『第1話      ヴァル・ファスクの使者』

 

 

 

 

 

 

 

 

シュン、という音と共に病室のドアが開いた。

 

入ってきたのは、『白き月』の巫女の少女であった。

赤い短髪がゆらゆらと揺れ、輝きを放っていた。

彼女は右手手にカルテを持ち、左手には花束を抱えていた。

彼女はカルテを机の上に置き、花瓶の中にある枯れかけた花と、持ってきた花を交換する。

ふと、彼女の視線がベッドのほうへ向いた。

静かに眠る青い髪の美青年―――――――カミュ・O・ラフロイグを見つめていた。

少し顔を上げれば、ヘルハウンズ隊の5人が同じようにしてベッドに横たわっている。

脈拍を表す無機質な機械音が、静寂な部屋にたったひとつの音色を奏でていた。

「早く起きないかな…。いっぱい、いっぱいお話したいのに…」

彼女はそう呟き、ふと時計に目をやる。

時計は、長針が12時を、短針は1時を指していた。

「もうこんな時間! まずい!」

少女は急いで花を花瓶に入れ、枯れた花を捨てると、病室のドアに向かって駆けた。

病室を出る前、彼女は一度カミュ達を振り返り、そして出て行った。

病室は、いつものように静寂に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新文明と旧文明、異なる二つの文明が交わる星系、EDEN。

『白き月』は、その本星、惑星ジュノーの衛星軌道上に位置していた。

表向きは単なる里帰りとなっているが、実際には違う理由があった。

その理由は、『白き月』周辺の物々しい雰囲気からも解ることだろう。

 

『白き月』近衛軍の艦隊、およびEDEN本星の艦隊は、『白き月』の周囲に展開ていた。

それは宙域を埋め尽くすほどの大艦隊で、数は200、いやそれ以上の規模である。

近衛艦隊とEDEN艦隊は、全艦が一方向を向いたまま静止していた。

駆逐艦、巡洋艦、戦艦、空母、戦闘母艦――――――様々な種類の艦艇がその場にひしめき合っていた。

ピリピリとした物々しい雰囲気が、周辺宙域を包む。

 

―――――――静かに、時間だけが刻々と過ぎてゆく。

 

そのときだった。

何者かの来訪を待ち構えるように、扇状に展開していた艦隊。

そのちょうど中央に、淡い緑色の光が現れた。

艦艇がクロノドライブを終え通常空間に移行する際に出来る光、ドライブアウトの瞬間だった。

その光の中から、多数の軍艦がゆっくりと姿を現す。

それらのフォルムは独特で、トランスバール皇国軍とEDEN軍の両方にも無いデザインだった。

黒紫色に輝く異形の艦隊は、近衛艦隊とEDEN艦隊の目と鼻の先に、静止した。

 

 

 

 

「前方に多数のドライブアウト反応を確認。艦種特定―――間違いありません、ヴァル・ファスクの艦です」

「ふむ…定刻どおりじゃな」

 

『白き月』近衛艦隊臨時旗艦、ザーフ級戦艦「クレイモア」の艦橋。

観測オペレーターから報告を受けた初老の男性―――――ルフト・ヴァイツェンが言った。

トランスバール皇国宰相、及びトランスバール皇国軍元帥という、2つの肩書きを持つ人物であった。

彼は指揮官席に堂々と、腕を組んで深く腰掛けていた。

「ヴァル・ファスク艦隊、中央の大型艦を除いてすべて停止。大型艦は本艦に接近中」

「通信回線を開け、向こうに繋げろ」

通信回線をオンにすると、向こうからの通信がすぐに入る。

艦橋のモニターに、女性の姿が映った。

背が高く、スリムな体つきにあった軍服と、腰まである長い青髪が特徴的だった。

灰白い肌の色と、体中に浮かび上がった赤い紋様が、彼女が“ヴァル・ファスク”であることを証明していた。

彼女の傍には、副官であろう金髪の女性が立っていた。

「そちらの所属とその艦の名前、そして貴殿の名を申していただきたい」

『こちら、新生ヴァルファスク航宙軍所属、第1機動航宙艦隊旗艦「クトゥル・レギス」。私は、艦隊司令官のルジルです』

「送られてきたデータとすべて一致、間違いありません!」

観測オペレーターの報告に、首を頷かせて答えるルフト。

画面の向こう側が本人だと判明したため、ルフトは今までのピリピリした空気を解いた。

「ようこそ、EDENへ。トランスバール、EDEN両国は、あなた方を歓迎いたします」

『罪深き我々をこのように歓迎していただき、感銘の極みに存じます。本当になんと礼を言えばよいか……。

所で、本艦隊は今からどうすればよいのでしょう? 決定権はあなた方にございます。何なりとご命令を』

「それでは、本艦とともに『白き月』へ。シャトヤーン様とシヴァ女皇陛下、EDEN国の代表がお待ちです」

『了解しました。本艦はこれより、『白き月』へ入港いたします』

通信が切れると同時に、ルフトの乗艦クレイモアが転進、ゆっくりと動き出す。

クトゥル・レギスがそれに続き、『白き月』へと向かう。

周囲の艦隊は沈黙を保ち、その様子を伺っていた。

 

黒紫、白銀、そして蒼緑。

3つの国、それぞれの異なる技術で建造された軍艦が終結した『白き月』軌道宙域。

それはいささか観艦式のような賑やかさも感じられ、逆に一触即発の状況とも取れる。

ヴァル・ファスク側が何か動きを見せれば、全艦隊で一斉に殲滅するつもりなのだろう。

そんな艦隊の様子を艦橋のモニターで見ながら、ヴァル・ファスク艦隊司令官のルジルは副官に告げた。

「もうすぐ、このように人間と我々が睨み合い、互いを妬み嫌い合うことも無くなる。私が、無くしてみせる」

それを聞いた副官の女性―――――リーラは、優しく彼女に微笑みかけ、静かに言った。

「ルジル様……あなた様の願いは、我々ヴァル・ファスクの民すべての願いです。私も、その理想を叶えるためにここへ来ました。

行きましょう、『白き月』へ。やり遂げましょう、革命を。それが、我らの使命であり、責任でもあるのですから」

「ああ、行こう。それが我々…」

 

「「ヴァル・ファスクの民、すべての願いなのだから」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァル・ファスク艦隊旗艦の入港を確認、その他のヴァル・ファスク艦艇は軌道上に停止しています」

『白き月』の管制室で、巫女のオペレーターがそう継げた。

「どうやら、彼らの真意は確かなようですね」

広い管制室の中央のモニターからその様子を見ていた人物が、そう言った。

白いベール上の衣服を身にまとった女性―――――白き月の管理者である、聖母シャトヤーンである。

「まだ油断するのは早いんじゃないシャトヤーン? 仮にもあいつらはヴァル・ファスクなのよ?」

シャトヤーンに意見を申したのは、見た目幼いの金髪の少女―――――黒き月の管理者、ノアだった。

彼女はまだ、ルジル達を信用できないようだ。

「ノアは心配性だな。あやつらが真のヴァル・ファスクならば、とっくに攻撃を仕掛けておるぞ」

そう言ったのは、トランスバール皇国の女皇――――――シヴァ・トランスバール。

数年前はよく男と間違われていたが、今でははっきりと女性と解る顔と身体になっていた。

ただ、まだ男口調は直っていないようである。

「まぁまぁ、2人とも落ち着いてください。会ってみなければ解らないこともありますし、参りましょう」

「シャトヤーン……あんたもずいぶん変わったわね。あの男のせいかしら?」

「うふふ…どうでしょうね?」

微笑みながら管制室を後にする。

ノアは、はぁ、と溜め息を漏らすと後に続いて出て行った。

シヴァは少し間をおいて、誰にも聞こえないように呟いた。

「変わったのはお前も同じだぞ、ノア」

口を微笑ませたことを誰にも悟らせないまま、シヴァも管制室を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗だ……。今までこんなに綺麗な景色を、私は見たことが無い」

「私もです。ルジル様」

『白き月』に入港したヴァルファスクの艦、漆黒の大型戦艦「クトゥル・レギス」。

その傍の埠頭に降り立ったルジルとリーラは、周囲を見回して呆然としていた。

眩しすぎるぐらいの純白に彩られた、『白き月』の地表。

おそらく、全銀河中を探しても、これ以上のものは無いであろう。

ルジルは本心でそう思った。

「長旅、ご苦労様でございました」

声をかけられ振り返ると、ルフトが数人の部下とともに出迎えてくれていた。

ルフトの部下は、その手にしっかりと、レーザーガンを握り締めていた。

その瞳も、ルジルとリーラを鋭く睨み付けていた。

「申し訳ありません。こちらとしても、このようなことはしたくないのですが……」

「謝罪の必要はありませんよルフト将軍。我々は大罪人、本来ならばこの地に訪れることすら許されないのですから」

凛とした態度で答えるルジルの傍で、リーラは目の前の人物達から顔を逸らす。

ルフトの部下は、今にもその銃口をこちらに向け、発砲しそうな勢いだ。

おそらく、ヴァル・ファスクに恨みがあるのであろう。

彼らの眼光から、殺意と恨みの感情が読み取れた。

 

覚悟はしていた、はずだった。

自分たちは、かつて銀河に災厄をもたらし、幾多の生命を奪い、銀河を滅ぼそうとした者達の同族。

酷い扱いを受けても仕方が無いだろうと、心の中で何度も自身に言い聞かせた。

でも、やはり面と向かってこのような態度を取られることは、心に痛い。

 

ルジルもリーラも、顔には出さなかった。

しかし、心の中ではとてつもない苦痛を感じていたのである。

「では、こちらへ。謁見の間まで、ご案内いたします」

「承知いたしました…。行くぞ、リーラ」

「はい……ルジル様…」

沈んだ声で答えるリーラ。

そんなリーラの姿を見かねてか、ルジルが彼女の頭に手を添える。

リーラの流れるような金髪を撫でながら、膝を曲げて彼女に言った。

「元気を出せリーラ、それでもお前は副官か? 変えるんだろ、私たちが」

その言葉を聞いた直後、沈んでいたリーラの表情が少し明るくなった。

リーラは頷き、まっすぐな瞳でルジルを見つめた。

「よし、それでこそ私の副官だ。行くぞ」

「はいっ! ルジル様〜!」

「わっ!? こら、掴むな!」

先ほどの沈んだ空気が一変し、リーラはルジルの腕にしがみついた。

その行動に顔を赤らめながらも、口を微笑ませるルジル。

2人の姿に、ルフトの部下は呆気にとられたような表情をしていた。

ルフトは、そんな2人に声をかける。

「彼女達が、この銀河を滅ぼすような存在に見えるかの?」

口をあんぐりと開けたまま、部下2人は首を横に振った。

「ほっほっほ! しょうじゃろう、そうじゃろう! では、艦は任せたぞ!」

高笑いを上げながら、その場を後にするルフト。

その後姿を見て、部下の2人は改めて思った。

 

トランスバール皇国軍元帥、ルフト・ヴァイツェン将軍はすごい人物だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キュイィィィン…ガッシャン

 

同時刻、『白き月』の医療施設のすぐ傍にある施設で、それは動いた。

そこは各星系から回収されたロストテクノロジーを分析、研究するための施設だった。

発見されたロストテクノロジーの多くはここで利用価値を見出され、ギフトとしてトランスバールやEDENにもたらされる。

だが、利用価値が解析できないものについては、一箇所に集めて保管することになっていた。

 

ガガガッ……バキッ

 

ここは、そんな保管場所のひとつ、第8集積倉庫。

中はホコリにまみれており、ガラクタのようなロストテクノロジー幾つもが積み上げられていた。

 

グシャグシャ……バキバキッ! ドシャッ!

 

中から聞こえてきた、その場所でするはずの無い有り得ない音。

何かをへし折り、怪力で引きちぎり、素食する音。

食っているのは生物などの新鮮な有機物ではなく、鉄やアルミなどの無機物だろう。

金属が壊れる音、潰される音が数十分間続いた。

その後“そいつ”は飢えた腹を満たし、暗闇を徘徊する。

体が、何か硬いものにあたった。

よく目を凝らしてみる。

目の前に鋼鉄の扉があり、外に出られない。

 

ドガッシャァァァァァアァァン!!

 

邪魔だと言わんばかりに腕を振り下ろし、吹き飛ばす。

ぐにゃりと不自然な形に変形した扉は、反対側の壁を突き破り、外までの道を作った。

砂埃が舞い、コンクリートの破片が散らばる。

 

のそり、のそりと、そこから顔を出す。

周囲を見回す―――――誰もいない。

“そいつ”は周囲が安全であることを確認すると、体も倉庫から出した。

体を思いっきり伸ばし、首を天へ向けた。

 

《グオオオォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!》

 

その咆哮は、どこまでも、どこまで響いたような気がした。