私は最初、ただの宇宙風邪だと思ってました…。
それが“ああいう事”になってしまうだなんて…。
その時には、想像すらしてませんでした……。
○月×日 自部屋にて
ミルフィーユ・マイヤーズ
MegaMil−メガミル−
〜ミルフィーユの冒険〜
STAGE1−1「旅人の誕生」
BGM:Link(L’Arc〜en〜Ciel)
『ヴァル・ファスク』との戦いが終わってから、数ヶ月。
エルシオールの司令官、タクト・マイヤーズと、その最愛の恋人であり、エンジェル隊のエースパイロットのミルフィーユ・桜葉は、、あの時の思い出の教会で結婚式をあげ、ミルフィールは姓を「マイヤーズ」と変えた。
本当はそのままの姓でも良かったのだが、ミルフィーユが「タクトさんと同じ名前がいい」という、本人の意見もあって、ミルフィーユは姓を変えた。
こうして、タクトとミルフィーユは夫婦として、これからを歩んでいく事になった。
この物語は、そんな新婚直後のミルフィーユが体験した、壮絶な物語である。
ここは、エルシオール艦内、ミルフィーユの部屋。
この部屋の前の通路はよくミルフィーユがお菓子作りをする甘い匂いが漂うので、別名「コンフェクション(お菓子)ロード」と呼ばれ、エルシオールの乗組員たちの一つの名物になっているらしい。
今日もお菓子の甘い匂いが漂っている…と思いきや、今日はそんな匂いが流れてこない。
部屋の中。
「ハックション!」
ミルフィーユが気品の欠片も無い盛大なくしゃみをする。
そのくしゃみによって出てきた鼻水が隣の椅子で座っていたタクトに全部かかった。
途端、ミルフィーユが大慌てでタクトに歩み寄る。
「あ…ごめんなさい、タクトさん! 今拭きますから…ゲホ、ゲホ」
「あ、いや…無理しなくていいから。それよりも、ミルフィー、宇宙風邪は大丈夫かい? ずっとくしゃみやら咳やらして」
タクトはミルフィーユが持ってきてくれたタオルで顔を拭きながらミルフィーユに尋ねた。
だが、ミルフィーユは大慌てで首を横に振った。
「い、いえ! 私は大丈夫です!…ハクション! せっかくタクトさんが…ハクション! 来て下さったのですから…ハクション!」
「いや、そんな盛大なくしゃみをしながら言っても説得力無いから」
タクトが突っ込むように、今のミルフィーユがいくら「大丈夫」と弁明しても状態が状態だけに、まったく説得力が無い。
ちなみに、そのくしゃみによって出てきた鼻水は全部タクトに掛かっている。
その度にタクトはタオルで拭いたりしているが。
「それにしても、本当に大丈夫かい? 一度医務室でケーラ先生に見てもらったほうが…」
「い、いえ、本当に大丈夫ですから…ゲホ、ゲホ」
ミルフィーユは相変わらず大慌てで弁明しているが、実は、タクトがここまで心配するのは単にミルフィーユが風邪を引いただけではない。
「そんな事言って。ここ数日、ずっとそんな状態じゃないか」
そう。
ミルフィーユは確かに風邪ではあるが、問題なのは、風邪を引いてからもう既に10日も経っているという事だ。
そのせいで、紋章機のH.A.L..Oも思うように上がらず、出撃できない事もある。
ミルフィーユはその度に「ごめんなさい」と謝り、それをエンジェル隊の面々が慰めるというのは、この10日間殆どだった。
ミルフィーユはその事でかなり堪えているらしく、最近ではあまり笑顔を見せない事が増えてきている。
その事でタクトも心配していた。
「ミルフィー。一度、本当にケーラ先生に診てもらったほうがいい。ここまで長引いて風邪を引いているのは変だ」
「で、でも…」
「このままでは、何だかいけない気がするから」
タクトはいつにも増して頑として譲らなかった。
そのタクトの熱意に、流石のミルフィーも折れた。
「……わかりました。でも、今日は遅いですし、明日にでも見てもらいます」
ミルフィーユのその言葉に、やっとタクトはホッとした表情を見せた。
「ああ、そうしたほうがいい」
タクトはそう言い、ミルフィーユの肩をぽんと叩いた。
と、その時。
『タクト! これから明日の偵察についての会議を始める! 早くブリッジに戻れ!』
聞えてきた声は、エルシオールの副司令官、レスターだった。
タクトはその音声を聞いた後、ふうと溜め息をついて、立ち上がった。
「ごめん、ミルフィー。もう行かなくちゃいけないみたいだ」
「いえ、タクトさんも司令官ですから。それに、こういう事はもう既に経験済みですしね」
ミルフィーユの言った言葉に、タクトは頭を掻きながら苦笑した。
「全く、結婚してもする事は変わらなくて困るよなぁ…少しはオレたちの事も考えてほしいものだよ」
「うふふっ…ゲホッ、ゲホッ」
笑いながらも、咳をするミルフィーユにタクトはミルフィーユを抱き寄せた。
「タ、タクトさん!?」
突然のタクトの行動にミルフィーユは困惑した。
タクトは、ミルフィーユを抱きしめながら、優しくミルフィーユの耳元で呟く。
「愛してる……ミルフィー……」
「タクトさん……」
ミルフィーユは最初は戸惑ったが、タクトのその呟きに優しく抱き返した。
「私もです…タクトさん……」
そして、いつしかお互いの唇が重なり合った。
それは、“恋人”としての関係を超えた、“夫婦”としての絆の証。
二人の愛の印。
二人は、しばらくして体を離し、しばらく見詰め合った。
だが、我に帰ったミルフィーユが焦ってタクトから離れた。
「ミ、ミルフィー?」
タクトは、ミルフィーユの突然のその行動に一瞬戸惑ったが、すぐにミルフィーユに迫る。
「一体、どうしたんだい、ミルフィー? オレとのキス、そんなに嫌だった?」
ミルフィーユはタクトのその行動に驚きながらも、必死に弁明した。
「い、いえ、違います! ただ、ちょっと心配になっただけで…」
そのミルフィーユの必死の弁明に、タクトはきょとんとした表情でミルフィーユを見た。
「心配って、どんな?」
「いえ…タクトさんに風邪を移したらいけないかな…と思って」
ミルフィーユの呟きに、タクトはホッとした表情を見せた。
「何だ、そんな事か」
「そんな事って…」
「オレは、風邪を移されても、ミルフィーの風邪なら大歓迎さ!」
タクトの突拍子の無い発言に、ミルフィーユは嬉しそうに、そして顔を赤らめていった。
「もう、タクトさんったら……知りません」
しばらく二人の甘い空気が漂っていた…と。
『おい、タクト! 一体何をしているんだ! さっさとブリッジに戻れと言っただろうが!』
突然、機内放送のレスターの怒声が部屋中に響き渡った。
「あ、すっかり忘れてた」
タクトは耳を手で塞ぎながら、しれっと言った。
それは、冗談でも何でも無く、本当に頭から離れていた状態であった。
ミルフィーユも同じく耳を手で塞ぎながら、苦笑した。
「もう、タクトさんったら、早く行かないと副司令、かんかんですよ」
「ははは、そうだね。それじゃ、早く行かないと、終いにはレスターの血管が破裂してしまうな」
「……タクトさん、さり気無く酷い事言ってません?」
ミルフィーユはボソッと呟いたが、タクトは全く聞いてはいなかった。
「さて、それじゃ、また明日」
「ええ、タクトさん、明日も待っていますね」
タクトは手を振りながら部屋を出ていった。
そして、ミルフィーユもまた、扉が閉まるまでタクトに手を振ってた
そして、部屋に残ったミルフィーユは一息ついてベットの上に座った。
「さて……これからどうしようかな……ハックション!」
ベットの上に座った直後に、この盛大なくしゃみ。
「ふー…だめだ、頭がぼんやりする…」
ミルフィーユはベットの上で力無く項垂れた。
タクトやエンジェル隊の前では何とか平気な振り(?)をしていたが、実を言えば、タクトたちが思っている以上に症状は悪かった。
今まで、タクトの前でああいう風に振舞えたのが不思議なくらいである。
「うう…やっぱり…もう…疲れているかもしれない…もう…寝ちゃおう…」
ミルフィーユは、明かりを消して、布団の中に潜り込んだ。
明日、ケーラ先生に診てもらおう、そう改めて思ったミルフィーユだった。
ミルフィーユは気付いていなかった。
この眠りが、彼女の冒険の始まりとなる事を。
「う…ううん…」
ミルフィーユは目を覚めた。
「う…ふああぁぁぁ」
ミルフィーユは、またもや気品の欠片も無い盛大なくしゃみ…もとい盛大な欠伸をしていた。
「あ…あれ? 昨日まであんなに苦しかったのに、まったく何ともない」
もしかして、風邪が直ったのかな?
ミルフィーユはそう思い、ベットから降りた。
ミルフィーユは部屋の明かりを付けようとして、部屋のスイッチを入れる。
だが、部屋は一向に明るくならなかった。
「あ…あれ? 壊れたのかな?」
ミルフィーユはそう呟き、後ろを見ていた。
「…………!!!」
その光景に、ミルフィーユは絶句した。
なんと、ミルフィーユの部屋は、今までの光景とは思えないほど荒れ果てていた。
キッチンや冷蔵庫もボロボロ。
ベットやクッションもボロボロ。
そして、天井を見てみると、なんと電球が全部壊れていた。
ミルフィーユは、後ろにぺたりと座りこんだ。
「な、何…これ…!」
ミルフィーユは、その一言を言うのが精一杯だった。
あまりにも衝撃的過ぎて。
自分が何を言いたいのか、それすらも忘れた。
「タ…タクトさん…」
ミルフィーユは恐怖のあまり呟いた。
自分の愛しき夫の名を。
その呟きは、彼女の意識を完全に覚醒させた。
「そ、そうだ、タクトさん! みんな!」
そうだ。こんな所でへたり込んでいる場合ではない。
みんなを探さなければ。
ミルフィーユは立ち上がり、壊れて開きっぱなしなドアから飛び出していった。
皆の…タクトやエンジェル隊の無事を信じて。
そして、それから数分後。
ミルフィーユはブリッジに来ていた。
ブリッジも先程のミルフィーユの部屋と同じぐらいに荒れ果てていた。
ミルフィーユは皆の生還を信じて艦内を走り回った。
だが、そこで待っていたのは、厳しい現実だった。
ミルフィーユは艦内を全て探した。
だが、乗組員に会う事は無かった。
ミルフィーユが見たのは、誰一人としていない、荒れ果てた部屋だけであった。
クジラルームも。エンジェル隊の部屋も。食堂も。医務室も。銀河展望公園も。
そして…司令官室も。
そして、格納庫にあるはずの紋章機も無くなっていた。
まるで、今まで自分の見てきたものとは全く別物となってしまったこのエルシオールに、ミルフィーユはただ呆然としていた。
ミルフィーユは、全く理解できなかった。
一体、何がどうなったのか。
皆は、何処に行ってしまったのか。
なぜ、こんなにも荒れ果ててしまっているのだろうか。
一体、なぜ………。
そして、ミルフィーユの瞳から、一粒の涙が零れ落ちそうになった、その時。
『やあ…いらっしゃい。ようこそ、クロノシップ・エルシオールへ』
「・・・!?」
何処からか、少し子供のような高い声が聞えてきた。
「だ、誰?」
ミルフィーユは慌てて周りを見渡す。
だが、誰も見当たらない。
『ふふっ、そう警戒しなくても良いよ。別にとって食おうという訳じゃないんだ。君は…ミルフィーユ・マイヤーズだね?』
「え…? 私の事、知っているのですか?」
その声は一寸の調子も狂う事も無く、淡々と話を進める。
一方、ミルフィーユは何が何だかわかっていない。
『本当は、君に色々と話をしたい所だが、そうも言っていられない。早速、君に働いてもらうよ』
「え? 働いてもらうって…」
ミルフィーユがそう言った、その時。
突然、床から妙な甘い匂いがした。
何だろう? と、ミルフィーユは床を見ると、突然沢山の人の姿をした灰色の生き物が現れた。
そして、そのままその生き物は、ミルフィーユに襲い掛かってきた。
「きゃあ!」
ミルフィーユは紙一重で横にかわした。
ミルフィーユは混乱していた。
無理も無い。起きたら突然何処も彼処も壊れた部屋を見て、人一人もいなくて、そして突然こうやって戦闘になっているのだから。
ミルフィーユが混乱していると、突然謎の声が聞えてきた。
『何をしている! 早く艦長席にある銃を取れ!』
「え…!? あ、はい!?」
ミルフィーユは何が何やら分からない内に、謎の声の言う通りに艦長席にある銃を取る。
「これは…レーザー銃?」
ミルフィーユがそう呟くと、突然そのレーザー銃から声が聞えてきた。
『さあ…がんばろう、ミルフィーユ・マイヤーズ。この世界を…アナザークロノワールドを救ってほしい』
「じゅ、銃がしゃべった!?」
ミルフィーユは驚いたが、その銃は気に留める事無く言葉を発した。
『ああ…そうそう。僕の名前はカリム。よろしく頼むよ』
その銃―カリム―の発した言葉。
それが、冒険の始まりだった。
GALAXY ANGEL
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「MegaMil−メガミル− 〜ミルフィーユの冒険〜」
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