、『白き月』は平和と繁栄の象徴として、人々の心の支えとして存在してきた。

この事件は、人々の心に言いようのない不安と皇国軍に対する反発を植えつける結果となってしまった。

 

さらに、ジェラールはだんだん人との接触を嫌うようになり、ごく限られた者たちしか信用しなくなっていった。

このことが、身分偏重というゆがみを生じさせ、特権階級による専横を許すことになっていた。

 

 

言うまでもなく、エオニアの待遇も日に日に悪くなっていく一方であった。

 

はじめこそ、ジェラールも、兄である前皇王の遺言通りにエオニアの考えを改めさせようとあれこれ手を尽くしてきたのだが、どうあっても考えを変えようとしないエオニアを、次第に疎ましく思うようになってきた。

やがてその思いは、『エオニア排除』というゆがんだ形でジェラールの心に陰を落とすようになっていった。

あからさまに冷遇することで、エオニアが隙を見せる機会をうかがっていたのである。

 

 

皇国暦406年――

 

7年の歳月が流れた。

 

そんな自分の危うい立場を知ってか、エオニアも、ここ数年間人々の前に姿を見せることはあまりなく、自分の宮殿に釘付けとなる毎日を送っていた。

 

エオニアは、今日も日の差し込む窓辺に立ち、外の景色を眺めながらつぶやいていた。

 

「いつまでこのように過ごしてなければならないのだ? 私にはこのまま無駄に命を費やしていくことしか許されていないのか? くっ……!」

 

エオニアの声には、あきらめの中にも苛立ちがこめられていた。

 

「今は耐え忍ぶときです、エオニア様。ですが、必ず時は来ます。それまではどうかご自愛ください……。」

 

エオニアの傍らに控えていた長身の女性がその苛立ちを察知し、こう忠言した。

 

「うるさい……! そのようなこと、言われなくともわかっている、シェリー!!」

 

「ですが……! ですが、今のままのエオニア様では早まったことをしかねません! エオニア様は、皇国の未来の繁栄のためにいなくてはならないお人なのです! ですから、短慮のないようにこうして言っているのであります!!」

 

シェリーと呼ばれたこの女性は必死にエオニアをなだめた。

 

このシェリーこそ、エオニアの父である前皇王の崩御の数日前、エオニアが、偶然立ち寄った訓練所で見つめていた研修生の少女であった。

 

「何のために私はエオニア様のそばにいるのでしょう? エオニア様の相談相手になるべく、おそばにお仕えしているのです! エオニア様のお悩みを一緒に解決すべくいるのであります! だから当然、エオニア様の気にそぐわないかもしれませんが、それなりのいさめもします!」

 

シェリーは語気を強めていった。

シェリーの強いまなざしがまっすぐエオニアに突き刺さってきた。

シェリーのこの様子に、エオニアも自分の理不尽さを反省した。

 

「すまなかった、シェリー……。お前にはいつもいやな思いばかりさせているな。」

 

「お気になさらないでください、エオニア様。私は自分の意思でここにいるのでありますから。ここにいたいからここにいるのであります。ここ以外に私のいるべき場所はございません。」

 

そう、彼女は自らの意思でエオニアのそばに仕えているのである。

 

士官学校を卒業後、シェリーは、エオニアとの約束どおり、エオニアのそばに仕えることにした。

周囲は、シェリーのこの決意には反対した。

士官学校を優秀な成績で卒業した彼女には、ほかの場所からも多くの誘いがあった。

彼女の力であれば、どこへ行っても成功するはずだ、それを何もよりによって、あからさまに皇王から嫌われているエオニアのそばに好き好んで仕えることもないだろうに、と思われた。

しかし、それでも、彼女はエオニアのそばに仕えることを選んだのである。

 

「うれしいことを言ってくれるな。もっとも、お前のその決意おかげで私はこうしてつらい境遇でも耐えていられるのだがな。」

 

「それに、それに私がここにいるのは……。」

 

「ん? 何か言ったか、シェリー?」

 

「い、いえ、何でもございません! 失礼しました。」

 

単なる決意だけなら、耐えられなかっただろう。

彼女には、このつらさをはるかに凌駕する想いがあったのである。

 

 

 

ジェラールも、かなり苛立っていた。

エオニアはまったく隙を見せないために、除こうにもよい口実を作ることができなかったからである。

 

「うーむ……、どうしたものか? なんとしても今のうちに除いておかねば、後々厄介なことになるぞ……。何かうまい方法でもないだろうか?」

 

ここ6年ほど、来る日も来る日もこんなことを考えては、眉間にしわを寄せていた。

厄介なこととは言うまでもなく、後継者問題のことである。

現在、エオニアは名目上、皇位継承権第1位を持っている。

このことは、先王ツェーダーの遺言によるものであったため、ジェラールも従わざるを得なかった。

しかし、ジェラールも人間である。

自分の子供に皇位を継がせたいと思うようになってしまった。

当然、エオニアは邪魔である。

 

以前、ツェーダーが死ぬ間際に、

 

『お前がエオニアは考えを改めないと判断したら、いつでもエオニアを好きなように処分しろ。』

 

と、ジェラールに語ったことがあった。

 

ツェーダーが崩御してから1年ほどはエオニアの教育をすすんで取り組んでいたが、エオニアも頑なであった。

まったく改める様子を見せないエオニアに苛立ち始めた矢先、ジェラールは、ふとこのことを思い出した。

次の瞬間、ジェラールの口には残酷な笑みが浮かんでいた。

これを利用しない手はない、と悪知恵をはたらかせたのである。

つまり、エオニアには手早く見切りをつけて、適当な理由をつけて処分しようと目論んだのである。

しかし、すぐに壁にぶち当たることとなった。

 

「直接手を下すというのが手っ取り早いが、それでは、国民にどう申し開きすればよいものやら……。これ以上、信頼を損なうわけにもいかんし……。うーむ……。」

 

悩むジェラールが一人でいる王の部屋に、何人か訪れて来た。

 

「何か、お悩みになっておられるのですか、陛下?」

 

その中の一人が尋ねた。

彼らはジェラールが信用する数少ない人々であった。

その皆が、軍の要職につく貴族出身者であった。

 

「うん? い、いや……、なんでもない。そなたたちが知る必要のないことだ。」

 

ジェラールはごまかそうとしたが、その上ずった声ではごまかしきれなかった。

 

「陛下……。もう少し私たちを信用してくださってもよいではありませんか。そんなに私たちのことが信じられませんか?」

 

「別にそういうわけではない。そうではないのだがな……。」

 

「だったら、私たちにも教えてくださいませ! 今、陛下の力になれるのは私たちだけなのですから!」

強い口調でジェラールに迫った。

 

「分かった、分かった……。そうだな、今役に立つのはお前たちだけであったな……。」

 

しぶしぶ承知するジェラール。

 

「それでどうしたのでありますか?」

 

「うむ……、実はエオニアについてなのだが……。」

 

「……? エオニア皇子がどうかなされたのでありますか?」

 

(おい! そんな分かりきったこと訊いてどうするんだ!?)

 

(まだ、そうと決まったわけではないだろう?)

 

(馬鹿だな、日ごろの処遇を見ていれば、次に出てくることぐらい決まったも同然だろう?)

 

(しかし……。)

 

「どうかしたのか?」

 

後ろでなにやらひそひそ話し合う彼らを見て不思議に思い、ジェラールは話すのをやめて訊いてみた。

 

「あ……、いいえ、申し訳ございませぬ。何でもございませぬ。大事な用件を聞くときだというのに失礼いたしました。では、続きをお話くださいませ。」

 

「実は、エオニアを処分する方法を考えていたのだ。」

 

「…………」

 

(やっぱり、そうだ。)

 

(いや、待て。実は本心ではないかも知れんぞ。)

 

(じゃあ、何だというんだ?)

 

(決まってるだろ、こちらに探りを入れているんだよ。)

 

(いや、違うと思う。これは陛下の本心と見て間違いないだろう。)

 

(私もそう思う。)

 

(とりあえず止めるふりでもして見せるか?)

 

(そうだな、それがいい。)

 

「陛下、恐れながら申し上げますが、それはよろしくないと思います。」

 

「そうです。エオニア皇子は遺言状の処置とはいえ、皇位継承権第1位を持っています。それをたいした理由もなく処分するのはいかがなものかと……。」

 

「……やはり、そなたたちには話すべきではなかったな。そなたたちは残念ながら、私の役には立たぬ。」

 

側近たちの言葉を聞いたジェラールは、深いため息と共にこうもらした。

それを聞いて側近たちは、自分たちの読みが正しかったことを確信し、こう切り出した。

 

「陛下、申し訳ありませぬ。今のは陛下が本気でそのようなことをおっしゃっているのか疑問に思ったため、わざと反対するそぶりを見せたのであります。陛下をお疑いした罪をお許しください。ですが、私たちは、いつでも陛下の味方であります。」

 

「そうすると、エオニア排斥には賛成だというのだな? そう思って間違いはないか?」

 

「は! 我らの言葉に偽りはありませぬ!」

 

「うむ、そなたたちを信じよう。でだ、どうエオニアを処分すべきであろうか?」

 

「そうですね……。先程も申し上げましたとおり、エオニア皇子は処分に値するような過ちを犯しているわけでもありませんし……。」

 

「今のまま陛下が手を下されては、かえって陛下の立場が危ういものとなってしまいますし……。」

 

「エオニアはこの皇国に戦の火を灯そうとしておる。我が兄はそれを憂慮して私に位をお預けになったのだが、お前たちも子ってのとおり、エオニアはまだその考えを捨ててはおらぬ。我が兄はそのような場合は一刻も早くエオニアを処分するように言っていたのだが、いざ実行に移すにはな……。」

 

「それでしたら、私にひとつよい方法がございます。」

 

側近のうちの一人がそう声を上げた。

 

「ん、なんだ、ジーダマイア? そなたの考えを申してみよ。」

 

その声の主に、ジェラールは尋ねた。

 

「は! エオニア皇子に目立った過ちがないのであれば、そうさせるように仕向けるのです。」

 

ジーダマイアと呼ばれた少々小太りの男はそう答えた。

 

「……? そんなことどうすればできるのだ?」

 

ジェラールは疑わしげにそう尋ねた。

 

「私に全てお任せください。エオニア皇子のことです。きっとこちらの手に乗るに違いありません。必ずや朗報をもたらしましょう!」

 

そう言って、ジーダマイアは不敵な笑みを浮かべながらこう宣言した。

 

 

 

折しも、時代は身分偏重の貴族政治の絶頂期であった。

数の上では全人口の1%にも満たないにもかかわらず、権力という巨大な力をたてにとった貴族の傍若無人なやり方に、方々で市民階級出身の者たちから不満が噴出していた。

 

「この圧倒的多数の市民階級を味方につけることが出来るなら、どんなに心強いことか……。」

 

エオニアは、こう考えるようになっていた。

 

「私が次に皇位を継ぐとしても、私の理想は彼らの支持がなければ上手くいかないであろう。ただなぁ……。」

 

望みの薄い未来を予測しつつ、深いため息をついてこう続けた。

 

「今まで私は周囲との接触を持たなさ過ぎた。こんな私に誰がついてこようか……?」

 

冷遇されるようになって以来、あまり警戒されないように周囲との接触を極力控えてきたことへの後悔が滲み出してきた。

しかし、邪魔者扱いされ、あわよくば排除されようかという自分の立場を感じ取っていたエオニアは、

 

「おそらく、こんな身の振り方をしていても、遠からず何らかの処分を受けるであろうな……。そうであれば、今更こんなことをしていてもしようがない。いっそのこと、思い切って行動してみたほうがよいのではないだろうか……?」

 

と、次の瞬間、こう考えた。

そして、

 

「何かを試しもしないで諦めるなんて、そんな情けない君主に誰が従おうか? 今からでも遅くはないはずだ!」

 

と決意し、すぐさま行動に出ることにした。

 

エオニアはまず、皇国のデータバンクを管理する情報部へと出向いた。

今、エオニアには決定的に情報力が欠落していた。

そのため、どこにどれだけ市民階級の人物がいるか皆目見当もつかなかったのである。

エオニアは情報の大切さを知っていたので、真っ先にここに来たのである。

 

「これは、エオニア皇子。突然の訪問、いかがなされたのですか?」

 

たまたま入り口の近くにいた情報部員の一人が少し驚きながらもこうたずねた。

 

「たまにはこの皇国のために働いている者たちの働きぶりでも見させてらおうかとまわらせてもらっているところだ。ところで、ここを案内してはくれないか? 実はここへ来るのは初めてで、何があるか分からぬものでな……。」

 

「そうでございますか……。皇子の指名とあれば断るわけにも参りませぬ。ですが……。」

 

その情報部員は少し困った顔をして言葉を渋った。

 

「ん? どうかしたのか? ……ああ、これは悪かった。お前にはやるべきことがあるのだな。」

 

エオニアは、その情報部員の様子と手に持っていた書類の山を見て、はっと気付いてそう言った。

 

「申し訳ありません! 皇子の言いつけを断るなどという無礼を行ったこと、どうかお許しください!」

 

「いや、気にすることはない。もとはといえば、私が気が利かなかったのだからな。では、誰か他の者をつけてくれ。」

 

「寛大なご配慮、痛み入ります。少々お待ちくださいませ。」

 

そういうと、その情報部員は、書類を抱えたままエオニアをその場に残し、近くの休憩所に行った。

そして、近くにいた同僚に声をかけて連れてきた。

 

「彼はエリーグル・ヤハー少佐と申します。彼はなかなか気の利く男ですので役に立つと思います。」

 

「お初にお目にかかります、エオニア皇子。自分はエリーグル・ヤハー少佐であります。ご無礼があるかもしれませんがよろしくお願いします。」

 

連れてこられた男は敬礼をしながら、こう答えた。

早口なのと声が上ずっていることから相当緊張している様子が見て取れた。

 

「突然のことですまんが、よろしく頼む、ヤハー少佐。」

 

「は! では、こちらへどうぞ、皇子。」

 

 

「ふむ。皆、なかなか仕事に精を出しているようだな。これは感心。皆、この仕事にはやりがいを感じているようだな。」

 

ヤハ少佐の案内で、情報部をひととおり回った後で、エオニアはこうたずねてみた。

 

「はい、皆、一生懸命皇国のために働いております。ただ……。」

 

そこまで言いかけたところで、ヤハーの顔が少し曇った。

 

「ただ、どうしたのだ、ヤハー少佐? 何か問題でもあったのか?」

 

ヤハーの変化に気付き、エオニアは訊き返してみた。

 

「え、あ……? あ、はい……、じ、じゃなかった、いいえ。何でもございませぬ。」

 

ヤハーは否定しようと慌てた。

 

「ははは、何もそんなに慌てることはない。何かあるのだろう? おぬしの顔にもそう書いておる。私でよければ聞いてやろう。どんなことでもかまわん。」

 

「はぁ……。皇子にはお見通しでありますか……。申し上げにくいことなのですが……。」

 

ヤハーは、重い口をあけた。

 

「実は、最近、仕事があまりやりがいのあるものではなくなってきています。上司のことを言うのも何なのですが、ここ6年ほど、さして実績のない貴族出身者が次々と私たちの上司となって、無理難題を吹っかけてきまして……。私のような市民出身の者たちは大変困っているのです。」

 

「…………。」

 

「さらに、少しでも不満を漏らしたり、失敗したりしますと、それはもう……。」

 

「……なるほど。これは思ったよりもひどいな……。」

 

エオニアは、あまりのひどさに閉口した。

 

「……申し訳ございませぬ。皇子にこのような汚らわしいお話をするつもりではなかったのですが……。」

 

「いや、むしろそのようなことを聞きたかったのだ。」

 

「え? それは、いったいどういうことでございましょうか?」

 

「私も、今の皇国のあり方には疑問を持っているのだ。何の能力も持たないものが権力という得体の知れない力をもつことで、この皇国にゆがみが生じているのだ。私はそれを正したくて、こうして皆の不満を聞きに回ってみようと思ったのだ。そこでだ。お前たち、市民階級の出身者に力を借りたいのだ。まぁ、そのゆがみが矯正されるのがいつのことになるか皆目検討もつかないのだがな……。」

 

「それは本当でございますか? 皇子が私たち、市民階級の味方になっていただけるのですか? これはまことにうれしい限りであります! 私たちが救われるのがいつになろうとかまいません! 少なくとも私は皇子のために力を尽くします!」

 

あまりのうれしさにヤハーは飛び上がらんばかりの様子であった。

 

「そうか。それはありがたい。それでは、早速なのだが、お前にもうひとつ頼みがある。この皇国中枢で、現体制に不満のある者を見つけて私に報告してくれないか? 情報部のお前なら、こういった情報を手に入れるのも可能であろう?」

 

「はい、もちろんできますとも! これより自分は皇子のためにがんばります!」

 

 

 

2ヶ月がたった。

 

「ふむ、たった2ヶ月だというのにずいぶん協力を取り付けられたな。これもヤハー、お前のおかげだ。」

 

「いえ、そんな……。そんなこともありません。これも、皇子の人望がなした結果でありましょう。」

 

「ははは、お前の情報収集能力がなければ、もしそんなものがあったとしても生かせなかったであろう。お前のその力と努力には感謝する。」

 

「身に余るお言葉、痛み入ります!」

 

エオニアは、ヤハーの集めた情報をもとに、現状に不満を持つものたちに密かに接触し、協力を仰いでいたのである。

その成果は順調で、既に中央の人物の百数十人を引き込むことに成功していた。

その大多数は、やはり貴族政治に不満を持つ市民階級出身者であった。

 

「それにしても、貴族の中にも現状に不満を持つものがここまでいるとは驚いたな。」

 

貴族のうちでも、中流や下流に位置づけられている者たちの中には、出世できない不満から、エオニアに着くことを選ぶ者も少なからずいた。

中には、大臣や顧問といった相当な肩書きを持った者たちも含まれていた。

当然、そういった者たちは上流貴族の部類である。

しかし、彼らは市民が、圧迫されている現状を看過できず、自らの陣営を非難したばかりに冷たい仕打ちを受け、その無念を晴らそうとする者たちであった。

 

「協力者は一人でも多いほうが有利でございますから。歓迎すべきことではありませんか。」

 

「そうだな。ただ、協力を取り付けたはいいが、具体的には何をしたらよいやら……。」

 

「そうでありますね。ただ人を集めただけでは何もならないですからね……。とはいえ、私にもどう動くべきかは……。」

 

そう言って、エオニアとヤハーは黙り込んでしまう。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ここは……」

 

しばらくの沈黙のあと、エオニアはこう切り出した。

 

「陛下に直接、話をしてみるか? それが最も手っ取り早いし、今できることと言ったらそれぐらいしかないだろう……。」

 

「恐れながら、それはあまり良い考えではないと私は思います。失礼ながら、あの陛下がそのようなことをまともに取り合ってくださるとは思えません。それにやるのであればいっそのこと……」

 

「うん? 良い考えでもあるのか、ヤハー?」

 

「あ、いえ。今すぐにというのは少し無理ですが、極端なことを申し上げますと実力行使という手段もあります。首尾よくいけば何もかも思いのままでございますが、ただ……」

 

「ほぅ、要するにクーデター、いや、言い方が悪いな……。そう、革命、か?」

 

察しのいいエオニアは、即座にそう聞き返した。

普通は否定するところであろうが、この男は違った。

 

「ははは……、それはいい! 力によって力を手に入れる。これこそ、私にふさわしいやり方だ!」

 

この信じられない反応に、ヤハーは戸惑いを隠せなかった。

 

「正気でありますか、皇子? 私はあくまで極端な話だと申し上げたはずですが? それに万が一、そんなことをして失敗するようなことがあれば……」

 

「ふっ……。失敗を恐れて何ができようか? それに、このまま何もせずにいれば、いずれは消される運命。ならば、自らの力でその運命を変えるのだ!」

 

エオニアの頭はもう歯止めが利かなくなっていた。

 

「ヤハー! お前に命じる! 1週間後に我が宮殿で会議を開く。私の主だった協力者にその由を伝えろ!」

 

「は。承知いたしました。」

 

 

 

そして1週間後――

 

ここはエオニアの宮殿の会議室。

今、ここには、エオニア、シェリーをはじめとして、十数人が途方もなく大きな机を囲んで座っていた。

ここにそろった顔ぶれは、いずれも政府や軍の高官たちであった。

 

「皆の者、よく集まってくれた。今日集まってもらったのはあることを直接伝えたかったからだ。このことは今の段階ではまだ、最も信用がおけ、かつ力を持つ諸君らにしか話すことのできないことだ。」

 

エオニアは、ここでいったん区切り、目を一方の端から反対の端まで走らせた。

居並ぶ者たちは皆、興味津々な様子でエオニアに見入っていた。

 

「諸君、現政権をどう思われる? 諸君らは、ジェラール陛下の身分を偏重した時代遅れの政治にはうんざりしていることであろう?」

 

エオニアはこう問いかけた。

すると、

 

「そうだ、そうだ!」

 

「貴族政治反対!」

 

「今の政権は腐敗しきっている!」

 

あちこちからこのような声が聞こえてきた。

その声をひととおり聞いたあと、その場の人々を制して、エオニアは言葉を続けた。

 

「うむ、そのとおりだ。今日、私がここに呼んだ諸君らはそうした市民のいわば代表みたいなものだ。今、皇国民はごく少数の特権階級の圧政の下、苦しい生活を強いられている。諸君らもその苦しみを理解できているはずだ。私とて、そういったものたちを救ってやりたいと思ってはいたのだが、今までは、行動に起こせなかった。だが、こうして私を支援してくれるものたちが多く現れたことを知り、私の心は固まった!」

 

そして、エオニアは声を張り上げてこう叫んだ。

 

「我、エオニアは現政権に対し、正義の鉄槌を下す決意をした!」

 

「「「…………」」」

 

「そのうえで、皆の者には力を貸して欲しい。どうであろうか?」

 

「「「…………」」」

 

一瞬の沈黙の後、

 

「おお……、エオニア皇子! ついに立ち上がりなさりますか!」

 

「なんとうれしいこと! 私たち一同、エオニア様の決起、心より賛成いたします!」

 

「我ら、どこまでも皇子についていきます!」

 

という叫び声と拍手で会議室は包まれた。

 

「うむ、ありがたいことだ。それでは、皆の同意を得たところで決起の具体的な内容について、これから討議したいと思うがどうであろうか?」

 

「「「異論はございませぬ!」」」

 

「よし、では始めよう!」

 

こうして、クーデター会議は始まった。

 

 

「では、決起は年明け、皇王への謁見時とする。それまで、各自準備を抜かりなく進めておけ! 何かあったら、このヤハーを通して連絡する。よいな!?」

 

「「「は!」」」

 

「これにて会議を終了する!」

 

「少しお待ちください!」

 

「何だ?」

 

エオニアを始め、席を立ち始めた出席者は一斉に声のきこえたほうを振り返った。

 

「我らはいわば同志! ならばその決意と結束の堅さを示すために連判状をつくってはいかがでしょうか?」

 

なんと、その声の主はクレーベルであった。

彼は、軍人としてはもちろん、後進の育成手腕も優秀であったが、市民出身という一点だけで、実際にはほとんど権力のない衛星防衛艦隊の司令官に左遷され、不満を抱いていた。

 

「ほう、なかなかいいことを言うな、クレーベル。そうだな。我らの決意と結束に偽りがないことを確かめる、いい方法だ。皆の者、異論はないな!?」

 

「もちろんであります、皇子!」

 

 

 

1ヵ月後――

 

決起の日まではあと1ヶ月に迫っていた。

これまで数度の会議をもって、クーデターの具体的内容を詰めてはきたが、彼らには頭を悩ませていたことがあった。

トランスバール本星付近の協力者が思ったほど多くなかったのである。

 

「うーむ……。さてどうしたらよいものか?」

 

今、エオニアは、1人で部屋の中を歩き回り、こうつぶやきながら、打開策を練っていた。

 

「地方の反政府分子を呼び寄せれば、無用な警戒を受けて、計画そのものが台無しになるしなぁ……。」

 

ふと窓越しに空を見た。

漆黒の空に、『白き月』が淡い光を放ちながら浮かんでいた。

 

「おっと、もう夜か……。時間がたつのも早いものだな……。」

 

『白き月』を眺めながらこうため息をついた。

 

「そういえば、『白き月』が自治権を失ってからもう4年たつのか……。月の聖母もさぞ無念であろうな……。ん? 待てよ……」

 

こう言いかけたエオニアの口元に笑みが浮かんだ。

 

「『白き月』か。ハハハ……。これは面白いことになるかもしれん……。」

 

 

2日後、エオニアは、隠密に『白き月』に渡った。

 

「いったい何事です、エオニア皇子? 何も知らせずにこの『白き月』に渡ってくるとは。いくら皇子でもこのようなことは……。」

 

「これはこれは、ご無礼のほどは詫びます。ですが、こちらにもそれなりの理由というものがありまして……。」

 

月の聖母の言葉をさえぎって、エオニアはこう答えた。

 

「それでは、その理由というものを聞かせていただきます。いったいどういうことですか?」

 

月の聖母は、表情は微塵も変えずにいたが、少しばかり声の調子が強かった。

 

「理由というのは、シャトヤーン様にどうしてもお尋ねいたしたいことがあったからなのです。シャトヤーン様、あなた様は今の皇国をどうお思いでいらっしゃいますか?」

 

「そんなことを聞いて何になるというのです? まあ、いいでしょう。そうですね、私から見る限り、今の皇国の状態はいいものではありませんね……。民の心が皇国、いえ、陛下から離れてしまっています。陛下が今のままの貴族政治を続けるおつもりならば、皇国もそのうち乱れが生じ、衰退の道をたどるやもしれません……。そうなる前に、何かできることをやりたいとはおもうのですが……。」

 

エオニアはその言葉を聞くや、口元にひそかに笑みを浮かべた。

 

(これは上手くいくかもしれないぞ……。)

 

そう思ったエオニアは、思い切ってこう切り出した。

 

「シャトヤーン様、あなた様のお力を、このエオニアめにお貸しいただけないでしょうか? もしそれが叶うなら、シャトヤーン様の望みどおりの、いえ、この皇国全体の人々が望んでいる理想の皇国を築いて見せましょう。」

 

「…………」

 

しばしの間、月の聖母とエオニアはお互いの瞳を見ていた。

が、次の瞬間月の聖母が口にした言葉は、エオニアの冷静さを失わせた。

 

「すみませんが、そのお申し出をお引き受けするわけにはいきません。」

 

「何!? どういうことですか、シャトヤーン様!?」

 

期待を裏切られたエオニアは、食いつきそうな勢いで聞き返した。

 

「あなたがお聞きしたとおりのことです。私と『白き月』はあなたに力をお貸しすることはできません。」

 

「何故です!? あなた様も今の陛下の振る舞いには不満を抱いておられるはずです! ならば……」

 

「お聞きなさい!」

 

いつにない毅然とした声で月の聖母はエオニアを黙らせた。

 

「あなたに力をお貸ししないと決めたのは『白き月』です。私は『管理者』という立場ではありますが、実際はこの『白き月』によって選ばれた身。ならば、私が『白き月』の意志に従うのは当然のことです。」

 

「なっ!? あなた様はたかが機械の言いなりになるというのですか!?」

 

「それが、私の務めですから。何といわれようとも、私は『白き月』の意志に従います。」

 

「……ふん、ばかばかしい! ここまで月の聖母というものが落ちぶれた存在であるとはな! あなた様を頼ってきた私がバカだった!」

 

頑として受け付けない月の聖母に背を向けて、エオニアは毒づいて謁見室を出て行った。

 

「あ、お待ちなさい、皇子! 私も『白き月』も、あなたの心の中の闇はお見通しです。早くその闇を捨て去らなければ、近いうちにご自身の身を滅ぼすことになります!」

 

足早に出て行こうとするエオニアに、月の聖母は厳しい口調で忠言したが、エオニアは聞く耳を持たなかった。

 

 

「ちっ、見込み違いだったか! ここに来たのは無駄だったな。」

 

エオニアは歩きながらこう不満を漏らした。

 

「それに、機械のくせに人に指図するとは何様のつもりだ、『白き月』は!? たかが機械の分際で……」

 

そこまで言いかけて、エオニアの頭の中にまたよからぬ考えが浮かんできた。

 

「そういえば、ここは昔兵器工場だったという伝説があったなぁ。誰に聞いたことかは忘れたが…… もしそれが本当なら、これを利用しない手はない。フフフ……、『白き月』め、目にものを言わせてくれるわ!」

 

そうつぶやいて、エオニアは人目を盗んで『白き月』の奥へと潜入して言った。

 

 

奥は薄暗かった。

無機質な壁がいつまでも続いていた。

 

「ずいぶん奥まで来たな。うーむ、しかしやはり兵器工場だったというのは単なる伝説だったのか? もしあるのだとすれば、そろそろ見つかってもよい頃だと思うのだが……」

 

エオニアはそうつぶやきながら、さらに奥に突き進んでいった。

 

30分ぐらい歩いただろうか、突然広い部屋に出た。

いや、部屋というには途方もなく広い場所であった。

エオニアは、辺りを見回してみた。

エオニアのいる入り口付近は何もなく、ただがらんどうとしているだけであった。

しかし、奥のほうには、薄暗くてよく見えないが、ぼんやりとコンベアーやアームらしいものなど、大量の機械が整然と配置されていた。

エオニアは、もっとよく見てみようと近づいてみた。

すると、コンベアーの上になにやら戦闘機らしきものが乗っかっていた。

これを見て、

 

「やはり、ここは兵器工場だった場所だ。フハハハ……、これこそ今の皇国には必要なものだ。」

 

と、1人笑みを浮かべた。

さらに歩を進めていくと、コントロールパネルと思しきものの前に来た。

 

「おお、これが、ここにある全ての機械を制御するものに違いない。フフフ……、待っていろ、『白き月』よ。今、私が、お前を本来あるべき姿に戻してやるからな。」

 

エオニアは、そういうと、コントロールパネルの中央にある『POWER』と書かれた赤いボタンに手を伸ばし、それを押した。

 

カチッ

 

「……?」

 

何も起こらなかった。

ボタンはただ空しく元の高さまで戻った。

 

「どういうことだ、『白き月』よ!? お前だって、好きでこのように封印されていたわけではなかろう!?」

 

エオニアは、怒鳴った。

 

が、次の瞬間、入り口のほうより声が聞こえてきた。

 

「エオニア皇子、こんなことをしても無駄です! 早々にここから立ち去りなさい!!」

 

エオニアが『白き月』から離れた形跡がないのを怪しみ、もしや、と感づいた月の聖母が、月の巫女数人を引き連れてこの兵器工場まで来たのであった。

 

「ここを起動させられるのは月の聖母たる私のみ! その資質を持たぬ、ましてや、『白き月』に『ふさわしき者』と認められなかったあなたには、起動させることはできません! 速やかにここより立ち去れば、今回の愚行については見逃しましょう。ただ、これ以上愚かな行いを重ねるようであれば、こちらにも考えがあります!」

 

月の聖母は瞳に怒りの火を灯しながらも、できる限り穏やかな表情でこうエオニアに呼びかけた。

 

「何だと!? これは皇国のためを思ってやっていることなのに……」

 

「皇国のためを思うのであれば、このような愚かな、不毛な行いは慎みなさい! このような行いは、あなたの身をも滅ぼしますよ!」

 

月の聖母は、最後の望みをかけて説得しようとした。

が、しかし、

 

「ふんっ! これは、とんだ見込み違いだったな! もう、あなた様にも『白き月』にも用はない!!」

 

こう捨て台詞をはいて、エオニアはさっと駆け出していった。

 

「あ、待ちなさい、皇子!」

 

月の聖母の呼びかけは、既にエオニアの耳には届いていなかった。

 

 

 

そして、皇国暦406年最後の日――

 

クーデター決行を明日に控え、エオニアは、自室で自分の椅子に座りながら満足そうな表情を浮かべていた。

 

『白き月』より戻ってきてから1ヶ月、予想を上回る協力の約束を取り付けることに成功し、月の聖母と『白き月』を引き込むことには失敗したが、ほかにこれといった失敗もなく、準備はほぼ予定通りに終わった。

そして、おそらく皇王側にこちらの動きを察知された様子はなさそうであった。

あとは、決起のときを待つばかりであった。

 

「エオニア皇子、少しよろしいでしょうか?」

 

一緒に部屋で控えていたシェリーが少し心配な表情で、エオニアに話しかけた。

 

「何だ、シェリー?」

 

「今更とは思うのですが、今回の革命は少し嫌な予感がします。」

 

「どうしてだ?」

 

「あまりにも計画が順調に行き過ぎています。それが、少し引っかかるのであります……。」

 

「ハハハ……。シェリー、それは無用な心配というものだ。皆が必死になってこの皇国を変えようとしているのだ。そのためには、この革命を何が何でも成功させなくてはならない。その結果だろう。違うか?」

 

「それであればよいのですが……。ただ、何となく信用できない者がおりまして……。」

 

「そんな者はいないだろう? あの連判状がそれを証明してくれている! なに、心配することはない、シェリー。この革命は必ず成功する。いや、成功してみせる!」

 

「……分かりました。私も革命の成功を信じます。」

 

 

 

 

 

あとがき

 

どうも、笹原です。

このような長大な駄文を最後まで読んでいただきありがとうございます。

記念企画のアイデアが煮詰まってしまったときに、気分転換をかねて少しずつ修正を重ねてきましたので、時間はかかりましたが、ようやく完成にこぎつけられました。

さて、自分で読み返したところ、

シェリーの活躍少ねー!

……思わず叫んでしまいました。

エオニアを語る上では欠かせない存在なんですけどね……

まあ、次回で結構活躍させる予定です(あくまで予定ですが……)

では、これからもよろしくお願いします。

 

2005年4月26日 笹原