闇が目覚めて光が眠る。
闇の嘲笑、光の悲泣。
闇の歩みは光の退き。
闇が息吹を上げしとき、光消え去り渦を巻く。
世は未曾有の混沌へ、悲劇の幕が、花開く。全ては序章、全ては序曲。
Breath of Dark
カツ カツ カツ
狭く暗い通路に一つの足音が反響する。左右の壁にはいくつもの燭台の炎が並び、そこを歩く人物の顔を照らし出していた。
冷徹な瞳に、青白い顔、そこには何かの文様と思しきものが浮き立つ不気味な顔つきだ。
カツ カツ カツ カツ カツ カツ
カツ カツ カツ カツ カツ カ…
不意に足音が止まった。大きな扉がある。目的の場所に辿り着いた男はそれの中心に手をあてがった。
刹那、その扉は紫の異様な光を放ち、軋むような音を立ててオートで開いた。
カツ カツ
男は中に入った。
「ロウィル…よく来た」
そこは謁見の間であった。部屋の中央、玉座に座る大男は、尊大な態度の濁った声で目の前の男の名を呼ぶ。大男も、青白い顔に文様が浮き立っていた。
「先日の、斥候隊からの報告がこちらに通達されたので、申し上げに参りました」
ロウィルと呼ばれた男は淡々とした口調で、眼鏡越しに大男をしっかりと見据えて言った。
「うむ……して、EDENの犬どもの勢力はいかなるものだ?」
「はっ、EDEN本星ジュノーの命により、各星主戦力を、各々の星の大気圏から距離30000〜300000の位置に展開しているもようです」
「ふん、随分と厚い防壁を作ったようだな。奴らもいよいよ事の深刻さを実感しおったか」
大して驚いていない風な大男。
「それともう一つ、EDENは今回、例の二つの月の兵力を戦力の要とするようです」
「ほう、奴らも中々趣のあることを…だがどう抵抗しようが所詮無駄なこと…。ロウィルよ、実はな、つい先日“あれ”が完成したのだ」
「…!あれが…」
今まで眉ね一つ動かさず淡々と報告していたロウィルの顔がわずかな驚きの表情を見せた。大男は続ける。
「あれを我らが使用した瞬間、奴らの敗北は確実なものとなる。だがあれを使うのは奴らの抵抗が殊の外強く、余興が飽きてきたらの話。
奴らの真の力がいかなるものか……ふふふ……楽しみだ」
残忍な笑みを浮かべる大男。そしてそれをただ傍観するような目つきで見つめるロウィル。やがてロウィルが口を開いた。
「では、次に攻めるのはいつ頃にいたしますか?」
「艦隊の編成が完了次第すぐにだ」
「ならば、四日でして見せましょう」
語気をやや強くして言うロウィル。そこには彼の確かな自信が表れていた。
「よし、やってみせよ…もう下がってよいぞ」
互いに報告を終えると、大男はロウィルに命じた。
「はっ、ではこれで…」
ロウィルはそういうとすぐに踵を返して歩き出す。そして扉の前で手を触れようととした時だった。
「待て、ロウィル」
不意に彼の背後から声がした。後ろを振り向くロウィル。
「忘れておったが、今回は汝の補佐官にネフューリアを遣わす」
「!!」
ロウィルの表情に微かな怒りの色が表れた。だが彼は一切の感情を殺した普段と変わらぬ声で尋ねる。
「確か…ここ最近戦功を急速に上げてきている…」
「そうだ…汝だけでも構わぬのだが、今の余は少しばかり興が乗っているのでな」
「………」
ロウィルは何も言わない。それを見て、大男は怪訝そうな顔で問う。
「ん?どうした、何か不服か?」
「いえ…心遣い、感謝いたします。ではこれで…」
ロウィルは再び扉に手をかけた。
おのれ!!どこまで我を見下せば気が済むのだ!待っておれゲルン、いずれこの銀河を統べるのは、我ロウィルである!!
内心でロウィルは玉座に座る大男、ゲルンにそう吐き捨て、謁見の間を出て行った。
/
優勢か劣勢か……劣勢であった。
銀河に覇を誇る超文明EDENと、その外敵ヴァル・ファスクとの戦争は熾烈を極めていた。
何度撃墜しても無限に現れるヴァル・ファスクの無人艦、それに対抗すべく次々と新たな技術を駆使し、勝らぬとも劣らぬ力を見せるEDEN。
両者一歩も譲らぬ膠着状態が長く続いていたかに見えた…だが彼らは遂にEDENを超えた。
ヴァル・ファスクの無人艦の種類は月日を追うごとに増加、多様化し、厚い防壁と強力な力で徐々にEDENを締めつけていった。
『軍人』を際限なく生産することができないEDENは消耗し、勢力はゆっくりとだが確実に衰え、ついには一部の辺境艦隊が全滅し、制圧されるという
事態に陥った。
非常時権限を与えられた評議会議長はある決断を下すことになる…。
“二つの月を主軸に戦う。白き月の兵器に関しては、H.A.L.Oのプロトタイプを起動する”と。
議員達は一斉に反発した。
月はまだ完全になっていない
そもそも二つの月に共生などはないのだ
H.A.L.Oのプロトはあまりにも危険だ
何か他に方法があるはずだ
だがもはや悠長なことは言っていられない、今やらずしていつやる、道は一つしかないのだ。それが議長の考えだった。
分からせなけばならないのである。ざわつく議員達に議長が示した反応は怒声だった。
「今の事態をよく見ろ!!いつまでもそんなことを言っていると、奴らに何もかもを飲み込まれるぞ!これで一気に
形勢を逆転させるしかないのが何故分からん!!」
途端にみな静まり返る。議長は静かに後を続ける。
「今は各星に命じて防備を固めてはいるが、それだけではいつまた制圧されるかも分からん…。H.A.L.Oのシステム調整、
無人艦の運用テストを四日で終わらせ、戦力とする…良いな…」
やむを得ず全員賛成し、議会は閉会された。
/
ネフューリアは自ら編成した艦隊を、本星ヴァル・ランダルの大気圏上にある要塞の発着港から眺め、満足げな笑みを浮かべていた。
完璧だ。どのような状況下に置かれても対応できる、万能の艦隊…十分戦ってくれるはず…
ネフューリアは自分の才能に惚れこんでいた。
これで終わらせるつもりはない…いずれロウィル、ゲルンをも突き落とし、私がこの銀河を手中に…
視線を艦隊に置いたまま、野望の炎を胸中で燃やすネフューリア。その時…
「これは…なんと素晴らしい艦隊なのだ…」
不意に彼女の背後から、冷え切った声が聞こえてきた。振り向くとロウィルがこちらに向かって歩いてきている。
彼はネフューリアの前で足を止めた。だが彼女を横目で見やることもなく、目の前の艦隊を見つめながら話し出した。
「さすがは噂に名高いネフューリアだ、ゲルン様より此度の戦、我の補佐官を任じられただけのことはある」
ロウィルと同じものを見ながらネフューリアはそれに答える。
「bQのロウィル様からそのような言葉が頂けるとは、真に恐れ多い……ですがあなた様の戦艦はきっと私のそれをはるかに
凌駕するものなのでしょう?」
「今回は我もやや時間を費やし、最強の艦隊に仕上げた。此度の戦、少々楽しめそうなのでな……」
「さすがロウィル様。ところで、一体何の用でここへ?」
話題を変えて尋ねるネフューリア。
「いや、ただ少し艦隊を見に来ただけだ…では我はもう失礼する」
ロウィルは踵を返し、もと来た通路を戻ってゆく。それをネフューリアは黙ったまま見つめていた。
ふん…今のうちだけせいぜい司令官面しているがいいわ。いずれ私は貴様を消す…
「…………」
目に微かな、憎悪ともとれる情を宿しながらロウィルは通路を歩き、先程のネフューリアの艦隊を思い出していた。
この我には遠く及ばないが、確かに見事な艦隊であったな。ゲルンより先にまず奴を始末するべきか……だが利用価値はある…
まだ数百年は生かしておくとしよう……
要塞内部に二つの強い思念が交錯する中、運命の日までの時は確実に刻まれてゆくのだった。
/
白き月と黒き月は互いに協力し合うという形では強くなることはない。設計者の意図に反する運用の仕方であるからだ。
二つの月は相反する思想に基づいて作られ、当然それらの製造した兵器の運用も全く異なるものである。
白き月の思想は人間との協力によるその能力の増強、すなわち有人機が主であり、黒き月の思想は人間の力の拒絶による安定した力の発揮、
すなわち無人機が主である。
この二つの思想の衝突、それによる両者の、兵器としての真の価値を賭けた争い、それによってどちらがEDENの外敵に対抗しうる
手段として適正であるかを判断する。それは一つのシミュレーションであり、月の意志でもあったのだ。
だがそれの完成を待たずして、自体は大きく変動してしまった。EDEN文明を支える数多の科学者、兵士達の心境は複雑だった。
誰しもが予想し得なかったことが起きたのだからそれは無理もないであろう。
とりわけ、黒き月の創造者は心を大きく痛めていた。
「すまない…」
一人の初老の男が赤いクリスタル――――黒き月のコアの前に立っている。
その瞳に映すものは、内部に眠る一人の少女の姿だった。
「……ノア……」
その少女の名だ。だが名を呼ばれても、少女は目覚めない。まだその時が来ていないのだ、今は何をしようと決して目覚めることはない。
「……許してくれ、我が子よ……」
それを知っていてなお、少女に男は話しかける。
「何をしているの?お父様」
そのとき不意に幼い少女の声が男の背中をつついた。
「ノア……」
その声の主だ。クリスタルの中の少女と酷似している上に名も同じである。その少女は、クリスタルの中のノアのインター・フェースであった。
事実上、現在の黒き月の管理者であるそれはふわふわと宙を浮きながら無邪気に笑っている。
「話しかけたって起きないわよ、その子はまだ黒き月(ここ)の媒体に過ぎないもの」
「しかしノア…お前だってこんなことは望んではいなかったはずだ……」
「そうね、でも人間は愚かだもの。機械より劣っているものが“部品”じゃ仕方ないわ」
容姿とは裏腹な、笑顔という重みのこもったその科白の銃弾に男は胸をえぐられ、悲しみをたたえた瞳でノアを見つめていた。
だがノアのその科白すらも、結局は創造者の意図の表出である。
赤々とした沈黙の帳が降りようとしていた時だった。
カツ カツ カツ カツ
「このような所にいたのですか…」
「!議長……何故ここに……」
奥の通路から突如EDEN評議会議長が現れ、二人の方へ近づいてきた。
科学者は、何故わざわざ黒き月――――それもこのような最深部まで議長が来たのか理解できなかった。怪訝な表情で議長を見つめる。
「おや?あなたには通達されてはいませんでしたかな?ほどなく明日の決戦に関する会議が行われる予定なのですがね…」
“決戦”という単語が使われていたのを科学者は聞き流さなかった。ここで勝てば形勢を元に戻せる、あわよくば逆転も可能である。
しかし負ければ一気に侵攻され、かつてない危機を迎える。それはすなわち“決戦”であった。事態は殊の外深刻なのである。
二つの月の兵器投与がまさにその唯一にして絶対の証明なのだ。
「すみません……ここ最近メールを確認してないもので。後迷惑をおかけしてしまって…」
「うむ、だがまあそれは気にすべきものではない。会議には軍事総括司令もおいでだ、あなたがそのような顔をなさっていては
明日の決戦の兵の士気に陰を落とすことになるやも知れませんぞ」
「はい、申し訳ありません……ノア、行ってくるよ…」
最後にノアに振り向いて、別れの挨拶をすると、創造者は議長と共にその場を去って行った。
「行ってらっしゃい、お父様」
/
一つの幕開けと幕引きの始まり……
「ほう……これはなんと…」
モニターに映る光景にロウィルは冷ややかな感嘆の声を漏らした。
通常の軍が今その宙域に広がる艦隊を見たらきっと恐れおののくに違いないだろう。だが彼は今微かにだが笑っているのだ。
ロウィル、ネフューリア率いるEDEN侵攻艦隊はたった今最辺境領域に入ったばかりであったのだが、そしてそこに待っていたのは
“辺境”というイメージを真っ向から覆すほどの視界を埋め尽くす大艦隊であった。
斥候隊の報告をはるかに凌ぐ量だ。そしてそれらの艦の大半を占めていたのは、例の月の産物である。白と黒の対照的なそれらは独特のフォルムを持ち大きく目立っていた。
「想像以上に楽しめそうですね、ロウィル様」
ネフューリアがロウィル艦に通信を入れた。暫くEDENの、いつにも増して壮麗かつ強力な艦隊を眺めていた彼に、一つの儀式を始めるように促したのだ。
「あぁ…だが今の我もかつてほど手を緩めそうにないのでな…なにせ少々昂っている…」
その台詞が嘘であるかのような、彼のいつもの無感情な声が返ってくる。
では始めるとしよう…
ロウィルは敵軍に対して通信を入れた。彼の儀式が始まる……。
決戦艦隊ルーン星系軍旗艦ルーチェ
通信担当オペレーターはまず最初自分の耳を疑った。嘘だと信じたかった。何故緒戦からこのような人物と対峙しなければならないんだと
本気で思った。全身が動揺を抑えつけられずにいる。その波紋は瞬く間にブリッジ全体に広がり、そこのクルー達の顔に緊張感が現れる。
「おい、どうした、何があった!?」
司令官は努めてその場の空気を静めようと、まず状況把握に専心する。旗艦とは司令塔なのだ、それが混乱し、機能しなくなってはもはやそれは
戦闘ではなくなってしまうのである。
「て、敵軍の旗艦から……通信です…」
「誰だ」
「ロウィル、そう言っています」
「!!?奴がか…ではあれがオ・ケスラ」
その名を聞くと、さすがに司令官も、他のクルーほどではないが、驚きの声を発する。
しかし司令官である。自らが率先して、兵の士気を高めなければならない。ましてや今から互いに殺し合いという状況で、
士気を下げるようなことは絶対の禁忌だからだ。
「皆落ち着け!数は圧倒的に我々の方が上だ。我々は一星系決戦艦隊の旗艦を任されているのだぞ、地盤がガタガタではどうしようもないではないか!」
クルーに、己自信に喝を入れる司令官。ざわめきが沈み、機械音しか聞こえなくなった。それを見てとって、司令官はただ一言言葉を発する。
「通信を繋げ…」
「了解…」
両者の回線を繋ぐオペレーター。そこにはまだ緊張感が残っているように感じられたが、先程までの驚懼に滲んだ表情はなかった。
ピッという音が鳴る。二つの視線が衝突した。
「………………」
「…くっ…」
勇んだは良かったものの、やはりモニター越しにでも実体を見ると、そのオーラに多少とも気圧されてしまう。
先手を打ったのは外敵の方からだった。
「我、EDEN進攻艦隊司令、ヴァル・ファスクのロウィルである…」
「知っている、貴様の遠方からの指揮には何人もの戦友が葬られた…その指揮官がわざわざ前に出るとはどういうわけだ?」
羽虫の音には耳を貸す気も起こらないのだろう、眉一つ動かさずに口だけが滑らかに動く。
「我、我が名にかけて、前に立つもののことごとくをを打ち砕き、EDEN本星への路とする…」
そこまで言うとロウィルは意図して敵に挑発するような笑みを浮かべた。
「止めたくば参られよ。我はただ……蹂躙するのみ……」
プツン
通信が切れた。一方的で危険な自己紹介である。
恐る恐る司令官の表情を伺うオペレーター。そこには鋭い眼でモニターを見つめる、思わず後ずさりしてしまうような剣幕の司令がいた。
誰にともなく、司令官は呟く。怒りと憎しみの火が燃え出す。
「人間を舐めるなよ…ヴァル・ファスク!EDENの底力、見せてやる……!!」
鐘が鳴り響いた。血の臭いをまとい、憎悪の色をした鐘だ。
美しき芸術のような数式、法則に基づいて作られたかのような一つの結末を今のロウィルは描いていた。殺戮劇の始まりである…。
「ネフューリア、貴様の艦隊を二個隊に分離させ、敵艦隊の左舷と右舷へ向かわせろ、中央には近づけさせるな…後は全てこの我が…」
指示を受け、侵攻軍ネフューリア分隊は二つに分かれ、中央を大きく開けた空間にするように孤を描き、旋回しながら飛んでいく。
刹那、流星群のように、互いの機体が凄まじいスピードを宙を駆り、交戦を開始した。
軽妙な動きをする大型戦闘機のような機体の部隊があった。
スピードは高速艦、火力は戦艦と並ぶ。敵側からしてみれば極めて邪魔で他のどの艦をも差し置いて真っ先に撃墜すべき性能を持ったものだ。
だがそれをロウィルはしなかった。巡洋艦や駆逐艦に、接触際に攻撃を仕掛けさせるだけで、攻めという攻めを与えていない。
「む……なかなか当たらんな…」
至極当然のことを言うロウィル。その間にも、戦闘機の部隊は乱れ飛ぶレーザーやミサイルの僅かの間隙をいとも容易く
掻い潜り、敵旗艦オ・ケスラめがけて疾風のごとく突き進む。
だがロウィルには一切の焦りは生じていない。むしろ予想通りだった。彼にはその機体の弱点が既に見えていたのだ。
「安定しておらぬな……よくそこまで動かせたものだ…必死なのであろう?」
各ポイントで激しい爆音がしている。ロウィル艦隊が次々と葬られる音だった。
「教えてやろう人間……全ての勝負は、結末まで見通したものが勝つのだ…」
遂に戦闘機達がオ・ケスラを射程圏内に捉え、弾幕の雨が降り注ぐ。しかしロウィルには一切の焦りはない。
一つのビジョンが現実へと変わる瞬間が訪れた。
「第一手…」
ギューーーーン
ドガガガガガ!!
ロウィルが台詞を言った瞬間、その弾幕は無数の鉄壁の前に無に帰すことになった。
ロウィル艦をあらゆる方向の攻撃から守るように、いくつもの巨大な浮遊防塁がドライブ・アウトしてきたのだ。
それはまさに鉄壁と呼ぶに相応しかった。
ドゴォーーーーン!!
そして無に帰した弾幕とともに、その戦闘機も粉微塵に消え去った。突如視界に入った浮遊防塁に、制御を効かせることができず正面衝突したからだ。
その光景に、EDEN軍の動きが一瞬遅くなる。そしてそれも彼の思惑通りだった。
「第二手…」
先ほどからEDENに撃墜されていた―――正確にはわざと撃墜させていたのと同じ種類、数の艦が彼の合図とほぼ同時に第二の増援軍として現れた。
刹那、その援軍をふくめたロウィルの統制する艦隊が、抑圧していた力を全て解放するかのごとく、急激に速度を上げて戦闘宙域を乱舞する。
弾丸やミサイル、レーザーの濁流は僅かな隙を見せたEDEN軍を容赦なく襲い、兵力を一気にそぎ落す。
「くっ……」
戦闘における格の違う頭脳と冷酷な戦法にEDENの士気は急速に収縮してゆく。
「これが……ヴァル・ファスクbQの力……」
そしてそれは旗艦ルーチェも例外ではなかった。
「どうした…人間…」
「!!ロウィル…!」
司令官が強大な力の前に全神経を震わせていたとき、タイミングを見計らったかのようにロウィルが通信をかける。骨までも凍りつかせるような、全身から刺すような
汗が吹き出しそうなほどのゾッとする笑みを浮かべていた。
「どうした…もう終わりかね…そうして恐怖している間にも、貴君らが守るべきEDENの他星系は今頃どうなっているのであろうな…?」
「!?どういう意味だ?」
「“破壊を携えた使者”を、貴君らの許に来る前に既に大量に放っていたということだ…」
「!貴様ぁ!!!」
ヴァル・ファスクは生身の体で同時にいくつもの機体の制御ができるという能力を使った残酷過ぎる作戦だった。
途端に抑制できるはずもない怒りが噴出するが、心と呼べる心を持たない者には決して届かぬ刃だった。
「さて……少々話が過ぎたようだな…人間よ…せめて最期は美しく散るがいい…我の手によって……ククク……」
プツン
またも向こう側から通信が切られる。その間も、絶えず激しい戦いが前線で繰り広げられている。そんな中遂に司令官はある決断を下した。
あまりにも危険すぎるものだった。
「例のキャノンを、奴らの旗艦を目標にして放つ……エネルギー充填だ…」
その場のクルー達は一斉に驚きの表情をした。
「し、しかし…あれはまだ未完成兵装…下手すれば我々にも甚大な被害が…」
傍にいた副官が真っ先に反対するが
「うるさい!!もう既に被っている!!このままでは我々の敗北は必至だ!これに賭けるしかないのだ!!」
怒声を飛ばす司令官によってその意見は排除された。
「充填を開始しろ…」
「……了解!!」
たった一つの反撃ののろしが今上げられた。
「そろそろここも終焉……か……」
次々とレーダー、モニターから消えていくEDEN軍を見てロウィルはため息をついた。
つまらぬな…所詮はこの程度なのか…
「ならば、最後はこの我が………?何だこのエネルギーは!?……EDENの旗艦か?」
鉄壁をオ・ケスラにまといながら前に出ようとしたロウィルは唐突に感知されたエネルギー反応に足を止めた。
「我に直接攻撃を仕掛けるというのか…?しかしこの距離ではその威力さえも…」
彼の見識はこれまでの経験から言わせれば間違いではなかった。どれほど強力な攻撃でさえもあまりにも敵が遠くにいては
その威力が軽減されてしまうのだ。ましてや数十隻もの浮遊防塁をシールドにしている状態でまともな傷を負わせられるはずがない。
以前までの戦闘なら、そのはずだった。が、彼はこのとき一つ失念していたのである…今回の戦いには月の兵器が数多く投与されていたことを…。
「クロノ・キリングキャノン、発射!!!」
ゴォーーーーーーーー!!!
司令官の号令とともに巨大なエネルギー波が放たれ、轟音というオーラをまといながら他の追随を許さぬスピードで、定められた一点を目指して漆黒の空間を駆け抜ける。
だがそこはロウィルの予想通りだった。少しずつ勢いが落ち、本体の大きさも小さくなっていく…。
「くそ、やはりプロトでは…」
「やはり貴君らの牙は届かぬようだな…」
仮定の話をするなど愚かしいことだ。愚者の弱さの露呈である。しかし、歴史的経過、関係を見れた者がいたのなら、それは決して愚かではないのではないか。
後の世の無駄な戦争など起きなくて済んだ、何千何万もの犠牲者を救えたのではないかと思ったに違いない。
仮定の話である…もしそれが未完成ではなく完全となっていたら、破壊者は永らえてはいなかったであろう。
それはつまり、事の終焉を阻止できたということに他ならない。
ドオン ドオン ドオン ドオン ドオン !!
「……やってくれるではないか…EDEN…」
言葉には微かな畏敬の念が込められていた。
「よもや…我の艦がこれほどの傷をたった一撃で受けるとはな…」
破られるはずのない壁が破れ、衝撃だけで耐久力を半分も奪われた。彼の自尊心がどれほど汚されたであろう…想像に難くないはずだ。
「……フフフ……ハハハハハハハ!!!!」
狂乱したかのように笑い出すロウィル。
「面白い、面白いぞ人間!!!来い…何もかも喰らってやる!!」
ネフューリアからの通信が入ったのはその時だった。
「ご無事で何よりですロウィル様…しかし昂ぶっている所申し訳ありませんが…ゲルン様からの通信です」
「……!ゲルン……様からだと!?」
通信によって我に返ると同時に、ロウィルは一つ疑問を感じた。
何故ネフューリアから先なのだと。しかしそんな彼を差し置いてヴァル・ファスク王ゲルンが通信の回線に入ってきた。
「兵を全て退け、ロウィル……」
「!何故ですか……我々の勝利は…」
唐突に出された解せない命令にロウィルは納得がいくはずもない。静かに反抗の姿勢をとる。…が
「兵を退けと言ったのだ…たった今あれを放った。余興はもう終わりだ…。短距離クロノ・ドライブで戻って参れ、良いな…」
プツン
ロウィルがやむを得ずだが、通信を先に切らせることを許すのはゲルンだけだが、この時ばかりは違った。さらに彼の自尊心が汚される。
あれを放っただと?EDENの抵抗と言える抵抗はたった一度だったはずだ…
余興は終わりだと?我の戦は貴様のものではない!!
内心で憤怒するロウィルだったが、命令に従うしか彼にはなかった。ゲルンは彼よりも残虐な破壊者だ。下手にそむき、音もなく消されるくらいなら待つしかない。
ロウィルはそう思った。結局彼には訪れることのなかった、彼の思い描いていた覇道の礎――――――ゲルン抹殺の機会を…。
「ロウィル様…ここはもう用なしです…早くクロノ・ドライブに…」
「分かっている…」
そしてネフューリア…いつの間にかゲルンに買い被られている貴様も、我の覇道の糧となる存在でしかない…覚えておけ…。
これは後に、遠い未来で彼の想像しなかった意外な形で実現することであるが、それは余談というものである。
「……まあ良いであろう……さらばだ人間、数百年後また会いまみえようぞ!」
モニター越しにそのときのEDEN軍には理解し得なかった台詞をロウィルは残し、彼の率いる艦隊と共に後退すると瞬きの内に
それらはクロノ・ドライブに入り、姿を消した。その時他星系の艦隊も同様の行動をとった。
突然のヴァル・ファスクの撤退に、EDEN軍が戸惑い、あとを追うことすらできなかったのは言うまでもない。
優位に立っていたほうが兵力をまとめて引き上げてしまったのだ。何を策しているのかとEDENは勘繰ることもできなかった。
ふがいない、一つ喜びのようなものを感じてしまったからだ。生きている―――――と。いつ次このような大規模な交戦があるか分からないが、
まだ生きている。月の兵器の運用力も上げられる。われわれにはまだ抵抗する術があると。
しかしそれすらも全ては外敵の中にあって唯一無二の破壊者の計略であることを知るよしもないEDENは、銀河は、かつてない絶望を後に味わうのだった。
突如外敵が撤退し、不気味な静けさが始まった数日後、遂にそれは起きた。
「な、何だこの異常なエネルギー反応は!!?メーターが振り切れそうだ!!」
ある星系の警護艦隊旗艦は他のどの艦よりもそれを早く察知した。レーダーを限界まで拡張しても敵影どころか艦影一つ見当たらない。
であるにもかかわらず謎の巨大なエネルギーが感知されていた。EDENの兵器にも、ヴァル・ファスクのそれにも、かつてここまで異常なエネルギーを放出するものは一つとしてなかった。それは先日のクロノ・キリングキャノンにも該当するところである。
それほどの数値をメーターは叩き出している。言いようもない恐怖感が光よりも速く、辺りの艦に波及していった。
「静まれ!システムの故障かもしれん…制御室に問い合わせれば…」
極力冷静に対処しようと、まず考えられるあらゆる視点から原因を洗い出そうとする艦長だったが。
「!?この物体はなんだ!?」
謎のエネルギーの次はどうやら物体であるらしい。原因の解明を待たずして新たに流れ込んだ情報は更なる混乱の芽を育てる。
チッと舌打ちする艦長。
「今度は何だ?何が見える?最大限に拡大してモニターに出せ!」
すぐさま指示を受けたオペレーターがコントロールパネルに指を走らせ、ブリッジの前モニターに一つのある物体が大きく拡大された姿で映し出された。
「!…これは…一体…」
そこに見えるのは通商船や、戦艦、軌道衛星でもなく大型爆雷でもない、かつて見たこともないような奇妙な形をした、それでいて形容し難いほどの
まがまがしい殺気のようなものを放った物体だった。
謎の巨大なエネルギー反応の正体はこれなのだと、そのときレーダー担当オペレーターは知った。
こちらに近づくほどにその異様な数値もますます上昇し続ける。故障という可能性が0%になった瞬間だった。
この事実は、彼らを底知れぬ不安へと陥れるには十分であり、彼らはただ立ち尽くしていることしかできずにいた。
だがそのときの彼らをいくら責め立てても、叱咤しても、一本の線は絶対に千切れることはなかったであろう。
対抗策を持たぬばかりか彼らは無知だったのだ。無知とはすなわち死をもたらすものだ。
そしてこの時も……。
――――――――遂に臨界点を突破した。
彼らは自らの滅びに対するカウントダウンも告げられずに、とうとうそれは起こった。
闇が息吹をあげた…。
キュイーーーーーーン
「!?何だこの音は…!!眩しい……」
赤い光が突如“闇”から全方位に放たれる。銀河の全てがその光に飲み込まれた……。
「…………なんだったんだ…今の光は…あの妙な物体は…?……消えた……のか?しかしあれは…」
光は刹那に消えた。謎の物体も、そこから放たれていた異様なエネルギー諸共全て消えた。そして『EDEN』も消えた……。
ギューーーン
光が消えた後に、無数のドライブ・アウト反応がEDEN領内各地で同時に起きたという。それが第一の“災厄”であった。
指定したドライブ・アウトポイントに辿り着く前に、急にクロノスペースから吐き出されるように
『船』という身が通常空間に放り出されてしまったのである。
恐ろしく不可解なこの現象はある一つの驚愕の事実を万民に突きつけた。
“海”が凍りついてしまったのだ。この世には数多の航海士が存在するが、誰かたった一人でもこの超怪奇を経験した者がいたであろうか。
発達し過ぎた足を何の連絡もなしに捥ぎ取られた者が、どのようにして動けようか。EDENはまず足を失った。
第二の“災厄”は、長距離通信の突然の使用不能だった。無駄な事故の防止、重要かつ性急な情報のやり取り、他星との交流の手段が絶たれた。
EDENは次に耳と口を失った。
第三の“災厄”――――――――これはいわゆる副産物とでも解釈すべきであろうか。原因は定かではないが、EDENにとってはまさに
絶望と言って間違いない。手綱をゆっくりと手繰り寄せる者達にとっても、明らかに予想の範疇を超えたその現象は
何かに目覚めたかのように二つの月が乖離し、消息を絶ったということだ。これが後の世にまた大戦乱を巻き起こし、
運命の歯車は大きく狂ってゆくことになるのだが、そのときのEDENにとっては間違いなく災厄であった。
最後にEDENは一縷の希望すらも掴めなくなる。ましてや足を失ったものでは近づくことすら叶わぬことだった。失ったのは腕である。
そしてこの瞬間から外敵の人間に対する驕りは一層増したのだが、これも一つの歯車の狂いとでも言うべきか…。
たとえもし腕をなくしていなくとも、既に決着がついていたのは否定しようもないことなのだ。
長距離通信、クロノ・ドライブの突然の使用不能、それによる星間ネットワークの遮断は確実に銀河中の惑星の文明を衰退、消滅させていった。
それらが全てあの光という“闇の息吹”によるということを知るのは、ほんの一握りの破壊者達のみしか知りえない…。
やがて約二百年という長きに渡る暗黒時代が訪れるのであった……。
この“未曾有の災厄”は、後にこう呼ばれた……『時空震(クロノ・クェイク)』と。
FIN