本来白き月の技術者で構成されたエルシオールのブリッジ要員にとって、戦闘とは縁遠い存在のはずだ。
だがエオニアの騒乱から始まるトランスバール史に残る戦乱の中で、いつも中心にあった数奇な儀礼艦。
『不沈の非戦闘艦』と呼ばれたこの場所で、戦闘で混乱をきたすような者は居ない。
冷静に物事を見極めた的確な対処。戦場の基本を否応無く学んだ者たち。
だがそれを持ってなお、目の前に広がるその景色は末恐ろしいものを感じる。
巨大な城を守るように布陣する、神々しいまでの輝きを放つ艦隊。それは正に神話の軍勢。
強運の天使が指揮する鉄槌の騎士団。最も汚れ無き者が率いる破滅への使者。
仕える主の宣戦布告を静聴していた鋼の騎士が、突撃命令『天使のセレナード』を受けて響かせた進軍の雄叫びと軍靴の音。
大質量を押し出す力の脈動が、銀河という無限の空間を震わせ、その音はエルシオールまで届く。
レーダー担当のココはその意味を理解し、報告する。
「敵艦隊! 進撃を開始しました!」
落ちた心の底の闇から、戦闘に対する意識と意欲を引っ張り出して、レスターが叫び返した。
「敵旗艦とダークエンジェルは?!」
「ダークエンジェルは旗艦を守るように布陣! 旗艦には動きがありません!!」
レスターが思考をめぐらしていると、彼の後ろで演説を聞いていたエンジェル隊が格納庫へと走り出そうする足音が聞こえる。
「まったく! あのバカはどれだけ人に心配かけさせれば気が済むのよ!!」
ランファの言葉の裏に隠された悲しみと怒りは、すべての隊員の思いを代弁していた。
もしミルフィーユの言葉が真実ならば、一体何の為に自分たちは闘っているのか?
自分達はただの駒なのではないのか? 出すぎたマネをすれば詰まれる芽なのではないだろうか?
いつからか恐怖に感じ、だが決して口には出さずに居た感情が大声で宣言された。
最高の戦友によって。そしてその戦友は決して選んではならないものを選ぶ。
理想など当てにはならない世界で、理想と呼ぶには余りにも小さくて平凡な夢を見ること。
そのスケールは銀河を巻き込むものであろうとも……
彼女の行動に覚える怒りと、悲しみ。その思いをぶつける為に、己の紋章機で戦場へ赴こうとしていた彼女達をレスターが止めた。
「まて、エンジェル隊は待機だ。格納庫へ行くのは構わんが、こっちの指示があるまで決して飛び出すな」
エンジェル隊のほうを振り向くこともせず、画面上に蠢く敵味方のマーカーに目を走らせながら、レスターは言う。
「はぁっ? なにいってんの副指令? ミルフィーがあんなバカなことしてんのよ!? それを止めるのは私達エンジェル隊以外ないでしょ!?」
「そうですわ! 他の人なんかに……ミルフィーユさんのお相手はさせられませんもの!!」
「その通り。他の奴らにどうにかさせるわけにはいかにね? エンジェル隊のミスはエンジェル隊で払う」
「他の艦隊の人たちの危険も減ります……出撃させてください、副指令」
言い募るエンジェル隊の言葉を流して、アルモに繋がせた各艦隊の総司令官に様々な指示を出す。
「あぁ、そうだ。エンジェル隊とシヴァ陛下の警護艦隊は動かせん。
もちろん、本当にピンチになったら動かすが……そうだ。貴軍の奮戦を期待する」
それはエンジェル隊の意思を完全に無視したものだった。もし、タクトだったら決してしないだろう行動。
それに怒りを覚えたランファがレスターに詰め寄ろうとして……『拒まれた』
何時もの大人しく控えめな雰囲気の中に、確かに感じるリンとした雰囲気を携えた烏丸ちとせに。
「ちょっと! ちとせ、アンタまで…!?」
文句を叫びかけて、ランファの言葉が切れた。簡単にいえば『呑まれていた』。
そこにいるのは彼女が、エンジェル隊が知らない烏丸ちとせ。
そこにいるのは、銀河にその名を轟かせたアルテミス・アテンダントのエースパイロット『女神の弓を引く者』
皇国の安定の為、最も最前線で戦っていた少女。もちろんランファは、ちとせの先輩である。
だがそれを補って余りあるほどに……ちとせは大きくなっていた。
『もう……追い抜かれちゃったか……』
怒りの炎が水をかけたように静まるのを感じ、ランファは振り上げそうに成っていた拳を力なく下ろす。
「レスター司令は決して理由の無い事はしないお方です。
この待機も勝利とシヴァ陛下の安全の為、深い意味があるのでしょう。どうか今はそれに従ってください、先輩方」
「しかし!!」
「よしなよ、ミント」
未だに納得がいかないと声を上げたミントを、フォルテがその頭にポンと手を置いて、宥める。
「どうやら私達は冷静じゃなかったらしい。ここは司令官殿と、強くなった後輩にしたがおうじゃないか?」
「そうですね……私も熱くなってしまっていました。反省すべきことです」
フォルテの言葉にヴァニラは十字を切り、腕を組んだ。それは祈りの体勢。
焦りすぎていた自分に対する戒めであり、世界の全てに対する不平を言うまいとする誓い。
そこからブリッジに沈黙がおりる。一人、また一人と無言で頷きブリッジを後にするエンジェル隊。
残ったエンジェル隊の一人に、戦況を継げるモニターを睨みつけたままの、レスターが声をかけた。
「助かったぞ、ちとせ。お前が仲裁してくれなければ、揉め事を抱えたまま戦闘に突入するところだった……」
先程ランファが激昂したときと同じ状況だが、ちとせは何も言わない。ここ数ヶ月嫌というほどに体験してきた状況。
エルシオールに居たときならば、『心のタクト、実務のレスター体制』といわれる指揮体制が健在ならなかった状況。
なぜレスターが振り向かなかったのか? 別に相手を見下しているとかそういう理由ではない。
ただ彼が単純に『忙しかった』のだ。二人で行っていた仕事を一人で行おうとすれば、斑も出てこよう。
ただでさえそういうことに対しては疎いレスターのこと。仕方が無いといえば、その通り。
「ふむ……お前とはそれなりに上手くやってきたつもりなのだが……他の連中とはそうもいかんな」
ため息を交えた世間話。それを受けたちとせは苦笑して返す。
「それはそうです、レスター司令。宇宙中の女性が、私みたいな性格だとでもお思いでしたか?」
「いや……そう言う訳じゃないが……そうだったらどれだけ楽だろうか……」
レスターの先程よりも重いため息。夢想を冗談とはいえ、口に出すレスター。
『ありえない!!』
そんな二人の様子を『聴きながら』通信担当オペレーターアルモは、心の中で叫ぶ。
久しぶりに再会したときから、レスターとちとせの関係には何となく気がついていた。
『恋仲』とまでは行かないが……ただの上司と部下を超えた関係。
恐ろしいまでの後悔に襲われた。
なぜずっと同じブリッジに居たのに、愛しい人にアプローチをかけなかったのかと、過去の自分を恨んでもみた。
だがそれらの想いとは違う『怒り』が今の彼女の心を支配する。
レスターは堅物だった。
全く女になんて興味が無いと言い切り、タクトの色恋沙汰に首を傾げる様な人。
ただ仕事のことだけを考え、司令官がエンジェル隊のメンタルケアに集中できるようにと、彼の雑務さえ代わりに引き受けるような人。
堅物なんかじゃなくて、ただ真っ直ぐを見ているから、ほかの事が目に入らないだけなんだと、信じていた人。
そんな人物が、戦闘に参加していない状態とは言え、作戦行動中に女とお喋り!?
ありえてはならない。もしこれがちとせのせいだというのなら、自分はどんな方法でも彼女を引き離す。
とりあえずこの場では大声で文句でも言ってやろう! アルモは珍しく速い決心をして振り返り……愕然とした。
『くだらないお喋りをしているとは思えない真剣な眼差し』に
彼らはお互いの顔を、見てすら居ない。
二人の四つの目はメインモニターと、レスターの回りに浮かぶサブディスプレイに釘付け。
逐一映し出される戦闘の結果に目を走らせながら何かを……探している。
「ふむ……硬いな」
軽い声だ。まるで食べた餅がまだ焼けていなかったという位のレスターの声。
「はい。ザーフ級戦艦の主砲の直撃を、四発まで耐える装甲。同じ戦艦でもこちらの二倍以上の強度があるかと」
返すのは敵戦艦の装甲の強度についての返答。
事務能力には定評のあったちとせが映し出された戦闘の様子から、メモ用紙一枚で計算した敵艦の強度を予測する。
「敵艦の能力をどう見る?」
「各艦の能力は確かにこちらを凌駕しています。推進スピード、格砲門の威力。どれも規格外です。ただ……指揮系統が幼すぎかと。
各艦の敵に対する反応も鈍いですし……強力な剣と盾もこれでは……」
「そんな比喩は戦場では不要だ。敵の弱点ではなく、強みを見ろ。
つまり戦闘プログラムを何とかし、数を補えばトランスバール皇国軍では支えきれない」
ちとせの言葉に訂正と、皇国軍の崩壊の予測を口に出すレスター。その後に続くのは残酷で現実的な問題。
「つまりここで逃がすわけには行かない。なんとしても『殲滅』しなければ……」
『殲滅』というレスターの出した言葉にびくりと身を震わせ、表情を崩す。
軍人の仮面の下に覗いた少女の顔。だがそれも一瞬だった。すぐに取り戻されたエースパイロットの仮面で、ちとせは頷く。
「近場からの増援が到着し次第、本艦の守りを任せ、エンジェル隊は出撃。
恐らく敵の生産拠点であろう巨大旗艦を全力で沈める」
「はい……」
敵旗艦とはミルフィーユが乗っている艦。それを沈めるという宣言に、ちとせは躊躇い無く了承の意志を言葉と態度で示す。
「そろそろ増援の到着時間だな……烏丸ちとせ大尉、貴官も格納庫へ向かえ。指示は追って出す」
「はい、了解しました。レスター・クールダラス大佐」
最後まで目を合わせることも無く、ちとせは敬礼をしてブリッジを後にした。
それこそただの上司と部下の関係のように、無味乾燥に。
『恋仲』なんて悪い冗談だった。
アルモは視線を己の仕事場へと戻し、二人の関係の認識を改める……『戦友』と
戦局は皇国軍優位に進んでいた。
ヴァルハラ軍の艦は、性能で勝るものの戦闘プログラムに難があるのか? 動きが悪すぎた。
敵の一撃でシールドが激しく揺さぶられても、そこに追撃がこない。
敵の装甲がいくら頑丈でも、耐えてからの反撃が遅い。
量と策で勝る皇国軍が徐々に押し始めた。そこへと届く増援の報。
その場に居たすべての軍人が勝利を確信して……忘れようとしていた。
『敵が誰なのか』を。誰もが錯覚したかった『敵は出来の悪い無人艦なのだ』と
「増援艦隊のドライブアウト反応を確認!」
なにも見逃すまいと計器を睨みつけていたココの報告に、レスターは頷き指示を飛ばそうとして……遮られた。
「敵艦隊! 退いていきます!!」
「なに? ここで退くだと? どう言うつもりだ……」
予想外の敵の行動に様々な予測がレスターの脳内を駆け巡る。
ほとんどがやな予測だったそれらを振り払い、叫ぶ。ただ勝利を逃さぬ為に。
「エンジェル隊発進! エルシオールの護衛の艦隊以外は、退いていく敵艦隊を追撃!! 一隻も逃すな!!」
不気味なまでに静寂を貫いている三機のダークエンジェルなど、不安様子は確かにある。
だが今を逃せばそれこそリカバーの効かない事態になる。
レスターは己の直感と、先程ちとせと討論したデータを信じて告げた。
そして思い知らされた。『本当の敵の存在』を
「敵旗艦から高速で飛来する物体! これは!?」
『LOST』
どの艦の戦略図を示すモニターに、その文字がひとつ浮かび上がる。
突出した形になっていた駆逐艦の一つが突然その姿を消した。正確に言えば沈められた。
『ミサイルか?』
どの艦の司令官もそう考えた。だがそれは違った。ミサイルは一つで無数の艦を落とすことは出来ないから……
鳴り響くのは警告音。ディスプレイを染めるのはデンジャーレッド。
『LOST』『LOST』『LOST』『LOST』『LOST』『LOST』『LOST』…………
画面を埋め尽くすように広がる『LOST』の文字。
その量は余りにも多く、どんなに優秀なオペレーターでも全て報告することは、不可能だった。
「何が起きた!!」
どんな司令官もそれが解らず、答えられる者も居ない。
模し答えられるものが居たとしたら、『LOST』と表示された艦の乗組員だろう。
航行速度の関係で、突出する形になる駆逐艦の一隻。そのブリッジ要員は確かに見た。
『天使を』
高速で飛来する物体の解析を始めたのと、それが砲撃を行ったのは同時。
乱射をしているように放たれるそのレーザーは、まるで狙い済ましたように正確な射撃で前衛の艦が次々と爆散する。
「迎撃!!」
解析も出来ないうちから迎撃を選択しなければならないような状況。
一斉に放たれたミサイルやレーザー。弾幕といえるその攻防一体の砲撃を『それ』は舞うように回避する。
ただの回避ではない。速度を失わず、侵攻することをやめず、攻撃することが出来る『回避』
迎撃という敵の目的を軽々と破り、『それ』は射程内全てを物言わぬ鉄屑へと変える。
「なんだ……あれは……」
「最大望遠で目標を捕らえました!! モニターに出します!!」
呆然と呟くレスターに答えるように響くココの声。
画面に映し出された『それ』は大型戦闘機だった。
『それ』のような大型戦闘機は『紋章機』と呼ばれていた。
紋章機は全部で六機。今エルシオールから出撃したばかりの五機を除いて、存在するのは一機だけ。
『ラッキースター』
その乗り手はいまや敵の主である以上、そこに現れることはおかしくない。
だがラッキースターともその紋章機は異なっていた。
まずはその大きさが紋章機の1・5倍ほど。
ラッキースターよりもシャープなフォルムを染める色は二色。
ミルフィーユのヘアカラーとも一致する『淡い桜色』。もう一つは涙に闇を溶かし込んだような『暗い涙色』
装備されたメインウェポンは、ラッキースターのものと類似したレーザーとレールガンの複合砲身。それが三つ束ねられたもの。
シールドやファランクスと言った副兵装も、機体や主兵装に合わせて大型化している。
そして、機体の後方から伸びる『翼』
翼と表現されるそれは、紋章機特有の現象。
搭乗者のテンションが最高まで高まり、本来施されているリミッターが解除された姿。
だがそれらはやはり他の機体のそれとは異なっていた。
謎の機体から生えるのは『三対、計六枚の闇色の翼』
「きれいだ……」
誰が呟いたか解らないような呻き声。
兵器としても、芸術作品としても、完全な黄金比を示す姿はまさに『天使』。
美しさの権化が繰り出す、芸術的な攻撃で完全に皇国軍に足が止まってしまった。
「ラッキースター改め…『ルシファースター』…」
虚ろな中に感じる強すぎる意志。
神々しさと禍々しさが見事なまでに融合した機体のコクピットで、黒いドレスに包まれたミルフィーユが呟く。
愛した男を世界よりも大事にした少女が告げる。今の彼女の翼の名を。
ルシファーとは神に次ぐ地位を得た最高位の天使。何よりも栄光に輝いていた者。
だが彼は神へ反逆する。多くの天使を従え、神を倒そうと戦争を起こす。
結局神に勝つことは出来ず、彼は地獄へと落とされる。だがその力は決して衰えていない。
今でも彼は神の座を狙っている……そんなお話がたくさん伝わっている存在。
『ルシファーはなぜ神に、仕える者に、守るべき者に、剣を向けたのだろうか?』
たくさんの人間が色々と想像をめぐらした問いだろう。だが答えは出ない。
『ミルフィーユはなぜ皇国に、銀河に、守ってきた者に、剣を向けたのだろうか?』
後の世でも、今こうしてにらみ合っている間にも、多くの人が考えた。
答えは……すぐに出る。
ミルフィーユ・桜葉は、皇国も銀河もくだらない物に見えるほど……『タクト・マイヤーズを愛していた』
タクトが死ねば……残った皇国や銀河にそれを埋める価値が無い。天秤は決してつりあわない。
だから……消してしまえばいい。
二人を一緒にしてくれない世界など……認めない。
大好きだったトランスバール皇国が恋路の邪魔をするなら……叩き潰す。
障害はすべて滅ぼして、ただただ今は亡き愛しき人と……添い遂げる。
狂っているだろうか? オカシイだろうか?
確かに狂っているのかもしれない。だがもっと狂っているのは……
『救国の士であるはずのタクトとミルフィーユを、亡き者にしようとした軍の一部』であり……
『これほどまでに惹かれあっていた二人を、無情にも引き裂いた運命』ではないだろうか?
戦闘は一方的なものになっていた。これはもはや戦闘とはいえないのではないだろうか? これは一方的な虐殺。
無数に打ち出されるミサイルやレーザーなど……ミルフィーユは見ていない。だが避ける。完全な回避を見せる。
そこからの反撃は正に正確無比。一つの攻撃で一つの艦が沈む。正に最凶の堕天使。破壊の権化。
主の参戦と共に前進してきた三機のダークエンジェルを従えて、ルシファースターは踊り明かす。
黒き六枚の翼が羽ばたくたびに、無数に撒かれる破壊の音。まさに一騎当千。
他の艦隊やダークエンジェルなど必要ないのではないかと思えるほどの強さ。
それは完全にラッキースターのそれを凌駕していた。
それはなぜか? 答えはHALOに由来する。
紋章機に搭載されたHALOシステムは、搭乗者の思いに答えるシステム。
ラッキースターは答えたのだ。『銀河なんて要らない』というミルフィーユの気持ちに。
搭乗者の願いを具現化する戦闘システムの究極系。心を使っているからなんだと言うのだ?
紋章機は間違いなく兵器だ。捉え方、使い方によっては『最悪の兵器』と言える。
最悪にして究極の兵器は形を変えた。より早く、より硬く、より強く!
ヴァルハラの兵器データの蓄積を吸収し、己を極限まで強化する。
大きすぎる神へと、何かの願いを乗せて反旗を翻したルシファーのように……
銀河を相手に戦えるほどの力が欲しいという、ミルフィーユの思いに答えた結果。
そしてもちろんそれを動かすのは、『銀河を相手に戦争をする』という大きすぎる『テンション』を維持している『エースパイロット』
数多の状況下で奇跡を起こしてきた『幸運の女神』にして、皇国最強の撃墜王であるミルフィーユ・桜葉。
操縦センス、機体性能、テンション、そして強運。
戦場での優劣を決定するファクター、全てを兼ね備えた究極系。
それを相手にするのはトランスバール皇国軍では荷が重すぎた。
腕利きの傭兵が駆る、コピーとは言え紋章機であるダークエンジェルの援護もある。
退いていく艦隊を追撃するどころか、逆に追い散らされている。
だが天使はミルフィーユだけでは無い。天使はすべて『堕ちた』訳ではない。
「やっぱり来たんだ……」
不意のミルフィーユの呟きと、ルシファースターの奇妙な動作が同時。
滑る様に、余裕を持った動きで宇宙空間を駆けていた漆黒の六枚羽が、急に描いた鋭角な機動。
余裕と言うものが無く、翼を大きく羽ばたかせることによる、跳ねる様な方向転換。
そして三本束ねの砲身から、レールガンを単発で発射。連射のサイクルショットや、大威力の一斉射では無い。
たった一つの弾丸が何も無い宙を駆け……『ぶつかった』
ぶつかった相手は同じレールガンの弾丸。お互いに弾け飛び、機動が外れる。
まさしくレールガンでレールガンの弾を打ち落とした。レーダーに反応は無い。
もし反応があったとしても、飛んでくる弾丸に射線を完全に合わせるなどと言うことが可能なのだろうか?
恐ろしいまでの実力と、神がかり的な運。
たとえ神に背を向けたルシファースターとは言え、乗り手はかの強運の女神といったところか?
そしてもう一つは、遠距離から射撃した者の正体。
ミルフィーユはもう解っている。彼女は知っている。
通常の機体のレーダー外から狙う必中必殺の長距離レールガン。
エルシオールに居た時から、その射撃には何度も助けられてきた。
独立部隊として活動している時も、タクトに何度も彼女のデータを見せてもらった。
『うん! 俺たちほどじゃないけど、上手くやってるみたいだな〜』
遠く別れてしまった戦友達を懐かしむ彼の目は、どこか悲しそうだったのを覚えている
今では決して戻らない日のこと。全てを心のうちに秘め、襲来した敵に笑顔で言う。
「本当に……久しぶりだね? ちとせ」
「ミルフィー先輩……貴方は何をしているんですか!?」
飛来するのは五機の大型戦闘機。ラッキースターと同じ紋章機にして、銀河最強と呼ばれるエンジェル隊。
そのうちの一機、シャープシューターのコクピットで操縦桿を肌が白くなるほど握り締め、烏丸ちとせは叫んだ。
先程の演説で理解したはずだった。『ミルフィー先輩は敵になってしまったのだ』と。
でも心のどこかで信じていないところがあったのかもしれない?
彼女が従える艦隊が、皇国軍と戦闘を繰り広げている時も、どこか他人事だったのかもしれない。
だがそれは完全に勘違いだと思い知らされた。
彼女の髪と涙の色で彩られ、三つの砲身を抱え、六枚の漆黒の翼で宙を駆けるラッキースターだったもの。
それが無慈悲に僚艦を沈めていく様を見て、再認識する。
『見習うべき先輩に、何度も助け助けられた戦友に、本当に親しい友達に……弓を引く覚悟』を
「なにをしてるって……『夢』……『タクトさん』を見てるの……」
「!? 私は……貴女を……」
ディスプレイに映し出されたミルフィーユの表情。
ちとせの知る笑顔。だがその裏に……どこか戻ってこれないような崩壊を見て……
彼女は宣言する。
「私は貴女を止める!!」
夢を見るのはいいだろう。でも……知っていて覚めない悪夢など認めない!
ミルフィーユにはタクトだけじゃなくて、自分たちもいるのだと認めさせたくて、ちとせは叫んだ。
そこへの返答はもちろん先程と同じ笑顔だ。
「え〜! ちとせも邪魔するの? それじゃ軽く撃墜王と、撃墜王次点の差を教えてあげようかな?」
堕ちた大天使を食い止めんと、天使たちが舞う。
天使対天使。まるで神話のような戦いが、銀河を大きく動かすことになる軋みと共に始まった。