レスターは言った。

 

「お前の話は回りくどすぎる。簡潔に話せ、20字以内に」

 

タクトは答えた。

 

「つまりオレは蘭花とデートしたいんだ」

 

 

―――― これはつまり、そういうお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるいはこれも素晴らしき日々

 

『 爆裂娘の攻略法 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レスターは倉庫へ向かっていた。

『作戦があるんだ、後で倉庫に来てくれ。と言うか来い。艦長命令だ』

……というタクトの弁によるものである。

 

「まったく。なぜ俺が」

 

ブツブツ呟きながら歩く。

こちらは仕事が詰まっていると言うのに、いい迷惑だ。

やがて倉庫にたどり着いた。

 

「おいタクト? 来たぞ」

 

倉庫内は薄暗かった。

人影は無く、ひっそりとしている。

 

「タクト、どこだ。俺も暇じゃないんだぞ、さっさと出てこい」

 

呼びかけながら中に入る。

中央の辺りまで進んだ時、どこからともなく音楽が流れてきた。

 

チャラララララ〜〜〜ン♪

 

ラジカセで流しているらしい。

ピンクのライトが似合いそうな、妙にいかがわしい音楽である。

そして―――― 。

 

スッ……と、物陰からタクトが姿を現した。

サテンのワイシャツにスラックス。高価そうな革靴にサングラスといういでたちだ。

ワイシャツはボタンを外して大きく前をはだけ、気障な仕草で前髪を掻き上げる。

 

「……何の真似だ、タクト」

 

とりあえず冷静に、レスターは尋ねる。

タクトはフッと白い歯を見せ、チッチッチと人差し指を振った。

 

「タクト? そいつは誰のことだい。オレはさすらいのダンサー、いくつもの顔を持つ男。名前なんてとっくに忘れたさ」

「何がダンサーだ。マイムマイムしか踊れんくせに」

 

レスターは冷静にツッコむ。

 

「何学年の文化祭だったか。最終日の後夜祭で、女と踊るためだけに必死で練習して覚えたんだろうが」

「お、お前、過去の古傷をっ!」

 

つき合いの長い親友とは、時として残酷である。

忘却の彼方に押しやりたい恥ずかしい過去を、平気で蒸し返してくるから。

たまらずに叫ぶタクトに歩み寄り、レスターはサングラスを取り上げる。

 

「俺は暇じゃないと言ったろうが。何のつもりなのか、さっさと説明しろ」

「ああん」

 

サングラスを取り返そうとするが、身長で上回るレスターに高く掲げられては届かない。

仕方なく、タクトは諦めた様子で息を吐く。

 

「だから、蘭花をデートに誘うための作戦さ。どうだ? この格好」

「売れないホストのようだぞ」

「……お前、ちょっとは誉めるとかしろよ」

「無茶を言うな」

 

身も蓋もない親友に肩を落としながら、それでもめげずにタクトは続ける。

 

「何だかんだ言っても、最初はやっぱり見た目だからな。がんばってみた」

「………………」

 

レスターは黙り込む。

 

「ほら、蘭花ってセクシー系だろ? オレもそれに合わせてみたんだ」

「………………」

「あ、でもキュート系の方が良かったかなぁ? 磁石のプラスとマイナスみたいに。どう思う? レスター」

「………………」

「おいレスター? 聞いてるのか」

 

レスターはおもむろに口を開いた。

 

「……タクトよ。1つだけ言っていいか」

「何だよ。言ってみろ」

 

首を傾げるタクトに、裂帛の気迫を込めて言い放つ。

 

「貴様にセクシーだのキュートだの語る資格はないっ!」

「な、なにおうっ!?」

「不愉快だ! セクシーとキュートに謝れ!」

「くっ……お前、言うにことかいて!」

 

激怒したタクトはレスターに掴みかかり、2人は取っ組み合いを始める。

 

「何だその艶々したシャツは! 部屋ではランニングにトランクスの奴が、色気づきやがって!」

「部屋でまでこんな格好してられるか! お前、少しは人の努力を認めたらどうなんだ!」

「そんな貧相な胸板見せて何になる、着飾る前に体を鍛えろ、体を!」

「胸の大きさなら蘭花が担当してくれてるから良いんだよっ!」

 

その時、倉庫の扉が開いた。

姿を見せたのは、蘭花・フランボワーズその人。

 

「ええと、スポンジに食器洗いの洗剤。あとタワシを……」

 

コンビニの手伝いだろうか。

メモを片手に、台車をガラガラと押して入ってくる。

 

『あ』

 

三者三様の声が上がる。

蘭花は目を瞬かせて、目の前の2人を見やる。

ちょうどレスターが上になって、タクトを床に組み伏せた所であった。

そしてタクトのワイシャツは、前が大きくはだけており―――― 。

 

「あ〜……お邪魔しました」

 

蘭花は妙に礼儀正しくお辞儀をすると、回れ右してスタスタと倉庫を出て行く。

 

「ご、誤解だ〜〜〜っ!!!」

 

タクトはレスターを押しのけて立ち上がり、慌てて後を追った。

 

「大丈夫よタクト。アタシ何にも見てないわ。ええ、な〜んにも」

「違うんだ! ちょっと、止まってくれ!」

「心配しないで。前々からそんな噂は聞いてたから。別に驚いたりしないわ」

「何だって? そんな噂が……って、そうじゃなくって! 誤解なんだって!」

 

蘭花に追いつき、その肩を掴む。

が、その行為は余りにも不用意すぎた。

 

「きゃあっ! 触んないでよ不潔ッ!」

 

ドカアッ

 

振り向き様、渾身のトルネードアッパー。

タクトは天高く舞い上がり、廊下に叩きつけられた。

 

「あんなことでもこんなことでも、好きなだけしてなさいよ! みんなには黙っててあげるわ、感謝しなさいよねっ!」

「ら、蘭花ぁ〜」

 

蘭花はタクトの言葉に耳も貸さず、足音も荒く歩いて行ってしまった。

 

 

 

失敗。

 

 

 

 

 

 

 

 

『くそう、次の作戦だ。レスター、クジラルームに来てくれ!』

……というタクトの弁により、レスターはクジラルームに向かっていた。

 

「だから、なぜ俺が」

 

ブツブツ呟きながら、廊下を歩く。

そろそろ請求する補給品のリストを完成させなければならないのに、いい迷惑だ。

やがて、クジラルームにたどり着く。

 

シャッ

 

「ぬおおおおおおおーーーーーっ!!」

 

タクトが砂浜を走っていた。

腰にロープを巻き付け、ロープの先にはタイヤが括りつけられている。

 

「………………」

 

無言で眺めるレスターの目の前で、タクトは砂浜のあっちからこっちへ2往復した。

そしてようやく、親友の存在に気付く。

 

「おお、来てたのか。聞いてくれよ、次の作戦は」

「無理だ」

 

タクトが口を開いたそばから、レスターは断じた。

 

「な、お前、まだ話してもいないじゃないか!」

「どういうつもりか知らんが、無理だ。諦めろ」

 

そもそもタイヤを引いている時点で、決定的に間違っている。

レスターはそう判断したのだが、タクトは首を横に振った。

 

「だから聞けって。オレは反省したんだ。お前の言う通りだった、中身が無いくせに外見だけカッコつけようなんて、オレ間違ってた」

「……ふむ」

 

タクトにしては殊勝な心がけだった。

少なからず感心し、レスターはひとまず言葉の矛先を収める。

 

「蘭花って格闘技が得意だろ。オレもスパーリングの相手を務めたことあるけど、一撃でKO。やっぱり男として情けないじゃないか」

「そうだな、やはり男は強くなくては。女に負けるなど論外だ」

「まあ、蘭花に勝てるとは思わないけどさ。せめてスパーリングの相手くらい勤められるようになりたいんだ」

「そうか」

 

レスターはうなずいた。

 

「そういう事なら、協力は惜しまんぞ。俺が鍛えてやる」

 

 

「ふっ……レスター。悪いな、とうとう限界みたいだ……」

「おいっ! まだ準備運動が終わっただけだぞっ!」

「ゲホゲホ……どこだ、レスター? オレ、もう目が……」

「わざとらしく手探りするな! 眼鏡を探すおじいちゃんかお前は!」

 

激昂するレスターに、タクトは逆ギレ気味に言い返す。

 

「準備運動ってお前、いきなり腕立て伏せ100回が準備運動だってのか!?」

「それくらい5歳の女でも出来るぞ」

「嘘つけっ!」

「ゴリラのな」

「人で換算しろよ!」

 

レスターはフンと鼻を鳴らす。

 

「種族を問題にするとは軟弱な奴。いかな場合であれ、男が女に負けるなど俺は認めんぞ」

「おまえ変だよ! もうやめだ!」

 

理不尽に耐えかね、体育座りでそっぽを向くタクト。

その時、不意にクジラルームの入り口が開いた。

 

「あれ? またタクトに副司令」

 

またしても蘭花の登場。

なにやら険悪な2人の雰囲気に、目を瞬かせる。

 

「おお、蘭花か。良い所に来た、こいつの軟弱ぶりを笑ってやれ」

 

怒りも露わにレスターが言う。

 

「どうしたんですか?」

「体を鍛えたいと言うから付き合ってやったのだ。だがこいつ、たかが腕立て100回で音を上げてしまってな」

「100回」

 

蘭花はタクトに振り返る。

目で訴えかけるタクトだったが。

 

「何よそれ。準備運動?」

 

蘭花は軽蔑の目でそう言うのだった。

レスターはそれ見た事かと胸を張る。

孤立無援となったタクトは「2人ともおかしいよ……」と嘆く。

―――― が。

 

「100回なんて、アタシが5歳の頃にはもうやってたわよ」

 

こともなげに蘭花はそう言ったのだった。

 

「………………」

「………………」

 

沈黙。

蘭花はやる気を漲らせて言った。

 

「特訓よ! そういうことならアタシも協力は惜しまないわ」

「遺伝子だ! きっとフランボワーズ家の家系には、途中で変なの混じってるんだ!」

「わけ分かんないこと言ってないで、始めるわよ!」

 

長い悲鳴の尾を残して、引きずられて行くタクト。

それを見送りながら。

 

「遺伝子の混合……地上最強の生物……今度やってみるか」

 

レスターは何事か物思いにふけるのだった。

 

 

 

失敗。

 

 

 

 

 

 

 

 

「タクトよ。今度の休暇間の行動予定を皆から集めたんだがな」

「おお、ご苦労」

「蘭花の行動予定だが、実家に帰省するらしいぞ」

「な、何だって!?」

 

タクトは絶望した。

 

 

タクトは司令官室で飲んだくれていた。

 

「ヒック、う〜〜〜い。てやんでぇ、女が何だ〜〜〜」

「もうそれくらいにしないか、タクト。飲み過ぎだ」

 

デスクを挟んで向かい側、レスターはウイスキーのグラスを傾けながら忠告した。

ヤケ酒に付き合っているのだ。

何だかんだ言って、あんがい義理堅い。

 

「酒が足りねえぞ〜、酒持ってこ〜〜〜い!」

「いい加減にしろ。まるで女房に愛想を尽かされたダメ亭主のようだぞ」

「いーんだよ! 似たようなもんだ、蘭花は『実家に帰らせて頂きます』ときた! オレはどうせダメダメだよ!」

 

完全にやさぐれてしまっている。

レスターは呆れたように言った。

 

「そもそもだ。お前、まだ誘ってもいないだろうが。他に予定が無ければ、普通は実家に帰省するものだ」

「へっ、どうせダメに決まってるよ! もういいんだ。オレなんて、どうせオレなんて……」

「ええい、男がウジウジするな。次の方法は無いのか、考えろ」

「うるさいやい! 女の方から言い寄ってくるお前には、オレの気持ちなんて分からないんだよ!」

 

しまいには難癖をつけ始める。

とうとうレスターの堪忍袋の緒が切れた。

 

「貴様! ちょっと甘い顔をしてやれば、つけ上がりおって!」

 

タクトは負けじと言い返す。

 

「何が甘い顔だ、自分がちょっと顔が良いからって威張りやがって! 甘いマスクでメロメロって奴か!? メロメロなんだな畜生ッ!」

「意味不明だぞ! この人間のクズが!」

 

喧々囂々。

激しく罵り合っていると、バアンと激しい音を立ててドアが蹴破られた。

 

「うっさいわよ! いま何時だと思ってんのっ!」

 

安眠を妨害され、怒り心頭の蘭花が登場。

手加減なしの奥義を振るい、騒音の音源を血祭りに上げる。

 

「人の迷惑を考えなさい! まったく、寝不足は美容の大敵なのに……」

 

カンカンに怒りながら、部屋を出て行く。

後には物言わぬ死骸と静寂だけが残された。

 

 

 

始まってもいないうちに、失敗。

 

 

 

 

 

 

ついに休暇前日となった。

いちおう軍隊なので、司令官が部下に休暇を付与するという形が取られる。

エンジェル隊のメンバーが1人1人ブリッジを訪れ、タクトが彼女達に休暇証を付与する。

形式を重んじる軍隊の、まあお決まりの儀式だ。

蘭花がブリッジに入ってきた。予定通り、明日から実家に帰るのだという。

 

「そっか……」

 

タクトは寂しげに微笑んだ。

レスターは仕事に没頭するふりをして、そんなタクトから目をそらす。

 

「マイヤーズ司令、残念でしたね」

 

アルモがヒソヒソ声で話しかけてきた。

ブリッジ要員である彼女は、当然ここ数日のドタバタの原因を知っている。

 

「仕方なかろう。まあ、あいつも色々と頑張ってはいたみたいだがな……」

 

レスターもヒソヒソ声で答える。

努力が必ずしも報われるわけではない。

多少の迷惑を被りはしたが、こうした姿を見ていると、やはり報われて欲しかったと同情してしまう。

 

「じゃあこれ、休暇証。楽しんできてね」

「ありがと。まーったく、ここ数日アンタ達がドタバタしたせいで気疲れしちゃったわよ。何をあんなに暴れてたの?」

 

冗談混じりに笑って尋ねる蘭花に、タクトは力無い苦笑で答える。

 

「いや、うん……今さら言っても仕方ないんだけどさ。オレ、蘭花をデートに誘いたかったんだよ」

「へっ?」

 

すると。

 

「どうしたら蘭花はOKしてくれるだろう、こうしたらいいんじゃないかって、色々考えてさ。でも結局ダメで」

「そ、そうだったの……?」

 

落ち込むタクトとは対照的に、蘭花の顔はみるみる赤くなる。

景気よくタクトを殴り飛ばしていた威勢の良さは影をひそめ、何やらもじもじした態度に変わる。

 

「実は映画のチケットも、もう買って用意してたんだ。だから正直、残念だよ」

「え、えっと……」

 

タクトは吹っ切るように明るく笑う。

 

「でも、今回は残念だったけど、またこの次に頑張るから。それじゃあ休暇後に。楽しんできてね」

 

蘭花は口元に手を当て、恥じらうようにしながら言った。

 

「バ、バカね……なにサッサと諦めてんのよ……」

「え?」

 

呆けるタクトの視線から逃れるように、微妙に目をそらしながら続ける。

 

「家に帰るのなんて、どうとでも予定つけられるわよ……。明日1日くらいなら、別に、つきあってあげても……」

「蘭花、それって……」

 

タクトの声は震えている。

 

「で、デートしてくれるのかい!? しかも明日ッ!?」

「大きな声出さないでっ! ま、まったく、最初からそう言ってくれれば、アタシだってそれなりに」

「う、うわあああああ〜〜〜〜〜んっ! ありがとう蘭花ぁ〜〜〜〜〜っ!」

「きゃあっ! ちょっと、抱きつかないでよっ!」

 

タクトは滂沱の涙を流しながら、蘭花の腰にしがみつく。

蘭花は焦ってそれを引きはがそうするが。

いつものように殴り飛ばそうとしないのは、果たしてどういう心境の変化か。

 

 

 

「……なあ」

 

その光景を半ば呆然と見やりながら、レスターは隣のアルモに話しかけた。

 

「ひょっとして、あれこれ格好つける前に、ひとこと言えば済んだ話だったんじゃないのか?」

「え、えっと〜」

 

アルモは苦笑しながら、それに答える。

 

「まあ、その一言が、近くて遠かったって事ですよ」

「くだらん」

 

お決まりのセリフを口にし、レスターはもう興味は無いとばかりに仕事に戻る。

そんな彼の様子を、アルモは見つめる。

 

「ひとこと言えば、済む話……」

 

口の中でモゴモゴと呟き、何やら決意を込めた表情でレスターに話しかける。

 

「く、クールダラス副司令ッ!」

「ん? 何だ」

 

ナチュラルに振り返るレスター。

アルモはゴクリと喉を鳴らして。

 

「あ、あのっ! 副司令は、今回の休暇のご予定は……っ!?」

「休暇か。特に何も……いや、忙しいな。やる事がある」

「そ、そうですか……」

 

途端にシュンとなる。

そうそううまくは行かないものだと苦笑しながら、雑談半分で続ける。

 

「また何かお仕事ですか?」

「いや、仕事と言うか自由研究だな。ちょっと地上最強の生物を……」

「はい?」

「何でもない」

 

曖昧に言葉を濁すレスター。

「?」と首を傾げるアルモ。

そんな2人の後ろで。

 

 

「ありがとう、ありがとう蘭花。オレ嬉しいよ〜〜〜」

「あーもう、泣かないの。ほら、そうと決まれば準備しないと。時間は9時でいい? 着ていく服はあるの? 待ち合わせ場所も決めないと。休暇に入るんだから、仕事も今日中に終わらせないと、明日楽しめないわよ?」

「うんうん……がんばる。オレ頑張るよぉ蘭花〜〜〜!」

 

タクトの情けない泣き声が、いつまでも響いていた。

騒々しくもバカバカしい日常。

 

 

 

―――― これはつまり、そういうお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

『 爆裂娘の攻略法 』

 

 

おしまい