恋、それは近くくも遠く

 

 

 

甘美ゆえにほろ苦く

 

 

 

至上の幸福

 

 

 

憂鬱の中に咲く娯楽

 

 

 

欲望の創造物

 

 

 

 

憎悪の化身

 

 

 

毒を忍ばせた酒

 

 

 

我が身を切り裂く形なき刃

 

 

 

恋の定義は一つには定まらない。

きっと今の彼らにとっては、それは近くくも遠いもの。

そしてほとんどの傍観者、協力者にとってはそれはただの娯楽。

だがおそらく、彼らは幸せ者だ。彼らの協力者にとっては、それは決して娯楽ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋の正鵠

                         第二矢 疾想交花

 

 

 

 

 

 

 

「で、はりきったは良いけど、具体的にはどうするの?」

ミルフィーユが間延びした声で蘭花に質問する。

「ミルフィー、今アタシ達はどこにいると思ってんのー?」

澄ました顔で髪を掻き上げながら蘭花はミルフィーユに問い返す。

「えっ?どこって、ここは…」

「そう、皇国のなかでも最大級の規模を持つスポーツランドの“セントラルボール”よ」

「まだ何も言ってないよ〜」

勝手に話されてミルフィーユすかさず突っ込むが、蘭花は全く意に介さない様子だ。イニシアチブは自分が取っているとでも間接的に

言っているようにも思える。

「良い?アタシ達は今そこのボーリング場にいるの、やることはもう決まっているわ。ボーリングもスポーツ、そして

スポーツは愛よ!」

なにやら熱く語りだす蘭花。止めないと話が脱線しそうだ。

 

「あ、あのさあ、蘭花はいったい何を…」

変に熱弁をふるわれても困るので、タクトが話に入って蘭花に問いかけたが…

「うっさいわね、今ちとせはボール選んでんだからアンタもどっか行きなさいよ!作戦会議聞かれちゃこっちもやりがいないでしょ!」

汚いものを遠ざけるようなきつい口調で蘭花は言う。余談だがちとせ以外はもう全員ボールは選び終わっていた。

「やりがいって、それ…」

その言葉に嫌な予感を覚えるタクト。

「四の五の言うな!誰の為にやってると思ってんのよ!」

「わ、分かったよ。じゃあ、そこらへんぶらついているから終わったら呼んでくれ」

結局は蘭花の圧力に負けてタクトは仕方なくその場から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

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「…………ちとせ………」

タクトは歩きながら、彼自身にしか聞こえないほどの微かな声で自分想いを寄せている少女の名を呟いていた。

今、彼の頭には彼女の事で埋まっていた。自分と同じ感情を抱いていたちとせのことを…。

 

 

 

(ちとせ………君は……君はどれほど俺のことを想っているんだ…俺は……)

 

 

 

 

 

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「いいみんな?絶対この二人をくっつけるわよー!」

 

「「「「「おーーーーー!」」」」」

 

「ま、待ってくれ、これは…」

 

「タクト、後はアタシ達に任せなさい!」

 

タクトの心境など微塵も考えずに周りはますます盛り上がりを見せていた。その時………。

 

 

ギィ

 

 

トイレのドアの開く音。中からは一人の黒髪の少女が出てきた。

それに皆が気付いた瞬間、盛り上がっていたその場が静寂へと変わった。

思わず全員席から立ってしまう。全員視線を彼女の方へと向けた。

 

やや硬い表情でこちらに向かってくるちとせ。皆の聴覚を刺激するものは、彼女の足音のみだった。

タクトたちの前に来て足を止める。

「え、えーと、突然取り乱してしまって申し訳ありませんでした……」

羞恥心を含んだ弱々しい声で彼女は謝ると深くと頭を下げた。

 

「ちとせ…」

タクトは彼女に、ごく微かな声で話しかけた。特に言いたいことが在ったわけではない。

だが何故だかそうせずにはいられなかった。

 

「!タクトさん………」

 

声に気付き、ちとせはタクトの顔を見つめた。

だがすぐに視線を彼から逸らす。愁いを帯びた眼で、何もない床を見つめていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

沈黙。重苦しい空気がその場を一瞬にして支配する。

 

「あ、あのさーちとせ、あたし達はもう食べ終えたけど、あんたはどうするんだい?」

フォルテが沈黙を破ってちとせに聞く。

 

「え、そ、それは……」

 

フォルテに聞かれて顔を上げる。ちとせはふと、ついさっきタクトに自分の分をやるなんていう可笑しな発言をしたのを

思い出した。

 

「えっと、じゃあ………持ち帰りにします……」

生気の感じられない口調でちとせはそれだけ言った。

 

「そうかい、じゃあみんな、もう出ようか」

 

フォルテに促されて、タクト達は店を出て行った。

 

 

 

 

 

 

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「あれ、行き止まりか……」

さっきの店での出来事を考えながらふらついていたタクトは、気付いてみるとボーリング場の端まで来ていた。

目の前には自販機が数機並び、低い機械音を発していた。

 

「………………」

 

チャリン。

 

無意識にコインを入れるタクト。

済んでのところで何にしようか暫く悩む。

もともと喉が渇いていた訳ではなかったし、昼食時にジュースも飲んでいる。だが何かしら飲みたい気分になっていた。

 

「たまにはブラックでも飲むか……」

そう呟いて、タクトはボタンを押した。落ちてきた缶を取り、すぐにタブを開けて飲んだ。

苦味も何も、彼の味覚に訴えるものはなかった。

 

 

 

 

 

 

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「で、どこまで話したんだっけ?」

タクトのせいで話を中断されてしまった蘭花がまた話を戻す。

「…スポーツは愛、というところまでです。……」

まだ奥の方でボールを選んでいるちとせを見ながらヴァニラが答えた。今日がきっと初めてなのだろう、随分と真剣に

選んでいた。ちとせはいつものヴァニラのように無表情。ちとせの心境をそこから察することはできなかった。

尤も、ヴァニラも今日が初めてなのは同じであったが。

「そうそう、それよ、それなのよ!スポーツはあの二人を近づけるにはもってこいな手段なのよ!」

「なんでスポーツは愛なの?」

ミルフィーユは蘭花の言いたいことが少しも読めていない風で蘭花に質問する。

「全くミルフィーも鈍感ね。いい?スポーツってのは、その多くが多人数でやるものでしょう?」

「うん」

「終えた後に、何か達成感みたいなものを感じるでしょう?」

「うん」

「ポイントはそれよ。そういうのを分かち合えると、普段はあまり話さない人とも会話が生まれたりするし、

友達同士だったら、もっと仲良くなれたような感じがするでしょう?」

「うん」

「つまり、そういう感覚をあの二人に感じさせることによって、その関係の進展を計るってわけよ!」

蘭花が説明し終ると、ミルフィーユも納得といった表情で頷いた。

「ですが蘭花さん、ボーリングのようなスポーツで、そういうものを享受できるかどうかは少し疑問なのですが…」

ミントが尤もな事を指摘をする。ボーリングは、スコアを競ったり、大勢でやることによって楽しめるが、

蘭花の言う達成感、つまりサッカーや野球等のチーム戦をすることによって得られるようなものは、ボーリング

のようなスポーツで得られるものとは少し質が違う。

「その点は、チーム組んでスコアが一番高かったとこが勝ちっていうゲームをすれば、問題ないでしょう?

ほら、そのためにわざわざ3レーン確保したわけだし」

蘭花はそう言うと頭上にあるいくつものスコアモニターの内、自分たちの正面にある3つを指差した。

それをなぞる様に他のエンジェル隊も頭上のそれら三つを見上げる。

蘭花の言うとおり、その3つにはそれぞれ名前が表示されている。

蘭花以外はその時初めて彼女がいつの間にか3つもレーンを確保していたことに気付いた。

しっかり例の二人は一緒になっている。残りはミルフィーユ&蘭花、ミント&フォルテ&ヴァニラという組み合わせになっていた。

7人で3つもレーンを確保する、他の客、店から思えば迷惑な事を2人の為とはいえ平然とやる蘭花に

フォルテは半ば呆れ、僅かばかりの畏敬の念を込めて蘭花に尋ねた。する必要も殆どなかったが。

「始めからこうするつもりだったのか?」

当たり前ですよ!2人もこうなることを望んでいるはずですから!!」

やはりそうする必要はなかった。いつでも奔放な彼女らしい作戦であった。ややストレート過ぎる感は否めないが、

結局こういうことに関しては蘭花を抜く人間はいるはずもなく、全員賛成する。

「でも…なんでも真面目に取り組むちとせさんは…もし最下位にでもなってしまったら、自分に責任を感じて雰囲気がまた

気まずくなってしまうのでは……」

全員忘れていた、実際に起こりうるかもしれないことをヴァニラは指摘した。

「まあそこらへんは各自手加減するってことで問題ないわよ、こっちにはミルフィーの強運があるし……」

蘭花の言っている強運というのは間違いなく凶運の方だった。

言いながら横目でミルフィーユのほうを見やる。ミルフィーユはそれには気付いている様子は全く無い。まだ上を見上げていた。

 

 

(今回ばかりはこの娘の凶運を期待するとしますか)

 

「じゃあこれで作戦会議は終わりね、アタシはタクトを呼んでくるわ」

ひととおり話すべきことを話し終えた蘭花は“作戦会議”を切り上げると急いでタクトを探しに走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

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「ふぅ……」

空になった缶を片手に待ったままタクトは溜息をついた。

(わざわざみんなに協力してもらうことになるなんて………俺は弱いんだな…)

溜息をついてタクトは心の中で、自分の意思の弱さに気を落としていた。その時だった。

 

「タクトー!」

自分の名を呼ぶ声、それの方向に顔を向けると、こちらに走ってくる蘭花の姿が見えた。

「やぁ、作戦はもう決まったのかい?」

「まあね、それよりタクト、なんだか元気ないわね、体調でも悪いの?」

いつもの彼らしくない、生気の感じられない顔色、声音に少し戸惑ってしまう蘭花。

切なさの色を瞳に置き、どこか遠くを見ているようにも感じられる表情をしたタクトがそこにはいた。

「いや、別に…。ちょっと考え事してただけだから」

何を考えていたか…想像する必要もなかった。タクトの表情に全てが表れていた。

「もう、不安に感じることなんか無いんだから、早く行きましょ!ちとせももう準備できてるわ!」

蘭花は彼の空いているほうの手を引っ張ってみんなの待つ方へ駆け足で連れて行った。

「ま、待ってよ、まだ缶捨ててない…」

「そんなのあとあと!ちとせがアンタを待っているわよ!」

 

 

 

 

 

 

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「よ、よろしくね、ちとせ…」

「は、はい、よろしくお願いします……」

今の二人を一言で表すならば、それは“気まずい”という言葉で十分だった。

ちとせはタクトに目を合わせない、タクトの方はどうしたら良いか分からずただ苦笑するばかり。それは誰がどう見ても気まずかった。

蘭花の、チーム戦のゲームというのには賛成だったが、有無を言わさずに無理矢理くっつけられた二人は当然困惑した。

 

(蘭花、君が恋愛に関しては誰よりも詳しいことも、君の押しの強い性格もよく知っているつもりだ。

でも、少しストレート過ぎないか?)

 

(しかしちとせ、君もどうしてそんなに暗い表情を浮かべるんだい?いや、その理由はきっと、さっき俺の手を取って走ってきた蘭花を

見たせいもあるんだろうな。嗚呼、乙女心とかいうのはどうしてこんなに複雑なんだ…)

 

「ちょっとー、もう始めるんだから早く定位置についてよー!」

そんな二人の様子を見かねた蘭花の呼び声が耳に入る。

 

(まぁ全部俺達の為にしてくれてること。素直に受け止めなきゃな…)

 

「ちとせ、頑張って」

タクトはそれだけ言い、ちとせを前に促した。

「は、はい…」

ちとせはボールを持ち、蘭花とフォルテと共に並んだ。

 

(ど、どうしよう…私、今まで一回もやったことない、もし私が足を引っ張ったら……)

 

途端に緊張の色をあらわにするちとせ。少し肩が震えているようにも見えた。

 

(あちゃ〜、こりゃ思ったより重症ね、力の半分だけでも出しちゃまずいかな……)

 

ちとせのその様子を見て蘭花は少し思案する。

「(でもあまり力を抜き過ぎるのも…ええい、もう考えてばっかりじゃ始まらないじゃない!!)……それじゃ行くわよー!」

蘭花の合図でちとせ、蘭花、フォルテの三人が同時にボールを転がす。

「あっ……」

しかし、ちとせは力んでしまい、ボールは左に逸れてそのままガーターになってしまった。

蘭花の方は六本、フォルテはなんとのっけからストライクを出した。

「ちょっと、フォルテさん…」

フォルテに向かって、小声で蘭花は注意するが…。

「悪い悪い、でも少しくらい煽っといた方が面白いだろ?」

あまり反省している様子ではない。呑気な顔で気楽にそんなことを言う。

「ご、ごめんなさいタクトさん!私…」

蘭花とフォルテがそんなやり取りをしていた折も折、ちとせは今にも泣き出しそうなほどに眼を潤ませて、

ひたすらタクトに平謝りしていた。

「別にいいよ、ちとせは初めてなんでしょ?初めてでなくてもよくガーターする人だっているんだし」

「で、ですが、私が足を引っ張っては…」

タクトが優しく慰めても、一向に自分を責めるちとせ。

エンジェル隊もこういうことが少しは起こりうるとは考えていたが、実際に目の前で起こると想像以上に痛々しかった。

「まあちとせ、これはただのゲームなんだからさ」

タクトは立ち上がりながら言って、自分のボールを取った。それをちとせは黙って見上げる。

「手本を見せてあげるから、よく見ておくんだよ」

背を向けながらタクトは前に進みだす。ミルフィーユ、ミントもそれに続く。

「あっ、ちょっと待って」

蘭花は唐突に三人を制止する。パートナーの傍に歩み寄り、耳元で何事か囁いた。

ミルフィーあんた、ガーター出しなさい……

うん、任せて

終えて彼女は踵を返す。

そして、再び三人が一斉にボールを転がそうとした時……。

「あ、あれっ?」

何故かミルフィーユのボールはレーン上に姿を現さない。指からすぽっと抜けたかと思うと、美しい放物線を描き、

今まさに手からボールを離そうとしていたタクトの頭に……。

 

ゴン

 

「うっ!?」

命中した。円形の塊はタクトの後頭部にヒットし、鈍い音を立てる。気付けばタクトは、床に突っ伏していた。

彼のボールは大きくコースを逸れ、ちとせと同様、ガーター。彼の顔の横をミルフィーユのボールが空しく転がる。

その間にミントのボールはピンを四本倒していた。

「タ、タクトさん!?」

ちとせは小さな、悲鳴にもにた声を発してタクトの傍に駆け寄った。

全員眼前で起こったことに呆気にとられて暫く銅像のように硬直していた。

数秒後、一早く我に返った蘭花が自分の腐れ縁の友に対して怒鳴りだす。

「ちょっと、何やってんのよー!どうして凶運をそんな所に使うわけー!!?」

「そ、そんなこと言われても、制御できたら苦労しないよ〜」

ミルフィーユの言ったことは正論であったのだが、今の蘭花には関係無かった。

予想の範疇を超えた、凶運のもたらした作用に彼女は怒りの形相を全面に出す。

尤も、彼女の強運で何が起こるか予想すること事態、愚かしいことだったのだが……。

 

 

「タクトさん!大丈夫ですか!?タクトさん!」

何かの映画、或いはドラマのワンシーンのように、うつ伏せになったタクトの体を揺らすちとせ。

「だ、大丈夫……かろうじてだけど……」

弱々しく返事をしたタクトは、身体を起こそうとした。が、痛みが殊の外酷く、思うように身体を起こすことができない。

「くそ、痛い…」

「無理をしないでください、タクトさん、この手を…」

ちとせは身をかがめ、その細い手を差し伸べた。

「あ、ありがとう……」

そしてタクト目の前の少女の優しさに心から感謝し、その手に自分のそれを伸ばした。

 

 

「お、なんだかいい方向に転がってるかも!でかしたわミルフィー!」

そして意外な所で不幸が幸に転じたのを見て、途端に機嫌を良くして蘭花はミルフィーユを褒める。

 

 

 

 

 

 

 

二つの手が近づきそっと重なった。

 

「あっ……」

暖かなタクトの手の感触が全身を浸していくような、甘い高揚感が、その瞬間ちとせに押し寄せてきた。

頬が自然に紅に染まってゆく。確かな心臓の鼓動が耳に響く。

「………………」

全身が震え、握力が急速に低下してゆく。

「ご、ごめんなさい、タクトさん……」

重なった二つの手が離別した。

「えっ!?」

膝をつき、立ち上がろうとしていたタクトの体の支えが無くなり、彼の身体は再び崩れ落ちた。

 

 

「い、痛い…」

低い唸り声。

「タ、タクトさん!すみません!しっかりしてください!」

そしてもう一つ、小さな叫び声。

 

 

 

「………………」

ヴァニラは暫くその様子を黙って見ていたが、ついに見かね、不意に二人のほうへ歩みだした。タクト顔の前で足を止め、

そこに手をかざして癒しの呪文を唱える。

「ナノマシン……」

淡い緑色の光がタクトを包み込んだかと思うと、それは瞬きのうちに消え、それと同時に頭部の激痛も、露のように消え去った。

「これで痛みはありません………ですが頭部への強いショックは痛み以上に大きなダメージを脳に与えるので、

あまり無理をなさらぬようお願いします……」

いつもどおりの淡々とした、何事も無かったかのような口調でヴァニラは注意すると、すぐに踵を返してフォルテ達の方へ戻った。

「………………」

今日これで何度目か、また黒髪の少女の表情が曇る。

「あ、べ、別にちとせが気を悪くすることじゃないから気にしないで、ね?」

立ち上がったタクトはそれに気付くと、慌てて彼女の機嫌を取り繕おうとして、言葉をかける。

「はい………」

 

 

 

 

 

 

思わぬハプニングで一時ゲームが止まってしまったが、ヴァニラの行動ですぐに再開された。

しかし二人を取り巻く空気は、それの所為でむしろ暗転していた。

頭の中で様々に思考をめぐらせながら蘭花はボールを手に取る。

無意識に視線が二人のほうへ向いた。ちとせがレーンの前に出ているのを見て、蘭花も足を踏み出す。

とその時、ちとせは突然タクトに声をかけられて後ろに戻った。

蘭花は気になってタクトを凝視した。何か話しているが、周りの雑音でよく聞こえない。

だがタクトが話し終えた直後、ちとせは明るい表情を彼に見せて、大きく頷いたのを蘭花は見逃さなかった。

(いったい何言ったんだろ、アイツ………)

蘭花は疑問を感じたが、再度ちとせが前へ進み出たので自分もボールを構える。

合図を送り、一斉にボールをレーン上に走らせる。

 

 

パコォン!

勢いよく、ピンが何本も倒れる音。しかしそれはヴァニラでもなく、自分のボールもまだレーン上に在る。

蘭花はちとせの方へ視線を移動させる。ピンは一本も残っていない。

「えっ、うそ!?」

思わず驚きの声を出してしまう。だが驚いたのは彼女だけではなかった。

何が起こったのか、一つだけしか考えられない。ちとせがストライクを出したのだ。

誰がどう見ても見事なまでにボールを一直線に走らせ、それは真ん中を貫通すると

十本のピンの塊は粉々に砕け散った。

 

 

「すっごいよ!ど真ん中だったじゃないか!」

歓声を上げるタクト。

彼のパートナーはゆっくりと振り返り、満面の笑みで答えた。今までに見せた笑顔の中で、最高の笑みだった。

「はい!ありがとうございます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パコォン!

「やった!俺達の勝ちだちとせ!!」

「はい、タクトさんのリードのおかげです!」

ゲーム終了。結果はこの、タクトとちとせのチームの優勝。二人は歓喜の声を上げる。

その様を暫くの間、ミルフィーユ達五人はただ唖然として見ていた。

タクトの謎の助言の後、ちとせは立て続けにストライクを出し、また、残ってしまったピンは、タクトが全て倒しスペア。

見事な連携で、彼らのチームはスコアを蘭花達、フォルテ達のチームから圧倒的に突き放していった。

わざわざ手加減してもらう必要性はほぼ皆無と言っても過言ではなかった。

(タクトが何言ったか知らないけれど……愛しい人間の言葉とは凄いものね…ん?)

蘭花は感心しながら彼らの様子を見ていると、何かに気付き、咄嗟に一番近くにある自販機の陰に身を隠した。

「どうしたんですの蘭花さん」

彼女のその怪しい動きに気付いたミントは傍によって尋ねた。

しっ!今タクトとちとせがなんだかいい雰囲気漂わせてんだから静かにして!

蘭花が小声で注意するとミントもそこにすかさず隠れる。

それを耳にしたミルフィーユ、フォルテ、ヴァニラも急いで狭い機械の陰に潜り込み、彼らの様子をじっと観察することにした。

傍から見たら明らかに怪しい五人。だが周囲の目など微塵も気にせず、もとい、考えずに彼女たちは

タクトとちとせの様子を、眼を見開いて観察していた。

 

 

 

「リードしてくれたのは君の方だよ。やっぱりちとせは頼りになるね」

「そ、そんな、わ、私は別に…」

タクトの嘘偽りない優しい言葉に顔が火照るちとせ。

傍目から見てもそこにあったのは微笑ましい光景だった。

「ち、ちとせ…あ、あのさ…」

 

 

「お、このまま一気に行くかー!?」

「バーンって告白ですー!」

「思いの外、手間がかからなくて済みそうですわね」

「男を見せるのよ、タクト!!」

「ドキドキ……」

そしてその光景を陰から見て勝手に盛り上がる五人。

 

 

 

 

「え、えぇと……」

タクトの口を通して生まれるであろう、たった一つの結晶を、五人は固唾を飲んで待つ。そして…

 

 

「あ、あのさ!」

 

 

 

そして彼の口から紡ぎ出された言葉は…………。

 

「なんだか熱くなっちゃったし、何かジュースでもおごろうか?」

 

 

 

 

ドシャン!!

 

言い終えた途端に何かが倒れた音。

 

「「えっ?」」

その音で会話が中断され、二人はそれが聞こえてきた方向に同時に目を向ける。

 

 

「何やってんの、みんな?」

「先輩方大丈夫ですか?」

彼らの眼前にあったのは、ちとせがエンジェル隊に入隊する半年以上前、タクトが某儀礼艦で目の当たりにした光景。

今回はちとせも加わってそれをただ呆然と眺める。

「な、何でもないですわ、何でも……」

フォルテが上に、覆い被さるように乗っているため、相当ミントは苦しそうだ。

どう考えても何でもないはずのない状況。周囲のからの視線も痛々しかった。

「べ、別に気にしなくていいわよ、平気だから……」

蘭花も言うが、彼女もミルフィーユの下敷きとなっていてミントと似たような様相を呈していた。苦笑いしながら彼女は空気の

振るえない声で叫んだ。

 

(な、なんでそうなるのよ〜!!)

 

(まだだ蘭花、まだ次がある!!)

そしてそれに同じく音のない声で答えるフォルテ。かくして,彼女たちは次の作戦に移行するのだった。

                    

 

 

                                                           To  be  continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

こんにちはaitoです。このまま書き続けるとあまりにも長くなる予感なので第二矢は二部構成にしました。

サブタイトルがいきなり付いたのにはそういう意味があります。

でもせっかくですからこの先もつけていくつもりです。一矢については、多少の修正を加えて、サブタイもつけるかもしれません。

 

随分文章が荒くなってしまいましたが、読んでくださればそれだけでもう満足です。

多分この第二矢が最も文章、ストーリーの進行の出来が良くないものですね。まあ後の方もどうなるか少し心配なんですが。

やはり一人称小説の方が楽です。キャラに溶け込むと、文章の質が上がることを最近実感しました。

でも、三矢以降は、少しはましなものになっているはずです。では、また次のあとがきで