「もしも、『今日が最後だ』と分かっていたなら」

 

戦友は尋ねた。

 

「お前は彼女に何と言っていた?」

 

彼は少し考えて、答えた。

 

「またいつか、と」

 

 

 

              −Ogre Battle Saga 第7章「旅路の彼方」より−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわあ、いいお天気。良かったー」

空港を出ると、澄み切った青空が広がっていた。ミルフィーユは歓声を上げる。

「ホント、良い天気ね。これもアタシの、日頃の行いの賜物かしら」

「……てるてる坊主を、たくさん作った甲斐がありました……」

どの顔も開放感に溢れ、明るい。

待ちに待った休暇初日。約束通り、タクト、レスターの2人とエンジェル隊のメンバー達は空港で合流していた。

「絶好のケーキ屋めぐり日和ですわね」

揃ってやる気満々の様子に、タクトはこめかみに脂汗を垂らす。

「みんな、甘いものもほどほどにしとかないと、後が怖いよ?」

「ふふふ、心配ご無用ですわ、タクトさん」

ミントが頬に手など当てて、余裕たっぷりに言う。

「この日に備えて、私達はこの1週間、死ぬ思いをして来たんですの。朝昼夕のロードワークに病院食なみの低カロリー食。間食はもちろん抜きで、飲み物も水かお茶だけという。私なんて、この1週間で3キロも痩せてしまいましたわ」

「私とちとせなんて、その後ランファの特訓を一緒にやってたんだから。ねー、ちとせ?」

「はい。思い出しただけで吐きそうです……」

「……動物達にあげるエサが、とてもおいしそうに見えてしまいました……」

「ふふふ……虎よ。今のアタシ達は、ケーキに飢えた虎なのよ……!」

6人の間で、何やら怪しげなオーラが漂っている。浮かべる微笑みがものすごく不気味だ。

異様な迫力に、タクトとレスターは思わず後すざってしまう。

「な、なんでケーキのためにそこまで」

「分からん。まったくもって女というやつは、どこまで行っても理解に苦しむ」

彼女達をそこまで駆り立てるものは何なのか?

男にとっては永遠の謎であろう。

「さぁみんな、ケーキがアタシ達を呼んでるわ! 早く行って食べてあげなきゃ、これ以上待たせたら可哀想よ!」

「おーっ!」

6人は嬉々として空港を出て、街へ繰り出して行く。

「おーい、何してんだいお2人さん、スポンサーが居なきゃ始まんないだろ!」

フォルテの呼び声に2人は顔を見合わせる。

「と言うか、いつの間に俺達がおごる事になってるんだ……?」

「言うなレスター。考えるだけ空しくなってくる……」

そして諦めにも似た苦笑を浮かべ、後に続くのだった。

 

 

 

 

 

 

ミルフィーユおすすめのケーキ屋の後には、ミントご用達の喫茶店。

蘭花イチオシのシュークリームを味見して、ちとせがとっておきの和菓子屋を紹介する。

「カステラ、とっても美味しかったね〜」

「お口に合って何よりです。あそこは創業300年を越える老舗で」

8人で、連れ立って街を歩く。

空が高い。街路樹の緑が鮮やかだ。

街は多くの人で賑わっている。そよ風が、焼きたてパンの香ばしい匂いを運んでくる。

すれ違う人々は、8人の顔を見て一瞬ギョッとして振り返り、「まさかな」と首を振って通り過ぎて行く。

 

 

―――― 例えば、ミルフィーユとちとせがおしゃべりに興じている。

 

「どっちも好きだけど、やっぱり犬かな? 大っきくて毛がふさふさの犬が飼いたいなー」

「そうですか。私は、三毛猫のオスを飼うのが小さい頃からの夢なんです。三毛猫のオスって、滅多に居ないんですよ」

イヌ派かネコ派か、というお題らしい。

後ろで聞きながら、タクトは想像する。

大きな犬の首に抱きついて、じゃれているミルフィーユ。膝に猫を乗せて、縁側に座っているちとせ。

さもありなん、という感じだった。

「うんうん、ちとせはぜったい猫だと思ってたよ」

「そうですか?」

「だって、ちとせって猫っぽいもん」

「ね、猫っぽい? 先輩、それは一体どういう……」

 

 

―――― 例えば、通りがかったカジュアルショップに思いつきで入り、ヴァニラを着せ替え人形にして遊んでみる。

 

「わ、すごい。意外に似合ってる」

「だろう? 私ゃ前々から、ヴァニラにはサングラスだと思ってたんだよ」

驚きの声を上げる蘭花に、得意げなフォルテ。

「子供がサングラスかけて遊んでるみたいで、カワイイだろ?」

「……誉められてますか? 私……」

小さな顔に不釣合いな、大きいサングラス。

わずかにずれ落ちたそれを直しながら、上目遣いに尋ねるヴァニラ。

 

 

―――― 例えば、カップル2組が話しながら歩いている様を、ミントと蘭花が後ろから観察する。

 

「一口にカップルと申しましても、やっぱり違うものですわね」

「そお? どこらへんが?」

「蘭花さん。恋愛に人一倍うるさい割には、観察力が無さすぎですわよ? 全然違うじゃありませんか」

「むっ……だから、どこらへんがよ」

ミントはタクトとミルフィーユの組を指す。

2人はソフトクリームを手に、笑顔を交わしながら歩いていた。

「よろしいですか? つまり簡単に申しますと、横に並んで歩くのがタクトさんとミルフィーユさんで」

続いてレスターとちとせの組を指す。

レスターが先を歩き、ちとせが後に続く。たまにレスターが振り返って何事かしゃべり、ちとせが笑顔でうなずいている。

「縦に並んで歩くのが、副司令とちとせさんなんです。全然違うでしょう?」

 

 

人は鈍感なものである。

「ああ、いま自分は幸せだ」と感じることは、ほとんど無い。

いつも過ぎ去ってから、後になってから「ああ、あの時のあれが幸せだったんだ」と思うのである。

今、誰か1人でも気付いているのだろうか?

このひとときが、どんなに尊くかけがえのない時間であるかに。

 

 

 

 

「僕達は完全なる平和を、断固追求し続けます!」

 

 

街頭演説の声に、足が止まった。

中学の制服を着た少年が、マイク片手に熱弁を振るっていた。その付近では同級生と思われる少年少女達が、ビラを配っている。

背広姿の若い男も居た。雰囲気からすると、担任の教師だろうか。彼は立ち止まったタクト達を見つけると、近寄ってきて子供らと同じようにビラを差し出してきた。

「どうぞ。この子達の平和研究の決議文です。読んでやってください」

「あ、ああ、どうも」

差し出されるまま、タクトは受け取った。教師はミルフィーユ達にも1枚1枚手渡していく。

タクトはビラにざっと目を通し、わずかに顔をしかめた。

「行こう、みんな」

相手に気取られぬよう、皆を促して速やかにその場を後にする。

中学生達から距離を取ったところで。

「何よこれ」

ビラを読んだ蘭花が、眉をひそめて声を上げた。

あの中学生達が平和研究の成果としてまとめた決議文。

そこにはこんな事が書かれていた。

 

 

『 確かに皇国はヴァル=ファスクを倒し、銀河を平和にしました。

  でも僕たちはこう考えます。戦うのではなく、話し合いで平和にする事はできなかったのか?と。

  争いは、悲しみしか生みません。僕たちの学校にもお父さんが軍人で、ヴァル=ファスクとの戦いでお父さんを亡くしたと

  いう友達がいます。その友達にとっては、この平和も全く平和ではないのです。銀河を守ったという白き月のエンジェル隊も、

  友達のお父さんは守ってくれなかったのです。また、同じ思いをしている子が、ヴァル=ファスクの方にもきっと居ます。戦

  って得た平和など、しょせん偽りの平和でしかないという事です。

  どうして女皇陛下は、争いを話し合いで解決しようとはしなかったのでしょう? 少なくともその努力はすべきだったのに、

  どうして最初から戦ってしまったのでしょう? 力に力で対抗するのは、悲しい事です。僕たちだったら、たとえ相手が力を

  振るってきても、話し合いで解決する事を諦めません。どんなに傷ついても我慢して、平和を訴え続けます。どんな相手だっ

  て、話せばきっと分かってくれると信じているからです。僕たちは大人になっても、この素晴らしい無抵抗平和主義の精神を

  忘れる事なく、いつか本当の平和、完全な平和――――パーフェクトピースを達成すると決意しました           』

 

 

以下、具体的な提案と言って武器の完全放棄だとかヴァル=ファスクとのスポーツ交流だとかいう事が書いてある。

「なんと、まあ」

フォルテは苦笑を浮かべた。

「かわいい決議文じゃないか」

蘭花は複雑な顔で、不満げに言う。

「何て言うか、いかにも子供が考える正義、って感じ」

気に入らないが、中学生相手にムキになるのもどうか、とでも考えているような表情である。

「あのゲルンと話し合いですか。あの時、あの場所に居合わせなかったからでしょうけど……ちょっと無責任な発言ですわね」

「……少々、理想が過ぎるのではないかと思います……」

ミントやヴァニラも、口々に言う。 

実際にはそう年の離れていない世代の主張である。ヴァニラに至っては、年上の世代ですらある。

しかし経験してきたものの差か、おのおの、その顔は少し大人びて見えた。

「なんだか私達、悪者みたいに書かれてます」

「まあまあミルフィー先輩、子供の言う事ですから」

不満げなミルフィーユを、ちとせがなだめている。

「気に入らんな」

1人、嫌悪も露わに言ったのはレスターだった。

タクトが笑って、

「お前も子供の言う事にムキになるなって。大人げ無いぞ」

と言うが、彼は首を横に振る。

「子供の言う事? バカを言え。これには、れっきとした大人の入れ知恵が混じっている。よく見ろ」

タクトの前にビラをつきつけ、『パーフェクトピース』という単語を指差す。

タクトはうなずいた。

「……ユートピア解放平和党のキャッチコピーだな。それはオレも気が付いたよ。あの子達がたまたま知ってて、ちょっと難しい言葉を使いたかったのか、そうでなければ」

「教師どもが原案を書いて、子供はそれを読んでいるだけ、という事だ」

レスターは今逃げてきた道の先を見やり、忌々しげに吐き捨てる。

「もしそうなら、さっきのあれは、ユートピア解放平和党を支持している教師が自分の教え子を使って政治活動をしているという事だ。気

に入らん。そもそも教師が、白紙状態の子供に偏った政治思想を植え付けるなど、言語道断だ」

「確かにそれは言えるね」

フォルテが賛同する。

「1番の問題は、あの子達が『自分は正しい事をしている』と信じ込んじまってるって事だ。パーフェクトピースだって、悪いとは言わないよ。だけど、あくまで思想の1つに過ぎないんだ。それを唯一、絶対至上の正義だと思っちゃいけないんだ」

ミントが後に続く。

「ですけど……残念ながらあの子達は、まんまとそう思っていることでしょうね。学校の先生が提案して、クラスのみんなでやっている事に、個人が疑問を感じるのは難しいと思いますわ」

ちとせもうなずいた。

「なるほど。そう考えると、あの先生は教師にあるまじき行為を働いていることになりますね」

「未熟な大人だ。あんな奴に教員免許を渡す委員会の気が知れん」

一同がうなずき合っている、その時だった。

「……そうでしょうか……?」

か細い、だがはっきりとした疑問の声が上がった。

ヴァニラだった。

「私は……そうは思いません……」

思いがけない人物からの反論に、全員が彼女に注目する。

「ヴァニラ。お前はパーフェクトピースとやらの支持者なのか?」

「いえ……特には。あの先生が誤っているという皆さんのご意見には賛成です。ただ……皆さんのお話を聞いていると、まるであの先生だけが悪いかのように聞こえます……」

「それはそうだろう。あの子供達は、まだ中学生なのだ。教師や大人が正しく導いてやらぬ事には」

「それです」

レスターの言葉を遮っての、鋭い指摘。

「大人が悪い。子供に責任は無い……私はそこに、疑問を感じます……」

彼女は、同世代の子供たちが活動している様を遠くに眺めながら言った。

「大人が何と言おうと、結局は自分自身の主義主張を持たないあの子達自身が悪いのだと思います……。副司令は『まだ中学生』とおっしゃいましたが、『もう中学生』です。もう、分別のつかない子供というわけでもありません……」

その横顔に、タクトは思わず息を呑んだ。

「……子供であるという事は、免罪符にはならない……。私は、そう思います……」

彼女は。

この、ヴァニラ・H(アッシュ)という少女は。

本当に若干14歳の少女なのだろうか?

そう思わずにはいられない凛々しさがあった。

おそらく彼女にとっては、ごく当然な事なのだろう。しかし同じ14歳でも、あの中学生達とは精神年齢がまるで違う。

ヴァニラの経歴は不明である。データには載っていないし、彼女自身、話そうともしない。

だが、決して恵まれた幼少時代ではなかった事だけは分かっている。ましてつい最近まで、戦場の最前線に立っていた身だ。

若干14歳にして、すでに人生経験の差は歴然としていた。

「ヴァニラ、自分を基準に考えない方がいい。君が余りにも、しっかりし過ぎているんだよ。君と同年代の子はね、まだまだあんなものなのさ。下手をすれば、君はオレやレスターくらいの大人よりも大人びているくらいだ」

タクトは苦笑してそう言うしかなかった。

ヴァニラは目を見開く。驚いたらしい。

「まさか」

「いや、今のご時世、有り得ない事でもないよ。なあレスター?」

レスターもあっさりと同意してうなずく。

ビラを丸めてポケットに突っ込みながら。

「かもな。『殺してみたかったから』という理由で殺人を犯す者や、自分好みの女に育てようと幼女を誘拐するような大人がはびこっている時代だからな。……同世代として、恥ずかしい限りだが」

未熟な大人がいる反面、成熟した子供がいる。

一体いつから、こんないびつな社会が出来上がってしまったのだろう?

「う〜、みんな難しい話してる?」

「やめましょうよぉ、せっかくの外出なのに」

約2名の間から、不満の声が上がった。

ミルフィーユと蘭花だった。残りの面々は苦笑する。

この2人については、単に話について行けなかったのが真相だろうが、それでも言っている事は極めて正しかった。

「そうだね、ごめん。じゃあこの話はこれでお終い!」

「ですわね。さあケーキ屋めぐりの続きと参りましょうか」

「まだ食う気か? お前ら」

呆れた様子で言うレスターに、ちとせが敏感に反応する。

「あの、副司令。もしかしてお金が……?」

「だから違う! どうしてお前は、発想がそう貧乏性なんだ!」

「おやおや。せっかくちとせが庇ってくれてるのに、バチ当たりな彼氏だねぇ」

「……財政難……」

 

気を取り直して、ケーキ屋めぐりを再開する。

時刻は午後2時半。

楽しい休日は、まだまだこれからだった。