もし、この世に生きる全ての者が幸福であったなら、どんなにすばらしいことだろうか。

 願いが叶い、想いが実る、そんな世界を夢見て『それ』は創られた。

 この世に生きる全ての者の幸福のために………

 

 

 

   第四話「答えを求めて」

 

 

 

 

 

 

 何故だろう。

 何故辛いんだろう。

 何故悲しいんだろう。

 何故苦しいんだろう。

 彼を愛することが、こんなにも。

 前にも同じようなことはあったけど、あの時とは違う。どこか圧倒的で、絶対的な、恐れと不安。

 彼と誓った想いが揺らぐ。

 誓ったそのときから、変わることのない、揺らぐことのない、そう確信していた想いが。

 自分以外の他者の思いを知ったとき、恐れと悲しみを覚えた。

 自分以外の他者が彼の隣にいるのを見たとき、不安と嫉妬を抱いた。

 そして、迷いを生んだ。

 彼女の実らなかった想いはどうなってしまうのだろう。

 彼女を苦しめた自分が、幸せになる資格などあるのだろうか。

―――何故躊躇うのですか?

 私が彼女を苦しめたから。

 私が彼を愛し、彼も私を愛したから。

―――あなたたちが愛し合っているのであれば、他者の思いが実らないのは必定。それは仕方のないことではありませんか。

 知らなかった、いや、気づかなかった。

 そのことに気づいたとき、自分が許せなかった。皆に笑っていて欲しいと願いながらも、その実、彼女を傷つけていたことに。

 それなのに、彼の隣にいた彼女に嫉妬してしまった。

 そんな自分が許せない。

―――それがあなたの罪なのですね

 答えて。私は彼を愛していいの?

 教えて。私はどうすればいいの?

―――あなたの問いに対する答えを私は持ち得ません。私はただ、示すのみ。答えはあなたのすぐ傍にあります。

 すぐそば……

―――この世の全ての者が幸福であれ………

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 一番に視界に飛び込んできたのは、英雄と謳われた愛しい彼の優しげな笑顔だった。

 少し呆けた状態が続き、やがて今の状況を把握すべく、頭が分析を始める。

 場所は倉庫。

 そう、逃げ出してしまった自分が行き着いた場所。

 そして仰向けになって寝ている。頭には女性とは違った少し硬い、そう男性の、しかし、暖かい。何となく落ち着く。

 そこで気がついた。

 今自分は膝枕をされていることに。

 いつしかタクトに耳かきをしたときと立場が逆転していた。場所的には雰囲気のかけらもないが。

「タクト……さん……」

 ようやく、それだけ言えた。

「目が覚めたみたいだね」

 柔らかい緑色の髪をそっと撫でた。

 撫でられるたびに、心が安らいだ。同時に自分の罪を意識し、胸を締め付けられる感覚に襲われた。

「ヴァニラ……俺、見たよ。見てしまった」

「何を……ですか?」

「君の心を。君の抱いている恐れや不安、迷い、そして罪を……」

「っ!?」

 思わずギョッとなってタクトを見つめ直す。

 起き上がろうとしたが、「そのままいい」と止められた。

 タクトは躊躇いがちに、しかしはっきりと言葉を紡ぎ始めた。

「正直、俺もどうしたらいいか分からない。ちとせがあそこまで俺を慕ってくれていたことは嬉しいし、だけどその想いに答えられないのも本当だ」

「でも、そうしたらちとせさんの想いは………」

 こくんと静かに頷く。

「実らない。それはちとせにとって辛いことだと思う。多分泣くだろうな。それでも俺は言わなきゃいけない。でないと、俺たちは止まってしまう」

「止まる……」

 何となく分かる。

 次の言葉を待った。

「惑いや不安を抱えたまま進めばいずれ止まってしまう。俺はそんなのは嫌だ。皆には幸せでいて欲しい。そしてヴァニラと幸せになりたい。だから言うんだ」

 それは迷いのない、偽りのない言葉だった。

 そんなタクトの姿は、凛々しく、頼もしかった。

 エオニアや、ヴァル・ファスクとの戦いで見せた、何者にも負けない、そんな姿。

 ヴァニラには今のタクトがまぶしく見えた。

 自問自答を繰返すだけの自分とは違う、答えを見つけた彼。

 自分がどうしようもなく惨めで、罪深さを意識してしまう。

「だけど、私は……ちとせさんを……傷つけました………」

 そう、それこそが罪。

 どんな言葉を重ねようとも、その事実は拭い去ることは出来ない。決して忘れることは出来ない。

 だから――――

「だから私は……幸せになるわけにはいきません。幸せになる資格なんて……ありません」

 泣きそうだった。

 だが、我慢した。

 そうしなければ、自分を保つことが出来ない。

 体を起こして互いに向き合う。

「………ヴァニラ」

 次に紡がれる言葉が怖い。

 軽蔑されるだろうか。それとも、哀しい顔をするのだろうか。どちらにしても、自分がそうさせてしまったのだ。仕方がない。

 しかし、言葉は紡がれることはなく、気がつけば抱きしめられていた。

「タクト……さん……」

「………そんな哀しいこと言うなよ。幸せになるのに資格とか、そんなもの必要ないんだ。それにちとせを傷つけたのは俺だって同じだ。でも、そのことにいつまでも囚われていちゃいけない」

 抱きしめる力が強まる。

「俺はちとせの想いを背負う。俺を慕ってくれた想いを絶対に忘れない。そしてその分幸せになってみせる。だから、ヴァニラも自分から幸せになるのを諦めないでくれ。そんなの悲しすぎるよ」

「わ、私……、私………」

 心が軽くなる。

 あらかじめ用意されていたように、カチリ、と欠けたピースがはまるかのように、素直に受け入れられた。自分でも驚くほどすんなりと。

 我慢は必要なかった。

 たまらず抱き締める。

「私……いいんですか……?幸せに……なっても……いいんですか………?」

「いいんだ。俺はヴァニラと一緒に幸せになりたいんだ」

 優しい言葉と心に、涙が溢れ出す。

 だが止めるつもりはなかった。

「背負います。私、ちとせさんの想いを背負います。そしてタクトさんと幸せになってみせます」

 その言葉に最早不安や恐れ、迷いはなかった。

 ひとしきり泣いた後、ヴァニラは新たに浮かんだ疑問を口にする。

「タクトさんはどうして、私の心を見ることが出来たんですか?」

「ああ、それは………」

 答えかけた瞬間―――――

「タクトぉぉぉ〜!!」

 地を揺るがす怒声に遮られた。

 視界に映ったのは、およそ常人ではないスピードで迫ってくるランファ・フランボワーズの姿だった。

 それはまさに仁王が憤怒する様だった。殺気立ったオーラが全身から溢れ出ていた。

「よくもヴァニラを泣かせたわね!!」

 そう叫びながら勢いに身を任せる。

「ぐほぉ!?」

 右ストレートが華麗に決まった瞬間だった。

 ランファの怒りの一撃を食らわされたタクトは、一発KO。ヒキガエルとなった。

「た、タクトさん!?」

 時々見かける光景とはいえ、流石にヴァニラも冷静ではいられず、タクトに駆け寄った。

 一方、ランファの方は床でのびているタクトを一瞥すると、

「ミントが、ヴァニラに元気がないって言うからまさかとは思ったけど、やっぱり泣かせてたのね!」

 ランファの言葉に、介抱をしているヴァニラはポカンと口を開けたまま固まってしまっている。

 そして一つの結論に達していた。

(勘違いしている……)

 よくあることとはいえ、このまま放置しておけば、確実に炊くとの命が危ないので、状況を説明した。諸々の事情は省き、泣いていた理由だけに限定して。

 それを聞くと、ランファの顔がみるみる困惑していく。

「えっと、つまり勘違い……?」

「はい」

「………」

「………」

 しばしの沈黙。

「あは、あはははは〜……、ご、ごめんなさい!」

 乾いた笑い声と同時に、謝罪すると、そのままどこかへ走っていってしまった。

 嵐のような彼女だった。

 ヴァニラは、はぁ、とため息をつくと、まだ気絶しているタクトに膝枕をすることにした。

「タクトさん、私はもう迷いません。だから一緒に幸せになりましょう」

 そう静かに呟くと、タクトが目を覚ますまで、寝顔を眺め続けた。

 二度と想いが、誓いが揺らぐことがないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

どうも、ソウヤです。

前回からどのくらい空いたのでしょうか?おそらく一ヶ月以上は過ぎているような気が。

とりあえず、何とか四話目を出すことが出来ました。正直良い出来とは思えませんが、楽しんでいただけたら幸いです。

次はどうなるか分かりません。ですがそろそろこの話も集約に向かうと思いますので、どうか最後までお付き合いください。

それでは。