一日目

 

自然公園

 

 

 

 

 

一つ大きな緊張感と程よい高揚感をタクトは感じていた。

野原に色とりどりに美しく咲き誇るいくつもの花々が風に揺られている。

周りに何組もの若い男女や小さな子供連れの親子が寄り添いながらそこを歩いていた。

二人の目の前には銀河展望公園の何倍も広く、美しい自然が横たわっていた。

大いなる自然が人々の心を魅了する。

そしてそれは高揚感であった。では緊張感とは……

 

「はいタクトさん、お弁当ですよ」

ちとせの手作り弁当であった。広げたレジャーシートの上で陽光を燦燦と浴びながらの昼食。

それは普通ならとても穏やかなはずだ。だがタクトは緊張していた。

弁当の中身の味を心配していたのではない。

見た目も悪くない、香も良い、きっと味だって良いはずだ、タクトはそう思っていた。

当然食べることを躊躇してもいなかった。タクトを緊張させていたのは彼女の目線だった。

タクトに渡した瞬間から自分のには手をつけずに、ずっとタクトを見つめる。

反応が気になっていたのだろう、人の為に料理を作るというのは彼女にとって初めてだったのだ。

 

タクトはまず玉子焼きから食べることにした。箸でそれを掴むとゆっくりと口に運ぶ。そして

「美味しい…」

一言そう述べただけだったが

「えっ?ほ、本当ですか?」

ちとせは聞き返す、自分の耳が正常なことを確かめるように。タクトはそれに優しく答えた。

「うん、とても美味しいよ」

瞬間、一つの花が咲いた。

 

「あ、ありがとうございます!私、タクトさんの好みとか知らなくて、お口に合わなかったら

どうしようって心配してたんですけど…。すごくうれしいです、ありがとうございます!」

想い人に自分の料理を褒められて大喜びするちとせ。

その笑顔はどの花よりも美しく、タクトは不覚にも顔を紅潮させてしまった。

同時に一つの決意が生まれる。

「あ、あのさ、ちとせ!」

「え!?な、なんですか?タクトさん」

“絶好のタイミングだ”とタクトは内心でガッツポーズを取る。

「俺…ちとせの…」

 

 

間が悪いとしか言いようがなかった。

 

「すみませーん!」

ビクッ!!

悪意なき邪魔者の声に、タクトの背筋に一瞬寒気が走る。後ろを振り向くタクト。

 

「すみませーん、写真撮ってもらえますかー?」

そこには二人の男女――――おそらくカップルだろう―――がいた。

男性の方がカメラを持ってタクトを見ている。断るわけにも行かずタクトはそちらへ行くとカメラを受け取り

“くそ…せっかくのシチュエーションをよくも”と内心毒吐きながらシャッターを切った。

終えるとタクトはすぐにちとせの許へ戻ったが、気分が完全に萎えて続きを言うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

二日目

 

 

浜辺

 

 

 

夕日が海と空を絵の具で塗ったようなオレンジ色に彩り、空には数羽の宇宙カモメ達が環を描くように飛び回っている。

そして荘厳なさざ波の音色がそれら自然の情緒と重なる。

見ようと思えば見れる光景、しかし彼らにとってはそれは一つの異空間であった。

 

二人は水平線の先を見つめていた。

 

「タクトさん…」

 

「なんだいちとせ」

 

「海って……とても素敵なところだと思いませんか?」

 

「ちとせ?」

 

タクトは隣の少女の方へ顔を向けた。そこには愁いを帯びた、遠い昔を顧みているような瞳で海の先を見つめているちとせの姿があった。

どう返せば良いのか返答に困るタクト。

だがちとせはそれを待たずに、独り言を言うように言の葉を潮風に乗せた。

 

「海には……父との思い出が沢山あるんです…幼い頃の私は海が大好きで……いつまでも家に帰ろうとしなかったので

よく父を困らせたりもしました…」

 

「ちとせ…」

 

タクトはその時思い出した、いつの頃か、ちとせが自分のことを父に似ていると言ったこと。

自分の姿に父のそれを重ねていた彼女。だが父に似た自分に対する尊敬、憧れという感情はいつしかその色を大きく変えて…。

 

 

今しかない……告白するなら今しか…そう思いタクトは口を開く。

 

「ねえちと…」

 

「タクトさん…」

 

「!?」

 

だが想いは伝える直前にその相手によって阻まれ…

 

「もう…帰りましょうか…」

タクトの顔に目を向けちとせが言う。

 

「あ、あぁ…そうだね…」

 

 

勇気が音を立てずに破裂した。

 

 

 

 

 

 

 

三日目

 

テーマパーク

 

 

「ちとせ…大丈夫? 随分怖がってたね」

隣を一緒に歩く少し息の荒い少女の様子を見てタクトは声をかけた。

「お、おばけは苦手なんですって言ったじゃないですか…心配するくらいなら最初から入らないでください」

そしてタクトのその言葉を聞いた途端頬をやや赤らめて抗議する少女、ちとせ。

「いやごめん、ちとせがあそこまで苦手だとは思ってもみなくて」

タクトは苦笑いしながらそんなちとせをなだめるように言った。

「はぁ…タクトさんのせいでなんだか疲れてしまいました…あっ、タクトさん、では少しの間

休憩と言うことであれに乗りませんか?」

ちとせはそう言うとあるもの指差し、タクトもその先にあるものに気付く。

テーマパーク以外の場所でも見られる巨大な花。

 

「観覧車か」

それは巨大な観覧車であった。他のどのアトラクションよりも高く聳え立っている。

それは今二人のいるテーマパークの敷地内だけでなく、そのはるか先も一望できるほどの高さであった。

「確かにあれだけ大きければ一周するにも結構時間がかかるだろうし、

休憩には良いかもね、それに…」

何事か考え込むタクト。

「?どうしたんですかタクトさん」

だが隣の少女の声によって現実に引き戻される。

「あっ、いや、何でもない…とりあえず行こうちとせ!  (告白できるなんて言えないって)」

タクトは慌ててちとせを促した。

 

 

 

「タクトさん、眺めが凄く良いですね」

「あぁ……そうだね…」

タクトはちとせにそう返すが、彼女と共に、観覧車から一望できる景色を見てはいない。

だが告白するのに緊張していたというのでもないし、彼女の顔も見てはいない。

とりあえず今の彼にはそんな余裕はなかった。なぜならば今の彼は戦闘中なのだ。

昔からタクトはこの戦闘において勝利を収めたことがほとんどない。何せ敵は睡魔なのだ。

 

うっ…まずい…言わないと……

 

タクトは焦っていた。頂上付近まできたら告白しようとしていたのが失敗だったと思った。

この観覧車は動きがとても遅い。少なくとも彼にはあまりに遅すぎた。

景色をボーっと見ていたのも災いした。そして気付けば彼は久しぶりに戦闘に入っていた。

彼はほとんどこの戦闘において勝利を収めたことがない。そしてそれは今回も例外ではなかった。

 

 

 

 

 

「タクトさん、今日はとても楽しかったですね」

 

「う……うん……ってあれ?ここは?」

脱力しきった声でちとせに問うタクト。気付けばそこは賑やかなテーマパークの外である。

「ここはって、外ですよ?ユートピアランドの。どうかしたんですか?」

ちとせはただ事実を伝えただけだったが…

「あ、いや…ごめん、何でもない…(観覧車に乗った先の記憶がないぞ…)」

タクトにとっての外敵はヴァル・ファスクではなく睡魔なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

四日目

 

カフェテラス

 

 

 

ミントティーに柔らかな午後の光と静かに流れるジャズが心地よい空間を演出している。

エルシオールのティーラウンジでも味わえない優雅な一時――そして二人は先ほど見た映画の余韻を楽しんでいた。

 

「あのヒロイン、とてもクールでかっこ良かった…」

自分のティーを飲み終えるとちとせはうっとりしながら言った。

 

「でもどこか陰のあるヒロインだったよね、今のちとせのようにそんな大きな口で笑ってはいなかったよ」

そんな彼女の様子をタクトは頬杖をつきながら微笑んで見ていた。

 

「えっ?わ、私そんな笑いかたしていましたか?」

タクトに言われて少し顔を赤くするちとせ。

「手鏡で見てみたら?」

「そ、そんなの持っていません!特に化粧なんてしていませんし」

からかうような口調でタクトに言われるとちとせはまじめに反応する。

そんな一面もタクトは可愛いらしいなと思った。

 

「はは、まあそう本気にならないで…」

言いながらタクトは腕時計に目をやる。ディジタル仕様のそれにはPM 1:00と表示されていた。

「……ふう、じゃあ次行こうか。沢山楽しんでおかないとね」

自分のティーの残りを飲んでタクトは席をゆっくりと立ち上がったり、ちとせもそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

黄昏をビルの合間から探してみたり、月の形を何かに例えてみたり。

非生産的であるが甘く、そして空想的な遊びは二人を恋人のように映していたであろう。

だが実際はまだ二人はそうではないのだ。自分だけ相手の気持ちも知っているタクトはそのことをよく理解していた。

だからこそタクトは彼女の前ではそんな風にしてロマンチストのように振舞う事だってした。

 

 

雰囲気作りは完了。

 

 

今は眠気だってない、周りには人もいない、今日はまだ帰らないから大丈夫だ。

 

 

タクトの決意は固かった。曖昧な関係はこれで終わりだと。

 

「ねえ、ちとせ…」

 

「はい?」

 

「実は今まで言えなかったことがあるんだけど聞いてくれるかい?」

 

「タクトさん?」

 

「俺…ずっと」

 

その日はやけに饒舌で…

 

「君のこと…」

 

必ず伝わると……だが

 

「す………!」

 

「す?」

 

「へっくしょん!!」

 

「きゃっ!」

 

くしゃみに押さえつけられた。あまりに声が大きかったため驚くちとせ。

 

「う…あ……ごめん。……つば飛ばなかった?」

 

タクトは謝った。色々な意味を心の内に含めて。

 

「いえ、大丈夫です。ところで今の話し続きは…」

 

「うっ……やっぱり、また今度にするよ…別に今すぐ言うべきことじゃないから…」

 

とっさに自分の本心とは全く反対なことを言ってタクトは逃げた。崩れた一つの理想の残骸から逃げた。

 

「はぁ、そうですか…」

 

違うだろ!何言ってんだよ俺…

 

自分を叱咤するタクトであったが…

 

でも…くしゃみで途切れた後にまた続きって言うのも…………カッコ悪い。

 

時折見かける、つまらぬプライドを大事に懐にしまう人物にタクトも実は属していたのだった。

 

 

 

 

 

 

五日目

 

 

…………プツン

 

 

 

思考が脳内で音を発しながら途切れた。それと同時にいつも目にしているものがタクトの視界を埋める。

エルシオールの副官であるレスターとの滅多にない会議および自分がくつろぐために使うソファと透明なテーブル。

出入り口のすぐ横に置かれている観葉植物、そして今彼の体に密着しているデスク。

そこは司令官室であった。意識化された“現実”から元の世界に戻されたことにタクトは気付くと、彼は途端に頭痛を感じた。

 

ああ…精神が焼け焦げそうだ…最後まで思い出さなかったのは幸いだな…

 

タクトは悔いていた。自分の勇気の無さに嫌気がさしていた。

今までに幾度となくやってきた告白のチャンスをことごとく無駄にしてきた自分。空しくなると分かっていても振り返ってしまう…。

タクトは思った。“そういえば、恋って今までにしたことがなかったな”と。

タクトは女好きである。それは自他共に認めるところであった。

そしてその性格と持ち前の能天気さがあったからこそ個性の強いエンジェル隊の司令官という役職も上手くこなせたのであろう。

しかし、少なくとも彼にとってはプラスになっていたその性格が彼のちとせに対する想いには上手く活かされていないのだった。

そのことにタクト自身とても驚き、そして彼の心はその事実によって大きく苛まれていた。

『女好きと恋とは別物である』……彼のアイデンティティのうちの一つが大きく揺らいでいた。

 

「だから…あんな夢も見たんだろうな……」

 

ふと天井を病人のような目つきで見上げるタクト。しかし今の彼の瞳は天井を天井と認識していない。

タクトの脳内には今ある一つの光景がフルスクリーンで映し出されていた。

 

「“恋の正鵠”………か…」

 

 

 

 

 

 

 

それは昨日…九日目の夢だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢幻』

 

 

 

 

 

 

「タクト…さん」

 

 

 

「タクト……マイヤーズ…さん」

 

 

誰だ…俺の名を呼ぶこの声は……でも…どこか聞き慣れた…ここは…どこだ…真っ暗で何も…

 

 

「タクトさん…」

 

どこにいるんだよ…誰だよ…辺り一面真っ暗で何も見えやしない…

 

「タクトさん、聞こえないのですか?タクトさん」

 

「うっさいな…ここにいるよ…」

 

何度も自分の名を呼び続ける苛立って、思わず独り言をボソッと吐いた…ただそうしただけのつもりだったが…

 

「ここにいたのですか、ずっと探していたのですよ?」

 

「えっ!!?」

 

俺は狼狽の声を上げてしまった。突然目の前に現れた人物――さっきから俺のことを呼び続けていた人物の姿が、

今の俺にとってあまりにも近しい人だったから。

「ちとせ?どうして君がここに? ……いや、まずここはどこだ? 俺を探していたってどういうこと?」

俺の目の前に現れた人物はちとせだった。何故か軍服ではなく白い着物を着ている。

だがそんなことはどうでも良いことだ。俺はとっさに疑問に思ったことをまくし立てるようにちとせに言った。

だがちとせは落ち着いた様子でこんなことを言ったのだ。

 

「いいえ、私はちとせさんではありません…」

「え?」

 

どういうことだ?意味が分からない、どう見たって君は…俺は即座に少女に問いただした。

「じゃあ君は誰なんだ?」

その問いに彼女はまたも意味不明な答えを俺に返してきた。

「私は貴方の心の核です…そして」

 

一時の間隙を残して……

 

「“恋の正鵠”」

「恋の…なんだって?……ん?」

ザザーーザザーーザザーー

ラジオのノイズ音にも似た音が、彼女が答えた直後聞こえた。それと同時に漆黒の世界に色が生じる。

始めは不鮮明でだったが、確実にそこには一つの世界が形成され……そして。

 

「なんだ……ここは……?」

「ちとせさんの『深層心理』の世界…」

眼前に広がる光景に俺は驚きを隠せないでいたが、ちとせ――の姿を模した、俺の心とか言う少女は、遠くを見つめながら平然と言った。

自分の精神を蝕まれるような感覚がした。きっとこの空間から漂う空気のせいだ。

空を雷雲が満たし、唸り声を上げているのに……空が赤いのだ。

大地は荒れ果て、植物と呼べるものは一切ない。不毛の大地とはこのことなのだろうと俺は思った。

 

「深層心理ってなんなんだよ……早くここから出してくれよ…」

恐怖にも似た情にかられて俺はそんなことを口走っていた。

「駄目です。まだあなたに何も教えてはいない…」

「教えるってなんだよ!アンタ一体何者だよ!?」

「先程も申しましたが…私はあなたの心の核、そして彼女にとっては“恋の正鵠”…私は重大なこと

を教えるためにあなたを探していました…そして今やっと会えたのです…何も成さずしてあなたを

元の世界に帰らせることはできません…」

「うっ……」

静かだが強い意志を感じさせる言葉に俺は気圧されてしまう。

そのせい、否、そのおかげか、少し恐怖感も和らいだ感じがした。

ならば聞かなければならないのだろう、その“重大なこと”ってやつを。

口をつぐんで俺はまっすぐに少女の目を見つめた。

すると彼女は今の表情の意味を理解したのか、こっくりと頷いて口を開いた。

だが彼女の口から放たれた言葉は俺に対する静かな叱責だった。

 

「あなたのせいですよタクトさん、彼女の内側がこのようになったのは」

「えっ?」

意味が分からなかった。重大なことを話すんじゃなかったのか?どうしていきなり俺を責めるんだ?

心に疑問が生じるが、それは続ける彼女の言葉に置いていかれることになる。

「自分だけが苦しんでいると思っていたのですか?あなたは失念していましたね…ちとせさんの心の揺らぎを」

「ちょっと待ってくれ、何がなんだか…」

まず一端話を止めて説明を求めた……けれども

「まずは私の話を聞いてからにしてください…」

言葉の内に含まれた強烈な威圧感に、俺は完全に押し負けた。

「あなたの臆病な怠惰は彼女の、あなたに対する気持ちだけでなく、彼女自身への気持ちにも疑問を抱かせた、これがその結果です…。

ちとせさんはあなたを少なからず信じていました…“もしかしたら…タクトさんも私のことを…”と。

しかし本当のところは通じ合ってはいなかったのですよ。互いの気持ちを完全に知っていたあなたが立ち止まっている間に、

見えない形であなた達は離れています、確実に」

 

言葉の刃が俺の心を切り裂く。血が飛ぶ。しかし攻撃は止まらない。次々と切り裂かれる。紅に染まる。

「ちとせさんの、心の最深部に秘めた気持ちを代弁してあげましょうか“タクトさんの気持ちがわからない…

何故私を選んだの?いや…それは私の勝手な思い込みなのかもしれないけど…でも、だとしたら余計に気になる…

タクトさんが私を誘った理由……。そういえば、どうして私はタクトさんのことが好きなの?……!どうしてこんなことを考えてしまったの?

…怖い…何故か凄く怖い…タクト…さん”と、これがその気持ちです…どうですかタクトさん、感じますか?彼女の痛みが…」

…やばい…これ以上一人で喋られたら死ぬ…。胸がえぐられるような痛みが…

畜生、ちとせはそこまで思いつめていたのか…全部俺のせいだ、どうすればいい…

教えてくれ……教えてくれ……

「教えてくれ!!」

魂からの咆哮だ。

「教えてくれ…俺はどうすればいいんだ?彼女に何をしてやれる…」

 

 

きっとその言葉を待っていたんだろう、少女の冷たい表情が明るくなる。

「彼女に“恋の正鵠”を射らせれば良いだけです」

あまりに簡潔すぎる答えだ。簡潔すぎて分からない。俺は思ったことを正直に口にした。

「その“恋の正鵠”って何なんだ?」

少女は答える。

「“恋の正鵠”…それはあなたの心、すなわち私です」

「まだ意味が分からない…」

「想いとは体ではなく心に伝えるもの。彼女は幾度となくあなたの心、恋の正鵠を射抜こうとしました。想いという名の矢をそれ一点に

向けて放ちました。が、臆病すぎたのです…。臆病な矢は的に到達せずに地に落ちるだけ。

そして彼女は自分の感情に疑問を抱き始め、正鵠との距離は広がり、ますます皆中しにくいものになっている。

タクトさん、あなたにできることは、やはりあなたから伝えること、それだけです。それが彼女の揺らいだ心を

安定させ、二人を繋ぐ唯一つの道…そしてあなたその道に立ち塞がっているのは取るに足らない恐怖心。切り崩して行けば良いだけのこと」

 

そう言うと少女はおもむろに懐から何かを取り出した。小さな刀剣だった。

すると彼女はいきなりそれを俺に向かって投げ渡す。抜き身だというのに…だが俺はそれの柄を上手くキャッチすることに成功した。

「あなたがこれまでにいくつもの危機を乗り越えて作り上げた、研ぎ澄まされた心の刃で断ち割るのです…」

……あまりにも大げさな話だ。そう考えずにはいられない。でも不思議と、それが真実なのではないかとも感じれ…。

様々な思考が脳裏で錯綜して何も言えなかった。だがそんなことを彼女は全く意に介さず

「さて、これで私の使命は果たされました。さようなら、タクト・マイヤーズさん。またいつかお会いできたら良いですね…」

最後に彼女はそう言ってニコッと無垢な微笑を俺に送り、一瞬で消えた。同時に世界も消えた、元の闇だ。

消えた後のは、数個の光の粒子がその中でキラキラと光っていただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『現実』

 

 

 

 

 

 

 

 

所詮は夢だ、その中では納得できたとして、何故現実でも受け止められよう…『事実』は何を彼に与えた?悲観しかない。

 

「皇国の英雄とか謳われている奴が一人の女の子に告白もできないなんてな…」

空転するものは自嘲へと変わる。タクトの癖になりつつあった。

「そういえば…」

タクトはあることが気になって、彼のすぐ右側の壁にかけてあるカレンダーに目を向けた。

休暇が終わるまであと何日か確かめていた。

「あと二十日か…あっでも…」

まだ意外と日が残っていることに安心するタクトではあったが、それとほぼ同時にあることを思い出し、顔が歪む。

「急用ができて五日間実家に戻るって言ってたっけ…じゃあ…あと十五日、半分か…」

 

 

『見えない形でお二人は離れています』

 

 

目に見えてるよ……嘘つきが…

 

内心で悪態をつくタクト。少なからぬ焦燥感が彼の心に侵入してくる。

 

まだ半分ある…焦る必要なんてない…大丈夫、俺ならうまくやれるさ…

 

自分の心にそう言い聞かせるタクト。どっと疲れが噴出してきた。

 

もう何も考えるな…あんまり深く考える必要なんてないんだ…とりあえずもう眠ろう。

夜もかなり更けてきている…俺の想いも……今はただ安らかに…眠れ…。

 

タクトは立ち上がりベッドへ歩き出した。私服のまま、着替えることもしないで乱暴に身を預ける。

 

 

『またいつかお会いできたら良いですね』

 

嫌だ……もう出てくるな二度と…冗談だろ……

 

勝手に脳裏で反芻される言葉をタクトは瞳を閉じながら蔑み、殺した。

 

やがてまた全てが闇に包まれた…。

 

                                                    To be continued