“警告!”

この物語に出てくる登場人物は拙作『Good relation』の世界観に則って表記されているつもりですが、マトモに拝読すると精神的ダメージを受けてしまう可能性がございますので、『Good relation』の雰囲気を大事にしたい方は覚悟を決めておくんなまし。

 

 

用意はいいですか? それでは↓へ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Love missionary 〜恋愛の伝道師(?)〜

 

Break2 『復活! 天使か悪魔か謎の女!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

“エルシオール管理部重要機密事項ファイルNo2057”

 

【再生】

 

 

 

―――現在、そこは破壊と言う名の暴風雨が吹き荒れていた……

「――旋風脚!」

裂帛の掛け声とともに壁が粉砕された。

「双按!」

ベッドはモーセの杖の力が発動したのかと見紛うほど、破裂音とともに真っ二つになった。

「竜虎乱舞!」

デスクは宙を舞うと、雨霰が降り注いだような衝撃音を奏で、粉々に破壊された。

「スーパー頭突き!」

天井は亀裂の大きさが四方の隅に達した途端、照明ごと砕け散り、周囲は薄暗闇に覆われた。

「これでトドメよ―――!」

そしてたった今、人の形をした何かが浮き上がった瞬間。

 

ズズッ………

 

形容出来ない音を立てて震動が発生した。

 

それを最後に。

暴風雨は収まり、耳鳴りがするほどの静寂が訪れた。

 

【赤外線モードON】

 

画質が切り替わり映像が鮮明になると、そこには想像を絶する光景がそこに広がっていた。

 

赤外線機能によって薄暗闇とはいえ、物体が白くそれでいて鮮明に形が浮かび上がっている状態の中。

まず始めに感じたことは、何もかもが壊れていたということ。

室内は爆心地か敵国の侵略を受けて荒廃した城下町の如く、ありとあらゆる物の破片や残骸が辺りに散乱し、数箇所からは煙が立ち昇るほど破壊されていたのだ。

それはもう、原型を留めないほど何もかも……

 

「……か、完璧だわ」

現在、赤外線機能付き盗撮防犯カメラに映っているのは破壊されつくした部屋とその中心に佇む空手着を着た三つ編みの少女の光景。

「これで全てが上手くいく。そう、何もかも……」

荒れ果てた空間の中で、疲労に肩で息を切らしつつも、メガネ越しに窺うことが出来る少女の瞳は禍々しい光を帯び、小さな唇を凶悪な形に歪めて高らかに哄笑するその姿は、おしとやかな外見からは想像もつかない。

 

「フッ……フフフフフフ…ハハッ、ハハハ………!!! ぶわーひゃひゃひゃ―――!!!」

馬鹿笑いをし続けているその時、崩れかかっていた天井の瓦礫の一つが落ちた。

 

ガンッ!

 

「ぐえっ!」

 

後頭部に瓦礫が当たった少女はカエルが踏み潰されたような声を発した後、その場に昏倒した。

 

 

 

――完――

 

 

 

 

 

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――とある昼時のブリッジ。

 

「――ドライブ・スペースに突入しました。艦内各部異常無し」

「全乗組員は通常通り作業を再開してください」

儀礼艦エルシオールの航行や艦内全体の管理機能を司る、Aブロックにあるブリッジでは、『白き月』出身のオペレーター達がコンソールパネルなどに向かって、忙しなく業務を行っている。

巨大メインスクリーンを始めとするモニターの数々には、クロノ・ドライブ中であることを証明する、淡く、それでいて眩いばかりの白い光が映っていた。

 

ブリッジにとっては、これといって何の変哲も無く、普段通りの光景……

 

「はぁ……」

しかし、アルモの心の中は今、憂鬱な色に染まっていた。

いつもの変わらないのは周囲だけ。アルモの耳目には、無機質な物としてしか捉えられない。

クロノ・ドライブに移行してしまえば特に重要な業務は無く、後は航行や任務に支障をきたさない程度であれば寛ぐことは出来る。

だが、今のアルモに気分転換出来る余裕は無かった。

「――じゃあ、俺はこれで上がるが、皆、後は任せたぞ」

「はい、お任せください」

「お疲れ様でした、副司令」

その原因の一つとして、後方で繰り広げられたやり取りの中心人物が挙げられる。

先程、副司令と呼ばれたエルシオール副司令官レスター・クールダラスは、アルモにとって片思いの相手である。

だが、ここ最近アルモはまともに会話を交わすことが出来ていなかった。

会話とは言え、趣味や思い出など雑談を交わすことはあまりなかったが、少しだけ業務中にアルモから話題を投げ掛け、それにレスターは答えてくれたこともある。彼女にとって、それはとてつもない喜びであった。

好きな相手と話をすることは大いに楽しく、そして有意義である。それが今ではそんな何気無い日常会話を交わすことはおろか、必要最低限の事務的会話しか出来ていないことが憂鬱な気分に拍車を掛けていた。

では、何故、疎遠な感じになってしまったのかというと。

「あの……アルモさん」

「何?」

呼ばれた方向に振り返ると、声を掛けてきたであろう女性オペレーターは怯えた様子でアルモに近付いてきた。

「わ、私も休憩に入りたいので、引継ぎをお願いしたいんですけど……」

「ええ。別に構いませんよ」

「あ、ありがとうございますっ! それじゃあ、後はお願いしますね!」

女性オペレーターは用件を言い終えると、怯えた様子から一転して表情を輝かせ、凄まじい速度で出口の方向へ駆けた。

終始、ビクビクしながら引継ぎを行っていた時とは大違いの行動力である。

しかし、それも予想していたこと。

(また、か……)

アルモに対しての怯えたあの反応は先程の女性オペレーターだけではない。ブリッジに居るオペレーター達も、他の部門を担当している乗組員も、あろうことかレスターでさえ、最近同じ反応を見せるようになっている。

その証拠に周囲に目を向けると、アルモの近くに居るオペレーター数名が怯えた様子でこちらを窺っているのが見える。

目が合うと、すぐに別方向に視線を逸らすのが何よりの証明……

(いつまで続くのやら……)

理由は分からないでもないが、当事者としては気分の良いことではない。

暗澹に似た思いに駆られ、もう一度うんざりと溜息をつく。

 

これこそがもう一つの原因にして、最大の原因。

 

あの食堂での一件以来、アルモ達はエルシオールの中で恐怖の対象となっていた。

 

 

 

 

 

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世の中には本音と建前という言葉がある。

それは言葉だけではなく行動、立ち振る舞いなどにも言えることだ。

言動一つで第一印象が決まり、付き合いを長くすることによって第二、第三と、その人間の外面と内面による印象を形成していくことによって、現時点での印象、特徴といった人間像が完成する。

しかし、その完成された人間像を持つ人物が印象の枠をはみ出す言動を行うと、周囲の目が変わってしまうことがある。

人間像というのは十人十色というだけあって様々であるが、アルモという人物を述べるとするならば、エルシオール乗組員であれば大半が「明るい()」であると言えるだろう。

 

罷り間違っても、「凶暴だ」という人間は居ないはずだった。

 

……数日前までは。

 

エルシオール乗組員にとって、アルモ達の食堂での暴走はそれまでの彼女達の印象を180度回転させるほどのショッキングな出来事だったのだろう。それまで親しくしていたクルーも恐怖感からか腫れ物に触れるような接し方をするようになり、ギクシャクした関係になってしまった。

 

 

 

 

―――そしてここでも。

 

「ア、アルモさん、お疲れ様です」

「ひっ……お、お疲れさまです!」

アルモが入り口前で立ち尽くしている間にも耳に届くのはブリッジに居る時と同じ反応。

しかし、反応を返さないのは別の理由があった。

アルモの視線の先にあるのは、食堂入り口前の壁に貼られた『しばらく営業停止』の紙。

食堂での一件はここでも尾を引いていた。

「………………」

茫然と立ち尽くすが、食堂が半壊してしまった理由が自分にあるだけに文句は言えない。常識として。

 

あの時投げたゴミ箱が運悪くおばちゃんに当たってしまった挙句、全治二週間の怪我を負わせたのは明らかに自分のせいだと言われても全然文句は言えない。当たり前だ。

 

そしてその時の様子から、銀河を防衛するムーンエンジェル隊に喩えられ、エルシオールに巣食う破壊の暴走天使『マッド・エンジェルス』と通り名が付けられても可笑しくはなかった。

 

「いや、おかしいわよ!?」

「きゃあッ!」

回想に思わず頭に血が昇った。

アルモの近くを通り掛ったのだと思われる乗組員の悲鳴が聞こえたが、そんなのはどうでもいい。

「何であたしがこんな目に会わなきゃいけないのよ!? ええッ!」

アルモは怒りのあまり、ちょうど近くに居た別の乗組員に掴み掛かった。

「な、何のことで……!?」

彼は驚愕のあまり言葉に詰まる様子を見せる。

「惚けないでよ! あなたのせいでしょ!?」

「だ、だから何がですか!?」

「あたしがこんな目に会ってるのは、あなたのせいに違いないわ! そうに決まってるッ!!!」

「はああっ!?」

自分の取った行動のせいで評判が変わったのは仕方が無い。

食堂の係員が怪我をしてしまったのは明らかに自分が原因だと明言出来る。

 

けれども、周囲の余所余所しい態度と不本意な通り名にはこれ以上耐え切れない。

空腹が拍車を掛け、殊更納得が行かなかった。

 

「どうしてくれるのよ!? あたしの人生貴方のせいで滅茶苦茶だわ!」

激情に駆られ、胸倉を掴んだ両手を力一杯動かし、相手を激しく揺さぶる。

「いや、そんなの知らないです! っていうか、何を言ってるんですか、あんた!?」

「じゃあ、何で食堂が閉まってるのよ!? 何か理由があるからに決まってるじゃない! しらばっくれるんじゃないわよ!」

「そ、それって、この前起きた『あれ』のせいじゃないですか!」

「やっぱりあんたの原因なのね!?」

「違ェェェェェェェェェェェェェ!!!」

相手の理解不能な反応にアルモは怒りが募る。

「だ、誰か、来てェェェェ!!」

「うわあああ!! またか!?」

この騒ぎに周囲から悲鳴も上がり、もはや収拾がつかなくなりそうなほどボルテージが上昇していく。

迷惑極まりない事態になっても構わない。このまま暴れだそうと思ったその時。

「アルモ。その辺にしときなって」

「ああん!?」

ぽんっ、と後ろから肩に手を置かれたアルモは、勢いそのままに振り返る。

「あっ……」

そこに居たのは。

「相変わらず元気ね」

「ココ!」

もう一人の暴走天使がにこやかに笑みを浮かべていた。

アルモに振り回されて目を回している乗組員に視線を止めながら。

「ふふっ……」

 

 

 

 

 

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『月の巫女』の一員にしてアルモの親友である、エルシオールAブロック内レーダー担当オペレーター、ココ。

全治3週間という謎の重傷を負い、休養を余儀なくされたココが、普段と変わらない乗組員の制服と三つ編みに眼鏡といった出で立ちで、今、アルモの目の前に居た。

「身体はもう大丈夫なの?」

「ええ、おかげさまで」

向かい側の席で、腕を曲げて力こぶを見せ付けるような仕草をして健在ぶりを示すココ。

ティーラウンジに逃げるようにして来たアルモとココの二人は、およそ一週間ぶりに対面することになった。

「ずっと医務室に居て暇じゃなかったの?」

「勿論、暇だったわよ。でも、ケーラ先生からは出歩いちゃ駄目だっていうから、一日がすっごく長かったし……」

「お見舞いに行けなくてゴメンね? 面会謝絶じゃなかったら会いに行けたのに……」

「気にすること無いわよ。アルモが悪いわけじゃないんだから」

こうして普通に会話をするのは何時以来だろう。

大げさな感じがするが、アルモはそれだけしばらくの間、普通の会話を行っていなかったのが実感出来た。

アルモは懐古に似た感覚が湧き起こるのを感じつつ、気になっていたことを尋ねた。

「でも、あれだけの怪我だったのに、一週間もしないうちに回復するなんて……」

詳細は不明だが、最後に会話、というより壮絶な場面に出くわしたあの時、瀕死の状態だったはずだ。

「ああ、そのことね」

しかし、ココは妙にあっけらかんとした様子で口を開いた。

「重傷って言っても、後頭部を強打しただけだから、そんなに酷いものでもなかったのよ」

「うそっ!?」

驚愕に目を丸くするアルモ。

そんなはずは無い。あの時の彼女は服といい、顔といい、眼鏡といい形容出来ないほどボロボロな状態で部屋から出てきたではないか。

ついでにいうならば、今は修復中のココの部屋も、以前は対戦車地雷が室内で爆発したかの如く、大破されていたのだ。部屋に居たココがそれだけで済むはずがない。

「ホント♪」

だが、当事者は満面の笑顔で答えている。

(どうなってるの?)

「それよりもアルモ」

謎が謎を呼ぶ事態に困惑するアルモであるが、思考の海から引き戻すココの声に我に返る。

「えっ? な、何?」

「クールダラス副司令とは、あれからどうなってるの?」

「ぎくっっ!?」

今一番聞かれたくないことを訊かれてしまった。

「その様子じゃ、何の進展も無いみたいね……」

分かりやすいアルモの反応に嘆息するココ。

それを見たアルモは泣きそうになった。

「だ、だって――!」

「言い訳無用!」

深い訳がある、と言おうとしたが、ココは鋭い一声でアルモの言葉を遮った。

「どんな理由があろうとも、未だ何の進展も無いのはアルモ自身の責任でしょ!? それなのに理論武装して正当化しようなんていうのは愚の骨頂以外何者でもないわッ!」

(原因の大半は、あんたにもあるっちゅーねん!!)

反論を試みようとしたが、ココの悪鬼の如く詰め寄ってくる剣幕に、気圧されたアルモは言葉を詰まらせる。

「……まあ、予想していたことだから、こんなこと言っても仕方が無いわね」

呆れた口調で席に座り直すココを見ながら、アルモはやり切れない思いで唇を噛み締める。

「だからこそ、私が入院中に考えた秘策があるんだし」

「えっ?」

聞き捨てなら無い呟きが耳に届き、アルモは顔を上げると、対面には誰も居ない。

慌てて周りを見回すと、いつ移動したのか傍らにはココが立っていた。

「さあ、行くわよアルモ!」

「えっ、ちょ―――」

強引に引っ張られ、ティーラウンジを後にする2人。

 

……レジでは係員のお姉さんが身を潜めながら震えていた。

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

「着いたわ!」

「えっ、ここって……」

辿り着いた先は、現在修復作業中であったはずのココの自室前。

しかし、本来ならばあるはずの『立入禁止』の標識は無く、整備班の喧騒も聞こえてこなかった。

「さあ、入って」

「えっ、ちょ、ちょっと!」

奇妙な状況に何も引っかからないのか、ココは何とも無い様子で扉を開けると、自然な足取りで部屋に足を踏み入れる。

アルモは釈然としないものを感じつつ、扉を潜ろうとすると、突然入り口前でココの足が止まった。

「ど、どうしたの、ココ?」

「アルモ、1つ聞きたいことがあるの……」

静かな、それでいて如何なる冗談も受け入れない冷厳な雰囲気を醸し出し、ココは声を発した。

「貴女、副司令と結ばれたい?」

「えっ!?」

「答えて。アルモは副司令の恋人になりたいと思ってる?」

照明の点いていない部屋からは光は見えず、背中を向けたことも相成り、ココの表情は窺えない。

だが、答えは考える必要も無く決まっている。

「あ、当たり前でしょ!? あたしはクールダラス副司令の恋人になりたいッ!!」

「それを待っていたのよ!」

ココは高らかに声を上げると、喜色満面の笑顔で振り返った。

同時に、室内の明かりが灯る。

 

「アルモ……貴女を変えてあげるわ!」

 

徐々に光が満ち溢れ、室内の全貌が浮かび上がる。

 

「っ!? こ、これは!?」

 

その時、ココの部屋でアルモが見たものとは!?

 

 

―――次回を待て!