あがき抜け。

 

決して諦めるな。

 

まだ手立てはあるはずだ。

 

 

 

Ogre Battle Saga 第14章「あがき」より−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

EDENライブラリ管理事務局――――

 

 

「アポはお取りですか?」

 

トランスバール本星から、1週間の強行軍を経てやってきたタクトとレスター。

彼ら2人を迎えたのは、受付嬢のあからさまに不審げな眼差しだった。

「そんなものは無い。でも至急、会って話したい事があるんだ。ルシャーティを呼んでくれ」

「ルシャーティ様はご多忙なんです。一般の方は今から申請をして、およそ1ヶ月後の謁見となります。それでよろしければ、こちらの受付用紙に記入を……」

きわめて事務的に、用紙とペンを差し出してくる。

タクトはそれを振り払い、カウンターに手をついて詰め寄った。

「タクト・マイヤーズとレスター・クールダラスだと言えば分かるから。君もオレの名前くらいは知ってるだろ?」

「タクト・マイヤーズ。EDENの救世主。あなたが、そうだと?」

「そうだよ。テレビでオレの顔を見たこと無いかい?」

受付嬢は、慣れた様子で溜め息をつくだけだった。

「お客様のような方は、よく居るんですよ。EDENの救世主の名を偽って、ルシャーティ様に面会を申し入れてくるような方が。私も今まで、何人追い払ったことか……」

「オレは本物だ!」

「自分が偽物だなんて名乗り出る人は居ません。あなたが本物のタクト・マイヤーズだという証拠は?」

くそっ、どこのバカだ、人の名前を勝手に使って!

タクトはイライラしながら、皇国軍の身分証明書を差し出す。

しかし、受付嬢はチラリと一瞥しただけで、すぐに身分証を突き返してきた。

「この手もよくありました。もっともらしく飾り付け、大袈裟な印鑑を押して、さも本物のように見せかけた身分証を提示してくるパターン。よくできた証明書ですね、どこの星の免許証ですか?」

「免許証だって? バカ言わないでくれ! 正真正銘、トランスバール皇国軍発行の、大佐の身分証明書だ! 疑うんなら軍本部に照会してくれて構わない!」

「大きな声を出さないで下さい。残念ながら、ルシャーティ様へ取り次ぐわけには参りません。お引き取り下さい」

「どうしてそうなるんだ! だいたい、受付の君に一体何の権限があってそんな事を! オレ達を疑うんならこの身分証を照会してくれって言ってるじゃないか、それが君の仕事だろ!」

ハナから信じる気が無いのなら、どうして証拠の提示など求めるのか。こちらは1分1秒が惜しいと言うのに。

しかし受付嬢は、迷惑そうに眉をひそめるだけだった。

「いい加減にして下さい。警備員を呼びますよ?」

そう言いながら、机の下のブザーに手を伸ばす仕草をする。

「くっ……!」

歯ぎしりするタクト。

後方で黙って様子を見ていたレスターが、そんな彼をなだめるように肩にポンと手を置いた。

「もういい。出直そう、タクト」

「レスター、しかし……!」

「この受付は、自分の仕事をしているだけだ。偽物のタクト・マイヤーズに嫌気が差しているんだろう。このままごねていても、本当に警備員を呼ばれて終わりだぞ。出直した方が賢明だ」

そしてレスターは、渋るタクトの背を押して受付から離れ、出入口へと向かう。

「しつこい客」

受付嬢は短く吐き捨てた。

でも、ようやく面倒な客が去ってくれた。これで落ち着いて続きが読めるわ。

机の下に隠していたファッション雑誌を広げ、読みかけの続きに目を落とす。

ポン、とカウンターの上に黒革の証明書が放られた。

 

『トランスバール皇国軍第2方面軍 中佐 レスター・クールダラス』

 

顔を上げると、銀髪隻眼の青年が背中越しにこちらを睨みつけていた。

「明日また来る、その身分証を照会しておけ。それから仕事中はサボるな、給料分くらい働け」

冷たく言い放ち、さっさと出て行く。

受付嬢は腹を立てた。

「何、あいつ。ちょっと顔がイケてると思って嫌味な奴」

彼の身分証をデスクの引出しに放り込み、ピシャリと閉める。

「私だけじゃないわ。これくらい、誰でもやってる事よ」

そして、誰にともなく言い訳すると、また雑誌を読み始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

またしても、正攻法ではうまく行きそうになかった。

だが、それほど落胆していない自分に気が付く。

慣れたのだろうか?

そう思うと、もはや苦笑するしか無かった。

 

 

あの後も軍関係、政府筋とあらゆる側面から彼女への接触を試みたが、ルシャーティと会える見通しは立たなかった。

彼女は今や、雲の上の存在なのだ。

まるで抗えぬ波に追いやられるように、2人はここへたどり着いていた。

「タクト、期限はあと3日だ。2日後に近衛軍の武装解除が完了し、3日後には親善儀礼でヴァル=ファスクへと出航する。それまでに何とかしないと、本星は丸裸になる」

確認するように言うレスターの言葉にうなずきながら、タクトは周囲を見渡した。

新緑が目に眩しい。

目を落とせば、赤茶けたレンガ敷きの遊歩道。

視線を上げれば、半天球に蒼穹の青空が広がっている。

ここは、スカイパレス。

彼女にとって、そして自分とミルフィーユにとっても、思い出の場所。

風が吹く。

清涼な自然の息吹に、心までが天空に吸い込まれそうだ。

「おい聞いてるのか、タクト」

声を荒げるレスターに、タクトは笑顔で振り返った。

「ああ、聞いてるさ。3日だな、それまでここでも張り込みをしよう。もしかしたら、ルシャーティが偶然来る事だってあるかも知れない」

ここは彼女―――― ルシャーティにとって大切な場所である。

彼女自身の口から、そう聞いた。幼少時代の、唯一楽しかった思い出。弟のヴァインに連れられ、一緒に遊んだ場所。

ならば、この3日のうちにフラリとここへ来る事だってあるかも知れない。

「と言うわけでレスター、張り込みよろしく。オレは明日からまた、管理局や政府筋の方を回るから」

「はあ? お前、やっぱり話を聞いてなかったな。それは俺の仕事だ、お前が張り込みの方をやるんだろうが」

レスターは呆れ顔をする。

「え、でもオレが高官とかに当たった方が良くないか? 救世主なんて呼ばれてるのはオレなんだし」

「お前、EDENを解放した時の事を忘れてないか? あのとき実際に政府の高官どもと会食やら会談やら、面倒事を全て片づけたのは誰だった」

「あ……」

タクトは言葉に詰まり、こころもち顔を青ざめさせる。

そう言えばそうだ、あの時は……。

「そーだ。つまり、名前はお前の方が売れてるのかも知れんが、顔が売れているのは俺の方だというわけだ」

「あ、あはは……そうでした」

「人がノイローゼ寸前まで神経をすり減らしていた時に、お前は何をしていたんだ、ん? そう言えば、あの時の貸しを返してもらっていないぞ」

当時を思い出しているのか、レスターはげっそりした顔で恨みがましく睨んでくる。

「い、いやぁ〜。おかげさまでミルフィーと結婚できます。今までありがとう、お父さん」

「誰がお父さんだ」

「頼りになるぜ、相棒! お前はオレ達の恋のキューピットだ!」

「そんな任務を拝命した覚えは無い! 思い出したら腹が立ってきたぞ!」

「お、落ち着けレスター、過去にとらわれず未来を生きるんだ。振り向くな、君は美しい!」

「意味が分からんぞ! だいたいお前は……っ!」

 

期せずして、なぜか始まる鬼ごっこ。

遙かEDENまでやって来て、何をしているのやら。

そんな彼らを呆れたように、また温かく見守るように、スカイパレスの木々が優しくざわめいた。

 

 

 

 

 

 

そのころ、白き月では――――

 

「失踪!?」

 

タクトとレスターが数日前から行方不明になっている、との情報が入り、エンジェル隊やエルシオールの乗組員達の間では、火がついたような大騒ぎになっていた。

「一体どこに行ったの、あの2人は!」

「もうこっちの準備は整ってるのに、2人が居ないと」

「マイヤーズ司令……私達を導いてくれるんじゃなかったんですか……?」

さらに聞けば、1週間ほど前に2人は白き月を訪れていたらしい。

施設課の巫女の1人が、喫茶店でタクトとレスターらしき人影を目撃しているのだ。

「タクトさん、また……。どうして会ってくれないんですか……?」

ミルフィーユが呟く。

すぐ近くまで来たのに、どうして。

忙しいのは分かる。2人の厳しい状況は知っている。

でも、せめて一目だけでも。

会って、一言だけでも言葉を交わせたら。

蘭花はそんなミルフィーユの肩を叩き、何とか励まそうとしている。

「ホント、何考えてんのかしらねぇ! ミルフィー、今度会ったらギッタンギッタンにしてやんなさい!」

 

だんっ

 

ちとせが堪えきれないように、テーブルを叩く。

「いったい、あの人は……どこまで私を心配させれば……っ!」

「ちとせさん……落ち着いて下さい……」

赤くなった手を見て、ヴァニラがそっと寄り添い、ナノマシンを発動させる。

「きっと、何かお考えがあるんですよ。ここは冷静に、お2人の真意を確かめましょう」

反対側にはミントが寄り添い、努めて沈着に励ましている。

 

「………………」

 

フォルテは1人、無言でそんな少女達の様子を眺めていた。

どうして、だって? 決まってる。それはあの2人が男だからだよ。

フォルテは23歳。まだまだ若輩だが、少なくともミルフィーユらよりは男というものを理解していた。

そして知っていた。本物の男であればあるほど。

そんな男は、いつか必ず女を置いて、遠くへ行ってしまうものだという事を。

「ま、やっかいな男に惚れちまったのが運の尽きってこったね」

誰にも聞こえないように呟く。

とにかく励ましてやろうと考え、フォルテは2人に近づいて行った。

タクト。副司令。とりあえず私はこの子達の味方になっておくよ。何たって、私は女だからね。

理屈が分かっているからと言って、納得できるわけではない。

自分が実は怒っているのだという事に気付き、フォルテは苦笑を洩らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ミルフィーユを連れてくれば良かった、とタクトは考える。

彼女が居てくれれば、信じられないような幸運が働いて、すぐにでもルシャーティと会えたかも知れないのに。

 

いや、それはダメだ。とすぐに思い直す。

まるで彼女を、何か便利な道具みたいに。失礼じゃないか。

 

スカイパレスのベンチ。

来ない可能性の方が高い待ち人を、延々と待ち続ける。

それは思っていた以上の苦行だった。

余計な事ばかりを考えてしまう。これなら歩き回っている分だけ、レスターの方がいくらかマシだったろう。やっぱり代わってもらえば良かった……。

 

夕陽が沈む頃、レスターが疲れた顔をして戻ってきた。

 

「おかえり。どうだった?」

「ダメだ。あの受付の女、やはり俺の身分証も照会していなかった。とりあえず身分証は返してもらって来たがな。あと、中央評議会の役員の家を15軒ほど回ってきたが、どいつもこいつも『会議で忙しい』の1点張りだ」

「そうか。こっちも待ち人は来たらず、だ。散歩日和な1日だったのに」

「明日は受付が変わるらしい。少しはマシな奴が来るかも知れん、もう1度行ってくる」

 

 

―――― そんな風にして、EDENでの1日目は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

死ぬってどういう事だろう?

 

唐突に、そんな疑問が沸いた。

 

死ぬってどういう事だ?

 

この世から居なくなるって、どういう事だ?

 

『永眠する』なんて言うけど、永遠に目が覚めないって、どういう事だ?

 

 

不意に、わめき散らしたくなる衝動に駆られる。

心の奥底から、本能の闇から沸き上がってくるような、恐怖。

タクトは顔を上げる。

空はこんなにも高く、晴れ渡っているのに……。

 

 

夕陽が雲の彼方に没し、街灯が遊歩道を白々と照らす頃、レスターは戻って来た。

 

「……すまん」

 

お前が謝る事じゃないさ。

憔悴しきった顔の親友を労うように、タクトは微笑んでやる。

 

「見ろよ、レスター」

 

頭上を振り仰ぐ。

空には満天の星空が広がっていた。

 

「昨日も、今日も良い天気だった。明日もきっと良い天気だ。明日はきっと、うまく行くさ」

 

星に願いを。

2人はしばし、見知らぬ星座の瞬く星空を見上げていた。

 

 

―――― そんな風にして、EDENでの2日目は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

時間の経過と共に、希望は願いへと変わり、心は焦燥に蝕まれ始める。

今日、トランスバールでは近衛軍の武装解除が完了したはずだ。そして明日には、本星の守りはガラ空きになる。

明日ルシャーティに会えなければ、それで終わり。タイムアップ。ゲームオーバー。

スカイパレスの近くにあるホテル。

ベッドの中で、タクトは寝返りを打つ。

闇が恐い。早く朝が来てほしいと願いながら、明日が来てしまう事を恐れてもいる。

「やっぱり、ミルフィーにも来てもらえば良かった……」

 

彼女の強運とか、そんな事ではなく。

ただ彼女に、側に居てほしかった。