その気になれば、魔王ともなり得た。

 

しかし彼等は人を守る道を選んだ。

 

その決断をした時点で。

 

彼等はすでに、1度世界を救っていたのだ。

 

 

 

Ogre Battle Saga 第12章「決裂」より−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― 王宮へと赴く前に病院を訪れたのは、2人なりの挨拶のつもりであった。

 

自分達に目をかけ、育ててくれた恩師。

にも関わらず、彼の意志を継ぐことなく、軍を去ることとなるかも知れない。

先立つ不幸をお許し下さい、というわけではないが。

せめて顔を見せておこうと思ったのだ。

 

 

「……そうか」

恩師は怒るでも嘆くでもなく、淡々とうなずいた。

「他に手は無いのか、とは問うまい。お前達のことじゃ、ありとあらゆる手を尽くしたのじゃろう」

「自分達が未熟なために、良い案に思い至らなかっただけかも知れませんが」

レスターは謙遜して言う。

ルフトは首を横に振る。2人が持参した資料をポンと叩いて。

「タクト、レスターよ。よくぞやってくれた。たった2人で、よくぞここまで調べ上げてくれた」

2人の手を取って言った。

「これを女皇陛下のもとへ届けよう。直接ご覧いただければ、陛下も必ずや動いて下さるはずだ」

「ええ。これからレスターと2人で行ってきます。せいぜい暴れて見せますよ」

「陛下のもとまで辿り着ける事は叶わないかも知れませんが……それでも陛下が外の騒ぎに気付いてくれれば、あるいは」

そこでルフトは、ニヤリとして言った。

「なあに、ワシも行こう。現職の宰相が連れてきたとなれば、誰もお前達に指一本触れられんじゃろうて」

2人は驚きに目を見張る。

同行など無茶な。半年もベッドで寝たきりの老人が。

そう思い、止めに入る。

「先生。そんな体で何を無茶な」

「お前達がここまで頑張ってくれたのだ。この老骨、今こそ役立てずして何としようか」

「お気持ちはありがたいです。しかし人間、出来る事と出来ない事があります」

「そうじゃな。しかし、これは『出来る事』じゃ」

2人の心配などどこ吹く風といった調子で、カラカラと笑いながらベッドから立ち上がろうとする。

見るからに弱々しい、緩慢な動作。

見かねたタクトは、せめて肩をかそうと彼に近づいた。

「………………」

睨まれた。とても病床の老人とは思えぬ、刺すような眼光がタクトを貫いた。

タクトはテレパスではないが、その瞬間、彼の心の声をハッキリと聞いたような気がした。

 

―――― 触るな。

 

貴様のごとき青二才の小僧が、ワシに触るな。

次の瞬間には、ルフトは温和な笑みを浮かべて言う。

「年もいっとるからの。少々ガタは来とるが……なぁに、ワシの体は若い頃から鍛え抜いてある。大丈夫じゃ」

そして、緩慢ながらも自らの足でしっかりと立ってみせるではないか。

タクトとレスターは言葉もない。2人の表情に、ルフトはしてやったりとばかりに、少しだけ得意げに言う。

「確かに人間には限界がある。しかしワシの経験上、その限界というものは自分が思うよりも、ずっと高い所にあるものじゃ。ちょいと無茶するぐらいが丁度良いのじゃよ、人間というものはな」

それは、誇りだった。年老いてもなお、彼は気高き武神であった。

「先生……」

これが、師か。

ルフトは颯爽と歩き出す。タクトとレスターはその背中を見つめながら、後に続く。

時代は変わった。年老いた武神から、若き英雄へと世代は交代した―――― 軍内部では、一部でそう囁かれる事もあるという。

確かに今戦えば、自分達はこの人に勝てるかも知れない。

多くの戦略の知識を蓄えた。経験もそれなりに積んだ。体力等に至っては、比べるまでもなく圧勝であろう。データ的に見れば、負ける要素が見当たらない。

でも、なぜだろう?

勝てる気がしない。どうしても、この人の前を歩けない。

 

さも当然のように、ルフトは2人を従え。

さも当然のように、2人はルフトについて歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

王宮は騒然とした空気に包まれていた。

赤絨毯の敷かれた廊下を、3人の男達が進んでいた。

その姿を見たお茶汲みの女性が、小さく悲鳴を上げて手近な部屋に身を隠す。

角から出てきた官僚が、顔を青ざめさせ、慌てて引き返す。

対面から歩いてきた大臣さえ、驚いて廊下の端に寄り、道を空ける。

八方から畏怖の視線を浴びながら、3人は悠然と進んでいた。

「ル、ルフト宰相だ」

「タクト・マイヤーズ……」

「独眼竜まで居るぞ……」

ささやき合う声が聞こえる。

彼らにとって、3人は皇国未曾有の危機に立ち向かった、生きた伝説である。

虎が歩くのに道を譲らぬ兎など、居るわけがない。

ひとりでに分かれて行く人垣の中央を歩き、やがて3人は謁見の間にたどり着く。

報告を受けて飛んできたのか、側近たちが息を切らして扉の前に立ち塞がっていた。

「ルフト将軍。病院にて静養中のはずでは」

「急遽、陛下のお耳に入れたい事案が発生した。国家的緊急事態である。道を空けよ」

「な、何も御自らがお越しになることは。使いの者を走らせれば宜しかろうに」

ギロリ、とルフトは発言した側近を睨んだ。

「たわけが! 使いなど何度も出したわ、しかるに貴君らは彼らの注進を一向に取り上げようとはせぬではないか! だからワシが病身を押して、こうして出向いてきたのだ。これ以上、まだ邪魔立てするか! 道を空けよ、もはや事態は一刻を争うところまで来ておるのだっ!!」

一喝。

側近たちは「ひいっ」と悲鳴を上げ、反射的に扉の前から身をどけていた。

ルフトはタクトとレスターを引き連れ、先に進もうとする。

「お、お待ち下さい!」

側近の1人が、慌ててルフトに取りすがった。

「陛下はまだ身支度を整えておられる最中です! なにとぞ、なにとぞこの場でお待ち下さい! もとより約束も無しのご来訪、このまま踏み込まれたのでは陛下に対する無礼となりましょう!」

「ええい触るな、この痴れ者がぁ!」

ルフトは乱暴にその者を振り払う。

「無礼は承知の上じゃ! 貴様らのような下衆には分からんじゃろう。これは我が首をかけても陛下にお伝えせねばならぬ事なのじゃ! 不敬と罵れば良い、処罰にてワシを弾劾すれば良い! しかし今、我が歩みを止める事はできぬ。止めたければ命がけで止めてみよ!」

先ほどよりも更に激しい、落雷のような怒声であった。

今度こそ側近達は怯えきり、身を震えさせる。所詮は小細工ばかりを弄して現在の地位に上り詰めた、小賢しい性根の者ばかりである。怒れる武神の前に立ち塞がり、これ以上の逆鱗に敢えて触れようという者など一人も居なかった。

 

 

扉が開かれる。

急に目の前に広がる、広大な空間。

荘厳な彫刻を施された柱に、調度品の数々。

真っ直ぐに伸びる赤絨毯。

その先にある、玉座――――。

「陛下!」

3人は同時に叫んでいた。

謁見の間に、一際高く設けられた玉座。

そこに彼らが親愛と忠義を誓った女皇の姿があった。

身支度の最中など、やはりあの側近のでまかせだったのだ。シヴァはすでに皇帝の法衣を身にまとい、そこに鎮座していた。

タクトとレスターにとっては、半年以上ぶりになる再会であった。懐かしさに顔をほころばせかけて。

「………………」

「………………」

「………………」

そのまま、口をつぐんでしまった。

シヴァは俯いて、彼らから目をそらしていた。

弱々しい、小動物のように怯えた目。鬱病患者のように生気の無い顔。

そこに彼らが知っている、強靭な意志と活力に溢れた若き女皇の面影は無かった。

「久しぶりだな、タクト。レスター……。元気そうで何よりだ」

声をかけられる。

別人のように疲れ果てた声だった。

「ルフトよ、あまり無茶をするでない。そなたを無礼とは思わぬが……周りに対する示しというものがある」

「へ、陛下……」

これはルフトも予想外であったらしい。二の句が継げず、呆然とする。

立ちすくむ3人に、シヴァはようやく視線を向けた。

「外の声がここまで聞こえていたぞ。私の耳に入れておきたい事とは何だ?」

「は……はっ、内容はこの書状に」

レスターが懐から報告書を取り出す。

玉座の階段下に控えていた従者がそれを受け取り、シヴァに手渡す。

シヴァは報告書を開いて一瞥し――――。

「ああ……この話か」

全く驚きもせず、得心したようにうなずくのだった。

その無感動な反応に、3人の方が驚いてしまう。

「陛下、この話をご存知だったのですか!?」

「何を言っている。この間も同じ事を報告してきたではないか」

「確かにご報告いたしましたが! しかし政府は何ら行動を起こしていないではありませんか! 私どもは陛下のお耳に届いていないのだと思い、こうして直訴に参ったのです!」

「そうか、ならば無駄足であったな。そなた達の報告は、ちゃんと私の元に届いていた」

「ならばなぜ!? なぜ何らの手も講じて下さらないのです!?」

3人で食ってかかるように尋ねる。

対してシヴァは報告書を閉じ、静かに首を横に振った。

「ありえぬ」

「は……?」

「ヴァル=ファスクの艦隊が我が皇国に攻め入って来るなど、ありえぬ」

耳を疑った。

3人はシヴァの顔を、穴が開くほど凝視する。

とっさに言葉が出ない中で、いち早く立ち直ったのはレスターだった。

「へ、陛下……何を、何を申されますか? 私とタクトの報告書をもう一度ご覧になって下さい。現にヴァル=ファスクの残存艦隊が、目と鼻の先にまで来ているのです。あと4、5回ドライブアウトすれば、この本星までたどり着けるほど間近にまで来ているのです!」

「何かの間違いであろう」

シヴァの返事はそっけない。

「総勢2万人を擁する我が皇国軍情報部からも、そのような報告は上がっていない。お前達がどのような方法で調べたのかは知らぬが、王としては専門家でもないたった2人からの報告を、真に受けるわけには行かんのだ」

「陛下はオレ達を疑っておいでなのですか!? オレ達が陛下に虚偽の報告をしているとおっしゃるのですか!?」

タクトが思わず声を荒げる。

相手は、今や銀河一を誇る星間国家の女皇である。しかしそんな事は露ほどにも頭に浮かばなかった。

身分は違えど、自分は彼女の友人であるはずだった。

忠義以上の繋がりを感じていたからこそ、型破りで知られるタクト・マイヤーズをして、彼女には最大限の忠義を払っていたのだ。

その女皇からの、信じられない言葉。

シヴァはしばしタクトを見つめ、苦しげに目をそらした。

「……そんな目で見るな、マイヤーズ。私は王なのだ、私情を優先させるわけには行かんのだ……」

「私情? いったい何のお話ですか? オレ達の報告を取り上げては私情を挟んでいる事になると、そう思っておられるのですか!?」

「私はそうは思っていない。しかし、周りの目にはそう映るのだ」

「では! オレ達は何のご注進もできないという事なのですか!? 皇国に危機が迫っているというのに、それを知らせたのがオレ達なら、何の対策も取っていただけないという事なのですか!?」

身を乗り出して叫ぶタクト。

今にもシヴァに駆け寄りかねない彼を、レスターが慌てて押しとどめる。

「マイヤーズ。戦争は終わったのだ」

強引に話を打ち切るように、シヴァは言った。

だがそれは、聞く耳を持たぬという凛とした王の姿勢ではない。

これ以上タクトらと顔を合わせているのが耐えられない、というような逃げ腰の姿勢だった。

「ヴァル=ファスクとの話し合いも実現の運びだ。今は全てを平和的に成す時代なのだ。そなたが言ったのではないか、ヴァル=ファスクとも共存できる道があるはずだと。それが実現しようとしているのだぞ?」

納得できるはずがなかった。

こんな弱気な王の発言など、納得できるはずがなかった。

こんなのはシヴァではない。

自分達が未来を見出し、全力で守ろうと誓った、あのシヴァ女皇陛下ではない。

「確かに言いました、確かにオレは共存の道を進言しました! しかし陛下、ヴァル=ファスクの性根を忘れてしまわれたのですか! 第2第3のゲルンがいないと、どうして断言できましょう! どうしてそんな迂闊な真似を! あの聡明なシヴァ女皇陛下はどこに行ってしまわれたのですかっ!!」

悲痛とも言える声で、タクトは叫ぶ。

彼を押しとどめてはいるが、レスターも同じ目でシヴァを見上げている。

しかし、彼らの女皇は目を合わせようとしない。

その時だった。

「――――少々、言葉が過ぎるのではないかな? タクト・マイヤーズ大佐」

しわがれた声が、謁見の間に響いた。 

扉の前にたむろしていた側近たちを引き連れて。

1人のでっぷりした初老の男が、謁見の間に入って来ていた。

「ジーダマイヤ……!」

ルフトが忌々しげに呟く。

その男はジーダマイヤ民政大臣。エオニア戦役の折、ロームで死亡したジーダマイヤ将軍と同じ家系の軍閥。

民政の代表者にして、『ユートピア開放平和党』の党首である。

「いくら皇国の英雄とは言え、そなたはしょせん軍の一士官に過ぎぬ身分のはず。女皇陛下に対して無礼であるぞ。控えよ」

尊大な物言いをしながら側近を絨毯の両側に整列させ。

そしてあろうことか、自分は玉座の階段を上がってシヴァの脇に控える。

「貴様……っ!?」

本来、そこは元帥の地位にある者、すなわちルフトしか立つことを許されない位置のはずである。

この瞬間、ルフトもタクトもレスターも、この半年間に何があったのかを一瞬にして悟った。

「陛下はすべてを平和的に解決する事をお望みなのだ。昔のよしみをいいことに、神聖な謁見の間に土足で上がりこみ、あげく荒唐無稽なデタラメを吹き込んで陛下の崇高なお志を惑わせるなど、到底許しがたい反逆行為でありますな、ウォッホン」

「そうか、貴様が……っ! 不敬の輩はどちらだ、陛下に何を吹き込んだ!? 国家の危機に何らの手も打とうとせぬ売国奴め!」

今度はルフトが玉座に駆け寄ろうとする。

ザッと、再び側近達が行く手を塞いだ。

「ええい、どけと言っておるのがまだ分からんかっ!」

怒声を張り上げるが、親玉の登場で落ち着いたのか、今度は動揺しない。

ルフトは業を煮やし。

「どけいっ!!」

腕ずくで彼らを掻き分け、玉座に向かおうとした。

だが――――。

「ぐっ……!?」

急に胸を押さえ、その場にうずくまる。

「先生っ!?」

タクトとレスターが両側に寄り添う。

ルフトは激しく咳き込んだかと思うと。

 

ゲボッ

 

何度目かの咳と共に、血を吐き出していた。

本来、彼は病身。

病院のベッドで安静にしていなければならない身であったのだ。

「ぐっ……こ、こんな時に……!」

無念を滲ませるルフトの目に、ジーダマイヤがニヤリとするのが見えた。

「おお、これは大変ですな。ルフト将軍、無理をなさってはいけませぬ」

慇懃に、そして勝ち誇ったように言い、パンパンと手を叩く。

再び扉が開き、槍を手にした衛兵が10名も入ってきた。

「こちらの御3方をお送りしろ。特にルフト将軍は病身である、丁重にお送りするのだぞ」

「お、おのれっ……!」

10人の武装した兵士に取り囲まれる。

「陛下!」

「陛下ッ!!」

タクトとレスターは叫んだ。

シヴァは何かを言いかけるが。

「今この場で起こった事は、無かった事にして頂けるそうだ。陛下のお慈悲に感謝せよ。そうですな? 陛下」

ジーダマイヤの言葉に頭を抑えられ、うな垂れる。

その姿を見た瞬間。

タクトの中で何かが音を立てて崩れた。

左右の兵士を振り払い、玉座に突進する。

「陛下、目を覚まして下さい! 危機が迫っているんです、一刻の猶予もならないんです!」

「捕らえよ!」

ジーダマイヤの鋭い命令が飛ぶ。

兵士と、そして側近達がタクトに襲い掛かる。

だが彼らがタクトの体に触れるより早く、彼らにぶつかる影があった。

「陛下、我らの言葉を信じて下さい! もし我らが間違っていたなら、いかなる処分にも服しましょう! 危ないのは今なのです、なにとぞ対策を……っ!」

レスターだった。

理性的な彼でさえ。

いや、理性的であればこそ、もはや後が無い事を悟ったのだ。

恩師が重い病をおして叶えてくれた、女皇陛下への直訴。

それが無駄になってしまう。

今しかない。今しかないのだ。

「昔を思い出して下さい! 我らと、天使達と共にあり、共に戦っていた日々を! あのとき抱かれた理想は、我らに語って下さった新時代の理想は、本当にこんな世界だったのですか! これが本当に、貴女の望む世界なのですか!」

必死の叫び。

兵士に槍の柄で叩き伏せられ、側近達に組み伏せられながら、それでも叫ぶ。

タクトも足を払われ、転んだところを蹴りつけられる。

「陛下、陛下だけなんです! 陛下だけが、この危機を救えるんです! オレに命じて下さい! すべてを守るために戦えと! 戦えない人々の矢盾になれと! 陛下ならお分かりのはずです、平和を望むならば戦う気概を持たなきゃならないんですっ!」

額から血を流しながら、タクトは叫ぶ。

シヴァはこみ上げてくるものがあったのだろう。

今にも泣きそうな表情だった。

だが――――。

「おお、恐ろしい鬼どもめ。なにが皇国の英雄だ、お前達は血に飢えた蛮族だ。文化的なトランスバール皇国民の風上にも置けぬ、低俗な野蛮人だ。これからは信頼と友好、愛と寛容の時代なのだ。お前達のような軍人の時代は終わったのだ、愚か者めが」

ジーダマイヤの侮蔑の一言で、胸の思いも霧散してしまう。

シヴァはやはり、ただうな垂れるのみだった。

「陛下……っ!」

必死の叫びも空しく。

「目障りだ、さっさと叩き出せ!」

3人は引きずられ、謁見の間から連れ出されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ見た事ですか」

 

女性議員は得意満面だった。

「王宮で乱闘騒ぎなんて、前代未聞です。専門家によれば、2人は現在の反戦平和の機運が高まる事で、自分達の功名が地に落ちる事を恐れたのがその動機だそうじゃありませんか。まったく何てあさましい」

この日も内政や外交の議題をそっちのけで喋りまくる。

見方によっては、嬉々として語っているようにも見える。

いや、見えるのではない。実際に喜んでいるのだ、この女は。

「やはり軍隊などというものは、低能で野蛮な人間の吹き溜まりなんです。こんな集団の存在を認めるのは社会のガン、人間の恥です。即刻、解散させるべきです」

自分に有利な事件が起こった事に、有頂天になっている。そのためか、いつにも増して発言に遠慮が無い。

見かねた男性議員が口を開く。

「少しは口を慎んだらどうですか。今の発言は、先の大戦で我々を守って戦ってくれた多くの兵士達をも侮辱するものですよ」

「私達を守った。ふふ、それはどうでしょう?」

しかし女性議員は気にも留めない。

「案外、何も手を出さなかった方がうまく行ったのかも知れませんよ? 我が皇国が武力で対抗したために、問題がややこしくなったのかも知れません。無抵抗に徹しておけば、もっとうまく事は済んだのかも知れませんよ?」

「バカな事を。それこそ荒唐無稽以外の何物でもない」

「歴史をご覧なさい。大戦争が起こった理由を突き詰めていけば、ほんのささいな事ばかりじゃありませんか。無論、当時はそれが大問題に見えたのでしょう。しかし大局的な視点で見れば、もう少し我慢すれば何とかなったのではないかと思える事ばかりです。戦う事を控えて時を待てば、必ず良い方向に向かうものです。やまない雨はないと言うじゃありませんか」

 

 

その討論の模様は、中継で皇国全土に流れていた。

当然、この白き月にも――――

 

 

 

ミントは、あてどなく歩いていた。

どこへ行っても、どの部屋に入っても、テレビがついている。

タクトとレスターの王宮乱闘事件のニュースか、議会中継の番組が映っている。

まるで、自分達を試すかのように。

心に沸き上がる屈辱を、心に刻みつけようとするかのように。

どこへ行ってもテレビがついている。

 

 

ヴァニラはお茶会に参加しなくなった。ナノマシンを操る修行を、1からやり直しているのだそうだ。

その修行とは、聖職者のそれに近い。清貧に徹し、食事も涙が出るほど粗末な物しか口にしない。

 

蘭花やフォルテも、それぞれ拳と銃に磨きをかけている。

ただひたすらに、黙々と。来るべき時に備えている。

 

ミルフィーユとちとせは、何をしているのかよく分からない。

手紙を書いたりしているようだ。そんな事でよく自制が出来るものだと感心してしまう。

 

 

ミントは廊下を歩いていた。

向こうから、リヤカーに大量の荷物を積んだ青年がやってきた。コンビニの店員さんだった。

お互いに言葉も無く、微笑んで会釈だけを交わし、すれ違う。

 

 

エルシオールのクルー達も動き始めていた。

店員さんは汗まみれになりながら、エルシオールへの物資搬入を続けている。

 

ココとアルモはブリッジの機能を点検している。なおかつ、自分達の手で掃除までやっているようだ。

 

ケーラ先生も医療器具を持ち込み、医薬品のチェックに余念がない。

 

つい先日、連絡があった。遠い星系へ旅に出ていたクロミエも、戻ってくるそうだ。

 

誰も、何も言わない。

テレビからの屈辱的な暴言を敢えて聞きながら、黙ってそれぞれ自分達の準備を進めている。

 

 

整備ドッグの前を通りかかると、中からクレータ班長の怒声が聞こえてきた。

「ほらぁ、何やってるの! 気を抜くんじゃないわよ! 私達がミスったら、エンジェル隊は戦わずして負けるのよ!? そんな屈辱を私達の天使達に味あわせるの? あんた達はそんな自分を許せるの!?」

扉の陰から、チラリと覗いて見る。

整備士達がレプリカの紋章機に群がっていた。本物は白き月の最奥に封印されたままなので、レプリカで練習をしているのだ。

 

そして、ここでもテレビが映っていた。

 

 

『今日の特集は、若者たちの反戦平和です。バイタリティ溢れる、一味違う彼らの活動を追ってみました』

 

『オッオッオッオッ、戦・争・反・対! オッオッオッオッ、戦・争・反・対! オーレーオレー♪』

 

『がんばらなくていい〜♪ あなたらしさでオンリーワン〜♪』

 

『小難しいのはカンベンPlease Yo! Yo! Love and Pease! ノリで世界を救おうZe !

 

 

そんなテレビ番組をよそに、クレータは声を張り上げる。

「誇りを持ちなさい! 命をかけなさい! ネジの1本に魂を込めなさいっ!」

 

 

 

不意に――――

ミントは胸が詰まった。

悔しいだろうに。腹立たしいだろうに。

怒りもせず。一言の恨み言も無く。

黙々と己の使命を果たそうとする人々の姿が、たまらなく切ない。

 

あの最終決戦。

ギア・ゲルンと戦っていた時。

銀河中の人々が味方してくれているような気がしていた。

けど、それは間違いだった。ただの錯覚だった。

自分たちが必死に戦っていたあの時も、大多数の人々は今と同じように、わがまま放題にしていたのだ。

 

矢面に立った、あの2人のことを思う。

タクトさん。クールダラス副司令。

誰も誉めてくれないんですよ?

あなた達が血を流し、歯を食いしばり、ボロボロになって頑張っても。

誰も、命を救われたなんて考えもせずに、インテリ気取りで好き勝手な事を言うだけなんですのよ?

せめて、救う価値のある者達であったなら……。

 

 

ミントは顔を伏せた。

堪えようもなく、涙が溢れた。

この優しくない世界が、哀しくてたまらなかった――――