ヴァルファスクとの戦いを終えてから、数週間が経とうとしていた。

 トランスバール皇国は、EDENとの本格的な交流に向けてあれやこれやと依然として落ち着かなかった。

 それでもエンジェル隊は相変わらずであり、今は本来の任務である、ロストテクノロジーの調査の任に当たっている。調査といっても提供されるほとんどがハズレであったり、くだらないものばかりである。

 一応、それなりに皆充実した毎日を送っており、エルシオールは至って平和である。

 だが、その裏で、確実にひっそりと、止めることの出来ぬ想いは徐々に決壊しようとしていた。

 

 

 

 

   第一話「発端」

 

 

 

 

 

「ふぁ〜………」

 儀礼艦エルシオールのブリッジに間の抜けた欠伸が木霊した。

 欠伸の発生源は、英雄と謳われるタクト・マイヤーズだ。今の彼はおよそ英雄と呼ぶには程遠く、誰が見ても職務放棄をしているようにしか見えない。

「タクト、暇なのは分かるが、頼むから欠伸だけはやめてくれ。こっちまで気が抜けてくる」

 はあ、とため息をつきつつ、だらしない司令官をたしなめるのはこの艦の副司令官であり、士官学校からの付き合いである、レスター・クールダラス。エルシオール一の苦労人である。

 今エルシオールはEDENへと向けて航行中で、現在クロノドライブに入っている。距離的には、あと二、三回クロノドライブを繰り返せば、EDEN宙域にたどり着く。

 EDENに向かう目的は、つい数日ほど前に回収したロストテクノロジーと思われる物の調査依頼だ。

 普通、回収したロストテクノロジーは艦内や白き月で調査されるのだが、今回は少し事情が違った。今回回収したロストテクノロジーが、調査班の力を以ってしてもほとんど解析できなかったのだ。班長であるクレータはさじを投げ、ノアでさえもお手上げ状態だった。

 そこで、ロストテクノロジー発祥の星であるEDENに依頼することとなった。ロストテクノロジーに関しては、EDENのほうが知識も技術も皇国を遥かに上回っている。それにライブラリもあるから、そこから今回のロストテクノロジーに関する情報が引き出せるかもしれない。と言うのはノア談である。

「レスター。ドライブアウトまであとどのくらいだ?」

「そうだな。大体二時間ってところだ。暇でもつぶして来い。どうせここにいたって邪魔になるだ。そうしてもらった方が俺としては助かる」

「ひどい言われようだな。でも何もすることもないし、お言葉に甘えて暇でもつぶしてくるよ」

 司令官らしくない言葉を残し、タクトはブリッジを出た。

 

 

 ブリッジを出たタクトは、お決まりの如く、ティーラウンジに足を運んだ。何だかんだいって、艦内で暇をつぶそうと思ったらここが一番なのである。

「あ、タクトさん」

 声の方へ顔を向けると、ミルフィーユ、ちとせ、ヴァニラの三人がティータイムの時間を楽しんでいた。

「やあ、ヴァニラ、ミルフィー、ちとせ」

 軽く挨拶をしながら、三人の座るテーブルへ歩く。

「ちょうどよかった。エクレアを作ったんです。タクトさんも食べませんか?」

 そう言って、ミルフィーユがエクレアをいくつか皿に移し、タクトに差し出す。

「へえ、おししそうだね」

「はい、とてもおいしいです。今度作り方を教えてもらうことにしました」

 ちとせが歯jにかんだ表情で、エクレアをほおばった。

「タクトさん、飲み物を持ってきますが、何が良いですか?」

「そうだな、じゃあ、ハーブティーを」

「分かりました」

 ヴァニラは席を立つと小走りでいった。足元で毛づくろいナノマシンペットもそれに続いた。

 空いた席の横に座り、タクトはミルフィーからエクレアを一つもらい、一口。パリッとした生地と、中のクリームの甘さがマッチしていており、まさに絶品と呼ぶに相応しかった。

「どうですか?」

 少し緊張した面持ちで、タクトの答えを待つ。

「うん、おしいよ。相変わらずミルフィーのお菓子はプロ並みだね」

「ありがとうございます!」

 少し照れ気味で、しかし元気よくお礼を言った。

「いいですよね、ミルフィー先輩。これだけのものが作れるんですから、女性の私としては憧れます」

 目を輝かせるちとせ。やはり、いい女性の条件に料理が上手は外せないらしい。

 タクトもちとせに相づちを打つと、エクレアを楽しむことにした。

 少ししてヴァニラが戻ってきた。

「はい、タクトさん、ハーブティーです」

 テーブルに静かに置かれたハーブティーからゆらりと湯気が上がる。

「ありがとう、ヴァニラ」

「どういたしまして」

 ヴァニラも席に座り、四人そろってのティータイムが始まった。

 毎日顔を突き合わせているが、話題には事欠くことなく、賑やかに進んだ。

 そして、話題は、先日回収したロストテクノロジーに移った。

「それで、EDENへはあとどののくらいなのですか?」

「このままいけば、明後日ってところかな」

 タクトがお茶を口に含む。

「何か分かると良いですね。でも、いったい何なんでしょうね?あ、もしかして自動でお菓子作りを手伝ってくれる機械とか」

「ミルフィーさん、流石にそれはないと思います」

 ヴァニラがすばやく、突っ込む。

 流石は歩く天然。思考回路も一筋縄ではいかないらしい。

「まあ、あれこれ考えても仕方ないよ。向こうに着いたらあとはルシャーティやEDENの技術者たちに期待しよう」

 タクトのどの言葉に、一同がうなずいた。

「じゃあ、私、EDENの皆さんの差し入れを考えますね」

 ミルフィーが席を立った。

 思い立ったが吉日のような彼女からすれば当然のことだろう。

「では、私はもう一度あのロストテクノロジーを調べ直してみます」

 ちとせも、ミルフィーに感化されたような形で、申し出る。

「分かった。ミルフィー、とびっきりのを作ってあげるといい。ちとせ、調べるならクレータ班長に俺からの依頼だって言っておいてくれ。いまロストテクノロジーには無断で触れることは禁止しているからね。何かあったら俺に連絡してくれ。公園で散歩でもしてるから。ヴァニラも来るかい?」

「はい」

 うれしそうに、笑顔で返事をした。

 それは、ただ一人にしか向けることのない、愛するものだけにに向ける笑顔だった。

「そういうわけだから」

「はーい。腕によりをかけて作ります!」

「…………」

「ちとせ?」

「っ!?は、はい、分かりました」

 そう言って、二人ともティーラウンジを後にした。

 タクトは何かが引っかかったような感じでそれを見送った。確かに見たのだ。ほんの一瞬ではあるが、ちとせの表情がかげるのを。冷たく、暗い、そんな感じだ。

「タクトさん、どうしましたか?」

「いや、何でもないよ。行こうか」

「はい」

 

 

「…………」

 カタカタと無言でコンソールのキーをたたく。

 考えるのは、目の前のロストテクノロジーではなく、彼のことである。

 初めは、死んだ父の姿と重ねていた。傍にいると父のと一緒にいるような、そんな気持ちになれた。あの優しさが、父に似ていたから。

 だが、その優しさが、その気持ちが、たまらなく愛おしいものに変わっていった。

 新人であった自分に、がんばったね、と、一人前だ、と、優しく語りかけてくる。それを聞くだけで、胸を暖かくなるのを、鼓動が高鳴るのを感じた。

 同時に、苦しく、切なく感じだ。

 何故なら、すでに彼の横には、ともに未来を歩くべきパートナーがいたのだ。

 誰の目から見ても幸せそうな二人。誰もが二人の幸せを願っている。もちろん、自分だって出来ることなら二人がいつまでも幸せであって欲しい。

 でも、この想いはどうすればいい?

 負けないくらい、愛おしく思っているこの想いを、どうすれば………

 

 

――――なら、その想いを開放してあげましょう

 

「誰!?」

 

――――ためらうことはありません。その想いは隠す必要などないのですから

 

「だめ!この想いを打ち明けたら、タクトさんが………」

 

――――しかし、このままではあなたはずっと苦しまなければならないのですよ?

 

「!?」

 

――――さあ、全てを想いに委ねなさい

 

「ああ………」

 もはや抗うことは出来なかった。

 心の奥から、想いのの波が押し寄せてくる。

 そして………

「タクトさん……、私、あなたのこと……誰よりも……フッ…ウフフ…ウフフフフフフ……」

 

 

 

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   あとがき

 

 どうも、ソウヤです。

『愛をあなたに』第一話をお届けしましたが、どうでしたでしょうか?

 ちとせが、ダークになっちゃってます。ちとせファンの皆さん申し訳ありません!

 こんな駄作ではありますが、皆さん温かい目で見守ってやってください。感想などいただければ、うれしく思います。

 では、ありがとうございました。