第十四話「決心」
「・・・・・・。」
「ジョセフ、起きて・・・・。」
誰だろうか。
とても懐かしく優しい声・・・・聞き覚えがある。
「・・・ん・・・・。」
「私です・・・・。」
目を開けて周りを見てみるとそこはさっきまでいた俺の部屋ではなく小さい頃に母と一緒に住んでいた家の中だった。俺は語りかけてくる方に顔を向けた。
「母・・・さん?」
「お久しぶりですね。こんなに大きくなって・・・・・。」
忘れるはずもない・・・・。
俺の目に飛び込んできたのは母の姿であり小さい時と何も変わらない姿で俺の前に座っていた。
俺は・・・・夢でも見ているのか?
「なぜ・・・・・死んだはずだ・・・・・・。」
「ええ、現実では死んでいます。ここはあなたの夢の中・・・・それだけで十分です。」
そうか・・・・やはりここは夢の中か。
だが不思議なものだ。母の姿を見ているだけでとても清らかな気持ちになる。
「母さん。」
「何ですか?」
「母さんは・・・・ずっと俺を見ていたの?」
母は何も言わずただコクリとうなずいた。だが・・・・どうして今まで母が見えなかったのだろうか?
「それは・・・・・あなたが復讐に縛れていたからです。」
「復讐・・・・・。」
「私はあなたをずっと見ていた・・・・けどあなたは気づかなかった。」
復讐・・・か。
確かにそうかもしれないな・・・・。
母が死んでから俺はエオニアに復讐するためだけに今まで生きてきた。だがこの世界で母に・・・・・ヴァニラに出会ってから考えが変わっていった。
「ごめん、気づかなくて。」
「いいのです。今は目の前にあることを考えてください。タクトさんやみなさんを守る事が今のあなたの務めなのですから。」
そう言うと母は立ち上がりドアのほうへ歩き始めた。俺は後を追おうとしたが立ち上がろうとしたがなぜか足が動かなかった。
「待ってくれ!俺にはまだ話したいことがあるんだ!!」
母は立ち止まらなかった。
そしてドアを開け光の中に入る手前で止まり俺を見てニッコリと笑った。それはまるで聖母の微笑みのようだ。
「あなたはがんばりました。だから幼い私に自分の想いを告げてもそれはかまいません。」
「・・・・母さん。」
「あなたの母親は世界でただ一人・・・・・私なのですから。それを胸に留めておいてください。」
母は光の中へと入り姿が見えなくなった。それと同時に俺の意識は途絶え、ただ部屋の明かりが点いているだけだった・・・・・。
「私はいつまでも・・・・あなたを見守っていますからね・・・・。」
その言葉が・・・・・意識が途切れる瞬間に聞こえた母の声だった。
「・・・・・・・。」
目が覚めたときの風景はさっき見ていた家の中ではなくエルシオールにある自分の部屋だ。現実に戻された俺は少し寝ぼけていた。
「俺は・・・あのまま眠ってしまったのか。」
目を開きベッドから体を起こそうとしたとき俺は驚いて大きな声を出しかけた。それは俺の目の前にヴァニラの顔がありさらに俺とヴァニラはお互い手を握った状態で寝ていたのだ。
「・・・・・!!」
声を押し殺したあと冷静に考えてみた。
俺はあのまま寝てしまった・・・・・そこまでは誰でもわかることだ。だがヴァニラはなぜここで寝ていたのだろうか・・?
「考えてもしょうがないか。」
ヴァニラを起こさないように俺はベッドから起き上がり食事の用意を始めた。
何も食べていないせいか妙に腹がすいている。どうせだからヴァニラの分まで作るか・・・さて・・・・何を作ろうか・・・・。
三十分後・・・・・
「さて・・・・こんな物でいいかな。」
何かと作ってしまった。
すでに時計は十二時を回り、朝食を変更して急きょ昼食を作った。ヴァニラは確かポテトサラダが好きだったから作ったし野菜コロッケも作った(これはうまく作れたかどうか正直言ってあんまり自信がなかった。)
「・・・・ん・・・。」
ヴァニラの声が聞こえたのでベッドのほうに行ってみた。行ってみるとヴァニラは起きていたが起きたてのせいかまだ少しうとうとしている。
「ヴァニラ、起きたか?」
「アレック・・・・・さん?」
「もう昼だからご飯でも食べようか。準備はできているから。」
かああああ・・・・・。
突然ヴァニラの顔が真っ赤になっていった。ちょっと待て、俺は何もしてないぞ!
「ど、どうしたんだ!?」
「す、すみません・・・・・。私もあのまま寝てしまったようで・・・・その。」
「ま、まぁその話はご飯を食べながらしようか。」
どうやら俺が寝てしまったあとヴァニラも眠ってしまったようだ。
無理もない・・・独房から出されたのは真夜中の1時過ぎだった・・・・かもしれない。
と、とにかく今は腹がすいているから先にヴァニラを座らせて俺もヴァニラの前に座りテーブルに置いてある昼食を取った。
「これは・・・・全部アレックさんが作ったのですか?」
「ああ、うまく作れたかどうかわからないけど。」
ヴァニラはうまく作れたかどうかわからない野菜コロッケを取り口へと運んだ。味付けは俺が小さい頃母が作ってくれたものを思い出して作ってみたが味はどんな具合なのか・・・・・。
「どう・・・かな。」
「とても・・・・おいしいです。」
よかった・・・・おいしかったと聞いたときうれしかった。ポテトサラダも自分自身で作った割にはよくできている。昼食を食べ終わったあとソファーに移動して紅茶を飲むことにした。そのときヴァニラは俺に問いかけてきた。
「アレックさん・・・・。」
「ん・・?」
「アレックさんがあのとき断った理由がわかりました。ですが―――私と一緒にいた時間は全て嘘だったのですか。」
・・・・・。
その言葉を聞いたとき口に入りかけた紅茶のコップを机の上に置いた。ヴァニラの目を見ようとしたが合わせることができなかった。
「嘘じゃない。君といた時間はすごく楽しかった。だが・・・幼くても実の母と言う壁があったから君の想いに答えることができなかった。」
「・・・・・。」
「情けないだろ?」
本当に情けない話だ。
けど、俺はヴァニラのことを好きだ。その気持ちは今でも変わらない。
「いいえ・・・・。」
「え・・・?」
「私は・・・・アレックさんのことが・・・・好きです。あなたの世界では母親ですがこの世界では私とアレックさんは他人です。違いますか?」
俺はただヴァニラを母としてしか見ていなかった。だが、それは俺のいた世界での話でこの世界では血のつながりがあっても他人である。俺はそのことだけに囚われていた・・・・・
「そうだな・・・・・。ここは俺がいた世界ではないんだよな。」
「はい・・・・。」
「すまなかった。これで素直に君の気持ちに答えることができる。」
言葉よりも先に体が動いてしまいヴァニラを強く抱きしめてしまった。反射的にヴァニラは少し抵抗したがやがて体の力が抜けていくのを感じた。
「ヴァニラ、俺と付き合ってくれないか?」
「はい・・・・・。」
もう迷いはしない。
過去に囚われているのにも疲れた。これからは今を大切にしようと思う・・・・・これでいいんだよね・・・母さん。
「ありがとう。すまなかったな、突然抱きついてしまって。」
「いえ、でも・・・。」
「ん・・・。」
「もう少しだけ・・・・・こうしていたいのですがいいですか?」
答えは決まっている。
俺たちは長い間お互い抱きしめ合っていた。
「そろそろ、俺は部屋から出るけどヴァニラはどうする?」
「私は一度部屋に戻ります。」
十分過ぎるぐらいに抱きしめあったあと俺たちは部屋から出た。どうしてだろうか・・・・とても清々しい気持ちになっている。しかし、その清々しい気持ちも部屋を出た瞬間に一気に吹き飛んだ。誰かの鉄拳が俺に向かってきた。
「な、何だ!?」
「あんた・・・・・ヴァニラを部屋に連れ込んで何かしてたんでしょ!ヴァニラを呼んだら部屋にいなくてここに来たら二人で出てくるし!」
ランファの声には怒りを感じ取ることができ周りにはちとせたちが集まっていた。今ものすごくピンチなのは嘘ではないようだ。
「アレック、いくらあんたがヴァニラの息子だからって何してもいいわけじゃないんだよ。少し度が過ぎるんじゃないのかい?」
「そうです!ヴァニラ先輩に謝ってください!!」
「ちょっと待ってくれ!話せばわかる!!」
ランファが問答無用に鉄拳を雨のように降り注いでくる・・・・・しかも通路で。紙一重でかわしているがかわすたびにスピードが上がっていく。ミントは俺を見ながらクスクス笑っている。くそ、テレパシーを使うくらいなら説明してくれ!
「だから、話を聞け!」
「あんたは・・・・黙っていなさい!!」
ええい!何でこんな状況になるんだ!?
鉄拳が顔に当たる直前にランファの拳を捕らえた。そのまま手を捕らえながら睨み合いが続いた。
「あのランファさん・・・・・・。」
「ヴァニラは黙ってて!こいつの根性叩き直してやるんだから!」
「違うんです。」
ヴァニラの言葉を聞きランファは拳の力を抜き俺の手をほどいた。違うと聞いてランファや他のみんなもキョトンとしている。
「え・・・・!?」
「私は・・・・自分でアレックさんの部屋に行ったんです。」
「「「「「えぇぇぇーーーーー!!!」」」」」
居住ブロックにミルフィーたちの声が響き渡った。ヴァニラはみんなの誤解を解くために一部始終を話した。ただし一緒に寝ていたことや抱き合っていたことには一切触れていなかった。ヴァニラにとってもそして俺にとってもこれだけは恥ずかしくて言えなかった。これは余談であるがこのミルフィーたちの叫びはここから程遠いブリッチにまで聞こえていたと言う・・・・。
ヴァニラの説明がうまくいったおかげで俺の誤解も解けた。
全く・・・・ランファは思い込みが激しいからな。
通路での出来事のあとヴァニラたちはティーラウンジに向かい俺はカークスのいる部屋へ向かった。俺も誘われたが今後の方針が気になっていたのでカークスのところへ寄ってからタクトのいるブリッチに行く予定にしている。
「カークス、俺だ。」
「アレックか。入ってもいいぞ。」
中に入ってみるとカークスは通信装置やいろいろなものを部屋中に広げていた。レジスタンスのリーダーで情報収集に長けているのはこの場を見ればわかるが・・・・いくら何でもくつろぎ過ぎじゃないのか。
「独房から出されたようだな。」
「ああ、昨日な。俺が独房に入っている間に何か変わったことはあったか?」
「そうだな・・・・今後の方針が決まったところだ。」
カークスの話ではエオニアがローム星系の宙域に潜んでいる可能性が高いのでローム星系に行き、監視および警戒の任務に就くことになっている。
「お前は頭が回るな、アレック。」
「何のことだ?」
「とぼけるんじゃない。あのとき嘘の報告書をエオニアに渡したのはこのときのためだったのだろ?」
不適な笑みを浮かべながらカークスは俺を見ている。
その通りだった。
あの時にもし俺がいなくなり無事にエルシオールが逃げ、エオニアがその勢いに乗ってローム星系に侵攻しても嘘の情報を渡しているのでエオニアは混乱して戦闘になっても簡単には落ちないだろう。さらに俺はカークスの存在にはうすうす気づいていた。だからカークスのスパイに伝令を送っておいた。
「よく観ているな。」
「当たり前だ、俺はお前の親友だ。お前のことは熟知している。」
「なるほど。」
情報を聞いたあと俺はカークスの部屋を出てカークスも後に続いて部屋から出てきた。俺はタクトのところへ行くと言ったらカークスもブリッチに用があるといい一緒にブリッチに行くことになった。
「邪魔させてもらうぞ、タクト。」
「アレックにカークスじゃないか。どうしたんだ急に?」
いつもと変わらずにタクトは話しかけてくる。あのとき独房の中で聞いた言葉が脳裏に蘇ってくる。タクトに感謝しなければならないな。
「今後の方針について聞きたいんだが――――。」
「・・・・・。」
「どうしたんだ?」
話している最中なのになぜかタクトは俺の容姿ばかり見ている。俺の服に何かついているのだろうか?
「あ・・・いや、こうして見ていると本当にヴァニラそっくりだなって思ってね。」
「そう言わないでくれ。もうお前たちにも嘘をつく必要がなくなったからこうして普段の姿にしてるんじゃないか。」
「ごめん、ごめん。」
「それで今後の方針は?」
内容はカークスが話して内容と同じだった。俺はタクトに頼みトランスバール領国内のマップを出してもらった。エルシオールは現在ガイエン星系とローム星系のど真ん中にいる。
「なるほど・・・・。俺の勘が当たったようだな。」
「・・・・?」
「わからないか?エオニアにローム星系に侵攻を勧めたのは俺だ。もっとも・・・嘘の情報だがな。」
ここまでは良好だが・・・・さてどうしたものか。
「つまり、エオニアを騙したってことか?」
「そうだ。それにエオニアはローム星系から先は探索していなしここの宙域に留まることしかできない。」
「でも・・・・混乱した状況のなかで勝てるのだろうか?」
一番の問題点はそこだ。
多分エオニアは動かずシェリーやヘル・ハウンズ達を使って攻めてくる。例えエルシオールと紋章機が皇国最強であっても苦戦を強いられる。混乱している第三方面軍にはハッキリ言って期待はできない・・・せいぜい壁程度にしかならない。
「その件については手を打っている。まずエルシオールをこのポイントに向かわせてくれ。」
カークスがモニターに指を指してポイントを教えた。そのポイントはローム星系からそんなに離れていない場所だ。こんな意味の無いところに行ってどうするのだろうか?
「このポイントに何があるんだ?」
「お前たちの方針を俺やエンジェル隊に聞かせる前、俺たちの世界に通信して援軍を送ってもらうことになった。たいした数ではないがこれなら皇国の混乱を最小限に押さえることが可能だ。」
さすがカークスだ。やることが早い。
これで戦闘になったとしても困ることはないはずだ。
エルシオールは進路を一時変更して援軍が来るポイントへ向かうこととなった。
第十四話「決心」 終
第十五話に続く・・・・。