パンの質を落とすことが、それほど嘆く事なのか。

 

茶会ができなくなることが、それほどの悲劇だとでも言うのか。

 

聖女は貴族達の様子に、教国の暗雲を見る思いであった。

 

退屈はここまで人を腐敗させるのか。

 

反乱軍はすぐそこまで来ているというのに……

 

 

Ogre Battle Saga 第5章「緩やかなる凋落」より−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、出て行く時は、蘭花は楽しそうだったのである。

 

それは、つい今朝がたの事だった。

朝食を取ろうと食堂に向かっていたヴァニラは、入り口付近で彼女とすれ違った。

「あ、ヴァニラ。おっはよ〜」

「蘭花さん……おはようございます」

「今からご飯?」

「はい……蘭花さんは、もうお済みですか?」

蘭花はジッとしていられない、と言わんばかりに足踏みしながらうなずいた。

「うん、お先に頂いちゃったわ。今日はこれから出かけなくちゃいけないから」

「こんなに朝早くから、ですか? ……いったいどちらへ」

そう尋ねるヴァニラに、何ともしまりの無い含み笑いをして見せる。

「実はねぇ……昔の友達から合コンに誘われちゃったのよ! きゃ〜〜〜♪」

自分で言って嬌声を上げ、その場でクルクルと回転する。

「……ごーごん……?」

ヴァニラはオウム返しに呟く。ちなみに彼女の頭の中では、目が合った者を石に変えてしまう蛇女が思い浮かんでいた。

「ゴーゴンじゃなくて合コン! 知らないの?」

「初めて聞く言葉です……」

蘭花は一瞬ガックリと肩を落としかけるが。

今の彼女は、その程度で落ちるようなヤワなテンションではなかったらしい。すぐにフフン、と変に余裕ぶった笑みを浮かべる。

「そっかぁ〜。うん、まあアンタにはまだ早すぎる話だもんね。私が悪かったわ」

お姉さんぶったように言い、合コンの何たるかを説明する。

説明の途中で、蘭花自身のカラオケのレパートリーやら理想のタイプやらの話が混じったため、ひどく分かりにくい説明であったが……。

「……なるほど。集団で実施するお見合いの事なのですね……」

ヴァニラはヴァニラなりに、合コンを理解したのであった。

「ちょっと違うんだけど、まあ当たらずとも遠からずよ。本星の大学生となの。どこかのサークルが企画したもので、3校の学生が集まる大っきいやつなんだって! というわけで、今夜は遅くなるから」

「そうですか……」

 

ともかく、蘭花はウキウキで出て行った。

朝、出て行く時は、蘭花は楽しそうだったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが夕刻、蘭花は疲れた様子で早々に帰って来た。

そろそろ動物たちに晩ご飯をあげようと部屋を出たヴァニラは、廊下の向こうからトボトボと歩いてくる彼女の姿を見つけて驚いた。

「蘭花さん……もうお帰りになったのですか……?」

近づいて行って、声をかける。

蘭花は物憂げに顔を上げ、ヴァニラの姿を認めると弱々しく微笑んだ。

「あ、うん……ただいま」

「どうなさったのですか……? 今夜は遅くなるはずだったのでは……」

「ちょっとね。疲れたから途中でフケてきちゃった」

頬をかき、少し迷ったように沈黙してから、続ける。

「……ちょっと愚痴りたい気分。ヴァニラ、良かったら私の部屋でお茶でも飲んで行かない?」

ヴァニラは少し考えた。

これから動物たちにエサを上げなければならないのだが。

しかし、珍しく元気のない蘭花を放っておくのも、仲間として非道い気がした。

「分かりました……では、お邪魔します……」

動物たちには少しだけ我慢してもらおう。後でお詫びの意味も込めて、今夜はご馳走を。

そう考え、ヴァニラは蘭花の誘いを受けたのだった。

 

 

 

士官学校時代、蘭花は滅多に遊びに行くことが無かった。

彼女の実家は子だくさんの貧乏である。士官学校に入学したのは奨学金が出るからであり、奨学金をもらい続けるには優秀な成績を収める必要があったからだ。

それだけではない。優秀な成績で卒業できれば、未来も明るい。お金が稼げれば、実家に仕送りができる。可愛い弟や妹たちに、好きな物を買ってあげられる。

そんなわけで蘭花は滅多に遊ぶ事のない、地味な学生時代を送ってきたのであった。

そして士官学校を卒業すると、ミルフィーユと共にすぐにエンジェル隊へと配属になった。見た目こそ派手な蘭花だが、実際は遊んだ経験など、ほとんど持ち合わせていなかったのだ。

そんな彼女にとって、今日の合コンは非常に楽しみなものであった。

自分と同世代の男女は、一体どのような青春を謳歌しているのだろうか?

興味津々だったし、また彼女らしく、淡い恋の期待も抱いての参加だった。

昼過ぎまでは良かった。ボーリングにカラオケ、それなりに楽しかった。

しかし、お待ちかねの飲み会が始まってから、それは始まった。

 

「朝、目が覚めてさ。体が動かないんだよ。心が重くてさ……立てないんだ。代わり映えしない日常を繰り返す事に、何の意味があるっていうんだ。今日こそは何かが起こるかもしれないと期待しては、日常に裏切られて失望の夜を迎える。人生の浪費さ。だったらこのままベッドに横たわったままで居たって、同じ事じゃないか」

隣に座った男が、こんな話をするのである。

蘭花はカウンターに片肘をつき、酎ハイの中の氷を弄びながら、それを聞き流していた。

始めのうちは男に同情し、「元気出しなさいよ」などと励ましていたのだが。

もうかれこれ30分以上、この状態が続いている。いい加減、ウンザリしてきていた。

「生きるって難しいと思わない? 疲れるばっかりでさ。僕だけかも知れないね、だって周りを見ると、みんな笑ってる。僕だけが、心の檻に閉じこめられているんだ。でも、それすら別にいいじゃないか、と思えるんだ。怠惰な死も悪くない、ってさ……」

じゃ、死ねば? ゴチャゴチャ言ってないで。

心の中で密かに毒づく。こいつは一体、アタシに何を期待しているんだろう? さっきから黙って聞いていれば、やれ疲れたの、やれ心の傷がどうのと。同世代の男って、こんなに気色悪い奴ばっかなのかしら。

蘭花はチラリと横目で相手の顔を見やる。

なかなかのイケメンだった。整った眉目に、女の子のようなきめ細かい肌。サラサラの黒髪で、背も高い。エルシオールのクルーが居たら「マイヤーズ司令がもう少し真面目になったら、こんな感じ」と評したであろうが、とりあえずそれは今は関係ないので置いておく。

疲労と皮肉をないまぜにした、曖昧な笑み。重々しく、傷ついた声。

穏和な中に、どこからか醸し出されるニヒルさ。隠し切れない弱さが垣間見える。

ウイスキーのグラスが、カランと音を立てる。それはまるで、ドラマの1シーンのようであり――――

(……な〜んて演出をしてるんでしょうけどね)

蘭花は溜め息をついた。

はっきり言って陳腐すぎる。

本人は自己陶酔全開で気持ちよさそうだが、付き合わされるこっちはいい迷惑だ。

相手の男はそんな蘭花の内心に気付いた風もなく、語り続ける。

「どっちを向いても嘘ばかりで、信じられるものなんて何も無くて……。何もかも虚しさしか感じない。何だか自分の体じゃないみたいだ。無愛想ってよく言われるけど、しょうがないじゃないか。笑い方なんて、とっくに忘れたさ……」

なに? これって不幸自慢大会? て言うかアンタ、別に不幸じゃないし。

笑えなくなったくらいで自分が不幸だと思えるなんて、ずいぶんお気楽な人生ね。フォルテさんが聞いたら何て言うかしら。

にわかに腹が立ってきた。

この甘ったれの顔面を、ブン殴ってやりたくなってきた。

 

 

 

 

 

「なぜ……その男の人は、わざわざ自分のことを不幸だと思いたがるのでしょうか……?」

ヴァニラは本気で分からない、という顔をして蘭花に尋ねた。

悲しくて、苦しくて、藁にもすがる思いで希望を追い求める。そんな状況は世の中にいくらでもあるのに。

蘭花は苦笑して答える。

「ま、確かにそういうお年頃ってのはあるけどね。自分が不幸だと思ってなきゃ、幸せが実感できないからじゃない?」

「幸せが、実感できない……?」

「人間は何にでも慣れてしまうもんよ。どんなに幸せでも、すぐにそれが普通になっちゃう。いま手に入れている幸せのアラ探しをして、それが満たされる事を望むようになるのよ」

「……贅沢です……」

「そうね、贅沢だわ。でも仕方ないのよ。強烈な、本物の不幸を体験しない限り、その欲望にはきりが無いわ」

蘭花は自分の部屋を見回しながら言った。

よく見れば、自分もずいぶん贅沢になったものだ。

冬の寒い夜にストーブの灯油を節約するため、姉弟みんなで身を寄せ合って眠った夜のことが思い出される。

あの頃に比べれば、今の自分はまるでお姫様だ。

「忘れちゃいけないわよね……」

その男だけでなく、合コンで見てきた同年代の少女たちの事を思い出す。

あの一貫性のない言動。貫く意志も持たず、目の前の享楽だけに夢中になり、男にわがままの言い放題。その価値も無いくせに丁重に扱われる事を望み、自尊心を振りかざしながらもどこか男に媚びている、あの醜悪さ。

自分がああなってはいけないと、強く自分を戒める。

忘れてはいけない。

「私は、お姫様じゃない」

「……?……」

気が付くと、ヴァニラが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

自分の考えに没頭して、この子のことを置き去りにしてしまっていた。蘭花は慌てて、取り繕うように笑顔を浮かべる。

「ま、まあとにかく、つまんない男に捕まっちゃったわけよ」

「……お気の毒な方です……。せっかく手にしている幸せに気づけないなんて……」

「あんな奴に同情することないって。て言うか、同情しちゃダメ。相手をつけ上がらせるだけよ。頭でっかちのお坊ちゃんって始末に負えないわ、やる事がセコくて。ああやって無駄に悩んで、自分が他人より物事を深く考えてる人間なんだって勘違いしてるのよ。他人と話してそれを確かめるでもなく、自分1人の世界で優越感に浸ってる。ただの自虐趣味の甘ったれよ」

「……??……」

ヴァニラには、蘭花が何を言っているのかすら理解できなかった。

彼女にとって20歳くらいの年齢の男性と言えば、タクトとレスターくらいしか知らない。

タクトのようにどんな困難が訪れても「大丈夫だよ」と笑う、あの包み込むような笑顔。

レスターのように鉄壁の精神力を持ち、どんなに膨大な量の仕事でも黙々とやり続ける、あの厳しい横顔。

それがヴァニラの知る、『20歳くらいの男の人』であった。

誰を救うでもなく、何と戦うでもなく、無駄に自己憐憫に時間を浪費する男など、ヴァニラには想像もつかなかった。

「……それで……」

ともかくにも、話を戻す。

まだ話は途中であったはずだ。

「蘭花さんは……どうなさったのですか?」

蘭花は右の拳を握って見せ、簡潔に答える。

「ブン殴ってやった」

「……はい……?」

「だから、ぶん殴ってやったの。人気のないところに連れて行って」

ヴァニラは目を瞬かせる。

「殴りたくなった、ではなくて殴ったのですか……?」

「だあってぇ〜。ムカムカしたんだもん」

 

 

 

 

「ちょっと、向こうで話さない?」

蘭花は外を指して、男を誘った。

男は弱々しく微笑んで、うなずく。しかし蘭花は、男の目が何かを期待するように光ったのを見逃していなかった。

ようやく分かってきた。

つまり、アレだ。

でかい図体をしているが、こいつはガキなのだ。口を開けて親鳥がエサを放り込んでくれるのをただ待っている、雛鳥と同じなのだ。

癒されたがりの甘えたがり。傷ついた男の姿を見れば、女は母性本能をくすぐられて云々、とか頭の悪い雑誌に書いてあるような事を鵜呑みにするタイプ。

ああしてほしい。こうしてもらいたい。

自分が相手に何かしてやろうとは、決して考えない。

―――― 何て、厚かましい。

「僕はさ、恋愛ってのもよく分からないんだ。それが素晴らしいものであるらしいって事ぐらいは、人から聞いて知ってるけどさ。生き甲斐にもなり得るって。けど僕には縁のない話さ、感情が死んでしまって、虚しさしか感じられない、こんなガラクタな心では……」

期待に目ェ爛々とさせながら、よく言う。

やがて誰にも見つかりそうにない陰に連れ込んだ所で、蘭花はクルリと振り返った。

「あなたの言ってる事って、よく分からないわ」

男は自虐的に微笑む。

「そう。それでもいいさ。きっと君は、今まで幸せな人生を歩んできたんだね。僕と違って……」

「あなたの言う幸せな人生って、どんなの? ファーゴの人達が宇宙空間に生身で放り出されて、真空の中で悶え苦しんで死んでいくのを見ている事しかできなかったのも、幸せな人生?」

「え……?」

「望んでもいないのに皇国の存亡を背負わされるって、どんな気分だと思う? EDENさえ征服した敵と真っ向から戦う羽目になって、どれだけ恐かったか、あなたに分かるの?」

「何を言って……?」

「何だかんだ言って、あなた余裕あるわよね。疲れるんじゃない、あなたは疲れたいの。虚しさしか感じられないんじゃない、あなたは虚しさしか感じたくないの。自虐って気持ちいいわよね、けど他人を巻き込むのは感心しないわ。やるのは別に構わないから、どこか人目につかない所で勝手にイジけてなさい。社交の場にノコノコ出てくるんじゃないわよ、目障りだわ」

男が凍り付く。

口をパクパクさせ、何か言おうとする。

だが、言葉が出てこない。

出てくるはずがない。これまで自虐という快楽に溺れ、自分一人の中だけで自己完結ばかりを繰り返してきた人間が、他人と言葉のやりとりなど出来るわけがないのだ。

蘭花は不敵な笑みを浮かべ、容赦なく相手を糾弾する。もとより手加減してやる気など毛頭なかった。これまで男が自分の世界だけで築き上げてきたせせこましいプライドを、完膚なきまでに潰しにかかる。

「甘えるんじゃないわよ。何もないなら探しなさい。自分が癒される事を望む前に、誰かを癒しなさい。笑い方を忘れたんなら、がんばって思い出しなさい。鬱になってるヒマがあるんなら、もっと悪あがきしなさいよ」

蘭花は笑っていた。

花火のように、華やかに。

若葉のように、溌剌と。

そんな笑顔のまま、男の顔を思いっきりブン殴った。

「ふぎゃっ!」

しっぽを踏まれた猫のような声を上げて、男は転倒する。

無様に寝転がった男のみぞおちに、全体重をかけて踵を下ろす。

立つ位置を変え、足、背中、頭と、いいように小突き回してやる。

「ひぃ、やめて、やめっ、いたぃ……!」

「ん〜? どうしたの? まさか『痛い』とか言うつもりじゃないでしょうね? まさかねぇ、だってアンタさっき、死ぬのも悪くないとか言ってたもんねぇ。今さら痛いのが嫌だなんて言わないわよねぇ」

「がっ、ぐふっ! うげええぇぇ」

「あらあら、転げ回っちゃってどこ行くの? 心が重くて動けないんじゃなかったの? 失望の夜はどうしたのよ。お得意の『心の檻』とかに閉じこもって、怠惰に死になさいよ」

自分も屈んで男の胸ぐらを掴み、鼻っ柱に拳をぶつける。

「ふげえっ!」

「情けない声上げるんじゃないわよ。ほら、もう一発」

「あぶうっ!」

男は泣きながら、メチャクチャに手を振り回していた。

しかし蘭花がさらに一撃を加えると、耐えきれなくなったのか両手で鼻をかばう。

「手ぇどけなさいよ。何? 感情は死んでるくせに一丁前に痛がってんの?」

「あぶぶ……い……いたぃ……」

「聞こえないわねぇ。ハッキリ言ったら? もう一度、大きな声で!」

脅しかけて言うと、男はついに、恥も外聞もなく泣き叫んだ。

「鼻が……鼻が痛いんだよぉ〜〜〜っ!」

蘭花は手を放した。

男はうずくまり、むせび泣く。

心の傷などではなく。虚しさなどではなく。

ただ単に、痛くて泣いていた。

「ダサぁ〜……。ダサダサね、アンタ」

静かに語りかけるが、返事は無い。

本人いわく空っぽだった心も、今は痛みで満たされていることだろう。

「まぁ、つまりは全てアンタ自身の努力次第って事よ。頑張んなさい、青少年」

それだけ言って、その場を立ち去る。

しばらく歩いた所で、後ろから罵声が聞こえてきた。

「このブス! 殺してやる!」

「………………」

蘭花は振り返り、ニッコリと微笑んだ。

「いつでも来なさい。良かったわね、さっそく生きる目標できたじゃない」

 

 

 

 

 

「……お気の毒に……」

「だからぁ、同情なんてしちゃダメなんだって」

合掌するヴァニラに、蘭花は大仰に手を広げて言った。

もちろんヴァニラにも分かっていた。

カップを手に取り、笑ったのか笑わなかったのか分からないくらいの微笑みを浮かべる。

「気付いてくれると良いですね……その男の人が、蘭花さんの優しさに……」

「別に、優しさってほどのもんじゃないわよ。ちょっとばかし厳しい教育的指導をくれてやっただけ」

男は気付くだろうか。ただムカついたからというわけではない蘭花の制裁の意味に。

気付かないかも知れない。そう言えば、ついこの間も厳しい指導を逆恨みした生徒が先生を刺したという事件があった。

ヴァニラは蘭花の顔を見る。

報復など恐れてもいないようであった。たとえ逆恨みされようと、それをはね返すだけの自信があるのだ。肉体的にも、精神的にも。

蘭花は現在、19歳。19年の時間をかけて、それだけのものを身につけてきたのだ。

ヴァニラは思う。あと5年後、自分が19歳になった時。自分はそれほどのものを身につけているのだろうか、と。

「……今にして思えば」

蘭花はお茶で喉を潤し、ボンヤリと天井を見上げた。

「タクトって、すっごいマトモな奴だったのね〜……」

そんな事を呟く。

「タクトさんは……ご立派な方です……」

「いや、本当はマトモでもないしご立派でもないんだろうけどさ。何て言うか、ちゃんと分かるべき所は分かってるって言うか……私達くらいの歳にありがちな、ニヒリズムに毒されてないのよね、あいつ」

「ニヒリズム、ですか……」

ヴァニラにはその言葉の意味は分からなかったが、話の流れで何となくのニュアンスは掴めた。

恐らく話に出てきた大学生のような、自己完結して思考を停止させてしまった人のことを言うのだろう。

「まだ毒されていないのかも知れませんし……1度毒されて、それを克服なさったのかも知れません……」

思いつきでそんな事を言う。

ヴァニラにしてみれば、本当にただの思いつきだったのだが、蘭花は意外そうに目を瞬かせた。

「あ……そっか。確かにそういう可能性もあるわよね。克服したのかも知れない……」

何事か物思いにふける。

しかし、深く考えるのは性に合わないとでも思ったのだろう、すぐにやめて声を上げた。

「やっぱ男に必要なのはパワーよ。バイタリティ。ちょっとくらい間違っててもいいの、『こっちへ行くぞ、ついてこい!』って引っ張ってくれなきゃ、どうしていいのか分かんなくなっちゃうわ」

それが結論であるらしかった。

「次の定期検閲、いつだっけ」

「まだ……2週間も先です……」

「ったく。かわいい部下を1ヶ月もほったらかして、男2人でどこをほっつき歩いてるんだか」

蘭花は、やつあたり気味な様子でぼやく。

「たまには仕事抜きで、遊びにくらい来なさいよね……」

自分の声に隠しようもなく寂寥が込められている事に、彼女は気が付いているのだろうか。

ヴァニラは少し考え。

「そうですね……」

素直に同意する。

ヴァニラにとっても、それが正直な気持ちであるからに他ならなかった。