夢。……彼女は夢の終わりを見ていた。
夢の中の彼女は、様々な光景を目にし、思い起こしていた。
紋章機のパイロットに選ばれたこと。
初めて乗り込んだ儀礼艦。
憧れだった人々との邂逅。
公園でのピクニック。
トレーニングルームでの訓練。
ティーラウンジでの落着いた時間。
射撃訓練場での出来事。
動物たちとの触れ合い。
激しい戦い。
現れた新たな敵。
決戦兵器。
充実した休暇。
EDENからの使者。
再び訪れた戦い。
自分の心に不安になった日々。
紋章機の突然のトラブル。
失った記憶。
恋文。
甦る記憶と想いと――告白。
心に目覚めた『人』との別れ。
涙を流す女性。
決戦の時。
アナザースペースへの突入。
再会。
そして。どんな時でも自分の側に居てくれた大事な人。
自分に想いに応えてくれた、大好きな男性。
そこまで思い起こして、瞬時に情景が変わる。
彼女は、多数の人で賑わう繁華街の中に居た。
行き交う人々の笑顔と活気で彩られる休日の光景。
彼女は、腕を組んで共に歩く彼の姿を、何となく見つめてみる。
それに気がついた彼は、笑顔で返してくる。
優しくのどかな笑顔のまま、まじまじと見つめ返される形になり彼女は頬を赤らめた。
そのまま何か特別なことを話すでもない、彼に寄り添うようにして組んだ腕だけは、決して放さないまま、二人は歩を進めていく。
いつも隣に居てくれる彼。
彼と共に歩んでいく自分。
いつまでも、そうであると信じていた。
その日々は、変わらずにこれからもあると思っていた。
――タクト・マイヤーズという名の恋人と過ごす日々が。
その日々を取り戻すことが、
再び大切な人と共に歩んでいくことが、
彼女の望みであり、願いであり――夢だった。
夢は終わり、現実の時が再び刻まれる。
目を開いた……その先にあるものは――――。
単艦対複数の艦隊という構図を想定した場合、事態はどう動くであろうか。
単純に考れば、複数の艦隊で構成された後者の方が勝利するのは自明の理であると言える。
唯一の例外は、そのたった一つの艦が、艦隊に挑み得るだけの強大な力を有していた場合、もしくは艦隊側の機体性能を圧倒していた場合くらいなものだろう。この場合、勝利がどちらの陣営に転がり込んでくるかは未知数となる。――その例外点さえ除けば、艦隊側が敗北するようなことは、まず無い。
対して。単艦の側は勝利することは出来なくても、うまく立ち回りさえすれば負けることはないとも言える。
……つまりは、逃げてしまえばいいのだ。
完全に同一の艦で全てが構成されているならばいざ知らず、大抵「艦隊」と名のつく部隊は、その構成員を重戦艦、駆逐艦、突撃艦……等と、役割ごとに分担した性能の異なる艦を、数隻ずつ有しているものだ。
たった一つの目標を、その部隊全体の強みである数量で圧倒したければ、追撃時に各艦の足並みを揃えなければならなくなる。そこには、足が速い艦もあれば、遅い艦もある。
それら全ての足並みを揃えるまで待っていては、目標となる単艦に逃げられてしまう。
かと言って、一部の少数の艦を突出させた場合には、それらが各個撃破されてしまう可能性も出てくる(あくまでも低い可能性としてだが)。
単艦という身は、戦闘力という意味では艦隊群に遠く及ばないが、フットワークの面では最も軽やかなのである。ましてや、艦隊側の勢力が数百規模の大艦隊であった場合にはこれらの差は歴然だ。
艦隊側が単艦を交戦圏内にさえ捉えてしまいさえすれば、その圧倒的な火力でもって、有無を言わさず単艦の殲滅が可能ではある。
問題は――単艦がその交戦圏内に入る前に、大艦隊の存在に気がつき逃げ果せてしまうことだ。
それだけの規模を持つ艦隊であれば、単艦側に察知する気が無くても嫌でも見つかってしまう。……その巨艦群はあまりにも目立ちすぎるのだ。
――突然目の前に現われでもする方法が無い限り、相手を殲滅するという意味での艦隊側の勝利はなく、撃墜されるという意味での単艦側の敗北はありえない。
だとすると……複数の戦艦で単体の艦を相手取り、なおかつ絶対に逃がすことなく仕留めたいのであれば、どの程度の数を揃え、どのような種類の艦で部隊を構成し、どのようにして相手の喉下に食いつくべきか?
それら全ての答は――今、彼らの目の前にいる艦隊が表していた。
十隻での構成という……大艦隊と呼べないまでも、それはれっきとした「艦隊」であり、艦隊の構成要素全てが同型の艦で構成され、足並みを整然と揃えている。――そして、何よりも驚くべきは、目の前に突然現われたということ。
それらは……単艦であっても、ある程度までの艦隊に対してなら単独で挑み得るだけの強大な力を持ち、艦自体の性能も、一般的な戦艦を軽く凌駕している――エルシオール・セラフという艦から見ても、非常に厄介な相手だった。
「……来たか! シャープシューターをすぐに出せ! アルモ! 艦内への通達を急ぐんだ! ココ! モニターから目を離すんじゃないぞ!」
エルシオール・セラフのブリッジ内で、レスター・クールダラスが矢継ぎ早に指示を飛ばす。
――ついに『奴ら』が現われた。今回は半年前のような光の波――極微細操郭機群を用いるのではなく、戦艦を用いた実力行使にうってきたのだ。だが、まだ油断は出来ない。……いつ何時、新たな攻撃がこの艦に向けられるのか分からないのだから。
思考までもを、頭の中で矢のように駆け巡らせながらレスターは思わず、
「もう少しで“原初の月”との合流予定地点だというのに……」
忌々しげに呟いていた。
EDENを後にしたエルシオール・セラフはここに至るまでの間、何の問題も無く航行を続けていた。以前、セレナより指定された目標地点まであとわずかという所で、こうして敵の襲撃に遭ってしまったのである。
しかも……敵は、突然その姿を目の前に現わした。何の痕跡も見せず、レーダーに何の反応も残さず――半年前のあの時と全く同じ唐突さでもって。
まるで、『何もない空間から飛び出てきたかのようにして』、突然にだ。
目の前と言っても、流石に……艦の目と鼻の先とも言えるような至近に現われたというわけではなく、敵艦隊とエルシオール・セラフとの間にはある程度の距離は開いている。
だが、通常の艦隊戦における敵艦の事前察知及び、その対策を講じる時間というものを、こちらに全く与えさせてくれない状況に変わりなかった。
それこそすぐに、敵艦隊の射程範囲内に捉えられ、総攻撃を浴びることになるだろう。
逆境に対して、苦々し気な表情になるレスター、
「副指令! 敵艦の数は十隻。そのどれもが、以前戦った“ヴァル・ファスク”の物と同タイプです!」
そこに敵艦の分析データが送られ、彼の眼前にサブモニターとして投影される。
「……これは、突撃艦タイプか? 一気にこちらの喉下に喰いついて殲滅する気か……」
悪い出来事というものは、常に重なって起こるものだ。10隻からなる敵艦隊の構成は全て突撃艦。一般的に突撃艦と呼称される艦は、一般的な戦艦よりも幾分か足が速く、それだけ目標への到達時間も短くなっている。
「突撃」という名の通り、一直線に目的へとひた走り電撃的に相手を殲滅する。重戦艦や駆逐艦と比べると低火力である武装も、そのスピードと――更には、数量で補ってしまえば大いなる脅威となる。
突然の敵との遭遇に少なからず混乱しているエルシオール・セラフという艦にとって、それは最悪の相手と言えた。
突撃艦の移動スピードから考えれば、この巨大な艦のスピードで振り切ることは難しい――というより不可能であろう。総攻撃を浴びることになるのは数秒後か、はたまた数十秒後か。どちらにしろ、そう遠くない時であることは間違いない。
すぐにでも迎撃をと、レスターが指示を飛ばそうとした時、
――光が走った。
エルシオール・セラフの下方から、漆黒の銀河を切り裂くようにして放たれた三つの光の弾丸は、内二つが着弾と同時に突撃艦の一隻を爆砕させ、残されたもう一つの弾丸は、別の一隻を半壊させていた。
「――ご報告が遅れましたが……。烏丸ちとせ、只今出撃いたしました」
その言葉と同時に、艦の壁面を滑るかのようにして、一つの大型戦闘機が艦の下方から姿を現してきた。それはそのまま、艦の上方に達した後、機体を固定させ、次の目標に狙いをつける。
ちとせの乗機シャープシューターの所持する武装の中では、最大にして最強の攻撃である「超」長距離射撃兵器フェイタルアロー。その名の通り、敵機の射程距離外からのロングレンジ精密射撃のことである。
この一見強力に思えるこう兵器にも、いくつかの欠点がある。まずは、機体のパイロットのテンションが大いに高まっていないといないと使用できない――これは、『果たさなければならない目的』に対して気持ちを高ぶらせている今の彼女にとっては然したる問題ではない――という点と、長距離射程用の武器と銘打たれる通りに、敵機との距離が縮まった場合は……射角が狭まり、狙いを定めることも、その使用自体も難しくなってしまうこと。また、それなりに多くのエネルギーを消耗する兵器でもある為、ここぞという場面で用いる必要があることや、次弾の装填までに若干の時間を要するため、極端なまでの間を置かない連続使用が出来ないという点。
そして、発射時には『一度、機体を完全に静止させ、正確な狙いをつけなければならない』という点だ。
敵からの攻撃を受けることのない遠距離で、この射撃体勢を取ることは問題ないが、敵との距離が近く……いつ攻撃を受けるかも分からない状況で機体を静止させることは、非常に危険であり、最悪の場合は集中砲火を浴び即撃墜されてもおかしくはない。
高速で展開するドッグファイトにおいて静止という行為は、まずありえないのである。
だからこそ、シャープシューターの持つ最大の利点を活かしきるには敵機との距離がまだ十分に開いている今この時しかない。
着々と迫りくる敵達を前にして、ちとせは決して心を乱さず、新たな目標へと狙いをつける。
艦下方からここまで移動するのと、新たな敵に狙いをつける間に、エネルギーの再チャージを終えた長距離レールガンの砲身が、光を帯び始めた。
――次の瞬間。続けざまに発射された三つの光弾は、再び闇を突き抜けて飛び、先ほど半壊させた一隻と、新たな別の一隻へと着弾し、それぞれの身を粉砕した。
敵の撃墜を確認したすぐ後に、ちとせは残る7隻の艦隊から吐き出された「何か」を見た。――白く煙る航跡を残しながら、放たれたそれは……おびただしい数のミサイル群。
敵艦は、とうとうこちらを射程内に捉えたのだ。
次々とその数を増し、確実にこちらを狙って迫り来るミサイル群を前にして、
「私が前に出て直接、敵艦の迎撃に当たります。援護を宜しくお願いします」
守るべき艦に向けて、そう告げる。
ちとせの――これは他のエンジェル隊にも言えることではあるが――戦闘時に最も優先すべき事項は、自らの安らぎの場でもあり、守るべき人の乗る母艦の防衛である。
帰るべき場所を失ってしまっては、勝利などという言葉は何の意味も成さない。
だからこそ、危険とは分かっていながらも自ら敵陣の真っ只中に飛び込んでいき、敵の注意を引き付けなければならないのだ。
そして、ちとせのその行動に対して、
「了解だ」
あくまでも簡単に返されたその声だが、それは確かに伴う行動と共にして返ってくる。
――戦闘が、開始された。
先行すると告げたと同時に、ちとせは静止させていた機体に急加速を与え、エルシオール・セラフから離れていった。
一瞬、爆発するように煌いた光を背後に残して、真っ直ぐ敵艦隊へと、エルシオール・セラフに迫るミサイル群を無視して進んでいく。
その姿を確認したレスターは、力強く、はっきりとした声音で指示を出した。
「まずは、あのミサイル群を撃破するぞ」
徐々にだが、確実に、この艦に向かって怒濤の如く迫る破壊の力を見つめながら、声も高らかに言葉を放つ。
「対宙間拡散ホーミングレーザー、一斉発射だ!」
「了解!」
同時に。エルシオール・セラフの丁度、艦の中心部とでもいうべき箇所の両翼部、上舷部、下舷部からおびただしい数の細長く伸びる光線流が斉射された。
それらはまるで意志を持つかのごとく、その身を激しくうねらせながら、だが確実に目標――突撃艦より放たれたミサイル群に向かっていく。
奔流とでも呼ぶべき光の流線達と、ミサイル群が正面から激突し轟音を上げて巨大な火花が飛び散る。激しい爆発の連鎖が、ミサイルを次々と巻き込んでいき――結果。突撃艦が放ったミサイルは一つ残らず全て撃破されていた。
その光景は、新たな武装としてエルシオール・セラフに搭載された超兵器の一つ。近・中距離戦用の全天迎撃型、対宙間拡散ホーミングレーザーの威力の表れであった。
一先ずの危機を逃れた巨艦は、残る敵の撃破と先行したちとせの援護に当たる為、巨体を唸らせながら進み始めた。
背後で立て続けに起こった爆発を、それが何であるのかをわざわざ確認するまでもなく、ちとせは突撃艦達との距離を縮めながら、その内の一隻に狙いを定めレールガンを連射していた。
着弾した高速の弾丸は、敵艦のシールドを物ともせず、艦体に衝撃を加える。砲台を失い、翼部を削られ、艦橋部を爆発させ、破壊の負荷に耐え切れなくなった敵艦は、まるで出来の悪い玩具が部品を撒き散らすようにしながら方々に散って行き、盛大な爆発を起こす。
空を揺るがすかのような轟音を身に受けて、新たな敵艦に狙いをつけようとするちとせの下に、ミサイルとレーザー砲による嵐のような攻撃が迫る。
丁度、前方に位置する三隻が、目標をエルシオール・セラフからちとせへと切り替え、中距離ミサイルとレーザーによる攻撃を延々と繰り出してきていた。
戦闘機にして戦闘艦であるシャープシューターは、その持ち前の機動力で攻撃を回避し、避け切れなかった攻撃に関しては、その装甲で受け流し耐え切りながらミサイルとレーザーで反撃していく。
攻撃を突撃艦の一隻に集中させ、距離を縮めていき――すれ違いざまには、その艦は撃墜されている。大きく広がる爆風の中を突き抜け、噴出口から漏れる光跡で緩やかな曲線を描きながら、弧を描くかのようにして方向転換。
そして、こちらに背を向ける形で航行している2隻の突撃艦に、有らん限りの力でもって砲撃を加えていく。
『背後に回りこまれた』ことに気がついた時には、もう遅く――2隻の突撃艦は、立て続けに浴びせられる怒濤の攻撃に対し、成す術もなく――シャープシューターに追い抜かれる頃には、揃って閃光と共に沈んでいた。
敵艦から放たれたミサイル群の撃破に成功したレスター達は、進行方向に見える突撃艦の一つに狙いを定め、ミサイルを連射した。
幾筋かの束のようになって迫るミサイルの撃破を優先事項と捉えたのか、突撃艦は火力の全てをミサイルに集中させ、その迎撃に当たろうとする。
彼らはその隙を逃さなかった。巨大な艦から放たれた超加速を加えた大型質量弾――艦体用の大型レールガンを横合いから殴りつけるかのようにして身に受けた突撃艦は、その衝撃から大きくその身を傾かせる。体勢を崩したことで……本来ならばミサイル群を迎撃するはずだった攻撃の大部分は、在らぬ方向へと逸れていき、殆ど打ち漏らすこととなったミサイル群の直撃を受け、更に大きく身を揺らす。
そこに再びレールガンの一撃を受けて、突撃艦は爆火を残しながら消えていく――。
その光景を見やるエルシオール・セラフを軽い振動が襲った。――残された突撃艦からの攻撃が、艦のシールドを揺るがしていた為である。
すぐさま、機首を敵側に向け始める巨艦は、その間にエネルギーの充填を済ませていた。
重きその身をゆっくりと傾け終えた巨艦は、すぐさま眼前の敵へと狙いを定め、
――必殺の一撃を放つ。
「クロノ・ブレイク・キャノン発射!!」
告げるレスターの声と同時に。
艦の前面へと突き出すかのようにして伸びている二本の砲身から、青白い閃光が放たれた。
巨艦から伸び行く二条の光線は、明確な破壊の意思を持って真っ直ぐに敵艦に向かっていき――その身を貫き通す。更には、その敵艦に後続するという形で航行していた別の一隻をも同時に貫通していき――光りが過ぎ去った後には、盛大に爆発の火の粉を散らす二つの艦影が残されているだけだった。
以前までのクロノ・ブレイク・キャノンの威力を三割程度(ノアの言葉によれば)まで落ち込ませてあるとは言え、一撃で複数の敵艦を轟沈させうる必殺の威力。クロノ・ブレイク・キャノンの名を冠する超兵器としての存在は、未だに健在であった。
「これで、全部か……」
「全艦撃墜ですね……」
前者はエルシオール・セラフのブリッジ内で指揮を執るレスターの言葉、後者はシャープシューターのコックピット内でのちとせの言葉である。
「敵艦の全撃破を確認しました。周囲に艦影は確認できません」
と、レーダーを注視しながらココが、その言葉に対する答を告げてくる。
一息つく一同の下に、再びココからの報告が投げかけられた。――今度はその言葉に、焦りと困惑の色を多分に滲ませながら。
「左舷後方と、右舷前方にドライブアウト反応! 新たな艦影が現れました!!」
「何だと!?」
「モニターに出します! 敵艦の構造は、つい先ほどと同様に……以前戦った“ヴァル・ファスク”の艦隊と酷似しています」
「ってことは、やっぱり……」
「こちらに一息つく暇も与えないというわけか……!」
この状況で、新たに出現した“ヴァル・ファスク”の艦隊。間違いなく、こちらに敵対する存在。
――いや、この場合は、『“グラン・ヴァルカス”の艦隊』とでも言うべきか。
レスターは以前、セレナに伝えられた内容を、全面的とはいかないまでも九割方は信頼していた。
再会を望んで止まなかった人々の姿(このような捉えかたを素直に用いることには、些かな気恥ずかしさを感じてしまうが)を、ああもはっきりと見せ付けられてしまっては、その言葉を信じざるを得ない。
そこでセレナは言っていた。“ヴァル・ファスク”という存在を造り出したのが、超越者“グラン・ヴァルカス”であると。
ある時を境にして、自らが生み出した“ヴァル・ファスク”を置いてまで、歴史の裏に姿を沈めていた存在が、今再び動き出した。そして、その彼らは『種としての個体数が数えるほどしかしか居ない』という話も聞いていた。
その通りであるならば――彼ら“グラン・ヴァルカス”の果たそうとしている目的については皆目見当もつかないが――その目的を果たす為に動く手勢というものは、有って困るものでもないだろう。
つまりは、レスターが考えるに……ゲルンとの決戦を終えた後に、唐突に姿を消してしまった“ヴァル・ファスク”の残党は、再び創造者“グラン・ヴァルカス”の元へと下り……その手駒として動いているのではないか、ということなのだ。
それならば、姿を消していた“ヴァル・ファスク”が突然現れ、レスター達の目的を阻もうとしていること――“原初の月”へ向かうという目的を妨害しようとしていることにも納得がいく。
だが、同時に不可解な点もある。――先ほどの突撃艦群は、得体の知れない何かしらの方法、もしくは現象で、突然の襲撃を仕掛けてきた。
ならば、今新たに現れた艦隊も、そうするべきなのだ。こちらに存在を察知されない手段を持っておきながら、通常のドライブアウトでその存在を察知させるという自らにとってマイナスでしかない行動を起こすのは何故なのか?
何か、そうすることの出来ない理由でもあるというのだろうか。
目の前の状況は緊迫した状況ではあるが、どうしてもその点が気になってしまう。
はたして、レスターの“ヴァル・ファスク”艦隊における推察と、怪訝に思ったドライブアウト――前者、後者共に彼の考えは的を射たものであっただろう。
(これはエルシオール・セラフ一行は、未だ与り知らぬことだが)目の前の艦隊は、確かに“グラン・ヴァルカス”に率いられる艦隊であり、突然姿を現した艦隊についても、彼らが誇る『ある特殊な能力』で引き起こされた事象であったのだ。
特務戦闘艦ギア・ルークの、一切の無駄を省いた広大な空間で、ルーク・グランフォートは『外界(そと)の光景を』見つめていた。
今は、この艦内に収容されている“ケイオスタイド”の乗機たる5機の“ガルム”。
その内の一機が保有する『能力』で造り出された空間に身を潜めながら、戦況の流れを見守っている。
――無反応即果特殊位相空間形成機構、『ネクロスゲート』。
“ガルム”5番機――主に空間操作に関してその力を発揮する――アガスティアが持つこの力は、“カオスリング”によって増幅された膨大なエネルギーを用いて、通常空間とは事象の流れを異のものとする別位相の空間を形成することが出来た。
形成された空間には、空間を形成したアガスティア本体の他に、ある程度の量までならばその他の物質を『収納』することが可能だ。空間容量の限界域までであれば、同時に収納するのは、仮に戦艦等であっても構わない。
現在形成中のこの空間内に収納可能な量は、自らが現在収容されている巨大戦艦ギア・ルークと、突撃艦クラスの戦艦10隻分ほどであろうか。
薄暗く揺らめく空間内は、巨大艦以外の収容物を外界へと飛ばしたため、そのスペースに幾分かの余裕を持たせている。
更に言うなれば、この空間――ネクロスゲートの力で形成された空間を戦闘に用いることには大きな利点がある。
無反応、即果、という言葉の通り、空間形成時における――本来ならば、同規模の特殊な空間を形成する際に同時に発生するであろう膨大なエネルギー反応を、空間外部に対して限りなく零に抑え、一瞬とも呼べる速度で空間の形成を果たし終えてしまうのだ。
そして、それは『空間内から外界への繋がりを作る』際にも同様であり、エネルギー反応という痕跡を発せず、即座に空間内から外界へと任意の物質を送り出すことが出来る。
――相対する者からすれば、まるで『何も無い空間から、突然現れた』かのようにしてだ。
特殊位相空間の形成主であるアガスティア内のモニターシステムと回線を直結させれば、アガスティア以外のものでも空間の中から外界の様子を直接窺うことが可能でもある。
ギア・ルークのブリッジ内で、超者たる男は外界の様子を眺めながら、地面から自らの手元へと伸びる突起物の一つに手をかざした。かざした手の平に一瞬、複雑な紋章な紋様が浮かび、静かに消える。
今しがた、彼が送った伝達を受けて、目標である戦艦の後方と前方に、艦隊が現れた。先ほどのように、ネクロスゲートの力を用いて出現させたものでは無いが、敢えてドライブアウトの瞬間を送らせて待機させていた艦隊を、この場面において投入する。
超越者たる彼にとって、『艦隊の動きを制御し、意のままに操ること』は造作もないことであった。
本来ならば、ネクロスゲートの力を使い、立て続けに相手の不意を突き続けることが望ましいが――忌々しいことに、この空間が形成できるスペースには限りがあり、その操り手たる『道具』に能力の限界があることを示していた。
(まったく、役立たずめが……)
心中であくまでも勝手な罵りの声を上げるルークだが、同時に戦闘の流れに満足もしていた。
ネクロスゲートの力で、速力のある突撃艦に不意を打たせ、動きを封じる。
その後に、順次投入していく増援で、畳み掛けるかのようにして連続攻撃を仕掛け続ける。
退路を封じつつ、前にしか進めないように囲い込みつつ、確実にダメージを与えていく。
そうすれば、『奴』は必ず現れるはずだ。自らが希望を託そうとしている存在を守るために……。
その時こそが――。
従って、現在のルークの目的は、目の前の戦艦を撃墜することではなく、あくまでも『痛めつける』までだった。未だに“ケイオスタイド”を出撃させないのはそのためである。
遊撃隊とは名ばかりで、ただ単純にひたすらに、目の前の敵を破壊することしか考えないあの愚鈍な道具たちに出てこられては、今果たそうとしている目的が成立しなくなってしまう。
その出番はもう少し後。『奴』が現れた時には、思う存分暴れさせてやることにしよう。
まずは……
「さぁ、お前達の手並み。ゆっくりと拝見させて貰おうか……」
今からが始まりだと言わんばかりに、目の前の艦に対して挑戦的に、一人呟く。
新たな戦闘が、再び開始されようとしていた。
悪い出来事というものは、常に重なって起こるものだった。エルシオール・セラフのブリッジ内に、悲鳴にも似た報告の声が響き渡る。
「後方に更なる艦影を確認! 後部から右舷後方部に広がる形で展開しています!」
新たな艦隊の出現。これで、敵対する艦隊は先のものと合わせて三つとなった。
心に染み出てきた僅かな焦りを周囲には決して悟られないように意識しつつ、レスターは各敵艦隊の配置、構造、規模、といった要素全てに素早く目を通していく。
まず左舷後方の部隊について――この艦隊は、三つの艦隊の中で最も大規模なものであった。後方に位置する重戦艦一隻と重巡洋艦一隻を中核として、二隻の駆逐艦、三隻の巡洋艦、加えて六機の戦闘機と四機の攻撃機によって構成されている。
直線状で正反対に位置する右舷前方部の地点には、三隻の駆逐艦と二隻の突撃艦で構成されたスピード重視の小規模艦隊。
最期に現れた艦隊は最も放れた距離に位置していた。エルシオール・セラフの後部から右舷後部へと、互いの間を開いて広く展開している。その構成は、全て戦艦タイプからなる計五隻。
これらの全ての要素を確認し終えたレスターは、敵の取ろうとしている戦法と、それに対して自分達がどう立ち回るべきかという両点について、思考を駆け巡らせ対策を講じていく。
半包囲網といった形で――特に、艦後部全域に渡って展開している敵部隊が後退という選択肢を奪い取る。右舷前方に展開する部隊のことも考えるならば、敵との距離を開くには左舷前方部へと進路を取るしかない。
ここで、レスターはあることに気がついた。
……敵に包囲されていない箇所、つまりは今しがたレスターが進路を取るべきだと判断した方角が、『エルシオール・セラフが本来進もうとしていた方角とほぼ同じ方角』であったのだ。
敵の狙いは、もしや――。この艦と“原初の月”との接触を狙っているのではないか? そして、それ諸共この艦を撃破する……。
彼が今思い描いたことこそ、敵の真なる目的と一致することであった。
みすみす敵の誘いに乗るようなことは、大いに癪ではあったが……この場に踏みとどまっていても、迫る艦隊からの総攻撃を受け、どちらにしろ撃沈されてしまう。“原初の月”自体がその誘いに乗ってくるかどうかも分からないが、どちらにしろ今この艦が取れる方法はその進路に従うことしかない。
進行方向を定めた上で。――彼は続いて、敵が取ってくるであろう戦法について考えを巡らせる。
こうして考えを巡らせている間にも、敵艦隊は既に動き始めている。あまり悠長にしていられない状況の中、それでも今の状況を切り抜けるための作戦を立てなければならない。
(そう言えば、こうした作戦の最終決定はいつもあいつに任せていたな……)
『あいつ』は、いつもはヘラヘラした態度を取ってはいるが、いざという時の判断力は自分なんかより余程優れている。
(あいつは、いつも何食わぬ顔をして、有効な作戦を組み立てて……)
と、ここで頭に過ぎった余分な考えを慌てて振り払う。――それは今、考えることではない。『今は、自分がこの艦を指揮し守っていかなければならない』のだから。
決意も新たに、敵艦隊の動きから判断を下す。
敵は、左舷後方の戦闘機群と、右舷前方の突撃艦と巡洋艦で挟み込むようにして、先手を切る。
それらの相手をしている間に続々と後続の部隊をぶつけ、最期に背後からの戦艦群と、後続の重戦艦と重巡洋艦による高火力で一気に殲滅。
――それが、レスターの下した決断であった。今まで整理してきた全ての出来事を整理し、指示の声を出す。
「本艦は進路をこのまま、まず先行してくる戦闘機群と攻撃機群を迎撃するぞ。戦闘機の火力程度ならば、暫くは耐えられる。その間にちとせは、右舷前方の艦隊を排除してくれ。その後、互いに合流し、向かってくる残りの敵を各個撃破する」
本来ならば……小回りが利き、そのスピードで相手を翻弄する戦闘機や攻撃機を、巨大な戦艦で全て相手するというのは無謀な話ではあった。素早く飛び回る相手に、こちらの攻撃をなかなか命中させることが出来ず、その間に確実にゆっくりと蓄積していくダメージが限界を超え撃破される。
普通ならばそうなるはずだった。……が、この艦は普通ではない。
巨体に見合っただけの堅固な防御力を持ち、全方位に対応できる数々の武装。遺失文明の粋を集めて設計された最新鋭の艦(失われた文明で培われた最新技術という表現は、どこかおかしなものではあるが)であれば、その状況にも対応できるであろう。
対して、単機で――数隻とは言え、紛うことなき艦隊を全て撃破しろというのも、普通に考えれば酷な話であり、その行為の成功はほぼ不可能に近い。だが、紋章機という存在も、やはり普通ではなかった。
戦闘機でありながら、戦艦並みの火力を有し……戦艦なみの威力を持ちながら、通常の戦闘機と同等――あるいはそれ以上の高速戦闘をこなしきる。それが、紋章機という存在だ。
更には、H.E.L.Oシステムによって引き出される無限大の力――特に、今、唯一残された紋章機を操る少女の心が放つ力が、常ならば不可能とされることも可能とするのである。
「了解しました!」
レスターの指示に、すぐさま返答を返したちとせは、迫り来る艦隊に向かって進路を取る。
煌く白色の光跡を残して飛び去るシャープシューターの姿を見送りながら、エルシオール・セラフは長距離巡航ミサイルを立て続けに発射。
放たれたミサイルは白き煙線を残しながら、こちらに向かって高速で飛来してくる戦闘機と攻撃機の群れに対して真っ直ぐに向かっていった。
ミサイル群と戦闘機群が正面から相対し、激突の瞬間がやってくる。
濁流の如く白色の尾を引きながら襲い掛かってくるミサイル群を、戦闘機と攻撃機は次々と回避していく。全てを回避し終えるまであと僅かという時点において、一つの小さな爆発が起こった。その爆発に続く形で、もう一つの爆発。圧倒的な数量で押し寄せてくるミサイル群を前にして、戦闘機と攻撃機それぞれ一機ずつが、爆風と共にその身を散らしていた。
ミサイルの束を抜け切った機体達は、そのまま進路をエルシオール・セラフへと向けてくる。ミサイルの攻撃により、進行スピードを若干遅れさせることとなったが、その攻撃を捌ききった今では、再び最高速度でもって目標へと直走っている。
その僅かな遅れをも見逃さず、巨艦は次なる一手を放つ準備を整えていた。
先ほど、突撃艦から放たれたミサイル群を迎撃した際と同様の光の線流が、眩い光と共に巨艦から放たれる。
幾条にも及ぶ光線流が、戦闘機群に迫り、その内の一つずつに――包み込むかのようにして全方位から襲い掛かり、あるいはその身を貫き通すかのように直上とした動きを残し、更には追い縋るかのようにして追撃を加え、はたまた荒れ狂うかのようなうねりに乗って、そして優美な曲線を残して伸び行きながら――それぞれ襲い掛かった。
猛る光流の猛攻をも避け切って、背後に散る五つの爆風の花を背にする形で、二機の戦闘機と一機の攻撃機が迫り来る。
もう間もなく、自らの攻撃圏内に入る巨艦の姿を前にして各機は散開。艦の下方、上方にそれぞれの戦闘機が、側面に向かって攻撃機が流れるかのようにして接敵する。
各方位からそれぞれに攻撃が開始され、艦を覆うシールドを揺らしていく……が、それすらも僅かな時間で収まってしまう。
――そのことが示すのは敵機の全機撃墜。
艦上部に飛来した戦闘艦に意志のようなものがあったとしたならば、まずその身が示すことになるのは驚愕や戦慄といった意志であっただろう。自らの下方に位置する壁面一体に敷詰められるかのようにして設置された機関砲、それら全てが一斉に火を噴いてきたのだから。
空間を小刻みに震わせるような音が響き渡り、立上ってくる弾丸の群れを戦闘機は回避――しきれなかった。数初の弾丸が身体を掠めるかのようにして被弾したのを皮切りにして、高速連射により放たれた弾丸が続々と襲い掛かる。それでも怯まずに、戦闘機は攻撃を続けていたが、怒濤の連撃を浴び続ける身体が、破片を散らすようにポロポロと崩れ落ちていき、高度を失いながら……次第には、機関砲群の一画に墜落し爆破炎上する。皮肉にも、自らの墜落により発生した爆発が、巨艦に与えることのできた最大限のダメージであった。
一般的な戦艦において、艦底部という箇所は、ある程度の迎撃防衛機構を備えていたとしても、最も死角となりうる箇所だと言える。このエルシオール・セラフという艦に置いてもそれは例外ではなく、底部は紋章機の発進口や、その他の推進系のシステムと、長大な砲身で占められていた為、自ずと迎撃や防衛に利用できる箇所が少なくなってくる。
だが、それでもこの巨大な艦体を防衛するために備わった迎撃機構は、他の箇所よりも少ないとはいえ巨体を守り得るのに十分なものであった。
高速で飛行する戦闘機は、我が身に覆いかぶさるようにして広がる壁面に容赦なく攻撃を加えていく。流れ行く景色と同時に、巨艦を揺らしていく衝撃。進む視界の先で、自らの上方の視界が開きつつある、艦の最後部まで辿り着きある、という事実を確認した戦闘機は、巨艦と一度距離を取り、再びその懐への突入を試みようとしていた。
そんな折、轟音と同時に機体が揺れた――と気がついたときには、大部分が削り取られ――そう認識した時には、爆発だけが残っていた。
――艦底後部に密集する形で配置された旋回式連速重機関砲の連撃を受け、戦闘機が爆砕した瞬間である。
艦の上方と比較した際の機関砲設置面積の狭さという点を補うために、広範囲に銃身を旋回させることと、通常の機関砲よりも口径を広くさせることによって、威力を増してある重機関砲の斉射は――戦艦クラスの敵ならばいざ知らず、戦闘機といった小型の標的であれば十分に撃破可能であった。
機関砲の発射口が揃って、眼下で閃く爆光を無慈悲に見下ろしていた。
艦側面部を飛行しながら、巨艦に砲撃を加えていく攻撃機。時折、細々と放たれる小型のミサイルや、機銃による散発的な砲撃――それら全てを回避しながら、方向転換を兼ねて巨艦と距離を取ろうとする。
接敵時にやや上面寄りに突入した為、無理に下降することはなく、そのまま機首を上向きにして艦後部からの再突入を果たそうとする。
艦後部上方へと抜け切った攻撃機の背後を――その身と比較すると大質量だといえる物体が、凄まじい勢いで通過していった。それが自らを狙った攻撃だと即座に認識した攻撃機は、速度を上げその追撃を振り切ろうとする。
その背後を立て続けに空を裂いて飛び去る物体。それは、エルシオール・セラフ艦上部後方に設置された、艦体から斜めに突き出すかのようにして伸びている巨大な砲身から放たれていた。傾きを微妙に変化させつつ、砲身の向きを旋回させつつ、攻撃機の進路に合わせて照準を定め、砲撃を続けていく連射機構を持つ長大なキャノン砲であるそれ――特重火近接連爆砲は数発分を攻撃機の背後を素通りさせていく形となったが、ついに攻撃機がその弾丸を身に受けた。
着弾の衝撃によって身体を削り取られ――本来の進路からずれていくかのような軌道を描く残された機体部分は、そこかしこから火の手を上げて宇宙の闇へと沈んでいった。
ちとせに正対する艦隊は、二隻の突撃艦を先行させる形で後続に三隻の駆逐艦を据えていた。このまま艦隊との交戦に入れば……前面部の突撃艦の相手をしている内に、後続の駆逐艦の交戦域にも入ることになり、総攻撃を受けて戦況が不利になるのは目に見えていた。
従って、ちとせは敵の取るであろうその戦法を『根本から覆すこと』にした。
機体を静止させて狙いを定める――後続に位置する三隻の駆逐艦へと狙いをつける。相手を照準内に捕らえ、更に意識を集中する。ちとせの心に呼応するかのようにしてシャープシューターの長大な砲身が光を帯び始め……
「――フェイタルアロー!!」
一声と同時にして。それぞれ微妙に進行方向を異ならせた三本の光が放たれる。その光弾の行く先の様子を見もしないで、ちとせは機首をやや下方に向けた後に、その方向に向かって静止させていた機体に急加速をかけた。次の瞬間、先ほどまでシャープシューターが静止していた地点を、無数のミサイルとレーザーが通過していく。
フェイタルアロー発射の為に静止姿勢を取っていたちとせを撃破するために、先行する突撃艦から放たれた攻撃である。
それらの攻撃がシャープシュータの背後を抜け切った頃、先ほど発射した三発の光弾が一撃ずつ、狙いを寸分違わず三隻の駆逐艦に衝撃を加える。
各々、大きく身を揺らして火の手を上げるものの、全壊とまではいかず半壊状態でなおも行軍を続けてくる。
が、その進行スピードは目に見えて低下し、おそらく大部分の武装も使用不可となっているだろう。それらは然したる脅威ではないと判断を下したちとせは、こちらとの距離を縮めつつある突撃艦の迎撃にあたろうとした。
艦体から吹き出される諸々の攻撃を擦り抜けつつ、ちとせは愛機の弦を引き絞りつつあった――。
艦体に取り付いた戦闘機と攻撃機の撃破を確認したレスターは、次なる一手を打とうとしていた。
戦闘機群を迎撃する傍ら、着実に備えておいたその一手が――おそらくは決定打となる。
「出力は50パーセントに抑えておけ。……フルパワーで滅多やたらに撃つ代物ではないからな」
「了解です」
返すオペレーターの声を受けてレスターが――エルシオール・セラフが、標的へと狙いを定める。
『それ』を放つ指示を出すべき人物は……『それ』の威力の凄まじさをよく知っていた――間違いなく自分が以前知っていたものを超える威力を。
うっすらと、その腕に汗を滲ませながらも、大きく息を吸い……レスターは、はっきりとした声で告げた。
「――クロノ・ブレイク・バスター、発射!!」
刹那。エルシオール・セラフ底面層の大部分を占める巨砲から、青白く眩いばかりの極光が放たれた。
銀河を切り裂いて直進する光の豪流は、真っ直ぐに目標へと伸びゆき――巨艦に迫りつつあった駆逐艦を、巡洋艦を、重巡洋艦を、重戦艦を――全てを、容赦なく飲み込んでいく。
極大の光の刃が暗天を照らし、やがて光は静かに薄れていく。
そして――極光が過ぎ去った後。敵艦隊の姿は痕跡も何も残さず……完全に消滅していた。
「やはり……。凄まじい威力だな」
ただ感嘆の言葉だけが残される。
だが、今は感心している場合ではない。究極の兵器を用いることで得た時間を無為としないため、残る敵艦への対処を取るべく……すぐさま、方向転換の指示を飛ばす。
新たなドライブアウトの反応が現れたのは、丁度その時だった。
戦艦のものと思われる残骸が漂う宙域で、盛大な爆発が起きた。その爆風を突き抜けて、青色の大型戦闘機――シャープシューターが飛び出してくる。
目標の全艦撃破を確認したちとせは、エルシオール・セラフと合流するため、最高速力で宙を漂う残骸を背にしていく。
ほぼ半壊状態である駆逐艦と突撃艦程度であれば、撃破することはそう厳しいことでもなかった。
背後に広がり、徐々に小さくなっていく光景が、その事実を如実に物語っているが、ちとせは決して油断などはしていない。
残る敵へと意識を向けつつ、真っ直ぐに巨艦に向けて進路を取り続ける。
新たなドライブアウトの反応を察知したのは、丁度その時だった。
「新たな敵艦です! 本艦の後方全域を囲むようにして、続々とドライブアウトしてきます!」
「くっ……! そう簡単には逃がしてはくれないということか……」
後方から、ゆっくりとこちらを目指してきていた5隻の戦艦は、今やその数倍とも言える規模にまで数を増していた。
「数で劣る相手に対して、戦力を小出しにしつつも、休む暇は与えず波状攻撃で追い詰めていく……か」
忌々しげに呟くレスター。確かに戦術としては非常に有用である。……実際に自分達が、そのようにして攻められることには――勿論のことながら、いい気分はしなかったが。
状況としては、非常に危機的な状況ではある。このまま数に押され続けてしまえば、いくらこの艦といえど撃墜は免れないであろう。
クロノドライブで撤退するという手段が残されてはいるが、それにもいくつかの問題点がある。
気持ちの問題としては、もう少しで目的地に到達出来るという所で……尻尾をまいて逃げ去ることへの遺恨。――だが、この点は艦の乗員達の無事と安全という事柄の前では、些細なことであり優先させるべきことではない。
問題は、現実的な状況面にあった。
敵艦隊が立ちはだかる中を突っ切っての……つまりは艦後方部へのクロノドライブは、言うまでもなく大きな危険を伴う。
以前、ノアから言われていた通り――突然の襲撃に備えて、比較的安全にドライブ可能である地点の候補はいくつか挙げてあったが……それらは、後方に立ちはだかる艦隊の向こうに位置していたのだ。
だとすれば、逃げるべき方向は自ずと前進していく形で示される。
だが、この先の前面に繋がる空間は、大小様々な暗礁宙域と重力場空間が入り乱れる非常に複雑な地形となっていたのである。
その宙域こそが、セレナから提示された本来の合流地点であったのだが……通常の航行でその場に向かう分には問題はない。何よりも、周囲に浮かぶ岩礁や、重力場空間が外敵からの襲撃を阻む防壁ともなり得る。
だが、クロノドライブでその場を突っ切るということになれば話は別だ。一見、どこへなりとも超空間経由で跳躍できる技術の用に見えるが、クロノドライブ使用時は基本的にドライブする方向が『危険な宙域』が存在しない――ほぼ空白の宙域である場合に限られる。詳しい原理的な説明は避けるとして、その大前提を無視してのドライブ空間突入は、不可能ではないがそれだけ多くのリスクを負うことになる。
これら全ての状況を踏まえた上で、敵艦隊の迎撃にしろ、クロノドライブでの撤退にしろ……どの手段を選ぶにしろ、艦に降りかかるであろう危険が大きくなることには変わりない。
かといって今この場で、何もかもを諦めるといった愚かな行為は断じて出来ようはずもない。
内心の焦燥感を周囲に悟られぬように尽力しながらも、レスターはこの場面を切り抜けるための方策を探っていく。
ふと、そこで……
キイイイィィィン…………
思慮にふける彼のもとに――ブリッジ内のクルー達のもとに――、
突然、耳障りな音が響いた。
瞬間、世界は変わる。
「今の音は……!?」
エルシオール・セラフの下へと向かうシャープシューターのコックピットの中で、ちとせは確かにその音を聞いた。
今も、耳に残る忘れようもない……耳障りなあの音。
キイイイィィィン…………
更に大きくなっていく音と共に、視界が白んでいく。
薄れ行く視界の中で、途切れ行く意識の中で、ちとせは周囲の空間が揺らぎ、変質していくのを確かに目にしていた。
瞬間、空間は開かれる。
「現れたか……!」
ギア・ルークのブリッジ内からその光景を眺めていた超越者は、声の中に僅かに歓喜の色を含ませながらそう呟く。
彼が見る眼前には、突如その場から消えてしまった戦艦と、『微かに空間に揺らぎを残すもの』の姿があった。
「ニヴァスよ。今度はしくじってくれるなよ? 確実に彼奴らめの存在を捉えるのだ」
「……了解しました」
相手を圧迫してしまいそうな重い声と、あくまでも従順に応じる声。
“ガルム”5番機アガスティアは、ネクロスゲートの空間形成能力と合わせて、それとは異なる位相の空間への干渉能力も有していた。
目の前に開かれたあの空間を、半年前に苦渋を舐めさせられた相手が居る場所を、暗い感情を原動力にして増幅された力で、今度こそ捉えて逃がさない。
ニヴァスがその作業を進める傍ら、ルークは声高に宣言する。
「特務戦機遊撃隊“ケイオスタイド”……戦闘準備を開始せよ!」
瞬間、獣達は咆哮する。
ちとせは、ゆっくりと目を開いた。――いや、覚ましたというべきか。
先ほどまで、夢を見ていた気がする。……忘れえぬ日々を、取り戻したい日々を、反芻するかのようにして描かれた夢を。
静かに覚醒していく意識の果て、ゆっくりと身を起こしてみると……
そこは見知らぬ場所だった。
先ほどまで、自分が確かに居たはずのシャープシューターのコックピットとは似ても似つかない光景。
周囲に広がるのは、純白の色をした花々という光景。その根元に広がる緑色の草葉で構成された地面に、ちとせは横たわっていたのだ。
眼下で咲き誇る花々の流れを目で追っていくと、唐突にその光景が途切れる。
ちとせの周囲数メートルに渡って円形に広がっていた花畑は、円の外周部を境にして金属製の床へと姿を変えてしまっていた。
だが、その床も花畑に劣らぬほどの美しさに煌き、まるで水晶のようにして周囲の光景を逆さに写しこんでいる。
広がる床面の所々から、規則正しく屹立する太く逞しい数々の列柱が天に向って伸びている。上を見上げてみると、列柱のどれもがかなり高い位置で天井を突いていることが分かった。
天井も高ければ……ここから果てにあるのだろう壁面も、かなり小さく遠く見える。
そこは、どこかしら荘厳な雰囲気を持つ広大なフロアだった。
ついさっきまで自分は戦場に居たはずなのに、何故こんなところに? 当然そのような疑問が湧き、艦の人々の安否も同時に気になり始めた。
考えてみても、答えは分からない。……いつまでもその場に座り込んでいるわけにもいかず、ちとせは立ち上がる。
すぐに歩き出し、花々で作られた円から身体を外に出して、そこで立止まる。
もう一度、周囲を見回しながら(特に、花で作られた円形の場は外から見てみると、荘厳な空間にポッカリと穴を空けたかのようにして、どこか場違いでありながらも、安らぎに似た雰囲気をこの場に与えているように感じられた)自分の置かれた状況と、今後どうすべきかを思案するちとせのもとへ、
「ようこそ。“原初の月”へ……」
声が響いた。――どこかで聞いたことのある女性の声で。
「あ……」
その声の主に心当たり、というより憶えのあるちとせが僅かに驚きの声を挙げ、一瞬の煌きの後に、ちとせの目の前に『それ』が現れた。
『それ』は黄色く柔らかな燦々とした光を放つ、人間の頭一つ分程の大きさの球体だった。
「私は“原初の月”の管理者セレナ・アーデンハイル」
球体が、よく通る女性の声でそう告げてくる。
聞き間違うはずはない。その声は、半年前に聞き、数週間前にも聞き、この声の主に導かれるまま――ちとせは、ここにやって来たのだから。
セレナ・アーデンハイルと、再会を願って止まなかった人々の居る……この“原初の月”へと。
――再会の時は、もう間もなくだった。