星は墜ち 夜空は枯れ果てて

 

蒼く冷たい雨が 世界を覆う

 

変わり果てた故郷 凍える手は空しく

 

残った足跡は 誰のものなのか

 

 

黄昏さえ 祝福に満ちていた

 

あれは無知という名の賢者であったころ

 

 

明けぬ夜 瞬きさえたり得ぬ命 この灯火は何のため

 

遠き日のあの歌 忘れ得ぬ鐘の音 思い出の温かさに涙が止まらない

 

 

 

                 −Ogre Battle Saga 幕間 「聖女は戦火を嘆くこと」より−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャトルが戻ってきました!」

「何だって!?」

 

第4格納庫からの報告に、エンジェル隊の面々は驚きの声を上げた。

もう、戻ってこないと思っていたのだ。

何があったのだろう? もしや説得に成功して、あの2人を連れて帰ってきた?

後で冷静になって考えれば、決して有り得ないような可能性に、それでも彼女たちは一縷の望みを抱いて格納庫へと急いだ。

しかし、コクピットが開かれ、中を覗き込んだ彼女たちが目撃したのは。

「……タクトさん……タクトさん……」

「……う……うぅ……」

手錠で両手を後ろ手に拘束され、シートベルトで座席に縛り付けられ、悲涙に暮れる2人の少女の姿だった。

蘭花は一瞬、呆然と立ちすくみ。

鬼の形相でタラップを駆け下り、あらぬ方向めがけて血を吐くような叫びを上げる。

「バカーーーーッ! あんた達なんて最低の大バカよーーーーっ!」

むやみに広い空間に、その叫びが何重にもこだました。

「本当に……レディに対してこんなひどい仕打ちをして……!」

怒りを滲ませた呟きを漏らしながら、ミントがてきぱきとシートベルトを外す。

「……痛かったでしょう……」

ヴァニラがナノマシンで手錠を解除し、赤く血の滲んだ2人の手首に治療を施す。

そんな仲間達の様子を、1人、腕を組んで見守っているのがフォルテだった。

「ったく。カッコつけすぎだってんだよ……これだから男ってやつは」

クレータが息せき切って駆け込んでくる。

「動き出しました! また戦闘開始です!」

その叫びに、フォルテは悠然と振り返るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵突撃艦2隻、10時方向!」

「3番速度増せ! 4番と並列して迎撃しろ!」

「1時からも来るぞ、重巡だ!」

「5番を射線から外せ、ラグナロクで殺る! レスター、主砲発射用意!」

 

5度目の激突が始まっていた。

その様相を表現するなら、一言で足りる。

『壮絶』と。

敵は出し惜しみ無しの総攻撃で来ていた。黒の艦隊5隻に、30隻以上の艦船が波状攻撃で襲いかかって来ているのである。

津波のように押し寄せてくる敵艦隊の中を、タクトの艦隊はもがくように突き進んで行く。

突撃艦が、分厚い敵陣を切り裂こうと何度も決死の突撃を仕掛けている。駆逐艦が敵に肉薄し、白兵戦まがいの砲撃戦を繰り広げている。ラグナロクの比類無き大火力が、敵重巡洋艦のシールドを突き破る。

攻めている。

攻めているのだ。

鬼神の如き戦いぶりで、攻めているのは黒の艦隊の方なのだ。

だが、2人の必死さを嘲笑うかのように、3段に構えられた布陣がその突撃を阻む。

命がけで第1陣を突破してきたタクトらを、第2陣が余裕たっぷりに迎え討つ。

 

2人は汗だくになり、必死の形相で揮下の艦船に指示を飛ばしていた。

一瞬のミスが全滅に直結する。白刃を渡る思いだ。

最初はレスターがレーダーを見て、タクトがそれに合わせて指示を出していたのだが、次第にそれですら対処が追いつかなくなっていた。

いつの間にかタクトが右側を、レスターが左側を、背中合わせになって襲い来る敵を迎撃するという形になっていた。

狙うは敵旗艦、ただ1隻。

敵大型戦艦から放たれた主砲が、ついにラグナロクのブリッジをかすめた。

「うわっ!」

「ぐ……っ!」

激しく揺さぶられ、たまらずに2人は床を転がる。

だが、2人ともすぐに起き上がり。

「5番転進! 戦艦の下腹をつけ!」

「ラグナロク3番主砲用意! 撃てーーーーーッ!」

満足に起き上がりもしないうちから、指示を続行する。

無人艦は人工知能制御だ、指示が途切れればそれが致命的な隙となる。

「くっ……まだだぞレスター! まだオレ達は、何も成し遂げちゃいない!」

「誰にものを言っている! 当然だ、あの旗艦を潰すまでは……2番ッ、仰角15で再突撃ッ!」

 

魂が、燃えていた。

 

 

 

 

 

 

「ムーンエンジェル隊を招集する!」

シヴァは叫んだ。

「白き月に連絡を取れ。たった今、この時をもって天使の翼の封印を解く。大至急発進し、我らが英雄と竜を守護してくれと!」

虫が良すぎる事は分かっている。

勝手に封印しておきながら、今度は助けてくれと。天使達を冒涜した行為だ。

だが、それしか手は無いのだ、あの2人の窮地を救うためには。

「陛下、しかし……」

「トランスバール女皇の勅命である! 急げっ!」

「は……はっ!」

大臣の1人が弾かれたように駆け出す。

部屋にいた誰もが、致し方あるまいと、納得していた。

だが――――

 

「待てい」

 

厳かな声が、それを制した。

ルフトだった。

「ただいまの勅命は間違いである。戻れ」

「ルフト!? 何を言う!」

シヴァはその背中に向かって怒声を発する。

ルフトは顔色1つ変えずに、女皇に向き直った。

「恐れながら、陛下。天使を目覚めさせてはなりません。それだけは、なりません」

「何を言う! 我が国には今、増援に回せる艦船が無いのだぞ!?」

焦りも露わに言うシヴァとは対照的に、ルフトはどこまでも沈着であった。

ゆったりと、まるで儀式のようにうやうやしく頭を垂れる。

「承知しております」

「あの2人は貴様の教え子であろう!」

「左様でございます。私の、至高の愛弟子でございます」

「その愛弟子を見殺しにするのかっ!」

勢い込んで叫ぶシヴァに。

「はい。見殺しにいたします」

はっきりと、ルフトはうなずくのだった。

シヴァは激怒し、彼に掴みかかる。

「貴様、血迷ったか! そんな非道があるものか!」

「あの2人は逆賊でございます。逆賊に手を貸す道理はありませぬ」

「我が国を思っての芝居であると、さっき貴様が申したのではないか!」

「そうです。しかし、天使を目覚めさせるわけには参りませぬ」

「ええい、この外道め! もう良い、貴様の意見など聞かぬ!」

ルフトから手を放すと、シヴァは呆然と立ちすくんでいる大臣に向かって叫ぶ。

「行け! 大至急、白き月に連絡を!」

しかしルフトがそれを抑える。

「行ってはならぬ。行けば手打ちにする」

「行け! 事は一刻を争うのだ!」

「ならぬぞ。席に戻れ、貴様の家族もろとも責任の持てぬ事になるぞ」

大臣は狼狽え、右往左往するばかりだ。

業を煮やしたシヴァは、机を激しく叩いて叫んだ。

「もう一度言うぞ、シヴァ・トランスバールの名において勅命を下す、今すぐ白き月の天使達に助力を要請せよ!」

「は、はひっ!」

裏返った声を上げ、大臣は出て行こうとする。

 

ズギューン

 

銃声が響き渡った。

今しも大臣が握ろうとしていたドアノブに銃弾が弾け、火花が散る。

「ひいぃ……」

大臣は腰を抜かし、ヘナヘナとその場にへたり込んでしまった。

ルフトが腰の銃を抜き、発砲していた。構えたままの拳銃から、まだ硝煙が立ち上っている。

本来、女皇陛下の臨席する場に武器を持ち込む事自体、重罪である。それをまさか、宰相が発砲とは。

「貴様……。どういうつもりだ……」

凄惨な光を目に宿し、シヴァはルフトを見上げる。

ルフトは女皇を見下ろし―――― 場違いなほど、穏やかに微笑んだ。

「良い目をなさっておいでです、陛下。目を醒まされましたか」

そしてシヴァに向かって、自分が使った銃を差し出した。

「天使達を出してはなりませぬ。どうしてもと申されるのなら、私を撃ってからにして下され」

シヴァはそれを受け取り、ルフトの額に照準を合わせる。

室内が緊張に包まれた。

「エンジェル隊を出せば……お前まで、私に反旗を翻すと言うのか」

「左様でございます」

「なぜだ。……理由を聞こうか」

向けられた銃口を恐れもせず、ルフトは口を開いた。

「陛下。そもそもなぜ、天使達を封印なされた」

一瞬、シヴァの顔に苦々しい表情が浮かぶ。

それは自身の愚行を晒すことになるからだ。

しかし女皇は、やがて顔を上げる。自分の責任を噛み締めるように、小さいがはっきりした声で答えた。

「それが平和に繋がると思ったからだ。白き月の天使達は、皇国最強最後の切り札。その切り札を自ら手放せば、我らが真に平和を望んでいる何よりの証になると……ある者が提案し、私が承認した」

「ならばなぜ、今になってそれを覆そうとなさるのです」

「それは……状況が変わった。今は、他に手が無いではないか……」

ルフトは表情を引き締め、鋭く言い放つ。

「最後の切り札を封印すると大見得を切ったは良いが、窮地に陥れば簡単に反古にする。そのような国を、一体誰が信用するのです」

その言葉は、シヴァの肺腑に深く突き刺さった。

その通りなのだ。友人同士の口約束でさえ、自分の都合が悪くなったからと言って破れば、相手の反感を買う。まして国家間で交わされた約束に、そんな勝手が許されるはずが無いのである。

「しかし……」

「ご自分の下した決定の末路を、その目でご覧なされ。それが王者たる者の責任というものでございます」

シヴァはもう一度、目の前の宰相を見上げる。

その目はわずかに揺れ、向けた銃口はかすかに震えていた。

「ルフト……私を責めているのか……?」

「そうではありませぬ。陛下はご自分が正しいと思った事をなさったのでしょう。されば胸を張りなされ。凛として、この戦いを見守りなされ」

力無く首を横に振るシヴァ。

「何と残酷な事を……。あの2人に合わせる顔が無い……」

そんな女皇に。

「ご心配なく、陛下」

ルフトは穏やかに言った。

「あの2人は、それもすでに覚悟の上で、あそこに居るのです」

シヴァは銃を下ろす。

その手から銃が滑り落ち、音を立てて床に転がった。

 

 

 

その時、不意に大扉が開かれた。

「まったく、度し難い軽挙妄動ですな! 諸君、此度のタクト・マイヤーズの暴挙、いかに思うかね!」

でっぷりした特注の軍服に、きらびやかな勲章をいくつもぶら下げ。

肩で風を切って入ってきたのは、ジーダマイヤであった。

「今こそ信頼と友好の真義が問われる時。我が皇国の懐の広さを見せる時であるというのに、あの狭量の犬め、出しゃばって余計な事をしおって。挙げ句の果てには反乱とは! 即刻、断固たる処分を下すべきでしょうな!」

ジーダマイヤ傘下であった大臣達は、一斉に目を伏せた。

彼らにとって、あんまりと言えばあんまりなタイミングであった。

「おお、シヴァ陛下。すでにお越しでしたか……」

歯に衣着せずに暴言を吐き散らしていたジーダマイヤは、そこでようやく、室内の異様な雰囲気に気が付いた。

自分の側近であった者達が、怯えきったように自分から目をそらし、目の前の湯呑みとにらめっこをしている。

反対に、今までなかなか従おうとせず外様に追いやっていた大臣達が、憎しみに満ちた眼差しで自分を睨みつけている。

何より奥に居るシヴァだ。とっくに屈服させたと思っていた『小娘』が、息を吹き返したように強烈な存在感を発して佇んでいるではないか。まるで一瞬にして、半年前に立ち戻ったかのような。

そして女皇の隣には――――

「げえっ、ルフト……」

自分にとって、最も忌み嫌うべき男の姿があった。

「こ、これはヴァイツェン将軍。またそのようにご無理をなさって……」

シヴァは底冷えのする口調で、簡潔に命令した。

「座れ。ジーダマイヤ」

ジーダマイヤは、すごすごと空いている末席につく。

その後、彼に発言が許される事は一切無かった。

 

 

 

 

 

 

突撃しては、厚い敵陣に阻まれる。

決死の突撃は何度も続いていた。

自分達の大将と副将が死に物狂いで戦う様を、エンジェル隊はテレビで見守っていた。

突撃が1度目、2度目を数えた時は、誰もが「もう一息です」と祈るような気持ちだった。

しかしそれが3度目、4度目と重なり、ついに5度目を超えた。

もういい、と泣きたくなった。あれから更に2隻が沈み、残っているのはラグナロクと駆逐艦2隻のみ。それらもすでに無傷ではない。

ラグナロクは1番主砲塔を完全に破壊され、2番主砲塔も2門が半壊。右舷の副砲・高角砲群も抉られたように、その原型を留めていなかった。

満身創痍である。それでも6度目の突撃が敢行されていた。

 

 

倒壊寸前の2番主砲塔が火を吹く。敵の駆逐艦が、木っ端微塵に砕け散る。

「お見事です……お見事ですっ!」

ミントは泣きじゃくりながら、馬鹿のように同じ言葉を繰り返す。

もう、そうとしか言えなかった。あの2人はよくやっている。

『英雄』と『竜』の名に恥じぬ戦いぶり。

他の誰に、これほどの戦いが出来るだろう。たった9隻で、ここまで戦い抜ける者がどこに居るだろう。

これほど見事な戦いぶりなのに。

ああ、なのに。なのに。

敵は未だ倒れない。後から後から押し寄せてくる。

数の暴力。個が鍛え上げ、積み重ねた武を無惨に踏みにじる、理不尽な力。

 

 

「敵……2時方向! シールド全開だッ!」

タクトもレスターも、いまや憔悴し切っていた。幽鬼のように虚ろな眼差しで、指示の声も喉が潰れてかすれている。

それでも、指示を出すことをやめない。戦うことをやめない。

精神が肉体を凌駕―――― いや、そんな段もとっくに超えているのだろう。

攻撃能力の著しく低下した右舷を狙って、戦艦の主砲が撃ち込まれる。ラグナロクはシールドを張って受け止めるが、防ぎきれなかったエネルギー波がブリッジを激しく揺さぶる。

右側の窓に張られていた強化ガラスが、残らず割れた。

「うわあっ!」

「…………っ!」

破片が、機関銃のように2人に降り注ぐ。非常装置が作動し、直ちに防壁が窓を塞ぎ、空気の流出を防ぐ。

「ぐっ……」

床に投げ出されたレスターは、頭を振って起き上がった。立ち上がろうと床に片手をついて―――― 不意に、その手に熱い感触を覚える。

床一面に散らばったガラスの破片の上に、手をついてしまっていた。手の平を見れば、ザックリと深く切れて鮮血がドクドクと溢れているではないか。

「ちっ……」

コートの片袖を破り、手首に巻き付けて応急の止血をする。すぐさまモニターを見やり、指示を続行する。

「2番、配置変更だ! ラグナロクの右舷へ回れ! ……おいタクト? 何してる!」

そして、気が付く。

タクトが床に片膝をついて、うずくまっていた。

「何をしている、早く立て!」

こうしている間にも、敵は四方八方から襲いかかってきている。

レスターは叫ぶが、それでもタクトは動かない。

レスターは更に声を張り上げようとして―――― そこで、ハッと息を飲んだ。

脇腹を押さえたタクトの手。その手が真っ赤に染まっていた。大きな破片が突き刺さったのだろう、気味が悪いほどの鮮やかな赤色が、軍服をヒタヒタと濡らしていた。

「タク……」

レスターは何かを言いかけ、その言葉を飲み込む。

代わりに出てきたのは、烈火の如き激しい怒声であった。

「立て、タクトッ!」

分かっている。痛いだろう。どんなにか苦しいだろう。

だが、それでも。

「立てタクト! 立ち上がれ、何度でもっ!!」

「……っ、ガアアアあああ嗚呼あああ嗚呼々ーーーーっ!!!」

獣のような叫び声を上げながら、タクトは立ち上がる。

顔面は蒼白。額にびっしりと浮かぶ脂汗。それでも。

「前進ッ! 旗艦前進だっ、死んでも止まるな!!」

血走った目で、叫んだ。

 

 

ヴァニラが窓際に駆け寄る。

ここからでは星の瞬きほどにしか見えない戦火。

そこへ目がけて、ナノマシンを放出する。

が、そんなもの届くはずがない。ライトグリーンの光は、闇に溶け込むように儚く、宙空で霧散してしまう。

だが、ヴァニラはやめない。無駄と分かり切っていながら、何度も、何度も。

「ヴァニラ」

フォルテが背後から優しく抱きすくめ、やめさせた。

ヴァニラは聞き分けのない子供のように、激しく頭を振る。

「……届かない……」

ポツリと、つぶやく。

その胸にはヴァル=ファスクとの最後の決戦前に、タクトが言った言葉が思い出されていた。

あの時、タクトは言ってくれたのだ。

『君の癒しに、感謝する』と。

彼が、そう言ってくれたのだ。

感謝してくれたのに。

誉めてくれたのに。

私の力が必要だと、そう言ってくれたのに。

「……届かない……!」

ヴァニラはフォルテにしがみつき、物心ついて以来初めて、声を上げて泣き崩れた。

 

 

敵旗艦は目前であった。

あと少し、もう少しでラグナロクの射程圏内に入る。

だが第3段目に構えられた10隻の艦隊が、迎撃にかかる。

敵も必死だった。死を覚悟した相手を止めるには、まさしく死に物狂いになるしか無いのである。

タクトは賭けに出た。

「2番、3番、正面12時方向ッ! 突撃だーーーっ!」

生き残っていた2隻の駆逐艦に、正面突破を命じたのだ。

2隻の駆逐艦は、我が身を省みずに全速力で防衛線に突入する。

……人工知能制御の無人艦を『勇敢』と評するのは、誤りだろうか? だがその姿は、まるで王を護る忠義の義士のようであり。

捨て身の攻撃は、ラグナロクの前に1本の道を切り開く。

防衛線を左右にこじ開け、敵旗艦へと通ずる血路を開く。

おそらく永遠に明かされることは無いであろう。実はこのとき捨て駒にされた、この2隻の駆逐艦こそが、黒き月の生み出した無人艦の中で過去最高の戦果を上げた艦であった事は。

ラグナロクが通り過ぎたのを見届け、満足したかのように。

名も無き2人の義士は、敵の集中砲火を浴びて爆沈した。

「おおおおおおおぉぉぉーーーーーっ!」

「届けえええええぇぇぇーーーーーっ!」

タクトとレスターの絶叫。

背後からは30の艦船からの猛烈な追砲撃。

正面からは敵旗艦自らの砲撃。

6度目の突撃にして、ついに旗艦に手が届いた。

 

 

フォルテは生まれて初めて、両手を合わせて天を仰いだ。

「頼む……頼むよ……!」

祈らずにはいられなかった。

もう帰って来てほしいとも言わない。

無理な事は願わない。ぜいたくな高望みはしない。

だから頼む。

せめて、一撃。

2人とも、あんなに必死なんだ。

報われてくれ。

神様。

報いてやってくれ。せめてもの慈悲を。

頼む、撃たせてやってくれ。

せめて一撃。せめて一撃だけでも……っ!

 

 

 

努めて冷静に応戦の指示を出したものの、総司令オーウェンは突撃してくるラグナロクに、半ば見惚れていた。

「何という勇気……!」

この目で見ても、それを目前にしても、まだ信じられない。

10倍以上の我が陣を突破し、敵の旗艦がたった1隻で突っ込んでくる。これほどの武勇は古の物語にも聞いたことがない。

自分は今、後に伝説となるであろう戦場に立っている。伝説の中に、当事者として立ち合っている!

彼の中に流れる武人の血が、歓喜に震えた。

「下に潜るぞ、やらせるな! 右に回転45度!」

ラグナロクの艦首が下に向いたのを見て、オーウェンは素早く命令を下した。

艦船の武装は主に上部に集中しており、底部は無防備である。宇宙空間における艦隊戦とは、相手の下に潜り込んだ方の勝ちなのだ。そうはさせじと艦体を回転させ、相手に死角を見せまいとする。

「……っ!? 敵旗艦の垂直角、動きません!」

だが、どうしたことか。

垂直に立った所で、ラグナロクは下に潜り込もうとする動きを止めたのである。

一体何を―――― 訝しんだ次の瞬間、歴戦の猛将オーウェンをして、顔を青ざめさせた。

ラグナロクの全主砲が、仰角をいっぱいに上げてこちらを照準している。ラグナロクは1番主砲塔が全壊、2番主砲塔も半壊している。正面への攻撃力は壊滅したと言っていい。下を向こうとしていたのは、艦尾にある3番主砲塔を使用するためだったのだ。

「し、しまっ……!」

 

 

獲った――――

タクトもレスターも、そう確信した。

ラグナロクの主砲。黒き月の至宝。その火力は戦艦の5倍以上。

白き月の最高威力であるクロノ・ブレイク・キャノンに、最大出力55%まで迫る、単体として持つには銀河最強の火力。

2人は一瞬、顔を見合わせた。

互いが、同じ顔をしていた。

万感の思いを胸に、誇らしく笑っていた。

「撃てーーーーーーーっ!」

祈りを込めて。

全てを賭けて。

タクトが発射命令を叫んだ。

 

 

 

ドガアアアアァァァ……

 

 

 

2番主砲塔が、吹き飛んだ。ラグナロクの。

半壊し、砲身が焼き付くまで撃ち続けていた砲座は、自らの射撃の反動に耐えきれなかった。

収縮されたエネルギーは行き場をなくし、内部で暴発する。

艦全体が激しく揺れ、3番主砲塔の射撃は照準がズレた。放たれた3連の砲撃は敵旗艦めがけて真っ直ぐに伸びて行き―――― わずか5m、右にそれて後方の宙空に消えて行った。

タクトは艦がミシリと音を立てるのを聞いた。

「第2、第3、第4シェルターまで閉鎖! A−1からA−5まで緊急注水! Bブロックは完全放棄する、今すぐ切り離せ! 急げ、自爆だけは何としても回避しろ!」

いち早く立ち直ったレスターが、2番主砲の暴発による艦体の崩壊を必死に食い止めている。

黒煙を上げながら。

ラグナロクは敵旗艦とすれ違い―――― その彼方まで落ち延びて行った。

 

 

6度目の突撃、失敗。

 

残存戦力、旗艦ラグナロクのみ。

 

1番および2番主砲塔、全壊。

 

兵装エネルギー、65%減。

 

シールドの出力、27%に低下。

 

 

 

ここに、英雄と竜の命運は尽きた。