理想を追い求めた少女の話は終わりを告げた。

 そこに至るまで長い長い年月を重ねた。随分と遠回りをした。

 その遠回りの分、本当の「幸せ」の意味を知った。

 「幸せは」というものは各個人によって違うものであり、少女が知った「幸せ」もまたその一つに過ぎない。

 それでも、辿り着いた答えは少女にとって救いとなり、そしてまた人々の幸せを願えるようになった。

 もうお節介な魔法に頼ることのない、人が自分の力で手に入れてこそ価値のある「幸せ」を。

 

 

 

 

 

 

   第八話「未来への誓い」

 

 

 

 

 

 

 

 正直に言うと、私はまだ退場したくなかった。

 確かに、あんな傍迷惑なものを創った責任もあったし、私なりのけじめだった。それに自分の子供だけ逝かせるなんて親として失格だ。この子は私が願ったとおり、役目を果たしてくれていただけなのだから。

 でも、やっぱり未練はある。

 私に答えを示してくれたあの人たちが、自分達でどんな未来を紡いでいくのか、見届けたかった。

 無理だって分かっている。わがままな話だってことも分かっている。それでも、もし、許されるのなら、ほんの少しでいいから、あの人たちの紡いでいく未来を見せてほしい。

 お願い、あなたに少しでも力が残っているなら、こんなわがままで自分勝手な母親の願いを叶えてください。

 これが私の願う、最後の真摯な願いです。

 

 

 

 

 

 全てが静寂で支配された夜。

 聞こえるのは静かな波の音。

 空にはホログラムの星空が広がっている。

 エルシオール艦内に設けられた宇宙クジラの居住スペース、クジラルーム。

 その海に住人である宇宙クジラの背中の上で寄り添う青年と少女、皇国の英雄と謳われるタクト・マイヤーズとエンジェル隊最年少にしてエースパイロット、ヴァニラ・Hの姿があった。

 二人は何をするのではなく、ただホログラムの星空を眺めている。

 作り物の空。作り物の海。

 一般の人間ならそんなものは本物の前では劣る、というだろう。

 しかし、二人にとってこの作り物の空も海も本物と変わらない。いや、むしろ本物の方が劣るだろう。

 二人にはここでの忘れることのない思い出が、胸に深く刻まれている。

 ヴァニラが自分の過去と向き合う始まりとなった、初めて宇宙ウサギに名前を付けた場所。

 エオニア戦役において自分たちの気持ちを確かめ合った場所。

 ネヒューリアとの決戦前おまじないをかけた場所。

 そして、銀河を懸けた戦いの最中交わした約束を果たす場所。

 二人は今その約束を果たしここにいるのだ。

 ヴァニラの左手の薬指にはエンゲージリング。月明かりに照らされ輝いていた。

 ちとせとの一件以来はめることが躊躇われていたが、仲直りした後、踏ん切りがつき再びはめることにしたのだ。

 そのことをタクトに話すと、彼は「よかった」と優しく微笑んだ。

 タクト自身二人の関係は気がかりなものであったため、仲直りしたという話は本当に嬉しかった。

 星空を眺めながら、不意にヴァニラが口を開いた。

「約束、守ってくれたのですね」

「うん。本当は戦いが終わったらすぐにでも守ろうと思ったんだけどね。色々バタバタしちゃってから」

 少し苦笑する。

「戦後の復興とEDENとの本格的な国交……仕方がないと思います」

 タクトの方を向きそっと微笑む。

 この笑顔にどれだけ助けられただろうか。

 どんなに絶望的な状況でも、この笑顔があったから、憶えていたからいつだって乗越えられた。どんな作戦だって信じて押し通せた。

 決して自己主張することのない、陰ながら皆を支えてきた、この心優しき少女こそ銀河を救った天使なのだ。

「星が……綺麗です」

「そうだね……」

 愛する者の横顔に見入るヴァニラ。

 この彼という存在にどれだけ救われただろうか。

 ウギウギが死んだとき、優しく抱いてくれた。決戦兵器に共に搭乗し、皇国を守った。ヴァル・ファスクとの決戦前に永遠の誓いを交わし、共に銀河を救うためクロノスペースへと飛び込んでくれた。

 いつだって彼がいてくれた、背中を押してくれた。彼がいてくれたから戦い抜くことが出来た。どんな作戦だって信じて実行できた。

 普段はのんびりしている、しかし、いざというときには他人のために一生懸命になれる彼こそ、英雄と呼ばれるに相応しい。

 今回色々なことがあった。それは悲しみ、涙を伴う出来事で、しかし「愛する」意味と「幸せ」の意味を垣間見ることが出来た貴重で掛け替えのない出来事。

 一人を愛するということは、その一人以外の愛を拒絶することも意味し、幸せは自分達の手で叶えてこそ価値があるもの、それが彼らが知り、手に入れた答え。

 それらは数あるうちの一つに過ぎないが、二人にとってその一つは数ある回答を上回るものなのだ。

「アリシアさんのことはとても残念です」

 ぽつりと、ヴァニラがそんなことを漏らした。

「そうだね。彼女にはこれからの俺達を見届けて欲しかった」

 責任をと取るために、表舞台から退場したアリシア。すでに何百年と時を旅してきたのだから、もう休ませてあげてもいいだろう。しかし、答えを得たのだから、その先を見届けて欲しかったのも事実だ。

 もし、まだあのロストテクノロジーに力が残っているのなら、アリシアに新たな未来を歩ませてあげたい、と真摯に願うのはやはりいけないことなのだろうか。

「私、実はアリシアさんが消えるとき一つ願い事をしました」

 ヴァニラの願ったこと。

 何となく予想がつく。多分自分も同じことを願っているから。

「どうかアリシアさんに新しい未来を与えてください、と。私達と一緒に歩める未来を」

「その願いが叶ったら俺も嬉しいな」

 それは叶うことのないif。そんな都合のいい奇跡など起こりはしない。その奇跡を願うことは、奇跡を拒絶した自分たちにとって矛盾することではないのだろうか。

「この願いは決して叶うことはありません。それでも私はアリシアさんには誰かのためではなく、自分のために生きて欲しいと思いました」

 そう言って、星空を見上げる。

 タクトも一緒に見上げる。

 せめて彼女が、得た答えに満足していることを願って。

「タクトさん、私は今とても幸せです。こうして自分の隣に大切な人がいて、家族のようなエンジェル隊の皆さんがいて、これ以上の幸せは何処にもありません」

 タクトに自分の体を預ける。

 タクトもまたヴァニラを抱き寄せる。

「俺も幸せだよ。こうして君と一緒にいられること、大切な仲間がいること、それでけで嬉しいんだ。そうだ、ヴァニラちょっと目を閉じてくれないかい」

 そう言ってポケットの中を漁る。

 不思議に思ったが、彼に従った。

 首に何かを掛けられる感触がする。

「もういいよ。目を開けてごらん」

「はい、あ……」

 目を開けた瞬間、自分の胸元にあったものは、銀色の十字架をあしらったペンダントだった。

「この前デートしたときに買っておいたんだ。ヴァニラに似合うと思って」

 少し照れた感じで、でもしっかりと自分への想いを言葉にしてくれる。

 自分はいつも彼に何かしてもらっている。頼るばかりで何もしてあげられない。今だってプレゼントをくれた彼に応えられるものを持っていない。だから、せめて愛する人へ感謝と謝罪を込めて、思い切り抱きしめた。

「タクトさん、ありがとうございます。とても……、とても嬉しいです」

「気に入ってくれて嬉しいよ」

 タクトも抱きしめる。

 こうやって抱きしめられるだけで、体温を感じるだけで、とても心地よい気持ちになれる。二度と彼女を悲しませない、迷わせない。自分はただ彼女だけを愛する。それが自分が選んだ未来だから。ちとせの想いを背負うと誓ったから。絶対に、何が何でも全力で幸せになる。

 だから、そのための一歩として、理想を追い求めた彼女のために、今ここで再び誓いを。二人だけの、変わることのない永遠の誓いを。

「ヴァニラ、本当はそのペンダントは白き月に帰ってから渡そうと思っていたんだ。でも、やめた」

「どうして、ですか?」

「今回のことで分かったんだ。俺はまだ足りないって。まだ、ちゃんとヴァニラを愛せていないって。だからもう一度、あの時以上に強く、揺らぐことがないように誓いをしたい。そのために贈ったんだ」

「タクトさん……」

 その真意を察し、次の言葉を待つ。

 きっとその言葉は二人にとって大切なものだから。

「結婚しよう、ヴァニラ。白き月に帰ったらすぐに」

「はい」

 その誓いは、一度交わされたもの。

 二人にとって大切な、揺らぐことのない、未来への誓い。

 しかし、愛することの意味を知らなかった未熟な二人にとっては、絶対的なものではなかった。

 だからもう一度、やり直そう。自分たちが望む未来のために。

 そして二人は吸い込まれるように、互いの唇を交わした。

 

 

 

 

 

 一方、浜辺から少し離れた茂みに、愛し合う二人を観察している無粋な影が六つ。

「うわぁ、本当にキスしてる〜。私も彼氏欲しいなぁ」

「うーん、こうして改めてみるとやっぱり羨ましいというか」

 いつものミルフィーユ&ランファのコンビ憧れの眼差しで見ている。

 やはり二人とも女として生まれたからには、愛する誰かとキスをしたいのだろう。

「ヴァニラさん達が幸せそうなのは良いのですが、ちょっと複雑な気分ですわね」

「なんだい、ミント。あんたタクトに気があったのかい?」

 面白い話を聞いたとばかり、フォルテが迫る。

「残念ですわね、そういう意味ではありませんの」

「じゃあ、どういうう意味だい?」

「エンジェル隊の中で最年少のヴァニラさんが恋人をゲットしたというのに、私たちは未だにフリー、ということですわ」

「……確かに、それはちょっと複雑だ」

 うーん、とフォルテが唸る。

 エンジェル隊最年長にして、ただ唯一二十歳を超える彼女にとっては、結構流せないことかもしれない。二十五を超えれば下り坂。三十路になれば売れ残り。女にとって一番怖いことだ。

「ま、まあ、そのうち良い人が見つかりますよ」

 エンジェル隊一の優等生、ちとせがフォローに回る。

「ちとせはどうなの?タクトさん達のこと」

 それは、もう大丈夫?、というミルフィーユの気遣い。

 その気持ちをきちんと理解し、ちとせははっきりと答えた。

「はい、私は、タクトさんとヴァニラ先輩が幸せなら今は満足です。それに男性はタクトさんだけではありませんから」

「ありゃりゃ、これまた大人な意見。一度失恋した女は強いわ」

「俗に言う『いい女』というやつですわね」

 賑やかに恋の話に盛り上がるエンジェル隊をよそに、大変ご機嫌斜めなお方が一人。

 ノアだ。

 その不機嫌さは爆発させてしまえば、火山並みの威力であることは間違いない。

「誰か、この最高にムカつく状況の理由を簡潔にかつ論理的に説明しなさい……」

 その言葉は誰にも届くはずもなく、こうしてそれぞれの夜は更けていった。

 

 

 

 

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   あとがき

 

 どうも、ソウヤです。

 何とか8話目を掲載できて嬉しい限りです。

 毎回毎回、投稿するのが遅くて、忘れられてるんじゃないかな、と不安な今日この頃。

 楽しく読んでいただけたのなら幸せです。そうでなかったら、ちょっとしょんぼり。次ぎがんばります。

 今回は連載開始当初、誰かから要望があった「宇宙クジラに乗って星を眺める」という約束を守る場面でしたが、上手く仕上がっているか心配なところです。

 さて、この作品も残すところ後一話となりました。最後はどうなるんでしょうね。自分的にはハッピーエンドが信条ですので、幸せな終り方にしたいですね。

 さあ、アリシアの願いは叶うのか、そして、私も忘れていたルシャーティに出番はあるのか、その辺は最終話をお楽しみに、ということで。

 それでは、読んでいただき、ありがとうございました。