出会ったとき、その魔法使いは悲しそうだった。

 しきりに魔法の木を見つめては、思いつめた表情をしていた。

 それは、この、私が追い求めた理想の島において、何故魔法使いがそんな辛い顔をしているのか分からなかった。

 そのときの私は、ただ目の前にある理想に胸を躍らせ、これこそ本当に「人々を幸せにするもの」なのだと信じていた。

 自分の理想をすでに体現していた魔法使いに、憧れと羨望を抱いた。

 そして、悲しそうな顔をやめて欲しかった。

 あなたは人々を幸せにすることが出来たのだから、それは誇るべきことだ、胸を張っていいことだ、と。

 そんな私に、魔法使いは告げた。

「この桜は人々を幸せになんかできない。願いを勝手に叶えるなんて、そんなことをしても、人々を幸せにすることは出来ない。それはただのお節介。多分、この魔法はいつか消せなければならない」

 その言葉に、どれほどの重みと悔やみが込められていたのだろう。

 でも私は、理想を否定するその言葉を聞きたくなくて、ただ必死にそれが正しいと、証明しようと、ひたすら容にしようとした。

 その魔法の本質を知らず、聞かず、理解しないまま。

 多分私はこのときから間違っていたんだと思う。

 でも、今なら良く分かる。

 あの人たちの想いと、そして答え。

 それが私にとってどれだけ救いになっただろう。

 だから、本当に心の底から、真摯に、あの人たちの幸せを願った。

 そして、もう一つ………

 

 

 

 

   第七話「仲直り」

 

 

 

 

 

「以上が、今回のロストテクノロジーに関する報告だ」

 書類の束を整え、タクトは目の前に座っている金髪、褐色の肌の少女に手渡した。

 ノアだ。

 彼女はあの事件の後、一日遅れで合流した。

 その後、エルシオールはEDENの惑星ジュノーに到着し、クルーはのんびりとしていた。

 当然だ。

 当初の目的であったロストテクノロジーの調査が、予想外の形でその内容のほとんどを消化してしまっていたからだ。

 よって、タクトの独断、つまり遊びたいという何とも司令官らしくない理由によって、クルーに休暇を与えた。

 面と向かって、真剣に言われたレスターも流石に面食らい、何を言っても無駄だろう、とこれを了承してしまった。

 残った細かい調査の方は、ノアやルシャーティにライブラリで調べてもらっている。

 その参考のために、タクトに報告書を作成してもらったわけだ。

「ん………」

 報告書を受け取ったノアは、ブスっとしていた。

 先ほどからこの調子である。

 ノアに呼ばれてきてみれば、不機嫌そうな表情で待ち構えていた。

 何故、そんなに不機嫌なのか、タクトには皆目見当がつかず、ただなるべく刺激しないように努めるほかなかった。

 受け取った報告書をノアは無言で目を通す。

 時折聞こえる紙をめくる音が、室内に漂う重い雰囲気を、さらに倍化させ、押し潰されそうになる。

 一通り目を通すと、はあ、とため息をついた。同時にタクトを睨めつける。その瞳には僅かに殺気が込められている。

(こ、こわっ)

 蛇に睨まれた蛙のように、一歩も動けなかった。

 一体自分が彼女に何をしたのか、改めて頭の中のハードディスクをフル回転させる。

 検索中……、検索中……

 該当項目無し。

 どうしようもなかった。

「まったく、今回といい、どうしてあんたは理論とかすっ飛ばすような真似ばかりするのかしらね」

「はい?」

 意味が分からなかった。

「たく、これじゃあ私が来た意味ないじゃない。あーあ、こんなことなら壊れた七番機をイジってた方がマシだったわ」

 さらに深々とため息をつく。

「えーと……」

「何よ」

 ジト目でこちらを睨む。

「結局、何でノアはそんなに怒ってるんだい?」

 恐る恐る聞いてみた。

 するとノアは、またため息をついた。まだ分かんないの、と言いたげに。

「私がここに来た理由は?」

「えっと、『白き月』でロストテクノロジーに関することが分かったから、それを伝えに」

「そう。まあ、データだけ送ればよかったけど、私自身ライブラリで調べたかったしね」

 端末を操作しながら、答える。

「で、何で、私が来る前に、もう解決しているのかしらね?」

「あ………」

 ようやく合点がいった。

 ノアが伝えるべきロストテクノロジーについては、すでに片がついている。

 つまり、ノアがここに来る意味はほとんどなかった。

 祭りに参加しに来てみれば、その実、祭りは終わっていた。

 そんなことであれば、誰だったやり切れない気持ちになる。

「まあ、いいわ。過ぎたことをあれこれ言っても仕方ないわ。はい、これが白き月で見つかったデータよ。参考にでも見ておきなさい」

 そう言って、タクトに端末の画面を見せる。

 『白き月』でシャトヤーンに見せたものだ。

「これは……文献……、じゃなくて日記?」

「そうみたいね。読んでみて」

 ノアに促され、日記を読み始める。

 

――――――『枯れない桜』

 それは人々幸せを願って植えられた魔法の桜。

 桜の花粉や花びらを通して人々が無意識に思う願いを集め、困っている人の願いを叶える魔法。科学でもない、真実の魔法。

 そんなものはない。奇跡なんて起こらないと思っている人には絶対使えない力。でも、みんな心のどこかで願っている。誰も信じていないのに、実は心のどこかで皆が望んでいる力。

 人のためにと夢見た。一人一人の願いは小さくても、皆で願えばハッピーになれる。人が人を想うが力になる。そんな素晴らしい世界うを夢見た。

 それがこの島の魔法。

 だけど、それは余計なお節介だった。

 確かに、桜のおかげで願いを叶えた人たちもいる。

 人の心が読めたり、自分の言えない思いを人形が代弁したり、猫が人間になったり……。島では本当の奇跡が起きた。

 幸せになれた人たちがいた。

 でも、それはきっと夢なんだ。

 夢はいつか覚めるもの。

 そこがどんなに温かくても、どんなに居心地が良くても、いつか覚めなければならない。

 それに幸せは自分の力で掴み取るものだから。

 魔法にすがった幸せは、本当に自分で掴んだものじゃないから。

 どんなに苦しくても、辛くても、自分で掴んでこそ価値がある。

 だからそのために、皆が本当に幸せになるために、このお節介な魔法の桜を枯らそう。

 この枯れない桜の狂ったダ・カーポを、もとの正しい、季節が巡るダ・カーポに戻そう。

 始めは戸惑うかもしれないけど、でも、それが当たり前なんだ。

 でも、大丈夫。皆は強いから。強いことを知っているから。だから、こんな魔法にすがらなくても、歩いていけるから。

 きっと自分の力で幸せになれるよ。

 だけど、一つだけ、たった一つだけ思い残したことがある。

 あの娘。

 アリシアと名乗った、銀髪と金色の瞳のあの娘。

 彼女は分かってくれるかな?

 彼女もまた、この魔法の桜が人々を幸せにするものだと、信じて疑わない。

 本当に純粋で、心から人々の幸せを願っていて、まだ桜の本質に気づいていない。

 アリシアは今、自分の手でこの魔法を再現しようとしている。多分そう遠くない未来、彼女はそこに至る。そして、その魔法で人々の願いを叶えるだろう。また、この島のようなことを繰返すだろう。

 でも、大丈夫だよね。

 いつかあの娘も気づく日が来る。

 その日が来ることを願う。

 

 そこで日記は終わっていた。

 多分、この日記の筆者がアリシアの言っていた魔法使いなのだろう。

「その日記と一緒にこの写真があったわ」

 端末を操作し、画面に画像を出力する。

「これは……」

 その写真は、あのロストテクノロジーと同じものだった。

「この写真と日記を見て、慌てて飛び出してきたんだけど……本当に無駄足だったわ」

 あーあ、とオーバーなリアクションで肩をガックリと落とす。

 そんなノアに苦笑しながら、タクトは改めて人々の幸せを願い続けた少女を想った。

 

 

 

 

 

 ザッ、ザッと草を踏む足音が近づいてくる。

 目的は、分かってる。

 何せ、呼び出したのは自分なのだ。

 おそらく、向こうも呼び出された理由は分かっているだろう。

 ロストテクノロジーによって起こされた、一連の出来事は終わりを向かえ、「全ての人々の幸せ」という理想を追い求めた少女の旅も、終わりを告げた。

 終わりの中、彼女の願った幸せは本当に真摯なものだった。

 だから、その願いに応えるため、そして自分へのけじめをつけるため、呼んだのだ。

「………」

 見上げた作り物の夜空の中に、彼女が追い求めたものがあったという星はあるのだろうか。

 その星に私も行ってみたい。

「ちとせさん……」

 そこで思考が停止する。

 呼ばれて、声の主に振り向く。

 声の主はライトグリーンの髪に真紅の瞳の少女。聖母の如く慈悲深い心を持つ、優しき癒し手。

「すみません、ヴァニラ先輩。こんな時間にお呼びして、申し訳ありません」

 柔らかな表情で言った。

 ヴァニラは支部かに首を振り、答えた。

「いえ、私もちとせさんとお話したいと思っていました」

 瞳には確かな決意。

 愛する人と誓い。

 それを守り続けるための始まり。

 互いに見つめたまま、静寂が流れる。

 先に口を開いたのはちとせだった。

 彼女は意を決して、

「私は先輩に酷いことをしました。どんなに謝っても許されることではありません」

 謝罪すべき相手をまっすぐ見据える。

「それでも私は、あなたを尊敬する先輩だと、大切な友達だと思っています」

 あまりにも自分勝手で、都合のいい、言葉。

 だが、それは彼女の嘘偽りのない、本当に気持ち。

 共に戦い続けた日々。他愛ない会話をした日々。互いに日記を付け交換した日々。

 どれもがかけがえのないものであり、そしてまたその日々を取り戻したい。

 だから―――――

「先輩は、こんな身勝手な私を許してくださいますか?」

 ヴァニラは真っ直ぐ見つめ返す。

 答えなんて決まっていた。

 彼女と共に戦った日々は、他愛ない会話をした日々は、互いに日記を付けた日々は、かけがえのないものだから。また、その日々を送りたい。

「ちとせさん、私もあなたに許されないことをしました。私はちとせさんの想いを知ったとき、その想いを背負う覚悟がなくて逃げ出しました」

 真っ直ぐに向き合えず、背けてしまった真摯な想い。

 だが、もう決めた。誓った。逃げないと、絶対に背けないと。

 彼女の想いも背負うと。

「だから、これでおあいこです」

 にっこりと微笑んだ。

 その笑顔に、どれだけ救われただろうか。

 ちとせははっきりと、満面の笑顔で、少し泣きながら、

「……はい!」

 それが彼女たちの日々の再開だった。

 

 

 

 

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   あとがき

 

 どうも、ソウヤです。

 また前回から長い間が空いたしまいました。

 駄目なやつです、全く。

 さて、今回はいつの間にか出番をなくしたノアの登場。不機嫌度MXA状態です。

 いや、別に忘れてたわけじゃないんですよ。

 ヴァニラとちとせも仲直りして、これでもうほとんどのことは片付きました。ケンカしたらちゃんと仲直りしませんとね。

後はハッピーエンドに向かって突き進むのみです。

 なので、みなさん、最後までお付き合いください。

 それでは。