憎しみに染まることができたら、楽であったろう。
それでもこの道を、堪え忍び歩いてきたから。
使命を自覚せよ。
使命とは、命を使うことである。
−Ogre Battle Saga 第10章「この心無き世界」より−
それは自分を虐げてきた者が破滅するのを見る時のような、暗い悦びであり。
また、己の心臓が前触れも無くとつぜん爆ぜたかのような、熱い衝撃であった。
「ナンセンスですね」
ブラマンシュ商会からの使者、ヴィンセントはそう言った。
「会長のご意志が、私には理解できませんね。今のあなた方に協力したところで、メリットは何も無い。ナンセンスだ」
皮肉たっぷりに言い放ち、チラリと様子を目の前の2人の様子をうかがう。
タクトとレスターは、完全にヴィンセントを無視していた。
いや、彼の言葉が聞こえていないと言う方が正しいだろう。2人の目は、彼が持参してきた写真に釘付けになっていた。
見忘れるはずも無い、独特のシルエット。
禍々しい、紫紺の船体。
「ヴァル=ファスク艦だ……この型は、スパード級巡洋艦か」
写真には、他にもクロノドライブ突入時の光点がいくつも見受けられた。この写真に映っているだけでも、10以上は見受けられる。
2人は慌ただしく動き始めた。
引き出しを開け、本棚を漁り、ファイルをぶちまける。
これまで2人で地道に集めてきた資料だ。レスターが必死の形相で、それらを漁る。
一方タクトは床に大きな航宙図を広げ、ペンを握りしめる。
「レスター、メリダの観測所からの報告があったろ、出せ!」
「ちょっと待て……ほら」
「ここで方位DE18のOM36にクロノドライブしたんだ。そしてどこまで……?」
「タクト、この記事を見てみろ。2ヶ月前にこの宙域で輸送船が襲撃を受けている。これじゃないか?」
「何? かせっ……くそ、間違いない。ここで物資が足りなくなったんだ」
「ここで調達してから、次はロバート大佐の報告にあったレナ星系か」
書類申請して取り寄せたもの。個人的なつてで入手したもの。新聞の切り抜き。
さまざまな資料を照会し、座標を読み取る。
ヴィンセントは彼らが慌てふためく様を、達観したように悠然と眺めていた。
シャッ
やがてタクトは、赤ペンで図上に1本の線を引いた。
モノクロの図上で、奇妙に映える緋色の線。
まるで、血の路のような。
「やっと繋がった……やっと分かったぞ。これが奴らの進路だ。そして、ブラマンシュ会長の写真が撮影されたのはYH53のAS76」
タクトは針を手に取った。
それを線上の、ある1点に突き立てる。
カッ
「ここだ。奴らは今、ここに居る!」
それは、これまで幽霊のように掴み所の無かった敵の姿が、初めて実像を結んだ瞬間であった。
針の突き立った位置。そこはトランスバール本星まで残りわずかの地点だった。時間にして、およそ1ヶ月余り――――
。
レスターが顔を強ばらせた。
「まずい……まずいぞタクト! もはや一刻の猶予もならん!」
ヴィンセントは肩をすくめた。
「軍人とは因果な商売ですね。そんなに必死になって手柄を立てたところで、給料が上がるわけでも無いでしょうに」
「仕事だからってわけじゃないですよ」
タクトは顔を上げて言った。
「そこに危機が迫っていて、みんなそれを知らない。だけど、オレは知っている。人として、自分が為すべき事を為しているんです」
「生き甲斐、というやつですか」
「あなただって、ご自分の大切な人が危機に陥っていると分かれば、何とかしてあげようと思うでしょう?」
「分かりませんね。あいにく、そういった状況を経験したことが無いもので」
レスターが苦笑をもらす。
「そうですか。それもあなたの人生です。それでも、あなたがもたらしてくれた情報は、俺達にとって至上の価値あるものでした。礼を述べさせて頂きます。ありがとう」
「会長の命令で来ただけです、礼など言われる筋合いはありません。まったく、本当にメリットの無い仕事でしたよ。では、これで。私には、このあと取引が2つもありましてね」
出されたコーヒーに手を付けることも無く、ヴィンセントは立ち上がる。
ドアの方へ歩いて行って―――― 立ち止まった。
「ああ、そうそう。忘れていました」
2人のもとへ戻ってきて、懐から小切手を取り出す。
「社会人のマナーとして、寸志くらいは出しておきます」
「どうも」
あくまで嫌味な態度を崩さないヴィンセントに苦笑しながら、タクトは受け取る。
何気なくその小切手に目を落とし―――― 。
そこに記入された金額に、驚愕した。
「10億……っ!?」
「ええ。私の全財産です。なにかとご入り用でしょう?」
いともあっさりと、ヴィンセントはうなずいた。
「なぜオレ達に」
尋ねるタクトに、彼はあらぬ方向を見やりながら言う。
「……私はね。募金ってやつが大嫌いなんですよ。ほら、駅前の募金箱に、善人面してコインを入れる連中が居るじゃないですか。私は、ああいった連中が大嫌いなんですよ」
「………………」
「100ギャラ、500ギャラの金が何になると言うんですか。自分の懐が痛まない程度の金を出して、それで自分は善人になった気で居る。虫唾が走りますね。偽善にまみれた端金など、私だったら願い下げです」
「でも、だからと言って全財産とは」
「マイヤーズ大佐、これが『協力』というものですよ。協力とは、力を合わせること。いったん誰かに『協力』すると決めたからには、私は妥協しません。私の中で最も大きな力。他人に貸すのに恥ずかしくない力……それは私の場合、金の力だという事です」
あくまでも、淡々と。
理路整然と、そう語る。
レスターは微笑んだ。
「俺達に投資しても、メリットはありませんよ?」
「ありますとも」
そこでヴィンセントは、初めて2人と目を合わせるのだった。
陰険で、それでいて自信に満ちあふれた笑み。
「私の美学が守られます」
功利主義者の善意。
大いなる矛盾にして、この上なく純粋なる二律背反。
それは清も濁もあわせ呑み、その上に成立する現実的な正義だった。
金の亡者と後ろ指を差される男は、しかし今、誇り高く笑っていた。
/
2人はラークに会いに行った。スペースボール部のチームメイトであった、情報部のあのラークだ。
「手柄を立てさせてやるぞ」
そう言って、徹夜でまとめた資料の束をそっくり手渡す。
目を通したラークは、顔を青ざめさせた。
「緊急事態だ。もはや一刻の猶予もならん。お前が調べたという事でいい、正式な手続きを踏んで、これを上層部へ報告してくれ」
「何だよ……。何だよこれ」
「見ての通り、ヴァル=ファスクの艦隊だ。おそらくトランスバールとの和平を好まぬ過激な連中の暴走だろう。こいつらが今、この本星めがけて突っ込んで来ている。中央へ報告して軍の再編を提案したいが、あいにく俺達は現場の人間だ。この資料をお前にやる、お前の手柄という事でいいから、即刻これを上層部へ」
だが、ラークは首を横に振る。
「証拠は」
「なに?」
「この情報が正しいっていう証拠は。お前ら、この艦隊を直に見て確かめたのか? トランスバールに攻めてくるつもりだって、こいつらの宣戦布告を聞いてきたのか?」
「……はぁ?」
2人は呆気に取られた。
この男は何を言っているのだ?
「見てないんだな? そ、それじゃダメだな。確実でない情報を、上に報告するわけには行かないなぁ。うん、ダメだダメだ……」
そして、気付く。
ラークは怯えきった目をしていた。
資料を見ながら、しかし何も見てはいない。
「ま、まったく、何も分かっていないんだなぁ、お前らは。現場の人間は気楽で良いよなぁ。情報の裏付けには万全を期さなきゃ、無用の混乱を招くだけじゃないか。なんで俺が、そんな不確かな事で危ない橋を……」
そこに書かれている事を、理解しようとしていない。
こんなものは間違いだ。こんな事があるはずない。
敵なんて居ないと、そう思い込みたがっている。
「お前……何言ってるんだ!? 条約も結んでいない国の艦が、事前の承諾も無しに皇国の領空に侵入してるんだぞ!? こいつらが今、この地点に居るんだ。ブラマンシュの総帥が直々に送ってくれた写真だぞ!」
これが情報部の人間か。
皇国軍の目となり、危険をいち早く察知すべき情報部の人間か、これが。
2人は激昂してラークに詰め寄るが、ラークは取り合わない。
「わ、分からないぞ。悪戯かも知れないじゃないか」
「ブラマンシュの総帥が、こんなつまらん悪戯をするか! お前どうかしてるぞ!」
「きっと魔が差したんだよ。ははは、ブラマンシュ会長もお茶目な事するじゃないか。こんな冗談を真に受けるなんて、お前らもガキだなあ。ちょっとは大人になれよ、ははは……」
笑っている。
まるで狂気の沙汰だった。
現実と、自分の願望との境界線を、完全に見失っている。
タクトとレスターは呆然としてしまう。
トゥルルルル
ラークの携帯が鳴った。
着信を見た彼は顔色を変え、慌てて取る。
「はい、もしもし……ああ所長! はい、はい、その件に関しましては至急取りかかっている所でして……ひぃっ! すみません、すみません!」
電話で話しながら、ペコペコしている。
2人は最早、言葉も無かった。
あまりにも変わり果てた、かつての友を自失の思いで眺める。
なんと、卑屈な。
なんと、哀れな。
心の中で、何かが音を立てて崩れて行った。
「………………」
「………………」
2人は席を立つ。
まだ何事かペコペコし、電話の向こうの上司に媚びへつらっているラークを後に残し、無言で部屋を出て行った。
/
その後、情報部の知り合い数人に接触を試みたが、結果は同じだった。
「本当に確かなのか」
「俺の立場じゃ、そんな話はちょっと……」
どいつもこいつも、同じ事しか言わない。
話の大きさに恐れをなし、責任を背負うのが恐くて、タクトとレスターの情報を頭ごなしに否定しにかかる。
情報部は機能していない。
2人はそう判断した。
書類整理をして、ただ印鑑を押す。そんな日常の事務作業に慣れきり、万が一の事態に備えるという第一義を完全に忘れてしまっている。
やむを得ず、2人は正式でない手段を取るしか無かった。
「越権行為だ、処罰ものだぞ!」
怒鳴られるだろうとは思っていたが、やっぱり怒鳴られた。
次に話を持ちかけた相手は、現場の直属の上官だった。
「そういう事は情報部の仕事だ。他人の畑を荒らして、軍が機能すると思うのか! マイヤーズ大佐、クールダラス中佐、もう1度士官学校からやり直して来い!」
そんな事は、あんたに言われなくても分かっている。それが駄目だから、こっちに来たのではないか。
そう言い返してやりたくなるのをグッと堪え、静かに意見を具申する。
「それは承知しております。当然、試みもしました。しかし少将、情報部は機能しておりません。事は急を要しております、もはや正式な手続きをしている余裕はありません。どうか少将の権限で、出動準備命令を出してください。まずは出来うる限りの迎撃態勢を整え、その後に追認の申請を出せば、違反にもなりますまい」
2人の上官である少将は、顔を引きつらせた。
「出動準備命令だと? それはいかん」
「なぜです? 軍法規にも正式に認められている権限ではありませんか」
「前例が無い。わ、私の一存で、そんな勝手な事をするわけには行かない」
タクトとレスターは一瞬、互いに顔を見合わせた。
またか。
そんな思いが胸に去来する。
前例が無いから発令しないのであれば、いつまで経っても前例が無いままではないか。
それでは何のための権限だ。分厚い法規類集の、単なる1ページか。
「情報部をないがしろにした上に、勝手に出動準備命令を出したとあっては、方面総監殿にどれほどご迷惑をおかけしてしまうか……」
それが本音か。
上の者の顔色ばかり伺って、ビクビクしやがって。
そう言えばこの男、上司の接待のために最近ゴルフを始めたとか。
「とにかく! お前達のやっている事は越権行為である。本来ならば謹慎処分にしても良いのだが、なにせ『皇国の英雄』だからな。周りの目もあろう。見逃してやる、だからさっさと出て行け! 馬鹿者どもが!」
皇国の有事よりも、1士官の越権行為に目くじらを立てる方が大事なのか、あんたは。
上には媚び、下には怒鳴りつけるばかりの、無能な上官。こいつに話を持ちかけた自分達が馬鹿だった。
2人はもう何も言わず、頭を下げて部屋を出て行くのだった。
/
タイムリミットまで、3週間を切った。
2人は頼るあてを探して、足を棒にして駆けずり回った。
タクトの部屋で、軍の名簿や士官学校の卒業アルバムを広げて探す。
「こいつはダメ、こいつもダメ、こいつは軍楽隊だから意味がない……」
「レスター、いっそのこと新聞社に駆け込むってのはどうだ?」
「たちの悪いデマ扱いされて、終わりだろうな。それに民間はダメだ、軍の規則に反する。懲戒免職にでもなったら、今以上に何も出来なくなるぞ」
「くそっ! どうすりゃいいんだよ!」
タクトはペンを放り投げ、天井を仰いだ。
ここまで、ままならないものだとは。
「うるさいぞタクト。ヤケを起こす暇があるなら考えろ」
レスターは名簿をめくりながら、冷静に言う。
「ちぇっ。お前こそ、よくそんな平然としていられるな。ロボットじゃあるまいし」
やっかみ半分にぼやくタクトだが、レスターは取り合わない。
「こういう時こそ平常心だ。明鏡止水の境地だ」
「……お前、ちとせに思いっきり影響されてるのな」
「何をバカな。俺は俺だ」
「しかも無自覚ときた。重症だな」
「わけの分からん事を。いいから考えろ」
怒られて、タクトはようやく口をつぐむ。
天井の模様を眺めていると、いつかノアに言われた言葉が蘇ってきた。
『皇国の英雄なんて呼ばれて、調子に乗ってるんじゃない? 身の程を知りなさい』
……そうかも知れない。
自覚は無かったが、自惚れていたのかも知れない。自分には何だって出来るんだと。
だが実際はこのザマだ。ご大層なのは名前だけ。その実、何の力もありはしない。
「シャトヤーン様に相談……もダメだな」
「ああ。ただでさえ、今は月の聖母の立場は微妙だ。余計な波風を立てるわけには行かない」
EDENが開発した兵器工場であった事が判明して以来、シャトヤーンの立場は微妙である。地上の人々が信仰を裏切られたような錯覚に陥り、混乱しているのだ。今は余計な難事を持ち込むべきではないだろう。
「やっぱり、ノアしか居ないか」
タクトの言葉にレスターは顔を上げた。
「無人艦隊の生産を頼むのか」
「そっちの準備も、もう始めなきゃいけないだろ。無人艦隊の生産がどんなものか知らないけど、頼むならいいかげん頼まないと」
「そうだな」
レスターは息を吐く。
本人いわく明鏡止水であるらしきその目に、当然ながら怯えの色は無い。いつものように、淡々と戦闘の見積もりを立て始める。
「ノアはどれくらい生産できるんだろうか?」
「さあ」
「ヴァル=ファスクの艦は優れている。対してこちらの無人艦は、自動制御だから単調で融通が効かん。最低でも1:2くらいの数的優位が欲しい」
「ノア次第、だよ」
苦笑しながら頭をかくレスター。タクトも同じ顔で笑う。
「今度ばかりは、覚悟せねばならんかもな」
「なあに、今までだって何度も危ない橋、渡ってきたじゃないか」
「そうだな。で、ノアに頼むとして俺達はどうする。3週間、ただボンヤリしているだけか?」
「どうしようか。打てる手があれば、なるべく打っておきたいんだけど……」
沈黙が降りる。
何も思いつかない。
心当たりは当たり尽くした。もう頼れるアテなど……。
「ちょっと休憩するか」
珍しく、レスターがそう提案した。タクトは苦笑してうなずく。
「名案だ。待ってろ、コーヒーでも用意する」
レスターを残して席を立ち、キッチンに入る。カップを2つ出し、コーヒーメーカーに残っていたコーヒーを注ぐ。ミルクと砂糖を用意して――――
ふと、思う。
「あれ……そういやこのコーヒー、いつ淹れたんだっけ」
試しに少し味見する。香りの悪い、煮詰まった味がした。
「まあいいか」
煮詰まったコーヒー。行き詰まっているオレ達にはピッタリじゃないか。
ちょっとストイックな気分に浸りながら、タクトはそのままリビングへと運んだ。
テレビがついていた。何かのドラマをやっており、レスターはそれを見ている。
「ほら、レスター」
「おう、すまん」
画面がら目をそらさずに受け取り、口へ運ぶ。
ズズ……。
煮詰まったコーヒーを平然とすすっている。あまりうるさいクチじゃないらしい。
『誰も信じられるもんか、1人で居た方がマシだ! 俺は1人で生きていくんだ! ずっと1人で……!』
『違う! お前は1人じゃない、俺達は仲間じゃないか!』
中学生くらいの少年達が言い争っている。
おそらく、感動的なシーンなのだろう。制作者の意図としては。
「くだらん」
レスターは一言で切って捨てた。
「まあそう言うなよ。確かに青くささ全開だけどさ」
「そうじゃない。こいつは根本的に勘違いしている」
1人で生きるんだと言い張っている少年を指して言う。
「1人で居た方がマシ? 当たり前だ。今の世の中、1人で生きてる方が楽なんだからな。楽な道を選んでおいて、それで何を悲劇ぶってるのか分からん。こいつは勘違いしている。1人で生きられるから偉いのではない、1人でしか生きられんような奴はただのクズだ」
「容赦ないな、お前」
タクトは呆れをないまぜにした顔で苦笑する。
厳しい事を、さも当然のように平然と口にする。おそらく本人は、それが普通の感覚なのだろう。
自分に厳しく、他人にも厳しい。ちとせはよく、こんな男について来れるものだ。
「レスター、ちとせを大事にしろよ。そうしないとお前、ぜったい一生独身だ」
「? なぜそうなる」
「いいから。そうだ、指輪は渡したのか?」
「……いや、まだだ。渡す機会が無くてな……」
「決定。おまえ独身コースな」
「だから、なぜそうなる」
笑うタクトに憮然とするレスター。
ほんの少しだけ、張りつめた空気が和らいだ気がした。
「なあレスター。ちょっと考えたんだけどさ」
「何だ。言ってみろ」
「仮に、オレ達2人だけで戦ったとする。そしたら軍のお偉は誉めてくれるかな」
レスターは首を横に振る。
「ありえんな。独断専行で本星の間近で戦闘を行うのだ、処罰こそあれ、誉められる事など無い。良くて懲戒免職、悪くて刑務所行きという所だろうな」
「そうだよな。つまり、オレ達はどうしたってクビなわけだ。だったらさ……ちょっとくらい無茶してもいいんじゃないか?」
何やら不穏なタクトの物言いに、レスターは振り返る。
「何をするんだ?」
「シヴァ陛下に直訴するのさ。どう考えても、オレ達の報告は陛下まで届いていない。間でどっかのバカが止めてるんだ。どうだ? オレとお前で王宮に殴り込み、ってのは」
タクトの目には爛々とした光があった。
こいつはいつもそうだったな……レスターは思う。
常人が思いもよらないような事を言い出す時、こいつはいつもこんな目をしていた。まるで、悪戯を思いついた子供のような。
普段なら、自分は止めただろう。
「真面目に考えろ」などと言って、歯牙にもかけなかったに違いない。
しかし今、レスターは自分自身も少々くだらない気分になっている事を自覚していた。
行き詰まったこの状況。タクトの提案は、とても魅力的に感じた。
「……悪くないな」
俺も重症だな。
諦めにも似た思いで、レスターは苦笑と共にうなずく。
「バカな高級官僚どもを蹴散らして、この資料を女皇陛下の前に叩きつける。さぞ爽快だろうな」
「だろう? ダメで元々。やってやろうぜ!」
悪党のような笑みを浮かべて、タクトは宣言する。
レスターも力強くうなずく。どうせやるなら派手に行こう、せこい小悪党など願い下げだ。
「河内の悪党、ここにあり……か」
「ん? 何だそれ」
「何でもない。さて、それでは討ち入りの前に、ノアに談判しに行くとするか」
いちばん大切な事だけを考えよう。
皇国を守る事だけを。
悪党上等。ブタ箱暮らしも住めば都だ。
決して明るくはない未来。
しかし2人は、一片の翳りもなく笑っていた―――― 。