「何でも?」

タクトは問う。

「そう。何でも」

宇宙空間を生身で漂流していた男は答えた。

 

『もしも願いが叶うなら』

 

つい先ほどのことだ。エルシオールの進路上に、見なれないものが浮遊していた。

拡大してみると、人間である。当然、生きてはいないだろうと考え、無視しようとすると、それは動いたのだ。あまつさえ、しゃべりかけてきた。まるで、思考をそのまま声にするように。

「人間……? ここにもヒトがいたのか。よかった、お陰で目が覚めたよ。

でなきゃ、アイツが生きている内に、帰れないところだった。

――何か礼がしたいんだけど、何がいい?」

 

 

「タクト。何だ、こいつ」

レスターが、隣に尋ねる。答えるタクト。

「オレが知ってるわけないだろ」

「それもそうだな。しかし、宇宙空間に、何も付けずにいられるなんて、どう考えたって、人間じゃないぞ」

レスターの言葉に、男は、ガラスの向こうで苦笑する。今だ、彼はエルシオールの艦の外にいた。

「そうだな。おれは幽霊みたいなものさ。

――で、と。特に叶えてほしいものもないみたいだし、じゃ、おれはこれで――」

その声は、艦内と宇宙を区切る障壁の向こうで、発されているのに、確かに、聞くものの鼓膜を揺らしていた。

去る構えを見せる彼を、タクトは呼びとめる。

「待ってくれ!」

「何?」

どこかワクワクしたように、彼は応える。タクトは訊いた。

「何でも?」

「そう。何でも」

宇宙空間を生身で漂流していた男は答えた。

 

 

「今、物資が不足しているんだ。水と、食糧、それに弾薬。それが欲しい」

「おい、タクト!? こんな怪しげなモノに、まともに取り合うな!」

レスターが叫ぶ。

「まあ、いいじゃないか。代わりに魂を寄越せって言っているわけじゃないんだし……」

タクトは乾いた笑いを浮かべる。

その男――ファンタジー映画にでも出てくるような白いマントの下に、軍服にも似たデザインの青い服。髪は銀髪なのに、黒い瞳をしていた。見かけは、10代の半ばほど。彼は、軽く驚いた顔をする。

「……ずいぶん、柔軟な考え方だな。"時の果ての街"へ連れていきたいぐらいだ」

「やっぱり、悪魔か?」

時代錯誤な単語を持ち出すレスターに、男は、愉快そうに笑った。

「ハハ、そんなものがいるのなら、お目にかかりたいね」

目の前のお前だ。レスターは思った。

「で、水? こういうのでいいの?」

男が言うと、突如、タクトの目の前に、水の塊が浮遊する。

「え? えっ?」

タクトは慌てた。手品でも見せられているみたいな気分だった。その様子を見、彼は頷く。

「よさそうだね。それと、食べ物? ……面倒くさいな。米とかでいい?」

「できれば、小麦粉のほうが。あと――」

ロストテクノロジーじみた生物と、意気投合するタクト。宇宙のみならず、どこへ行っても、生きていけそうである。

「あ、そうだ。そんなところで話しているのも何だし――。中に入ってきたら?」

タクトが提案する。

そして、シャトルを収容するのと同じ手順で、謎のロストテクノロジーは艦内に入ってきたのだった。

 

 

「何でもお願いを聞いてもらえるって、ホント!?」

息せき切って、ランファがブリッジに飛び込んでくる。

「どこから聞いてきたんだ、一体」

呆れたように、レスター。

「ほっといてちょうだい! 乙女の情報網を甘く見ると、イタい目に遭いますよ!」

「はいはい」

「で、アンタが、何でもお願いを聞いてくれるっていうロストテクノロジーね!?」

ランファは詰め寄る。

ランファと同じくらいの身長のロストテクノロジー『お願いくん』(仮称)は、嫌そうにランファを見る。

「……何?」

どうやら、人見知りするらしい。ランファはかまわず、言った。

「さぁ、今すぐ、あたしを、運命の人に会わせて!」

「……」

彼は沈黙する。

「何よ、できないの? ロストテクノロジーっていっても、大した事ないわね」

がっかりするランファ。彼は、軽く頭をかいた。

「……いや、えっと。外見だけなら……一通りの特徴を指定してもらえば、1ヶ月くらいで作れるけど」

作れるらしい。

ランファは、話が通じていないといわんばかりに、顔を近づける。

「それじゃ、意味ないの! 運命の人よ、運命の人。わかるでしょ!?」

さっぱりわからない。身を引きながら、無表情に彼は諭す。

「そーゆうのは、出会った時に分かるらしいよ。天使の羽音がするんだってさ」

意外と詩人だ。

「そんな! 今すぐ会いたいのよ」

言うランファに、彼は肩をすくめた。

「アンタが、永遠に変わらないと思った奴が、それだよ。会えるまでは、自分を信じてるしかないね。

――とか、適当なこと言ってみるけど。結婚する気もないおれが、何を言っても説得力はないな」

「あー! この、役立たずっ!」

地団太踏みそうなランファ。

口論は無意味だと考えたらしい。彼はランファに背を向け、タクトへ向き直る。

「ご所望の品は、どこへ置いていけばいいのかな?」

「えーと、倉庫と……。案内するよ」

「おい!? タクト」

あっさりブリッジを離れようとする司令官を、副官が呼び止める。

「大丈夫だよ。見た通り彼は、さっきみたいな、魔法のような真似ができるんだ。

この艦を乗っ取る気なら、とっくにそうしてるはずさ」

「しかし……」

「後、よろしく」

タクトは心配する副官を放って、ブリッジを出ていく。

それを、お願いくんのマントを引っぱってランファが追った。

「待ちなさいよ、タクト。アタシも行くわ」

「……ったく」

仕方ないといった様子でため息をつくレスター。後ろ向きに連行されながら、お願いくんは呟いた。

「苦労性だね」

聞こえたらしく、レスターは彼をにらむ。するとお願いくんは、無表情のまま、手を振ってみせた。

 

 

ブリッジの入り口に、ランファに付いてきたミルフィーユがいた。手品師に向かい、唐突に尋ねる。

「何でもお願いを叶えてくれるって、本当ですか?」

とっさにお願いくんは、今度はランファの陰に隠れる。

「……何?」

言葉はそこで途切れているのだが、おそらく、『何、こいつ』とでも言いたいらしい。ランファが後ろを振り返って、言った。

「情けないわね、男でしょ」

返事はない。タクトがミルフィーユに訊いた。

「ミルフィーも、何かお願い事があるのかい?」

「はい! ……あの。私、何もしませんから、ランファの陰から出てきてくれませんか?」

「……やだ」

外見から10歳引いたくらいの、子供っぽい答え。

困ったように、ミルフィーユは言った。

「えぇ〜。そんなの、あたしも嫌ですぅ〜。そこから出てきてくださ〜い」

彼女が、立てこもり犯を説得するなら、こんな風になるのではないだろうか。ミルフィーユは、両手をメガホン代わりに、口の脇に添えている。

ランファを間にはさんで、ミルフィーユとお願いくんは、にらみ合った。

「怖くないから。ねっ?」

捨て猫に、エサでもあげようとするみたいな調子で言う。

恐る恐る、お願いくんはランファの後ろから出てきた。捨て猫扱いに怒る気はないらしい。

「……わかった。で、何だって?」

「わぁ。あたしのお願い、きいてくれるんですね?」

「聞くだけね」

素っ気なく、彼は答えた。

 

ミルフィーユは言う。

「カフカフの木の実が欲しいんです」

「え? ミルフィー、それって……」

ランファが尋ねた。

「うん。前ね、ケーキに入れてみたんだけど、すごくおいしかったでしょう?

他にも色々試してみたかったんだけど、途中でなくなっちゃって。

あたしも諦めてたんだけど、何でもお願いを聞いてくれるっていうから……」

"何でも"叶えてくれるものに願うには、あまりにささやかな願いである。

某、7つそろうと願いの叶う宝珠に、ランジェリーを注文するようなものだ。……いや、例えが悪いか。

彼女の純粋な願いを断れる者が、この宇宙のどこにいるだろう?

「……ふぅん。その木の一部でもあれば、可能かもしれないけど。何かある?」

「はい、それでしたら。展望公園に、でっかく生えてます!」

自慢そうに言うミルフィーユ。

 

エルシオール展望公園。カフカフの木の下に、4人は居た。

相変わらず、いい天気である。ホログラフとはいえ。

「これです! すごいでしょう? 樹齢1000年なんですって」

「何で、アンタが嬉しそうなのよ?」

ミルフィーユに言うランファの脇で、タクトはお願いくんに訊いた。

「本当に、できるのかい? 木だけしかないのに、どうやって?」

「……花でも咲かせてみせようか?」

「それは、止めてくれ。以前、花粉症に悩まされたことがあるからね」

そう。タクトに小さくつぶやくと、彼は木へ近づく。

幹の一点に焦点を合わせたまま、何やら小声でつぶやき始めた。

「開始コドンは……、で、配列。銅原子の……。π軌道に電子を……それから」

彼のすぐ前の空間に、光の点が生まれる。その様子は、ヴァニラがナノマシンを操るときにも似ていた。

「うわ、何コレ」

その光に興味をそそられて、ランファが手を伸ばす。

「触るな。手が分解されても知らないぞ」

うっとうしそうに、お願いくんはランファを見る。集中を乱されて、気が立っているらしい。

「な、何よ、それ。脅かしてるつもり?」

「ランファ」

食ってかかろうとする彼女を、タクトが止めた。

「彼の言っていることは、多分、本当だ。わざわざ、危ない目に遭う事もないだろう?」

「……タクトがそう言うなら……」

ランファは大人しく聞き分ける。

そしてしばらくして、ぽとん、と、小さな黒い粒が、芝生の上へ落ちた。

「あっ!!」

それを見て、ミルフィーユが叫ぶ。

「これです、カフカフの実! すごーい、どこから出したんですか?」

まるで、どこかに隠し持っていたような言い様だ。お願いくんは苦笑した。

「いわゆる、手品だよ」

その顔には、作業の疲れが見て取れる。

「で、ミルフィーさんだっけ? どれくらい欲しいの?」

「はい、たくさん欲しいです! この公園いっぱいくらい……」

「わかった」

頷く、お願いくん。

「待ちなさいっ!」

「どうしたの? ランファ。突然、大声を出したりして……」

顔をしかめるミルフィーユではなく、怪しいロストテクノロジーに向かってランファは答える。

「あんた、まさか。ほんとに、この公園いっぱいにそれを出すつもりじゃないでしょうね?」

「まさか。息ができるだけの空気は、ちゃんと残しておくさ」

「……」

自信たっぷりに、彼は答えた。それが、さも常識的な答えであるかのように。

ツッコむ者は、いない。

ランファは、思った。ミルフィーユとお願いくんが組んだら、銀河は文字通り、ミルフィーユ好みの世界に作り変えられるに違いない。

 

 

「ありがとうございます」

紙袋を両手に抱えて、礼儀正しくお辞儀をするミルフィーユ。

結局、ランファが、『紙袋一杯』で妥協させた。銀河展望公園始まって以来、未曾有の危機は、英雄ランファ・フランボワーズの手によって、すんでのところで救われたのだ。もっとも、誰も気付いていないのが、英雄にとっては、頭痛のタネであった。

何故なら、ランファ頼みの綱のタクトも、ミルフィーユの隣でのんきそうに笑っていたからである。気付いていなかったようだ。展望公園の、草も木もベンチも街灯も、すべてカフカフの実に変えられてしまうところだったというのに。

「よかったね、ミルフィー」

「はい! タクトさん。カフカフの実のソフトクリーム、期待していてくださいね」

「うん、楽しみにしている」

鼻歌混じりにスキップして、自分の部屋へ戻るミルフィーユ。振動でこぼれた黒い小さな実が、点々と通路に残された。

それを見送り、タクトはお願いくんを振り向いた。

「それじゃ、倉庫に案内しよう」

 

 

「お、タクト。何してんだい?」

倉庫で必要なものを生成してもらって、格納庫へ。弾薬類を作ってもらっていると、フォルテがやってきた。ランファも、タクトとお願いくんに付いてきている。

「あ、フォルテ。紋章機の整備に来たの? 相変わらず、仕事熱心だね」

「よしとくれよ、好きでやってるようなものだしさ。

……で、そいつは何だい?」

照れたように言ってから、今度はクレータ整備班長の後ろに退避している銀髪の少年を、フォルテは指差す。

「万能補給装置」

「分解するぞ、司令官」

間を置かず笑顔で答えたタクトに、お願いくんは半眼でつぶやく。

「いや、まあ。冗談だけどさ。

何か、宇宙空間で寝てたところにオレたちが通りかかって目が覚めたから、お礼に願い事を聞いてくれるんだって」

しばらくフォルテは半信半疑、といったように彼を見てから、タクトに尋ねる。どことなく可愛らしい口調で。

「何でも?」

「そう。何でも」

タクトは答えた。

 

 

「離せ。痛い」

フォルテはお願いくんの手を引いて、射撃訓練場に向かう。彼は、痛みのせいなのか、まだフォルテに慣れていないせいなのか、嫌そうな素振りである。表情そのものは、何も表していない。そういうところは、少し、ヴァニラに似ている。

「ふっふーん、逃がさないよ」

「おれが逃げたきゃ、あんたの意志に反して逃げるし、おれが居たければあんたの意志に反して、居る」

「何だい、そりゃ」

謎かけみたいな言葉に、フォルテは首をひねる。何でも自分の意志次第、と言いたいのだろうか。

しかし、彼はおとなしく、そのままフォルテに、目的地まで連れて来られたのだった。

 

「……すげぇ」

フォルテの銃火器のコレクションを目にして、彼は少年のようにつぶやく。もとより、外見は少年だが。

自慢の品々を褒められて、フォルテは目を細める。

「おっ、この良さが分かるのかい?」

「さあね。おれにわかるのは、その多様さと、集めるのにかけられた労力だけだ。あと、それを作った人々の苦心と」

「それで十分さ。どうだい、これなんか、キレイな形をしてるだろう」

「……悪いけど、銃って、あんまり好きになれない。守るためのものではなく、壊すためのものだから」

お願いくんは、淡々と話す。

フォルテは、顔をしかめた。分かっていない、と言いたげに。

「力がなければ、守りたいものも守れない。違うかい?」

「否定はしないさ。ただ……、守るには、相手を殺すだけが手段じゃないってこと」

「……世の中には、物分かりの悪いのもいるんだよ」

苦い思いでそう言うフォルテに、お願いくんは、あっさりと頷いた。

「そうだね」

フォルテは、拍子抜けした。てっきり、命がいかに尊いものか、などと、語り始めると思ったのに。

彼は、自分には理解し得ないものがあることを、理解しているようだった。

 

フォルテは軽く微笑む。

「さて、と。世間話はこのくらいにして。

何でも、お願いを聞いてくれるといったね?」

「可能なら。そして、おれの気が向けば」

満足げに頷くフォルテ。

「きいてもらいたい願いってのはね、……死人を生き返らせて欲しいってことさ」

お願いくんは、フォルテから目をそらす。

「できない、かい?」

黄泉を覗き込むように、フォルテは言う。一縷の希望にすがるような目。エンジェル隊の他のメンバーが見たら、『フォルテらしくない』と形容するだろう。いつもの彼女からは想像もつかない、気弱な表情だった。

一方、彼は、そんな願いには慣れているのだろうか。静かに尋ね返す。

「対象となる人物の状態は?」

「……骨も残ってるかどうかあやしいね」

「その人物の姿を、正確に描写した物はある?」

「……ないよ」

消え入りそうな声で、フォルテ。

「対象者の血縁者、使っていた物、住んでいた場所。何でもいい。その人物の、剥がれ落ちた皮膚の一片でもあれば――」

「ないよ! あるわけ、ないだろ!! あんな――」

フォルテは、泣いていた。固く、拳を握り締める。

「あんな、ふうに……なって……!!」

「――ごめん」

お願いくんは、肩をすくめた。罪悪感を感じている様子は、微塵もない。

「じゃ、ムリだな」

同情心のかけらも見せず、告げる。フォルテは袖で涙を拭いた。

「――そうかい。はっきり言ってくれて、ありがとう」

ふと、訓練場の入り口に目をやると、心配気な顔の、タクトがいた。

(お願いくんの身を)案じて、見に来たようだ。

フォルテの視線に気付いて、タクトは気まずそうに頭をかく。

「明日は、妖星乱舞」

「縁起でもないことを言うんじゃないよっ!」

手近にあったガムテープ(何故?)を、かつてのラストダンスの相手に向かって投げつけるフォルテ。

ガムテープは、タクトの顔面にクリーンヒットした。せめて、真似でも避けようよ、タクト。

 

 

タクトをお姫さま抱っこして医務室に向かうフォルテに、お願いくんはついてきた。他人の指示がないと、どうしていいか、わからないらしい。

というか、フォルテ。せめて担げばいいのに。

ともかく、彼は見事に、気絶していた。

「あら、大変。まるで、松井のストレートを受けとめたみたい」

怪我人を見慣れている医務室のケーラは、慌てた様子もない。

ベッドに寝かせたタクトに、フォルテは気遣わしげな視線を向ける。

「ああ、あたしったら、何てことを。

おーい、タクト。昼メシだよ〜」

冗談めかすように、口の端へ片手を添えている。

前半で反省が終わったのか、それとも本気なのか。どちらでもありそうだ。

 

医務室には、ヴァニラもいた。怪我をしたらしいクルーに、ナノマシン治療をしている。

傷は瞬きの間に消え、患者はヴァニラに礼を言う。

軽い驚きの表情で、お願いくんはそれを見ていた。

「……何ですか?」

あまり真剣に見ている彼が、自分に用があると踏んだらしく、ヴァニラは問いかける。

お願いくんは、今度は人見知りせずに、答えた。興味のためなのか、ヴァニラの性格ゆえなのかは、不明だ。

「今のは、何?」

「治療です」

「原子レベルで、人為的にモノが動いた。こんなところで、"A*******t"に会えるなんて」

半ばつぶやくように、未知のロストテクノロジーは言う。聞き慣れない単語に、ヴァニラは訊き返した。

"A*******t"とは、何ですか?」

「歳をとらず、病気にもかからず、死の苦しみも知らないモノ」

「そんなものが……存在するのですか?」

ヴァニラは驚いたように、目を見開く。

「……君は、違うの?」

「私は……日々成長し、病気にもかかり、死の苦しみも知っています」

「……ふぅん。だとすれば、すごい技術だな。良かったら、どうなっているのか、聞かせてほしい」

「……はい。ナノマシンは……」

説明を始めるヴァニラ。

そんな彼らを、ケーラは不思議そうに見ていた。

「なぁに、あの子。新しいクルー?」

「えっと……」

フォルテは、そこで一旦、言葉を区切る。宇宙空間で昼寝していたなんて言ったら、もしかして、解剖などされてしまわないだろうか。

「……タクトの知り合いらしいよ」

「ふーん、そうなの」

ケーラは適当に頷いた。

 

さて、その様子を、入り口の影で見ていた人物が1人。

すたすたと、無造作に、医務室へ入ってきた。

ちょうど、ヴァニラとお願いくんの会話が終わったところだった。

お願いくんがヴァニラに礼を言い、じゃあ今度行ってみよう、とセリフを続ける。どこへ行く気なのだろう。

ケーラは、入ってきた人物に声をかけた。

「あら、ミント。今日はどうしたの?」

「こんにちは、ケーラ先生」

お願いくんは、さすがに、ヴァニラの陰に隠れることはしなかった。そもそも、ヴァニラでは、陰にならない。

しかし、フォルテが呆れたように言う。

「……何してんだい、お前さん」

かくれんぼのように、ミントに対して、ベッドの反対側で身を伏せているお願いくん。

どことなく、滑稽だ。

「……ほっとけ」

「……」

ミントも、困惑したようにそれを見る。

「……あの、私も、お願いがあるのですが……聞いていただけますかしら?」

セリフの最後は、口元に、社交上の笑みをのせる。

「……この距離でいいなら」

「……」

黙り込むミント。この状況で口にするのは、はばかられるお願いらしい。彼女は提案した。

「珍しいお茶がありますの。いかがですか?」

「――!」

お願いくんの表情が変わる。

そして何故か彼は、ヴァニラの方へ向き直った。

「……一緒に付いてきてくれないか?」

情けない。

 

医務室を出ようとしたとき、お願いくんのマントを、ヴァニラが引いた。どこから出したのか、手に持った人参を差し出している。彼女は小さく、つぶやいた。

「お供え……」

「ヴァニラさんも何か、叶えてほしい願い事があるようですわ」

ミントが、説明する。

「……はい。今、フォルテさんから聞きました。何でも、願い事を叶えてくださると……」

ヴァニラは、軽く目を伏せる。

「シスターは、人参が大好きでした……」

ウギウギ(宇宙ウサギ)の間違いじゃないだろうか。再び、ミントが解説する。

「ヴァニラさんは、亡くなられた方を、生き返らせてもらいたいようです」

「……」

お願いくんは、黙り込む。

 

「無理だ」

静かに、言う。ヴァニラが目を上げた。

「何でも、叶えてくれるのでは、ないのですか?」

「それは、君にとって、かけがえのない人なんだろう?」

「はい、とても」

ヴァニラは頷く。無表情なヴァニラの向かいで、お願いくんも無表情に答えた。

「だったら、無理だよ。

おれが作れるのは、よくできたニセモノさ。本物じゃない」

「ニセモノ……と、本物……。よく、わかりません」

うつむくヴァニラ。彼は少し考えてから、ポケットから、小さな石を取り出す。

「例えば、ここに、石ころがある」

「はい……」

「これが、なくなる」

彼のてのひらの上から、一瞬で、石はその姿を消した。

「今、この宇宙のどこにも、さっきの石はない」

「……!」

「わかる?」

驚きの目をするヴァニラに、お願いくんは確認するみたいに問い掛けた。

ヴァニラは、驚いた顔のまま、彼を見上げる。

「……石は、どこへいったのですか?」

「空気になった。この場所にある、空気の一部」

「なぁに、手品?」

入り口で話し込む2人(ミントも傍で見ているが)が気になったらしく、ケーラが、首を伸ばして訊いた。お願いくんは、軽くそちらに視線を向けてから、すぐヴァニラに目を戻した。続ける。

「その空気は、呼吸で、誰かの体に入って、その一部になる。そうしたら、元通りにするなんて、もうできない」

「……何となく、わかるような気がします。でも、納得はできません」

固い表情で、ヴァニラは彼を見る。お願いくんは力を抜いて、少しだけ笑った。

「それでいいさ。おれが君の願いを叶える気がないってことだけ、わかってくれれば」

「……わかりました。お地蔵さまは、ニセモノだったのですね」

「まあ、ね」

彼は、頭をかいた。

 

 

ティーラウンジ。ミントがヴァニラを医務室に帰らせ、お願いくんとミントは、差し向かいで座っていた。

お願いくんは、落ち着かない様子だ。ティーポットからカップへ、ミントが紅茶を注ぐ。透明な、紅い液体は、あっという間にカップを満たした。ミントはそれを、彼の方へ差し出す。

「どうぞ」

「ああ……ありがとう」

「異世界からいらしたのですか? でも、それにしては、ずいぶん順応されているようですわね?」

自分用に注いだカップを持ち上げて、ミントが切り出す。彼は、興味なさそうに答えた。

「モノの在り方なんて、どこの世界でも大差ない」

「そうですか」

「あんたの望みは? おれの能力と気分次第では、叶える」

すると、ミントは彼の耳へ口を寄せ、小声でささやいた。

彼が、意外そうな顔をする。

「それは――できるけど」

「気が、進みませんか」

「ああ」

「でも、私、どうしても、欲しいのですわ。切実ですのよ?」

「わからなくはないけど――」

お願いくんは、気まずそうに頭をかく。

「イヤだ」

「……だって、63cmですのよ? 1m定規の半分を超えていますわ。これって、一大事じゃございません?」

「……何の話だよ、63cmって……」

「あなたは幸い、同じくらいの……だからわからないかもしれませんが……。

立っていると、お顔が、遥か遠くにありますのよ?」

悲しそうに、ミント。お願いくんは、つまらなそうに言った。

「座ればいいだろ?」

「そういう問題じゃありませんわ! とにかく、私は、"身長"が欲しいんですの!」

ついにミントは、伏字(?)にしていた単語を通常以上の音量で言い放つ。

 

その時、ミントの後方で、土煙が上がった。地響きすら、する。

驚いたミントが振り返ると……。

エルシオールクルーの、一団が、ティーラウンジの一角(つまり、こちら)を目指し、猛進してきていた。

先頭は、整備班の面々。見事な三重奏。

「「「リッキーくんの今度のライヴ・チケットー!!!」」」

次、ハチマキをした連中。「ヴァニラちゃんの……っ」その後ろ、医務室スタッフ1名。「あの幻のコーヒーをもう一度!」以下略「コンビニのバイト募集中です〜」「シャトヤーン様に……」「皇子! お部屋にお戻り下さい」「シヴァを私の元に――」「エオニア様に栄光を!」

何か、居てはいけないものまで混じっていた気がする。

ともかく、何でも願いを叶えるというウワサが、広まったらしかった。

 

「……潮時、かな」

ティーカップの中身を一気に飲み干し、仮称・『お願いくん』は立ち上がる。

「待ってくださいまし! 私のお願いは――」

何の前触れも、余韻もなく、彼の姿が掻き消える。

「!? どこへ――」

驚くミントの耳へ、声だけが届いた。

「お茶、ごちそうさま。あんたたちの司令官に、よろしく。"時の果ての街"は、いつでもあんたを歓迎する、って、言っておいてくれ」

「――」

送る言葉もなく、ミントは立ち尽くす。時間の流れを刃で切ったように、あまりにも唐突な退場だ。

 

先頭の一団が、ミントと彼のいたテーブルに達する。クレータ班長と、整備班員だ。

先ほど、格納庫で作業を見ていたときは、自分の願いまで叶えてもらえるとは、思わなかったらしい。

「ミントさん、『人間版・打出の小槌』を、どこに隠したんですかっ」

「行ってしまわれましたわね、星々の彼方に」

銀河の末端方向を見つめる目で、つぶやくミント。クレータもつられてそちらを向くが、ティーラウンジの植え込みがあるだけだ。

「とぼけていないで、さあ渡しなさい! 私のリッキーくんを!!」

「……あら、クレータさん。あのアニーズアイドルの、ファンでいらっしゃいましたの?」

「はっ! いえ、あのこれはその」

「何ですの?」

ミントは、笑顔で尋ねる。

これで班長は撃退できそうな様子だったが、その後ろからは、一筋縄でいかなさそうな連中が、まだまだ押し寄せてくる。

 

長い闘いに、なりそうだった。

 

 

おしまい。

 

☆「明日は、妖星乱舞」

"妖星乱舞"の単語と意味は、「Amazing Grase」というGASSより拝借しています。

 

"かつてのラストダンスの相手に向かって〜"

必要のないフレーズではあります。

 

63cm

分かる方だけ、分かってください。「GA男塾」の多大な影響を受けていることは否定しませんが、源泉は、コミックス2巻の「上着は どうされましたの?」にあります。って、謎なことばかり…。

 

こんなものに、ここまでお付き合いいただいて、ありがとうございました。