“君や来し 我や行きけむ思おえず 夢かうつつか 寝てか覚めてか”

 

 

 

 

 

いつかの日に読んだ、何かの古典文学に載っていた歌が、ふと脳裏に木霊した。

 

 

 

 

それは恋の歌、自分の感情に戸惑う女の、恋の歌。

 

 

 

 

 

 

 

 

恋の正鵠

想矢

 

 

 

それの詳しいあらすじなんて、もう覚えていない。でも、その歌は何故かよく覚えている。その訳も…。

 

 

『あなたが私のところに来たのでしょうか 私があなたのところに来たのでしょうか 分かりません。

あれは夢か現実か 寝ていたのか目覚めていたのか』

 

二人は、本当に相思相愛だったのか、やっぱりよく覚えていない。

でも、男の方は強く女を想っていて、女も少なからず好意を持っていたのは確かだった。

 

昔から、女性はいつでも、何についても受身だった。

 

でも………

 

「違うっ!」

 

渾身の力を込めて私は矢を射た。

放たれた矢は風を切り、ただ一点に向かって空を駆る。

 

ザッ

 

皆中しなかった。

矢は正鵠から僅か数mm左にそれた。

当たり前だった。集中しきれていなかったのだから。

 

受身じゃ何も起こらない、変わらない。

それは恋もまた然り。

 

女は夜、男の許へと逢いに行った。

しかしあまり話しもしないうちに帰ってしまった。

そして、その後に男に歌を送った。それがその歌。

当時の女性としては考えられないほど大胆な行動、それを取った自分自身に困惑し、女性はその歌を送った。

それはとても切なく悲しい、恋の歌だった。

 

 

でも、羨ましく思う、そこまで積極的に行動できることに。

私もそんな風になりたい、もっと心を強く……。

 

でも、それは私にはできない、とても怖い。

自分が自分じゃなくなる気がする。

みんなに、あの人に嫌われてしまいそうな気がする。

それは、とても怖い……。

 

 

「ふぅ…」

自然と口から溜息。

 

「何考えてるんだろ、私…」

今は弓の稽古中なのに……集中できない。

 

深呼吸して、気持ちを落ち着かせよう。

 

「……すぅ〜〜、はぁ〜〜……」

 

よし、少し落ち着いてきたみたい。

あとは集中、ただ集中するのみ。

 

私は眼を閉じた。雑念を払い、周りの全てを無に帰す。

眼を開き、弓を構える、ただ一点、正鵠を見つめる。

 

自分が空気と同化した。

その感覚が全身に伝わる。そこは無音の空間、全てが無。

 

そして、

 

シュッ

 

私は矢を射た………一瞬の隙間……そして、

 

ザッ。

 

皆中。矢は正鵠を射止めた。完全に集中していればそれは造作も無い。今まで何度と無く稽古を積み重ねてきたのだから。

 

 

その時だった。

 

 

 

“恋の正鵠”

 

 

 

不意に、自分でもよく意味が理解できない言葉が、何故か脳裏にその姿を現した。

 

何なんだろう……これは……。

 

なんだかすごく気になってしまって、その答えを求めて手を伸ばしてみたけど、結局そこに手が届くことは無かった……。

脳裏に焼きついて離れない。いつか答えを見つけることができるのだろうか…。

 

 

「はぁ…」

また溜息をついてしまった。すごく疲れた感じがした。

 

やはり、全然集中できない。

 

 

「もう、やめよう…」

無意識に私はそんなことを口にしていた。

自ら発した言葉なのに、自分でも驚いてしまった。普段の私ならこんなことは絶対言わない。

いつもの私なら、集中できない時は深呼吸、もしくは瞑想を行う。

 

尤も、集中できない時など、滅多にないのだけれど。

 

「タクトさん……」

 

こんな感情を抱いたことなど、今までにあったろうか、いや、無い。

私は、想い人の名を呟いていた。

 

恋、こんなにも辛く苦しい、それが恋なのか………。

いつからだろう、この想いが私の中で芽生えたのは…。

初めは、ただの憧れだけだったのに………本当に、私は…。

 

「…もう、寝よう…」

言っていた。本当に不思議だ、今日の私の中にはいつもの私はいないのかもしれない…。

私は部屋に上がり、寝巻きに着替え、布団を敷いた。

昼寝なんて、何年ぶりだろうか。

 

「ふぅ…」

しかし横になっても、眠気など全く起こらない。

 

 

瞳を閉じれば、あの人の顔。胸が痛い…とても切なかった。

 

本当に目の前にいるんじゃないかと思うほどに鮮明に映る、あの人の顔。

拭い去ろうとしても、消える気配が無い。

 

「明日から……休暇か…」

 

この気持ちを打ち明ける時間はいくらでもあるのだろうけど、

そう考えるたびに胸が締め付けられるような感覚がやってくる。本当に苦しかった。

 

でも、この感覚を、この気持ちを少し楽しんでいる自分がいるのも、なんともおかしいが確かな真実。これが、恋……。

 

「恋って……なんか変……」

そう呟いた後、私はもう何も考えず、自然に眠りにつくのをただずっと待った。

でも結局、眠りにつく瞬間まで、その想い人の姿は消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

 

こんにちは。素直に第二矢に突入しなかった愚か者のaitoです。

ええと、説明する必要なんてないですが、とりあえずこれは休暇直前、自室で弓の稽古をしているちとせを描いた話です。

ちとせの想いがどれほど強いかを書いたつもりですがちょっとやりすぎましたかね、そこは皆さんの判断に任せます。

でもちとせにとって、この恋はそれほど重要なんですよ!それを伝えたかったんです。

しかしなんて単純な文章…まだまだ皆さんに並ぶのは後になりそうですね。でも頑張りますよ!!

それから、冒頭に用いた和歌ですが、これは知っている人なら全く説明不要ですが、『伊勢物語』の“狩りの使ひ”

に載っているのを自分なりの解釈で使わせていただきました。

つい最近授業でやって、“これ、使える”と思って使いました。つまりこの話自体考え付いたのが最近です(オイ)。

次回こそは第二矢に突入しますので、それまで首を長くして待っていてください。ではまた。