―――― その日、私は戸惑っていました。

 

 

先輩方と共に過ごす、ティータイム。楽しいはずの時間。

ところが今日は先輩方、みんな表情が暗いんです。

その理由が分かりません。見当もつきません。

訊いてみようかとも思うのですが、この雰囲気、うっかり訊いてしまって良いのやら……。

 

「ふう……」

 

ミント先輩が、また溜め息をつきます。もう何度目でしょう。

 

「もうすぐ、あの日ねぇ」

 

これはランファ先輩です。心ここにあらずな呟き、およそ先輩らしくありません。

あの日って何のことでしょう?

 

う〜……。

やっぱりダメです、分かりません! 分からないなら訊くしかありません!

 

「あの」

 

私が口を開きかけた、その時でした。

 

「また……男の人達は、狂ってしまわれるのでしょうか……」

 

ヴァニラ先輩が、そんな事をおっしゃったのです。

え? 男の人が……何ですって?

 

「怯えているのですか、ヴァニラさん。……無理もありませんわね。殿方は残酷です、年端もいかないヴァニラさんに、あんなあられもない姿を見せつけて……」

「ヴァニラ、怖かったら隠れててもいいんだよ。あんたにゃ刺激が強すぎるだろ」

「……いいえ。皆さんが逃げないのでしたら、私も逃げません……」

 

フォルテ先輩は無言で、そんなヴァニラ先輩を優しく抱きしめてました。

 

「どうして、あの日が来ると男の人はああなっちゃうんでしょう。タクトさん、普段はあんなに優しいのに……」

 

続いてミルフィー先輩。

とても悲しそうです。

 

「つくづく思い知らされますわ……。ああ、私は女なんだ、って。ああなってしまっては、もはや女の身に出来る事などありませんもの。猛り狂う殿方を前になすすべ無く、ひたすら嵐が過ぎ去るのを待つしかない、あの無力感……」

 

え? え? ええっ?

ミント先輩、さっきから何をおっしゃってるんですか?

と言うか先輩方みんな、さっきから何をおっしゃってるんですか?

あられもない姿? 思い知らされる? 猛り狂う……男の人?

え? な、何の話なんですか? これ。

 

「ったく、信じらんない! 男なんてみんなケダモノよ!」

 

ドンッ

 

ランファ先輩が拳をテーブルに叩きつけます。

 

「よしなよランファ。どうしようもないだろ」

「そうだけど……っ! あんまり理不尽じゃないですか!」

 

心底くやしそうに、フォルテ先輩に向かって叫びます。

そんなランファ先輩の肩を叩いたのは、やはりミント先輩でした。

 

「くやしいのはみんな同じですわ、ランファさん。私だって理解できません。そもそも女である私たちに、殿方の本能を理解しろと言う方が無理というものなんです」

 

お、男の人の……本能?

 

ミント先輩……先輩方……。

 

いったい何のお話なんですかあああああぁぁぁぁーーーっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるいはこれも素晴らしき日々

 

 

 

『 花いろ日記(男塾Ver.)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自己紹介が遅れました、申し訳ありません。

烏丸ちとせと申します。エオニア戦役後にエンジェル隊に配属となった者です。

……すみません。もっとちゃんとしたご挨拶がしたいのですが、そんな気になれないので……申し訳ありません。

 

先輩方のおっしゃる『あの日』とやらが、とうとう来てしまいました。

けっきょく何の日なのかは、訊けずじまいでした。

だけど、私だって子供じゃありません。大体の想像はつきます。

信じられませんが……それが現実ならば、それなりの対策を取らねばなりません。

 

「父様……私をお守り下さい」

 

神棚に飾ったぬいぐるみに一礼。

今の私は軍服ではなく、着慣れた弓道着に身を包んでいました。精神統一のためです。

武具の点検をします。

弓弦の張り具合は……これでいいでしょう。

短筒を開けて矢数を確認。およそ50本。これだけあれば。

 

座して敗北を待つつもりはありません。

なぜ先輩方があきらめてしまっているのか、それは分かりませんが。

私は1人でも抵抗します。17年間、鍛えに鍛え上げた我が武。目にもの見せてやります。

大和撫子を甘く見ないことです。

 

ドアに手をかけると、足が震えてしまいました。

このドアの向こうでは、男の人たちが猛り狂って……。

私は自分を叱咤します。

 

「―――― いざっ!」

 

私は思いきって、ドアを開けて廊下に飛び出しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

びゅごおおおおおおぉぉぉ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

飛び出したまま、呆然と立ちすくんでしまいました。

激しい風。痛いほどの雨粒。ものすごい暴風雨でした。

――――廊下が。

 

「あら、ちとせさん。おはようございます」

 

後ろから声をかけられました。

振り返るとミント先輩が、河童の形をした合羽を着て立っていました。

……いえ、このさい細かいツッコミはいいんです。

 

「どうなさいましたの? そんな格好で、弓矢まで握りしめて」

「い、いえこれは……それよりもミント先輩! この嵐は一体……!?」

 

宇宙船の中で嵐にあうなんて、前代未聞です。

しかしミント先輩は、涼しい顔であっさりと答えました。

 

「この間、業務連絡で流れたじゃありませんか。気候調節機能の一斉点検を行うと」

 

それは確かに。

エルシオールには、気候調節機能というものがあります。エアコンの温度設定を変えるなどして、季節を演出します。

変化のない艦内から任務を終えて地上へ帰った時に、体が変調をきたさないためのものです。

で、機能があるならそれを点検しなければならないわけで。

半年に1度の気候一斉点検の日が近いと、確かにそういうお知らせはありました。

 

「嵐の気候まであるんですか!?」

「ありますわよ。台風、ハリケーン、エルニーニョから天地創造まで。古今東西、各種取り揃えですわ」

 

ああ、シャトヤーン様。

たまに貴女様のご意志が分からなくなる時があります。

 

「さ、ブリッジへ参りましょうか。朝礼に遅れてしまいますわよ」

 

さっさと歩き出してしまうミント先輩に、私は慌ててついて行きます。

 

「もっとも……タクトさんが、朝礼ができるほど正気を保っていればの話ですけれども……」

 

何かおっしゃったみたいですけど、風が強くてよく聞こえませんでした。

 

 

 

 

 

 

ブリッジには、すでに先輩方お揃いでした。

どこから持ってきたのかテーブルと椅子をセットして、お茶なんてすすってます。

 

「………………」

 

私は席についたきり、ずっとお茶とにらめっこしていました。

メインスクリーンに映し出されているのは、クジラルームの模様です。

 

『来たぞ来たぞ……嵐が来たぞーーーーっ!』

『ぐふふふ、血が騒ぐ! 熱い、身体が熱いぞおおおおぉぉぉっ!』

 

吹きすさぶ暴風雨の中で、男の人たちが猛り狂っていました。

1人や2人じゃありません。100人以上がウジャウジャ蠢いています。

エルシオールの男性クルー、みんな居るんじゃないでしょうか。

 

意味不明な奇声を発しながら、やみくもに駆け回っている人。

何かの修行みたいに砂浜に頭を埋め、ビクビク痙攣している人。

なぜかヤシの木の周りをグルグル回りながら、『俺はバターだああぁぁっ!』とか叫んでいる人。

 

 

「はあ……。ホント、男ってみんなケダモノよね〜」

 

スクリーンを見ながら、ランファ先輩がぼやきます。

 

「なぜ……男の人達は、嵐が来ると狂ってしまわれるのでしょうか……」

「何でも、血が騒ぐらしいんですけれども。考えるだけムダですわ、しょせん私達は女。女の身に、殿方の本能など理解できるはずもありませんもの」

 

私は、ひたすら小さくなって、先輩方が話しておられるのを聞いていました。

 

「ところで、ちとせはどうしてそんな格好してるの?」

 

うう、訊かないで下さいミルフィー先輩。

私1人だけ早とちりして、こんな戦支度までして……恥ずかし過ぎます。穴があったら駆け込んで、自分で入口を埋めてしまいたいです。

 

「ち、ちょっとその……気合を……」

「気合?」

「まあ、外はこんなだから、今から帰って着替えて来いとは言わないけどね。仕事の時間中は、ちゃんと軍服着て来ないとダメだよ?」

 

フォルテ先輩に注意されてしまいました。

違うんですよぅ……私だって勘違いさえしてなければ、こんな格好……。

普段は身も心も引き締まる弓道着が、この時はとても惨めでした。

 

「やっぱり理解できませんわね。つくづく思い知らされますわ……ああ、私は女なんだって」

 

で、ですからミント先輩!

そういう誤解を招くような発言をなさるから、私がこんな―――― !

 

 

シャッ

 

 

その時、ブリッジの扉が開いて、クールダラス副司令が来られました。

顔をうつむかせ、なんだかヨロヨロしています。

 

「お前達……ブリッジで何をしているんだ。すぐに片づけろ、朝礼をするぞ」

「副司令。副司令は大丈夫なんですか?」

「何がだ」

 

副司令が顔を上げて私を睨みつけます。

 

「う」

 

私は思わず身を退いてしまいました。

ええと……何と表現すれば良いんでしょう。うまく言えませんが。

『羊の群を目の前にして、前足も後ろ足も縛られ、さるぐつわまで噛まされた狼』がいたら、たぶんこんな顔してます。

 

「今日は見ての通り、この有様だ。午前中は仕事にならん。しかし、だからと言ってヴァル=ファスクは悠長に待ってはくれん……」

 

努めていつも通りに説明を始めようとなさっていますけど。

目の色が尋常じゃありません。ギリギリと歯を食いしばってます。

 

 

『見よ、この筋肉美! ビューティフルマッスル! ああ、俺は美しい……』

『兄貴いいいぃぃっ! ナイスポーズでーすっ!!』

『歌うぜ、筋肉賛歌! M!U!S!C!L!E! Muscle!』

『さあ〜お遊びは〜、こ・こ・まで・だ〜♪』

 

 

モニターでは、上半身裸になった男の人達が輪になって踊っていました。

変な宗教みたいです。

 

「ヴァル=ファスクは……待っては……くれん。よって、お前達はだな……むぅ……」

 

副司令の言葉が途切れました。

顔を伏せ、何事かブツブツつぶやいてます。

何と言っておられるのでしょう? 私は耳を澄ませます。

 

「……さぁ〜お遊びは〜……こ、こ、まで、だ〜……♪」

 

歌ってます、歌ってますって副司令!

私の隣でミント先輩が慌てたように声を張り上げました。

 

「副司令、しっかりなさって!」

「ハッ……!? ミ、ミント、俺はいったい……」

 

かいがいしく寄り添ってます。

普段は滅多に見られませんが、お2人は相思相愛の仲らしいんです。

フォルテ先輩が冷やかし半分に言います。

 

「色男、無理しない方がいいんじゃないのかい?」

「無理などしていない。それよりも、今日のお前達の任務は……」

 

気を取り直して、副司令が説明を再開しようとした、その時でした。

 

 

『元気ですかーーーーっ!』

 

ひときわ大きな奇声が響き渡りました。

見れば、ヤシの木によじ登っている男の人がいます。

 

「あ……タクトさん」

 

ミルフィー先輩が呆けたように呟きます。

そう。嵐に揺れる木の幹にしがみつき、声を張り上げているのは、誰あろうタクトさんでした。

 

『元気が一番、元気があれば何でもできる!』

 

狂気に酔っていた男の人達が顔を上げ、怒声ともつかぬ歓声で応えます。

 

『タークートッ! タークートッ! タークートッ!』

 

そして、にわかに沸き起こるタクトコール。

タクトさんは満面の笑みでうなずきました。

 

『よおおおっし! オレの死に様見とけドラァ!』

『タークートッ! タークートッ!』

『だっしゃ、コノヤロウ!』

 

あ、飛び降りました。

地面に着地―――― と同時に、ボキン、と何やら音が。

右足が、膝のあたりからプラプラしてました。

 

『………………』

 

タクトさんは自分の足を見て。

 

『折ったぞーーーーっ!!』

 

 

ワアアアアアアアアアアァァァァッッ!!!

 

 

『男じゃあ! わしらの司令官どのは、ホンマもんの男じゃあ!』

『大将にそこまでされちゃあな! おら若い衆、もっと気張らんかい! がっはっは!』

『祭りじゃ祭りじゃ、今日は男祭りじゃあああーーーーっ!!』

 

 

「お、男祭りだとぅ!?」

 

副司令が上ずった声で叫びました。

一瞬理性が飛んだらしく、目がチカチカしています。

 

「副司令、お気を確かに」

「わ、分かっている。だが、男祭り……まずい、楽しそうだ……」

「なりませんよ? 今回こそ耐えてみせると、約束して下さったではありませんか」

「いかん、いかんぞ……混ざりたい……!」

 

煩悶しています。

とても苦しそうです。

 

「ミント。もういいだろ」

 

フォルテ先輩が、ミント先輩の肩を優しく叩きました。

ミント先輩は泣きそうな顔で振り返ります。

 

「見なよ。色男、苦しそうじゃないか」

「でもっ……!」

「もういいさ、色男はよく頑張った。もう、楽にしておやりよ」

 

ミント先輩はうつむき、肩を震わせます。

そして再び顔を上げると。

そこには優しい微笑みが浮かんでいました。

 

「……よろしいですわよ、副司令。行ってらっしゃいな」

「い、いいのか……っ!?」

「ええ。意地悪してごめんなさい。思う存分、楽しんでいらっしゃいな」

「ぐぐうっ……す、すまんっ!!!」

 

短い謝罪の言葉を残し、副司令は部屋を飛び出して行かれました。

ミント先輩は床に泣き崩れます。我慢に我慢を重ねた、ギリギリの笑顔だったのでしょう。

とても健気です。

 

『タクト、貴様ああああぁぁぁっーーー!』

 

まもなくモニターから、解放の雄叫びが聞こえてきました。

見れば副司令がタクトさんに向かって一直線に走って行きます。

 

『むむうっ、来たなレスター! わが生涯最大の敵っ!』

 

タクトさんは泥だらけの顔に凄惨な笑みを浮かべて、それを迎え撃ちます。

 

『貴様だけは許さんぞおおおおおぉぉぉーーーっ!』

『うはは、吠えろ吠えろ! だがお前にオレは止められないぜっ!』

 

許さないって、何の事でしょう?

ああなった男の人の言葉なんて、内容に意味など無いのかも知れませんね。

 

『とうっ』

 

副司令は両手でタクトさんの胸をドンと突きます。

泥の中に大の字になって倒れたタクトさんの両足を抱え込むと、思いっきり振り回し始めました。

プロレスで言う、ジャイアントスイングです。

 

『うおおおおお、回る、回るぞ! 世界が回るッ! 神よ、おお神よ!』

 

タクトさん、なぜかメチャクチャ笑顔です。

もう何が何やら。

悪夢のようなこの光景、いつ収集がつくのかと思った矢先でした。

 

『うわああぁ……助けてぇ……』

 

それまでの男の人達の野太い声とは一線を画する、可愛らしい悲鳴が聞こえて来ました。

あっ、大変です! あれはクロミエさん、高波にさらわれて沖に流されています!

装備部の皆さんがそれに気づきました。

 

『おうっ、ありゃあクロの字じゃねえか』

『てぇへんだてぇへんだ、クールダラスの旦那! クロんとこのミエ坊がっ!』

 

なんで江戸っ子になってるんでしょう? この人達。

副司令はタクトさんを遠くに放り投げて、満足気に手をはたきながら振り返りました。

 

『誰が旦那だ』

 

ストレスが解消されたせいか、少し落ち着きを取り戻されたようです。

 

『それどころじゃねえんでさぁ、旦那!』

『だから誰が旦那だ』

 

睨みを利かせる副司令に、装備部の皆さんは肩をすくめます。

 

『ちぇっ。我らが副司令殿は、相変わらず冷静でいらっしゃる』

『クールダラス副司令だけに冷静(クール)、ってか?』

『おうっ、粋だねぇ。こいつぁ一本取られちまったぜ』

『がっはっは』

 

ダメです。

何て言うか、この人達、ダメです。

ところでクロミエさん、溺れています。

 

『ふむ……溺れているな。あれでは3分と持つまい』

 

そして冷静に分析している副司令。

いいからさっさと助けに行って下さい。

 

『仕方がない。よし、全員集合だ』

『うぃ〜〜〜ッス』

 

バラバラと男の人達が集まります。

 

『クジラルームの管理人、クロミエ少年があそこで溺れている。助けるぞ』

『え〜、だりぃッスよ〜』

『副司令ぇ〜、オレ腹減ったッス〜』

 

なんで皆さん、急に無気力になってるんですか? もっとやる気出して下さいっ!

その時、副司令の背後にスッと黒い影が。

 

「ダメだダメだ、気合が足りないぞレスター! そんな事じゃ誰も救えはしない!」

 

タクトさんでした。

副司令を問答無用で空気投げ。副司令は泥水の中に頭から突っ込んで行かれました。

タクトさんがクルー達の前に立たれると、途端に怒声のような歓声が上がりました。

 

『イヨッ! 待ってましたぁー!』

『大将ー! ついて行きまーす!』

 

こういう時は、タクトさんって人望あるみたいです。

祝日の皇族みたいに群衆に手を振って応え、やおら拳を突き上げます。

 

『みんなー! 死ぬ気で行くぞーっ!』

『サー、イエッサー!』

『殺すつもりで助けるぞーっ!』

『サー、イエッサー!』

『いーち、にぃ、さーん!』

『ダアアアアアアァァァーーーーーッ!!!』

 

いえ、それダメです、タクトさん。

行くのに死んで、助けるのに殺してたら、誰も生き残っていません。

雄叫びを上げながら、タクトさん達はクロミエさんの元へ殺到して行きます。

 

『どけオラッ、一番乗りはワシじゃあ!』

『何をぅ、ジジィは引っ込んでやがれコンチクショウ!』

 

なぜかお互いを潰し合いながら、続々と海へ。

 

『ひっ……』

 

迫り来る自称・救難者の人々の形相に、クロミエさんは顔を引きつらせました。

確かに恐いです。皆さん鬼の形相です。泳いでる最中も、やっぱりお互い潰し合ってます。

 

『オラアアァ! いま行くけーの、クロ坊! 首洗って待ってやがれー!』

『う、うわあああぁぁ』

 

クロミエさんが恐怖に駆られて逃げ出しました。

良かった、まだ余力があったんですね。

 

『ややっ、逃げやがったぞ!』

『追え追えー、逃がすなーーーっ!』

『お前そっちに回れ! 囲め囲め! 生かして帰すなーーーっ!』

 

クロミエさんを捕獲しようとする人。

潰し合いの方に夢中になっている人。

あらぬ方向へ遠泳を始める人。

 

皆さん、もはや完全に当初の目的を忘れ、単なる運動エネルギーと成り果てています。

物理のテストでよくある、なぜ飛んでいるのかも良く分からないまま、やみくもに飛んでいる「物体A」とかと同じです。

9,8って何かの公式で係数に使われてましたよね。何でしたっけ?

 

『うーん、最高だ! なあレスター!?』

 

海に顔だけ浮かべて、タクトさんが大はしゃぎしてます。

でも、一方の副司令は冷静で。

 

『そうか? 何か大事なことを忘れているような……』

『何ィ、お前はこの熱さが分からないのか! 考えるな、感じるんだ!』

『そう言うお前は、少し頭を冷やせ』

 

その時、別のクルーの方が不用意な一言を。

 

『はっはっは。なんか大将と副司令を足して2で割りゃあ丁度良いって感じだなぁ』

 

 

ギンッ

 

 

タクトさんの目が獰猛な光を放ちました。副司令の方を振り向かれて……

何だか嫌な予感がします。

 

『……何だ?』

 

副司令が首を傾げた、その時でした。

 

『よしレスター、合体だ!』

 

合体って何でしょう?

 

『何だそれは』

『フォーメーションDで行くぞ! タイミングはオレに合わせろ、ギャラクシードッキングだっ!』

 

次々と得体の知れない命令を下します。

かと思いきや、次の瞬間には副司令に飛びかかりました。

 

『こ、こら、何をする! やめろ! ……げぼっ!』

 

あっ、スゴイです。

タクトさんが副司令を押し倒して、お腹の辺りに頭をグリグリ押しつけてます。

 

『うおおお、ギャラクシードッキングぅ〜〜〜っ』

『だから何だそれは! お前、いい加減に……!』

 

海面で、男の人同士が組んずほぐれつ。

あっ、あっ? あれはどういう体勢なんでしょう? うわぁ……どきどき……。

 

って、どきどきしてる場合じゃありません、私!

 

「ミント先輩! このままでは副司令がタクトさんに……その、て、手篭めに……!」

 

慌ててミント先輩の方を振り向きます。

すると。

 

「ああ、副司令……ふぅっ」

 

 

バタン

 

 

き、気絶してる場合じゃありませんってば!

 

「わーっ! ミントが倒れたーっ!」

「あ、慌てるんじゃないよ! とにかく舌が落ちないように横にして、何でもいいから扇ぐ物を!」

「ヴァニラ、ヴァニラ! ナノマシンで気付けを! それからケーラ先生に連絡しないと……!」

 

あっちでもこっちでも。

火がついたみたいに大騒ぎになりました。

私にできる事はもはや、一刻も早く気候点検が終わってくれる事を祈るのみでした……。

 

 

 

 

 

 

以上が、本日起こった事の顛末です。

現在時刻、21時30分。

今日は疲れました。早いですけど、もう寝る事にします。

 

え、あの後ですか?

騒ぐだけ騒いで、気候点検が終わったら、男の人達はみんな疲れて眠っちゃいました。今でもクジラルームに行けば、死体みたいに眠ってるんじゃないでしょうか。

ミント先輩なら、あの後すぐに目を覚まされました。でも今は、布団にくるまって悲涙に暮れていらっしゃる様です。やっぱりあの、組んずほぐれつの光景が相当ショックだったみたいです。明日にでもお見舞いに行ってきます。

明日と言えば……明日は大掃除らしいです。私達は何も汚してないのに、女って不利です。

 

ふぁ……。本当に眠いです。

今日の日記はここまでにします。皆さんおやすみなさい。

あ、でも最後に一言だけ言わせて下さい。

 

 

 

 

 

私、男の人ってよく分かりませんっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

『 花いろ日記(男塾Ver.)』

 

 

おしまい