〜拝読上の注意〜
当作品は『Good
relation』のサイドストーリー的な物語ではありますが、その世界観を著しく破壊する恐れがございますので、イメージを大事にしたい方はご注意ください。
時はもうじき、暦がその姿を変えようとしているトランスバール皇国歴412年。
皇国全土に甚大な被害を齎した前戦役の爪痕を残したものの、徐々に復興が進められ平穏な時期を取り戻しつつある中。
新体制を整えた皇国軍軍部は一時の油断すら見せ付けないような警戒態勢を発令し、各星系に通達した後、警護にあたる軍艦を派遣していた。
前戦役でその存在感を皇国全域に至らしめ、皇国側を大躍進させた儀礼艦エルシオールも例外ではなく、各星系を銀河広域に亘って警護の任にあたっていた。
そんな、とある日のエルシオールAブロック内ブリッジ―――
艦の航行機能を掌るコントロールパネルを操作し、この後行われることについての説明をするために艦内放送のスイッチを入れる。
そして今まで行ってきたマニュアル通りのセリフを、目の前のパネルに備え付けてあるマイクに向けて口にした。
「―――これよりクロノ・スペースに移行します」
瞬間、前方の巨大なメインスクリーン一面に広がる光り輝くエメラルドグリーンの世界………
「クロノ・スペースに突入しました」
「艦内各部異常無し」
自分の後に続き、隣の席に着いているオペレーターもまた、マイクに向かってお約束通りの説明を艦内全体に通達させた。
同時に安堵の気配がブリッジ全体を包み込む。
見回すと他のオペレーター達は作業の速度とともに張り詰めさせていた緊張感を弛緩させ、一同肩の力を抜いたようなリラックスした雰囲気があちこちに広まっていた。
だが、それはいつも通りの光景。いつも通りの手順。いつも通りの段取り。
クロノ・ドライブ中は敵襲などの恐れが無いといった安全性が保障されているため、例え気を抜いたとしても滅多な失敗を起こさない限り、それを咎める物は1人として居なかった。
「ふぅっ……やっと休憩に入れるわね……」
そんな状態のブリッジを眺めながら、ココは感慨深そうに呟く。
自分も少しリラックスをしようと思い、肩の力を抜くとそのまま背もたれに身体を預けると。
「お疲れさま、ココ」
隣から自分に向けられている快活な響きを伴った声が耳に入った。
「アルモもお疲れさま。後は特に重要なことは無いわよね?」
声の方向へ振り返ると、自分と同じような状態でこちらに視線を向けているアルモの姿があった。
「うん。後は他のオペレーターさん達に任せておけば、バッチリ!」
引継ぎ用の紙を手にとったアルモは、嬉々とした口調で返答してくる。休憩時間が迫ってきたこともあってか、緊張感が抜けたようだ。
「それじゃあ私も他の人に引継ぎをしてくるから、お昼一緒にしない?」
「賛成。じゃ、ちょっと待っててね―――」
言い終わらないうちに、アルモはココに向かって軽く手を振ると、奥に居るオペレーターのほうへ向かっていった。
仕事中に見せていた真剣な表情とは違い、活発さを滲ませた明るさを積極的に押し出した笑顔は彼女本来の性格を如実に表していた。
途中、他のオペレーターたちにぶつかりそうになりながら、狭い通路を進んでいくアルモ。
(やれやれ……)
そんな彼女を見ながら心の中で呆れたような感想を漏らすも、ココは穏やかな表情を浮かべている。
時折、明るみに出る無邪気ともいえる彼女の言動にかき乱されることもあるが、それが彼女の長所でもあることを、ココは長い付き合いから認識しているために大らかな気持ちで構えることが出来るのであろう。
そんなアルモの後姿を、しばしの間眺め続けていたココであったが、あることを思い出し我に返る。
(そういえば……)
視線を身体ごと後ろに向けると、少し先にある空席となった大層な作りをした2つの椅子があった。それらの席は比較すると構造的な相違は皆無ではあったが、傍らにあるコントロールパネルなどの機能的な違いがあり、操作できるのはその席の使用が許可された司令官と副司令官と規定されている。
1つの空席は、この艦の司令官であるタクト・マイヤーズ皇国軍大佐。
その肝心の司令官は多分今頃、艦の中を散歩しているか、ムーンエンジェル隊と談笑でも交わしているのかもしれない。
もう1つの空席の主は、この時間帯であればブリッジに居るはずなのに、今日に限ってまだ来ていない、この艦の副司令官にしてタクト・マイヤーズとは士官学校時代からの旧友。
そして明るみには出ていないが、自分の親友でもあるアルモの―――
「―――すまん。遅くなった」
そんなふうにぼんやりと考えていると、ぶっきらぼうにして、つっけんどんな口調の低い声が、入り口方面から聞こえてきた。
「あ、おはようございます。クールダラス副司令」
その声にいち早く気付いた近くのオペレーターが、その人物に向かって呼称を含めた挨拶をする。
「ああ」
挨拶をしてきたオペレーターに対し、無愛想な表情でそっけない挨拶を返すその人物こそ、この艦の副司令官であり、皇国軍中佐であるレスター・クールダラスであった。
噂をすれば何とやら。
少し考えていただけだというのに、こんな都合のいいタイミングでやってくるとは、もはや驚愕を通り越して感心のあまり苦笑しか浮かべられない。
そんなふうに思いつつも、ココはすぐさま苦笑を止めて柔らかな微笑と共に、近づいてくる副司令官に挨拶を送った。
「おはようございます、クールダラス副司令。今日はどうしたんですか?」
少し時間がずれたとはいえ、このやり取りもいつも通りのものになるのだろうと、この時のココはそう信じて疑わなかった。
「ああ、ちょっとミルフィーの所に寄っててな……」
そう………
「えっ―――」
心なしか穏やかな表情を浮かべた―――
「あっ!!」
この、レスターの一言が発せられるまでは―――
「―――はぁ……」
憂いの表情を浮かべた少女が複雑な感情を乗せた溜息を吐き出す。
溜息を吐く毎に、小波の如く揺れ動くパープルショートの髪が本人の心の動きを表しているようであった。
「一体何があったんだろ……」
小さな唇から紡がれたのは、これまで何度も聞いた同じセリフ。
だが、そのセリフはこちらが言いたい科白だと、口には出さずにココは思った。
そしてもう一度、何度目になるかも分からない溜息が吐き出された。
(そんなに悩むことじゃないと思うけど……)
しかし、その溜息は対面に座っている少女―――アルモではなく、ココから吐き出された吐息。疲労という名の溜息であった。
休憩がてら、悩み事があると言ってアルモに案内されたティーラウンジに来てから、もうかれこれ1時間は経っている。1時間も経過すれば、テーブルの上に置かれているメニューも食べ尽くしてしまい、残っているのは目立たない程度に残された僅かな食べかすを付着させた食器の数々と、申し分程度に残したままの飲み物であった。
名目だけの相談事。こうして対峙している間、愚痴に似た呟きしか返ってこないこの状況。
今始まったことではない、連日に渡って続けられる状況。初めの頃は苦笑しながら聞いていたココであったが、連日に渡って聞かされると段々表情が崩れだし、今では露骨に態度が表に出るようになっている。何故なら、ただでさえ最近多忙な日々に追われているココとっては、ウンザリするもの以外何物でもなかった。
アルモの悩みごと。
それは先日ブリッジで起きた、レスターの発言の様相についてだった。
起きたといっても別に事件というほどのものでもなく、ただその場に居た何人かにとっては衝撃的なものであっただけ。ただそれだけであった。
………はずなのだが。
「あのクールダラス副司令が、ミルフィーユさんのことを『ミルフィー』って呼ぶなんて……以前の副司令からじゃ考えられないことでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
昨日も同じような質問をされた気もするが、自分も疑問に思っていることなのでとりあえず相槌を打っておく。アルモはいつの間にか元気を取り戻していたようであるが、また少ししたら落ち込むことになると、ココは思った。
確かに不思議であった。あのレスターが特定の異性を愛称で呼ぶというのは。
第一印象からクールではあるが無愛想であり、堅物で女嫌いの硬派。アルモを始め、他の女性クルーからも絶大な人気を誇りながらも、女性にこれといった興味を示さないようなそんな人間であった。
にも拘らず、あの時の彼の一言………
普段の彼を知っている者からすれば、何か天変地異の前触れなのではと思ってしまうほどの変化には、アルモならずもその場に居た女性クルーが、彼に何があったのか詰め寄ってしまうのも無理は無い。
(アルモ、凄い顔して副司令に詰め寄ってたものね……)
片や微少な変化を遂げた疑いを掛けられ、目に見えて狼狽し問い詰めてくる女性クルー数人の勢いにたじろぐ副司令官。
片や他の女性クルーを押しのけるようにして、自らが先頭になって副司令官に尋問していたアルモの迫力。
その時の様子を思い出し、ココは思わず苦笑を浮かべていた。
「? ココ、どうかした?」
「ううん。別に何でも……」
ココの表情の変化に気付いたアルモが怪訝な顔を向けてきたが、曖昧に首を振って誤魔化す。
アルモは何か納得がいかないような表情をしていたが、不意に頭を垂らすと。
「でも、まずいことになっちゃったかも……」
声質こそ先程の暗さとあまり変わらなかったが、突然の物言いだけにココは何のことなのか分からず首を傾げた。
「? まずいって何のことが?」
透明なグラスに入ったレモンスカッシュは長いこと放置していたせいなのだろう。殆どの氷が解けてしまい、いざストローで吸い上げるとこれ以上ないくらい薄くなっていた。
「もしかして―――」
グラスから薄黄色の液体が減少して行き、ずずっという音が鳴り響いた瞬間。
「―――あの2人付き合ってるのかも」
「ブーーーーーーーッ!?」
「わっ!」
突拍子も無い発言に、ココはらしからぬはしたない形相でストローごと飲み物を噴出した。
「ちょ、ちょっとココ! いきなり何するのよ!?」
顔を上げていたのが災いし、前の席に座っていたアルモは見事に顔面に直撃する羽目になり、顔中レモンスカッシュまみれとなる。
被害を食らったのはアルモの顔面だけでなく、テーブルの上に置かれていたメニューの数々にまで、噴出されたレモン色の液体の餌食となり、辺り一面水浸しとなってしまっていた。
「ゲホッ、ゲホッ! ご、ごめんなさい……アルモ……」
自分でも驚愕するほどの噴出の勢いも相まって、ココは噎せ込みながら咎めた。
「で、でも、アルモの言い分にも問題があるでしょ? なんでいきなりそんな発想が出てくるのよ?」
「えっ、だ、だって……それは……」
うろたえるアルモの気持ちは分からないでもない。
彼女がレスターに好意を寄せていることはココも知っていたし、彼女本人の口からも聞いたことがあるので疑いの無い事実までは否定しない。あえて好意を寄せている相手が自分以外の異性と親しくなっただけで、あらぬ疑いや複雑な想いに駆られてしまうのは年頃の女性であれば良くある兆候とも言えよう。
「アルモの気持ちは分からないでもないけど、クールダラス副司令の性格をよく考えてみて。普段あまり親しくも無い女の人といきなり付き合ったりするような人に見える?」
「それは……無い、と思うけど……」
「でしょ? この場合原因は副司令じゃなくてミルフィーユさんにあるんじゃないかしら?」
「えっ?」
だがこの場合、アルモの発言は混乱からか進展しすぎた発想になっている。
そのため冷静な思考を取り戻させるのと同時に、最も確率が高く出来るだけ彼女を落胆させないような仮説を立てれば良いと、ココは思いながら言葉を続けた。
「ミルフィーユさんの性格を考えてみれば、副司令に愛称で呼んで欲しいって頼んでみても不思議じゃないと思わない? 他のエンジェル隊やマイヤーズ司令にもそういった経緯があるみたいだし……」
「そうかなぁ?」
「そうよ。きっとそうだわ」
ミルフィーユ・桜葉という少女の天真爛漫といった大らかな明るさの性格であれば、たとえそういうことがあったとしても何ら違和感も無い。
ココの推測はミルフィーユとレスター2人の人柄から成り立っていたものであったが、それがなんら遜色の無い考えである自信もあった。
「だからそんなに不安になることなんて無いわよ。もうちょっと様子を見れば、考えすぎだったってことが分かるから。ね?」
励ますように自身も微笑みながらアルモの肩に手を置く。
「う、うん……分かった。もう少し様子を見てみる」
すると少し元気が湧いたのか、ようやく輝くようにして笑みを浮かべるアルモ。
(これでもう愚痴を聞くことは無くなくなるわね……)
それを見て、ココもホッとしたように胸を撫で下ろす。
/
しかし―――
「レスターさん。今からエンジェル隊のみんなとティーラウンジに行くんですけど、一緒に行きませんか?」
「レスターさんの好きな食べ物って何ですか?」
「レスターさん、差し入れを持ってきたんですけど、よろしければ食べてください!」
などなど。
噂になってからというもの、日が進むごとにブリッジに足を運ぶようになったミルフィーユ。
「あのなあ、ミルフィー……俺はまだ仕事があるんだが……」
同じく最初の頃は、積極的な誘いに何かと理由をつけて断りを入れようとしていたレスターであったが、彼女の天真爛漫なマイペースさと接しているうちに。
「……今回だけだからな」
と、一度も実行されたことの無いお決まりの言葉を述べた後、苦笑しながらミルフィーユと行動を共にするようになっていった。
このように、いかにも彼女らしいマイペースさを保ちながらレスターに話しかける様は、傍から見れば驚愕に値するものであったが、連日のように続けられると彼女自身の人柄も相まって徐々に微笑ましい光景に映るようになっていった。
だが、当然、その2人の様子に只ならぬものを感じていた人間も居るわけで―――
/
「いやァァァァァァァ!! もうダメ! もうおしまいだわ!!」
「ち、ちょっと落ち着いて! まだそんなに悲観的になることなんてないわよ……」
各方向から自分たちに突き刺さる視線を感じながら、髪を振り乱して絶叫している少女をなんとかして宥める。
時折、少女の持っているフォークが眼鏡に当たりそうになるが、何とか注意を払って宥め続けた。
正午が過ぎた食堂はピーク時とは違い、人々の姿が疎らといった閑散な空間となっていたが、それでもあちこちに食事を取っている乗組員の数は結構なものである。
そんな時、ようやく休憩に入ったアルモとココは少し遅くなった昼食を取りに食堂へやってきたのだ。が………
「何であんなに毎日毎日仲良さそうにしてるのよォ!? あの2人いつの間にあんな関係になってたわけ!?」
かのように、食堂の中央の席ではパープルのショートカットヘアーの少女がご乱心なされるといった騒動を、食堂中に提供していた。
「だからそれはこの前言ったでしょ!? あれはちょっとしたやり取りだって……」
ショートの少女を必死で宥めているメガネをかけた三つ編みの少女は、その騒乱の一端を不本意な形で提供していた。
食堂にいる者たちにとっては、まったく持ってありがた迷惑なサービスである。
「だったら何であんなに毎日ブリッジに来るわけ!? 今までミルフィーユさんが特別な任務も無い時に副司令に話しかけるようなことなんてあった!?」
迷惑を訴えた他方からの無言の視線も気にせず、ショートの少女―――アルモは興奮冷めやらぬ形相で三つ編みの少女を睨み付ける。
「そ、それは……」
「副司令も副司令よ。何で自分たちの関係を隠す必要があるのかしら」
睨み付けられ口を噤む三つ編みの少女―――ココに構わず、アルモは荒々しく席に着いた。
所々歪曲された妄想発言の数々。
いつもの彼女らしくない言動であるがこれにはワケがある。
夜勤明けでまともに睡眠を取っておらず、ようやく休憩に入ったものの、睡眠不足からの疲労が重なって正常な思考力と判断力を失っていた。
さらに最近のレスターとミルフィーユのやり取りを連日のように見せられた結果、ハートブレイク状態に陥ったアルモはついに爆発に至る。そういうわけがあった。
「べ、別にあの2人が付き合ってるってまだ決まったわけじゃないでしょ? それに話しかけるのは一方的にミルフィーユさんのほうだし……」
おずおずと口を挟むココの言葉は、まったくもって正論である。
彼女もアルモと同じく夜勤明けであるが、今のところこれといった異常な反応は見当たらない。
唯一の変化を挙げるとするのならば、眼鏡越しに見える目の下に出来たクマだけだろう。
「慰めはいらないわ……フラれた女に気遣いは無用よ」
「アルモ……あのねぇ……」
ぐいっと豪快にコップの水を煽るアルモの仕草は自棄酒のそれに見える。
しかし、フラれたわけでも交際が発覚したわけでもないというのに、随分と大袈裟なものだとココは呆れながら眉間を押さえた。
「ああ……こうなるんだったら、もっと早く告白しとくんだったな……」
「そう思うんだったら今から告白すればいいじゃない」
「うっ……」
実に的を射た発言に、アルモは言葉を詰まらせる。
「今まで副司令の近くに居ておきながら、当たり障りの無い会話だけしたって、相手が振り向くとは限らなかったでしょ?」
「で、でも、あれでもあたしなりにアピールしたつもりだけど……」
「あんなのアピールしたうちに入りません!」
「………………っ」
ピシャリと断言され反論する気力を失ったのか、ついにアルモは沈黙してしまった。
「よく考えて見なさい。女好きで軟派な気質の男性ならばともかく、相手はあのクールダラス副司令よ? 堅物というだけならまだしも超がつくほど女心に関心の無い人なんだから、お節介なくらい積極的にならなければダメよ」
本人の耳に入れば顔を引き攣らせそうな持論。
しかし、周囲を気にする余裕も無くココは鬱憤を晴らすかの如くまくし立てるが、案外的を射ている部分が多いと思っていた。
アルモに足りないのは積極性。実際には活発で積極的な性格のアルモであったが、レスター相手のみそれが消滅してしまう。たとえ2人の間で良い雰囲気になっても、いざレスターと面を合わせると、羞恥による緊張からか持ち前の明るさを発揮することなく自分の想いが伝わらないと言うことが何度かあった。
さらに悪いことに、鈍感なレスターには雰囲気を察する感覚は持ち合わせてはいないために、告白のタイミングもへったくれも無いのだ。
「間接的に好意をアピールしたって通じないのなら、直接訴えてみるのよ。押して駄目なら引いてみろって言うでしょ?」
引いてどうすると、近くに居た乗組員が思ったが口には出さない。
「このまま手を拱いていたら、ずるずると悪化していくだけでどうしようもならないじゃない?」
「………………」
しかし、根気良く勇気付けの説得を続けても、いつまで経ってもアルモは煮え切らない。
それでもココは苛立つ感情を抑えて説得を続ける。
「アルモはどうしたいの? 思い切って告白するの? それとも、もしかしたらあの2人がくっ付いちゃうところを、傍観したままでいるの?」
「………………」
「このままじゃイヤなんでしょ? だったら正面から突っ切っていくしかないわ」
「で、でも……」
「でも、じゃないわよッ!!」
バァン!!
ついに抑えていた感情が爆発し、ココは凄まじい剣幕で拳を叩きつけた。
「っ!」
その衝撃ではなく、今まで見たことの無い怒りの感情を表している親友にアルモは驚愕し言葉を呑むが、ココはそれに構わず激昂し続けた。
「そうやってずっとウジウジ、ウジウジしてるからいつまで経っても進展しないのよ! 何で少しくらい行動に移そうとは思わないのよ!?」
「そ、それは……」
「大体アルモは優柔不断すぎ! 仕事でも優柔不断な娘が恋愛で上手くいくはずが無いんだから!」
「なっ!? そ、そこまで言うこと無いでしょ!?」
過剰すぎる物言いに、アルモまでもが激昂し、ココを正面から睨み据えた。
「何よ、間違ってる!? 世の中が全て控えめな女性が受け入れられるなんて思わないことね! 世の中はツンデレを中心に回ってるのよ!」
「外見も控えめなあんたが言うなァ!」
「い、言ったわね! 一番言ってはいけないことをッ!!」
ガタンッ!
売り言葉に買い言葉。
本音を吐露し合った2人は荒々しく席を立つと、周囲を混乱させる取っ組み合いを開始した!
ガシャーンッ! ドカッ! バリーンッ!!
「大体、いつまで経っても悩んでる方が間違っているのよ!」
ズドンッ! バリッ! メキメキッ!!
食堂内を反響する罵声と破壊音。
テーブルを破壊し、その上に載っていたトレイや皿といった容器を破壊し、相手に効果的なダメージを与えるための攻撃を応酬し合う。
「好きな人を目の前にして落ち着いていられる方がおかしいっつーの!」
ゴキッ! ガゴッ! グシャアッ!
相手の髪を引っ張り、勢いづけて殴るのは序の口。
怒りと苦痛に歪んだ形相で罵声を放ち、物を投げつけ、それを使うと言うのもまだ生ぬるい。
「逆にそれを武器にすればよかったでしょ!? そうやって上目遣いで告白すればどんな男でもイチコロだっていうのにィィィ!」
「それが出来れば苦労しないって言ってんだろうがァァァァァァ!」
蹴り、投げ、引っ掻き、倒れこんだ相手の顔や身体を踏みつけると言った、妙齢の女性にあるまじき言動は周囲に居た乗組員十数名を震え上がらせるのに充分なものであった。
「お、落ち着きなさいって、2人とも! 他の人に迷惑が―――」
そんな混戦状態の中、勇敢にも止めに入った食堂のおばちゃんが怯えながら2人に近づいた瞬間。
バキッ!
「ぶべらっ!」
飛来してきたゴミ箱が顔面に直撃し、おばちゃんは昏倒する羽目になった。
そんな状態のおばちゃんに気を配る様子も無く、アルモとココは交戦を続けた。
ドガシャーンッ!! ベキベキッ!! ズズンッ……
唯一止めに入ることの出来たおばちゃんが気絶し、抑止力が壊滅した食堂は周囲を巻き込む阿鼻叫喚の地獄絵図と化していった。
「ぎゃあああ!!! た、助けてくれェェェェェェェェ!!」
「だ、誰かあの2人を止めてェェェェェェェ!!!!」
「ああ!? テーブルがこっちに―――あべしっ!」
全然爽やかなものからではない、飛び散る血と汗と涙。今そこにある危機に対する悲鳴と断末魔。逃げる間も無く、無力な者たちはただ恐怖し打ちひしがれ、淘汰されていく………
予想以上に激しく凄まじい取っ組み合いは、当事者以上に周囲の人間が被害を受けるという有様は、休憩時間が終わっても続き。
『アルモ、ココ! さっさと仕事に戻れェェェェェェ!!!』
館内放送を使用した副司令官の怒号が響くまで、ゆうに一時間も続いたのだった―――
/
その日の深夜―――
最低限の照明だけを使用した薄暗い部屋の隅で、デスクの上にあるモニターに向かって手を動かしている人影があった。
(ああっ、もう! アルモのバカ!)
寝る間も無く、自室で仕事を行っているココは心の中で親友に向かって悪態を吐く。行き過ぎた取っ組み合いによって割られた眼鏡は、予備の眼鏡に変えられている。
頬と口元に貼られた絆創膏の数々が痛々しい。寝不足によって出来ていた目元のクマを目立たなくするほどの怪我は、彼女の神経を激しくかき乱す。
夜勤明けでまともな睡眠も取っていない身体で雑務処理を行うのは過酷なものであったが、身から出た錆でもあったので、不承不承といった形で作業を進めた。
本来ならば残業など無かったはずであった。
しかし、食堂での騒動を引き起こした責任を取らされ、今週一杯休暇を潰されたココは翌日も仕事となった。アルモも同罪である。
問題となった騒動は館内放送の後、ようやく十数人掛かりで押さえつけられるまで続けられたのだが、止めに入った人間は容赦無く叩きのめした2人の姿は、のちにエルシオール内の伝説となるがここでは関係の無い話なので割愛させていただく。
(元はといえばアルモがはっきりしなかったせいだっていうのに、何で私まで怒られなけきゃいけないのよ!?)
止めに入った人間を含め、周りの人間を怪我させるほどの取っ組み合いをしておきながら、未だ罪悪感よりも憤りが勝っている状態のココ。
騒動の後、ブリッジに連行された2人は、案の定大激怒して待ち受けていたレスターにこってりと絞られる羽目になり、結果深夜残業のノルマを追加され現在に至っていた。
(……まあ、今はそんなこと思う前に、仕事を片付けなきゃいけないわね)
今ココが行っている仕事は書類整理のほか、今までに監視カメラに収録されてきた映像のチェックといった雑務である。
今までといっても、一週間前までの期間に取られた映像のチェックであるために、そんなに量は多いものでもなかった。
しかし多くは無いとはいえ、寝不足の瞳でモニターを凝視し続けなければならないのは思った以上に過酷であり、さらに言えば退屈であった。戦役が終了した今では、艦内に侵入者などの類が入り込む可能性は限りなく低く、余程のことが無い限り事故も起きない。
しばらくの間モニターを見つめていたが、映像は単調なほど艦内の普段の光景を映し続けていたせいか、瞼が重くなる。
「ふぁ……」
自然と欠伸も出てしまうが、連続での徹夜をすれば仕方が無い。
途切れかける意識を保つために、傍らに置いてある缶コーヒーに手を伸ばす。拍子に腰を降ろしている椅子が軋みを上げた。
「……ふぅ」
口内に広がるホットコーヒーの苦味が意識を覚醒させ、咽喉へ嚥下される爽快感に溜息を漏らす。
「さてと、もう一頑張り……」
自らを鼓舞させるような独り言を吐くと、ココは改めてモニターへと向き直った。
残り1枚のディスクには二週間前に記録された居住エリアのCブロックの様子が映されていた。
居住エリアはエルシオール乗組員のプライベートルームが設立されているために、監視カメラといえどもその数は少なく、緊急時以外部屋の前が映し出されないように備え付けられていた。
しばらくチェックしてみたが、これといって異常な点は見当たらない。
(ディスク全て異常無し、ね……)
あるとすれば、背の高い銀髪の隻眼の男が挙動不審なそぶりをしている光景だけであった。
「よし、終わりっと―――」
全ての仕事を終えたココはモニターの電源を切ると、眼鏡を外し、ベッドに入って2日ぶりの睡眠にありつく。
「―――って、そんなワケないでしょ!!」
寸前、絶叫しながらベッドから跳ね起きたココは、慌てて眼鏡を掛け直すと、再びモニターのスイッチを入れた。
(私ったら、何やってんのよ! アルモのこと言えないじゃない!)
寝不足のせいか集中力が散漫になっていたのだろう。最後の最後で気が抜けたおかげで、重大なものを見つけておきながら意識の隅に追いやってしまっていたようだ。
「……でも」
だが、改めて先程の映像を流し続けていると、忘却の彼方に追いやられようとしていた様子が脳裏を過ぎる。
(さっき映ってたのって……私の見間違いじゃなければ……)
理屈ではない予感を抱きながら、モニターを凝視し続けると。
(―――やっぱり……!)
予感は確信に変わる。
モニターに映っているのは、本来であればそこに居ること事態が稀有に感じられる男性が挙動不審な行動を取っていた。
その男性は何をそんなに気にしているのだろう。イヤに周りを気にするようにキョロキョロと視線を動かせば、人が来た途端、物陰に隠れるといった不審極まる行為を繰り返す。まるで慌てているように焦燥に駆られているように。
(……あれ? もう着いたの?)
やっとの思いで男性が目指していたと思われる目的地はすぐそこのようであった。
「―――って、ええ!?」
しかし、その場所を確認した瞬間、ココは驚愕せずには居られなかった。
男性が歩いている場所はCブロックでもエンジェル隊のプライベートルームは密集している通路。
(な、なんで、こんなところに……!?)
ココもよく知っているあの男性が、何故たった1人で。しかも、エンジェル隊の部屋の通路を挙動不審な様子で歩いているのだろうか………
その時の艦内時間は午前10時。まっとうな人間であればとっくに活動する時間帯であるというときに、1人で、しかもうら若き女性達の居る場所を、その男性はたった1人で歩いているのだ。
そして、その日にちは―――
(ブリッジでの時と同じ日……)
彼が様変わりした、あの発言を行った日と同じであった。
(……って、ことは!?)
間違い無い。彼が変わってしまった原因はこの日にある。そしてこの予想が正しければ………
(間違い無く、この人が向かう先は―――)
そして。
男性は、ある1つの部屋に辿り着き。
「っ!!」
インターホンを押した。
ブツンッ……ザーーーーーッ……
「………………」
今の音はモニターか、それとも自分の何処からか、なのか………
(逢……瀬?)
映像とともに意識はそこで途切れた―――
/
翌朝、寝不足の身体を引きずって、ある部屋に向かう。
「はぁ……」
だが、通いなれた通路だというのに、気まずい心境が今の彼女を支配していた。
昨日の食堂での騒動の責任を取らされ、罰として雑務を追加されたアルモは、まともな睡眠を取ることも無く翌日を迎えることとなった。そして、昨日の一件が尾を引いているのか、何となしに親友と顔を合わせるのを躊躇ってしまったが、気分を取り直してブリッジへ向かった。
しかし、いつもならば先に来ているはずの彼女はそこに居なかった。
(やっぱり、まだ怒ってるのかなぁ……)
冷静さを取り戻した今ならば、客観的にあの時の様子を分析出来た。
彼女には随分と気を使わせていた。意気地の無い自分の背中を何度も押してくれていたというのに、自分は前に進もうとしなかった。そのせいで彼女は痺れを切らして激昂してしまったのだろう。
ならば―――
(会ったら、謝ろう……)
知らぬ間に気苦労をかけていた親友に謝罪を述べると共に、今までのことへの感謝の気持ちを伝えよう。
そう決意したアルモは毅然とした態度で、ココの部屋に辿り着き、ドアの前へと向き直った。
だが。
ドガッシャーーーーーーン!!!
「っ!? な、何!?」
扉の奥からけたたましい破壊音が鳴り響いた瞬間、アルモは驚愕し鉄製のドアを叩いた。
「ココ! どうしたの!? 何かあったの!? 大丈夫!」
まるで壁を破壊したような盛大なる音に平然とすることなど出来ない。
一体、ココの身に何かあったのでは。そう思ったアルモは何度も呼び出しドアを叩いた。
しかし、呼びかけが通じたのか、扉は思ったより早くすんなりと開いた。
「っ! ココ!」
何の脈略も無いいきなりの開閉に多少面食らいながらも、アルモは気を取り直して部屋に足を踏み入れる。
だが、その瞬間。
ドンッ
「わっ!?」
暗闇の中から突然何かが現れ、それがアルモの胸に圧し掛かってきた。
「ななな、何!!」
混乱と驚愕の狭間、あたふたとバランスを保ちながら、それを凝視したその時。
「っん……ア、アル……モ」
「! コ、ココ!?」
顔を埋めているものの正体は、眼鏡は無いが、オレンジ色の髪三つ編みにしたその少女は間違い無くココであった。
「一体、何が―――」
そしてようやく暗闇に慣れ出した目を周囲に凝らすと。
「―――な、何コレぇぇぇぇぇぇ!!」
先日の騒動後の食堂は、テロでも起きたかのような惨害が目の当たりに出来た。
だが、今目の前にある周囲の様子も、それに負けず劣らず凄まじいことになっていた………
デスクは叩き割られ、モニターには亀裂が入り、そこから煙が立っている。壁は穴だらけ、床は色々な残骸が散乱し、天井は模様が変わるほどの打撃跡があった。
ここまでの惨状だというのに、ベッドだけが無事なのはどういうことなのか。むしろココは無事なのか。
「ココ! しっかりしてよ、ココ!!」
ぐったりしているココを必死の形相で呼びかけるアルモ。
「………………っ!」
呼びかけが通じたように反応が出るココであったが、突然ガバッと顔を上げると。
「アルモぉぉぉぉぉぉぉ!」
信じられないくらいの濁った声で叫んだ。
「は、はいィィィ!!!」
今まで聴いたことも無い濁声に素っ頓狂な声を上げるアルモ。
そして、変わり果てた様子のココが放った一言は―――
「ミルフィーユさんから、副司令を取り戻しなさァァァァァい!!!!」
「――――――へっ?」
/
ビデオに映っていたものは、今の彼女にとってはあまりにも衝撃的過ぎたのかもしれない―――
許せない………
2人の関係があそこまで進んでいたなんて………
部屋を訪ね合うほど親しくなっておきながら、黙ってるなんて………
………………友達を誑かすなんて!!!!!
「ふふふふ……」
もはや修復不能なほどの精神状態が今の彼女を支配していた。
だが、そんなものは気にしない。覚悟を決めた女がどれほど恐ろしいか、あの2人は身を持ってしることになるだろう。
憤りのあまり、散々部屋の中で暴れた部屋は悲惨な状態と化していたが。
そんな状態の部屋でたった一つ思うことは………
――――――Good-bye! 今までの私!
こうして過酷なる労働と、全貌を知らない誤解による衝撃の事実によって。
勘違いの暴走した眼鏡の堕天使が誕生した―――
Good
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Love missionary 〜恋愛の伝道師(?)〜
Break 1 『誕生! 恋愛の伝道師』
不本意ながら続く!