本当は、あんなもの創る気はなかった。

 それ以前に、創ることなど出来るはずがなかった。

 人々の願いをかなえるなんて、そんな奇跡、人の手で実現するなど不可能だ。

 だが、見つけてしまった。

 奇跡を人の手で起こせる可能性を。

 それは何の前触れもなく、突然のことだった。

 どこかの星の、小さな島に在ったのだ。

 だから、その可能性を現実のものとした。

 

 

 

 

   第六話「幸せを夢見て」

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこには不思議な光景が広がっていた。

「……ん……すぅ……」

 目の前にはヴァニラ。

 静かな寝息を立て、安らいだ寝顔をしている。すっかり熟睡しているご様子である。男として、恋人としても起こすのが憚られる。

 それに、

「何か、癒される……」

 思考がとろけそうになる。

 いつまでもこうしていたい、そんな思いに囚われそうになるが、判断力の落ちた思考回路が、何とかストップをかけた。

 もし、こんなところを誰かに見られでもしたら、大変まずいことになる。

 ミルフィーユの場合。

 お幸せに、などと言ってみんなに話して回るだろう。危険だ。

 ランファの場合。

 問答無用の鉄拳制裁。生命の危機だ。

 ミントの場合。

 艦内全域にミント作、主演タクトの面白おかしい感動的なストーリーが広まることだろ

う。危険過ぎる。

 フォルテの場合。

 無言で銃を突きつけられそうだ。精神衛生上よろしくない。

 ちとせの場合。

 以前の彼女なら、ミルフィーユと同じ様なことを言うだろうが、今の彼女なら弓が出てきそうだ。恐ろしい。

「……死ぬな、俺」

 想像して、そう呟いた。

 とにかくまずやることは一つ。

「ヴァニラ、起きてくれ」

 少し軽めに体を揺らす。

「……ん……ぁ……タクト…さん……」

「おはよう、ヴァニラ」

「おはようございま………っ!?」

 す、と言いかけて固まった。

 ヴァニラの顔が見る見る赤く染まっていく。

 その赤さはゆでだこをすら上回る。

「あの、その、私………」

 思い切り動揺している。

 そりゃあそうだろうな、と思いながら助け舟を出した。

「慌てなくていいから。ほら落ち着いて」

「は、はい」

 落ち着こうと、二、三回深呼吸をした。

「落ち着いたかい?」

「はい、大丈夫です」

 まだ頬はうっすらと朱に染まっているが、口調はしっかりしている。

 少し間を置き、今の状況に至った経緯を話し始めた。

 きっかけは、何てことのないものだった。

 ふと、たまにはタクトに早起きをさせて、誰にも文句を言われることなく一日を始めてもらおうと思った。

 それに今日は、タクトがロストテクノロジーの種明かしをすると、招集がかかっている。

 やはり彼女としては、彼氏がしっかりしていて欲しいと思うのは当然だった。

 普段のタクトでも十分だが、たまにそんな姿を見ると新鮮味が出て、より魅力的に感じるのだ。

 だから、起きる時間を早め、タクトを起こしに来た。

 しかし、お越しに来たのはいいのだが、タクトの寝顔を見ていると、起こすのが悪く思い、尚且ついつもより早く起床したため、まだ眠気が残っていた。

 他人が寝ているのを見ると、自分も眠くなってしまうことがある。

 まさにヴァニラがその状態で、気がつけば今の状況に至っていたというわけだ。

「俺のために……ありがとう、ヴァニラ」

 自分への気遣いがとても嬉しく思え、感謝の言葉と共に、ヴァニラの頭をそっと撫でた。

 が、しかし、

「でも、何で俺のベッドの中に?」

 今までの彼女を考えると、想像もつかない行動だった。

 今回の一連の出来事で、積極的になったのかな、と考えて、やはり違うと思った。

 ヴァニラは少し恥らいながら、

「アルモさんとココさんが……その、恋人は一緒に寝るものだと……」

 言い切ると、恥ずかしさのあまり、顔を俯かせた。

「ああ、そうか。あの二人か……」

 青汁のときといい、二人が絡むとロクなことがないような気がする。

 まあ、今回は嬉しいというか、得をした感じではあるが。

「あの、迷惑……だったでしょうか……?」

 ん〜、と、うなるような表情をしていたタクトを見て、不安気味に聞いてくる。

 そんな彼女が可愛らしく見え、胸がドキドキした。

「迷惑じゃないよ。どちらかというと、たまには……いい、かな……」

 自分で言って恥ずかしくなり、最後のほうは少し口ごもってしまった。

 ヴァニラの方は、また真っ赤になっている。

「とりあえず、朝ごはん食べようか……」

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンジェル隊が集まったのは朝食を取って少し経った後だった。

 タクトが気掛かりだった二人は、やはり気まずそうにしていた。会話こそするものの、どこかぎこちなさがあった。どちらも話したいことがあるのだろうが、今までのことへの負い目がそうさせているのだ。

(何かきっかけがあればいいんだけどな)

 そう思いつつ、今は目の前のことに集中することにした。

 招集されたエンジェル隊はタクトとちとせを除いて少し浮ついた雰囲気だった。

 無理もない。

 何せ、ロストテクノロジーの専門家である白き月の技術者たちや、『黒き月』の管理者であるノアですらその全容の一割も解明できなかったシロモノだ。

 なのに、技術者とはほとんど無縁といっていいタクトがそれを解き明かすというのだ。

 皆が落ち着かないのは当然である。

「さて、皆に集まってもらったのはほかでもない。この前回収したロストテクノロジーの正体を見極めようと思ってね」

「おい、タクト、本気で言っているのか?」

 レスターは未だに信じられない、という顔でタクトを見た。

 ほかの者も同じである。

「そうだよ。でなきゃ、こんなことしないって」

 いつもの軽い調子で言うタクト。

 そんな親友を見て、レスターは信じるしかない、と思った。

「分かった。だが、何故そこに至ったのか……、その経緯を知りたいもんだな」

「それは企業秘密だ」

「……だと思ったよ」

 少しため息混じりに言った。

 士官学校からの付き合いだ。今までだってこういったことは何度もあった。今更何を驚くことがあろうか。

「話はまとまったようだね。タクト、そろそろ始めてくれないかい?」

 流石といったところか、フォルテが円滑にこの場を進めてくれる。

「そうだね。それじゃあ……」

 先ほどの軽い調子とは一転して、目つきが鋭くなる。

 それは先の大戦で皇国に勝利へと導いた、英雄の姿だった。

「そろそろだんまりはやめにしないか。そっちだって、分かっているんだろ」

―――やはり気づかれましたか

 声が倉庫内に響くと同時に、ロストテクノロジーから一人の女の子が現れた。

 身長はミントよりも少し高いぐらいで、見た目は十二、三といったところだ。腰まで伸びた鮮やかな銀髪を持ち、金色の瞳には柔らかな光を宿している。

「女の子だ。わあ、可愛いなぁ……」

「ミルフィー、バカなこと言ってんじゃないわよ」

「お二人とも、漫才をしている場合ではありませんわ。……まさかこう来るとは……」

「こいつは驚いたね……」

「はい。ですがノアさんのケースもありますから……」

「流石に私も予想していませんでした……」

 皆が各々動揺する中、タクトだけは全く動じていなかった。

 正直驚いていないと言えば嘘になる。

 このロストテクノロジーが、なんらかの意志を持っていたことは分かっていた。だがこんなものから女の子が出てくるなど、誰が予想しようか。

 しかし、今はそんなことをあれこれ言っても仕方がない。

 今すべきことは、このロストテクノロジーの正体と、その目的を知ることだ。他の事は

その後聞けばいい。

「まずは自己紹介からいこうか。俺は……」

 名乗ろうとしたが、少女が右手で制した。

「知ってるからいいよ。あなたたちのことは、このあなたたちがロストテクノロジーと呼んでいるものを通して見ていたから。皇国の英雄タクト・マイヤーズとエンジェル隊……。流石だね、いい洞察力だよ。まあ、こっちも色々動いたからね。当然といえば当然か……」

 どこまでも透き通る声で、確かにタクトが聞いたあの声だが、態度というか、口調が明らかに違っていた。

「話し方が違うのは気にしないで。こっちが地だから」

 こちらの心中を察してか、少女がにこやかに言った。

 タクト以外の者が唖然としている中、少女は変わらず自分のペースで話した。

「一応名乗っておくよ。私はアリシア。このロストテクノロジーの創造者で、監視役といったところかな」

「ノアみたいなものかい?」

「ノア?……ああ、『黒き月』の管理者だね。うん、そういうのとは違うよ。私は言わば残留思念みたいなものだからね」

 自分の素性を語るアリシアには、少し翳りがあった。

「ざんりゅう……なんですか?」

「残留思念。簡単に言ってしまえば幽霊みたいなものですね」

 ちとせに説明されても、ミルフィーユの頭の中では疑問符が溢れていた。

「聞きたいことは分かっているよ。さて、どこから説明しようか……」

「じゃあ、アリシア。君の目的を教えてくれ。君はこのロストテクノロジーで何がしたかったんだ?今回このロストテクノロジーの行動には不可解な点がある。俺やちとせ、それは当事者全員に何かしら働きかけていた。だが、それは君に何の意味があったんだ?」

 タクトの問いに、アリシアがふむ、と考え込む。

 やがて、

「幸せのため、だよ」

 静かに言った。

 その瞳はどこか遠くを見つめているようだった。

 少し間をおいて語り始めた。

「幸せってなんだろう。毎日そんなことを考えていた。まずは自分を中心に、自分だったらという仮定を立てた。そして今度は自分以外の人はどうなんだろうと思って、たくさんの人に聞いて回った。たくさんの幸せの在り方があった、そしてそれを願っていた。そうしていく内にあることに気がついたんだ」

 分かる?と表情で尋ねてくる。

 それは答を求めたものではなかった。

「それはね、いつだって願いを叶えられるのは、ほんの一握りだけということなんだよ。そして、叶えられなかった人たちは幸せにはなれない。あなた達だって分かるでしょ。幸せの裏には必ず不幸がある。そう、そこにいるヴァニラ・Hと烏丸ちとせように。だから私は強く思った。全ての人々が幸せだったらどんなに素晴らしいだろうって。その果て

がこの子なんだよ。全ての人々の願いを叶えるためにね……」

 まるで母が子を愛でるかのように、優しく撫でた。

 その表情は柔らかく、しかし哀しかった。

「願いを叶える……」

 少なくとも、現代の技術ではそんなこと不可能だ。

 そして、発掘されたロストテクノロジーや『白き月』、『黒き月』のデータベースにもそういったものが存在した、という記録は報告されていない。EDENのライブラリなら話は別かもしれないが。

 しかし、アリシアは冗談を言っているようには見えず、一同はただ次の言葉を待つしかなかった。

「本当は、この子を創る気はなかった。創れるはずなかった。願いを叶えるなんて、それは奇跡の領域。たかが人間に奇跡を体現できるわけがない。でも、私はそこへ至る可能性を見つけてしまった。だったら、それを現実のものにしようとするのが人間と言うものだよ」

 可能性への挑戦。

 その結果が、このロストテクノロジー。

 全ての人々の願いをかなえるために創られた、奇跡の具現化。

「その可能性があったのは、どこかの星の小さな島だった」

 このトランスバール皇国からはるか離れた場所にあった青き星。その星の小さな島。

 どこにでもあるような島で、どこにもないでもない島。そこには魔法使いと、『枯れない桜』が存在した。

 魔法使いは言った。その桜は本当に真摯な願いを叶えるもの。桜の花びらや花粉を通して、皆の願いを集め、願う人々に集める魔法。科学でもない真実の魔法。人のためになればと夢見た。たとえ一人一人の願いは小さくても、皆で願えば幸せになれる。そのための魔法の桜。

「まさに私が求めていたものだった。私はこれなら皆が幸せになれると思って、その桜を徹底的に調べた。試行錯誤の末に、容にするに至った」

 それはもう、幻想の世界の話としか言いようがない内容だった。

 もはやタクトですらその内容についていくことが出来ず、しかし、それを実際に目の当たりにした一人としては、やはり事実であることを、受け入れざるを得なかった。

 おとぎ話の中だけに存在したそれは、確かなものとして目の前に存在している。

 人々の願いを叶える。その話は一見して魅力的なことであり、アリシアの言う通り、人々を幸せにすることが出来るのかもしれない。

 だが、

「それってさ、本当に皆を幸せに出来るものだったのかな?」

 すばらしいものだとは思えなかった。

「え……」

 思いもよらないタクトの言葉に、アリシアは驚きを隠せなかった。

「何を言ってるの。私はこの子でたくさんの人々の願いを叶え、幸せにしてきたんだよ!」

 そのロストテクノロジーやアリシアの想いは、確かに人々の幸せを願ったものだった。

 人々の幸せのために、途方もない努力をしてきたのだろう。

 それは確かに、人々を幸せにすると信じていたのだろう。

 しかし、

「そのロストテクノロジーが人々を幸せにするものだって言うのなら、何故ヴァニラとちとせは苦しんだんだ。悲しんだんだ?」

「っ!?」

 ちとせは、胸に秘めていた想いをロストテクノロジーによって解放させた。

 ヴァニラは、ロストテクノロジーにその想いを問われた。

 タクトはロストテクノロジーによって、ヴァニラの想いを見せられた。

 その出来事全ては、確かに本人たちが願っていたことだ。

 だが、その結果、ヴァニラは愛することを躊躇い、ちとせは自分の想いに苦悩し、タクトはヴァニラの戸惑いと、ちとせの想いに悩むこととなった。

「確かに俺たちは心のどこかでそれを願っていた。でも、それを一方的に叶えることは本当に幸せになるのか?」

「………」

「例え、願いが叶わず、不幸になったとしても、その不幸の中から、願いを見つけていくことが、本当に幸せになることじゃないのか!?」

「…………」

「それに、願いは叶えてもらうものじゃなくて、自分で叶えるものじゃないのかな」

「……………」

 アリシアは黙ってタクトの言葉を聞いていた。

 そして寂しげに、

「……同じようなことを、魔法使いにも言われたよ」

 そう静かに言った。

「魔法使いもね、『願いを無差別に勝手に叶えるのは余計なお節介』だって。魔法使いは後悔していたんだ。こんなものはあってはいけないのだと。そのときの私はその意味が分からなくて、ただ人々の願いを叶えることに必死だったから」

 フフっと、自嘲気味に笑った。

 笑って、ロストテクノロジーを撫でた。

「今になって、ようやく気づくなんてね。まあ、本当はとっくの昔に気づいていたのだろうけどね。でも認めたくなかったんだ。認めてしまったら、今まで自分のやってきたことが無意味に思えてくるようで、怖かったんだ」

 それは自分に対する懺悔だったのか。

 微かに震える自分の体を抱いた。

「……無意味なものじゃありません」

 ヴァニラの声が響いた。

「え……」

 ヴァニラのほうへ顔を向けるアリシア。

「アリシアさんのしてきたことは、想いは決して無意味なものじゃありません」

「そうですよ」

 ちとせが、アリシアに近づく。

「私は、この胸に秘めた想いをロストテクノロジーによって解放された。そのせいで私やヴァニラ先輩は苦しみました。でも、それだけじゃありません。私はロストテクノロジーのおかげで、自分の想いに素直になれました。タクトさんとちゃんと向き合えることが出

来たんです。だから、無意味じゃありません」

 微笑むちとせは、震えるアリシアを優しく抱きしめた。

 安心していい、あなたはがんばったのだから、と。

「あ……」

 気がつけば、涙が頬を伝っていた。

 綺麗な、涙だった。

 そして、ぽつりと、

「ありがとう」

 そう言って、微笑んだ。

「じゃあ、もう消えないとね」

 今日の夕食何にしようか?

 そんな軽い口調で言った。

 躊躇いも、迷いもなかった。

「どうしてですか?」

 ヴァニラが問いかける。

「だって、もう私やこの子が存在する必要がないからね。自分で蒔いた種は、自分で摘まないと」

「必要ないって……」

「私やこの子がこのままいれば、また無差別に願いを叶えてしまう。また、あなた達のような、事が起こってしまう」

「それでも……」

 それでも、自分から消える必要はないじゃないですか。

 ちとせはそう言いたかった。

 だが、言うべきではないと思った。

 ヴァニラもまた、言わなかった。

「それに、もう答えは得たからね。だからもう、いいんだ」

 アリシアの体が薄れていく。

 人々を幸せにしたいと願った彼女の旅路が、終わろうとしている。

 消え行く中、彼女は輝くような笑顔で、

「あなた達が、幸せでありますように………」

 そうして、長い長い旅路は終わりを告げた。

 彼女の最後の願いは、本当に真摯なものだった。

 

 

                                                                                           next story

 

 

 

 

 

 

   あとがき

 

 どうも、ソウヤです。

 五話目から、どのくらいの日にちがたったんでしょうか?

 もはや覚えていません。

 とりあえず、無事六話目をお送りすることが出来ました。いかがだったでしょうか?今回ロストテクノロジーの種明かしをしたわけですが、納得していただけたのか不安です。

 さて、六話限定のゲストキャラクター、アリシアですが、本当はこんなキャラは当初予定していませんでした。ですが、ロストテクノロジーの種明かしするときに、「誰か解説役の人がいるんじゃないの?」と思い、急きょ、誕生したのがアリシアなのです。

 皆さんには、アリシアがどんな人に見えたでしょうか?

 物語も終わりに近づいており、後一、二話ほどで完結する予定です。

 皆さんどうか、最後までお付き合いください。

 それでは、ありがとうございました。