目の前にあるのは、もう何も映っていないスクリーン、明るくなった劇場、次々とそこから出る人々、入ってくる人々、そして、いつまでも座席に座っている一人の黒髪の少女。

 

恋の正鵠

第一矢

 

「おーい、ちとせー」

タクトはその黒髪の少女の名を呼ぶ。

「はぁ…」

だがその少女、烏丸ちとせはきっとその声など耳に入っていないのだろう、顔は俯いていて、深い溜息をつく。

「ちとせー?」

もう一度ちとせに声をかけるタクト。

「………」

溜息すら聞こえない。完全に黙り込んでしまった。

「ちとせー!!」

ただ声をかけるだけじゃ意味無いな。そう思ったタクトは一人ずっと俯いているその少女の名を思いっきり叫んだ。

「えっ!?あっ、タ、タクトさん!な何でしょうか?」

ちとせの反応は少し過剰だった。目の前で自分の名を叫ばれていきなり意識を戻されては誰でも少しは驚くだろう。

それでもちとせのそれは少し過剰だった。

「何でしょうって、もう映画終わったのにちとせだけ暗い表情でいつまでも動かないから少し気になってさ」

ちとせを心配してタクトはそう答えた。

「ちとせったらまた何か難しいことでも考えていたんでしょ? ダメだよ、せっかくの休暇なんだから楽しまないと」

タクトの後ろにいるエンジェル隊の一人、ミルフィーユが能天気に言った。ミルフィーユの言うとおり、今タクト達は休暇中だ。先日のネフューリアとの戦いの終結後、タクトの恩師であるルフトから一ヶ月の特別休暇を与えられたのだった。

今日、タクトはエンジェル隊とトランスバール皇国首都の繁華街に遊びに来ていた。

これからボーリングやカラオケに行くことになっている。

しかしあの表情は…。タクトはミルフィーユのその考えには納得できなかった。

「ねぇちとせ、体調でも悪いの?」不意にちとせの顔を覗き込むタクト。

「!!い、いえ、何でもありません。少しボーっとしていただけですので。心配かけて申し訳ありません」

自分の顔数センチ先に急に現れたタクトの顔にちとせはまたも過剰に反応する。顔も少し赤い。

「そう?なら良いけど、気分が悪くなったら遠慮せずに言うんだよ」

「はい……ナノマシンですぐに治療しますので……体調が優れなくなったらすぐに言ってください」

ヴァニラもちとせを気にかけて優しく言う。

「はい、ありがとうございます」二人の気遣いに、その時はちとせの顔色は少し良くなったように見えた。

「……………」

「ん、なんだい蘭花?」

蘭花の何か、もの言いたげな視線に気づいたタクトは、彼女の方に顔を向けた。

「えっ?いや、何でもないわよ?」

蘭花のその態度は少しおかしかったが……。

「あっそう?なら良いけど」

タクトはあっさり流してしまった。

(まったく、ちとせも不幸よね…)

蘭花は内心自分の司令官の鈍感さに呆れてしまった。

「なぁ、いつまでも此処にいないでもう外出るぞ」

「そうですわね、長居していては他の方に迷惑になってしまいますし」

痺れを切らしたフォルテと、彼女と同意見だったミントがそう促してタクト達は映画館を出て行った。

 

 

屋内から出ると、此処に来た時よりもさらに強い日差しを浴びせる太陽が遥か上空にあった。その日差しと太陽の高さから、もう南中時刻を過ぎたことが分かる。

「確か次はボーリングでしたよねー」

ミルフィーユはそれをとても楽しみにしている様子だ。

「ボーリングかー、久しぶりねー。ミルフィー、アタシと勝負よ!」

蘭花はもう闘志を燃やしている。

「では…行きましょう」

ヴァニラがそう言ったとき…。

ぐぅ〜

誰かの腹の虫の音が。

「はは、ちょっと小腹が空いたみたい。もうこんな時間だし、軽く昼食にでもしないかい?」

タクトが頭を掻いて照れながら言う。

「え〜せっかく気が乗ってたのに〜、アタシはまだ…」

ぐぅ〜

蘭花が最後まで言い切る前にタクトと同じ音が彼女のお腹から鳴った。

「…………」

蘭花は頬を少し赤らめて黙ってしまった。視線をタクト達全員からそらして…。

「蘭花さんのお腹はご本人と違って正直ですわね」

「うっさいわね!何か悪いの?」

「まあまあそのくらいにしときなよ蘭花。どうせすぐ近くにレストランとかいっぱいあるんだしさ」

ミントにからかわれ、機嫌を悪くした蘭花をなだめるフォルテ。

「あっ、じゃああそこにしましょー」

何か見つけたミルフィーユがそう言って指差した先、タクト達が出て来た映画館の正面に並んだ10軒の様々な店のうち、他と比べると規模の小さい、一番右端にあったその店はファーストフード店だった。

「あそこなら時間もあまり取りませんし軽食で済ませられますからよろしいのではないでしょうか」

ちとせはミルフィーユの意見に賛成のようだ。

「そうだな、これなら蘭花も別に文句無いだろ?じゃあ行くよ」

フォルテはそう言うとみんなを先導して店へと向かった。

 

 

 

 

 

「こういう店で食事するのも久しぶりだなー」

「そうね、士官学校時代はよくミルフィーと一緒に学校帰りに寄ってたっけ」

「俺もレスターと一緒によくそうしてたよ」

「三人とも羨ましいですわ。私なんて、幼いころに一度行ったきりで」

「わたしは、本日が初めてです……」

「本当かいヴァニラ?どうだい、初めてこういうのを食べるのは?」

「はい…とても美味しいです」

エンジェル隊とタクトはそれぞれで違うセットを食べながら和気藹々と話をしていた。ただ一人を除いて。

「でさぁ、ちとせは…って、あれ、ちとせ?」

蘭花がちとせに話を振り、他のエンジェル隊とタクトの顔がちとせに向けられたときだった。

「はぁ…」

さっきの映画館の時と同じような溜息がちとせの口から出てきた。

彼女のトレイを見ると、それに乗っている物はすべて全く手がつけられていない。

「ちとせ…やっぱり体調が悪いんじゃないのかい?」

タクトがちとせに声をかける。

「え、べ、別に私はそんな…」

今度はタクトの言葉にすぐに返事をしたが、その態度は何か隠しているようにも思える。

あの時ほど気分は落ちていないことは彼女の表情を見てとれる。しかしちとせの顔は少し紅潮していた。

彼はそれをどう受け取ったのだろう。タクトは不意にちとせの額に掌を当てた。

「あっ」

その瞬間彼女の顔はますます紅くなっていった。

「タクト、それじゃかえって…」

蘭花のその一言に、「えっ」と言って視線をそっちに向けるタクト。ちとせの変化には気づいていない。

そして一度蘭花に逸れた視線をまたちとせに戻すと、そこには形容し難いほどに顔を紅く染めた顔があった。

掌はまだ額に当てられたままだ。

「あ……あ……」

そして彼女はただ一言そう呟いた後…。

「も、申し訳ありません!!!わざわざタクトさんにお手数おかけしてしまって!!本当に申し訳ありません!!」

突然慌てふためいて必死に謝るちとせ。タクトはその様子に驚いて思わず彼女の額から手を離してしまった。

「ちょっとちとせ、どうしたんだよ?落ち着いて」

タクトはちとせを落ち着かせようとするが彼女にはもう聞こえていなっかった。

「わ、私、トイレに行ってきますね!あ、あと、やっぱりお腹空いてなかったみたいなのでこれタクトさんに差し上げます!では、失礼します!!」ちとせはもう完全に平静さを失っている。言っていることが少しおかしかったことがそれを証明している。

そして彼女はそう言うと即座に席を立ち、トイレに向かって駆けていってしまった。

その状況に皆唖然とし、少しの沈黙が流れた。周りにタクト達以外いなかったのは幸いだ。

「熱は無かったけど…」

やっと自分の額に掌を当てて熱ではないことを確認したタクトがそう呟いて沈黙を破った。

「どうしたんだ、一体…」

「どうしたんだじゃなーい!!」

ゴッ!

突然蘭花の手刀が鈍い自分の司令官の脳天を直撃した。

「痛っ!!何すんだ蘭花!」

もろに奇襲を喰らい、涙目になる情けない司令官。

「アンタが鈍感だからいけないんでしょー!!」

「鈍感って、何がなんだか…」

「それが鈍感だって言ってるのよ!!」

蘭花は思いっきりタクトを怒鳴りつける。

「良い?今からアタシの聞く質問に正直に答えるのよ!答えるのを躊躇ったら今度は殴るからね!」

「は、はい」

もうすっかり小さくなってしまった。哀れだ。

「アンタはちとせのこと好き?」

「えっ?」

それの内容に思わずまぬけな声を上げてしまった。

「い、いきなりそんな…」

次の言葉が続かない。

「あーもう、だから躊躇うなと…」

「まぁ蘭花さんも落ち着いてくださいまし」

ますます怒り出す蘭花をひとまず静めるミント。

「その質問をする前にまずちとせさんのことをお教えするべきかと」

「ん…分かったわよ。じゃあミントが説明してあげて。ちょっと怒り疲れたわ」

そういって蘭花はミントを促した。

「はい、分かりましたわ。ではタクトさん、ちとせさんのことですが」

「ああ、なんでちとせは今日あんなに様子がおかしかったんだ?」

蘭花が後退して安心したタクトはミントに尋ねた。

「率直に申し上げますと、ちとせさんはタクトさんを好いておられますわ」

「えっ?ちとせが俺を?」

タクトは少し照れて思わず聞き返す。

「ええ、映画を見終わった後に元気が無かったのは、きっとそれが恋愛映画だったからですわ」

「なんでそれだと元気が無くなるの?」

今度はミルフィーユがミントに聞いてきた。彼女もあまり分かってなかったらしい。

「それはその内容が、お互いに相手を想っているのに、その想いを結局打ち明けられずに二人の恋が終わってしまったから…だろ?」

フォルテがミントの代わりにその質問に答えた。

「タクトさんは…私のことを想っているのだろうか…もしそうだとしても、この二人のようになってしまったら…。ちとせさんはきっとそんなことを考えていたから顔色が優れていなかったのではないでしょうか…」

フォルテの答えにヴァニラが補足を加える。

「あれっ、ヴァニラも分かってたの?だってあの時…」

タクトが不思議に思ってヴァニラに尋ねた。

「私も…あの時はよく分からなかったのですが…さっきのちとせさんを見てやっと判断できました…」

「お二人とも正解ですわ、ですが、もう一つ理由があるんですの」

「えっ、まだあるの?」

怒りつかれて暫く黙って話を聞いていた蘭花がまた口を開いた。

「ええ、これは、さきほどの溜息の理由ですけれども」

ミントはみんなの顔を一度見回してこう続けた。

「失礼ながら、ちとせさんの思考を覗かせてもらって分かったことなのですが、

ちとせさんは、『先輩方と休暇を楽しむのもいいけど、タクトさんと二人っきりで休暇を過ごすのもしてみたいな。

でも、私と一緒にいてタクトさんは楽しんでくれるだろうか…』と考えていたようですわ。

それで思わず溜息をついてしまったという訳です」

「ちとせもそう思っていたのか…」

タクトは聞き終わった後、無意識にそんなことを呟いてしまった。

「あっ、何ー?タクトもそんなこと考えてたんだー」

「えっ?あ、今のは別にそういう意味じゃなくて」

普通にみんなに聞こえるくらいの声で言っておきながら、弁解しようとするタクト。

当然蘭花以外の全員も聞いていた。

「なるほど、二人はやっぱり相思相愛だったんだねぇ」

タクトをからかうような笑みをフォルテは浮かべた。

「おめでとうございます〜」

ミルフィーユはもう二人を祝福している。

「なら話は早いわタクト、ちとせが戻ってきたらすぐに告白しなさい」

「えーーーー!」

蘭花の発言にまたもやまぬけな声をあげるタクト。

「何よ、アンタも想っているなら別に構わないじゃない」

「だって、いきなり…まだ心の準備も何も…」

何かと逃れようとするタクトだったが。

「男性の方なら…ビシッと決めるべきです…」

「うっ」

ヴァニラにも言われてしまった。

「もうしょうがないわね、じゃあアタシ達がナイスな作戦を考えるから、それにタクトはうまく乗るのよ!」

「面白くなってきましたわね」

「いっちょやってやるか!」

「最善を尽くします…」

「バーンってやっちゃいましょー」

蘭花の提案にみんなかなり乗り気だった。

「ちょ、ちょっと」

勝手に話を進められて困るタクトだが…。

「いいみんな?絶対この二人をくっつけるわよー!」

「「「「「おーーーーー!」」」」」

全員やる気満々だ。タクトにはもはや逃げる手段など無い。こうして、今ここから一つの恋愛劇が始まった。

 

 

                                       to   be continued

 

 

 

 

あとがき

 

どうも、aitoです。

遂に書いちゃいました。そして読み返して思います……。

 

 

独創性ねぇーーーーーーーー!!!!!

 

あ、すみません。つい取り乱してしまいまして(何キャラだよ)。

えーとどうしてこの話を考え付いたかをまず話します。

ELちとせルートクリア後、この二人がもっと早くくっついたらもっと面白かったろう。

そう思ったのがことの始まりです。つまり僕の勝手なわがままから生まれたのです。

そして次にお詫びを申し上げます。

菜の花すみれ先生ごめんなさーーーーい!!

パクるつもりはまったく無かったんですけど、気付いたら『アルモの恋の物語』のある部分をパクってました。

ああ、なんと愚かしいことか…。しかもこんな腐れた文章…。

こんなのをここまで読んでくれた方がいましたら、ただただ感謝するだけです。次からは完全にオリジナルで行きます!!

頑張りますのでよろしくお願いします!!