人は常にその胸の奥に秘めている想いを抑え生きている。
それは時として、苦しみとなり、大きな枷となる。想いを表に出したい願望と出してはならないという理性。繰り返す葛藤、そして苦悩。
だが、いつかはどちらかに傾く。
望むと望まざるところに。
第二話「突きつけられた想い」
トランスバール本星衛星軌道上に存在する『白き月』。
その中の、謁見の間へと繋がる通路を、長い金髪と褐色の肌を持つ少女が走り抜けていた。
「シャトヤーン!」
バンッと勢いよく、謁見の間の門を開く。
少女の名はノア。
『白き月』と対を成す『黒き月』の管理者である。
「どうしたのですか?ノア」
名前を呼ばれ、柔和な物腰で返すのが、この『白き月』の管理者、月の聖母と謳われるシャトーヤーンだ。
対照的にノアは落ち着かない様子で、少し息を切らせていた。
「この前回収したロストテクノロジーについて、少し気になるものを見つけたの」
息を整えつつ、端末を開いた。
この端末は、皇国軍で解析用に使用されているもので、それにノアが自分用に改造を施したものだ。ノアにしか扱うことが出来ないが、その性能は並大抵のものではなく、ある種のスーパーコンピューターといえる。
端末の画面には、大量の文章が羅列していた。何かの文献のようだ。
シャトヤーンはその文章をいくつか読んでみた。読み進めるたびに、彼女の表情が険しいものとなっていく。
「白き月のデータを漁りなおしてたら出たきたんだけど……、どう思う?」
「これは……。ですがこれだけではまだ何とも……」
「そうね。これ以上となるとEDENのライブラリでないと」
そう言いながら、端末の画面を暗転させる。
シャトヤーンは少し考え込むと、
「シヴァ陛下に連絡を取り、船を一隻手配してもらいましょう。ノア、この件はあなたに任せます。いいですか?」
「いいわ。どうせそのつもりだし。ただし、急いでね。事と次第によっては大変なことが起きるかもしれない」
「分かりました」
シャトヤーンの返事を聞くと、ノアは身支度(といっても、主に必要なデータの整理だが)をするために、自分の部屋へと戻った。
その表情は少し、焦りの色が見えた。
「ふぁ〜………」
銀河展望公園に間の抜けた欠伸が再び木霊した。
「大きい、欠伸です」
ヴァニラが少し唖然とした表情で言った。
それに対して、タクトは少し恥ずかしさを感じた。
普段、例えばレスターの前なら、欠伸をしようがサボろうが何も感じない。むしろ堂々と出来る。だが、恋人の前となると、あまり格好の悪いところは見せたくはない。お互いに相手の性格を知り尽くしているから、いまさらという感じもするが、そこはやはり、男としてのプライドというものだ。
そんな男心を露知らず、ヴァニラのほうは、
「眠いのですか?」
などと聞いてくる。
「いや、そうじゃないんだけど……、平和だなぁと思うとつい、ね」
あははっと苦笑いを浮かべながら「何でかな?」と言った。
ヴァニラは少し、考えると優しく、
「それは多分、今までタクトさんが気を張っていたからだと思います」
「気を張る?俺が?」
何となく、レスターみたいな自分を想像する。
常に気を抜かず、仕事仕事の自分。時には誰かを叱咤する。
………少し寒気が走った。
「以前のタクトさんは、時々険しい表情をしていました。でも今は、とても優しい顔をしています」
そう言って、にっこりと笑った。
決して自己主張しない、野にひっそりと咲く花のようで、安心させてくれる、そんな笑顔だ。
自分がこうして笑っていられるのは、彼女のおかげだ。彼女がいてくれたからこそ、あの戦いだって切り抜けられた。彼女と一緒だったからこそ、アナザースペースに行くことも躊躇わなかった。
だから、そんな彼女が可愛く、愛しくて、気がつけば抱きしめていた。
「た、タクト……さん……?」
突然だったので少し驚いたが、静かにそれを受け入れた。
自分に希望と笑顔、命の尊さを教えてくれた大切な人を。
それからどれだけ時間が経っただろう。
気がつけば、ドライブアウトの時間が迫っていた。
「ヴァニラ、そろそろ……」
「はい、でも……」
「でも?」
頬を朱に染め、少し控えめに、
「……名残惜しいです」
「俺もだよ。だから、また、な」
「はい」
その後、ヴァニラを部屋まで送ったタクトは、少し軽い足取りでブリッジに向かった。
明かりを点け、部屋全体を見回してみる。
何の変哲もない、必要なものだけしかない、つまらない部屋だった。
「はぁ…」
少しため息をつく。同時に、他のエンジェル隊の部屋を思い浮かべる。
皆、それぞれ好みが出ており、どの部屋も明るい雰囲気があった。
それに比べ、自分の部屋はどうだろう。
あまりにも簡素で、殺風景。
以前なら、何とも思わなかった。部屋を飾るということに、興味などなかった。自分には必要のないことだと。
だが、最近は少し考える。
もう少し、簡単でもいいから、飾った方がいいのではないか、と。
何もないのが寂しく感じるようになった。
こんな風に思うようになったのは、やはり彼のせいだ。彼が私を変えた。彼と出会えたから、いろんなことを学び、気づくことが出来た。
だからこそ、気になるのだ。
こんな部屋では彼は面白くないのではないか?
「今度……」
今度参考のために誰かに聞いてみよう。
そうすればこの部屋も少しはマシになるはずだ。
誰がいいだろうか。
「ランファさんは……ダメ」
彼女の部屋は、占いグッズなどがたくさんあり、自分には理解できない。ミントの部屋は、程よく華やかだが、ぬいぐるみなどは自分には合わない。フォルテは流石にエンジェル隊最年長者だけあり、大人の雰囲気がある部屋だ。だが、やはり自分には合わない。
あとは、ちとせとミルフィーユ。
彼女たちならいいかもしれない。
ミルフィーユの部屋は、家庭的な感じで、ちとせの方は、慎ましい感じだった。
うん、そうしよう。
そんなことを考えていると、少しうとうとしてきた。
EDENまではまだしばらくかかるらしいので、少し寝ようかと思い、着替えようとしたら、
「ヴァニラ先輩、少しよろしいでしょうか?」
ちとせだった。
「はい、鍵は開いていますので、どうぞ」
脱ぎかけた制服を整えると、ちとせを招じ入れた。
「すいません、突然お邪魔して」
「いえ、丁度、ちとせさんにお聞きしたいことがありましたから」
適当に椅子に座らせると、お茶の準備を始めた。
「どうぞ」
「いただきます」
出されたハーブティーを一口含む。
「それで、私に聞きたいこととは何でしょうか?」
「部屋のことについて少し」
「部屋、ですか?」
少し目をキョトンとさせる。
ヴァニラからそういった質問をされるのが、少し意外だったようだ。
「ちとせさんは、部屋を飾るとき、どのような基準で飾るのですか?」
ちとせは、もう一度お茶を一口飲むと、ゆっくり語りだした。
「そうですねぇ…、これといった基準はありませんが、写真や、気に入った小物とか」
「写真や、小物……」
「ほかにも、花や思い出のある物などを飾っています」
「花や思い出のある物……」
ちとせが述べたものを思い浮かべる。
写真なら、皆で撮ったものや、彼とデートしたときのものが何枚かある。小物は……ない。思い出のあるものはいくつかある。花も割りと気に入っているものもある。
これなら何とかなりそうだ。
「あの、参考になったでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
微笑で返した。
「でも、珍しいですね。先輩がお部屋のことで聞いてくるなんて」
「こんな部屋では、タクトさんが面白くないと思ったので……」
少し俯きながら言った。
「タクトさん……ですか……」
ちとせの声色が急に鋭く、冷たくなった。
しかし、ヴァニラは部屋のことで頭がいっぱいになっており、その変化に気づかなかった。
「ちとせさんは私にどのような用事で?」
「……私、見てしまったんです」
「え?」
「公園で、タクトさんと先輩が抱き合ってるところを」
「っ!?」
急に、恥ずかしさがこみ上げてきた。
体の体温が上昇し、顔が熱くなる。
「いけないこととは思ったのですが、目が離せなかったんです」
「……」
「だって、それを見ていると、羨ましくて仕方がなかったんです」
「っ!?」
暗く、突き刺すような声だった。
そこで、ようやくヴァニラはちとせの変化に気がついた。本能が危険だと言っている。
「先輩とタクトさんが仲良くしていると、胸が苦しくなるんです。なんで自分じゃないのかなって」
「あ……」
逃げようといたが、身体が動かなかった。
目も逸らすことが出来ず、ちとせの笑みが恐ろしく感じた。
ちとせがゆっくり近づいてくる。
「ねえ、先輩。私どうしたらいいでしょうか?こんなにもタクトさんが好きなのに、タクトさんは決して振り向いてくれない。フフッ……、どうしたらいいんでしょうね」
「わ、私は……」
「いいんですよ先輩。先輩は何も悪くないんですから……」
「あ、ああ……」
ちとせはヴァニラの髪を少し撫でると、いつもと変わらぬ笑顔で、
「それでは失礼します」
と言って部屋を出た。
その変わらぬ笑顔が、たまらなく怖かった。
部屋に一人残されたヴァニラは、ようやく金縛りから開放され、ペタンと床に座り込んだ。
気がつけば、手に汗がべっとりついていた。
「私が、ちとせさんを苦しめていた……?タクトさんを好きになることで……」
「フフッ……、そうですよ。先輩は何も悪くないんですよ……フフッ……ウフフ……」
next story
あとがき
どうも、ソウヤです。
ちとせこわっ!!
いや、恐くしたのは自分なんですけど……。
何だか収拾がつかなくなってきました。ヴァニラに迫るダークちとせ。女の子って恐いです。
ですが、そんなちとせに怯えるヴァニラを書いてて、少し新鮮味を感じました。そういえば、ゲームでヴァニラが怯えるシーンはあまりないんですよね。
話が波乱に満ちていますが、何とか最後はハッピーエンドで終わらせるつもりです。
がんばってヴァニラとタクトにはこれを乗り越えてもらいます。ちとせにも幸せをつかませてあげたい!
それでは、ご意見、ご感想などをお待ちしております。
ありがとうございました。