かき消された記憶。心の弱さ、脆さ。突きつけられた事実

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがスカイパレスの深層部か・・・ふん、随分と無駄なスペースだらけだな」

 

僕は辺りに生い茂る色とりどりの花や、遠くに茂る森、緩やかに流れる川などを横目で見た。

 

400年も前にEDENを陥したと言うのに、まだこの辺りは整備が行き届いていない。

 

後十数年もすれば、ここも機械のぎっしり詰まった施設が置かれるはずだ。

 

 

 

今回の視察も、あらかた終わり、後はヴァル・ランダルにレポートを送信するのみ。

 

さて、艦に戻ろうと踵を返したら、僕の後ろに独りの少女が立っていた。

 

 

 

幼い割に腰までくらいの長い金髪をたゆたわせ、小さな人形を(少女にしては大きな、と言えるだろう)抱えている。

 

その熊人形はかなり古そうで、ぼろぼろで、無気力な頭がうなだれていた。

 

僕が一歩近づくと、その少女は怯えたように、抱えていた人形を抱きしめた。

 

何故だろう。今更考えてみると不思議だった。何故こんな所に少女が、それもたった独りで。

 

少しそんな物思いに耽っていると、突然少女が大きな泣き声を上げて泣き出した。

 

「ふぇ〜〜ん! お願いだから、食べないで〜〜!」

 

 

 

ちょ、おい!何だよ、何で泣くんだよ! 僕が何したでも無し、それにいきなり“食べる”だと!? 僕は化け物か!

 

・・・何て口に出す余裕も、考える心の余裕すらも、その時の僕には無かった。ただ、うろたえて、変な踊りみたいな動きをしてしまった。

 

決して踊ったわけではない。ただ、本当に、慌てただけだ。

 

何で慌てたのだと? それは・・・、・・・・・・? 何でだ?

 

 

 

と、とにかく、僕が、誉れ高いヴァル・ファスクの僕が、初対面のあどけない少女の前で、不思議な踊りを踊ってしまったのだ。

 

そしたらその少女、泣き止んだと思ったらいきなり キャハハハ と笑い出したんだ。

 

調子が狂って頭を掻いていると、少女が先程まで流していた最後の涙を拭い取って話かけてきた。

 

「お兄ちゃん、私の敵じゃ無いって事だよね? それを教えようとしてくれたんだよね?」

 

違うのだが・・・とりあえず頷いておく。また泣き出されて、今度こそ人に見つかった日にはとんでもない事だ。

 

 

 

『元老院特機師団長、少女を襲う。泣き喚く少女の叫び―――「食べないで!」』

 

・・・ぞっとしないな。

 

そうか、きっと僕が慌てた理由はこれだったんだ。・・・何か、何か違う気もするけど。

 

顔にヴァル・ファスク特有の紋様を出していなかったことが、非常に助かった。

 

「私、ルシャーティ! お兄さんの名前は?」

 

「・・・ヴァイン、だ」

 

別に人に名乗るのは、初めてではない。だが、まるでこれがそれのように思えた。

 

たしかに、これほどフランクな自己紹介など無かっただろう。

 

すると少女は、とびきりの笑顔で、僕の前に手を突き出した。

 

「よろしく! ヴァインさん!」

 

 

 

きっと、その手には特別な力があったのだろう。あるいは、その手を中心に引力装置が誤作動したのだろう。

 

あれだけ人と触れ合うのが嫌った僕が、まるで当たり前かのように、握手を交わしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――とにかく、全てが大変だった。

 

 

 

 

 

親に抱いてもらったのも殆ど無い。

 

と言うか、親に会ったことすら、殆ど無い。

 

別に変な訳じゃない。ヴァル・ファスクでは当然だった。

 

生まれた後、施設に預けられて数年間の初期保育の後、学校へ通わされる。

 

寮で生活をし、誰しもが無駄な事など一切無いスペースで、

 

いくら成績を出せるか。それが教育方針の礎だ。

 

どんな物でも同じ物が存在しないように、脳のつくりも違う。

 

努力する者、しない者。

 

努力せずとも賢い者、努力しても、報われぬ者。

 

 

 

その差で、進学するコースも決まってくる。

 

僕は幼い頃から、「真のヴァル・ファスクになるんだ」 と、必死に勉強した。

 

元々それなりの知能を備えていた僕は、大変な努力も相まって、当然、進学コースは最高級へ進めた。

 

そのコースで、ある程度情緒が残っていた級連中は、一気に減った。

 

まあ、皆が皆、そうだった訳でもない。とりわけ、僕はそのコースにしては情緒豊かな存在だったといえる。

 

 

 

言うなれば、個々の存在など、人形に無きにしも非ず。

 

人形と会話して、何の価値があろうか。

 

それでも、情緒の欠片を持ったクラスメイトが、何かの気紛れにほつれた人形(僕)を、

 

縫い合わせてくれたなら、まあ嬉しかったけど。

 

 

 

 

 

軍に配属されてからも大変な日々は続いた。

 

上司の機嫌取り、作戦提案、同僚を陥れる為の罠。

 

こんなモノ朝飯前だ。結果として、根本的な軍人能力も求められる訳だし。

 

ある程度昇進すると、今度は伸びてきそうな新人をことごとく潰した。

 

中には、ワイロを持って来た奴を、そのまましょっぴいて軍を除隊させたっけ。

 

 

 

そんな駆け引きの中で、疲れなんてあっという間に溜まってくる。

 

それでも、立ち止まるわけには行かない。働いて、働いて、働いて・・・

 

するとどうだ、今度は自分の中から、すっかり情緒と言うものが抜け落ちているんだ。

 

綺麗さっぱり完璧に。

 

気が付いたときには、そんなモノをなくなした事にすら気にも留めなくなってるんだ。

 

お陰で、疲れなんて感じなくなったよ。

 

そんなこんなで、いつの間にか僕は、「元老院特機師団長」の肩書きを背負っていた。

 

悲しくは無い。嬉しくも無い。虚しいとは・・・思いたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ヴァインさんも、お散歩?」

 

横で少女―――ルシャーティが問い掛けた。身長の差が激しくて、下のほうから聞こえてくる。

 

「ああ・・・そんなところだ」

 

僕は当然無愛想に、前を向いたまま返事をした。

 

隣の顔は窺えないが、声の感触からして恐らく笑っているのだろう。

 

さて、ようやく落ち着いてきたところで少し考えを整理してみる。

 

 

 

・・・どうにもおかしい。ここは、スカイパレスの深層部だ。

 

EDENの民はもちろん、ヴァル・ファスクでもこの周辺はそれなりの階級を持った者しか入れないハズだ。

 

なら、なぜこのような少女がこんなところで散歩に? なにより、なんで僕に食べられると思ったんだ?

 

分からない事ばかりだ。ただ、EDENの者だと言う事は分かる。いくら幼いといえど、これほど情緒豊かなヴァル・ファスクはいない。

 

だから、逆に気になる。

 

 

 

「・・・お前は、なぜ、こんな所にいるんだ?」

 

途端、声色が変わった。今にも泣きそうな、そんな声に。

 

「・・・私、ヴァル・ファスクって言う人たちにいつも監視されてるの。それでね、遊びたくても遊べないし、ときどき抜け出してこのスカイパレスをお散歩したりしてるの」

 

泣き出しそうなか細い声が、続く。

 

「もし、ヴァル・ファスクさんに見つかっちゃったら、食べられるからって、お母さんが言ってたの。だから、ヴァインさんが・・・ヴァル・ファスクさんと思っちゃって・・・ごめんなさい」

 

 

 

そうか・・・つまり、コイツはスカイパレスに住んでいて、普段の窮屈な生活に我慢できず、我々ヴァル・ファスクに見張られているこの深層部で遊んでいた、と言うわけか。

 

それにしても・・・何処となく似ているな。幼い頃の・・・僕に。

 

! いや、そんなことは無い! EDENの民なぞにヴァル・ファスクの僕が似ている訳がない!

 

 

 

「そういえば・・・」

 

急に後ろ髪に手の感触を感じた。驚いて振り返ると、背伸びした彼女の笑顔があった。

 

「同じ髪の色だね。私とヴァインさん」

 

いつの間にやらルシャーティを追い抜いていたらしい。

 

まあ、歩幅も違うし、当然か。

 

さて、ここで僕は本気で怒るつもりだ。前にも言ったとおり、元々僕は他人に触れられるのは嫌いなんだ。

 

あまつさえEDENの者が、僕の髪に、軽々しく触れたんだ。当然激昂する予定だ。

 

だが、彼女の笑顔を見た途端・・・分かった。それで、怒る事も忘れるほど、僕は数秒(僕にとってはすごく長く感じた)の空白を過ごす事になる。

 

 

 

 

 

ニテイルノハ、カミイロダケジャナイ。 オサナイヒノボクニソックリダ。

 

 

 

 

 

「ほら、母様! 僕たち、同じ髪の色だね!」

 

「そうね」

 

 

 

「初期保育を終えました。素質はあります。後は、本人の努力次第です」

 

「そうですか」

 

「母様! 僕、頑張るから・・・」

 

「ええ」

 

 

 

「・・・よく努力もしてますし、最高級コースへ進めるでしょう」

 

「そうですか」

 

「嬉しくないの・・・母様・・・?」

 

「嬉しいわ」

 

「そう・・・」

 

 

 

「戦術面が特に素晴らしいです。士官学校の方へ入学なされては?」

 

「そうします。では、手続きを・・・」

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

アア、キエテイク。 カンジョウガ。 アア、カケテイク。 ココロガ。

 

カナシクハナイ。ウレシクモナイ。ムナシイトハ・・・オモイタクナイ。

 

 

 

 

 

「ヴァインさん?」

 

下から顔を覗いてくるルシャーティの声に僕は、我に帰った。

 

「どうしたの?」

 

心配そうに見てくるその表情。僕は空白な心を強く揺さぶられた。

 

気まずくなって何歩か後ず去った後、

 

「いや・・・何でもない」

 

と、頼りない返事をした。すると、彼女はそれを信じきって、安堵の表情を見せる。扱いやすいものだ。

 

「そう?・・・・・・それじゃ、そろそろ私はお家に戻るね! さよなら!」

 

会釈をして走る少女と抱えられている人形は、足早に僕から離れていく。

 

「また、会えるといいね!」

 

少し離れた後、彼女が僕に振り返って微笑んだ。

 

いつしか僕の頬が緩んでいる事に気付いて、慌てて直した後、また胸が苦しくなった。

 

・・・ヴァル・ファスクのような教育制度をもしEDENが取り入れたなら、きっと彼女は、僕と同じようになるのだろう。

 

素晴らしいな。 なんて思えなかった。 今度と言う今度は、虚しさをはっきりと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新たなる任務は、EDENの周辺の警備。

 

なんとも退屈な仕事だ。思わずもらしそうな欠伸をかみ殺し、周辺宙域を彷徨う日々。

 

「異常無しです」

 

オペレーターの無機質な声はとっくに聞き飽きた。

 

勢力拡大の前線基地へは、部下が多く派遣され、戦っているのに皮肉にも団長は暇を持て余す毎日。

 

退屈だ・・・欠伸の代わりに溜息を吐いて、一日が終わる。そんな日々が半年ほど過ぎた。

 

この一年で大きなニュースといえば・・・そうそう、ライブラリの管理者が代替わりしたらしい。なんでも弾圧に反抗しようとした管理者が殺されて、その娘が管理者となったらしい。

 

ちなみにライブラリとは、EDENが造ったありとあらゆる物のデータベースだ。

 

我らヴァル・ファスクがEDENを攻め落とす理由は、これを目当てにした事が大きかった。

 

ああ、管理者とは、ライブラリの全てのデータベースを動かせる唯一の資格を持った一族らしい。

 

まあ、僕には大して関係の無い話だ。

 

 

 

 

 

ある日の事だ。いつものようにEDENの基地に補給しに艦を着け、空いた時間にブラブラとスカイパレスを歩いて回っているときだ。

 

「ヴァ、ヴァイン様、あ、あの、ハァーハァー、EDENの、ライブラリの管理者を、知りませんか? 今、脱走しているんです」

 

若いヴァル・ファスクの隊員が僕を見つけて、駆け寄ってきた。敬礼をし、切らした息もそのままに僕に尋ねる。

 

「・・・知らないな。顔すら知らないから会った所で分からないしな」

 

素っ気無く返事をした僕に、静かに敬礼をして、男は再び走りながら去っていった。

 

 

 

さて、そろそろ戻るか。補給も終わっていないだろうが、ここにいつまでも居る意味も無い。

 

踵を返したとき―――・・・また、同じ顔がそこにあった。長い金髪、小さな(彼女にしては大きな)熊人形。

 

「・・・久しぶりだな・・・、・・・?」

 

どうにも様子がおかしい。虚らいだ目、やけに土まみれの服。うなだれ過ぎて、頭頂部しか窺えない人形。

 

「おい、ルシャー・・・」

 

バタッ

 

お、おいおい!また何やら人に見られたら色々マズいシチュエーションをつくってくれたものだな!

 

倒れこんだ彼女を僕は抱えると、足早にスカイパレスの奥へ走っていった。

 

 

 

柔らかそうな草むらに寝かし、一息吐いていると、ヴァル・ファスクの隊員の話が聞こえてきた。

 

「おい、まだ見つからないのか?」

 

「ああ、・・・全くガキはすばしっこくて敵わない」

 

「まあ、あの金髪だ。見つけたらすぐ分かるな」

 

「名前は何ていったっけ・・・ルシャー・・・何とかだったな。チッ、EDENの人間のくせに迷惑かけやがって」

 

「かなり弱っているはずだ。これほど深くにはいないのかも知れん。もう少し上層部に行ってみよう」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・

 

・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・・・・・・・・・・なんて事だ。・・・母親が殺されたのがこの娘で、ライブラリの新管理人もこの娘・・・・・・

 

 

 

「うぅ・・・ん・・・」

 

愕然としている僕がふと目をやると、ルシャーティがゆっくり体を起こした。それから、哀しい顔でこっちをみた。そう、士官学校に入った時の僕と同じ顔をして。

 

「ルシャーティ・・・」

 

「お母さん・・・死んじゃった・・・これから私、どうしたらいいの・・・」

 

声、表情を見ると、とてもじゃないが言葉が出て来なかった。生易しい言葉じゃあ何も変わらない。気休めの慰めなんか聞きたくないだろう。

 

この娘の事をほとんど知らない僕は何も言えない。

 

自分の無力感と共に、羨望の眼差しで彼女を見た覚えがある。

 

 

 

・・・僕はもし自分の親が死んでも悲しむのだろうか。僕がもし死んでも親は悲しんでくれるだろうか。

 

YESという選択肢が心の何処にも見当たらなかった。

 

これほど邪魔な物はないと思って捨てた“哀”を、これほど持っている人を羨ましく思うとは。皮肉な物だ。

 

 

 

「いっそ、感情なんて、無かったらいいのにね。そしたら、お母さんが死んでも何とも無く生きていけるのに・・・」

 

何気なく放った彼女の一言が僕を強く揺さぶって、少女の頬に手が無意識に唸った。

 

「何を言ってるんだ・・・! それが無かったら、どれだけ生涯が希薄になると思う!? 例え辛くても、その人と暮らした日々を何とも思わずに生きて行くのがどれだ悲しいか・・・!」

 

何がなんだか分からず、彼女は放心している。はたかれた事実すら理解していたのだろうか。

 

「だから・・・上手くいえないけど・・・そんなこと言うなよ・・・」

 

大きなしゃくりの後に、大きな泣き声が僕の胸元から響いた。

 

泣き声は、2分程続いた。

 

 

 

「すまないな。殴ったりして」

 

申し訳なさそうな顔をしている(多分していた)僕に、赤くなった頬を撫でながら微笑んだ。

 

「大丈夫だよ・・・代わりにヴァインさんがすごく大切な事を教えてくれたから・・・ライブラリにも載っていない・・・大切な事」

 

立ち上がると、少女は続けた。やはり、曇り空の隙間を縫って出てきた太陽のような笑顔で。

 

「お母さんのこと・・・もっと悲しむ。悲しんで・・・悲しんで・・・何も変わらないって言われても、それでも悲しむ。それが、人間だから」

 

感情の殆ど無い奴が、殆ど感情の塊のような奴に感情論を説く。・・・滑稽だな。

 

「だからね・・・ヴァインさん。私が死んだら悲しんでね。ヴァインさんが死んだら、私も悲しむから」

 

「縁起でもない事をいうな。僕は死なない」

 

アハハハ、と笑った後、言葉が流れた。そうだね と。 

 

 

 

「そうだ、ヴァインさんに見せたい物があるんだ。ちょっと・・・」

 

小走りに更に奥へと進んでいくルシャーティ。僕は、やはり引力装置の誤作動か、吸い込まれるように後を追った(追わされた)。

 

幾つもの隠し通路の先には、広いホールが広がっていた。球体が宙を浮かび、限りなく静かな空間だ。

 

「ここがライブラリ。ありとあらゆる知識が備わっているところ」

 

得意げにパネルのある方へ走っていく。が、途中にすっころんだ。

 

「無理するな。お前は疲れてるんだ。・・・・家から脱走したり、泣いたりすると分泌される・・・何とか、の出し過ぎでな」

 

彼女は適当な言葉が思い浮かばず悩んでいる僕を尻目に、地面に向いていた顔を上げ ニコッ とやはり得意げに笑った。

 

仕方ないだろう。ヴァル・ファスクはそういう物とは無縁なんだ。

 

軽快な足取りで今度こそパネルの前に立ち、何か文字を打ち出した。

 

「はいっと・・・」

 

ブゥン―――っと音が鳴ったかと思うと、目の前のパネルに複雑な化学式と文字が浮かび上がった。

 

 

 

【アドレナリン】

 

 

 

副腎髄質から分泌されるホルモンの一。交感神経の作用が高まると分泌され、血糖量の上昇、心拍数の増加などを起こす。

 

 

 

『アドレナリンの作用』

 

動物が敵から身を守る、あるいは獲物を捕食する必要にせまられるなどといった状態に相当するストレス応答を、全身の器官に引き起こす。

 

 

 

運動器官への血液供給増大を引き起こす反応

 

心筋収縮力の上昇

 

心、肝、骨格筋の血管拡張

 

皮膚、粘膜の血管収縮

 

消化管運動低下

 

呼吸におけるガス交換効率の上昇を引き起こす反応

 

気管支平滑筋弛緩

 

感覚器官の感度を上げる反応

 

瞳孔散大

 

など

 

 

 

これを利用した医薬品は――――

 

       ・

 

       ・

 

       ・

 

       ・ 

 

 

 

 

「これは・・・」

 

先程言おうとしたが、思い出せずにいた言葉の詳細が溢れんばかりに綴られている。

 

「これがライブラリだよ。・・・最近はヴァル・ファスクが悪用してるけど・・・元々はこんな風に物事を調べたり、目的に応じた本を作るときの資料にしたりするために造られたんだよ」

 

これは万能な辞書とでもいえるのか。いや、辞書なんて言葉では収まり切らない。それ以上の何かを感じうる物だ。

 

「これをね、使わせないと、EDENのみんなを殺すって言われて・・・私も、お母さんも、ここをヴァル・ファスクにつかわせてるの」

 

なるほど・・・ゲルンが欲しがるわけだ・・・改めてその力を思い知らされた。

 

そして、初めて僕がライブラリから得た知識は、「アドレナリン」だった。

 

 

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

 

 

 

数年が経った。相変わらず警備という退屈な任務が続いた。

 

その間も、幾度もルシャーティと、こっそり会った。最低限の食料しか与えられないらしく、

 

辛そうだったので食料を持っていった日もあった。

 

ライブラリを使わせてもらう事もあった。その度に彼女は誇らしそうな顔をした。

 

成長が遅いヴァル・ファスクだから、いつかこうなるとは思っていた事だが、身長を追い抜かれたときは少し寂しかった。

 

まあ、きっとこんな風に日々が続いていくのだと思った。悪くなかった。それでいいんだと思った。

 

けれど、時は流れを変えた。

 

EDENが600年前に投じた2つの石が、今、巨大な岩石となって時の流れに水しぶきと波紋を立てた。

 

その影響を僕たちも勿論受ける事になる。立ち位置が悪かった所為で、大量の水しぶきを被ってしまった。

 

 

 

――ネフューリアの艦隊が敗れたぞ!

 

――敵は!?

 

――600年前のEDENの放った二つの月だ!

 

慌ただしく情報に踊らされる兵士のいる基地の最奥。

 

「面白い・・・のぅ、ロウィルよ・・・」

 

もはや何年生きたか分からないほどの皺が、顔に刻み込まれている。そんな老人が、不敵に笑う。

 

「あのテクノロジー・・・是非頂きたいものですね・・・」

 

心無き眼をした男性―――ロウィルが眼鏡のフレームを上げ、ライブラリの月に関する情報を、映し出したモニターを眺めた。

 

「私に案があります・・・任せていただけないでしょうか?」

 

「フム・・・よかろう。好きなようにするがよい」

 

「ハッ!ありがとうございます!」

 

頭を下げ、顔を見せずにニヤリと笑った。

 

―見ていろ。いずれはお前も・・・―

 

どす黒い内心を吐き捨て、ロウィルが謁見の間を辞したのを確認し、老人は通信を繋いだ。

 

「・・・・・・・機械班長よ、念の為、アレの製造準備をしておけ」

 

「・・・了解」

 

通信の切断と共に、全ての光が消えた。月が映し出されたモニターも、あっ気なく光を閉じた。

 

暗闇の中で、微かなしわがれた声の笑いが響いた。

 

 

 

 

 

新たなる任務は、二つの月への侵攻。

 

ある任務に僕が抜擢された。そのため、司令官、ロウィルと通信をしている。

 

そこに、ロウィル艦の使者がやってきて、洗脳の力を備えた、一つのティアラが渡された。

 

「・・・これはなんでしょう?」

 

モニター越しのロウィルに尋ねる。

 

「これは、ライブラリの管理人につけるのだ」

 

突然の衝撃に訳が分からなくなった。この任務、まさか、アイツが関わっているのか!?

 

「・・・どういうことでしょう?」

 

あくまで、あくまで僕は平静に尋ねた。溢れ返るアドレナリンを押し込めながら。

 

「いいか・・・お前の任務はこうだ・・・管理人を連れEDENに成りすまし、月を乗っ取る。その混乱に乗じて、我が艦隊で一網打尽・・・どうだ?」

 

薄ら笑いを浮かべ、僕を見下すようにロウィルはこちらを見た。

 

「・・・何故、管理人が必要なんですか?」

 

「月を操作する物は、それなりの資格を持った物でなくてはならない。それは・・・管理人が適任だ・・・・だが、

当然そのような事を奴が聞くわけがない。そこでそのティアラが必要なのだ・・・分かったな」

 

 

 

 

 

結局、断る事もできず、僕は今、ライブラリの前にいる。

 

今、部下がアイツを連れに入っている。

 

1分とかからなかった。僕は、このまま出てきて欲しくなかった。

 

「いや! 離して!」

 

腕を掴まれ、乱れた金髪で彼女が僕の前にひきずり出される。

 

「ヴァイン・・・さん?」

 

僕は何も言わず、彼女と目を合わそうとしなかった。

 

疑惑の眼を向けられるのが、怖かった。

 

抵抗できない彼女の頭に、ティアラを付ける。

 

「ヴァ・・・!」

 

いつの間にか僕を追い抜かした身長故、見上げてティアラに念じこむ。

 

 

 

 

 

お前は僕の姉だ

 

僕はEDENの民のお前の弟だ

 

お前は今からトランスバールへ行くんだ

 

助けを求めに

 

ヴァル・ファスクに抵抗するために

 

そして、僕との記憶を全て失え! 失え! 失え! 失え!

 

僕が新たに記憶をつくる!

 

 

 

「きゃああぁあぁぁあぁああああ!」

 

絶叫と共に、彼女は倒れこんだ。その間に部下達を下がらせる。ふっと顔を上げた彼女の顔は、深刻な顔をしていた。

 

「急いで、ヴァイン! 早く逃げましょう・・・! 最後の希望のトランスバールへ・・・!」

 

・・・ああそうだ。これが僕が望んだ記憶だ。僕が書き換えた記憶だ。だけど・・・だけど・・・

 

お前の眼を見ると・・・何でこんなに悲しいんだ? その眼は・・・兄ではなく弟を見るような眼は・・・

 

 

 

僕は知ってしまった。心の弱さを、脆さを。ハハ、笑ってしまうよ。何が心だ。下らない・・・下らない。下らない!

 

こんなティアラ一つですっかり別人じゃないか。所詮心なんて・・・

 

 

 

走り出すルシャーティの後を追い、フネに乗った。逃げる真似をするフネの中で、彼女が僕に笑いかけた。

 

「大丈夫よヴァイン。きっと、またいつかスカイパレスで遊べる日が来るから・・・」

 

ジュノーが遠ざかっていく。クロノ・ドライヴの途中に、エンジントラブルを起こすように仕向けてある。

 

先遣隊が、向こうの調査隊を潰す手はずも整っている。

 

いつのまにか抱えていた人形を失い、自らが完璧に作られた記憶を携えた人形になってしまった女は、僕を連れてトランスバール星系へ進路を向けた。

 

向こうの連中にも教えてやるさ。心がいかに下らなくて、愚かしくて、脆いものだという事を。

 

希望に沸く女の隣で、僕は絶望にまみれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あとがき』

 

 

 

2作目ですよ〜!イエ〜〜〜イ!

 

ってこんなお話の後で、気楽過ぎますね(笑)

 

難しいですね。話の資料が不足しすぎです(汗)

 

ヴァインとルシャーティの接点がまず不明ですし。

 

ルシャーティの純粋さに惹かれたような書きようなのに、何でタクトとヒロインの純粋な愛を壊そうとするんだとか。

 

ちょっと矛盾してますからねぇ・・・

 

aitoさんの「Breath of Dark」は素晴らしいと思います。

 

ほとんど資料のないのに、まるで公式のストーリーのように書いておられて。

 

橙さんの「・――――A´」もです。

 

リセルヴァの名前の説明については、「うわ、スゲェ!」と画面向かって呟いていました。←傍から見たらちょっとヤバい人。

 

ストーリーであんまり明らかにならないところを書くのは、本当に難しいです。痛感しました。

 

本来の作品の中身を壊してはいけないし、あんまりキャラの思想に変化を与えてはいけない、

 

というか変化しても、最終的には原作のキャラの思想に戻さないといけませんからこれまた難しい。

 

 

 

ここでも、ヴァインは最終的に、簡単に記憶を失ってしまったルシャーティに失念して、やはり心は下らない、とずれた思想を

 

強引に軌道修正しました(爆)。

 

ルシャーティも、元々からおしとやかな子じゃなかったと思うんですよ。

 

母の死という形で、人格に影を落とす。そんな風にしたかったんですが。・・・ちょっと無理があったか(笑)

 

 

 

まあ、2作目ですが、レヴェルアップしてないな―――・・・(汗)

 

いや見事に。もっと伏線とか敷いて、バーンといきたかったんですが・・・(ミルフィー調)

 

すいません、無理でしたOrz

 

 

 

ここまで読んでくださった、皆さん、ありがとうございました。

 

次こそは・・・!

 

と強いんだか弱いんだか分からない決意をします。

 

 

 

 

 

では。

 

 

 

2005年 7月26日  ナガラ。

 

 

2005年 8月18日 ちょっと修正。