どうも初めまして。

私、ルシャーティと申します。EDENの使者として、つい先日、このエルシオールに参りました。

ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いしますね。

……ところで、それを踏まえた上で。

すみませんが、ヴァインを知りませんか? 私の弟です。

私、今まで寝ていたんですけど、目を覚ましたら部屋にヴァインが居ません。

 

「ヴァイン?」

 

困りました。

いえ、別に何も困ってないんですけど、何となく困った気分です。

 

「ヴァイン、ヴァイン?」

 

うろうろしてみました。

ベッドの下を覗いたり、タンスの引き出しを開けてみたり。

だけど、やっぱり居ません。何となく途方に暮れてしまいます。

 

「………………」

 

それから、私はコツンと自分の頭を叩きました。

 

「こんなんじゃダメね」

 

これじゃあ、まるで私、ヴァインが居なきゃ何も出来ない子みたいです。姉失格です。

もっとしっかりしないと、あの子だって私みたいなのがお姉さんじゃ、きっと恥ずかしいです。

私は部屋の中を見回します。ちょっと散らかってます。

しかもよく見たら、ほとんど私が散らかした物ばっかりです。

 

「お掃除でもしようかな……」

 

ヴァインが帰ってくるまでに、お掃除してお洗濯して、時間があったらごはんも作って待っている、というのはどうでしょう?

ん、名案です。お姉さんっぽくて良い感じです。

何だかやる気が出てきました。そうと決まればさっそく実行です。

私はまず買い物に行く事にしました。洗濯機を回そうにも、洗剤も無い状態でしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるいはこれも素晴らしき日々

 

『本日晴天、楽園日和』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やあ。初めまして、で良いのかな。

僕の名はヴァイン。EDENの使者としてエルシオールにやってきた、ルシャーティ姉さんの弟だ。

そういう肩書きになっているが、然してその正体は……おっと、これ以上は言えないな、フフフ……。

廊下を歩きながら、僕はこれからの事を考えていた。

タクト・マイヤーズとミルフィーユ・桜葉。この2人の絆こそが、エルシオールの要であるらしい。

ならば、この2人を引き離すことが出来れば。

 

例えば、こういうのはどうだろう?

身内びいきするわけじゃないが、姉さんは美人だ。姉さんにタクト・マイヤーズを籠絡させるというのは?

 

「……面白そうだな」

 

なかなかの名案じゃないだろうか。どれ、ちょっと想像してみよう。

僕は頭の中で、想像の翼を広げてみた。

 

 

姉さんが、タクト・マイヤーズに接近する。(あの手この手のアプローチ)

               ↓

タクト・マイヤーズは恋人に気兼ねしながらも、次第に姉さんに魅了されていく。

               ↓

そのうちタクト・マイヤーズは我慢できなくなり、嫌がる姉さんに無理矢理、あんな事やこんな事を……。

 

 

「……やめやめ。ボツ。却下だ却下」

 

僕は頭を振って、今の想像を振り払う。

何だかよく分からないけど、猛烈に不愉快な気分だった。別の手を考えよう。

その時、不意に廊下のスピーカーがノイズ音を立てた。

 

『あー、テストテスト。大丈夫かな? ちゃんと入ってるのかな? ヴァインさーん、聞こえますかー?』

 

ミルフィーユ・桜葉の声だ。

艦内放送で人を名指しにするとは、何事だろう?

 

『ええと。迷子のお知らせをしまーす。ただいまブリッジで、迷子のルシャーティさんを預かってます。ヴァインさーん、泣かないで良い子にして待ってますから、早く迎えに来てあげてくださーい』

 

マヌケな声だと思っていたが、内容はもっと大マヌケだった。

たっぷり数秒間沈黙してから、僕はハァ、と溜め息をつく。

 

「姉さん……何やってるんだ」

 

放っておくわけにも行かず、僕は重い足取りでブリッジへと向かった。

 

 

 

 

 

こんにちは、ルシャーティです。

いきなり失敗してしまいました。この年で迷子になるなんて……。

でもヴァインは凄いです、来た時は私と同じなのに、もうこの艦の構造を覚えて。

何を食べたら、そんなに頭が良くなるんでしょうか? やっぱりお魚でしょうか? お魚を食べると頭が良くなるって、昔の偉い人が言ってたみたいですし。

 

「さかなさかな……」

「ん? 姉さん、魚がどうかしたのかい?」

 

先を歩くヴァインが振り返りました。

あの後すぐに、ヴァインは私を迎えに来てくれました。恥ずかしかったですけど、ちょっと嬉しかったです。

 

「ヴァイン、今夜はお魚にしましょうか」

「晩ご飯かい? ……まあ、別にいいけど」

「あ、やっぱりダメ。お魚は私だけ。ヴァインはお肉」

 

ヴァインがもっと頭良くなったら困ります。いつまで経っても追いつけません。

 

「……いいけどさ」

「私はお魚」

「2回も言わなくていいって」

 

ヴァインは肩をすくめて歩き出しました。私はその背中を追いかけます。

そうして2人でお買い物に向かっている時でした。

 

「………………」

 

私は、ある物を見つけて立ち止まりました。

ボタンです。ボタンがあります。

壁に据え付けられた、火災警報装置。

 

『警報ベル・非常時は強く押せ』

 

どうしましょう。

ボタンです。

強く押せって言ってます。

 

「………………」

「ダメだよ、姉さん」

 

ヴァインがやんわりと制止の声をかけてきました。

どうして私の考えている事が分かったんでしょう? やっぱりヴァインは凄いです。

きっと私の知らない所で、お魚をたくさん食べてたんですね。自分ばっかりずるいです。

 

「ヴァイン、ここにボタンが」

「押したらダメだよ。非常時に押せって書いてあるだろ?」

 

分かってます。そんな事は分かってます。

でも、ボタンがあるんです!

 

「姉さんはEDENライブラリの管理者だろう? 全銀河の知識を統べる管理者が、自分の欲求も管理できない様じゃダメじゃないか」

 

正論です。その通りです。

私はうなずきました。そうです、私はEDENライブラリの管理者です。

自分の好奇心で人様にご迷惑をおかけするなんて、とんでもない話です。

大丈夫、私はそんなことしない。

ヴァイン、心配しないでね。おねえちゃんは……管理者としての自覚を……ちゃんと……っ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えいっ」

 

 

ポチッ

 

 

ジリリリリリリリリリ……

 

 

 

 

 

 

鳴り響く警報。廊下の前後で閉鎖されるシェルター。そしてスプリンクラーから放出される、滝のような大量の水……。

 

「……姉さん……」

 

2人ともずぶ濡れです。ヴァインが何だか遠い目をしています。

うう、ごめんねヴァイン。おねえちゃん、だめな人だった……。

私は目を合わせる事が出来ませんでした。

 

 

 

 

 

久しぶりだね、ヴァインだよ。

あの後かい? またブリッジに呼び出されて、クールダラスとかいう副司令官にこってりと絞られたさ。

くそう、高貴なこの僕を叱り飛ばすとは無礼な奴だ。いつか復讐してやる。

ようやく解放され、僕達はようやく買い物に来ることが出来たわけだ。

 

「ええと、魚に肉、あと調味料に掃除道具を……」

 

ついでに当面、生活に必要な物を買い揃える事にした。

ふう、暮らすというのは何かと物入りだな。

 

「あとは洗剤だったね、姉さん……姉さん?」

 

気が付くと、姉さんの姿が消えていた。どこに行ったのだろう?

辺りをキョロキョロと見回す。すると、向こうの方から声が上がった。

 

「ヴァイン、こっちこっち!」

 

コンビニの店内で大きな声を出さないでくれよ、恥ずかしいから。

肩身の狭い思いをしながらそっちへ行くと、姉さんは洗濯用品の陳列棚を見つけていた。

 

「はいっ、ヴァイン。洗剤!」

 

満面の笑顔で、箱入りの洗剤を差し出してくる。

すごいでしょ私が見つけたんだよ私頑張ったよ誉めて誉めて……と言わんばかりの笑顔。

まあ、いいんだけどね。本人がそれで満足なら。

 

「……ありがとう。助かったよ」

「〜〜〜♪」

 

ものすごく嬉しそうだった。安い女だ。

僕は苦笑しながら、手渡された洗剤の表示を見てみる。

 

『New ハイパートップ  しつこい油汚れ、シミにめっぽう強い』

 

……めっぽう強い?

 

変だ。明らかに変だぞ、これは。

儀礼艦エルシオール。乗組員も戦闘部隊も司令官も変な奴らばかりだったが、置いてある物品まで変だとは。

僕は姉さんに振り返る。

 

「姉さん」

「ん? どうしたの? もしかして気に入らない?」

 

いや、洗剤に気に入るも気に入らないも無いんだが。

 

「これを見て」

「ん……しつこい油汚れ、シミにめっぽう強い……?」

 

良かった、そこで疑問を感じてくれたか。

僕は内心ホッとした。姉さんはちょっと世間と感覚がズレてる所があるから心配だったんだけど、どうやら杞憂だったようだ。

そうだよ、変だろう? 変だよね姉さん?

でも姉さんは、すぐに笑顔になって言った。

 

「すごいわ。頼もしい洗剤ね」

「違ああああぁぁぁーーーーうっ!」

 

狭いコンビニの店内に、僕の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

ご無沙汰してます、ルシャーティです。

部屋に戻って来ましたけど、ヴァインがやたらと疲れた顔をしています。

どうしたんでしょう? きっとお腹がすいてるんですね。

よし、すぐにおいしいごはんを作って、元気になってもらいましょう。お掃除やお洗濯は明日にします。

 

「それじゃ、すぐに晩ご飯作るからね。ヴァインはそっちで休んでて」

「……手伝わなくて大丈夫かい?」

「大丈夫。お昼にたくさん寝たから、私は健康」

「いや、健康は関係な……まあいいや。それじゃ、ちょっとだけ……」

「ええ。ゆっくりして待っててね」

 

私は材料を持って、キッチンに入りました。

 

 

思ったより時間かかっちゃいましたけど、出来ました。

会心の出来です。味見もしましたけど、我ながら美味しいです。

……え? 料理下手オチ? なんですか、それ?

 

「ヴァイン、お待たせ。出来たわよ」

 

呼びながらリビングに入りました。

 

「ヴァイン? お料理が冷めちゃ―――― 」

 

私はそこで、口をつぐみます。

 

「……すう……ムニャ……」

 

ヴァインはソファーに寝転んで、そのまま寝ちゃってました。

とても気持ちよさそうです。あ、笑ってます。何か良い夢でも見てるんでしょうか。

自分の顔が笑顔になるのが分かりました。

ベッドから毛布を取ってきて、起こさないようにそっとかけてあげます。

 

「………………」

 

そして、正面に屈み込んで、その寝顔を眺めます。

この子の寝顔なんて、久しぶりに見たような気がします。いつも私より早く起きて、私より遅く寝てるから。

きっと私、この子にたくさん迷惑かけてるんだと思います。もちろん、そうだと聞いたわけじゃありません。

無愛想だからよく誤解されますけど、この子は優しいんです。私は知っています。

 

「お疲れ様。……いつも、ありがとう」

 

温かいうちにお料理を食べてもらえないのは残念だけど、ゆっくり休んでほしいです。

私は微笑んで、眠るヴァインの髪を撫でてあげました―――― 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追伸、ヴァインだけど。

 

なんだか良い匂いがする。

どこか遠くからのような気もするし、すぐ近くから漂ってくるような気もする。

何だかフワフワする。気持ちが良い。あたたかい。

何だろう? この心地よさ。

 

意識が浮上する。

ああ、僕は眠ってたのか。暗い視界に、ようやくそれに気が付く。

 

ええと、何だっけ。何か重要な事を忘れているような。

重要な事って何だっけ。じゅうよう、ジュウヨウ……。

 

僕にとって重要な事。

ヴァル=ファスクの使命? 違うな。それは関係無かった。じゃ、何だ?

あと重要な事と言ったら……姉さん? あの女、ルシャーティの事か? ああそうだ……。

 

 

「……ルシャーティ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあに? ヴァイン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いっぺんに意識が覚醒した。

目を開けると、そこに花のような笑顔があった。それも、ものすごく間近に。

ああそうだよ晩ご飯を作ってもらってるんだったそして僕は何をしていたんだソファーに横になってそれからああそうかそのまま寝てしまったんだな不覚だもしこれが戦場だったら命取りいやそんな事はどうでもいい姉さん顔近い近い離れろ危険区域だデンジャーゾーンだそりゃトッ○ガンも飛んで行くさ夕暮れの海岸線をバイクで風になったりもするさでも後ろに乗ってるのが姉さんだったらそれもいいかもなってあああ何を考えているんだ僕は!

 

……それらの情報がいっぺんに再起動する。

ビジー状態。フリーズ突入。CPUが機能を停止しました。

 

良い匂いがする。キッチンのテーブルに、美味しそうな料理が並んでいるのがチラリと見える。

でも、それよりも何よりも。

 

 

目の前の笑顔に、僕は生涯に二度とない情けない悲鳴を上げるのだった―――― 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本日晴天、楽園日和』

 

−おしまい−