あるいは勝てたのかも知れない。

9隻が、本当に42隻に勝てたのかも知れない。

あの時レスター・クールダラスが、もう1つの選択肢を選んでいたならば。

そう思った小説家や劇画作家達が、後世、この戦いを題材に多くの架空戦記を創作している。

無論、あくまで「あるいは」という仮定の話だ。どのみち不可能であったとも言える。

つまりそれほどまでに、2人の戦い振りはファンタスティック―――― 夢を見たくなるような見事さだったのである。

 

運命の岐路となった4度目の激突。

それは午前10時50分のことであった。

 

 

 

 

 

 

流れは黒の艦隊にあった。

ここへきて、タクト・マイヤーズの天賦の才は全開となっていた。

中に人が乗る有人艦には決して真似の出来ない技、連続クロノドライブ。突撃艦や駆逐艦が忍者のように戦場のあちらこちらに現れ、ヴァル=ファスク艦隊を翻弄する。

レスターが4隻を率い、10隻からなる敵と熾烈な艦隊戦を繰り広げる。

倍以上の戦力差をはね返すその秘密は、彼の取った陣形にあった。

単縦隊。一糸乱れず1列に並び、常に敵の端へ端へと寄って最右翼の艦のみを集中攻撃するのである。そうして端に端に寄っていれば、たとえ敵が10隻居ようと、実際に撃てるのは5隻程度である。後の5隻は味方が砲門の前に居るために、射撃できないのだ。10対4が5対4となり、さらに攻撃の最終段階では1対4となる。

いかにも彼らしい、計算し尽くされた合理的な戦術であった。

皇国の誇る、英雄と竜。

イニシアチブは、完全に黒の艦隊にあった。

そんな、時だった。

 

ドゴオオオォォ……

 

「よし!」

敵の重巡洋艦を仕留め、レスターは珍しく拳を握りしめてガッツポーズを取った。

すぐに艦首をめぐらす。5時方向。

思った通り、新手の突撃艦が迫ってきていた。余裕をもって迎撃体勢に入る。

敵の動きが読める。敵の動きが見える。自分とタクトが戦場全体を支配しているという、確かな手応えを感じる。

もしかしたら、行けるかも知れない……。

慎重派の彼をして、そんな考えが頭をよぎっていた。

「?」

目の前の突撃艦めがけて砲撃を開始しようとした彼の視界の隅に、何かが引っかかった。

それは周辺一帯を索敵する、近傍レーダー。自分の背後に、敵艦を示す赤ランプが点灯していたのだ。

とっさにAIを迎撃モードに切り替え、突撃艦の対処を任せる。そして背後の敵の正体を確かめると、何の事はない、さっき破壊した重巡洋艦を指して点灯しているのだった。おそらく破壊が不完全であったため、コンピューターが誤認したのだろう。

ホッと小さく安堵して、突撃艦に向き直ろうとした。

「……!」

戦慄が、背筋を駆け抜けた。

飛びつくようにして、もう1度レーダーを振り返る。

後ろの重巡洋艦は、不完全ながらも確かに破壊している。戦闘は不能だ。だが、鉄屑と化したそれが、重力に引かれて本星へと落ちて行っているのである。

レスターは直ちにデータを入力し、落下地点の算出を始めた。重巡洋艦をトレース、軌道の割り出し、本星の自転速度、空気抵抗、風の影響。それら各要素を計算に入れての予想落下地点を割り出す。

海や砂漠に落ちるのならば問題無い。何某かの影響は免れないかも知れないが、直接人命に影響が出ないのならば、それで良い。

やがて、コンピューターが回答を表示する。

 

 

あ……。

 

 

レスターは呆然たる思いで、その答えを見つめた。

予想落下地点は、本星に20ある主要都市の1つであった。

 

 

これは、だめだ。

 

 

呆然としながら、頭の片隅が奇妙に冷静だった。

味方の位置を確認する。タクトも、他の無人艦も、遠くに居る。落ちていく重巡洋艦に1番近い位置に居るのは、他ならぬ自分だった。

大都市の真ん中に、巨大な鉄屑が直撃するのである。どれほどの被害が出るのか、計り知れない。

今すぐ徹底的に破壊して粉みじんにするか、最低でも軌道を逸らさねばならない。

 

 

これは、止めなければならない。

 

 

だが。

それをやれば、接近してくる突撃艦に背中を見せる事になる。

攻撃に特化された突撃艦に、無防備な背中をさらすのだ。

選択肢は2つに1つだった。

落ちていく重巡洋艦を止めるか。

構わず目の前の突撃艦に対処するか。

 

 

………………。

 

 

考えるまでも無かった。

「ふ……」

レスターは笑みを浮かべる。

いつもやっていた、お得意の、ちょっと皮肉めいた笑みだった。

「己が幸運に、感謝するのだな……三下」

向かってくる突撃艦に向かって。

凄惨に笑いながら、吐き捨てる。

「貴様のごとき小者が、この竜の首を取れる事になぁっ!!」

 

180度°艦首を反転。

レスターは猛然と重巡洋艦を追った。

「おおおおおおぉぉぉーーーーーーっ!」

突撃艦が追ってくる。無防備なレスターの背中に、ここぞとばかりに攻撃を加えてくる。

後部の主砲が砲座から吹き飛び、艦橋にも甚大な被害が出る。装甲が引き裂かれ、爆炎が吹き出る。

『レスター!』

タクトの声が聞こえる。

しかし、レスターは振り返らない。シールドさえろくに張らず、全エネルギー、全火力を挙げて『障害物』の破壊にかかる。

作戦にないレスター艦の動きにより、防衛線に穴が空いた。水が溢れ出すように、敵がそこから侵入して黒の艦隊の陣形を切り崩し始める。

それでも、レスターは振り返らない。熱く燃える心の、どこか冷静な部分で考える。

 

これは、天命だろうか。

結局こうなる運命だったのだろうか。

……それもまた、よし。

ならば砕いて見せよう。

独眼竜の名にかけて、皇国に仇なす凶星を、塵と砕いて見せようぞ!

 

執念の猛撃。

ついに重巡洋艦は粉みじんに破壊し尽くされて、宇宙の藻屑と消えた。

時間にすれば、ほんの3分ほどであったろうか。

だがそれは永遠のように長く、そして取り返しのつかない3分間であった。

レスターの戦艦は―――― 辛うじて、生きていた。

「………………」

ゆらり、と艦首がめぐらされる。

調子に乗っていたネズミに振り向く獅子のように。

「討てんか……」

呟かれる言葉には、地獄の底から響いてくるような凄惨さに満ちていた。

「これほど無防備に背中を晒していたと言うのに、それでも俺を討てんか、この無能がぁっ!」

一閃。

突撃艦は竜の怒りの一撃を受け、瞬く間に爆散した。

レスターは戦場を見渡す。

防衛線はズタズタに切り裂かれていた。

あれほど見事に機能していたラインは完全に崩壊し、味方艦が敵に追い回されている。

巡洋艦の1隻が5隻に取り囲まれ、為す術なく沈められた。バラバラに砕け散る様が、たまらなく哀れだった。

『退け、退けーっ!』

タクトが叫んでいる。

レスターはしばし瞑目し、静かに呟く。

「……すまん……」

『レスター! 無事だったか。いいから退くぞ、急げ!』

必死の叫び。

黒の艦隊は全力で敵から距離を取り、白き月の背後に逃げ込む。

逃げ遅れた艦が1隻、また沈められる。

その姿は、紛れもない、敗走であった。

 

 

 

「……全艦、帰還せよ」

ヴァル=ファスク艦隊総司令は、そう命令を下した。

「深追い無用だ。全艦帰還し、補給を実施せよ。それから各艦長に伝達」

各艦に指示を伝えている通信士に向かって、彼は告げる。

「総員、飯を食え」

「は……?」

通信士が呆気に取られて振り返る。

「聞こえなかったのか、全員に食事を取らせるのだ。腹が減っては戦は出来ん」

「し、しかし……」

通信士の戸惑いはもっともであった。

何をしてくるか分からない、かの英雄と闘っている最中に、呑気に全員で飯を食えとは。

副司令官もそう思ったのか、おずおずと口を開く。

「しかし総司令、またどこに伏兵が潜んでいるのか分かりません。ここは油断せず、第1級戦闘配備を維持して……」

「伏兵は無い」

オーウェンは断言した。

その結論を、微塵も疑っていない口ぶりだった。

「今の戦闘を見ていただろう。防衛線が崩れると分かっていながら、自分が沈められると分かっていながら、あの独眼竜が自ら背を向けて戦闘不能となった艦を追った。なぜだ?」

「………………」

「他に手駒が無いからだ。自分でやるしか無かったからだ。つまり、伏兵は無いということだ」

なぜそんな事になったのか、自分達には知る由も無い。

しかし、にわかには信じられない事であるが―――― 相手は、たった9隻しか居なかったのだ。かの英雄は、本当にたったの9隻で、我らの前に立ち塞がっていたのだ。

だが、そうと分かれば話は簡単だ。数で押し切ればいい。

敵は深傷だ、どうせしばらく動けはしない。ゆっくりと準備を整え、一気に決着をつける。

 

 

 

敵艦は悠々と、人員及び艦船への補給を開始する。

後は、ただ一方的な殲滅作業があるだけだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かろうじて逃げ切ったものの、レスターの戦艦は損壊が激しく、もはや戦闘不能であった。

仕方なくレスターはラグナロクへと移り、艦を自沈させる。

ラグナロクに次いで艦隊の主力であった艦が自爆する様を、レスターはラグナロクのブリッジで、タクトと共に見ていた。

「……すまん……」

目は艦に向けたまま、タクトに短い謝罪の言葉を口にする。

「お前は為すべき事を為しただけだ。謝る事なんて何も無いさ」

タクトは極めて事務的に答えた。その素っ気なさは、彼なりのレスターへの思いやりだったのだろうか。

これで黒の艦隊は、4隻が沈んだことになる。残りは5隻。敵は30隻以上残っている。

その敵はどうしているのかと見れば、悠々と補給作業を開始している。

「……バレたみたいだな」

タクトは苦笑と共に呟いた。それはそうだろう、もし立場が逆だったら、オレだって気付く。

『チェックメイト』

2人とも口にこそ出さなかったが、その言葉が脳裏に浮かんでいた。

「勝つぞ、レスター」

「ああ」

もはや茶番でしかない、言葉のやりとり。子供のように意地を張るのは、それが今まで2人を支え続けた矜持であるからだった。

 

―――― その時、レーダーが軽い警報を鳴らした。

振り返って確認すると、1機のシャトルが高速でこちらへ向かって来ていた。

レスターがパネルを操作し、識別を照会する。

「……白き月のシャトルだ」

2人は顔を見合わせた。それが分かった瞬間、誰がそれに乗っているのか予想が付いたのだ。

シャトルから信号が送られてきている。

「着艦許可を求めているぞ。どうする」

無表情でそう尋ねるレスターに、タクトは肩をすくめる。

「いいさ、許可しよう。ハッチを開いてやってくれ」

「分かった」

レスターがパネルを操作すると、艦底のハッチが開き、そこにシャトルが飛び込む。

「さて、と」

タクトは息を吐き、いっそ晴れやかにも見える表情で、レスターに言う。

「レスター、分かってるとは思うけど」

「ああ。分かっている」

振り返りもせずに、レスターはうなずく。

「アレはどこにやったっけ」

「ここにあるぞ。ほら」

レスターが『ある物』をタクトに渡す。

ジャラ、と小さな鎖が音を立てた。

「あ〜あ。浮気がバレた時って、こんな気分なのかなぁ」

「さあな。だが確かに、ひどく気まずいな……」

そんな冗談を交わしながら、2人はブリッジを出て行くのだった。

時刻は午前11時00分。

ちょうど敵艦隊のクルー達が、交代で食事を始めた頃の事だった。

 

 

 

 

シャトルの出入り口から、ミルフィーユとちとせが姿を現す。

目が合った瞬間から、その不機嫌ぶりがありありと感じられた。

「怒っているな」

エスカレーターを降りてくるちとせを眺めながら、レスターはポツリと言った。

「ああ。めちゃくちゃ怒ってる」

同じく降りてくるミルフィーユから目をそらさずに、タクトはうなずいた。

「レスター、正直に言えよ。……恐いか?」

「なにを馬鹿な」

「声、震えてるぞ」

「お前の耳は異常だ。医者に行け」

そんな事を言い合っているうちに、2人が目の前までやってくる。

「やあ、ミルフィーにちとせじゃないか。こんな所で会うなんて、奇遇だね」

「………………」

「………………」

とっておきのジョークは、見事に空振りした。

レスターが隣で「馬鹿」とか呟いて、片手で顔を覆っている。

タクトはそれにもめげず、笑顔で言った。

「2人とも、久しぶりだね。こんな所までご苦労さん。だけど、ここは危険なんだ。悪いけど帰ってくれ」

今、2人が降りてきたばかりのシャトルを指差す。

笑顔のまま。「回れ右してとっとと帰れ」と言う。

スッと、ミルフィーユが動いた。

 

パシィ

 

ビンタ1発。

間抜けなほどに小気味良い音が、ドッグに響き渡った。

「………………」

タクトはねじれた首を戻して、彼女を見下ろす。

ミルフィーユは、まだ無言で睨み上げてくる。その両目の端からは、ポロポロと涙がこぼれている。

これでも泣くのを我慢しているつもりなのだろう。無言なのは、口を開けばそのまま声を上げて泣き崩れてしまいそうだからだ。

タクトもようやく、軽い態度を改めた。

「ミルフィー……ごめん。だけど、お願いだ。このまま帰ってほしい」

「………………」

「分かってるだろ? オレは君を死なせたくはないんだ」

しゃべれないミルフィーユに代わって、ちとせが口を開いた。

「何ですか……それは」

タクトを睨み。そしてレスターを見上げて。

「死なせたくないって何ですか。じゃあ、お2人はなぜここに居るんです。死ぬ気なんですか」

「俺達は死なん。俺達は、勝つ」

レスターはその刺すような眼差しを受け止めながら、堂々と言ってのける。

「それなら、私達が居ても問題無いじゃないですか。勝つんでしょう?」

「そうだ、勝つ。だがお前達は帰れ」

「わけが分かりません」

「分からなくていい。帰れ」

会話になっていなかった。

ちとせの表情がにわかに険しさを増す。そもそもレスターに会話する気が無い事に感づいたのだ。

「今までどこに居たんですか。私がどんな気持ちでいたか、少しでも考えてくれたんですか。そして挙げ句の果てには、その言い草ですか……。何を考えているんです。どうしてそんなに勝手なんですか」

「話す事は何もない」

ギリ、とちとせは歯を食いしばる。

一瞬、沸点を超えたのだろう。強靱な意志をもって怒りを抑え込み、続ける。

「……あなたに無くても、私にはあるんです。もう一度訊きます、本当に勝てると思っているんですか?」

「ああ」

「どうやって」

「知らん」

ぬけぬけと言い放つ。

あからさまな挑発であった。

ちとせはうつむき、肩を震わせる。

「よくも……」

もはや完全に、逆鱗であった。怒りの気が全身から立ち上っている。

「人をこれだけ心配させておいて、よくもそんな態度が取れたものですね。……策なんて無いんでしょう。死ぬ気なんでしょう。私を置いて、自分だけ格好良く死ぬつもりなんでしょう……。こんな侮辱を受けたのは初めてです……!」

「………………」

「私は一体、あなたの何なんですか!」

顔を上げ、レスターに詰め寄って空気を引き裂くような声で叫ぶ。

「侍気取りもいい加減にして下さい! あなたの自己満足に振り回される、私の身にもなって下さい! 私が居るのに死ぬんですか!? 残された私がどんな気持ちになるか、分からないんですか! そんな簡単な事も分からないんですか、あなたは馬鹿ですか! それでも私が師と仰いだ男性(ひと)ですか、情けない!」

息もつかず一気にまくしたてる。

我慢に我慢を重ね、溜めに溜め込んだものを全て吐き出すように。

あまりの大声に眉をひそめるレスターの胸に、握りしめた拳をドンとぶつける。

「あなたが死んだら、私も死ぬしかないじゃありませんか……! 私を殺すつもりなんですか……!」

さすがに聞き流す事は出来なかったのだろう、レスターは口を挟む。

「お前に死んでほしく無いから、帰れと言っているんだ」

「無駄な事です。あなたが死んだら、私も死にます。絶対に」

「何を……? 脅しのつもりか」

「本心です。でも、私の命なんかが脅しになるのなら、それでも構いません」

さすがに絶句し、苦渋を浮かべてちとせを見下ろすレスター。

助けを求めてタクトに振り返るが、タクトもまた、ミルフィーユに詰め寄られていた。

「ずるいです……」

ミルフィーユは独り言のように呟いた。

ちとせのように激昂はしない。浮かんでいるのは、ひたすらに寂しげな表情だった。

「私はタクトさんが居ないと、こんなにも寂しいのに……なのにタクトさんは、平気な顔して好き勝手ばかりやって……」

「ミルフィー」

「どうして私ばっかり、こんな思いをしなきゃならないんですか。ずるいです……ずるい。不公平です……!」

ぼろぼろと涙がこぼれ出す。何とか自制を効かせようとしているが、止まらない。

タクトは慎重に言葉を選びながら、言った。

「そんなこと無いよ。オレだって寂しかったさ、でも仕方が無かったんだ」

「信じられません」

「本当だって。もう会えないと思っていたのに、こうして顔が見られた事、すごく嬉しい。でも……ゴメン。オレにはやらなきゃいけない事があるんだ。このまま黙って、帰ってほしい」

ミルフィーユは頑なに首を横に振る。

「嫌です。帰りません」

「ミルフィー、言う事を聞いてくれ。そうしないと……」

「そうしないと何だって言うんですか! タクトさんが死んじゃうかも知れないのに、どうもこうもありません!」

タクトを見上げ、噛みつかんばかりの勢いで叫ぶ。

「自分ばっかり勝手なタクトさんの言う事なんて聞いてあげません! 私だって私のしたいようにします! 私はタクトさんと一緒に居たいんです。どうしても私に帰ってほしいのなら、タクトさんも一緒じゃなきゃ帰りません!」

タクトは困り果てて、思わず視線を泳がせる。

レスターと目が合った。彼もちとせに責められ、同じ顔をしていた。

そのレスターが、2人の少女に向かって言う。

「死ぬんだぞ?」

2人は即答する。

「そんなこと分かってます」

「構いません」

レスターは首を振りながら、続ける。

「簡単に言うな。お前達は今、気が高ぶっているだけなのだ。いいか、冷静に考えろ。死ぬんだぞ? 覚悟を決めず、ただ勢いでものを言うような奴を連れて行くわけには行かんのだ。いざその時になって暴れでもされたら、こちらが迷惑なのだ」

2人の答えは、またも即答だった。

「覚悟を決めてるのが自分達だけみたいに言わないで下さい」

「今まで散々私達に迷惑かけておいて、偉そうに言わないで下さい」

一時の感情などでは決してない、確固たる決意の眼差しがそこにあった。

レスターはもう、言葉も無かった。諦めにも似た表情で首を横に振る。

この少女達は、本気だ。

死んでもいいから、好きな人の側に居たいと。

そんな途方も無いことを、本気で。信じられない事に、正気で言っている。

それは何という、想いの強さであろうか。

「レスター」

タクトが呼びかける。降参の苦笑を浮かべて。

その視線を受け、レスターはついに吐き捨てる。

「勝手にしろ」

途端に、2人の少女は花が咲くように笑った。

まったく、女というやつは。どうしてこんな時に笑えるんだ。

タクトとレスターには、永遠に理解不能な謎のように感じられた。

「ミルフィー……いいんだね?」

「約束したじゃないですか。私とタクトさんは、いつでも一緒です」

タクトとミルフィーユが、お互いの気持ちを確かめている。

レスターは全員に向かって呼びかけた。

「話がまとまったのなら、ブリッジに戻るぞ。こうしている間に攻め込まれて殺られたのでは、笑い話にもならん」

そして自分はさっさと先頭に立って歩き出す。ちとせがいつものように、その後をついてくる。

「副司令」

「何だ」

「嬉しいでしょう」

思わず振り返る。ちとせは悪戯をする子供のような目で、こちらを見つめていた。

しばし無言で睨み―――― 視線を前に戻す。

そして、背中越しに言った。

「……ああ。とても」

ちとせは会心の笑みで、うなずくのだった。

4人で廊下を歩き、ブリッジへと向かう。

ふと、先頭を歩くレスターに、タクトが並んだ。ミルフィーユとちとせは、後ろで何事か話している。

何を言っているのかは分からないが、声が弾んでいる。

とても嬉しそうだ。

そんな、幸せそうな声を背中で聞きながら。

「レスター」

タクトの呼びかけの声に。

「ああ」

レスターは前を向いたまま、うなずく。

それは意思の確認。

それは、行動開始の合図だった。

ポケットの中に手を入れて、『それ』を握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、ミルフィー」                           「そういえば、ちとせ」

 

タクトは微笑みながら言った。                        レスターは振り返って言った。

 

「あの指輪、まだ持ってるかい?」                      「あの指輪は、気に入ってもらえたか?」

 

ミルフィーユは笑顔で右手を差し出す。                    ちとせは微笑んで右手をかざす。

 

「はい、こうやってずっとつけてます!」                   「この通り、肌身離さずに」 

 

「そっか」                                 「そうか」

 

タクトはうなずく。                             レスターはうなずく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                タクトとレスターは、笑った。

                2人が指輪を持っていた事に、ではない。

                2人が無防備に右手を差し出した事に対して、笑ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   カシャ                                      カシャン

 

 

 

 

 

 

 

タクトはミルフィーユの手に、手錠をかける。               レスターは無防備なその手に、手錠をかける。

 

「え……」                              「え……?」

 

何が起こったのか分からないミルフィーユの背後へ。            呆けた声を上げるちとせの背後に回りこみ。

 

 

   カシャン                                  カシャン

 

 

左手にも手錠をかける。                         後ろ手に、両手を拘束する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タ、タクトさん! なにを……!」

「副司令、いったい何の冗談ですか!?」

 

我に返り、猛然と抗議する2人。

だがタクトとレスターは、顔を見合わせて互いに苦笑をもらしただけだった。

2人に近づき、タクトはミルフィーユを、レスターはちとせを、軽々と抱え上げる。

そして、いま通って来た道をゆっくりと戻り始めた。

 

今になってようやく、ミルフィーユとちとせは2人の意図を悟った。

2人は最初から、自分たちを連れて行ってくれる気など、毛ほども頭に無かったのだ。

両手の自由を奪われ、しっかりと抱え上げられ、身動きできない。

もはや無駄だと知りつつも、身をよじって暴れ、叫ぶ。

「嫌、こんなの嫌です! どうしてですかタクトさん!」

「離してください! お願い離して……! こんなのひど過ぎますっ!」

だがタクトもレスターも、そんな非難はどこ吹く風といった調子で笑うばかりだ。

「いや〜、レスター。女の子を手錠で拘束って、なんかアレだな。オレ、こっちの道に目覚めちゃいそうだよ」

「変態かお前は。……だが、確かに一理あるな」

「お? ノリがいいじゃないか。お堅いレスター・クールダラス中佐にしては」

「俺もだいぶ、お前に毒されてきたらしい。不本意ながらな」

 

そんな冗談を言い合っていた。