「戦場からの距離とは、現実からの距離である」

 

そう言った軍師がいた。

 

「……戦争に負けている時は、特にそうだ」

 

教国の最高評議会に、現実というものは存在していなかった。

 

あの魔人達だけが、現実の中に居た。

 

 

 

Ogre Battle Saga 第6章「反乱軍」より−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皇国軍施設 将校用生活官舎――――

 

 

タクトは大浴場から部屋に戻るところであった。

Tシャツにジャージ。首にはバスタオルをかけ、サンダルをペタペタ鳴らしながら廊下を歩く。

「やっぱ1日の疲れを癒すには風呂だよな。シャワーなんかで済ませるレスターの気が知れない」

本人が居ないことをいいことに、好き勝手な事を言っていたが。

部屋の前まで来て驚いた。入口に、そのレスターが立っていたのだ。まだ入浴は済ませていないらしく、いつもの軍服姿のままだ。

「なんだ、待ってたのか?」

声をかけると、レスターはこちらを振り向いて、無言で手招きをする。

「? どうした」

「見せたい物がある。部屋に入れろ」

見れば、手には何かの書類が入っているらしき大きな茶封筒。

ドアのロックを解除してやると、部屋の主よりも早く室内に滑り込んだ。まっすぐテーブルに駆け寄り、封筒の中身を広げ始める。

「これを見ろ、タクト」

「ちょっと待ってろよ。ドライヤーで髪を乾かしてくる」

タクトは濡れた髪を弄びながら言うが、レスターは取り合わない。

「こっちが先だ。見ろ」

「何を慌ててるんだ。冷蔵庫にビールがあるぞ、お前も1本……」

「いいから見ろ!」

怒ったように声を荒げる。

タクトは肩をすくめると、首にかけていたバスタオルで頭をガシガシやりながらテーブル上に目をやる。

そこには、デジタル画像をプリントアウトしたらしき拡大写真がバラまかれていた。

「………………」

一目見たタクトの表情が、険しいものに変わる。

画像がひどく不鮮明で分かりにくいが、宇宙空間に小さく艦隊の影らしきものが写っていた。

「どこからだ?」

「レナ星系の警戒に当たっているロバート大佐からだ。ついさっき届いたんだ」

「3方(第3方面軍)か。あそこにはイージスがある、捕捉範囲は広いはずだ。他には何も言ってこなかったのか?」

「そのイージスで捕らえた映像なんだ。方面本部では隕石群だろうって事で片付いてるらしい。ロバート大佐は徹底調査を具申したが、却下されたらしい。タイムラグは36時間、画像入手に手間取って申し訳ないとメールが添えてあった」

タクトは真剣な目で、次々と写真をめくる。

「どう思う、タクト」

「待て。ヴァル=ファスク艦の映像データがあったはずだ」

急いでノート型のコンピューターを起動させた。

ディスクを叩き込み、データを呼び出す。わずか数秒のはずの読込を、イライラしながら待った。

やがて映し出される、ヴァル=ファスク艦各種の映像。

2人で映像と写真を交互に見比べる。

「どうだ?」

「……何とも言えないな。写真が遠すぎる、隕石だと結論しても仕方ないかもな」

「だが」

「分かってる」

タクトは大きく息を吐き、椅子の背もたれにもたれた。

「レナ星系……そっちから来るか。敵は思ったよりも慎重だぞ」

「ロバート大佐は独自にでも調査しようかと言ってくれているが、どうする」

「いや、いいよ。これはあくまで仮定の話で、まだ何の確証も無いんだ。オレ達の勝手な想像で、あの人を振り回すわけにも行かない。お礼だけ言っておいてくれ」

「いいのか?」

「あの人も、ようやく大佐まで上り詰めたんだ。将官への道も開けてる。オレ達が足を引っ張るわけには行かないだろ?」

2人の脳裏に、ロバート・ヒュウガの穏和な面影が浮かぶ。

ちとせの父が率いていた、烏丸艦隊の出身者。そのつながりで、軍内でも微妙な立場にあるタクトとレスターに、未だ親身になって協力してくれている。

タクトは立ち上がり、冷蔵庫を開けた。缶ビールを2本取り、1本をレスターに投げてよこす。

レスターは缶を受け取り、それを開けながら言う。

「……だが、タクト。もし『俺達の勝手な想像』ではなかったとしたら」

タクトは苦笑を浮かべた。

ビールを喉に流し込み、顔をしかめる。

「まずい、な」

それはビールのことか、それともこの現状のことか。

レスターも缶を開けて、一口。

「ああ。まずい」

2人してゴクゴクと喉を鳴らし、息をついた。

「……準備した方が、良いのかも知れないな。せめてオレ達だけでも」

独り言のような呟き。レスターは驚いて相手の顔を見やる。

「準備だと? たった2人で何が出来る。このあいだ6方が潰されたばかりの、軍縮繚乱の世の中で」

「まあ待てって。それを今から考えるんだ」

タクトはビールを傾けながら、思案げに言うのだった。

 

 

 

 

 

翌日。

 

白き月 謁見の間――――

 

 

「……ふーん……」

ノアは腕を組み、品定めをするような目で2人を軽く睨み付けた。

タクトとレスター、そしてシャトヤーンを合わせた4人で、謁見台を囲んでいた。謁見台の上には、書類や写真が散らかっている。

「確証は無い。でも近づいてきている『かも知れない』ってわけだ」

「ああ。そして、もし本当に近づいて来ていたなら、非常にマズい」

対峙するレスターは、鋭利な眼差しも剥き出しのまま、うなずく。

ノアは書類の1枚を手に取って見る。

それはレスターが作成した、敵の予想接近経路とその時間見積もりであった。

「そのヴァル=ファスクっぽい謎の艦隊が、もし仮に、本当にレナ星系に居ると仮定するわ。第3方面軍の警戒が及ばない回り道をすると、トランスバール本星まで約3ヶ月。そしてそれを、本星の中央議会のスケジュールと照らし合わせると」

レスターは迷いなくうなずく。

自分の作った資料に、自信のある証拠だ。

「第8次軍縮計画が可決される。親善儀礼が実行される事となり、近衛軍衛星防衛艦隊が武装解除してヴァル=ファスクへ向け出航する。本星は完全に丸裸だ」

偶然にしてはタイミングが良すぎる。

もし相手が、こちらには思いもよらない手段で情報収集をしているのだとしたら、これは千載一遇のチャンスと見るだろう。

ノアは顔をしかめる。

「確かにマズいわね、やられ放題じゃない。だいたい何よ、たった1年で軍縮が第8次まで進むって。シヴァも何やってるんだか」

「世論がそう言ってるからね。マスコミも2言目には非武装平和ってガンガン煽ってる。女皇陛下も無下には出来ないんだろう」

「戦った事も無いくせに。口先だけで好き勝手なこと言う連中なんて、シカトしちゃえば良いのに。マスコミなんて、自分達の発言に責任持つ気なんて無いのよ。面白おかしく、煽るだけ煽るのが仕事だと思ってる連中なんだから」

「シヴァ陛下はお優しいんだよ。それでも無下に出来ないのさ」

「だってこの軍縮ペース、明らかに異常よ。ほとんどヒステリーじゃない。国家のバランスを考えて、時には暴君になる事も必要だと、私は思うんだけどね」

ノアは肩をすくめ、改めて2人を見やる。

「ま、それは置いとくとして。あんた達の頼みってのが」

「ああ」

タクトは肯いた。

まっすぐにノアを見つめ、さっきと同じ言葉を繰り返す。

「ノア、黒の無人艦隊を生産してほしい。いざとなったら、オレとレスターだけでも出撃して戦う」

ノアはわずかに目を細めた。

タクトを無言で睨み―――― ハァ、とため息をつく。

「あんたバカでしょ」

「………………」

「皇国の英雄なんて呼ばれて、調子に乗ってるんじゃないの? 出過ぎた真似よ、身の程を知りなさい」

「ノア」

隣でシャトヤーンが慌てたように口を挟もうとするが、ノアは取り合わない。

「シャトヤーンは黙ってて。……いい? 勘違いしないで。皇国を救ったのは、あんた達でもエンジェル隊でもない。シヴァが政府を取り纏めて、ルフトが軍を完全に掌握して。挙国一致の体制を整えて、国家レベルでヴァル=ファスクに対抗したから勝てたの。あんた達はそのお膳立ての上に乗っかって、ちょっとばかし派手なドンパチやっただけなの。国家間の戦争って視点から見れば、氷山の一角にもならないほどの微々たるものよ。皇国を救ったのは、トランスバール皇国という国家の力よ」

タクトもレスターも黙っている。

怒るでもなく、否定するでもなく、淡々と。

ノアは続ける。

「タクト、あんたが英雄になれた理由はただ1つ。皇国は英雄が必要だったからよ。星間国家で様々な民族、思想、宗教が入り乱れるトランスバールを『打倒ヴァル=ファスク』の旗印のもと1つにまとめるには、何か分かりやすいシンボルが必要だったのよ。別に、あんたじゃなくても良かった。ただ、あんたは皇国軍の象徴たるエルシオールの艦長で、名高いムーンエンジェル隊の司令官だった。何かと象徴的で、あんたを英雄に仕立て上げるのが1番都合が良かったのよ。ただそれだけの話」

シャトヤーンが「そんなことは……」と口を開きかけるが、タクト自身が身振りでそれを抑える。

「こいつだって無論、それくらい分かっている」

レスターが代弁して答える。

するとノアは書類をテーブル上に放り、2人を睨み付けた。

「だったら私の言いたい事も分かるでしょ。シヴァよ。皇国を救うためには、シヴァが動くしかないの。あんた達は軍人でしょ。目の前の敵と戦うしか能のない人間でしょ。それが国家レベルの問題に首つっこんで、自分達だけでも戦う? しかも私に、その準備をしろ? これが英雄気取りでなくて何なのよ。あんた達、私のことバカにしてんの?」

黒き月のノア――――

本人の意志ではなかったとは言え、かつてエオニアを隠れ蓑にして、単身で皇国を滅亡寸前まで追いつめた、巨凶なる者。

その彼女に向かって、2人の頼みは確かに出過ぎたものであった。

しかし。

「それでも、頼む」

タクトは、そう返した。

即座に。はっきりと。

巨凶なる存在を前に、決して目をそらさずに。

「………………」

ノアは黙り込む。

遠慮がちに、シャトヤーンが口を開いた。

「お2人とも……。なぜ、無人艦隊なのですか? なぜエンジェル隊を使おうとはなさらないのですか?」

2人は振り向く。

シャトヤーンは、悲しげな顔をしていた。

「あの子達は、きっとあなた方について来ます。マイヤーズ司令、あなたの命令を、今この時も待っています。……私だって、もし本当に敵が来襲してきたならば、迷いはしません。紋章機の封印を解く事をお約束しましょう。だから」

「なりません」

それにきっぱりと首を横に振ったのは、レスターだった。

「恐れながら、シャトヤーン様。ご自分のおっしゃっている事がどんな結果を招くか、お分かりか。エンジェル隊を解散させ、紋章機を封印するとの決定には、女皇陛下の捺印があるのです。つまりシヴァ陛下ご自身のご意向であるという事です。許可なく紋章機の封印を解いたとあっては、最悪、あなたは我が子と対立することになってしまうのですよ?」

「分かっております」

負けじとシャトヤーンも言い返す。

「しかし、子が過った方向に進もうとしているのならば、それを戒めてやるのが親というものではありませんか。私はあの子の母親です。皇国の守りをないがしろにするなどという愚行は、この身に代えてでも戒めてやらねばならないのです」

それは1人の母親としての、決然たる意思表明であった。

愛している。故に、対峙すると。

一瞬沈黙するレスターに、シャトヤーンはさらに言い募る。

「私だけでなく、エンジェル隊のあの子たちも軍規に背いて出撃したとあっては、ただでは済まないでしょう。しかしあの子たちは、たとえ懲罰を受けてでも、あなた方と共に戦う道を望むはずです。私には分かります。あの子たちは……そう、たとえ私に背いてでも、あなた方の元へ馳せ参じるでしょう。私はそれを止める気はありません。だから……私達を頼ってはくれませんか。私と、あの子達の望みを、叶えてやってはくれませんか」

天使達をも我が子のように思いやる、月の聖母の願い。それを拒否する事は、それだけで、いっそ背信行為とさえ思えてしまうような。

だが、答えは即答だった。

「なりません」

レスターは鉄壁のように、きっぱりと申し出をはねつけたのだった。

「我々が、どうしてそんな道を取れましょう。私とタクトは皇国軍人です。シャトヤーン様を崇め奉り、陛下に忠誠を誓い、天使達と力を合わせて皇国を守るのが、我らの使命です。シャトヤーン様とシヴァ陛下を対立させ、部下であるエンジェル隊を軍法会議にさらす……我々がどうして、そんな道を取れましょう。断じて、なりません」

「クールダラス副司令……」

「お気持ちだけ、ありがたく」

そう言ってレスターは深々と頭を下げる。

彼に続いて、タクトが補足するように続けた。

「シャトヤーン様、オレ達はむしろお願いしたいのです。今回の件、絶対にエンジェル隊のみんなを出撃させないと」

「え……?」

「確かに今の軍縮は異常です。しかし、これは好機でもあるのです。危ないのは今だけ。今を何とか乗り切って、もしこの荒療治が成功したなら。百年かかる平和樹立を、ほんの数年で実現できるかも知れないんです。EDENとトランスバールとヴァル=ファスク。国交の障害となっているのは、ムーンエンジェル隊という、3国の軍事バランスを壊す最強無比の抑止力。彼女たちは、出るべきではないんです。たとえどんな事があっても」

それがタクトとレスター、2人の結論だった。

実際に戦力として使うには、余りに強大になり過ぎたエンジェル隊。

司令官である彼らが、天使達を禁じ手にせざるを得なくなるとは、何とも皮肉な話であった。

「……あんた達、自分の力を過信してると、本当に死ぬわよ」

ノアがボソリと低い声で言う。

タクトは笑った。

「だから、もう頼れるのはノアしか居ないんだ。頼むよ〜」

テーブルに額をつけ、拝み倒しに入る。

ノアは呆れたように息をついた。

「……まあ、まだ何も確証は無いんだし。返事は保留って事にしてやってもいいけどね。もし本当にヤバい様だったら、そん時また改めて考えてあげるって事で」

「おお! さすがノア、頼りにしてるよ!」

「よろしく頼む」

2人はもう確定したかのように喜んで頭を下げる。

「ちょ、ちょっと、保留よ? 考えて、やっぱダメって言うかも知れないんだからね?」

「いや〜、助かったなぁ、レスター」

「まったくだ。これで肩の荷が1つ降りた」

「人の話を聞きなさいよっ!」

大騒ぎを始める3人。

シャトヤーンは複雑な面持ちで、そんな彼らを眺めているのだった。

この2人が、黒の無人艦隊を率いて戦うこととなるかも知れない。

何て皮肉な話だろう。全てが裏目裏目に出ながら、事が進んでいるような気がする。

言いようのない不安が、胸に広がる。

目の前に暗雲が立ちこめているかのようであった。

「さて、それじゃ安心した所で。帰るか、レスター」

「おう」

暗雲などカケラも見えないといった調子で言うタクトの声に、シャトヤーンは我に返った。

「え、もうお帰りになるのですか? あの子達に会って行かれないのですか?」

驚いて尋ねると、2人してバツが悪そうな表情を浮かべる。

「あ〜、もちろんそうしたいんですけど。ちょっと用事がありまして」

「あんた達、こないだもそう言ってさっさと帰ったんだって? ミルフィーユとちとせがガッカリしてたわよ」

ノアが言うと、2人はますます気まずそうにポリポリと頭をかく。

「まあ、その……色々あるのだ。休暇前の準備と言うか、そんな風な事が」

「シャトヤーン様、ノア、俺達がここに来たって事は、皆には内緒にしてもらえると嬉しいんですが……」

何とも情けない風体をさらしながら、そんな事を言う。

とてもさっきまで皇国の趨勢について語っていた人物と同一だとは思えない情けなさっぷりである。

ノアは呆れたように、腰に手を当てて溜め息をついた。

「黙ってるのは別に構わないけどね。あんた達、つまんない事でゴタゴタ引き起こすんじゃないわよ?」

「分かってる。大丈夫、これもミルフィーのためなんだ」

「細部は明かせないが、ある作戦を遂行中なのだ」

なにが作戦なんだか。

ノアは軽い頭痛を覚え、2人に向かって犬でも追い払うように手を振った。

「あー、分かったわよ。行くならさっさと行きなさい」

「ありがとうノア、恩にきるよ」

「シャトヤーン様、では我々はこれで」

「え、ええ……」

そそくさと退場していく2人を、シャトヤーンは呆然として見送る。

「作戦って……何のことだと思いますか? ノア」

「心配すること無いわよ。皇国の存亡から一番縁遠い所にある作戦だから」

キョトンとしているシャトヤーンに、ノアは疲れたように答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなやりとりがあった一方で、2人がどこへ行ったのかといえば――――

 

 

 

 

本星の、とある繁華街でジュエリーショップを訪れていた。

格調高い内装の店内に、きらびやかな指輪やネックレス、宝石たちが所狭しと並んでいる。

はっきり言って、彼らはとても目立っていた。

「タ、タクト……」

レスターは、彼にしては珍しくうろたえた様子で後すざる。

「我慢しろレスター。当然って顔してりゃいいんだ」

タクトは涼しげな顔で答える。

しかしそう言う彼も動揺は隠し切れないと見え、目が落ち着きなく泳いでいる。

周りはいかにも幸せ絶頂といった様子のカップルばかりだ。

そんな中に、野郎同士の2人連れ。

ものすごく目立っていた。

他の客や店員たちが、珍獣でも見るような目でちらちら見ているのが分かる。さらし者だ。

「くっ、なぜ俺がこんな目に……!」

「いや〜、男1人で入るのも気が引けるからと思ったんだが。2人だと、逆に恥ずかしさ倍増だな」

「当たり前だ! この醜態、どうしてくれる!」

「お、落ち着けレスター、争いは何も生み出さないぞっ……!」

店の入り口で、醜い争いを繰り広げる野郎2人。

販売員としての使命感からか、1人の女性店員が、恐る恐る話しかけてきた。

「あの〜、お客様。店内で騒がれるのはご遠慮願いたいのですが……」

レスターはビクリとして、慌てて振り返る。

「ち、違う! 違うぞっ!? 俺たちは断じて怪しい者ではない!」

何のことやら。

絵に描いたような挙動不審。思いっきり怪しかった。

女性店員はチラリとマネージャーを振り返る。

マネージャーの中年男性はうなずき、警報ベルに手を伸ばす。

「だーっ! 違います、オレ達は客です、ごく善良な消費者ですってば!」

「そ、そうだ! ちとせに似合う指輪を求めに来た、商品の展示を要求する!」

ちとせって誰だよ。

店の店員達はみんなそう思ったに違いない。

それにも気付かぬほど、2人は舞い上がっていたのだ。

 

その後、てんやわんやの末に2人はどうにか落ち着き、店内を見て回っていた。

と言っても、他のアクセサリーには目もくれず、指輪のショーケースにかじりついている。

「これなんてどうだ?」

「少し派手だな。もっとシンプルな方が、きっとあいつも気に入る」

エンジェル隊の皆やエルシオールのクルー達が見たら、目を疑うような光景である。

あの、ものぐさ大魔王タクト・マイヤーズと。

鋼鉄の頑固者レスター・クールダラスが。

真剣な表情で、あろうことか指輪の吟味をしているのだ。

あまりに真剣で熱心なその様子に、最初は奇異の目で見ていた周囲の客たちも、いつしか見る目を変えていた。

大切な相手に贈る指輪であれば、あれくらい真剣になるのが当然だ。むしろ見習うべきだ。

2人と張り合うようにして、真剣にショーケースに目をこらすようにすらなっていた。

「シンプルなものでしたら、こちらなどいかがでしょう? アレグ鉱石をEDENの最新研磨技術で磨き上げた、最高純度のモノクーンでございます。飾りではなく、指輪自体の品質のみを追求した逸品でございます」

「ふむ……悪くない。こっちにキープしておいてくれ」

いつしか店員も彼らにつきっきりになり、真剣にアドバイスを授ける。

売る方も買う方も、自分の想いを込める大切な一品を真剣に探し求める。

ここは、そういう場所なのである。

「よし……これだ」

「やっと決まったか。じゃ、次はオレのな」

「ああ。しかしタクトよ、本当に大丈夫なんだろうな? こんな小さな金属の輪をくれてやったところで、あのちとせが気を許してくれるとはとても思えんのだが」

「お前は指輪の魔力を分かってないんだよ。大丈夫、これさえあれば絶対うまくいくって。今やお前は、最強の切り札を手に入れたんだぞ? ちとせだって女の子だ、きっとイチコロさ」

「……魔力って何だ?」

「いいから。さ〜て、ミルフィーに似合いそうなのは、っと」

訝しむレスターを尻目に、タクトは自分の使命を果たさんとショーケースに目をこらすのだった。