全ての起点はいずれ全ての終結へと導かれ
しかしやがてはまた同一の起点を生み、同一の終結へと歩を進め
永久に真の終結、新たな起点へと向かうことはない。
確固たる意思と決意を持たぬ限りは……
恋の正鵠
第二矢 煌天煌花
「お、なかなか良い飲みっぷりだね、タクト」
「フォルテもね」
繁華街の、あるカラオケボックスの一室、フォルテとタクトの大人の会話。
このやり取りの中で、既にフォルテの作戦は始まっていた。大人の彼女だからこそ思いついたものだった。
「そいつはどうも。どうだい、もう一杯いくかい?」
彼女は二杯目を気軽に勧める。
「ああ、じゃあもらおうかな」
「OK、じゃ、あたしも………あっ、もしもし、ビールもう二杯お願い」
受話器を取って早速注文するフォルテ。
「……ん?どうしたヴァニラ?」
フォルテは終えたところで、何か言いたげな表情でこちらを見つめるヴァニラに気付く。
「いえ、その……大丈夫なのですか?あまりお酒に強そうに見えないのですが……」
ヴァニラが小声でフォルテに囁く。無論、タクトのことを気にかけていたのだ。
「心配すんなって、これくらいじゃ、どんなに弱い奴でも酔ったりしないよ。それに、
アルコールは少量だと気分を高揚させて、ほんの僅かだけど判断力を鈍らせる効果があるんだ。奥手なタクトにはピッタリだよ」
当人に聞こえないように、ウィンクしながら小声で囁き返すフォルテ。ちょうどその時二杯目が運ばれてくる。
「はい、タクト……あっ、次はちとせが入れた曲じゃないかい?」
タクトに、運ばれてきたビールを渡しつつ、フォルテは画面を見ると、ちとせの入れた曲がそれの一番上に表示されていた。
ミルフィーユが気持ちよく歌い終えた後、ちとせは緊張した面持ちでテーブル上のもう片方のマイクを掴み、立ち上がる。
立って歌う必要なんて無いのだが、今までこのような娯楽施設に遊びに行ったことのない彼女は当然そんなことも分かっていない。
(ど、どどど、どうしよう、タクトさんが見てる……私、人前でまともに歌ったこと無いのに……もし
音程外したら……でも、それだけは……)
彼女の目の前には、彼女の歌声を楽しみにしている様子のタクト。
緊張感と焦りが彼女の思考を埋め尽くす中、前奏が流れだす。
(だ、だめよちとせ、歌は心、心を込めて、自分の全てをこの旋律に調和させて……そうすれば何も)
ちとせは両手でマイクを強く握り、瞳を閉じて静かに歌いだした。
「――――――――――――――――――」
思わず聴き入ってしまう綺麗な歌声、聴くもの全てを癒し、清らかにしていくようなそのメロディに、その場のみんなは
彼女から視線を逸らさずに、ただ静聴したままでいた。やがて、全ての音が消えた。
「ふぅ……」
無事歌い終え、安堵の溜息をつくちとせ。眼を開くと、その場の全員の拍手があった。
「ど、どうもご静聴ありがとうございます…」
それに照れながらちとせは丁寧にお辞儀をする。そしてマイクをフォルテに渡してソファにに座った。その瞬間……
(よし今だ、行くよみんな!!)
目で合図を送り、それに他の四人も頷く。
「悪い、あたしちょっとトイレ行ってくるから次の曲飛ばして良いよ」
苦笑しながらフォルテは立ち上がる。
「アタシも」
「蘭花が行くならあたしも」
「私とヴァニラさんは、ちょっと気分転換に…」
「行ってきます……」
不自然な態度で彼女達はいそいそと部屋を出て行く。
「えっ?あっ、ちょっと待ってよ!」
あまりにも突然のことに慌てて彼女達を止めようとするタクト。
ちとせも少なからず動揺した様子で、だが声も出せずに先輩達の後姿をただじっと見つめたままでいた。
(あとはあんたに任せる。しっかりやりな)
最後に、眼でタクトを励ますとフォルテはドアを閉めて出て行った。
「………………」
「………………」
さっきのボーリングのときの雰囲気はどこへ姿を消したのか、突然二人っきりにされてしまい、どうして良いか分からずに
タクトとちとせは黙り込む。
二人だけの空間。互いに、隣に座る想い人が気になり、視線を移動させる。
やがて交わる視線。刹那、反射的に二人はそれを無表情な壁に逃げさせてしまう。
それを何度も繰り返す。何の進展も後退もない膠着状態が長く続いた。
(フォルテ、ここで想いを打ち明けろって? くそ、心なしか息苦しい。だけどせっかく与えられた機会だ。
言わなくちゃいけない、でも……くそ、どうすれば………)
「ミント、タクトさんとちとせどぉ〜?」
声を潜めてミルフィーユはミントに尋ねる。
「ずっと固まっていますわね………。戸惑いと羞恥心で心がいっぱいで……」
ミントは部屋の外側の壁に耳を当て、そして頭から出ているうさぎのような獣耳をピンと立てながら答えた。
彼女たちは戻ってくるタイミングを間違えて、与えたチャンスを無意味にしない為に、ミントに中の二人の思考を
彼女の能力で読み取らせていたのだった。彼女によると、今は全く動きがないらしい。
外も内も、空気は止まっていた。
/
(とりあえず、何か話さないことには……そうだ! さっきのあの事にしてみよう。
そのまま長く会話が続くか不安だけど、何もしないよりは…)
何か話題を発見したタクトは口を開いた。
「ち、ちとせ」
「え、な、なんですかタクトさん?」
唐突に長い沈黙が破られて、声がひっくり返りそうになるちとせ。
「あ、あのさ、さっきの歌なんだけど……その…」
僅かの空白。
「その、とても上手かったよ!すごく歌声が気持ちよくて、なんというか、そう!子守唄みたいで」
スムーズにはいかなかったがとりあえず話題を切り出せて、タクトは内心ほっと胸を撫で下ろす。
「えっ、そ、そんな……あ、ありがとうございます……でも…」
これも今日何度目か、顔を赤らめるちとせ。少々上ずった声で、しかし顔は真っ直ぐにタクトを見つめ、彼女はこう続けた。
「でも、タクトさんの歌声も、力強くて素敵でしたよ!」
「そ、そう?ちとせに褒められるとなんだか照るな…」
タクトはちとせのその強い眼差しに―――単にビールの影響だったのかもしれないが、だが確かに体温の上昇を感じた。
勝手に視線が宙を彷徨う。
「はい?えっと、それはどういう意味ですか?」
「!い、いや、特に深い意味は……」
身を乗り出して聞いてくるちとせにタクトは慌ててごまかす。先程から落ち着いた会話が一切できていない。
「あ、そうなんですか……」
タクトのその言葉に、ちとせは何か期待を裏切られたような顔になって俯いてしまった。
「………………」
「………………」
再び訪れる静寂、内側は曇り空、今にも雨が降りそうだった。
(くそ、こんなに簡単に途切れるなんて……こうなったらもう言うしかない!今しかない……今しか!)
ピクッ
不意に、一人の少女の耳が動いた。その瞬間、周りの空気が揺れる。
「どうしたのですか……ミントさん?」
抑揚の無い声が、空気に混ざった。
「タクトさんが……ついに意を決したようですわ…」
(ただ言うだけだ…簡単なことだ…行け、俺!!)
決心を固め、タクトは再び口を開く。
「ねえ、ちとせ」
「は、はい?えっと、何でしょうか?」
今しがた交わした会話の時とほぼ同様な始まり方。だがタクトの方は先程とは違っていた。
「あのさぁ、ちとせは……」
休むことなく口は言葉を発し続ける。そこに迷いの声音は無かった。
「この休暇中、何か予定は入っていたりしてるの?」
「え?い、いえ、特には…」
「じゃあさ、もし、ちとせが構わないなら、この休暇中、一緒に過ごさないか? その、二人っきりでさ」
「……え?」
ちとせは彼の言ったことが一瞬理解できず、脳内を暫く言葉が駆け回っていた。が、数秒の間を置いてやっと理解すると
「わ、私は別に構いませんけど、ほ、本当に私なんかでよろしいのですか!?」
顔だけでなく、首も、手をも赤くして、自分の耳がおかしくないことを確かめるようにちとせは彼に尋ねる。
「ちとせだからこそだよ」
それに微笑みながら答えるタクト。
曇り空は消え、青空が顔を出す。身体を優しくなでるような、清風が吹いた。
「ふふ、タクトさん、もう少し時間がかかりそうですわね」
壁越しに聞いていたミントは一人、静かに笑った。
「え、ミント、タクトはどうしたの? ついにやったの?」
その様子がを見て、蘭花がミントをせかす。いや、蘭花だけでなく、ミルフィーユ、フォルテ、ヴァニラも
その笑みの真意を知りたくて仕方なかった。
「告白はしていませんわ」
振り返るとミントはそう答えた。
「え〜!?じゃあなんなのよ?」
その結果に、蘭花は落胆すると同時に新たな疑問が沸いた。それは他の三人も一緒だった。
「告白はしていませんが、もう私達の協力は不要、ということですわ」
「だから、それはどういうことよ!?もったいぶらないで教えなさいよ!」
直接真相を話さないミントに蘭花は我慢の限界を感じて問い詰める。
「えぇ、そうですわね、お二人は…………」
/
「悪い、二人とも。ちょっと遅くなった」
タクトがちとせを誘ってから暫くした後、ドアが開き、通路からフォルテ達五人がぞろぞろと戻ってきた。
無論、このタイミングも全て演技であった。座りながらフォルテはタクトの耳元で小声で言った。
「どうやら上手くやったみたいだね、告白まではいかなかったらしいけど」
「ああ、本当にありがとう。後は全部俺に任せてくれ」
どうしてそこまで知っているのかタクトは少し疑問に感じたが、彼女たちの協力のおかげで
ちとせと二人だけの休暇を手にすることが出来た為、あえて聞かないことにした。
「言われるまでも無いよ、しっかりやるんだぞ」
「あの、ちょっとよろしいですか?タクトさん」
そこに唐突に割って入るちとせ。
「え、な、なんだい?ちとせ」
途端に、今の会話を聞かれたのではないかとタクトは不安気な声を出す。
「タクトさんの曲、もう始まっていますが」
「えっ!?あ、ホントだ!」
タクトは画面を見ると慌ててマイクを取り、少し照れながら歌いだした…。
/
「一日目からたくさん遊んで、なんだか疲れちゃったね」
カラオケボックスから出ながら、タクトは今日一日の事を顧みるように全員に話しかけた…つもりだった。
「あれっ?タクトさん、先輩方が全員いません!」
「え?どうして?」
背後からのちとせの声に反射的にタクトは振り向く。
後ろには、夕闇の刻――タクトたちが来たときからずっと忙しくライトを点滅させているカラオケボックスだけ。
今は完全に日の光は消え去り、やけにそれが眩しく輝く。
勘定を済ませ、出るときには一緒だったはずの五人が、そこに何故かいない。
「これも……作戦の内なのか……?」
五人が消えた理由で、思い当たるたった一つの事をそのまま口に出してしまうタクト。
二人とも辺りを見回すが、五人の姿はどこにも無い。推測は確信へと変わった。
(まったく、最後の最後まで世話焼いてくれちゃって……)
自分たちの為にここまで手を焼いてくれた彼女達の心にタクトは胸を打たれた。
「ど、どうしましょうタクトさん!先輩方とはぐれてしまった様ですが…」
しかし今日の出来事の一部始終を一切知るよしも無いちとせはその生真面目な性格故、自分の不注意で先輩方とはぐれてしまった
とでも言っているかのように、おろおろしていた。
「大丈夫だよ、ちとせ」
「え?タクトさん?」
ちとせは、彼女にとってだが、タクトのあまりに楽観的な発言に戸惑ってしまった。
「彼女達の事は別に心配する必要は無いよ。だから、俺たちは一足先にエルシオールに戻ろう」
「……タクトさんがそう言うなら…」
だがタクトのそのどこか落ち着いた口調に安心し、素直にちとせは頷く。耳に残るその声は、彼女の心から負の感情の一切を取り払ってくれた。二人はそっと足を踏み出した。
「い、いつまで走り続ければよろしいのですか?」
ミントの喘ぎ声が、彼女と共に路を駆ける。
「この先にあるケーキバイキングのお店までよー!」
そしてそれとは対照的な、先頭を走る蘭花の陽気な声も。
「おっ、良いね!じゃあ一番そこに着くの遅かった奴が全部おごり!」
「それじゃあスピード上げちゃいまーす♪」
「お二人に幸あれ……」
「もう、これ以上は不要だと言ったではありませんかー!!」
その頃、五人の天使達の声が夜の繁華街の一画で木霊していたのだった。
/
「………………」
「………………」
タクトとちとせは、ずっと口を開かずに夜の繁華街を歩いていた。だが、そこにはこれまでと違い、重苦しい雰囲気は無かった。
街の光と、漆黒の空に競うように瞬く幾千もの星達が二人の歩く夜道を明るく照らしている。
タクトは、その星達を見上げながら、あの時の自分を顧みていた。
/
「あっ、ちょっと待ってちとせ」
不意にタクトの声が背後から耳に入り、ちとせは彼の許に一端戻った。
「えっと、タクトさん…何でしょうか……?」
「さっきは手本を見せてあげられなかったから、一つアドバイスね」
「はい……」
「真ん中へボールを転がそうとして力む必要はないからね。ストライクも無理に狙わなくていい、
さっきも言ったけどこれはゲームなんだから、力を抜いて」
「はい…」
聞いてても、すぐに耳を突き抜けているのか、そんなことを言われても簡単にはいかないと内心彼の助言を批判しているのか、感情と呼べるものの感じられない声が返る。だがタクトは真っ直ぐに、目の前の少女の瞳を見つめ、こう続けた。
「あとね、これは今のアドバイスよりも、言っておきたい事なんだけど……」
「はい…」
「何も恐れる必要は無いよ」
「え?」
たった今タクトの言った言葉の意味が理解できず、きょとんとした顔をするちとせ。
そんな彼女に、教え諭すようにタクトは一度閉じた口を再び開く。
「ちとせ、何も恐れなくて良いんだ。俺がちゃんと近くで見ているから。君はいつもどおり、落ち着いた態度で
臨めば良い…………それが」
「それがちとせの、誰よりも素敵なところだって、俺が一番知っているから」
/
(ああいう事は言えるのに、どうして告白はできないんだろうな……きっと司令官という仕事柄、あんな事は簡単に言えたんだろう…
…そういえば、二人で休暇を過ごそうとも言ったけど……結局この気持ちは、一切伝わっていないまま……)
考えながら、タクトはふと隣の少女を見やる。その少女は、夜空に散りばめられた美しい宝石を見上げていた。
光に照らされて、普段より一層彼女の可憐さが引き立つ。そしてそんな彼女を見て、一つの強い欲求がタクトの心に芽生えた。
“手、繋ぎたいな”
(恋人同士なら、こういう状況だったら、手でも繋ぐのかな……)
彼の脳裏に次第にその光景が浮かんでくる。タクトは遂に衝動に駆られ、隣の少女に声をかけた。
「ちとせ…」
「あっタクトさん。どうしましたか?」
タクトの声に、見上げていた顔をこちらに向けるちとせ。
タクトにはちとせの声が、その時は何故か気持ちよく、心を惑わせるように感じられた。
胸の鼓動の強さが次第に大きくなっていく。
「あ、あのさ、ええと、その…なんだ…」
声が震えた。
「そ、その、手、手を……」
「て?」
しかし彼女もまた、変なところで鈍感だったのか、タクトの心境を窺い知れず、次の言葉を静かに待つ。
ゴクッ
緊張のあまり唾を飲み込むタクト。汗が頬を伝った。
「いや、何でもない…」
「はぁ、そうですか」
言っていた。タクトは高まる鼓動をひた隠そうとするあまり、大切な勇気を削ってしまった。
タクトは顔をちとせから背けた。
(俺はバカだ、まだ恋人にもなっていないのに、手を繋ごうだなんて……。
ちとせも俺のことを好いていてくれている、だけど……言えない、言えるはずがない……)
タクトは内心で自分の愚かさ、臆病さを呪った。表情が段々と歪んでいく。
それをちとせに見られないでいたのは幸いだった。
(こんなにすぐ近くにいるのに…君が、君のその柔い手が、決して届きそうにないほどに遠く見える………。
でも……いつか、絶対に!!)
タクトは自分にそう言い聞かせると、顔を前に戻し、ゆっくりもう一度口を開いた。
「ねぇ、ちとせ」
「はい」
「楽しい時間っていうのは、光のような早さで過ぎ去ってしまうものだよね。だから…」
そこまで言うとタクトは再び顔を空に向けて、続けて言った。
「だから、いっぱい楽しもう。決して忘れることのない思い出を沢山作ろう」
タクトが言い終えると、ちとせも空を見上げる。少し間を置いた後、こう答えた。
「はい、決して忘れることのない思い出を共に作りましょう」
ちとせのその時の表情は、星よりも、月よりも、街の光よりも輝いていた。
二人は再び口を閉じ、真っ直ぐに歩き続けた。
その様子を知るのは、彼らの見上げた、夜空に浮かぶ月と幾千もの星達だけだった。
To be
continued
あとがき
ナンジャコリャー!!!
あ、いきなりすみません。第二矢の出来のあまりの悪さに、思わず絶叫、なaitoです。
読み直すと、よくこんな恥ずかしい文章書いたなと思いました。エンジェル隊もあまり活躍していませんし(汗)
期待を見事に裏切ってしまって申し訳ありません!!
ええと、これ以上あまり自虐的なことを書くのもどうかと思うので、話題を変えます。
自分自身は気に入っていたんですが、読んでくださった方々にも、色々褒めていただいた小説のタイトル、『恋の正鵠』
の出来た経緯を話します。まず、個性的なものにしようという事と、ちとせに関するものにしようという考えから思考は始まりました。
ちとせ→弓道→矢→正鵠 ちとせの恋→恋の正鵠。よし、これにしよう。
決まりです(あっさり)
とまぁ、こんな具合にあっけなく決まりましたが、僕自身は結構気に入ってました。
しかし送る段になって、変な題名だな、とか思われないだろうかと心配していた部分もあります。
でも意外と好評で、え、マジ?なんて思いました。
まあ、タイトルが褒められる作品はこれが最初で最後でしょう。
長々と申し訳ありませんでした今回はこれで失礼します。