逆井より:月神楽のエンディング・第1稿(ボツ)だったものです。

     後日談風にアレンジしてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるいはこれも素晴らしき日々

 

 

『その後の月神楽』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜あ、なんかヒマよね〜。なんか面白いことでも無いかしら」

 

ランファは心底ヒマそうにボヤいた。

 

「そおかなあ? 私は毎日いろいろあって、けっこう楽しいけどなぁ」

 

ミルフィーユは、そんな親友にニコニコしながら言う。

 

「今日のお昼だってね、タクトさんたら食券売り場でカツ丼のボタンとトロロそばのボタンを間違えて、『オレのカツがぁー! トロロにぃーっ!』って大騒ぎ!」

「んな事で楽しいのは、あんただけだよ」

 

やる気無さそうにフォルテが口を挟む。

 

「恋する乙女は、毎日が輝いているというわけですわね」

 

達観した様子でミントはうなずく。

 

「……平和なのは、良いことです……」

 

ヴァニラの発言は、毒にも薬にもならなかった。

 

 

 

なんとなく中央ホールで顔を合わせたエンジェル隊の面々は、それぞれ缶ジュースを片手に、まったりとしていた。

『いつもティールームだから、たまには違った場所で』と、退屈な日常に少しでも刺激を加えようとの試みであったが、やっぱり大した違いは無かったようである。

 

「副司令! やっとお会いできました」

 

だらだらしているところへ、不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

全員がそちらを見やる。

廊下の向こうで、ちとせが壁に向かってしゃべっていた。

一瞬ギョッとするが、よく見ればそうではない。ちとせは曲がり角の突き当たりに立っていたのだ。

 

「質問です。戦略シュミレーションファイル433の状況なんですが―――― 」

「ああ、それはだな」

 

レスターの声も聞こえる。

曲がり角の壁に隠れて、ここからは彼の姿が見えないだけなのだ。

 

 

 

先月、レスターは退院してエルシオールへと戻ってきた。

目は相変わらず盲目のままである。しかしその事実も、今までの事の顛末も、何一つ軍本部へは報告されていない。

エルシオールの乗組員全員がグルになった(果てはルフトまで巻き込んだ)壮大な隠蔽工作が、現在進行形で実施中なのである。

 

戻ってきたレスターは意外にも、さしたる不自由もなく生活している。

盲目でなぜ廊下を普通に歩けるのかと、あるクルーが問い質した所、本人いわく

 

「心眼が開いてな」

 

とのこと。

まあ単なる冗談で、本当は優れた記憶力にものを言わせて、艦内の構造を完璧に覚えているだけなのだろうが。

しかし何と言っても、「あの」レスター・クールダラスである。

心眼うんぬんも、有り得ないとは言い切れない所が、この男の恐ろしい所であった。

 

ともかくにも、過不足のない日常が戻ってきた。

そしてまた、ちとせの『鴨の親子』状態が見られるようになっていた。

 

 

 

 

 

「あ〜あ、あっちも相変わらずねぇ」

 

ランファのぼやきに、残る面々は一斉にうなずく。

 

「もはやエルシオール名物と化してますわね」

「そのうち観光客でも来るんじゃないかね。まんじゅうでも売り出すか」

「エルシオールまんじゅうですかー?」

「……烏丸印の副司令まんじゅう……」

 

会話している2人の様子を、5人して生温かい目で見守る。

ちとせは難しい顔をしたまま、しきりに資料を見直したり、首を横に振ったりしている。

いたく真剣な様子だ。

 

「……ところで、あの2人って、ホンット〜につきあってるんでしょうね?」

「ええ、そのはずですけど……」

 

疑いの眼差しで問うランファに、ミントが自信無さげにうなずく。

 

「つき合うってことがよく分かってないんじゃないかねぇ、2人とも」

「えー? 仲良さそうですよぉ」

「あんたの目は節穴かっ」

 

 

―――― そう、レスターとちとせは付き合っているはずであった。

 

間違いない情報である。

何せ、このあいだ2人してブリッジに訪れたと思ったら、肩を並べて

 

「マイヤーズ司令、お願いがあります。私達2人は、この度おつき合いを始めたいと思っております」

「ついては是非、司令の認可を頂きたい。頼む、いやお願いします、マイヤーズ司令」

 

と、2人して深々と頭を下げて見せたのだから。

親に交際相手を紹介する世代でもあるまいし。

あまりの時代錯誤ぶりに、タクトの方が慌ててしまい

 

「あ〜、う〜……。だ、ダメだダメだ! お前なんぞにうちの娘はやれん、帰れ帰れ! 母さん、塩だ塩! 塩持って来ーい!」

 

という具合に、とりあえずボケてみたりなんかした経緯がある。

ちなみにそのボケは、ミルフィーユが本当に塩を持って来て、タクトがそれを撒き散らし、結局全員でブリッジの床を掃除するという傍迷惑な結果に終わったのだが。

 

とにかく、2人はエルシオールの全クルー公認のカップルのはずなのである。

だというのに、あの色気のカケラも無い雰囲気ときたら。

 

「まあ、お2人にはお2人なりのスタンスというものがあるのでしょう」

 

ミントは苦笑して、世にも生真面目な2人をフォローする。

 

「あ〜あ、つまんない〜」

「確かに、もうちょっと周りの期待に応える展開があってもいいと思うけどねぇ」

「そうおっしゃらずに。長い目で見守りましょう」

 

ランファとフォルテは興味をなくして、ソファーに座り直す。それにミントも動きを合わせる。

すなわち、ちとせとレスターの2人に背を向ける。

 

「ジュース、もう1本飲んじゃおーっと」

 

そしてミルフィーユは立ち上がって、自販機の前に歩く。

そう―――― 。

その瞬間、2人の姿を見ていたのは、対面して座っているヴァニラだけであった。

 

 

 

「……あ……」

 

 

 

ヴァニラは、小さく声を上げた。

 

「はい? どうかしました?」

 

不思議そうに尋ねるミントに。

 

「……いえ……何でもありません……」

 

一瞬の躊躇の後、首を横に振る。

 

「何よ? 何か面白い事でも思いついた?」

 

ランファに追求されるが、やはり首を横に振る。

 

「思いついたわけではありませんが……面白いです……」

「何だい何だい、教えとくれよ」

 

娯楽に飢えた顔で寄ってくるランファ、フォルテ、ミント。

 

「ん〜、メロンソーダも捨てがたいけど、ここはやっぱり……」

 

ミルフィーユは、まだ悩んでいる。

ヴァニラは自分の口元がほころぶのを感じた。

 

「あら? ヴァニラさん笑ってますの?」

「いいえ……」

「いーや、笑ってるね! あんたが笑うなんて、ただ事じゃないっ!」

「……特別なことではありません。むしろ、これが普通なのではないかと……」

「なーに? いったい何のことなのよぉ!?」

「……けっこう、大胆です……でも問題ありません……」

 

 

 

 

今、誰か1人でも後ろを振り返れば、ヴァニラの言葉の意味を理解できるのに。

ヴァニラが見守る先。

 

 

 

 

ちとせが、つま先立ちして目を閉じて。

曲がり角の向こうへ、顔を上げていた―――― 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その後の月神楽』

 

 

おしまい