医務室前の通路。

ここに、重苦しい面持ちの一人の青年と、同じく重苦しい面持ちの4人の少女たちがいた。

普段なら、陽気な印象が強い彼ら。

だが、今回ばかりは陽気に振舞う事が出来なかった。

それもその筈、この場所に一緒にいるはずの一人の少女がいない。

とても大切な仲間が、青年にとっては仲間を、そして恋人を超えた大切な人がいない。

それだけでこんなにも場が落ち込むものだろうか。

いや、彼らにとって、「それだけで」というのは、彼らに対する侮辱でしかない。

それだけ、彼女の存在は、とても大きな存在だった。

そんな彼女が、今は、いない…。

重苦しい空気が支配する中、一人の少女―蘭花―が不意に口を開く。

「…ねえ、あの子は死んじゃいないわよね! 絶対に、大丈夫だよね…!!」

それは、親友を心配するあまりに出た言葉だった。

それを、フォルテが止める。

「…蘭花」

蘭花は、フォルテのその言葉に、すぐにハッとなった。

その原因は、蘭花の隣に座っていた、一人の青年。

「…あ、ごめん、タクト…一番辛いのは、多分あんたなのに…」

蘭花の謝罪の言葉に、タクトは寂しそうな笑顔で慰める。

「いや、気にしないでくれ、蘭花。辛いのは、皆一緒だからな…」

「…タクトさん、無理はしなくてもよろしいですわ」

そう言ったのは、蘭花の隣に座っていたミントだった。

ミントのもう一つの耳も、気のせいかずっと下がったままだった。

「でも…一体なぜ…ミルフィー先輩…」

さらに、フォルテの隣に立っていたちとせも言う。

「そうだね…今回は、紋章機の暴走が原因ではないし、あんたたちのすれ違いも一切無かった…そうだね?」

フォルテの質問に、タクトはコクッと頷いた。

「ああ…すれ違いなんて、全く無かった。むしろ、凄く仲良くしていたさ。それに…」

「それに?」

フォルテが先を促す。タクトは再び話し始めた。

「ミルフィーが倒れる少し前、かなり咳き込んでいたけど、凄く眩しい笑顔で手を振ってくれたんだ。あんな笑顔、忘れるはずが無いよ」

タクトは思い出していた。

あの時、最後に別れる際に手を振ってくれた時の、まるで太陽のような笑顔。

あれが、最後の笑顔になるなんて…。

タクトは手で顔を覆った。

恐らく彼の中には、彼女に対する罪悪感に見回れている事だろう。

何に対しての罪悪感か、タクト自身にもよく分かってはいない。

だが、ただ一つ確かな事は。

今のこの状況が、現実であるという事だけだった。

彼女がいない…そんな状況が。

タクトが手で顔を覆っていると、突然、タクトの頭に衝撃が走った。

「……ッ!」

タクトは、顔に覆っていた手を今度は頭に覆った。

いや、押さえた。

「ら、蘭花! いきなり何するんだ!」

タクトは彼の頭を殴った犯人―蘭花―を睨んだ。

一方、蘭花も決して尻込みする事無く、それどころか、タクトの胸倉を掴みあげてきた。

「タクト! あんたねぇ、何あきらめモードに入ってんのよ! あんた、仮にもミルフィーの夫でしょ!? だったら、少しでもミルフィーの事、信じてあげなさいよっ!!」

それは、親友の事を思っての蘭花の懸命の言葉だった。

その蘭花の叫びに、タクトはハッとした。

「……もうやめな、蘭花」

それを止めたのは、フォルテだった。

「でも、フォルテさん!」

「…最も愛するものを失っているんだ。落ち込むのも無理ないだろ? タクトの気持ちも、考えてやりな」

フォルテの言葉に、蘭花はタクトの胸倉から手を離した。

「……ごめん、タクト。ついつい叫んじゃって」

謝罪する蘭花。しかし、タクトの表情は、先程までとは打って変わりぎこちないながらも笑顔を取り戻していた。

「いや、いいよ。蘭花。オレも悪かった。蘭花に言われてやっと思いなおした。オレがミルフィーの事を信じてやらないといけなかったんだ。それなのに、オレと来たら…落ち込んでばっかりで…ホンット、情けないよな、オレ」

タクトはそう言い、少し寂しそうに結婚指輪も見た。

「…いいえ、タクトさん。ちっとも情けなくなんかありませんわ」

「そうです。その落ち込みの分だけ、お二人の絆が深かったという証拠じゃありませんか。むしろ、誇りにすべきです」

タクトを慰めるミント。それに続くちとせ。

タクトは、周りを見渡し、笑顔で言った。

「…ありがとう、みんな。信じよう、ミルフィーのことを」

4人は頷いた。

丁度その時。

医務室の扉が開いた。

その中から出てきたのは、もう一人のエンジェル隊のヴァニラと、エルシオール船医のケーラだった。

「……検査が終わりました」

そう言ったヴァニラは全く無表情だったが、肩に乗っていたナノマシンペットはとても青ざめた表情をしていた。

そして、隣にいたケーラも同じ位顔が青ざめていた。

「ケーラ先生! ミルフィーは…ミルフィーは、どうだったのですか!?」

タクトは、嫌な予感が頭をよぎったが、気にする事無くケーラに問い詰める。

「……全く目覚める様子も無いわ。その原因もわからない」

「「「「「そんな…」」」」」

大よその予想通りではあったものの、僅かな期待を裏切る返事に、4人はかなりショックを受けた。

だが、話にはまだ続きがあった。

「でもね、それだけじゃないわ。むしろ、こっちの方がメインでしょうね」

「…え? どういうことですの?」

「今回、検査していったら、とんでもない事実が発覚してしまってね…」

ケーラは、そこまで行って躊躇った。

タクト達は、何の事かさっぱり分かっていない。

代わって、ヴァニラが口を開いた。

「……詳しくは、医務室の中でご報告します…。皆さん、中に…」

そう言って、タクト達を医務室の中に促した。

タクト達もそれに従い、中に入っていく。

 

 

タクト達は、何となく判っていた。

この報告は、ただの報告でない事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  MegaMil−メガミル−

 〜ミルフィーユの冒険〜

 

 STAGE1−3「病気、正体、そして百鬼夜行・前編」

 

 BGM:ROCKMANX6 OPENING STAGE(「ロックマンX6」より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――リペア完了まで、3・2・1…コンプリート』

無機質な機械の声と共に、艦長席の端末全面に「REPAIR ALL COMPLETE」と表示された。

『よし。これでこの船の全ての修理が終了した。これで、この船の機能も元通りになったはずだ』

カリムは、満足そうに呟いた。

ミルフィーユは、艦長席の端末にセットされていたカリムを取る。

「へー、凄いんですねぇ。カリムさんって」

ミルフィーユは、彼女が初めてミントを見た時のような、凄く輝いた目でカリムを見ていた。

『…ミルフィーユ・マイヤーズ。そんな目で僕を見ないでくれ。正直、恥ずかしい』

カリムは苦笑気味に言った。

恐らく、彼(?)に顔があったなら、一筋の冷や汗が流れていることだろう。

 

 

 

 

しばらくして、ミルフィーユはカリムを再び端末にセットする。

「それにしても、凄いんですね。エルシオールを直してしまうだなんて…」

『まあ、僕にかかれば、これくらいは朝飯前だからね』

「朝飯前って…カリムさん、ご飯食べれるんですか?」

『……』

カリム、一瞬、沈黙。

その後、深く溜め息をついた。

『はあ…全く、本当に話に聞いていた通りの人物だね、君は』

カリムの呆れに、ミルフィーユはえへへと笑っていたが、少し気になる言葉があったのに気が付いた。

「え? 話って……いや、そもそも何で私の事とかタクトさんのことを知っているんですか?」

『それは…これから話そう。この人たちと一緒に』

それと同時に。

『通信、接続』

そのカリムの言葉と同時に、一つのモニターが映し出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お久しぶりです、ミルフィーユ』

『久しぶり、元気してた?』

そこに映し出されたのは――。

「シャ、シャトヤーン様に…ノアさん!?」

ミルフィーユは後ろに仰け反った。

なんと、そこに現れたのは、『白き月』の管理者、シャトヤーンと、『黒き月』の管理者、ノアだった。

『本当に久しぶりね。確か、あんたと最後に会ったのは…あんた達の結婚式…だったかしら?』

『そうですね。あの時のミルフィーユ、とっても綺麗でしたよ』

ミルフィーユが驚いて仰け反っているのを尻目に、シャトヤーンとノアはしみじみと話す。

そこに、カリムが呆れて言った。

『あのね…シャトヤーン、ノア。君達はここに世間話をしに来たのか?』

カリムの言葉に、シャトヤーンとノアはハッとした。

『あ…そうでしたね。私ったら』

『ああ。そういえばそうね。どう? そっちは。通信が回復したって事は、クロノシップは無事にリバース(解放)できたみたいね』

『ああ。ミルフィーユ・マイヤーズのお陰でね』

『そうでしたか。どうでしたか? ミルフィーユは。私達の言った通りでしたでしょ?』

『ああ、もう降参だよ。僕をいとも簡単に操っちゃうんだからね。全く、とんでもない掘り出し物をよこしたものだ』

『そりゃ、私達が自信を持って推薦したんだもの。それくらい当然でしょ』

カリムとシャトヤーンとノアは和気藹々と話す。

一方、ミルフィーユは完全に何をしたら良いのか、判っていない。

『あら、ミルフィーユ、完全に置いて行かれているみたいですね』

『全く。口あんぐり開けちゃって。今凄く間抜け顔よ、あんた』

シャトヤーンはクスクスと笑い、ノアは呆れた顔で溜め息をついた。

『…そろそろ、話しようか?』

先程から全く話が進んでいない。

カリムは溜め息をついた。

 

 

「…それで、どうしてカリムさんはお二人のことを知っているのですか?」

ミルフィーユは、ずっと疑問に思っていた事を言い、カリムからの返事を待った。

数秒後、カリムは語り出した。

『そうだね。それではまず、改めて自己紹介と行こうか』

「…え? 自己紹介って、質問の返答は…」

ミルフィーユがカリムに詰め寄ろうとした時、シャトヤーンとノアが止めに入った。

『いいから。黙って聞いてなさい』

『そうですよ。その様子だと、カリムの事はなにも知らなさそうですから。カリムの事を聞いたら、自ずと判るでしょう。私達の関係を』

シャトヤーンとノアにそう言われ、流石のミルフィーユも折れた。

「…わかりました。どうぞ、カリムさん」

ミルフィーユは先を促すように手を差し出した。

カリムは、納得したかのように話し始めた。

『それでは、自己紹介だ。僕の名はカリム。この世界の…“アナザークロノワールド”の管理者だ』

「“アナザークロノワールド”の…管理者!?」

ミルフィーユは驚いてカリムを見る。

まさか、この銃が管理者だと言うのか?

いや、それ以前に。

「“アナザークロノワールド”って、なんですか…?」

と、当然の事を口にする。

一方、カリムもその質問が来るのは予想済みだったのか、話を進める。

『この世界、“アナザークロノワールド”は、簡単に言えば君たちの世界とは全くの裏表の世界…君たちの世界が“表”だとしたら、僕たちの世界は“裏”という事になるかな』

『まあ、いわゆる“パラレルワールド(平面世界)”というやつよ』

ノアは続ける。

『その世界はね…さっきカリムが言っていた様に、私たちの世界とは全く似て非なる“同じ世界”。同じ時が共有するはずの無い世界なのよ』

「え…ええと…」

ノアはかんつまんで説明するが、ミルフィーユの頭からは少し煙が出ているように見える。

どうやら、あまり理解は出来ていないらしい。

『…どうやら、あまりわかっていない様ね。あんたにもわかり易くいえば、皿があるでしょ?』

「あ、はい。ケーキに使う皿ですね」

『まあ、なんでもいいけど、例えば皿のそのケーキをおく面が私たちの世界とする』

「はい」

『そして、その裏側に皿を支えるための面が、その世界という訳よ』

「ああ! なるほど! よく分かりました!」

まさかこんな例えで理解するとは…どれだけケーキ好きなのか…ノアは溜め息をついた。

ま、ミルフィーユらしいけど。

ノアはそう頭の中で切り替えた。

「つまり…カリムさんは、そんな“アナザークロノワールド”の管理人なのですか?」

『ま、そういう事になるかな』

ミルフィーユの言葉に、カリムは答えた。

『それも…そのカリムの場合、私達『白き月』や『黒き月』の管理者、そしてEDENのライブラリの管理者のルシャーティとは違い、その“アナザークロノワールド”の全ての管理を総轄しているんですよ』

『つまり、そのカリムが、その世界そのものだと言っても、過言ではないのよ』

シャトヤーンとノアのそれぞれの言葉に、ミルフィーユは目を輝かせる。

「すごいです、カリムさん! そこまで凄い人だったとは!」

流石のカリムも少し恥ずかしかったようで、照れ隠しに

『まあ、人ではないけどね』

と言った。

 

 

 

「そうか…そうでしたか。もしカリムさんが“管理者”だとすると、シャトヤーン様とノアさんの知り合い、というのも頷けます」

ミルフィーユがうんうんと頷いていると、ノアが口を開く。

『それだけじゃないわ。実は、最後の決戦の時、このカリムに協力を依頼していたの』

「? 協力を…ですか?」

『あの時、“アナザースペース”を作り出す事によってクロノクエイク爆弾を食い止めた…というのは、まあやった本人だから知っているとは思うけど』

「はい。あれは良い意味でも悪い意味でも忘れる事は出来ません」

『…あんたの場合、良い意味の方が強いでしょうが』

「否定はしません」

『……』

ミルフィーユは凄く良い笑顔で堂々と答えたので、ノアは少し苦笑した。

そこまで堂々と答えられてもねぇ…。

そう思いながら。

『…まあ、そんな事はどうでもいいわ。実はあの時、紋章機の“クロノ・ストリング・エンジン”で爆発的なエネルギーを作り出せば“アナザースペース”が開けると言った。でも、実を言えば、それだけではその入り口を開ける事は難しかったのよ』

「え? そうだったのですか?」

『ええ。今だから言うけどさ。私の言った方法では、成功率は多く見積もっても、最高10%程度しかなかったの』

「じゅ、10%!?」

ミルフィーユはノアの突然の告白に驚いた。

当然だ。

まさか、自分達がとても無謀過ぎる事をやったのだから。

ミルフィーユは、今更ながら冷や汗を掻いた。

ノアは、一拍子置いた後、また話し始めた。

『そこで、カリムにお願いしたの。私達の世界と、そっちの世界“アナザークロノワールド”のリンクを繋げてくれって』

『つまり、この世界とあっちの世界を“相互リンク”した、というわけだ』

カリムが続ける。

「相互リンク?」

『簡単に言えば、平面の直線同士に、一本の管(くだ)を通した、という事よ。それをする事によって、こっちの世界とそっちの世界が『繋がった』状態になった』

『そして、その管に君達の世界から“クロノ・ストリング・エンジン”によって作り出されたエネルギーをぶつける事で横穴をあけ、“アナザースペース”を作り出す』

『そして、その中にクロノクエイク爆弾のエネルギーを一気に流し込む。これが、私の言った作戦の真相なのよ。ちなみに、“相互リンク”にした事によって、さっき言った10%の可能性を、97%までアップさせた、という訳よ』

ノアとカリムがそれぞれ説明する中、ミルフィーユはまたもや頭から煙を出している様に見える。

『……で? どこまで理解できた?』

ノアは少し呆れながらも、ミルフィーユに尋ねた。

「うーん…カリムさんが私達を助けてくれた…という事ぐらい…です」

ミルフィーユは凄く申し訳なさそうに顔を伏せた。

そんなミルフィーユを、ノアは皮肉たっぷりに

『ま、そういうことね。予想以上に伝わってよかったわ』

と言った。

そんなノアをミルフィーユは「うー」と唸りながら見るしかなかった。

正直、言い返せれない。

ミルフィーユは、自分の理解力の低さを呪った。

 

 

 

ここで、ミルフィーユはある事に気が付いた。

「それで、なんで私はこの世界にやってきたのですか?」

そう。

その事が、一番の彼女の疑問だったのだ。

確か私はタクトさんと別れた後、自分のベットに横になって眠ってから…。

その後だ。この世界にやってきたのは。

この間に何かあった。

それは間違い無い。

ミルフィーユは考えていると、カリムが語り始めた。

『実は、今の君は、“実物”の君じゃない。今の君は、“魂”の状態、いいや、“精神体”の状態になっているんだ』

「精神体?」

『今のあんたは、ケーキに例えるとショートケーキのイチゴだけの状態になっている、という事よ』

「そうなのですか?」

ノアはまたもやケーキ例を出し、ミルフィーユを納得させてしまった。

ノアはこの数時間でミルフィーユの扱い方を熟知したようだ。

ノアは話を続けた。

『さっき、“リンク”の話をしたわよね? 実は、それを使って、あんたの部屋とそっちのあんたの部屋を“リンク”させたの。そこからあんたの体を繋いであんたの“精神体”だけをそっちの世界に連れて行ったの。ちなみに、この時使った“リンク”は、最終決戦の時に使った“相互リンク”では無く、一方通行の“片道リンク”を使ったわ』

「片道…という事は、こっちの世界に来る事は出来ても、そっちからの道は遮断されている…という事ですか?」

『そういう事。あんたにしちゃ上出来ね』

不意にノアに誉められ、ミルフィーユは少し照れたように笑った。

だが、次の瞬間にはミルフィーユは元の真剣な顔に戻っていた。

「という事は、今の私の体は、そっちの世界に残ったままという事ですか?」

ミルフィーユの質問に、ノアは頷いた。

『そうよ。今頃あっちのエルシオールじゃ大騒ぎになっているでしょうね。この事はあっちには極秘にしているから』

「え? なんで極秘に…?」

『それは、僕から説明しよう』

突然カリムが口を開いた。

『その質問に関しては、君をここに連れてきた理由と繋がっていると思うから、それと合わせて話そう。実は、君をこの世界に連れてきたのは三つの理由がある』

「三つの理由…ですか?」

ミルフィーユは頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら尋ねる。

『まずは一つ目。それは君の実力だ』

「私の…実力?」

『そうだ。君達の事は、たびたびシャトヤーンとノアから聞いていた。その中でも、一番自慢実に話すのが君、ミルフィーユ・マイヤーズだった』

そうだろ? と言わんばかりにカリムはシャトヤーンとノアに向かって話す。

シャトヤーンは微笑を浮かべ、ノアはそっぽを向いた。

カリムは続ける。

『まあ、話だけでは正直不安だったけど、あの最初の戦いを見て確信した。君なら出来る、とね』

「え…? でも、あの時は本当に必死で」

『その必死さが、何よりも大事なのさ。僕を操るにはね』

カリムは、ミルフィーユに話の腰を折らさないように話す。

『僕のこの体は、君の紋章機と同じ、H.A.L.Oシステムを搭載している。それが何を意味するかは、君だってわかるだろう?』

あ。

ミルフィーユはハッと気が付いた。

H.A.L.Oシステムは、紋章機に搭載されている操縦システム。

それは、パイロットのテンションによって強くもなれば弱くもなる。

この銃のどこに、そんな機能が備わっているのかはわからないが、もしカリムの言う通り、H.A.L.Oシステムが搭載されているとすれば、それを最大限に使いこなせるのはエンジェル隊のエースパイロットと呼ばれているミルフィーユが一番適性という事になる。

カリムは続ける。

『君があの時、決意した後のあの弾は、とてつもないスピードとパワーだった。それだけあの時、テンションが最大限に上がったという事さ』

「そうなのですか…」

『それだけじゃない。君はあの時、チャージを10秒間溜め続ける事が出来ただろう? 通常では、約5秒間、つまり“レベル0”のチャージしか溜めれないようになっている。でも、君のあの時のテンションによって、その壁があっさり解け、10秒間、つまり“レベル1”をチャ−ジ出来るようになっていたのさ。いわば、『チャージショットレベル1・ハイパーキャノン』。』

そういうことで、君は色んな意味で適任と言うわけさ、とカリムは一つ付け足した。

ミルフィーユはカリムの言う事に心底驚いていた。

まあ、呼び名が同じという事にも驚いたが、何より、それをおこなったのが自分自身という事実に驚いていた。

それと同時に、確信もした。

自分が適任と言った意味が。

だが、ここで一つの疑問が浮かぶ。

「でも、だとしたらなんで極秘なのですか?」

ミルフィーユの質問に、ノアとシャトヤーンが口を開く。

『もし、皆にそういう事を話したら、皆総出で出撃する事になるでしょ? そういう事になったら、恐らくとんでもない騒ぎになる事間違い無しだからね』

『それをどうしても回避するために、やむ負えない事なのです。正直、心苦しいですが…』

「どうしてですか? ノアさん、シャトヤーン様」

『相手が相手だから。まあ、それに関してはカリムが話してくれるわ』

そう言って、ノアはカリムに手を差し伸べた。

『まあ、つまりそういう事だ。だから、できれば君と僕で何とかしたい』

カリムの真っ直ぐな言葉に、しかし、ミルフィーユは少し困惑していた。

確かに、何かとてつもなく嫌な事が起ころうとしている。

それはわかる。

だが、ミルフィーユの本心は違った。

確かに、この銀河も大事かもしれないが、何より彼女にとって大事なのは、他ならぬタクトだった。

タクトは、ミルフィーユにとっては全てであり、今までタクトの為にこの銀河を救ってきたと言っても過言ではない。

だから…ミルフィーユは顔を伏せながら言った。

「ですが…やっぱり私は…タクトさんと一緒にいたいです…」

『別に、まだ返事を聞きたいわけじゃない。それに、まだ二つも理由が残っているだろう?』

顔を伏せるミルフィーユに、カリムは少し陽気に声をかけた。

そして、次の瞬間にはまたいつもの声質に戻っていた。

『そして、二つ目の理由…それは、君の病気だ』

「私の…ですか?」

ミルフィーユは自分に指を指しながら、首を傾げた。

『では、逆に質問だ。君の病気はなんだ?』

「何だって…私のは単なる風邪ですけど?」

ミルフィーユがそう答えると、カリムは小声で『やっぱり分かってないか』と呟いた。

その折、シャトヤーンとノアが口を開く

『それにしても驚きました…まさかミルフィーユがこんな病気にかかっていたなんて』

『そうね。正直呆れたわ。どうしてこんなものをいつまでも放っておいたんだか…』

二人の話口調は、前者が心配、後者が呆れ口調だった。

「え…? どういう事ですか? 私は…ただ風邪を引いただけで」

ミルフィーユが困惑する中、カリムが語り出す。

『いいか。ミルフィーユ・マイヤーズ。心して聞け。君のかかった病気の名は…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウィルス性心臓病!?』

ケーラからミルフィーユの病名を聞いた5人は、思わず身を乗り出した。

「そう。ミルフィーユの体を検査しているうちに、その病気に感染している事がわかっちゃってね…」

「そ、そんな…」

タクトは愕然とした。

まさか、ミルフィーユがそんな病気にかかっていたなんて…。

「ミルフィーはいつからその病気に?」

フォルテはケーラの尋ねた。

その表情は、とても真剣な顔つきだった。

ケーラは一つ頷いてミルフィーユのカルテを見る。

「病気にかかった時期は特定は出来なかったけど、活発に動き出した時期は特定できたわ。大よそ10日前ね」

ケーラの最後の言葉に、蘭花とちとせが反応した。

「10日前って言ったら…!」

「ミルフィー先輩が風邪を引き出した時期!」

蘭花とちとせがお互い指を差し合いながら言っていると、ミントが口を開く。

「そういえば、今回のミルフィーさんの風邪は、徐々にではなく、突然でしたわ」

「恐らく、その頃からウィルスが進行していたものと思われます……」

ヴァニラが言った。

「それも…今回のミルフィーさんの病気は…正直…」

その先を言おうにも、ヴァニラには何も言えなかった。

一体何があったのか。

タクトは先を促そうとした。

だが――――――。

 

ソノサキハ、キカナイホウガイイ――――――

オマエノココロガ、コワレテシマウゾ―――――――

 

自分の中で、何かの警告音が流れている。

だが、タクトは何も気付かない振りをしてヴァニラに話した。

「正直…なんだい…?」

だが、ヴァニラは答えない。否、答える事が出来なかった。

この事実は、話すには酷過ぎる。

答えられないヴァニラの代わりに、ケーラが口を開く。

「この事実は、今のあなた達に話すと、今後の仕事とかに支障をきたすかもしれないけど…それでもいい?」

ケーラがそう言うと、タクトを除く4人が立ち上がる。

「支障なんて知ったこっちゃありません!」

「私達が知りたいのは、ミルフィーさんの今の状況です」

「どうか、教えてくれないでしょうか。あたし達に」

「ミルフィー先輩の状況を」

そして、最後にタクトが立ち上がる。

「ミルフィーが…今どんな状況か……オレ達にはそれを知るべきです。どうか…お願いします…」

5人のお願いに、ケーラは一つ頷いた。

「…わかったわ。あなた達がそう言うなら…。ヴァニラ、カルテを」

「はい」

ヴァニラはそう言って、テーブルの上にあったカルテをヴァニラが持ってきて、それを受け取った。

そのカルテを見ながら、一つ溜め息をつき、そしてタクト達に顔を合わせる。

 

「単刀直入に言うわ。今、ミルフィーユの容態は、危篤状態にある。下手をすれば…“死”よ」

 

その瞬間。

時が止まったかのように黙り込んだ。

なんの事だ?

危篤状態? 死?

ミルフィーが?

タクトは信じられなかった。

まさか、昨日まであんなにも笑顔だったミルフィーが危篤状態だって?

それどころか、命の危険にさらされているなんて…!

「そんな…嘘ですよね!?」

タクトは思わず叫んでしまった。

それでも、ケーラは目を瞑ったままだった。

「嘘でこういう事は言わないわ。今回のミルフィーユの場合、何よりの原因は、その報告の遅さ。10日間の間、ウィルスはどんどんミルフィーユの体を侵略し続けた。それこそ、1、2日程度ならワクチンで直せたものを、今となっては手も施し様も無いくらいにね」

ケーラは、ずっと目を瞑ったままだった。

どうしても目を開くことが出来なかった。

今のタクト達の顔を見たくなくて。

見なくてもわかる。

今の彼らの、絶望的な顔を。

やはり、話さなかった方が良かったか。

いや、どうせいつかは知る事になるのだ。

そういう意味では、ここで話したこと自体は良かったかもしれない。

後は、彼らの意志の問題だ。

そう思い、ケーラはカルテをテーブルの上に置いた。

そして、目を開く。

そこで見たものは、ケーラの予想通りに、絶望的な表情をした5人の姿だった。

ヴァニラも、表情は読めないものの、気持的にはこの5人と一緒に違いない。

ケーラは一つ溜め息をついてから、6人と向き合い直す。

「落ち込むのはまだ早いわ。話はまだ終ってはいないわよ。実は、一つ朗報があってね」

ケーラのその言葉に、5人が途端に反応した。

いち早く反応したのはタクトだった。

「え…? 何か…何か方法があるのですか!?」

一方、あくまで落ち着いた状態で、ケーラは語り始めた。

「方法…という訳ではないんだけどね。でも、幸いな事が一つだけあったの」

「幸い…それは一体?」

「それは、ミルフィーユの意識が無いという事よ」

フォルテの問いかけに、ケーラは答えた。

5人は、どうやらなんの事かいまいち理解していないようだ。

ケーラは続ける。

「実は、どういう訳か知らないけど、ミルフィーユは意識が無くなった時、どうやら脳を除いた全ての機能が停止してしまっているようなの」

ケーラの言葉に、途端に蘭花が声を上げた。

「全ての機能が…!? だとしたら、それは…」

「安心なさい。死んではいないわよ。脳だけは今でも動いてる。大体、全ての機能が停止してしまっていたら、幸いも何も無いでしょ?」

「まあ…確かに。でも、でしたら何故…………まさか!?」

ミントのハッとした表情を見て、ケーラは一つ頷く。

「そういう事よ。『脳を除いた全ての機能が停止している』。つまり、それによってウィルスの進行が完全に止まっているから、これ以上良くもならなければ、悪くもならない、という訳よ。ただ、このまま置いといたら腐ってしまうのも時間の問題だから、コールドスリープさせる予定だけど……ここまで言ったら、もう分かるわね?」

ケーラの言葉に、5人は顔を合わせた。

そうだ。

まだ望みがある。

「きっとまだ、ミルフィーを治す手立てがあるかもしれないという事ですね、ケーラ先生!」

タクトは、立ちあがりそう言った。

ケーラも満足そうに頷いた。

「ええ。恐らく、どこかの星に行けば、このウィルスの特効薬があるかもしれない。正直、確率は決して高いとは言えないけど、ゼロじゃない。このままあきらめてしまうより、ずっと良いと思うわよ? どう? やる?」

ケーラは全員に尋ねる。

答えは、もちろん決まっていた。

「もちろんよ!」

「確率は低いでしょうけど」

「このまま諦めて見殺しにするほうがよっぽど情けないしね」

「全力を尽くします…」

「ミルフィー先輩のために!」

5人は、叫ぶ。

そして、最後にタクトが立ちあがり、

「ケーラ先生、オレ達は諦めません。絶対にミルフィーの笑顔を取り戻して見せます!」

そう言った。

力強く。

ケーラは満足そうに、

「やっぱり、皆はそう言うのね。分かったわ。ミルフィーユは私の方でコールドスリープ状態にしておいてあげるから、あなた達は、気兼ね無くミルフィーユの特効薬を見つけてらっしゃい」

と言った。

そして、5人も静かに頷く。

その姿は、先ほどまでの絶望的な光景ではない。

不確かなものであったが、未来に向かって進む晴れ晴れしい光景だった。

待ってろよ、ミルフィー。

医務室から出る寸前、タクトは確かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな! そんな病気にかかっていたなんて!」

ミルフィーユは、カリムから聞かされた病名を聞いて驚きのあまり思わず叫んでしまった。

それはそうだ。当の本人はずっと風邪だと思いこんでいたのだから。

それが、いきなり『ウィルス性心臓病』とか言う、重い病気にかかっていると唐突に知らされた訳だから。

カリムは、呆れながら溜め息をつく。

『…ノアから聞いたが、その風邪が出たのが10日前、とか言ってたね。その時点で普通は変だなと気付くと思うが…。普通の病気が、10日間もかかり続けるなんてそれこそありえないし…』

ミルフィーユは言葉が出ない。

カリムの言葉がとてもとても正論であった為だ。

確かに、ミルフィーユも薄々勘付いてはいたが、放って置いたのだ。

皆に迷惑をかけたら悪いし、という、そんな理由で。

ただの風邪だからきっとすぐに治るだろう。

そして、その結果が、これだ。

流石のミルフィーユも、こればかりは迂闊だったと考えるしかなかった。

タクトさんには、悪い事しちゃったな、そう思った。

『でも、普通の病気でも普通は医師に相談するものでしょ? あんた、そんな基本的な事も出来ないの?』

ノアは、ミルフィーユに呆れながら皮肉たっぷりに言う。

その言葉は、ミルフィーユの胸に思いっきりぐさりと刺さった。

そのまま崩れそうになるミルフィーユ。

だが、崩れそうになる寸前で踏みとどまった。

ここで落ち込んだら、負けだもの…!

そう思いながら。

もちろん、何に対する勝負かは、本人にも分かっていない。

だが。

『まあまあ、カリム、ノア。ミルフィーユが可哀想ではないですか。ミルフィーユも悪気があってこういうことをした訳じゃないんですから。ただ単に、忘れていただけですから。ミルフィーユは悪くは無いですよ』

シャトヤーンは、ミルフィーユを慰めようとしたつもりであったろうが、その言葉は、完全にミルフィーユに止めを刺した。

そのまま崩れるミルフィーユ。

そして、崩れてしまったミルフィーユの周りには人魂が浮かび、ミルフィーユはさめざめ泣いていた。

カリムとノアは、その哀愁漂う光景にひたすら合掌していた。

『あ、あれ、ミルフィーユ? どうかしましたか? 何処か体の具合でも悪いのですか?』

一方、ミルフィーユを崩れさせた原因が自分である事に気が付いていないシャトヤーンは、ミルフィーユに心配そうに声をかける。

『『いや、原因はあんただ』』

そんなシャトヤーンに、カリムとノアは見事に二人同時にシャトヤーンに突っ込みを入れるのだった。

『え? そうでしたか?』

そんな二人の突っ込みに原因が自分にあると今頃気が付いたらしい。

懸命にミルフィーユに謝るシャトヤーン。

そんなシャトヤーンの姿を見てカリムとノアは、

(『月の聖母』って、こんなにも小さくなれるんだなぁ…)

と心の底から思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、この『月の聖母の天使に対する謝り』が約30分近く続いた事は、全くの余談である。