なぜレスター・クールダラスと烏丸ちとせがエンジェル隊を離れ、各地の戦場を転々としていたのか?

 

 

なぜタクト・マイヤーズとミルフィーユ桜葉が、死ななければならなかったのか?

 

 

理由は見えている。日を増して感じるようになった皇国内外での戦争の気配。

 

 

人が死ぬ理由は? 聞かれれば答えるは容易い。『寿命に病気。そして……戦』

 

 

なぜ争いが起きるのか? それは世界が絶対にひとつにはなれないからだろう。

 

 

 

 

 

ヴァルファスクを倒し、クロノクウェイクの脅威は確実に去った。だがそれだけで平和になるほど世界は単純ではない。

構築され始めた星間ネットワークは多くのものを運んでいる。

物資や情報……それらには『兵器や過激な思想』を無数に含んでいるのだ。

武器……もうすでに暗黒時代ではない昨今、武器といえば『戦闘艦』。

 

とくに崩壊したヴァルファスクの産業から、兵器本体やそれらを作る為の技術の流出が激しい。

銀河中に広がっていた植民地はすべて独立。荒れ果てた星であるヴァルランダルには、植民地から返ってきた民が溢れている。

必死に開墾し運営していた土地から放り出された彼らを待っていたのは、食料すら不足する惨状。

ヴァルファスクとて生きているのだ。食料が無ければ死んでしまう。ならどうするか? 

 

そこで交易が誕生した。

ヴァルファスクは辺境惑星に、トランスバールの支配が完全ではない星達に技術を売る。その見返りに食料や生きる為の土地を得る。

それは決して間違ってもいない。生き物が行う必要最低限の行動だ。

だがトランスバール皇国やエデンはそれを恐れた。ヴァルファスクの技術の流入は彼らの求心力を低下させる。

一緒に入った兵器により、反乱が起きるのではないかと恐怖した。

 

そのために辺境惑星へのヴァルファスクの技術売却を、全面的に禁止すると言う苦肉の策をとる。

それこそが大きな火種と成るとは、切羽詰った政治家達は考え切れなかった。

 

辺境惑星の民は激怒した。

『我らを奴隷にでもするつもりか!?』

せっかく技術が向上し、中央惑星ともまともな付き合いが出来ると希望を持てばそれは潰される。

オゾマシイ種族の技術だろうが辺境の民にしてみれば、届かない白き月の威光などよりもありがたい『天恵』なのだ。

 

その声にヴァルファスクの中でも不満を募らせていた者たちが同調する。

『諸君らも我々もエデンやトランスバールに支配される必要など無いのだ!!』

支配することしか出来なかった種族があげた独立の号令に、各辺境惑星の独立派やトランスバール内の過激派が賛同する。

 

 

これらの動きが最初に爆発したのが、トランスバール皇国軍の歴史の中で最大の汚点といわれる『惑星アテス軌道上での大敗』と呼ばれる軍事衝突。

 

 

辺境警備の艦隊が、ヴァルファスク系列と思われる艦隊の襲撃を受けたのだ。

巡回警備の艦隊は全滅。応援に駆けつけた増援部隊さえも十隻のうち、旗艦を含む六隻が轟沈という大惨敗。

 

それは当たり前の結果と言って良い。いかに敗北したとは言え、ヴァルファスクは生粋の戦闘種族だ。

戦い、打ち負かし、奪い、支配することでその命を繋いできた彼らの、戦闘での技術力や向上心はトランスバールやエデンの比ではない。

巡洋艦、駆逐艦から始まり戦艦に突撃艦。攻撃機と戦闘機にそれを運用する戦闘母艦。

さらに急遽生産されたはずなに、安定的な性能を示した重巡洋艦と重戦艦。

そして本星の要塞を守っていた浮遊防塁は、紋章機を足止めするほど強力なもの。

 

量産されている戦闘艦が、巡洋艦に駆逐艦と戦艦だけのトランスバール軍では相手に成らない。

 

トランスバールの軍人は失念していたのかもしれない。

彼らに勝てたのは、ギャラクシーエンジェルが駆る紋章機の力なのだということを。

 

 

そしてそれ以上に皇国の中枢部を驚かせたのは、敵艦の特徴が微妙にデータと異なっていたこと。

これはつまりヴァルファスクとの戦いが終了した後に、彼らの知識を得たものがどこか違う場所で作ったと言うことになる。

 

 

『戦闘艦を生産するほど技術力が皇国に仇なす者達へと渡っている』

 

 

これは求心力などというプライド的な問題ではない。皇国の危機なのだ。

小さな反抗の嵐が巨大なトランスバール皇国を追い詰めつつある。もちろんそれを容認することは出来ない。

独立などの動きを認めれば、銀河はさらに混乱するだろう。そこに有るのは違った意味での『暗黒時代』

エオニアも黒き月もいない。ネフューリアもゲルンも存在しないのに、銀河は危機に瀕している。

 

 

話し合いで解決できないのなら、トランスバール皇国としても取るべき道は一つ。

 

『武力鎮圧』

 

そのために戦力の向上と増強という、戦時と対して変わらない方向へと皇国は流れることになった。

 

 

 

 

 

英雄と幸運の天使が帰還した二日後だっただろうか? みなで大騒ぎした次の日のことだった。

帰還して早々な司令官に『なにもするな。休め!』と言う酷く身勝手な命令を受けたレスターは自室で暇を持て余していた。

何せ仕事以外には興味がとことん薄い人間である彼が、突然休めと言われてもやることが無い。

普通なら休みの日でも自室で勝手に仕事をしているのだが、用意周到な司令官は部屋の書類をいつの間にか撤去していた。

 

 

不意に新人隊員の烏丸ちとせと彼女が駆るシャープシューターが、彼の脳裏を過ぎった。

この頃随分熱心に質問やら、仕事の話をしに来る新人隊員の戦いを思い出す。

 

彼女の戦いは遠距離からのピンポイント狙撃。

エースの搭乗機である『幸運の星』のような戦果はないが、ちとせの戦いに対するレスターのポイントは高い。

敵が攻撃できないほどの遠距離から、ピンポイントでブリッジや機関部を打ち抜く。効率的で何より危険が少ない戦い方。

彼女の参戦からエンジェル隊の危険はかなり軽減されたし、作戦効率も上がった。

 

 

『なら……ちとせのシャープシューターを中心に、エンジェル隊を使わないで通常の戦闘艦を使った戦略は立てられないか?』

 

 

不意に脳裏を過ぎったイタズラ心。イタズラ心まで自由研究的なところが、レスターがレスターたる由縁である。

幸いと言うべきか不幸というべきか、仕事に直接関係ない戦闘の細かい推移表や、紋章機のスペックの一覧は彼の手元にあった。

別に他意があったわけではない。ただなんと無くの暇つぶしだったし、そのうち質問に来たちとせに見せて驚かせてやろうと思っただけ。

 

 

「すごいな……」

作成した戦略プランを、手持ちのノートパソコンの戦略シミュレーターに打ち込んだレスターは唸った。

 

シャープシューターが、各敵艦の重要な場所を遠距離射撃。

動きが鈍った敵艦隊が、体制を立て直す前に駆逐艦で一気に距離を詰めて、近距離射撃。この戦略での最高記録は一,五倍の敵撃破。エンジェル隊を総動員したときよりも、もちろん戦果としては劣る。

けれどエンジェル隊をフル装備で応用するには、設備や資金の面でリスクも高い。

だが一機の紋章機と汎用性の高い駆逐艦なら……そのリスクはとても少ないはず。

最初はただの戦略プランだけの予定だったのだが、これだけ戦績がいいとなれば話しは別だ。

レスターは具体的な運用方法やら、シャープシューターの母艦の確保や共闘する駆逐艦のスピードなどをいちいち気にし始め……

 

気がつけば戦略概論から、艦隊の規模や装備。日常的な艦隊運用や、危機管理マニュアルまでを網羅した一大計画書が出来上がっていた。

 

「ふむ……満足だ」

充実した時間を過ごしたレスターは、それのファイルに『重要』とか『発展的戦術』といった凄そうに聴こえる名前をつけて、パソコンをシャットダウンした。

 

 

それから数日後にトランスバール本星で、シヴァ女皇やルフト将軍を始めとした軍や政府機関の中枢が集った会議があった。

英雄とその副官であるレスターもその席に参加していたのだが、問題はレスターが手持ちのパソコンから資料をスライドに写して説明をしようとした……

 

 

 

 

 

「ですから辺境の警備に割く兵力としましては……!?」

 

あらかじめ準備していた資料が映し出されたはずのスクリーンを見て、言葉を失った。

画面に映し出されたのは『重要書類 六号紋章機を使用した汎用発展的戦術おける戦略概論』と言う文字。

どこで間違えたのか会議用の資料に紛れ込んでいた暇つぶしの自由研究。

 

「すっ、すみません。これはミスです。資料はと……」

 

『お前もミスするんだな〜』などと笑いながらのたまう司令官。

『全部お前がオレを暇にしたせいだ!』と叫んでやりたい気持ちを必死に押さえ、資料探しをしているレスターにかかるのは意外な声。

 

「ふむ? 興味を惹かれる題名だな。クールダラス、見せよ」

興味津々と年相応な表情を浮かべるシヴァ女皇に、レスターは慌てて返す。

 

「しかしここはそのような場ではありませんし、私が戯れに作ったものですので……」

とんでもないことを言われて、さらに焦る彼に来るのは恩師の追い討ち。

 

「良いではないか、レスター。陛下の了解も得ているし、若人の意見を取り入れねばの? 諸君」

 

ルフトの言葉に居並ぶ政府や軍の要人たちも、口々に言う。

「そうだとも。これからは君のような者たちにがんばってもらわねばならんのだからな」

 

「紋章機に今以外の運用法があるというのは、非常に興味深い」

 

「君はとても運が良い。このような面子を前にして、自分の戦略プランを披露できるとは」

 

 

包囲網が完成した。レスターの心境としては一個艦隊に囲まれた旅客船のような気分である。よく解からないたとえだが。

 

 

「そこまで言われては……お目汚しにならねば良いのですが……」

 

ため息一つして腹をくくり、レスターは語り始める。

最初はいまいち乗り気ではなかったが、思った以上にシヴァたちの関心は高くその目は真剣そのもの。

もちろんそんな視線を注がれれば彼も悪い気はしないしないし、何より真剣にやらねば失礼に値する。

最後は作った計画に無いことさえ補足説明して、締めくくった。

 

「すばらしい……」

数秒の沈黙が続いた会議室に、軍を統括する将軍であるルフトの言葉が響いた。

 

「はっ! 光栄です」

久しぶりに恩師に褒められたということで、気分を良くしたレスターは大きく礼をした。

 

だが良い気分は一瞬で終了した。誰が言ったのだろうか? 声の主はわからなかったが、ハッキリとそれは聴こえた。

 

 

「この計画を実行に移したい」

 

 

それから先はトントン拍子である。必要な装備の準備にかかる予算や、艦隊の編成にかかる時間などが次々と決まっていた。

普通に考えれば一軍人としては嬉しい限りだろう。これほどの面子の前で披露した計画が、その場で実行の承認を受けるなど。

 

 

だがそれでは駄目なのだ。

 

レスターは何度も止めようとした。自分一人がどんな辺境に飛ばされようとも、それが仕事なら問題は無い。

だがこの計画の主はそれを作成したレスターではない。

 

精密射撃で電撃侵攻をする駆逐艦の突破口を開き、あとにはそれを援護するシャープシューターであり、そのパイロットなのだ。

 

 

もしそのパイロットが自分のようなバリバリの堅物軍人だったら、レスターも心配することなどない。

銀河にその名を轟かせたギャラクシーエンジェルは、シャープシューターのパイロットは、烏丸ちとせは、『ただの乙女』なのだ。

もちろん軍籍を持っているし、たくさんの修羅場も潜っては来ている。

 

だがそれらはすべて環境による後ろ盾があったからだと、レスターは分析している。

儀礼艦エルシオールという、船には決して似つかわしくない生活空間。同年代の性別を同じくする者同士の触れ合い。

そして軍人らしからぬ『英雄』の絶妙なメンタルケア。

 

それらが全て一致してのギャラクシーエンジェルであり、銀河最強の部隊といわれる。

そう説明しては見たものの、ルフト達は完全に乗り気だ。

メンタル的なケアの話をしたときは、一瞬シヴァの顔が曇ったがそれでも流れは止まらなかった。

 

中には眼の前で立案者を無視して話し合われている『紋章機の単機運用』という課題も含まれている。

六機集まればそれこそ戦争でも始められそうな紋章機だから、単機で運用してもその強さは保障済みのはず。

六機連れ立って辺境へ送るわけにもいかないが、六機を本星防衛の為とはいえ遊ばせておくのは勿体無い。

 

試行錯誤している中で雛形とさえ取れるレスターの完璧な運用計画が、舞い込んできたのだ。軍の上層部はやる気にもなろう。

結局押し切られた形で頷いたレスターは、新たな肩書きを得ることになる。

 

 

『紋章機単機運用戦略試験艦隊司令官』

 

 

 

 

 

それから二ヵ月後。

編成が終わってすぐのレスター率いる『紋章機単機運用戦略試験艦隊』、のちに『アルテミス・アテンダント』と呼ばれる艦隊は戦線へと投入された。

戦線と言っても宣戦布告があるわけでもない。戦闘艦や戦闘機が使用され、貨物艦や軍用艦を狙って行われる大規模なテロ行動に対する鎮圧作戦。

 

そしてレスターの考案した戦法は、大成果を挙げることになる。

その大成果こそが戦法の成否だけではなく、『紋章機の単機運用』の戦略的価値の大きさを示すものになった。となれば次はどうするか?

 

『是非とも二つ目の単機運用艦隊も作りたい!』と言うことになるのは明白。

 

そしてその二つ目として選ばれたのが、ラッキースターであった。これは必然的にミルフィーユ・桜葉の単独任務を意味する。

もちろんその司令官を『あの』タクト・マイヤーズが他人に任せるわけが無い。

これでラッキースターを主力とし、あの英雄が指揮する『強運天使の騎士団』と言われる艦隊が完成したわけだ。

 

ちなみに『強運天使の騎士団』のコンセプトはタクトの一言で決していた。

もちろん司令官を請け負った時点で、タクトは他人の意見など聞く気は無いのだが……『ラッキースターだけで戦闘機部隊を作りたい!』

確かに強いだろうが不可能な為、紋章機によりその有用性が証明されつつある『シルス高速戦闘機』の量産機を運用可能な機動空母を主とする艦隊。

 

 

『アルテミス・アテンダント』と『強運天使の騎士団』は抜群の戦果を挙げることになる。

その二つ名は銀河中を駆け巡り、独立派達の恐怖の対象とされた。こんな格言がゲリラたちの中で流行していたほどに。

 

「電撃侵攻してくる改造駆逐艦がいたらレーダー網を強化しろ! どこかで『アルテミスの矢』が狙っている」

 

「底抜けに明るい少女の声で襲来する高速戦闘機の群れを見たら諦めろ! 連中は『強運の天使』の祝福を受けている!」

 

 

だがどれだけ恐怖の対象とされようと、彼らも同じ人間なのだ。勝ちもすれば……負けもする。

負ければ報告書にこう書かれるだけだ。

 

『タクト・マイヤーズ中将率いる強運天使の騎士団が、クドリステロ星系デブリベルトで敵大艦隊の奇襲を受ける』

『奮戦するも数の差は埋められず、旗艦は爆沈。僚艦全てが撃沈。紋章機一号機は行方不明。恐らく撃墜された模様』

『生存者は無し』

 

これが戦い。